チェス盤の上が樹海となって数日。カンタレラは考えていた。「あれだけの規模の戦闘があったのだ。しかもこれだけの樹海。旅団の残党や、投降を希望しているが迷子になっている者もいるやもしれぬ」「うん、その可能性はあるね」 カフェのテーブルで彼女と向かい合ってた糸目の男、クージョン・アルパークが同意を示すと、カンタレラは嬉しそうに笑んで続ける。「どのようにすれば彼らと邂逅できるだろうかと思案し、カンタレラに出来ることをひらめいたのだ!」「名付けて、ハーメルン作戦!」 どんっとテーブルに手をついてカンタレラは立ち上がる。クージョンはそんな彼女を見あげてつられるようにして「おー」と拍手をした。 ハーメルン作戦とは……歌舞をもって樹海に潜んでいるかもしれない旅団残党・ならびに投降者や迷子の保護・確保を目指すものである。 つまり壱番世界のドイツ、ハーメルンの事件・伝承のように、歌舞で樹海をさまよっている旅団の者達をおびきだそ……もとい、気づいてもらおうというものだ。「ちょうどいい時に居合わせたようだ」 熱弁を振るっていたカンタレラの後ろに、一組の男女の影が現れた。玲瓏なるその声にカンタレラは覚えがあり、勢い良く振り返った。「やあ、君とはこないだご一緒したね。話は聞いたよ。よければ僕にも手伝わせて欲しい」「おお、イルファーン!おまえならきっと来てくれると思っていたのだ! ありがとう!」 男性の名は、イルファーン。カンタレラとは以前別の依頼に同行したことがある。カンタレラが諸手を上げて喜ぶと、イルファーンは半歩後ろに下がって立っていた女性の背中を押して。「彼女も一緒でいいかな?」『僕とエレニアも参加してもいいかな?』 うさぎのパペットを手にした彼女は器用にそのうさぎ、エレクを操りながら可愛い声で告げた。『歌を歌ったり腹話術ができるよー。小さい子とかが迷子になってたら困るし……一人でも多くの人を救いたいからね!』「僕も樹海に迷い込んだものを放ってはおけない……一人でも多く助けたいんだ。戦闘はあまり得意じゃないけど、結界を張る位ならできるよ」 二人の言葉、特に生きているように動くエレクにカンタレラは目を丸くして。「こ、これはどういう仕組みなのだ? まるでこの子が喋っているようなのだ。……あ! 我はカンタレラ。カンタレラも歌や踊りを得手としているのだ」 ハッと気がついて、エレクに夢中になりかけていた自分を引き戻すと、にこりと微笑んで告げた。「仲間が増えたようだね」 その様子を微笑ましそうに見ていたクージョン。その目の前にひらひらひらと落ちてきたのは――「羽根?」 そっと、その血のような真紅の羽根をつまみ上げると、、後方から低い男声が響いてきた。「邪魔をする。私は迦楼羅王。今は戦を生業としているが、その昔は歌を生業にしていた。歌が歌える者を募集していると聞いたので、私も微力ながら手伝わせて貰おう」 ともすれば高飛車とも取れるその言葉。だが彼、迦楼羅王には不思議とその威厳が備わっていて、違和感がない。「空からの捜索も出来るし、そもそも戦うしか能がないから護衛として遠慮なく使ってくれ」 威厳を崩さず笑うように告げると、カンタレラは感心したように迦楼羅王を見上げて。「戦闘も歌もできて、その上飛べるのか! 我はカンタレラ。カンタレラも少しなら戦えると思う。よろしく頼むのだ」 柔らかく微笑んだ。 *-*-* 五人のメンバーで歌舞隊は樹海を進む。 飛び道具を警戒して念の為にイルファーンが進む一同の周辺に、自分を中心とした移動式の結界を張った。「結界を張って貰えるのは助かるな。どうにもそう言った類の技は苦手でな。頼りにしている」「ありがとう。僕も君の力を頼りにしているよ」 イルファーンと迦楼羅王は互いの力を認め合い、視線を交わす。 クージョンの演奏を伴奏として、一同はゆっくりと練り歩くように樹海を進み始めた。 戦闘ではカンタレラが前進しながら舞っている。 結界の中心であるイルファーンが主旋律を、彼の側を歩くエレニアが高音を、後方で警戒をしながら歩き、時々空へと舞う迦楼羅王が低音を紡ぐ。 木々ばかりの樹海を満たすそれは、耳にすれば何事かと音源を確かめたくなるような魅力。 そうしてどのくらい魅力を広げて回っただろうか。少し立ち止まってみようかということになり、一箇所にとどまって演奏を続けることにした。立ち止まるとなれば、カンタレラの踊りもバリエーションが増える。演奏している皆もその美しい踊りを眺め、笑顔になっていたその時。 ガサガサガサッ!!「あ……」 草木の揺れる音と小さな呟き。それまでにない音を捉えた一同は、踊りと演奏を止めてそちらを振り向いた。「……!」 そこに立っていたのは、質素な服を着た十代中頃の少年。ナラゴニアから樹海に降りて暫く経つのだろう、衣服は汚れ、擦り切れている箇所もあった。「おまえは……」「っ……!」 カンタレラが声をかけると、少年は固まっていた身体が解けたとでも言うようにきびすを返して走りだした。「待つのだ!」『待って!』 そのまま走り出しそうになったカンタレラとエレニアの肩を、クージョンとイルファーンが掴む。「怯えているだけにしては様子がおかしい気がするんだよ」「そうだね。もし一人で彷徨っていたのだとしたら、藁にも縋りたいはずだ。僕達に声をかけてきてもおかしくない」 二人の言葉に迦楼羅王も頷いて。「十中八九仲間がいるな。仲間のところに知らせに戻ったんだろう」 そう言ってファサッと飛び上がる。木々の葉が邪魔して鮮明とまではいかないが、木々の隙間を移動している一団を目にすることが出来た。「狙い通り、旅団残党を引っ掛けることには成功したみたいだ。だが少し厄介かもな」「厄介?」 地上に降りてきた迦楼羅王にカンタレラが問い返したその時、先ほど少年がいた方向の木々の揺れが激しくなり、青年から壮年に差し掛かる年頃の男性三人と、その後ろから偉そうな雰囲気を醸し出している30歳くらいの女性が姿を現した。「こいつらかい、音楽を演奏していたっていう酔狂な集団は」「は……はい」 見れば女性は先程の少年の頭を物のように無造作につかみ、詰問しているではないか。「お前ら、図書館側の奴らだろう?」「殺して、身ぐるみ剥いでやらぁっ!」 男性三人は今にもカンタレラ達に襲いかかってこようとしている。よく見れば女性は先程の少年を盾にするようにしていて――それで自らを守るつもりだろうか。『ねえ、後ろの方にも人が……』「ああ。怯えているようだね」 エレクを通したエレニアの言葉に、イルファーンも頷いた。 好戦的な旅団員四名と少しばかり距離をとった場所で、十数名の男女が不安げにこちらを見ている。よく見ればボロボロの衣服に身体中アザだらけ、傷だらけの者もいて、旅団ツーリスト達が飯炊きなどの労働力として、そして慰み者として連れてきているのは明らかだった。 一般人と思しき彼らはとても怯えているようにも見える。旅団ツーリストがいなくなれば一時の安寧が得られるだろうか。否、彼らは、今度はカンタレラ達に、ひいては世界図書館の者達に同じように扱われると思っているに違いない。「助けるのだ」「うん」 まっすぐに彼らを見据えたカンタレラの呟きに、クージョンが答える。「説得に応じそうな奴らじゃなさそうだな」 迦楼羅王が一歩前に出て、旅団ツーリスト達を見やる。 一般人達を助け出すには、四名の旅団ツーリスト達を倒す必要がありそうだ。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>カンタレラ(cryt9397)クージョン・アルパーク(cepv6285)イルファーン(ccvn5011)エレニア・アンデルセン(chmr3870)迦楼羅王(cmrt2778)
現れた旅団員達四名と世界図書館側のロストナンバーの間に緊迫した空気が広がっている。 明らかにリーダーの女性とそれに従う三人の男性は、後方で怯える民間人を虐げている。それは傍から見ただけでもひと目で分かる程だった。 一触即発の空気の中、まず動いたのはクージョン・アルパークだった。後方の一般人がビクリと怯えたように身体を震わせたが、彼は攻撃をするわけではなくそっと旋律を生み出した。その曲調は明るく、弾むようなリズムで思わず楽しくなってしまいそうなもの。その旋律に引きこまれた一般人達は、どういう表情をしたらいいのか困ったように顔を見合わせていた。 素直に明るい表情を見せていいのか、手足でリズムを取っていいのか。だがそんな事をすれば自分達を率いているレダ達の不況を買うだろうことはわかっているから。 それはクージョンもわかっていることだった。だから一般人が少しでも反応してくれたことをよしとする。だって一番小さな子供は笑顔を隠せないでいるもの。 ビシィッ! だが、レダの鞭が地を打った瞬間、その笑顔は凍りついた。 「何を楽しそうにしているんだい! あんたたちにはそんな権利はないんだよ!」 イライラしたように紡ぎ出されるその言葉に、クージョンを始め図書館側のロストナンバー達は顔をしかめた。感情表現まで支配されなくてはならないのか、と。 クージョンの紡ぐ曲調が変わる。最初は穏やかな旋律から始まって。 「奴隷の王様気分はバッドショウだよ」 「ははっ。力ある者か弱い者を使って何が悪いのさ!」 この女王様はクージョンの差し出した最後の手を理解できないらしい。 「理解できないって? じゃあそんな人たちはどうでもいいよ!」 曲調が怒りと悲しみを込めた激しいものへと変わっていく。アップテンポな中に悲しみの旋律をおりまぜて。 「きっと心がさびしい人なのだろうね」 悲しげにぽつり、呟かれたのを耳にして、そっとカンタレラがクージョンに寄り添った。そしてクージョンの音に合わせてカンタレラも音を紡ぐ。カンタレラの、ともすればうっとり聞き惚れてしまいそうなほど透き通るような美しい歌声に樹海の植物が反応し、異常成長を始めた。 「唄なんて俺達の心には響かねぇよ!」 手下が馬鹿にしたように吐き捨て、勇んでこちらへ駆け来ようとする。だが。 「!?」 「な、なんだ!?」 そう、目の前しか見えていなかった手下達は今になって漸く気づいたのである。周りの植物が異常成長した結果、自分達の進路が狭まってしまっていることを。 カンタレラの唄は植物の成長を促進することはできるが、植物を自在に操ることはできない。しかしこの樹海という場の性質上、異常成長させるだけでも敵の動きを制するには十分だった。 「カンタレラ? 無理はしないでおくれ大事な人よ。君が戦いたいのなら止めはしないけど、君が傷つくのは僕はとても悲しいからね」 「ああ、クージョン。わかっている。気をつける」 心配そうに言葉を紡ぐクージョンの温もりを確かめるようにして、カンタレラは答える。この優しいぬくもりの人を悲しませるようなことなどしたくない。 カンタレラが歌を止めても成長した植物は元には戻らない。 カンタレラの成長させた植物に手下が右往左往している間に、イルファーンはそのピジョン・ブラッドの瞳をレダへと向ける。理不尽に虐げられる人を見過ごせない、その思いがイルファーンの言葉に宿る。 「君……レダと言ったね。同じ境遇の子供を盾にして心は痛まないのかい?」 「痛む心なんて、とっくになくしてしまったよっ! より快適に生きていくために、弱いものを使うのが強いものの権利だろう?」 「君たちは権利だけ主張して義務を果たしていない。あくまでも抗うつもりなら……いいだろう、僕も戦おう」 ヒュンッと風がイルファーン達を撫でていく。彼の貼った結界が、皆を包む。 「無辜の民を救うために、そして彼女を……かけがえのない恋人を守るために」 彼が味方にもたらすのは、五大要素の加護。守りに向いたもの、攻撃に向いたもの、補助に向いたもの、様々ではあるが、どれもが仲間を助けるのは確かである。 「そっちからこれないならこっちから……おっと!?」 迦楼羅王が接敵しようとし、翼が異常成長した木に引っかかった。翼が邪魔でうまく進めずバランスを崩す。 「がははははっ! 威勢はいいがそのご立派な翼が邪魔してやがるじゃないか!」 手下は笑っているが、迦楼羅王はもっと不敵に笑っている。そう、このヘタレっぷりは全て演技なのだ。人間の頃に歌手兼俳優業で培った経験は伊達ではない。 身動きが取れないように見える迦楼羅王に、手下達が木々をくぐり抜けて迫ろうとする。完全に彼を馬鹿して下に見ているその様子が滑稽だった。 「いくぞー!」 罠に嵌った獲物を見るように下品な笑みを浮かべながら斧を持つ手を振り上げようとする手下達。 だが。 迫る男達を呆れたような瞳で見て、迦楼羅王は口の端をニヤリと釣り上げた。 男達がその不自然さに気がつくより早く、迦楼羅王はその真紅の翼をしまった。そしてトラベルギアの索を操り周囲の邪魔な枝葉をなぎ払い、切り捨てる。それは本当に一瞬とも言える出来事だった。 「樹海に逃げようなどと思うなよ?」 「あ、あああぁぁぁ……」 そのスゴ技を見て、腰を抜かさなかっただけ褒めてやったほうがいいかも知れない。いや、斧を構えたままへっぴり腰で固まっているだけの者もいるから、褒めるのには遠いだろうか。 迦楼羅王は折伏刀を手にし、イルファーンが素早く印を切った。 (私が一番弱いという自覚はあるから……自分の身はしっかり守らないと) 最前線で戦う迦楼羅王とイルファーンより数歩後ろ。 戦いに相応しい勇ましい曲を奏でながら、クージョンは緊張している様子のエレニア・アンデルセンへと近づいた。 「腹話術には興味をそそられるね。僕もやったことはあるけどどうしても破裂音が出せないんだ。やり方を教えてくれないかな?」 『あっ……僕でよければあとでいくらでも!』 突然話しかけられて驚いたエレニアも、クージョンの少し場違いな質問とその優しい表情に少し緊張が解けたようで、エレクを動かしながら答える。 「君も戦闘では危ないなら避難するべきだよ?」 「!」 それはエレニアを思っての助言だ。けれども少し迷っていた心を見透かされたようで、ドキッとする。 『心配してくれてありがとう! 大丈夫、僕も少しなら戦えるから!』 「そうか。ならいらぬ心配だったね」 クージョンは笑み、戦闘の影に隠れるようにしてエレニアから遠ざかっていく。エレニアはそれをしばらく見つめたあと、自分のために小さく頷いた。 (イルファーンさんに心配をかけてしまっては心苦しいですから……頑張ろう) 「貴様らは強者に媚びへつらい、虎の威を借ることしかできないのか。金魚の糞以下だな」 手下を鼻で笑い、折伏刀を振るう迦楼羅王。イルファーンの竜巻で舞い上がった敵が落下してくるのに合わせ、横薙ぎにする。死角から斧を振り下ろそうとする手下には、突き出した掌から出現させた凌牙で不意をつく。すると呼吸を合わせたかのように、イルファーンがその手下を炎で焼いた。互いに目配せして次のターゲットを決める。 『何をしているんだい、右だよ、右!』 不意に響き渡ったのはレダの声。イルファーンたちに接近しようとしていた手下が、その声のとおりに右を振り向く。だがそこには何もなく、きょろきょろと首を降る様は滑稽だ。 「なにしてるんだい! 今のは私じゃないよ!」 慌てたように奥からレダが叫ぶ。そう、さっきのレダの声はエレニアが真似をしたものだった。精度が高く、とっさに手下も間違えてしまったのである。 イルファーンが素早く印を切る。 発現した竜巻が哀れにも騙された男を空中へと巻き上げた。 「殺生は嫌いだ。命までは獲らないよ」 どすんと背中から落ちた手下は、しばらく動けないだろう。 その間に迦楼羅王はレダへと接近していた。 「人質か? 小物の考えそうなことだ。だが、私にそんなものは効かんぞ? 人質ごと貴様らを斬って捨てるだけだ」 「ふっ。出来るものならやってみな!」 手下をすべてやられても、レダは強気だ。だが額に脂汗が滲んでいるのは強がっている証だろう。 迦楼羅王は基本的にフェミニストである。だが、たとえ相手が女性でも弱者を虐げる者には一切容赦はない。 「そんなに挑発していいのか?」 「しー。静かに」 こっそりと戦闘に夢中な敵達の目をかいくぐって敵陣後方、つまり一般人達のいる場所へと近づいたクージョンは、口に人指し指を立ててざわめきそうになる一般人達を制す。 「ここは危ないから、静かにすこしずつ離れようか」 「……あなた達も、私達を……」 この中では年嵩の男性が意を決したように口を開いた。けれどもクージョンはその質問にははっきりとは答えない。今の段階では口先だけの答えはあまり意味が無いと思ったからだ。だから。 「その話は後でゆっくりしよう。彼らに気づかれる前に、早く」 「……、……」 顔を見合わせあった一般人達。彼らは頷いて。 「分かりました。……あの子は助けてもらえると信じていいんですね?」 視線の先にはレダが人質にとっている少年。クージョンは笑顔を浮かべて。 「君たちが、僕の仲間を信じてくれるなら、必ず助けるよ」 「……はい」 そしてそっと、静かに、一般人達はクージョンの誘導で戦場から離れていくのであった。 迦楼羅王とイルファーンを始めとした仲間達はそれに気がついていたが、戦闘に夢中な敵達は背後で起こっていることに気がついていないようだった。 何とかして人質にされている子を助けたい。エレニアは考えていた。そして考えついたのが【ハミングヴォイス】の使用。少年を助けるため、思い切ってエレニアは声を発する。 「人質を離してください」 澄んだ美しい声は天上のもののごとく。レダの耳から入り、鼓膜から脳へと染み渡って彼女を魅了する。レダがエレニアを見る瞳だけは、もう敵意を抱いていなかった。 「……はい」 レダが手を離したのを見て、カンタレラが素早く少年の側へと回る。逃げようとした少年は足をもたつかせて転びかけたが、カンタレラはそれを受け止めて。引っ張るようにして少年をレダから遠ざける。 その間に迦楼羅王は素早くレダの手を後ろにひねりあげていた。 「相手が誰であれ、弱き者を虐げる輩には手加減しないと決めている」 敵は殺さない主義ではあるが、一般人を虐げておいてただ捕縛では足りない。ギリッと腕をひねりあげる迦楼羅王。 「刮目し、己の全てを省みろ」 バキッという鈍い音とレダの悲鳴が樹海に響いた。 *-*-* レダを始めとした四名全て命まではとっていない。迦楼羅王のギアで全員縛り上げる。 「これでもう手は出せない。樹海に放置しておけばいいだろう」 印を切って地上に閉じ込める結界を張ったイルファーン。四人は頷いて、クージョンが向かった方向へと少年を連れて向かう。 一般人達の不安を取り除いてやらねばならない。 パチパチパチパチ、クージョンは拍手で四人を迎えた。 「君たちが信じてくれたから、ほらあの子も無事だ」 鞄から取り出した包帯で怪我人の治療をしながら、カンタレラにつれられた少年を示す。 「兄さん!」 少年は走りだし、年嵩の男に抱きついて。 「ありがとうございます、ありがとうございます!」 兄だという男は何度も何度も頭を下げた。 「怖がらせてすまなかった。私達は世界図書館のツーリストだ。図書館へ行けばナラゴニアの民の身分と権利が保証される。私達はお前たちを虐げはしない」 迦楼羅王がする説明を、一般人達はしっかりと彼の瞳を見て聞いていた。だがなかなかに即断は難しいようである。 ぐぅぅ……。 「お腹が空いていたら考えもまとまらないよね。僕たちはターミナルに帰れば食べられるだろう?」 クージョンとイルファーンがが自分達の分の食料を取り出して与えていく。迦楼羅王は思い出したかのように持参した荷物を開けて。 「広大な樹海で迷子になっているのなら、腹が減っていると思ってな」 「「わぁぁぁっ」」 その荷物の中身はお手製のサンドイッチや温かい飲み物、スープなどで。空腹の彼らは恐らく満足に食料を与えられていなかったのだろう、それらを見てごちそうを見るように唾を飲み込んで。 「食べていいんだよ」 イルファーンに柔らかく告げられれば、一般人達は目を輝かせてそれらを口に含んだ。 どの顔も嬉しそうで。何日かぶりの笑顔であふれていて。中には涙ぐむ者もいて。行軍の辛さを感じさせる。 「痛かったのか? 怖かったのか? ……大変な思いをしたのだろうな」 カンタレラは人心を慰める術は持ち得ていないし、得意でもない。慰める言葉や術はたぶん他の者の方が得意だろう。だから彼女は枝から笛を削りだしているクージョンの背中に隠れながら、そっと顔を出して。 「もう大丈夫なのだ。これからはゆっくりと休んで、悪いことはゆっくり忘れていけばいいのだ」 「お姉さん、助けてくれて有難う! うん、ゆっくり休んだら、きっと忘れられるよね」 まっすぐにカンタレラに向けられる視線は先ほど助けた少年のもの。 「さっきよりも顔色が良くなっているな」 サンドイッチを頬張る少年の顔が明るくなっているから、カンタレラもほっと安心だ。 「提案だ、カンタレラ」 「どうした、イルファーン」 「彼等の為にとっておきの舞を披露しよう」 呼ばれて振り返ったカンタレラに、イルファーンが提案をする。その提案は、カンタレラにとっても渡りに船だった。舞を披露してあげられたら、そう思っていたのだ。 「千や万の言ノ葉よりも、真心が紡ぐ旋律が物言う事もある。唄と踊りには傷付き荒んだ人々を励ます力がある。僕はそう信じている」 「ああ、そうだな! クージョン!」 「手伝うよ」 こうして人々が食事をしている間、つかの間の舞台が設けられた。 イルファーンが歌う歌に迦楼羅王とクージョンが合わせ、カンタレラがドレスの裾を翻して舞う。 木々の隙間から降る光はスポットライト。 葉ずれの音は伴奏。 自然の舞台で気持よく、舞う、歌う。 しばらく経った後に歌のリズムは自然に転調し、拍子を変える。 そう、これはワルツ。 「エレニア・アンデルセン」 イルファーンはエレニアに手を差し出し、舞台へと引き上げると抱き寄せて上手なリードで彼女と舞う。 木漏れ日の中での美しい舞。 カンタレラが羨ましそうにそれを見ているものだから、気がついた迦楼羅王がクージョンから伴奏を引継ぎ、その背を押し出す。 「お手をどうぞ?」 いたずらっぽく笑んだクージョンの手に嬉しそうに手を重ね、カンタレラは片手でドレスの裾を掴んで軽く礼を取る。そして身体を寄せ合い、始まるのはワルツ。 くるりくるりひらりひらりと木々の合間を舞う二組の蝶。 ナラゴニアの一般人たちは食事の手を止めてその素晴らしい舞台に見入っている。 自分達のために素晴らしい舞台を開いてくれている、それだけでなく、演奏している、歌っている、踊っている彼らが皆、心から楽しそうだから。だから引きずられるように笑顔になっていって。 舞を終えると、圧倒的な拍手か一同を包んだ。ナラゴニアの一般人たちも笑顔で、手が痛くなるほどに拍手をしている。 すっ、とエレニアが前に出て、息を吸い込んだ。 ――、――、――……。 紡ぐのは旋律。 硝子を震わせたかのように美しいその旋律には思いが籠っている。 大丈夫、私達は怖くない。 大丈夫、私達も怖くない。貴方達を救いたい。 子供達にはパペットのお話だって聞かせてあげたい。 楽しい事がここにはあるんだよ。 イルファーンさんもカンタレラさんもクージョンさんも迦楼羅王さんも、 みんな貴方達を助けたいんだよ。 その思いを歌にして、言葉にして、旋律に乗せて届ける。 伸びやかな歌声は彼らの心の中に染みこんでいく。 ほら、歌は、思いは届く。 一緒にターミナルへ行こう。 *-*-* 「まだこういう集団が樹海にいるかもしれないね。彼らに聞こえるくらいに大きく吹こう! いつかは助け出すよ! って」 切り出した木の笛を全員に配るクージョン。 「それじゃあ行くぞ?」 迦楼羅王が先頭で一般人達を誘導していく。 最後尾にはイルファーンとエレニアがついた。 「僕が戦えたのは君のおかげだ、エレニア・アンデルセン。心から礼を言う」 『そ、そんな……』 「有り難う」 『僕こそ、傷つかないように気を遣ってもらっていたみたいで……』 礼を言われて恐縮するエレニアの、エレクをつけていない手に、イルファーンはそっと自身の手を伸ばして。小さく指先を絡める。 「こうして互いに補えあえる関係というのはいいね。互いの支えになれる……素晴らしいじゃないか」 『僕は……イルファーンさんの支えになっている……?』 「もう一度、答えたほうがいいかい?」 エレニアの問いに、イルファーンは繋いだ手をきゅっと強く握りしめた。そこに込められた意味は、彼女ならばきっとわかってくれるはずだ。 「カンタレラ? 心配したよ」 団体にカンタレラがついてこないことに気がついて、クージョンはすぐに戻るから先に行っていてくれと迦楼羅王に伝えて引き返した。引き返した先はレダ達四人を捉えてあるあの場所だ。カンタレラはそこで、四人と対峙していた。イルファーンの結界で閉じ込められている以上、危害を加えられることはないだろうが、それでも心配になる。だがカンタレラはクージョンが声をかけたことに気がついていないのか、じっと四人を睨み据えていた。 「カンタレラはお前たちを許すことはできない。なぜ自分よりも弱いものを従属させようとしたのだ?」 「……愚かな問いね。強いものが弱いものを従わせるのは自然の摂理じゃない」 カンタレラの言葉を馬鹿にしたように、レダは痛みに顔をしかめつつも強気に笑う。 「強いものが弱いものを庇護するのも同じじゃないのか?」 「だから最低限、生かしてあげていたじゃない。その代わりに労働で返してもらうってことよ」 「!!」 あの状態が庇護と言えるものか。どう見ても従属、隷属のたぐいだ。それをこいつらは「生かしてあげていた」などという。 「よくもそんな事が言えるものだ!」 カンタレラは怒りを隠そうともせずトラベルギアを構える。罪は償うべきだ。 「カンタレラっ!」 怒りに我を忘れそうになる彼女に、一瞬の隙ができた。クージョンは彼女を後ろから抱きしめるようにして引き離し、カンタレラは呆けたようにしてされるがままになった。彼女の一瞬の隙は、その脳裏に浮かんだ老婆のせい。ダイアナ・ベイフルックの顔。 罪は償うべきだと思う。 だがダイアナは罪を完成させると言っていた。 これがロストナンバーだと吐き捨てたダイアナ。 「これが、我々のもうひとつの顔だというのか」 それは罪は償うべきだとはいえ衝動的にレダ達を殺そうとした自分をさしているのか、それとも弱者を虐げるレダ達をさしているのか――。 カンタレラはクージョンの腕の中でくるっと身体を回転させて、その胸に顔を埋める。 彼女はカタカタと震えていた。背筋を冷たい指先ですっと撫でられるような恐怖に似た何かが、カンタレラを襲っている。 「償うべきなのだ。そうだよね、クージョン」 そうだと言って欲しい。言って欲しいから、ぎゅっとクージョンの背中に手を伸ばして強く抱きしめるカンタレラ。 「カンタレラ……」 クージョンは彼女を落ち着かせるようにそっと、その頭と背中を撫で続けた。 *-*-* 連れ帰った一般人達は無事に図書館で保護されることになり、樹内の中で怪我をしたまま動けなくなっているレダたちには相応の対応がなされることになった。 こうしてハーメルン作戦は成功を収めたのである。 【了】
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