オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。
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品目ソロシナリオ 管理番号628
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントこんにちは、アリアキです。

陰陽街に行くのであれば、
食事してきてはいかがですか?
きっと、素敵な食卓になることでしょう。

インヤンガイでのお食事ノベルを、
全身全霊を込めてお届けします。

ご参加、お待ちしております。

参加者
佐藤 壱(cxna9382)コンダクター 男 17歳 大学生

ノベル

 鼻先をくすぐるのは香ばしい油の香り。どこか食欲をそそる甘辛い香りやスパイスの匂いが漂う中を、黒髪にやや猫目がちの瞳の少年が、あちこちの店先を覗き込むようにして歩いていた。
「こうなったら甘いもの食べないと。インヤンガイスイーツ満喫ツアー、なんて」
 機嫌良く呟く少年――佐藤壱は、ふわっと鼻先をかすめた蒸気のかすかな甘さに惹かれるように、道の端に立っていた屋台を覗き込む。片側では焼き物を焼いていたのだが、屋台の主人が蒸し器の蓋を開けたとたんに広がった香りは――
「桃饅頭だ!」
 立ち込める、小麦粉の仄甘い香りの中から姿を見せたのは、鮮やかな、それでいて可愛らしい薄紅色を纏った小さめの桃包たちだった。ふっくらとした姿に目が吸い寄せられる。キラッキラした瞳で見つめる壱に、店主がにこやかに笑いかけた。
「ご覧の通り蒸したてだよ。一つどうだい」
「うん。ひと――ああえっと、二つください!」
 あいよとこたえて、二つ、薄い紙に軽く挟むようにして手渡してもらえば、受け取った指先から熱さが伝わってきて慌てて持ち直す。
「他にはどうだ? こっちはさっき蒸しあがったところ」
 別の蒸篭の蓋が持ち上げられ、魔法のランプが如く蒸気が舞いあがる。期待を胸に覗き込めば、真っ白くてまんまるい饅頭が並んでいる。
「もしかして、あんまん?」
「ああ。こっちのは小豆の餡で、こっちは木の実も使ってる」
「じゃあ、それも一つずつ」 
 あんまん二つを包んでもらった壱は次の店を物色するあいだ、ちょっと行儀が悪いかなとも思いつつ桃饅頭の一つを早速割ってみることにした。もちもちとふわふわの中間の様な柔らかさにそっと指を掛けて半分に割ると、ふわっと真っ白な湯気とともに、中の餡が顔を出す。
「うわぁ……」
 一口大のそれを口に放り込めば、生地のふわふわした優しい甘さが口の中に広がり、熱さとともに餡がほろほろと中で溶けていった。甘いのに、甘ったるい事がない上品な甘さ。
「うあ、絶品。……ん、あ、あれは」
 他の屋台に挟まれるようにして片端に果物を並べている屋台に目が惹かれる。近づいていけば、他の客がちょうど器に盛られたそれを手に、横を通りすがった。ちらりとうかがえばその涼しげな器に盛られているのは透明感を持つ真っ白な杏仁豆腐と果物たちで、見送ればちょうど椅子と机が置かれている区画が用意されていた。
「オレにも一杯ください!」
「元気いいわねえ。果物は好き?」
 サービスしてすこし多めに入れてあげるわと恰幅の良い女主人は笑うと、杏仁豆腐をすくって器に移し、細身の小さなナイフを使って鮮やかな手つきで果物を剥くと、一口大に切り分けてそれも器に入れ、最後に冷やしてあるシロップを上からさらりと掛けた。その流れるような、涼やかな動作がよく似合う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。うわぁ、冷た」
 そろそろ両手がふさがり始めていたので机の一つにつき、壱は思う存分買ってきたものを満喫することにした。
 手始めにあんまんを割れば湯気が甘く広がって、一口齧りつけば穏やかな甘さに包まれる。餡は、軽めでほろりと崩れた桃饅頭とちょっと違って、ぎっしりとした小豆のうまみが心地いい。身体に沁み込むような自然な甘みに口元がほころぶ。ちょっとずつ吹きさまして、熱いうちに頬張る幸福感。木の実の方は、噛み締めるたびにどこか不可思議な香りが鼻の奥をふっと掠める。その不思議な香りは、どこかインヤンガイに漂う空気と似ている気もした。
「んー、幸せ」
 真っ白な杏仁豆腐に匙を入れて持ち上げれば、ふるりと揺れる絶妙な固さ。冷たく冷えたシロップとともに口に運べば、ひんやりとした中でもどこか透き通るような甘さが、心まで満たしてくれるようだ。杏仁のとろりとした、けれどどこか凛とした甘みが病みつきになりそうなほどに匂う。
「――っ、ご馳走様! よし、次!」
 冷たいシロップを一滴残さず喉へ注ぎ込み、ご馳走様でした! と手を合わせると壱は立ち上がった。まだまだ甘いものが待っている。

「揚げたてだよ! どうだい、少年」
 再び探索を始めた壱に、ある屋台から声がかかった。見やればそこでは黄金色の油から香ばしい香りが立ち上っていて、綺麗な狐色をした揚げ物たちがいくつか並べられている。ねじられた棒状の揚げ菓子……麻花に、なにか包まれているのか少し大きめの饅頭なども並んでいる。
「麻花に……もし芝麻球が良ければ今揚げてるところだ」
「おねがいします!」
 次に揚げられるのを待っているのは小さめのまんまるい身体に、贅沢に金胡麻がまぶされた胡麻団子。僅かに泡が浮かび始めた鍋の金色の油のなかから黄金色の団子が取り出され、油を切るための台に移される。その間に包んでもらった麻花はからりと上がって砂糖がまぶされており、いまからもうさくさくとした食感が楽しみだ。
「はいよ、熱いから気をつけな」
「ありがとう!」
 礼を言って火傷しないようにそっと受け取り、折角なので早速ひとつ、胡麻団子を口に運ぶ。齧りついた断面からのぞくのは、丁寧に裏ごしされたらしいきめ細かい餡。熱くて香ばしい皮と餡を一緒に噛めば、ふっくらした金胡麻の一粒一粒が、ぱちぱちと弾けた。くらくらするほど鮮やかな胡麻の香りに包まれた餡は、主張しすぎていないのに胡麻に負けない存在感を誇っている。
「うっわ、ぷちぷちする。美味しい!」
「だろ? うちのは天下一品だからな」
 礼を言ってもうひとつ団子を買うと、次の店を探す。何かないかと見渡す視界に人だかりができている区画を見つけて近寄ってみれば、ゆでた団子をその場ですくって、上からほんのり淡いベージュ色のスープを掛けている。甘い香りに壱も一杯買い求めると、他の客と、並んで近くにあったベンチに腰掛けた。
「なんか甘いにおいがするけど、これは?」
「胡桃の汁粉だよ。ここの店のはこの白玉が絶品でさぁ」
 食べてごらんと促され、れんげで、白い中にも透明感を纏う白玉をすくい上げて口にする。つるっとした食感が確かに気持ちいいが――と思って一口噛んだ壱は、食感にびっくりした。白玉の中には熱々の胡麻餡が入っていて、噛んだ途端にとろりと溢れ出てきたのだ。胡桃の、油とはまた違う香ばしいような香りはどこかまったりとしていて、淡い甘みの白玉と濃厚な胡麻の香りとを繋ぎ合わせてまとめ上げている。熱さが去って一息つけば、隣の客も幸せそうに白玉をすくい上げたところだった。
「美味いだろ?」
 返事をするのももどかしくこくこくと頷く。汁粉は熱いが、その熱さがまた食べているこちらまでも熔かすようで幸せになる。
「――っああもう、うまー!」
「みてて気持ちのいい食べっぷりだなぁ。観光か?」
「はい。そんな感じで――ああっ!?」
 ロストレイルの次の発車までのタイムリミットをすっかり忘れていた。慌てて時計を見やって、壱は胸をなでおろした。まだ大丈夫だ。……とはいえ、そうそうのんびりもしてられない。壱は、最後の探し物を、吃驚している隣の客に聞いてみることにした。
「ここらへんで美味しい月餅売ってるとこ、知りませんか?」
「え? ああ、この先にあるよ。屋台だけど、目立つからわかるとは思うが……」
「ありがとうございます!」
 礼を言って壱は駆け出した。折角の機会なんだから、急いでいかなきゃ。

 ――ヒトに限らず、美味しい甘味だってその出会いは一期一会なのだ。

クリエイターコメント甘味と旅人と幸せな時間。

インヤンガイでのお食事はいかがでしたか?
お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2010-06-29(火) 22:50

 

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