オープニング

 ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。
 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。
 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。
 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。
 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。
 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。

●ご案内
このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)
・それを見つけるための方法
・目的のものを見つけた場合の反応や行動
などを書くようにして下さい。

「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。

品目ソロシナリオ 管理番号710
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントこんにちは、アリアキです。

ブルーインブルーに行くのであれば、
少し観光してみてはいかがですか?
きっと、なにかが見つかるでしょう。

海の世界での散策ノベルを、
全身全霊を込めてお届けします。

ご参加、お待ちしております。

参加者
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)コンダクター 男 20歳 美術系専門学生

ノベル

 真っ青な海がきらきらと光を照り返して、その逆光の中を船が影絵のように航行していく。ジャンクヘヴンの港を、一人の青年が歩いていた。短い灰色の髪に、服装も白と黒のモノトーンで統一されている。彼――鹿毛ヒナタは、片手にした黒く染めてある麦わら帽子を頭の上に乗せ直すと、海から視線を町並みに移した。天気もよく空は晴れ渡って、海の色を映したかのように青い。歩く鼻先を、潮の香りがふとかすめた。
「――はるばる来たぜ、ジャンクヘヴン」
 スケッチブックを小脇に、通りを見やる。無論ここに来たからには、描くしかないだろう。そして彼の目に留まったのは、この町並み――と言うわけで、木製の桟橋をいくつかわたり、気に入るロケーションを探して歩いていたわけである。
 どこから見ても、街はひしめき合っていた。殆ど海しかないこの世界で、陸の上で暮らすにはこうするしかなかったのだろう。コンダクターの彼からしてみれば、どこか地中海風のその建物達は、たまにどこか奇妙な形に増えていたりとなかなか見飽きない構造をしている。
「……っと、ここらにするかな」
 麦わら帽の下から、小さな市といくばくかの建物が見えるその景色を見上げ、ヒナタは納得行ったように頷いた。視線を横に動かせば、港に停泊している船と桟橋、そしてせり出すようにして建っている建物達も見える。……地元では大枚の旅費を掛けなければ見られないような『外国』が、そこにはあった。
「そんなんが目の前に惜しげもなく晒されてるんだから、描いとくべきだろ、うん」
 そもそも、日本の海沿いでは見られない景色ばかりで、何もかもが物珍しい。とりあえずこのへんにするか、と見当をつけてスケッチブックを広げると、荷物の中から水彩色鉛筆を取り出した。
 折角だから、海水彩画なんて新たなジャンルを開拓しようと、海水を汲むため辺りを見回せば、ちょうど船を係留している男性と目があって。
「なんだ、兄ちゃん、旅の絵描きか?」
 外套の効果があっても現地人でない雰囲気は察するのか、気さくに話しかけてきたのに頷く。
「そんなとこっす。あ、これお願いしてもいいすか?」
 ここから身を乗り出して汲むよりも船から汲んだ方が安全だろう。画筆の為の小さなバケツに海水を汲むよう頼むと、彼は気軽に請け負って汲んでくれたものの、物珍しそうにヒナタの方を見やった。海ではなく街の方を向いて描く準備をしていたのに気づいて、首をかしげる。
「いいのか、これ、海水だぞ。……ん、街を描くのか?」
「ん、ありがとうございます。――海を描くんじゃなくて海で描く、なんーて」
 それにどうせ、俺が描いても海のあの色は出せない。とまでは、思ったが口には出さなかった。日本海だろうが地中海だろうが、色彩センスに欠けた自分が描けば全部モノクロだ――
「へぇ、面白いな」
 だが男はそんな心中も知らず、豪快に笑った。
「俺も海は好きだが、やっぱりこっちから街を見た時が一番安心するよ」
 わかってるじゃねぇか。絵、頑張れよと言って、彼は船を繋ぐと桟橋に上がり、どこかへ歩いていった。ほんの一瞬沈みかけた思考がその豪快な(いささか豪快すぎる気もした)笑い声で軽く吹きとぶ。……さて、では絵を描こうか。
「えー、本日は趣向を変えまして、水彩色鉛筆でございます」
 漢らしく黒一択。水彩色鉛筆から迷わず黒を選んで残りは仕舞い、スケッチブックの新しいページを開くと、ヒナタは街を見上げて色鉛筆を走らせた。瞬く間に簡単な外観の輪郭が現れ、そこから今度は細かく描き込んでいく。
 光を良く照り返す白壁に、植木鉢の置かれた窓。海の街らしい、異国情緒を感じる瓦で葺かれた屋根からは煙突が突き出して、その向こうにはもう一段高い別の家が見える。鮮やかに海の光を返して輝く白い壁と、屋根が陽の光でその壁へ作り出す影のコントラストがスケッチブックの上に生まれ、写真の精密さとはまた趣の異なる緻密さで描き出されていく。何か魚らしきものが並んだ小さな市場。そこを駆けている子供と、屋根の上で丸くなっている猫。
「よし、そんじゃ今度は……」
 言って筆を取り出し、汲んでもらった海水に筆先を浸す。あとで手入れしないと塩分でアレなことになりそうだが、この海で描くと言うのも、どこか心が弾む。所々をぼかし、あるいは滲ませて、海水で伸ばせば、鉛筆画の繊細さと、水彩画の柔らかな調和がどこか独特な絵が仕上がった。
 リングからそれを切り離して傍らで乾かし、今度は少し向きを変えれば、群れをなして空を泳ぐ海鳥が目に入る。陽光を返す海の上の、所々傷んだ桟橋。係留されている船の上と桟橋とで話し込む船乗りたちは、どんな話をしているのだろうか。
 想像をめぐらせながら鉛筆を滑らせれば、ジャンクヘヴンがそのスケッチブックの中に現れる。賑やかに空気を満たす潮騒や、魚を売る声、船の腹を波が打つ音に、潮の香り、そんなものまでもが詰め込まれたような、絵。

 波のリズムだけが規則的に響く音で、まるで時間まで押し流されてしまったように筆を走らせる。筆で風を切る海鳥の風斬り翼の部分を丁寧に伸ばしたところで、ヒナタは息をついて腕を伸ばした。気がつけばいくばくか日が傾き、その分だけ彼の周りには絵が完成していた。飛ばない様にいろんなもので押さえてあるその絵を、これまた気付けば通る人々が珍しげに覗き込んでいる。ヒナタがスケッチブックから顔を上げたことに気付いて、一人の女性が帽子のつばをちょっと上げると口を開いた。
「絵描きさん、この絵は、売ってらして?」
「え? あ、ああ、ハイ」
 それは何枚目かに描きあげた町並みの絵で、飛ぶ海鳥と積みあがった家の上の方をメインに描いたものだった。描きあがってみれば空に浮く城のようにも見えるなと思っていた、一枚。代金と引き換えに絵を手渡すと、それを眺めて彼女は微笑んだ。
「――ありがとう。この絵、大事にするわ。他に見るどの絵とも違って、不思議なタッチなのね」
「ここの海の水で描いたんっす」
「まあ、素敵。……実は私、ここに住んでいるの」
 彼女は言うと、絵の中の上の家を指さした。そのまま、現実のその家をちらりと示す。
「窓から見える景色も好きだけど、こうして見ると、まるで空の中にいるみたいでとても惹かれて。不思議ね。黒色しか使ってないのでしょう? でも、すごく生き生きしているんですもの」
 ありがとうね、と彼女は言ってワンピースのすそを翻すと去って行った。が、道端で見慣れない技法で絵を描く絵描きから絵が買えるとわかった港の住人たちが、代わりにやってくる。結局自分の為の二枚を残して、描いた絵は全て売れてしまった。
「黒い帽子のお兄ちゃん、ありがとう」
 最後の絵を大事そうに抱えた少女が、ふわっと微笑み、それにつられるように小さく微笑んで、ヒナタは道具を片付けると立ち上がる。市が開かれていた所はいつしか店じまいされ、代わりにところどころからかぐわしい匂いが立ち上がり始めていた。

「……それじゃジャンクヘヴンの美味いもんでも食って、帰りますか!」

 海を振りかえれば、真っ赤に焼けた夕日の中を影絵のように船が泳いでいる。

クリエイターコメント絵描きの旅人と、天国の風景。

ジャンクヘヴン散策はいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2010-07-18(日) 22:00

 

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