オープニング

 はっ、はっ、はっと荒い息が繰り返され、少年はぎりぎりと歯を噛み締めた。なんだ、なんなんだこいつら。獣なのか、獣じゃないのか。見目には死した獣に映るそれらが、走り続ける彼の後を追っていた。
「なんっ、なん、だよ……!」
 そもそもここはどこだろう。見慣れない土地。振りかえって獣の一匹を睨みつけると彼の瞳が蒼く輝き、悲鳴もなくその一体が弾き飛ばされた。だが、追っ手はまだいる。そう……ざっと20体ほどだろうか。彼は木の陰に駆け込むと息を殺した。誰か――何か、もう何でもいい。とにかく近づいてきたものにまた蒼の瞳を向ける。自分の意思じゃなく足ががくがくと揺れて膝が崩れた。もう何が何だか分からなかった。

 *

「広がる世界と竜刻。ロマンだよね」
 旅人達を集めた司書の青年は、鹿取燎と名乗った。彼はするりと緩んでいた口元を引き締める。くせ毛の金髪に埋もれて目は見えないが、口元からして真剣な表情になったようだ。
「さて、集まってくれてありがとう。実は今回、皆にお願いしたいことはロストナンバーの保護なんだ。彼は壱番世界と似た仕組みの世界だけど、住人が少しずつだけ、魔法のような力を使えるらしい。彼はその世界の一般的な住人だね」
 彼は片手にした導きの書の重さを測るかのように手を動かしつつ、続けた。
「彼はその自分の能力で身は守っているものの、竜刻の力の影響下に入ってしまったらしくて、竜刻の力で動き回っている獣に追いかけられている状態らしい。周りの地形は、人間の生活圏からちょっと外れてる。森と平原のあいのこってところだね」
 広さはあるけど、そうそう長く隠れていられるほどでもないみたいだ。と彼は呟く。
「皆にお願いしたいのは、その獣を排除なり倒すなり、なんとかしたうえで、彼の警戒心を解いて0世界まで保護してきてほしいんだ」
 司書はぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします。――旅人達に祝福がありますように」

品目シナリオ 管理番号247
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントはじめまして、有秋在亜と申します。
ヴォロスでのロストナンバー保護シナリオ。
アクションがメインになりそうですが、
アクションだけでは解決しない、かも?

皆様のご参加、お待ちしております。

参加者
藤枝 竜(czxw1528)ツーリスト 女 16歳 学生
ホワイトガーデン(cxwu6820)ツーリスト 女 14歳 作家
ディガー(creh4322)ツーリスト 男 19歳 掘削人
西 光太郎(cmrv7412)コンダクター 男 25歳 冒険者
ロボ・シートン(cysa5363)ツーリスト 男 27歳 獣兵

ノベル

「――綺麗な眺めだね」
 シャベルを軽く地面に立ててその光景を眺めたディガーがそう呟いて、薄い青の瞳を細めた。目の前に広がるのはなだらかな曲線を描く、広大な大地。人里離れたといわれただけあって人工的な気配が感じられない。吹き抜ける風は、さわやかですらある。今回保護すべきロストナンバーの情報を改めて確認していた藤枝竜は、ぎゅっと拳を握りしめた。
「みんなが不思議な力を持つ世界から、というのも他人事とは思えませんし、頑張りましょう」
 彼女の片手には出発前に買ってきた駅弁向けハンバーガー。いくつかは来るときに皆で食べたのだが、これは一つ残しておいたのだ。……そう、これから会う、『彼』のために。
「荷物も良いし、カツサンドも持ったし……

 荷物を確認しながら、西光太郎。その言葉に、肩のフォックスフォームのセクタン……名前を空という……が尻尾をパタリと動かした。彼のバッグの中には厨房を借りて作ってきたカツサンドが入っていた。お弁当というわけだ。ちなみに彼はコックなのかというと、そうは言い切れない。コックは九十九ある彼の職の……いや、コンダクターになって百になった彼の職のうちの一つだ。
「私はあまり大変な目に遭わずに保護されたけど、運がよかったのね」
 流れてくる風を左肩の翼で受けながら、ホワイトガーデンが心配そうに瞳を伏せた。見渡す限り今のところ少年も、獣の姿も見えない。少年はどこにいるのだろう。
 くん、と小さく鼻を鳴らして、ロボ・シートンが前足で地を叩いた。かすかに、あまり気持ちの良いものではない匂いが遠くから漂ってきている。
「向こうから怪しい匂いがしてきている。――行こう

 灰色の狼は軽やかに地を蹴って走り出した。残りの旅人達も、それに続く。

 *

「おーい、そこの誰かさーん! 助けに来ましたよー!」
「こんなところに突然、か……これがディアスポラ現象ってやつなのか」
 走りながら、竜が声をあげる。光太郎が壱番世界製の獣避けベルを鳴らしつつ、後に続く。なだらかな丘の上に達した時、ホワイトガーデンがそうだわと手を合わせた。
「こんなことの後だと近付く生き物全てに警戒するかもしれないから、手紙を書かない?」
「……手紙?」
 ロボが尾を揺らす。異口同音に訊ねたディガーも首をかしげた。
「ええ。皆さんの世界でも作ったことがあるかしら。紙飛行機」
 びりっと彼女は自身のトラベルギアである所の未来日記の頁を一つ破りとり、ペンでさらさらと何かを書き付けた。
「皆さんも、ぜひ」
「それなら……」
 結局手早く一言ずつ全員で書き付け、再び移動を始めた。歩きながらホワイトガーデンは綺麗にその紙を折りたたんでいく。それが形を成した時、ディガーが声をあげた。
「いた!」
「――あれが」
 西が小さく息をのむ。草原を中型から大型程度の大きさの獣が駆けていた。ロボが喉の奥で低く唸る。
「あいつらか」
「木立の辺りにももう少しいるみたい。あと……あそこらへんに人が一人」
 ディガーが足元に視線をやってから口を開いた。獣たちが地を蹴るその振動が、彼らの重さと数をディガーに告げているのだ。ホワイトガーデンがぱらりと未来日記を開いた。紙飛行機を空に滑らせ、日記に羽根ペンで書き込んでいく。
『想いを乗せた紙ヒコーキ。つぅっと飛ばした紙ヒコーキ。落ちそうになっても風に乗り、ぐんぐんぐんぐん飛んでいく。貴方の所に飛んでいく』
 紙飛行機はすいっと飛んで行った。そのあとを追うように五人は駆けて行く。獣たちのうちの数頭が、近付いてきた一行に気づいて姿勢を低くした。その向こうに見えるのは……少年。彼に飛びかかろうとした獣が一頭、弾き飛ばされる。彼は木の陰に回り込もうとしているようだ。
「いました!」
 竜が声をあげる。ショートソード……フレイムたんを引き抜き、彼女は駆け出した。その横合いから飛びかかろうとした一頭をロボがあぎとで食らいついて引きずり落とす。
「ひとまずそっちは任せた」
「えっと……『私たちを『より優先して排除しなければならないモノ』と判断したのか、獣たちはみなこちらに標的を移す』……と。まずはこんなところかしら」
 ホワイトガーデンがすらすらっと羽根ペンを走らせる。彼女が書き終わった辺りで、獣たちがゆらりと動きを止めた。うつろな瞳が、ぼんやりとこちらを映す。生きた気配のしない、その姿。それらは一斉に、こちらへと踊りかかってきた!
「死屍たる獣……か。竜刻の力ってのは恐ろしいものだな」
 ロボが姿勢を低くして駆け出し、その健脚で地をなめるようにトップスピードに移りながら考えた。
(さて……獣ね……)
 自分たち狼などのように群れて狩りをする獣。弱点は何だ? はっきりしていることは……
「奴らは本能的に炎には弱いはずだ!」
 襲いかかってくる一頭を交わしながら叫ぶ。それに竜が反応した。
「それなら任せてください!」
 短く纏められた赤の髪をひるがえして竜がひゅっと何かを吹くように唇をすぼめた。その唇から、炎線がほとばしる。
「おいよせ、俺まで入るッ?!」
 きゃいんっと甲高い悲鳴をあげてロボが身をひるがえす。が、獣たちは彼以上にその炎を恐れて飛び退った。逃げる様子は見せないが明らかに警戒が濃くなったのが動きから見てとれる。ホワイトガーデンがさらさらとペンを走らせた。
「『自分の庭であるはずなのに、獣は蔓に足を取られる』……っと」
 一瞬のにらみ合いから駆け出した獣の数頭がまごつく。
「すみません! 思う以上に拡がっちゃって!」
 飛びかかってきた一頭をフレイムたんで振り払い、竜。振り払われた獣は尚飛びかかろうとするが、その鼻先を鋭いシャベルの先が掠め動きの止まったその腹に柄が叩きこまれた。さらにもう一頭の牙を刃の平らなところで払うように叩き伏せたのはディガーだ。銀のシャベルが翻されて鈍く輝く。
「行かせない、よ」
 手中でシャベルが反転する。軽く地面をかすめたその先端が土をすくい上げ、獣たちの目にかかる。一瞬動きが止まったところで刃先が閃いた。
「聞いていたかい、空、よろしく頼むよ!

 光太郎が告げると、彼のセクタンは飛び上がるとその身にまとう炎を揺らめかせ、近付いてくる獣たちへ向かって炎の弾丸を撃ち出し始めた。光太郎は自身のトラベルギアのリュックサック……クラインの壺に腕を突っ込む。
「獣相手に効く武器が欲しいんだ……頼む!」
 引き抜かれたのは、棍。よっしと快哉をあげそうになって彼はふと口をつぐんだ。棍にしては、手触りがおかしい。丸くてすべすべしているそれは、確かに長さも重量もあるのだが……
「ってこれ麺棒?!」
 明らかに武器じゃないと思うんだが武器にできないわけでもない。しょうがないので彼はそれで飛びかかってきた獣たちを払い始めた。

 *

 少年は火を吹いて獣たちを蹴散らす竜を茫然と見ていた。
「助けに来ました! 今はこいつらをなんとかするのが先です!」
 炎を身にまとって、その姿の周囲がゆらりと揺らめく。――紙飛行機が飛んできて吃驚していたら今度は人が出てきた。……助けに、来た?
 と、竜を追うようにロボがやってきた。その狼の巨躯に少年は反射的に後退りながらにらみつけようとする。が。
「オレは見た目が獣だ。だが、こうしてやってきたのも、何かの縁だ。……助けてやるぜ」
「……え?」
言って灰色の狼は再び疾風となって駆けて行く。掌の中で、きつく握りしめた紙飛行機が小さく音を立てた。

 光太郎が棒を翻して声をあげる。
「早く行こうといいたいところだけど……!」
 獣たちの攻撃はなかなかしつこい。らちが明かないかと悟ったロボが、彼のトラベルギア……シリウスの牙を起動させた。祖の力を呼び起こす、四本の牙。
「我々、狼の誇り高き祖霊よ。我に力を貸したまえ――!」
 すっとあげたその喉から、地を震わせるかというほどの遠吠えが響き渡った。びりびりとした圧迫感に気圧されたように、獣たちはその場で固まる。逃げ出しこそしなかったが、殆ど戦意が削がれたかのようにじっと窺ってきている。ロボが眼光を鋭くして獣たちの方へ飛びかかる気配を見せると、彼らは雲の子を散らすかのように散ったのだった。

 *

「こんにちは、怪我は無い?」
 少年の所に駆け寄った一行は、座り込んでその青い目を丸くして五人を見つめる少年に、かわるがわる話しかけた。ロボは、説得は任せた、と言って辺りに目を光らせている。
「大丈夫かい? 俺は、西光太郎。……えっと、君の名前は?」
「――レヴィン。レヴィン・バレル

「ぼくはディガー。よろしくね、レヴィンさん

 にこっと笑ったディガーに気圧されたように、少年……レヴィンは口を結んだ。
「いきなりで聞きたい事、たくさんあるだろうけど…ここは危ないから、安全な所に移動しないかな? 見通しも少し悪いし」
 手を述べようとしたのを疑り深い視線で見られ、うーんとディガーは首をかしげた。
「ぼくらもきみに教えたい事、いっぱいあるんだ。……信用できないかな? でもね、ぼくらはきみに噛みついたりはしないよ?」
 大丈夫、と言うのに、レヴィンが視線をうろつかせる。フレイムたんを仕舞った竜が、彼に声をかけた。
「実は……私もこんなことができる世界から来たんですよ」
 名乗ってからそう言って、ひゅっと火を吹いて見せる。未知に対するものではない驚きに目を丸くしたレヴィンに、彼の出身世界を聞きたい衝動に駆られたが、今は休ませる方が先だ。
「突然こんなところにきて、びっくりしたでしょうね。辛かったでしょうね。私も同じです。……もう安全ですよ」
「あら、紙ヒコーキ、届いたのね

 ホワイトガーデンが、よかった、と微笑む。言われてレヴィンが視線を右手に移した。一回開かれ、握りしめたせいでくしゃくしゃになっている紙飛行機。
「これ……?

 レヴィンは呟いてそれを開いた。その紙には、彼がそれを受け取った時と同じように、『もう大丈夫よ。キミに会いに来たの。お話ししましょ』と書かれていた。他にも、それぞれの字で、助けに行くよなどと書かれている。
「そう。飛ばしたの、私たちよ」
 ホワイトガーデンの言葉に、レヴィンは手紙の端をまた握りしめた。そこに、そっと手が差し伸べられる。
「一緒に行こう?」
 そう笑いかけたディガーを見上げ、そうしてから差し出された手を見つめ、やがておずおずとレヴィンが手を出した。
「0世界に着いたら、見慣れない顔ばかりでびっくりするだろうな」
 笑いを含んだ声音でロボが楽しげに言う。ぐっとサムズアップをした光太郎が、さわやかに微笑んだ。
「君は一人じゃないさ! 大丈夫」
 その言葉に、レヴィンの表情が和らぐ。ディガーの手を借りて立ち上がったレヴィンを、ホワイトガーデンがぎゅっと抱きしめた。ひとしきり抱きしめた後、やさしく背中をぽんぽんと叩いた。
「もう、安心していいのよ」
「……ありが、とう」
 詰めていた気が緩んだのか、途切れがちにレヴィンが口を開いた。一行は、駆けるものが風だけになった穏やかな平原を歩きだす。
「あ、お腹すいてないですか? バーガーを持って来たんですよ」
 竜が振り返った。それに光太郎がぽんっと手を打つ。
「そうそう、忘れるところだった。俺も、カツサンド作って持って来たんだよ。皆で食べようとおもってさ」
「カツサンド?」
 レヴィンがぱっと顔をあげた。
「そうそう。ゲンを担いで、辛い現実に勝つ(カツ)サンド」
 
 穏やかな空気と笑い声が、風に乗って丘を下っていった。

クリエイターコメント助けてほしかったのは、孤独と不安から。

このたびはご参加ありがとうございました!
お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2010-02-04(木) 21:40

 

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