オープニング

 リゥシンと従兄弟のシュジン、親友のチョンリーは幼い頃から仲がよく、一緒に遊び、怒られ、育った。歳を重ねて上の学校へ進んでも男三人の友情は変わらず、そのまま三人は大人へとなった。そして『虹天界』という会社を立ち上げるに至った。
 三人だけの小さな会社。軌道に乗るまでに時間がかかったものの、現在はクライアントとの繋がりも増えて、漸く落ち着いてきた様に見えていた。少なくとも、リゥシンはそう思っていた。
 リゥシンの妻ファラはまだ会社を起こす前から彼を献身的に支えていた。彼女の金の髪を受け継いだ娘のシンファと共にいつも笑顔で帰宅するリゥシンを迎えたものである。


 そんな三人に、悪い転機が訪れた。


 シンファの5歳の誕生日。少しばかり贅沢をして外食をした後、三人はシンファを真ん中にしてその手をリゥシンとファラが片方ずつ繋ぎ、上機嫌で帰宅の途についていた。

『最近、チョンリーの様子がおかしいんだ……何かに悩んでいるというか、怯えているみたいで顔色も悪くて』

 数日前にリゥシンが漏らしていた言葉を思い出し、ファラは彼の横顔を見つめた。チョンリーはリゥシンにとって大切な親友。そして今ではファラにとっても大切な友人である。彼女も心配に思っていた。
「……チョンリー?」
 彼の口がそう動いたのを見て、ファラは急いで彼の視線を追った。路地へと入る背中は見えたが、それがチョンリーのものなのか判別はつかなかった。しかし夫は違ったようで、
「チョンリー!」
 娘と繋いだ手を離すと、リゥシンは駈け出した。迷わぬその走りは件の背中を追って、路地へと入っていく。
「おとうさぁんっ!」
 シンファが父親を追って駆け出そうとした。ファラは一瞬迷った。だがやはり夫のことも友人のことも気にかかり、急いでシンファを抱き上げた。5歳の子供を抱き上げたまま走るのは女手にはきついものがあったが、シンファの足に合わせていては見失うかもしれないという懸念があった。
「シンファ、ママにしっかり捕まっていてね」
 笑顔を消した母の言葉に何か感じ取るものがあったのだろう、シンファは母親の首に手を回し、頷いた。


 チョンリーを追ってリゥシンが到着したのは、路地裏を抜けたところにある倉庫街だった。
(確かここは――)
 とある会社の倉庫が集まった地域であるはずだ。目を凝らしてシャッターに書かれた文字を読もうとした彼を、光の洪水が襲った。
「わぁっ!?」
 慌てて腕で目元を隠す。光源はどうやら車のヘッドライトのようだった。数人の男が、車から降りてくる気配がした。

「チョンリーは社長に話していたのか? 社長自ら交渉にお出ましとは……だが一歩遅かったな」

 びくっ……逆光で顔の判別はできないが、その声は腹の底から響く深いもの。身体の芯を震わせるのは、くぐってきた修羅場の違いか。
「残念ながら、チョンリーとは交渉が決裂したばかりでね」
 くいっと男が顎をやると、一歩後ろに立っていた黒ずくめの男がリゥシンに向かって何かを投げてきた。大きなそれはドガッと鈍い音を立てて、リゥシンの足元へと落ちる。
「……」
 最初はそれが何なのかわからなかった。殴られて蹴られて斬られて、腫れて傷ついて血を流して。
「……チョンリー?」
 手足を折られた後、胸を撃ちぬかれているそれは、チョンリーだったモノだ。
「チョンリー!! お前、何でっ……!!」
「折角機会をやったのに、この男は決断できなかった。あまつさえ、社長に相談させてくれと泣きついてきたんだよ」
「……何の話だ」
「ほう、これは本当に知らないと見える」
 カカカカカッと可笑しそうに男は笑った。リゥシンは逆光で顔のみえぬ男に鋭い視線を向けることしかできない。多勢に無勢ということもある。しかし理由はそれだけではない。この男に歯向かってはいけない――本能がそう言っている。
「社長に内緒で、会社をうちの傘下に入れる手はずを整えろと『お願い』しただけだよ。君たちの会社の壺中天ゲーム作成の技術力は欲しい。これからきっと他の会社も目をつけてくるだろう」
「そういう話はきちんと順序を立ててするものではないのか?」
「順序? そんなもの俺には無意味だ」
 それは順序立てて話し合いを持ったとしても、リゥシンらには頷きたくない相手だということか。

「あなた!」

 その時、ピンと張り詰めた空気の中に高い声が響いた。リゥシンが振り返って見れば、路地からファラが出てこようとしている。
「ファラ、来るな!」
 びくっ……夫の今までにない剣幕に、ファラは足を止めた。剣呑とした雰囲気を感じたのだろう、腕の中のシンファがしゃくりあげ始める。
「残念。長話をする時間はないようだ。おい」
「はい」

 パァンッ……!

 男の言葉を聞いてそちらを再び見ようとしたリゥシンの下半身を、鋭い痛みが駆け巡った。乾いた音とともに撃ち込まれたのは銃弾。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あなたっ!」
「う、ぐ……来るな、逃げろっ……」

 パァン、パァンッ!

 銃声が続くのに合わせ、リゥシンの身体がびくんびくんと反応する。ファラはシンファの頭を抱くようにしてその光景から視線を遮り、立ち尽くしていた。

 ――逃げろ!!

 頭の中に、強く夫の声が響いた気がした。ファラはシンファを抱いたまま、走った。何処へ向かっているのかはわからない、闇雲に走った。
 夫は殺された。とにかく今は何処か遠くに逃げ無くてはならない。シンファを守らなければならない――それだけが彼女の意識を占め尽くしていた。


「追いますか?」
「今は放っておいてもいいと思いますよ。後で私が」
 黒服の問いに答えたのは、暗がりから動いてきた車の中の人物だった。その車のライトに照らされ、威圧感のある男の顔が、息も絶え絶えのリゥシンにも見えた。
「……! チャンチン!!」
 絞り出されたリゥシンの言葉にも、チャンチンは冷笑を浮かべるのみ。
 チャンチンはその手の組織の大物であり、様々な会社を裏から牛耳っている。確かにチャンチンの組織の後ろ盾を得れば商売は楽になる。顔の効く取引相手も増えるだろう。だが一方で、黒い噂が絶えない。だからこそ、リゥシンは慎重になって関り合いを避けてきた。
「私なら、彼女も油断するはずですから。その代わり、約束は約束ですよ?」
「勿論、わかっている」
 車から降りてきた黒髪に銀の柄のメガネの男が、チャンチンが差し出した拳銃を手に取る。無言のやり取りが、その所作には含まれていて。
「……お前、がっ……!」
 ライトに照らしだされた眼鏡の男の顔は、リゥシンには見覚えの有り過ぎるものだった。息も絶え絶えの彼を見下ろして、眼鏡の男は空いた手でくいっとメガネの位置を直した。
「大丈夫ですよ。『後は全部任せて』くださいね」

 パァンッ……!!

 至近距離からの躊躇いのない射撃が、リゥシンの頭を撃ち抜いた。


 *-*-*


 ある日のトラベラーズカフェ。カウンター席に腰を掛けた少女、ヘルウェンディ・ブルックリンは紅茶が冷めるのもそのままに難しい表情で唸っていた。と、そこに複数の足音が近寄ってきて、彼女はハッとして顔を上げた。
「あ、ちょうどいい所にきたわ。相談したい事があるの」
 受けるかは、話を聞いてから判断してくれていいから、と前置いてヘルは口をひらく。
「むずかしい……というか、ちょっと手強そうな依頼なんだけど。
 インヤンガイでね、ある母子が裏社会の組織に追われているの。まだ若い母親と幼い娘で、名前は母親がファラ、娘がシンファ。彼女たちが追われる理由はとある組織の犯罪現場を目撃したから。彼女の夫と友人は、その組織に殺されたの」
 小さく息をつくヘル。
「その組織は口封じの為に母子を追ってる。見つけ次第始末するつもりでね。その母子を保護して探偵の元まで届けてくれってのが今回の依頼なんだけど、事はそう簡単に行かなくて。当然犯罪組織は追ってくる、しかも先回りする暴霊の影が予言されてる」
「暴霊? それってまさか……」
 話を聞いていた相沢 優の言葉に、ヘルは肯定を返す。
「暴霊の正体はファラの夫、リゥシン……彼は妻子を逃す事を優先し、そして殺された」
 つまり、時間の差はあれ親子3人で犯罪現場を目撃し、妻と子供だけが生き残ったワケだ。
 リゥシンは壺中天で使われるゲームシステムの構築をする会社を経営していた。会社といっても社員は従兄と親友の三人。漸く少しの利益が出始めた所であり、社長という名から想像される豪遊っぷりとは全く縁がない。インヤンガイの片隅で慎ましくも幸せに暮らしてたのだが、そんな家族3人の日常は犯罪に巻き込まれぶち壊された。
「でも、残された奥さんは泣き寝入りしなかった。殺された夫の無念を晴らすため、娘の安全を守るため、犯罪の犠牲になった人達のため……自分が目撃した組織犯罪の告発を決めたの。報復も覚悟の上でね」
 いつも笑顔を絶やさない家庭を作っていたという彼女。今はその笑顔を浮かべることすら難しいかもしれない。けれども彼女が告発に踏み切ったのは、いつか笑顔に戻るためでもある。
「私達の任務は証人保護。母子を無事担当の探偵の元へ送り届ける事よ」
 警察やそれに類する関係者への手配は、探偵が行なってくれることになっている。相手が相手だからして、厄介だと腰を上げぬ警察の尻を叩いてくれるという。
「暴霊……リゥシンが妻子の元に先回りして何しようとしてるか不明だけど、このまま放っておけば組織と衝突して被害が拡大する恐れがあるわ」
 ヘルはつっと目を伏せて。
「私も母子家庭だったから他人事とは思えなくて。どうにかして親子を助けたい、暴霊となったリゥシンさんを食い止めたい。誰か……手伝ってくれる人は、いる?」
 一瞬の後、決意のこもった鋭い瞳を集まった者達に向けた。
「俺は、その依頼受けたいと思う」
 最初に手を上げたのは優。ヘルと顔見知りだからという以上に、この依頼にはなにか感じるものがあった。
「あの、僕もその依頼に参加してもいいですか?」
 後押しされるように小さく手を上げたのは、鮮やかな緑色の髪をした兎。
「僕も親子や殺されて暴霊になった人を助けたいです。あ、僕の名前は兎ともうします。よろしくお願いいたします」
「もちろんよ! 力を貸してもらえれば有り難いわ。女の子同士がんばりましょ!」
 ぺこりと頭を下げた兎の手をとって、ニッコリと笑みを浮かべるヘル。素で何か勘違いをしているような……。
「ねぇ、お姉さん。リーリス、先に組織を襲わない暴霊さんに興味あるの。暴霊さんって真っ先に自分を殺した人を殺しに行くかと思ってたのにね?」
 口に手を当てるようにして首を傾げているのはリーリス・キャロン。ヘルははっと目を見開いて。
「そういえばそうね……なんでかしら? この事件、何か裏があるかもしれない」
「すっごく不思議だから、リーリスも一緒に行っていいかなぁ、お姉さん?」
「クレバーな子は大歓迎よ? よろしくね」
 頷き交わして顔を上げたヘルに近づく最後の一人は大柄な男性だ。
「……平穏無事に生き延びることだけを願うなら、もうすこし別の生き方もあるだろうにな。……それを捨ててでもするべきことがある、ということか。ならオレも手を貸そう」
「……そうね。自分達だけが助かりたいなら脅迫に屈して逃げ隠れする道もあった。だけど彼女はそれを選ばなかった。多分……子供に誇れる母親でありたかったんじゃないかしら。協力有り難う。戦闘に慣れてる人がいて頼もしいわ」
 目を伏せて、ヘル。男――風雅 慎は怒り覚悟ともつかぬ表情を浮かべ、呟いた
「……ヘタに手を出せば潰される、……と組織の連中の頭に刻み込んでやる」
 一筋縄ではいかぬ依頼だが、頼もしい仲間を得てヘル達は探偵の元へと向かった。


 *-*-*


 インヤンがいのとある街区。高級そうな建物が並ぶ一角にある指示された建物は、エントランスの壁が下品ではないほどの赤に塗られており、金で装飾されている。ちょっと目が痛い。
 事務所とされている部屋の壁の色がクリーム色と落ち着いたものでありちょっと安心して、一同は示されたソファに腰を掛けた。
「お茶です。どうぞ!」
 ガラスの茶器に冷えた茶を入れて運んできたのは小さな少年。年の頃は司書伝いに話を聞いた、シンファと同じ年頃だろうか。零さないように慎重にに運ぶから、テーブルに置かれるまで結構な時間がかかる。それを微笑ましく見守りながら、一同は探偵――ツォイリンが口を開くのを待った。
 ツォイリンは身長は160cmちょっと位、長い黒髪を片サイドでお団子にして、残りはポニーテールのようにふさりと下ろしている。今日のチャイナドレスは紺地にピンクと金の刺繍が施されたものだった。
「詳しくは司書経由で伝わっているだろうけどね、その後、進展があったから伝えておくよ」
 ツォイリンの言葉に、ごくりと唾を飲み込む。
「ファラ達は隣の街区を逃げまわり、今は廃屋に身を隠しているらしい。隣の街区に知り合いの探偵がいてね、ちょっと調べてもらった」
 ツォイリンが差し出した一枚の地図に書かれた場所はここからそう遠くなさそうだ。
「これなら急げば……」
「そう簡単にはいかないかもね」
 ヘルの言葉を遮ったツォイリンは、ため息をついて言葉を続ける。
「私が知り合いの探偵に依頼する前に、探偵はファラ達の居場所を把握していた。これがどういうことか分かるかい?」
「一足先に、ファラさん達の居場所を探す依頼をした人がいるということよね?」
 ツォイリンの問いに答えたのはリーリス。ああそうだ、とツォイリンは頷いた。
「依頼人は、その組織ですか?」
「いや」
 兎の問いにツォイリンは短く首を振る。
「共同経営者の一人、リゥシンの従兄であるシュジンだ。他の経営者が二人共行方不明になってるんだ、その家族を探して事情を聞きたいのだろう」
 つまりシュジンの方が早くファラたちに接触するだろう、ということだ。
「おまけにその場には、暴霊となったリゥシンが現れるだろう。程なく組織も二人の居場所を突き止めて廃屋に集まるはずだ」
 気をつけたほうがいい――その言葉に言われずとも、と頷く。
「ファラたちを保護してここまで連れてくれば、後は任せてもらおう。その手のツテは作っておいた」
「組織は徹底的にいためつけても構わないか?」
 慎の言葉にツォイリンは口の端をニッと上げる。
「ああ、痛い目見せてやってくれ。その方がいいだろうよ」
「お友達にいたいいたいしたらだめだよ?」
 ひょこ……慎の膝に手を置くようにして彼を見つめたのは、先ほどお茶を運んでいた少年だ。
「大丈夫だよ、ツォンミン。お前の言う痛いとは少し違うから」
 ツォイリンがたしなめたが、純真無垢なその言葉に、少しだけ場が和んだ。


 *-*-*


 こんこんこん……

 逃げ込んだ廃屋の扉が叩かれて、ファラはびくんと大きく身体を震わせた。不思議そうにこちらを見ているシンファを抱きしめ、息を潜める。
「ファラさん? シンファちゃん? ここにいるんだよね……シュジンです。事情はわかっているつもりです。助けに来ました」
「シュジンおじちゃん!」
 最初に声を上げたのはシンファだ。ほっとして動けなくなっているファラの腕の中からするりと抜け出し、扉の前へと走る。ファラは深呼吸をした後ゆっくりと立ち上がり、扉を塞いでバリケードとしていた荷物をどかした。
 シュジンが来てくれてよかった。彼は夫の従兄。今、恐らくファラが信頼出来る唯一の人物。
「シュジンさん……!」
 扉を開けると光とともに人影が視界に入ってきた。見覚えのある顔に安心して、シンファが彼の足に抱きつく。逃亡生活が子供にとっていかに心細いものであるか――。
「もう、大丈夫ですよ。私に全て任せて下さい」
 安心させるように優しい言葉を紡ぐシンファの後方に、その光景を見つめる一人の人物がいた。
 暴霊である彼の存在に気がついた者は、まだいない。




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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)
相沢 優(ctcn6216)
兎(cdfm6829)
リーリス・キャロン(chse2070)
風雅 慎(czwc5392)

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品目企画シナリオ 管理番号1965
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこのたび担当させていただくことになりました、天音みゆ(あまね・ー)と申します。

裏組織の圧力にもめげずに告発を決めたファラとその娘シンファ。彼女たちを無事に保護して下さい。

1。彼女たちはツォイリンの探偵事務所の隣の街区にある廃屋に身を潜めています。
  そこには一足先に、夫の従兄であるシュジンが向かっています。到着するのは彼のほうが皆様より先です。
  夫リゥシンの暴霊が出現します。
  皆様が到着してしばらくすると、組織の戦闘員が到着するでしょう。

2。PCさんが知っているのは
 「三人が犯罪を目撃したこと」
 「リゥシンが妻子をかばって逃したこと」
 「ファラが組織の告発をすべく、逃げていること」
 「リゥシンの他に共同経営者であるチョンリーも行方不明になっていること。しかし二人共すでに殺されていること」
 「シュジンが皆さんより先に、ファラ達の元へ向かっていること」
 「暴霊となったリゥシンが、ファラ達のもとに出現すること」
  です。

  事件についてはファラに話を聞くことで、彼女が出ている部分の出来事がわかります。

  ちなみに『虹天界』の経営者二人が行方不明になっている事実は伏せられており、報道されていません。
  リゥシンとチョンリーの遺体も見つかっていません。
  シュジンは二人を安全な場所へ連れて行こうと考えているようです。

3。ファラ達が隠れている建物は、少々老朽化した、普通の二階建ての一戸建てです。

4。組織の戦闘員は約20人ほど。ファラとシンファの抹殺を最優先に動きます。武器は主に拳銃。時々刃物。ライフル持ちが三人ほど。
  組織の大物、チャンチンも訪れますが、基本的に車に乗ったままです。


●人物について●
・リゥシン(流星)
 ファラの夫でシンファの父親。従兄のシュジンと親友のチョンリーと、壺中天のゲームプログラムを作る会社『虹天界』を経営している。社長。
 不正を許せない性格。妻子には優しく良き夫であり良き父親だった。

・ファラ(華楽)
 リゥシンの妻でシンファの母親。若いながらもリゥシンが会社を立ち上げるのを支えた良き妻。組織の告発を決意。
 笑顔の絶えない明るい家庭を心がけていた。

・チョンリー(崇力)
 リゥシンとシュジンの親友。幼い頃からの付き合い。最近ひどく悩んでいる様子で、リゥシンも彼のことを気にかけていた。

・シュジン(樹静)
 リゥシンの従兄でシュジンの親友。三人の中で一番スキルが高く、稼ぎ頭。

・チャンチン(長慶)
 組織の大物の一人。正規とは言えない方法で数々の会社を吸収している。そのためには手を汚すことも厭わない。



心情があるとキャラクターの把握がしやすいので、字数に余裕がありましたらぜひお書き添え下さい。

皆様に楽しんでいただければ、と思います。
それでは、楽しい冒険を。

※念の為に制作期間をたくさん頂いております。

参加者
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
兎(cdfm6829)ツーリスト その他 14歳 ユグドラシルメンバー
風雅 慎(czwc5392)ツーリスト 男 19歳 仮面バトラー・アイテール

ノベル

●樹の企み、星の想い
 インヤンガイは相変わらず薄暗い。そして無駄なほどに入り組んでいる。五人のロストナンバー達は探偵にもらった地図を頼りに目的の廃屋を目指していた。
 今回の依頼、立ち止まって考えている時間はない。だがそれぞれの認識を統合する必要はある。一同はできるだけ急ぎながら想い、そして口を開く。
(……とっても酷いですよ。ファラさんたち幸せそうにしていたのに、何で幸せを壊されなきゃいけなかったんですか?)
 早足で一同についていきながら兎はファラ達に襲い掛かった悲劇に憤る。
 彼女たち一家には何の罪もないはずだ。それなのに、それなのに――。
「親子の幸せを壊した組織を許すことなんて出来ません」
 ぽつり呟かれた硬い決意は雑踏の中でもよく通り、前を歩く仲間達の意思をも強固にする。
(小さい頃から一緒だった三人か……)
 詳しい話を聞いて相沢 優は自分の過去と思わず重ねて考えてしまう。
 幼馴染の兄妹といつも一緒に過ごしていた子供の頃。その幸せな時間はもうすでに壊れてしまった遠い昔の宝物である。だからこそ、優は大人になるまでそれを大切に維持することの難しさを知っていた。ツォイリンから借りた小型録音機を手で弄びながら思いを馳せる。
「ねえ、おかしいと思わない?」
 隣を歩くヘルウェンディ・ブルックリンに声を掛けられ、優は物思いから覚醒して彼女に瞳を向けた。
「何が?」
「だって変じゃない。シュジンは三人の中で一番の稼ぎ頭……私が組織のボスだったら真っ先に目を付けるわ。何で彼だけ無事なの?」
「……確かに」
 優は足を止めずに、考えるようにして顎に手を当てる。
「最悪他二人がダメでもシュジンさえ引き抜けば商売は上手くいく。普通そう考えるでしょ?」
 ヘルのいうことは尤もである。優秀なシュジンを引き抜けば『虹天界』の経営は難しくなるだろう。シュジンが引き受けていた仕事がどれだけあるかは知らないが、彼がいなくなれば発注先を変えるクライアントも出るに違いない。
「それもおかしいが、オレは何とか稼げる程度のゲーム会社を大物が欲しがるものかと思う」
 ヘルと優の一歩後ろを歩いていた風雅 慎が会話に加わる。
「例え一本爆発的人気作を出したとしても、それだけで終わる可能性もある。目には止めてもすぐに買収という話にはならないはずだ」
「誰かが売り込んだ、ということでしょうか……?」
 おずおずと兎が言葉を挟んだ。慎はそれに頷いてみせた。
「恐らく、シュジンが売り込んだのだろう。大会社の傘下に入るなら、現社長は必要ない。チョンリーにだけ伝えてリゥシンには秘密だったのだろう」
「シュジンさんは、まるでリゥシンさんを孤立させて窮地に追い込みたいみたいな行動しているのね」
 ふわっと柔らかい金髪を揺らしながらひょっこり顔を出したのはリーリス・キャロン。彼女は「チョンリーさんまで敵になったら、リゥシンさんはとっても困るでしょう?」と小首を傾げる。
「おそらくこっそりと事を運んで、すべてが済んでからリゥシンを排斥するつもりだったんだろう。だがチョンリーはリゥシンに相談しようとしたため殺された」
「なるほど」
「組織もシュジンも、最終的にはリゥシンを殺してしまうつもりだったのではないか?」
「そうか……。何故シュジンが一人だけ無事なのか、引っかかっていたんだ」
 慎の推理に納得するヘルの横で、優は自らの抱いていた疑問が氷解していくのを感じる。
「シュジンにはチャンチンからの接触がなかったのかって……。自分から売り込んだのなら、無事なのも納得がいく」
「と言うことはシュジンは組織と内通している可能性が高いのね? それで共同経営者の殺害を手引き……」
 後半を呟くように告げたヘルの黒髪が、強い風になびいた。彼女の赤い瞳が見開かれる。
「大変、二人が危ないわ」
 ファラとシンファはシュジンの事を信頼している。逃亡を続けている不安な状況で頼れそうな近親者に出会えたら、疑うなんて余裕はないはずだ。一同はさらに足を速める。
(シュジンがリゥシンを陥れた理由は何だ? カリスマへの嫉妬? いや、ファラを奪うため、の方か)
 慎は心の中でシュジンの心中を予測する。ファラは会社を立ち上げる前からリゥシンを支えてきたという。とすればシュジンやチョンリーとも昔から交友があったはずだ。もしかしたらマドンナ的存在だったかもしれない。シュジンと、もしかしたらチョンリーもファラに好意を持っていたとしてもおかしくはないだろう。
(説得して告発をやめさせる気か?)
 万が一それでファラが首を縦に振らなければ、実力行使に出るのだろう。それは容易に想像ができた。
「リーリスは、暴霊になったリゥシンさんが組織の所より先にファラさんとシュジンさんの所に出るっていうのがおかしいと思うの」
「どういうことですか?」
 答えを半ば予想して一瞬ぶるっと身体を震わせた兎に、リーリスは噛み砕くように言葉を紡ぐ。
「暴霊のリゥシンさんが組織より先にファラさん達の元に出た=真犯人がそこにいるということ。ファラさんとシンファちゃんが犯人であるはずはないし。三人の起業家の中で一人だけ生き残ったのも怪しいもの」
 リーリスの言葉は真犯人を示していて。そして、これまでの推理に信憑性を持たせるのにも力を持って。
「リゥシンは真犯人を知って死んでなお妻子を護ろうとしてるのよ」
 前だけを見て先を急ぐヘルも、真犯人を察したのだ。
「……ファラさんとシンファちゃんを救って、真実を確かめよう」
 優の言葉に、一同の足取りが強くなった。
 インヤンガイの淀んだ風が五人の足取りによって動く。
 真実と、勇気を救い出すために。


●花と小星を救いに
 廃屋街は人の気配が少なく、陰惨とした雰囲気だ。形を保っている家はまだいい方で、中には雨風に晒されて傷み、そのまま倒壊してしまった建物もそのままにされている。
「ロメオ、お願い」
 ヘルはオウルフォームのセクタンを飛ばし、その瞳を借りる。地図はもらっていたが、ファラ達の安否が気になる。一足先に様子を見れるのならば見ておきたい。
「どうですか?」
「多分見つけたわ。廃屋の前に車が止まっていて、入り口に男の人が立っているの」
 暫くして兎が尋ねると、ヘルは力強く頷いて。幸いまだファラ達は連れだされていないようだ。
「地図によるともうすぐだ。急ごう」
 ヘルから地図を預かった優が、地図から顔を上げて声を上げる。彼が駆け出すのに倣うようにして、他の者も駈け出した。ファラ達が連れだされれば暴霊となったリゥシンが黙っていまい。そうなってしまう前に何とかしたいのだ。


 *-*-*


「もう、大丈夫ですよ。私に全て任せて下さい」
 小さな女の子――恐らくシンファだろう――が戸口に立った黒髪に銀縁眼鏡の男の足に抱きついている。薄暗い建物の中にはホッとした表情を浮かべた女性――ファラの顔が見えた。
「ファラさんとシンファさんですね!」
 敷地に駆け込んだヘルが声を上げる。ピクリ、戸口に立つ男――シュジンの肩が反応した気がした。
「誰?」
 どたどたと駆け込んできた五人の、年格好もバラバラの者達に、ファラは警戒色の強い声を上げる。それを利用するかのようにシュジンはシンファを建物の中に入れ、戸口を守るようにして振り返った。
「知り合いですか?」
「いいえ……」
「俺達は隣の街区の探偵、ツォイリンさんからの依頼で、あなた達母子を保護しに来ました」
「! 私の手紙が届いたのね!」
 優の機転の効いた言葉にファラはぱぁっと表情を明るくして、ごめんなさいとシュジンに告げると建物から出てきた。
 実際はツォイリンは手紙のことなど何も言っていなかった。もしかしたらまだ届いていないのかもしれない。探偵といえば安心して信用してくれるかもしれない、そう考えて口にしたのが功を奏したようだった。
「暴霊、もう来てるわ……こっち見てる。やっぱり真犯人は……」
「わかった、そっちは勝手にやってくれ。オレはこの後来る害虫の駆除に備える」
 仲間達の最後列でリーリスは玄関脇の庭の樹のそばに立っている暴霊、リゥシンを見つけていた。そっと、仲間達だけに聞こえるようにささやく。それを聞いた慎は、後ろを向いて建物前の道路へと出ていった。これから来るだろう組織と対峙するつもりだ。
「怪我などしていませんか? 明るいところで確認させてください。こちらへ……」
 チラ、と警戒するようにシュジンを見て、優はファラの手を引いた。さり気なくシュジンから距離を取らせる。
「もう大丈夫よ。私達がツォイリンの所まで連れて行ってあげるから」
「ありがとう、ありがとうございます……」
 ヘルに優しい言葉を掛けられたファラは、今にも泣きそうだ。
「シンファちゃん、今日はママに大人しく抱っこしてもらっていて。ファラさん、シンファちゃんを抱っこして離さないで。私たちは探偵の迎えだけど、すぐに真犯人とマフィアが来るから」
「えっ……」
 優しく語りかけるようにしながら、リーリスは魅了の力を使う。幼いシンファが抗えるはずもなく、それまでシュジンの近くに行きたそうにしていたシンファはファラにしがみついて離れようとしなくなった。
「シンファちゃんはママが大好きなんですね。怖い思いをしたとおもいますけど、もう大丈夫ですよ」
 兎の柔らかな声かけに、シンファはにこぉっと笑って「ママ大好き!」と無邪気に声を上げる。
「これはこれは、頼もしい援軍が来ましたね。探偵直属の護衛ならば私も安心です。ああ失礼、電話だ」
 シュジンは端正な顔に仮面のような笑みを浮かべて、探偵からの護衛の到着を喜んでみせた。ロストナンバー達にはそれが心からのものではないと思えてならない。
 シュジンが携帯電話を手に、一同から少し離れて背を向ける。ヘルはそれを見逃さなかった。別行動をしていたロメオの目で、その様子を監視させる。
「……」
 セクタンと共有できるのは視覚のみなので何を話しているのかはよくわからない。だがシュジンの表情は見て取れる。
 先ほどファラ達に見せたのとは全く逆の、冷たい表情。
 鋭い視線はすべてを射殺しそうで、電話を終えて噛み締められた唇は悔しさを表している。
 ヘル達が現れなければ、シュジンはファラが自分に向ける信頼を利用して彼女達を連れ去ったのだろう。だが今の状態でそれをするには無理もあり、リスクもあることからできないに違いなかった。だからこそきっと、組織に連絡をしたのだ、五人のイレギュラーを報告するとともに、到着を早めるべく。
「ヘル?」
 黙ってしまったヘルに、優が心配そうに問うた。シンファの話し相手をしていた兎も、心配そうな視線を向ける。
「間違いないみたい」
「「……」」
 皆まで言わずとも伝わる。シュジンを信頼しているファラ達にはまだ伝えたくなかったから、言葉を省いて告げた。やっぱりか――その思いが優と兎、そしてリーリスの心に広がる。
「多分もうすぐ組織が来るわ。だから、ファラさん達は家の中に入ったほうがいいかも」
「分かった、彼女達には俺がついてる」
 頷き合い、優はファラ達を促す。
「本当はすぐにツォイリンさんの元に送り届けたいんですが、ちょっと邪魔が入りそうです。少しの間、建物の中で隠れていましょう」
「え……」
 安心させるように言ったつもりだが、ファラの顔色がさっと変わる。それを見て優はわざと明るく笑って。
「大丈夫です。俺が近くで守りますし、こう見えて俺たち、そこそこ修羅場をくぐってますから」
「そう……わかったわ。信用するわね」
 にこり……不安の中で無理に笑顔を作り、ファラはシンファを抱き上げようとした。
「あ、俺が」
 優が手を伸ばし、シンファをおぶる。リーリスの魅了のおかげで最初はファラの元へ行きたがって暴れたシンファだったが、ファラが隣に立って手をつなぎ、一緒に動くとそれで納得したのかおとなしくおぶられてくれた。
「おや、ファラさん達はどうしました?」
 電話を終えて振り返ったシュジンが眉をひそめて問う。その瞳は鋭いものに変わり、警戒心と威嚇を顕にしていたがヘルは怯まない。
「ファラたちを狙っている組織が来るわ。ほら、車が近づいてくる音がする。だから建物の中に隠れてもらったの」
「それは大変ですね……私もファラさんたちを逃がそうとしていたことが知られたら危ないかもしれない。一緒に隠れさせてもら……」
「それは危険だと思うの」
 今にも建物内へ入ろうとするシュジンの袖をリーリスが引っ張る。反射的にだろう、ギッ……忌々しいものを見るような瞳でシュジンはリーリスを見てしまう。直後に取り繕ってももう遅い。
(本性バレバレよ)
 心の中ではおかしくてたまらないリーリスは心配そうな表情を作って甘えるような猫なで声を出す。
「一箇所に隠れているより、分散したほうが安心だわ。お兄さん、リーリス建物の横にちょうどいい木陰を見つけたの。組織はまだお兄さんがファラさんたちを逃がそうとしたこと知らないのでしょう? だったらそっちに隠れている方が安心だわ、ね?」
「あ、ああ……」
 魅惑的な少女の赤い唇が、追い立てるように説得の言葉を紡ぐ。ここまで言われて我を通すのは不自然だと思われるとわかったのだろう、シュジンはおとなしく建物横の木陰へと入った。
「やっぱりあいつ敵よ。ファラさん達に近づけないように注意しなきゃ」
「ええ」
 シュジンが隠れたのを確認して、リーリスとヘルが頷き合う。
 と、数台の車がブレーキをかける音が廃屋街に響き渡った。


●黒い影を破りに
「来たか……害虫駆除と行くか」
 ニヤリ……慎の浮かべた笑みはまさに悪魔のような笑みで。これだけ見たらどちらが悪かわからない。しかしばらばらと車から降りてくる黒ずくめたちが悪人であるのは明白なのだ。


 キキキーッ!!


「「「!?」」」
 ブレーキ音を立てて慎の載ったバイクが、半円を描いて廃屋の敷地に入ろうとしていた黒ずくめ達の一角を崩す。颯爽とバイクから降り立った慎は、ベルトに変身用カードをインサートする。
「……変身!!」


 ――イグニッション――


 電子音と共に慎の身体に変化が訪れる。瞬く間に彼の身体は全身バトルスーツに包まれる。飛躍的に上がった身体能力はちょっと屈強な一般人を死なない程度に痛めつけるには十分だ。


 キューン、キューン!!


 突然現れた不思議な格好の男に、黒ずくめ達が何も反応しないわけはなく。手に持った拳銃やライフルで慎を狙う。だが変身した慎はそれくらいではビクともしない。
「悪を放っておけないのは正義の味方の性分だ。ま、運が悪かったと諦めろ」
 目にも留まらぬスピードで彼我の距離を詰め、パンチを見舞う。色めきだって彼を取り囲もうとする黒ずくめ達には回し蹴りでまとめて吹き飛ばして。勿論、死なない程度に手加減はしていた。変身した慎が普通に攻撃しては、一般人は無事ではいられない。
「何をやってる、女と子供を優先しろ!」
 奥に止まっている車の窓が開き、檄が飛んだ。すると数名の黒ずくめが慎を無視して敷地内へと入っていく。
(あれがボスか)
 ボスはまだ逃げる様子を見せない。慎は近くにいる黒ずくめを殴りながら、その様子をうかがっていた。


「来た!」
「手荒いマネはしたくないですけど……手加減はしません、ごめんなさい」
 リーリスの声に反応して兎が視線を動かすと、拳銃を持った黒ずくめ達がこちらへ駆け入ってきていた。兎は小さく呟き、幻影を作り出す。それは屈強そうな巨大。本能的に大きなものに恐怖を感じた黒ずくめ達が一瞬たじろいだ。その隙にリーリスが一歩前に進み出る。
「車の中に敵が居る……殺しあえ!」
 命令を受けた黒ずくめ達の目の色が変わる。
 巨人に追い立てられるようにして、黒ずくめ達が来た方向へと戻っていった。
「ぎゃあっ!」
「わぁっ! 何をするんだ!」
 車の止まっている辺りから悲鳴が聞こえる。乾いた音は拳銃の音だろう。鈍い打撃音は……恐らく慎だ。
「お前ら、何故戻ってきた……!?」
 眼の色の変わった黒ずくめがチャンチンの載った車に向かって拳銃を構える。それを見たチャンチンは鋭い声を上げた。


「車を出せ!!」


 キキーッ!!
 大きな音を立てて車はバックし、方向転換してその場から逃げ去る。それを見た慎は、自らのバイクに跨った。
「逃がすか!」
 廃屋前の道路は黒ずくめ達の乗り付けた車で混雑していた。だがバイクならばその隙間を縫って移動できる。慎は廃屋街を出る前に車に追いついた。そのまま追い越して、車の前を横切るようにしてバイクを止める。

「わぁぁっ!?」
 キキキキキキーーーーー!!!

 運転手の叫び声と急ブレーキの音、スレたタイヤから香るゴムの匂いがあたりに広がる。慎にぶつかるかぶつからないかの距離で車は横滑りして停まった。

 ドンッ!! バリッ……。

 後部座席の窓を拳で叩く。窓は防弾ガラスのようだったが、変身した慎の力の前ではベニヤ板も同然だ。ヒビが入り、音を立てて砕ける。
「逃げるなよ。やるからには徹底的に、がオレのポリシーだ」
 ニヤリ、悪魔の笑みを浮かべる慎。チャンチンは車の中にいるうちはまだ涼しい顔をしていたが、窓ガラスが割られて慎が笑みを浮かべると、蒼白になって恐怖の表情を浮かべた。
「お前らが傷めつけた人たちの分、痛みを背負ってもらおうか」


 *-*-*


 ヘルはシュジンが隠れた草陰をロメオの目で監視しながら、あるものを探していた。近くでは銃撃音と悲鳴が飛び交っている。できれば組織の者達を倒してしまう前に実行に移したかった。
(何か、背広を汚せるものは……、……!)
 そして運良く目についたのは、草陰の側、廃屋の壁につまれている古いペンキ缶達。錆びてはいるが、なんとかなるだろう。失敗したらしたで別の方法を考えるだけだ。
「隠れても無駄よ!」


 キューンッ! キューンッ! キューンッ!


 ヘルは不自然にならぬよう、敵がそちらにいる風を装ってトラベルギア、『ヘルター・スケルター』を撃つ。空気を切り裂く弾丸は、積まれたペンキ缶へと吸い込まれていく。


 カッ……プシューッ!!


 弾丸に撃ちぬかれた缶からペンキが勢い良く飛び出した。赤、青、緑。ホースから勢い良く水が漏れる如く、粘度の高い色水は辺りを染める。
「うわぁっ!!」
 それは近くの木陰にも例外なく降り注ぎ、そこに隠れていたシュジンをも襲った。突然の予想外の出来事に戸惑う彼の声が聞こえる。
(狙い通り)
 ヘルは微かに口元をほころばせる。シュジンの背広を汚すこと、それが目的だった。ペンキの出方や彼の悲鳴からみて成功したのは間違い無いだろう。ペンキの勢いが衰えたことを確認して、木陰に駆け寄る。
「ごめんなさい、敵の姿が見えたものだから。大丈夫?」
「あ、ああ……背広がおじゃんになったくらいですよ」
「大変! 脱いだほうがいいわ」
 突然のペンキスプレーに多少の動揺はあるのだろう、シュジンはされるがままにヘルによって背広を脱がされていく。
「小競り合いには決着がついたみたいよ」
 敷地の入口を示してシュジンの意識をそちらに向ける。その間にヘルは背広の内ポケットからシュジンの携帯をすった。素早くポケットに隠し、近くにいた兎に目配せをした。その意味を理解した兎はとてとてと駆け寄ってきて、ハンカチを取り出す。
「髪の毛にもついています……拭くので屈んでもらえますか?」
「ああ……ありがとう」
 兎がシュジンを足止めしてくれている間に、ヘルは建物の裏手へと回った。すった携帯を素早く操作する。
(イニシャルで登録されているのと、名前だけの女性の登録……この辺が怪しいわね)
 疑惑のアドレス登録とメール数通を確認したヘルは、その場でツォイリンへと連絡を入れる。シュジンが関与している裏付け調査の依頼だ。不正口座や不審な金額の移動、不審者との面会記録など、証拠は大いに越したことはない。
「ファラ達はシュジンを信頼してる。彼女達の目がない所で真相を問い詰めたい」
 ギリッ……電話を終えた後、ヘルはシュジンの携帯を強く強く握りしめて唇を噛んだ。


●真実の箱、開く鍵
 建物の中は薄暗くて、この中であてもなく隠れていたなんてどれだけ心細かっただろうと優は思った。かび臭く湿気も感じる建物は快適とはいえず、陽の光のあまりはいらない場所で隠れていなければならないというのは心を鬱々とさせる。それでも折れないファラは強い。シンファが明るくいられるのもファラのおかげだろう。
(ファラさんを強くしているのは、シンファちゃんを守らなければいけないという思いと、旦那さんへの思いなんだろうな)
 外からは銃声や叫び声などの穏やかではない音が聞こえてくる。それにシンファが怯えないようにとファラは努めて明るく振る舞って、居場所がバレないように小さい声でだが歌を歌っていた。
「お兄ちゃんも一緒に!」
「え、と……」
 おんぶしたからだろうか、シンファは優の事を気に入った様子で、その袖を引張る。優はそのおねだりに少々困ったが、どうしてもとシンファがねだるのでしかたなく口を開く。数小節ずつファラに倣うようにして歌うのだが――シンファは笑うばかりだ。子供とは正直で、残酷なものである。
「……外が静かになりましたね。様子を見てきます」
「あ、私達も……」
 笑われたバツの悪さをはぐらかすようにして立ち上がる優。腰を浮かしかけたファラを手で制して。
「ここで待っててください。安全が確認できたら迎えに来ますから」
 その言葉に頷いて、ファラはシンファをぎゅっと抱きしめた。それを確認して優は廃屋の扉を開ける。外の光が眩しい。
「そろそろ始めるわよ?」
 建物の横から現れたヘルの言葉に不思議そうな顔をしたのはシュジンだけ。他の者は頷いて。
「シュジン、今ならまだ自首できるわよ」
「……いきなり何を言い出すのですか?」
 ヘルの言葉にシュジンは穏やかな仮面を外さない。リーリスは事態をずっと見守っている暴霊のリゥシンへと視線を移した。彼がいつ行動を起こそうとしても対処できるように。
(最近たくさん暴霊食べたから、リゥシンに精気をあげて実体化させるのもいいわよね。ファラさんたちと会話させたら感謝されるし、真面目に図書館の仕事をしているアピールにもなるわ)
 何かを企むがごとく口の端を上げたリーリスに気づいた者はいない。
「あんたが会社を乗っ取ろうとして、チャンチン達と手を組んだことは分かっているのよ。おとなしく罪を認めたほうが身のためだわ」
「言いがかりですね。何を証拠に……」
「証拠ならここにあるわ!」
「!」
 印籠のように彼女が突きつけたのはシュジンの携帯。彼はそれをひったくるように奪い、鋭い瞳でヘルを射抜く。だがヘルはそれに屈しはしない。慌てて携帯を取り返したのが何よりの証拠でもある。やましいことがなければ、見られても問題ないのだから。
「すでに探偵が調べあげて、警察にタレコミ済みよ。諦めなさい」
「……そんな事をして、『彼ら』が黙っているとでも?」


「その『彼ら』とはこいつらのことか?」


 声の主は敷地に入ってきた慎だ。ドサッドサッ……シュジンの前に投げられたのは、黒服の一人と――チャンチン。二人共死なない程度に痛めつけられて気絶している。
「!」
「諦めるんだな。後ろ盾はもうない」
「っ……」
 絶体絶命の状況に、シュジンは唇を噛んで。額には脂汗が浮かんでいる。
「……本当に、親友を裏切ったんですか?」
 ぽつり、兎が悲しげに呟いた。シュジンを許せはしないが、親友を裏切る――その行為が哀しい。


「自分が幸せになるために行動して何が悪い」


 シュジンの口調が変わった。眼鏡を外し、胸ポケットから出した布で吹くその姿は諦めた者のそれには見えない。
「自分が幸せになるためには、他人の、近しい人の幸せを壊してもいいっていうんですか? 命を奪ってもいいっていうんですか!」
 兎の悲痛な叫びにも、シュジンは動じない。その心はすでに凍りついてしまったのだろうか、麻痺してしまったのだろうか。冷たい瞳でくつくつと笑っている。
「仕方がないだろう。すべてを手に入れるにはあいつは邪魔だったんだ。いつもいつもあいつの元にだけ人が集まる……ファラも」
「――殺したんだな?」
 腹の底から響くような低い声。声の主の優は爪が食い込むほど強く握りしめた拳をぷるぷると怒りに震わせている。
「――親友を裏切って殺したんだな?」


「悪いか?」


「!!!!!」


 まるで怒りに打ち震えている優をあざ笑うかのようなその態度。自分の血が沸騰しそうであることは優も感じていた。けれども身体が動くのを止めることはできなかった。その想いと衝動のままに、シュジンの頬に拳をめり込ませる。


 ドサアッ!!


 突然のことに反応ができなかったのか、それとも優の気迫に身動きが取れなかったのか、態勢を崩したシュジンはそのまま地面へと倒れる。
「あ……」
「優さん……?」
 シュジンを殴った拳が痛い。優はその痛みで我に返った。心配そうに見つめる兎に「大丈夫だ」と頷いて。
(冷静に、冷静にならなくちゃダメだ)
 自分に言い聞かせるようにして何度か深呼吸する。そうするうちに何とか落ち着いて。
「何故二人を裏切った? ファラさんが好きで、ファラさんを自分のものにしたかったから? それとも金や会社を自分のものにするため?」
「どっちもだよ」
 シュジンは身体についた泥を払うようにながらゆっくりと起き上がる。殴られた時に手から飛んだメガネを拾うつもりはないようだ。
「仲良しごっこはもう飽きたんだ。リゥシンから何もかも奪ってやりたかった。ファラはいい女だし良い父親になれる自信もあったさ」


 ざわり


 空気が変に動いた。肌を冷たい指先で撫でられるような、不思議な感覚。
「シュジン、動くな!」
 リーリスが叫んだ。シュジンは立ち上がった状態で動きを止めたが、リーリスの視線はシュジンがいるのとは反対側を向いている。
 そう、今まで黙って話しを聞いていたリゥシンが動き出したのだ。リゥシンは死してなお、妻子を守ろうとしている――シュジンから。
「リゥシン!」
 事態を察したヘルが、振り向いて声を上げる。リゥシンを暴れさせたくない、その思いは強い。
「貴方の奥さんと娘は私が、私達が守る!」
 だから、だから――……。
「二人は必ず俺達が探偵の元に連れていきます!」
 だから、だから――……。
「ファラさん達をシュジンさんに渡しはしません!」
 だから、だから――……。
 優と兎の想いも重なって、リゥシンへと訴える。と、リーリスが一歩前へ進み出た。
「リゥシンさん、成仏する気があるなら精気をあげるわ……そうすれば貴方は実体化してファラさんとシンファちゃんに別れを言える。シュジンはちゃんと私たちが捕まえるから」
 ぴくり、その言葉にリゥシンが反応したように見えた。リーリスは後ひと押しだと続ける。
「私は暴霊退治専門なの。貴方がこのまま暴霊になるなら消滅させる。2人を悲しませたくないでしょう……選んで」
「シンファが覚えているのは理性を失くした暴霊じゃなくて……優しいパパの面影であってほしいの」
 ヘルが願いを寄せる。


『――……、……――』


 暫く考えるような間があった。そして。


 リゥシンはリーリスへと手を差し出した。


「わかったわ。精気を上げる」
 リーリスはリゥシンの手をとって念じた。するとゆっくりではあるが、暴霊はリゥシンの身体を形取る。
「っ!!」
 それを見て恐怖を抱いたのか、はたまた全員がそちらに注目している今が好機と踏んだのか、シュジンが駈け出した。だが。
「逃しはしない」
 四人が振り返った時には慎がシュジンを殴りつけ、気絶させていた。そのまま後ろ手に拘束する。これで逃亡される心配はなくなった。
「伝えたいことがあるんですよね、二人を連れてきます!」
 優が建物へ入り、程なくシンファを抱いてファラを連れて戻ってきた。暗闇から出た直後の眩しさに細められていた目が、光になれてリゥシンを捉える。
「おとうさんっ!」
「え……あな、た?」
 満面の笑顔で父親に駆け寄るシンファ。ファラは信じられないものを見たという表情で立ち尽くしていたが、がくり、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか? ……!」
 心配して駆け寄った兎はファラの顔を見てはっとなる。彼女は視線をリゥシンに固定したまま、はらはらと大粒の涙をこぼしていた。
『ファラ、シンファ』
 リゥシンが呼びかけると、一層涙の量が増える。これではリゥシンの顔が見えないだろうと心配になるほどに。
「あ、な、た……」
 絞り出すようなファラの声。言葉にならないのだろう、上下する肩がそれを物語っている。
 心細かったに違いない。
 不安だったに違いない。
 寂しかったに違いない。
 怖かったに違いない。
 けれども娘がいたから、守るべきものがあったから、彼女は泣かずに、弱音を吐かずに走り続けていた。その緊張の糸が、もう会うことのできないと思っていた愛しい人との対面によって切れたのだ。 
『すまない。お前たち二人だけを残して……』
 ファラは言葉にならない分、思い切りかぶりを振って。そんな彼女を見て、リゥシンは悲しそうに微笑んでその手を伸ばした。そっと、妻の涙を指ですくい取る。
『ああ、よかった……最期に、彼女の涙をこうして拭ってあげられて』
 突然命を絶たれて未練がないはずはない。けれどもリゥシンは必死でそれを受け入れようとしている、一同にはそう見えた。ファラもそれを感じたようで、大きく深呼吸をしてからしっかりとした瞳でリゥシンを見つめた。
「シンファ、こっちにおいで」
「はぁい」
 折角父親に会えたのに、と不満気なシンファを膝に抱いて、ファラは口を開く。


「私は大丈夫。この子を守って強く、生きていきます」


 はっきりと言い切った彼女が浮かべた笑顔は、悲しみを帯びつつも強く優しいもので、母親という生き物の強さを周りにいた者に感じさせるのに十分なものだった。


 *-*-*


 その後、ツォイリンの働きにより漸く動いた警察が現場を訪れ、チャンチンその手下たちを捕らえた。
 優は警察が来る前に黒ずくめ達から吐かせたリゥシンとチョンリーの遺体の場所を伝える。警察の手によって遺体は回収してもらえるだろう。
 シュジンも気絶したまま警察へと引き渡された。
 これで今回の事件は明るみに出る。だが組織自体が揺らぐとは限らない。恐らくだがチャンチンの独断で行われたことにして、組織はチャンチンごとしっぽを切るだろう。
 いつかまた、この組織の被害に遭う者が出てくるに違いない。いや、もういるのかもしれない――。


 だが、今回五人のロストナンバー達は三人の人間を救った。
 成仏したリゥシン、無事に探偵に保護されたファラとシンファ。
 もしチャンチンの余罪が暴露されれば、泣き寝入りしていた多くの人達も救われることだろう。告発を決めたファラの勇気と、それを助けたロストナンバー達の功績は大きい。


「やっぱり母親には、いつも笑顔でいてほしいわ」
 シンファに向けられるファラの心からの笑顔を見て、ヘルは探偵事務所の窓から外へと視線を移した。
 思うのは、遠くにいる愛しい母親――。



  【了】

クリエイターコメントこの度はおまたせしてしまい、申し訳ありませんでした。
そしてご参加ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。

皆様の推理はほとんど正解で、いろいろ細かい所に気がついていただけて大変嬉しく思いました。
ちょっとフォローが足りない箇所も実はありましたが、そこは皆様のプレイングの行間を読んで作成させていただきました。
できるかぎりプレイングを反映させられるように頑張ったつもりですが……。
そしてプレイングに無い行動も、この方ならこうするかな? というWRの想像で作成させていただきました。
イメージから大きく外れていないことを祈ってます。

ファラはこれから警察の取り調べなどで色々大変だと思います。
それでもシンファがいるから、リゥシンとの思い出があるから、きっと頑張れると思います。
二人を助けて頂き、ありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。

少しでも気に入る部分があれば幸いです。
重ねてになりますが、ご参加ありがとうございました。
公開日時2012-07-07(土) 20:30

 

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