「古代遺跡を探検するって、ロマンだよね」 うきうきと機嫌良く、金髪の司書の青年はそう言った。彼……鹿取燎はどこか遠くを見るように(おそらく。視線の方向を見ようにも目元は前髪で隠れていた)していたが、やがてこっちの世界に戻ってくると、にこやかに続けた。「今度の行き先は、小さな島だよ。――最近、ブルーインブルーに新しい島を発見したんだ。話によると霧の濃い地域だったのもあって、今まで見つからなかったらしい」 で、凄い事があるんだよ、と彼は続ける。「なんと! その島には小さな遺跡があるらしいんだ。ぼろぼろだけど、のっぺりした箱みたいな建物が建ってる」 彼は手元でいじっていた導きの書のページを閉じて、にっこりと微笑んだ。「まぁ遺跡っていっても、多分他の遺跡と同じで『世紀の大発見!!』みたいな程のものが残ってるとは思えないんだけどね。でも、やっぱり遺跡って、その言葉の響きだけでも素敵だと思うんだ。……それに、小さなことの積み重ねは、時々馬鹿にならないほどの力を持つしね」 燎は、そんなわけでとチケットを取り出しつつ続ける。「というわけで今回皆には、その遺跡に行きたいって言ってる学者さんの護衛と、あと調査も兼ねて、その小島に行って欲しいんだ。船はいつも通り、ジャンクヘヴンから出港するし、学者さんともジャンクヘヴンで合流の予定です」 それじゃあよろしくお願いします、と司書は頭を下げた。「旅人達に、祝福がありますように」 * 希望の階・ジャンクヘヴン。波がはたはたと寄せるその港の船の前で、その女性は一行を待ち構えていた。意思のはっきり通った……少々意地悪い言い方をするならずけずけとものを言いそうな雰囲気を放っている彼女は、陽気な船乗りたちの中でわかりやすく目立っていた。彼女は貴方達に気付くとほんの一瞬だけ安心したような表情を見せたものの、すぐに表情を引き締めて駆け寄ってきた。「今回はお世話になります。――私はエルザ・マーレイ。古代史……主に遺跡を研究してるわ」 簡単に挨拶すると、彼女は海の方を向いてうっとりと瞳を細めた。「ジャンクヘヴンに立ち寄ってよかったわ……まさか遺跡に行けるなんて……」 あとは、古代のロマンが……とか残された過去の……とかわけのわからない断片的な単語が彼女の口から出るわ出るわ。流石にロストナンバー達が、この恋する乙女の様な瞳の学者が何か仕出かさないよう少し注意を向けてやった方がよさそうだと思うには十分だった。 * その島は、霧に埋もれてただずっと、そこにあり続けていた。朽ちた建造物の中では小さな生き物が静かに息を顰めて暮らしているほか、動くものは無い。……いや、無かった。 外部からの新たな訪問者に、小さな起動音とともにもう一種類の住人が目を覚ます。壁の計器類の生きている部分に明かりがともりだし、小さな生き物たちが混乱して逃げ始める。――彼らは、今はすでに忘れ去られた何かに従って、かつてのように侵入者を迎撃するために動き始めた。
「おー、見えてきたぞ、あの島だろう?」 「ええ、そうです! なんてすばらしい眺めなのかしら! 今だ調査の手が及ばない遺跡に私達が上陸し――」 以下略。エルザがこんこんと遺跡と前人未到の地に踏み入れることのできる幸せさなどをまるで湧き出る泉のように語る横で、日和坂綾はミルク色の霧の向こうから突如姿を現した『遺跡』なる島を眺めていた。あまり風のない、どこかぼんやりとした中空に黒い髪を遊ばせる彼女の肩では、セクタンのエンエンがフォックスフォームの尻尾をゆらゆらさせている。 「遺跡って……私、竪穴式住居しか思い浮かばなかったんだけど」 「ああいうのが、言うところの『古代遺跡』でござるか」 拙者も初めて目にするでござる、と雪峰時光。結いあげた黒髪を肩から流して、前方を見やる。 「世界の不思議を発見! ってやつだね!」 とたたたっという軽い足音と共に金髪に蒼眼の少年が駆けてきて、同じように遺跡を見やった。アストゥルーゾは、鼻に引っかかってしまったマフラーを口元まで引き下ろしながら機嫌よくにっこりとする。 「冒険はロマン、遺跡の調査もロマンってね」 「わかってるわ! 流石傭兵さんね!」 エルザが喰いついた声を出したのに、カサハラがきらきらした瞳でうさぎに似た耳を揺らした。先ほどからずっとエルザがあーだこーだと語り続ける古代史とか遺跡とか……正確にはそれがどれだけロマンなのかの話を聞いていたのだ。 「古代の話って素敵ね」 エルザがまるで恋した相手を語るようにその話を語り続けるので、自分までどんどんワクワクしてくる。 「ねぇ、さっき言いかけたイカの続きを聞かせてくれないかしら」 「ああ、あのイカが群生する島に行った時――」 エルザがまた話しだし、カサハラがそれに赤い瞳をぱちくりとさせる。熱心に語るエルザを見ながら、クリストファー・ティムはどこか懐かしさに口元をほころばせた。やはり学者と言うのは研究対象に対する思い入れが強いものなのだろう。おそらくかつての自分が、そうであったように。モノクルの奥で優しく細められた瞳は、遺跡がもう目前に迫り、喜びを顔いっぱいに浮かべているエルザを見守る。自分じゃ顧みたことなどなかったが、自分も彼女みたいに嬉々とした表情でフィールドワークを行っていたのかもしれない。思えば、弟子も楽しそうにしていたっけ。 上陸準備が整い、我先にと向かって行く姿を見て少し苦笑する。エルザより、彼女の方が落ち着いていたと思うのは贔屓目……でもないかもしれない。 さっそく一行は、上陸しその建物と対面することになった。 「これが古代遺跡なのね」 なんだかぺったりしている。どこか壱番世界の建物を彷彿とさせるな、とカサハラは見上げて思った。綾が手持ちのリュックの荷物を確認して、ヘッドランプを取りだすと装着した。 「何々? なんか持ってきたんだ?」 アストゥルーゾが興味深げに首を傾げたのに、綾は笑ってリュックをぽんと叩いて見せた。 「『冒険者グッズ』! っていっても、私が要るかなーって思ったもの詰めてきただけだけど」 開いて中をのぞけば、水筒やロープ、小さな救急セットなどが詰められていた。あとタオルと……と綾が詰め直す。 「あと、これはオヤツ」 「いろいろ入っているのね」 「凄いわ。準備は調査の重要な一部分ですから」 同じく覗き込んできたカサハラとエルザがうんうんと頷く。 「いざというときの備えは、大事だしね」 コートの襟を直して、クリストファーは微笑んだ。やや岩の転がった足元を危なげなく袴で歩きながら、時光が振り返った。 「ささ、早く遺跡の中に入って、ろぼっとや未知の生物と遭遇しに行くでござるよ!」 「もちろんよ!」 「あーっ、ちょっと、あんまり先走んないでね!?」 そちらへ駆け出したエルザにカサハラがついていき、それを綾が慌てて追う。クリストファーが遅れないよう歩き出している。アストゥルーゾは、建物を見上げて意気込むようにひとつ、息をついた。変身能力者アストゥルーゾは今日も珍しいものを求め、世界を旅するのだ―― 「……なーんて」 何かの解説風モノローグが頭をよぎる。なにか、珍しいものにであえるといいな。 * 霧が取り巻くせいでどこか黴臭い印象のその建物は、たしかにのっぺりとしていた。閉じられた透明な戸を左右に押し込んで開けば、ずいぶん長い事その中の空気が動いていないことが感じられる、淀んだ空気が霧の中になだれ込んできた。 「わぁ、すごい空気」 息が出来ないような類のものではないが、これじゃ洞窟か何かと変わらないなぁとアストゥルーゾは中を覗き込んだ。中はやはり四角くのっぺり出来ており、所々の壁に何かくっついている程度だ。ぱっと輝いた綾のヘッドライトが薄暗闇に沈んでいた空間を丸く切り抜き、光の中に浮かび上がらせた。……入口すぐの所はエントランスかなにかのようで、広い空間から細い通路が伸びている。 「じゃあ、入りましょう」 幾分落ちつきを取り戻して……というか、単に緊張しているのか、エルザが声をかけた。それに時光がうむと頷いて先に立つ。 「足元に気をつけて下され。先行するのは、やはり拙者やクリストファー殿が良いでござろう」 「わかった。私はエルザさんのそばにいるから」 綾がこくりと頷く。クリストファーもそれに軽く頷くと遺跡を覗き込んで振り返った。 「こういった遺跡は、どう調べるのが基本なのかな?」 「まずは状態を調べます。とりあえず、何も触らないで観察から……」 「こういう遺跡って、謎のロボがひょっこり出現しそうな危うさを感じるわね」 壱番世界のアニメの見過ぎかしら、とカサハラ。白い耳をゆらして中を見回す彼女の方をちらりとみやって、エルザが頷く。 「ええ。触って崩れてしまうものの心配もあるけど、言うように、『謎のロボ』ではないけど、時折遺跡を守る機能があることもあるから」 「なるほど」 自分の思う方法とさほどずれていないことがわかり、クリストファーは自然口元がほころぶのを感じていた。エルザのワクワク感が移ったのかもしれない。 「遺跡を守る機能?」 「ええ、大抵は壊れてしまっているから気をつけるのは破片とかだけど」 へぇ、と綾が相槌を打ち、リュックを背負いなおした。 「準備はいい? じゃ、行こう!」 アストゥルーゾの掛け声で、一行はいざ、遺跡へと足を踏み入れた―― 「なんだか面白いものが壁にくっついているのね」 「そうだね。……あ、あれはなんだろう?」 「あれは……多分、動いている物を見つける装置だと思うわ。壁に実際についているのを見るのは初めてだけど」 きょろきょろとあたりを興味深そうに眺めるカサハラとアストゥルーゾに、エルザもやはりきょろきょろしつつ地図を書きながら解説を加える。彼女はどうやら、遺跡の簡単な見取り図を作りながら行くつもりのようだった。 「ねぇねぇエルザさん、あれは?」 「あれは……棚かしら? 何か入ってるかも!?」 「あーっちょっとっ、走んないでってば!?」 正直自分が走りたいくらいだが慌てて腕をつかんで引き戻す。警戒しながら先を歩いている時光が小さく微笑んだ。 「エルザ殿は気になると猪突猛進でござるな」 「急いだって棚は逃げないからさぁ」 「でも、いままで文献が残っていたことなんてないのよ! 凄い発見が眠っているかも」 「そりゃ世紀の発見とかそりゃ興味あるよ! でも、その為に君が怪我してたら何にもならないよっ!」 エルザがキラッキラする気持ちもわかる、わかるが。多分そういう発見はごくまれだろう。司書もそういっていたし。それよりなにより、この学者がうっかり残っていた罠にでもはまって怪我でもしてしまったら嫌だという方が強い。 「そうね、ごめんなさい。つい我を忘れがちに――」 としおらしくしていたのも一瞬。注意しながら歩いてきたため棚の前に来たエルザは張り付かんばかりに中を覗き込むが、朽ち果てた数枚の紙切れ……らしき何かしか入っていないのを見て取ると、しゅんと肩を落とした。 「やっぱり、流石に紙の類は残ってないわね……」 「でも、こんなふうになにが入っているかわからないものが次々現れるとしたら宝探しみたいね」 素敵だわ、とカサハラが瞳を煌めかせた。 「『宝探し』。確かに、そうかもしれないね」 クリストファーもしげしげと棚を覗き込んだ。ブルーインブルーのものと比べて……なんというか、ずいぶん雰囲気の違うものだと感じる。やはりそここそがこれが遺跡である証拠なのだろうか。 「しかし、ずいぶんと不思議なところだよね」 「でしょう。それが遺跡のいいところなのよ」 アストゥルーゾのコメントに元気を取り戻したエルザがさらに何か言おうとしたのを、時光が突然、鋭く片手で制してもう片手で刀を抜いて構えた。がさがさがさっと言う音とともに、棚と壁の隙間からネズミが現れてびっくりしたように逃げて行く。 「……ネズミでござるか」 「やれやれ、びっくりしたな」 思わず身構えた全員が脱力し、また奥へと歩き出す。建物はどうやら部屋の横に廊下がずっと通っている作りらしく、一行が歩む横に大きな窓があり、そこから部屋を覗きこめるようになっていた。大きな机が置かれている部屋、沢山の硝子か何かで出来た器具のあるところ。どこもコケやカビに蝕まれている状態からはイメージしづらいが、物自体は片付いているようだった。 「ねえ、あの試験管? なんて、あんまり見ないんじゃない?」 壱番世界なら使い道は試験管だろう硝子の器具を見つけた綾が問うが、エルザは首を振った。 「街で見かけることは無いけど、遺跡ではたまに見つかるものなの」 と言った端からまた何か見つけて歓声を上げる。駆けだそうとしてまた綾に制されているのを見て、クリストファーは苦笑した。 「レディは出来るだけお淑やかに……といっても、レディである以前に学者であるなら、難しい話か」 「でも、本当に興味深いよね」 どんな事をするための建物だったんだろうね、とアストゥルーゾはあちこち見まわしながら口にする。 「うーん、霧の発生自由自在アイテムとかあったら面白いかなって私は思ってるケド」 「素敵ね! 秘密基地みたいだわ」 綾のコメントに、カサハラがぴくんと耳を揺らす。 「でも個人的には、生活感あふれるペアグッズとかが……な、ナンでもないっ!」 きょとんとエルザが首をかしげたのを見て手を振って誤魔化した。 「世紀の発見じゃなくてそういうものが見つかっても面白そうだね」 アストゥルーゾがぱっと笑う。思えばここには、面白いほど何もない。 「ここ、なんだか大掃除したみたいになっちゃってるから、何かあればいいのになーって、さ」 「確かに。……流石に時間のせいか、紙類も朽ちてしまっているようでござるな」 「案外、綺麗好きの集団が使っていたのかもしれないわね」 「それは面白い意見だわ」 カサハラも楽しげに言うのにエルザが瞳を輝かせる。一行は警戒しつつも、どこか和気あいあいと探索を続けた。 「そういえばここ、何か作ってるって感じじゃあないんだね」 ふと、部屋の一つを覗き込んだ綾が呟いた。それに、クリストファーが首をかしげる。 「そうだね。作るっていうより、調べるみたいだ。……でも、どうして?」 何か新説だろうかというエルザの注目に苦笑いしながら、綾は口を開いた。 「んー、海魔がね、こゆとこで製造されてるのかなって思わなくもなくて」 もしそうだったら止めたいなって思ってるんだ、との言葉に、カサハラがなるほどと頷いた。 「秘密基地っぽいものね」 「いや……それにしても、ずいぶん奥まで来たでござるな……」 時光が声を上げる。アストゥルーゾがゴーグルであたりを見回してたしかにねと応えた。階段を下りたせいか、光はそれぞれが持つ光源しかない。そのなかで前方までを明るく照らしているのは綾のヘッドライトくらいだ。 「結構歩いた気はするよね。どれくらいかなぁ」 「今の所、こんな感じよ」 エルザがなんだかんだいって真面目に書いていたらしい見取り図を示す。それを見た時光は小さく息をついた。 「……拙者、この遺跡がこれほど広く、そして暗いものだとは思ってなかったでござる。エルザ殿、その、そろそろ帰った方がいいのではござらんか?」 当初からすると随分元気がない。エルザが目を丸くした。 「ええっ、どうして? これからが面白い所よ」 「暗くてじめじめしていて……拙者の嫌いな……あの、お化けが出てきそうでござるよ」 「えっ、幽霊嫌いなの!?」 「っ、日和坂殿、その単語はできれば口にしないで下され……」 「私も嫌いなんだ」 ちなみに綾が幽霊を嫌いなのは殴れないからなのだが。 「話が合いそうでござるな!」 「こういうところに出るのは、おばけじゃなくて古代ロボよ」 ひょこっとその話題にカサハラが首をかしげた。 「わさわさってでてきて、ぎぃぃっ、がしゃんってのろのろ動くのよ、きっと」 「なかなか怖そうだね。……おっと、曲がり角だ」 クリストファーがそっと角の先を覗き込む。とりあえず何もないようだ。周りに付けられている良くわからない装置やらに見守られながら、一行は遺跡を進む。 「むっ、何奴――と思えば、またネズミでござるか……」 時光がまた抜刀しかけて手を止める。あたりをきょろきょろと見回していたアストゥルーゾは、ふと何か視線の様な何かを受けた気がして蒼い目をぱちくりとさせた。ネズミだろうか? まあ警戒を強めるに越したことは無い、とゴーグルを下ろしてきて、その内側で目を変化させる。彼の変身能力は、一部だけでも変化させることができる。目を複眼にしてより広い視界を確保すると、再びみんなと歩き出した。と思えば一行は立ち止ることとなる。 「――階段だわ」 そう、カサハラの言うとおり、階段になっていた。これで二つ目の階段だ。崩れると怖いので、慎重に足場を確かめながら進む。と、三段ばかり降りたところでぴこっという小さな音がしてクリストファーが声を上げた。 「今、何か音が――」 「むむっ、何奴!」 がさがさごとごとという音が階下から響いて上がってくるのに気づいた時光が抜刀して構える。アストゥルーゾが口元をふわりとつりあげた。 「ふむん、侵入者用のトラップですかね。いいねぇいいねぇ、遺跡の冒険、やっぱりこうでなくっちゃ♪」 「もしかして、この遺跡、生きてるのかしら!」 エルザの嬉々とした声に綾は逆に緊張する。果たして階下から上がってきたのは、がっしゃがっしゃと機械の足を動かしまるでクモの様な容姿をしたロボットだった。 「ヒィエェエェエー?!」 「動いているわ!!」 カサハラとエルザの悲鳴のような歓声の様な何かが響くのを皮切りに、時光が動く。 「雪峰時光、参るっ!」 トラベルギアの、銀の輝きも美しい日本刀……風斬を翻し、階段を上がってくる群れへと突っ込む。円弧を描いた銀光がロボットの一体を両断すると、彼の反対側のロボットが鎖付きの鉄球にめしっと押しつぶされた。ひうんという風切音を立てて鉄球は鎖に引っ張られたまま階段で吹き抜けになっている部分を旋回し、刀をふるう時光を器用に避けて再び打ち付けられる。鎖の先はゆるりと人の腕になり、その腕の持ち主であるアストゥルーゾはエルザの片側を自らのマントでカバーリングしながらにっと微笑んだ。 「僕の器用さ、甘く見ないでね」 なかなか数がいるらしくわさわさと上がってくる、カサハラが言うところの古代ロボ達はぴぴぴっと頭部のランプを点滅させると、同じく頭に付いている発射口らしき小さな穴からぴしゅっと針の様な何かを飛ばしてくる。 「やっぱりそうだわ! 遺跡にたまにある侵入者撃退装置ね! たまに動いてるのが見つかるっていうけどこの目で見られるなんて」 「エルザさん危ない危ない!?」 頼むから前に出ないでほしい。アストゥルーゾとは逆の位置に張り付くようにしてカバーリングしている綾はちょっとした冷や汗を拭ってから抱えたエンエンを突き出すようにして声を上げた。 「私だって飛び道具あるもん! いっけぇー、火炎弾っ!!」 エンエンが応えて狐火を操って炎の弾丸を打ち出す。鮮やかに薄暗い階段を照らしながら炎の弾が着弾し、ぼんっと数体がいちどきに弾けた。 邂逅のショックから立ち直ったカサハラが、慌ててトラベルギアの毛玉を取りだす。まんまるくて、もふっとしたゴムボールほどのそれを、彼女は少し弾みをつけて投げつけた。ふわんと投げ飛ばされた毛玉だったが、着弾と同時にロボットの頭がべごんっと陥没する。じゃらららっという華やかな鎖同士が擦れる音とともに、アストゥルーゾの鉄球が猛威をふるった。少しでも近付いたものには容赦なく綾の靴底が叩きこまれる。それでもめげずにぴぴぴと音を立てて点滅したランプを、水晶の針がびしりと貫いた。クリストファーが水晶から繋がっているチェーンの先を軽く握ってふうと息をつくとペンデュラムの先端を引き抜き、再びの攻撃に備える。 鮮やかに銀色の軌跡を引きながら時光が風斬をふるう。頭を狙って次々と沈められて、古代ロボ達は数を減らして行った。 「もう一回よ!」 戻ってきた毛玉を今度は足元の方へとカサハラが投げつけた。毛玉がもふんと当たった衝撃で足をすくわれ、ロボの一体がバランスを崩す……と、その近くの脚同士が絡まりあい、それが連鎖してどしゃどしゃっという音とともにロボ達は階下へと雪崩れて行った。時光が刀を構えたまま注意深く覗き込んだが、やがて階段の上の方の一行を手招きする。 「なんというか……大丈夫そうでござるよ」 「まさか本当に『古代ロボ』がいるとはね……」 モノクルの奥の瞳をやっと安堵したようにゆるめて、クリストファー。時光と同じように覗き込んだアストゥルーゾは、あららと声を上げた。 「たしかに、大丈夫そうだね」 ……階下は、どうやらこのロボ達の待機場か何かだったらしい倉庫の様な空間が拡がっていたが、だんごになってしまったロボ達はもう、ぴぴぴとは言わなくなっていたのだった。 * 結局その後、遺跡もそこで行き止まりだったせいで一同は戻りながらまたあちこちを観察して回った。エルザの見立てでは今までもいくつか見つかっているタイプの遺跡の仲間だろうということだ。本格的な調査はまた日を改めてもうすこし調査仲間で調査団も組んで……ということになったらしい。 「凄く楽しかったわ、ありがとう」 エルザがこれ以上は無いという笑顔で、旅人達に頭を下げた。 「ロボット達からも守ってもらって……貴方達と一緒に行けて本当に良かったわ」 「私もすっごく楽しかったわ」 カサハラがふわりと微笑む。 「んー、でもやっぱり無かったね、大発見」 あと生活感あふれるグッズも、とこっそり付け足して、綾が遠ざかる島を見詰めた。早くも薄い霧のヴェールをかぶり始めた島は、少しずつ遠くなる。 「でも、いろいろな発見へつながるモノは沢山見つかったわ。今回は大成功ね」 エルザが満足げに微笑む。 「他の遺跡に似たような遺跡がここにもある、と言う事だけで、次につながるんだもの」 「そうかんがえると壮大だよね」 やっぱりロマンだなぁとすでにゴーグルを外したアストゥルーゾが言うのに、クリストファーも頷く。 「なんだか、懐かしい気持ちになったよ」 島は、早くも霧の中に埋もれてその姿を溶かしている。時光が肩から黒髪を流して苦笑した。 「拙者は早く陽のあたるところまで行って、太陽の光をたっぷり浴びたいでござる」 浪漫も重要でござるが、あそこはすこしじめじめしすぎだと拙者、思ったでござるというコメントに、たしかにという同意と笑いが起こる。 ミルク色の霧に、とうとう島は視界から姿を消した。まるで、多くの遺跡がその正体を、謎を纏うことで隠しているかのように。
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