「オンラインゲーム、というのを知っているか」 贖ノ森火城の問いかけに、同意の言葉が幾つか返り、何人かは首を傾げた。「インヤンガイに壺中天というシステムがあることは知っている者もいるだろう。端末を通してネットワークに接続し、情報をやりとりするものだが、特筆すべきはそれを、五感を通して行うことだな。ヴァーチャルリアリティを使用して行うインターネットと考えてもらえばいい」 最近で言えば館長救出劇の場ともなった、壱番世界には存在しない高度なネットワーク技術の説明の後、「その壺中天で、今、人気のオンラインゲームがある。【猟人世界】というものなんだが、プレイヤーはひとりの猟人(リエレン)となって広大で自然豊かな世界を行き来する。そこで、モンスターを倒して『材料』を得てゆき、それによって武器や防具、様々なアイテムを自らこしらえることで成長してゆく、という内容なんだそうだが、そこに暴霊が発生したらしい」 今回起きた事件について触れた。 火城が言うには、その【猟人世界】内に発生した暴霊は、ボスモンスターのデータを乗っ取った挙げ句、霊力を喰らってパワーアップすべくプレイヤー何名かの精神を捕らえてしまったのだという。「しかも、厄介なことにどうやら暴霊は複数らしくてな。すでに第一陣には現地に向かってもらっているんだが、何にせよ少々事態がややこしいようだから、まあ、その辺りのことは現地の探偵から聴いてくれ。今回の依頼を寄越した男だ」 そう言って、火城は、人数分のチケットを取り出し、ロストナンバーたちに手渡したのだった。 * * * * *「ん、あんたたちが今回の協力者かい? まあ、ひとつよろしく頼むよ。事態は少々厄介なことになってきているみたいでね」 くたびれた風采の、しかし穏やかな目をしたその男は、探偵のシュエランと名乗った。傍らでお茶を出したりメモを取ったりしている、やさしげな美人助手はハイリィというのだそうだ。「早速だが、本題に入らせてもらう。暴霊は三体。先にあんたたちのお仲間に退治を頼んだ下級ボスモンスター紅毒竜と上級ボスモンスターの白腐竜、それから今回斃してもらう超級ボスモンスターの黒嵐竜って奴だ。これで全部出揃ったな」 今回の相手、黒嵐竜に取り憑いた暴霊は、五人の猟人を『巣』にストックしているらしい。猟人たちはすでにかなり衰弱しているようで、なるべく急いでほしい、とシュエランは言った。「まだ、命の危険までは感じられないが、救出が遅れればどうなるか判らない。暴霊そのものの凶暴化も懸念されるからな」 黒嵐竜とはどういうモンスターなのか、と問われて、シュエランは画像をプリントアウトしたものを旅人たちに見せる。「……大きいな」 誰かが呟く。「そうだな、竜の中では格段に大きい。しかも、暴霊との融合が深化した所為だろう、相当知恵も回るようだ」 それは、身の丈三十メートル近いサイズの、漆黒に輝く鱗と巨大で優美な翼、そして凶悪な棘つきの尻尾を持つ、見るからに手強そうな暗闇色の竜だった。 これが、黒嵐竜。 【猟人世界】では、超級猟人が隠しボスモンスター『古龍』に挑むためにはどうしても倒さなくてはならない最強クラスの竜で、大抵は挑んでも手も足も出ずゲームオーバーになる類いの強力なモンスターなのだそうだ。「で、だ。あんたたちには、これから【猟人世界】に入ってもらうわけだが、ログインするとそこでまず好みの武器の素体と対竜防具一式をもらえる。素体の他には、そのエリアの地図、砥石、回復薬や避雷針、ボウスイの実、罠なんかがもらえるみたいだな。さすがに超級フィールドに入って下級上級の素体ってのは無理難題吹っかけすぎかと思って、武器も防具もちゃんと超級用の『真』を用意してあるから心配するな」 武器の素体『真』は、刀・太刀・短剣・双剣・長剣・大剣・斧・斧剣・巨鎚・音鎚・槍・銃槍・弓・洋弓・銃弓のいずれか一種類から選ぶことが出来、更に強化によってどんどん攻撃力を増加させることが可能だ。「そうだな、今回挑んでもらう黒嵐竜は、こちらからのサポートとあんたたちの技量であれば一回か二回の『強化』で斃せるだろう」 ただ、問題なのは、それを強化するためには、フィールドを歩き回って採集・採掘を行ったり、自分でモンスターを狩って狩って狩りまくったりして、よい『材料』を手に入れなくてはならない、ということだ。もちろん、防御力も上げなくてはならないから、上級装備である『対竜防具』一式を同じく強化しなくてはならないだろう。 それと、暴霊との融合が進んだことで何が起きるか判らないという怖さもある。「黒嵐竜の出るエリアはディープな熟練者向けだから、強敵こそ多いが採集・採掘ポイントも多い。要するにいい『材料』を持つモンスターが多いってことだ。対竜防具の付加効果で、回復用や補助用のアイテムも精製しやすいと聞いているし、そこそこ頑張れば、それなりの強化が出来るはずだ」 そこから更にシュエランが語った、【猟人世界】へ入る際への注意事項は以下の通りだ。 体力ゲージと持久力ゲージに留意。双方、0になるとゲームオーバーである。 身体能力の大半は引き継がれる。空を飛べるものは飛べるし、霧になれるものはなれる。五感の優れたものはそれを有効活用することが出来る。少々急ぎのこともあって、処理速度をかなり上げてあるため、今回は『人間離れした動き・怪力』なども一定は反映される。 更に、魔術や魔法、超能力など、特殊能力の使用も規模の大きくないもののみ、一回だけ使用が可能となった。二回以上使おうとするとフィールドから放り出されるので注意が必要となる。 トラベルギアも使える。特殊効果は一回のみ使用が可能となった。 ちなみに、ヴァーチャルリアリティの世界ではあれ、現実の肉体と同じような生理現象や肉体の障害が起きるため、それに関する準備が必要となる。味覚もあるらしいので、珍しいきのこでも食べてくればいい、とはシュエランの言葉。「ああ、それから猟人はかなり頑丈だ。普通はあのサイズの竜に踏まれりゃ即死だろうが、回復さえしておけば何回踏まれても死ぬことはない。といっても、衝撃も痛覚もあるからあまり嬉しいものではないだろうけどな」 若干不吉な物言いの後、シュエランは猟人たちの補佐をしてくれるNPCについて触れた。 プレイヤーは、友獣(ヨウショウ)という人間の子どもサイズの小型獣人をパートナーに選ぶことが出来、名前や性格から語尾まで、好みのものに設定することも可能なのだそうだ。「友獣には幾つか種類があってな。友猫(ヨウマオ)、朋犬(ポンチェン)、侶獅(リューシー)、伴狼(バンラン)、供竜(ゴンロン)の中から好きなものを選んで連れてゆくことが出来る。ただし、一匹だけな。それと、友獣は種類によって扱い易さが違うから注意してくれ。特に、一種類だけえらく扱い難いというか懐き難い奴がいると聴いた。……どれだったかは忘れちまったんだが」 要するに、友獣への扱い及び働きによっては、戦いが有利になったり不利になったりする、ということだろう。「友獣は精緻な人工知能がプログラムされているから、本当に生きているような反応をするし、主人と一緒に戦うごとに成長していく。つまり、扱い方接し方によって強くも弱くもなるし、友好度が上がりも下がりもするということだ。それを育てるのも楽しみのひとつなんだろうな」 そこまで説明し、シュエランは壺中天のシステム端末へと旅人たちを誘った。「まあ……ひとまずは、慣れるところから始めるしかないだろうからな」 シュエランの独白を聴きつつ、旅人たちはログインの準備を始める。※ご注意!※こちらは先行のシナリオ『【猟人世界】紅毒竜の猛威』及び『【猟人世界】白腐竜の咆哮』と同じ時間軸を扱っております。これらにご参加中のPCさんは、こちらのシナリオへのご参加をご遠慮くださいますようお願い致します。万が一エントリーされ、当選されても、充分な描写が出来ない可能性がありますのでご注意くださいませ。
1.スタートはダッシュから ゴオォアアアアアアアア!! 凄まじい咆哮が周囲に木霊する。 恐ろしい風が渦巻き、身体の軽い友獣が枯葉のように吹き飛ばされる。 「って、いきなりですかー!?」 金縛り効果のあるそれに、耳を押さえて固まりつつ鰍が驚愕の表情で叫べば、 「両手が使える……そうか、ヴァーチャル・リアリティとはそういう……」 傍らのルツ・エルフィンストンは己が手を見下ろして驚きとも喜びとも取れぬ言葉を漏らしている。現実ではもはや剣を握るに適さぬ傷を持つ彼女だが、思考で身体を動かす壺中天の中ゆえ、左手は滑らかに力強く動いた。 「よし、これなら……」 「ってルツ危ねぇッ!?」 確信を込めて力強くぐっと拳を握ったところで背後から颶風。 しかし、彼女が吹き飛ばされる前に、必死の形相で飛び込んできた鰍が彼女を担いでダッシュ、距離を取る。 「人が喜びに浸っている時に、無粋な……」 「いやいやいや気持ちは判るけど突っ込むべきはそこじゃねぇと思う!」 ルツが眉根を寄せ、鰍がエア裏拳を炸裂させる中、漆黒に輝く巨大な竜は、全身に嵐をまといながらこちらを睨めつけている。本当に『生きた』存在ではないはずなのに、ぎらぎらと輝く真紅の双眸は、はっきりとした敵意と食欲に彩られていた。 「……暴霊に憑依されてるってのも、あるのかもな」 ぽつりと呟き、鰍が短剣を手に身構える。 ルツも、双剣を手にしてそれに倣った。 竜の周囲で風が渦巻き、頭上には雷を孕んだ黒雲が淀んでいる。 その辺りからして、天候を自在に操る竜なのかもしれない。 「強化も何もしてねぇしアイテムも揃ってねぇしまともに戦える気がしねぇっつーか、詳細な地図すらねぇから位置関係さえ判んねぇっていうか何でいきなり拠点じゃなくてフィールドに放り出されてるうえボスモンスターと遭遇までしてんの俺ら……」 どうも見逃してはくれなさそうな雰囲気に、鰍が盛大に嘆息する。 と、そこへ、 「超級クエストは不測の事態が発生しやすくて、出発点が拠点じゃないこともあるらしいってエアメールがさっき届いたわ! そういうことは先に言えっつーのよ!」 黒嵐竜の背後から怒声が響き、 「とりあえずアンタたち、援護するからひとまず脱出よ! この状態で戦って勝てる相手じゃないっつーか、物事には順番ってもんがあるからね!」 シンプルな――要するに、なんの強化もしていない――銃槍を手にしたフカ・マーシュランドが、装填された砲弾を全弾、竜に撃ち込む。 「くくくっ……しかし、まさか一番強い獲物の担当を任されるなんてねぇ。最っ高じゃないの! 本職の腕前ってやつを存分に見せてあげるわ……!」 そもそもの生業が海獣ハンターというフカである。 自信家の彼女にとっては、黒嵐竜という強大な敵は彼女のプライドを刺激し愉しませるに充分な獲物であるらしい。 爆発と血のエフェクト、竜の咆哮。 「つーても、やっぱり硬いわね……早いとこ武器を強化しなきゃ」 やれやれ、といった風情でフカが言い、非常に嵩張る銃槍を収納し撤退の態勢に入ったところで黒嵐竜が彼女に向き直った。 眼が激しく光り、口からは黒い煙、否、黒雲が噴き出している。 風が更に強くなり、竜の周囲では雨が降り出した。 黒雲を撒き散らしながら竜が咆哮し、近場にいた鰍とルツが金縛り状態になって耳を押さえる。 「雨……触れると、本当に冷たいのね」 そこへ、静かに響いた声は、洋弓を手にしたハーミットのもの。 「皆、わたしも援護するわ。一斉に撤退して、まずは態勢を万全に整えましょう」 言いつつ洋弓、いわゆるボウガンを構えるハーミットの横を、 「ロジャー、お願い!」 拘束用の罠を担いだ朋犬が駆け抜けてゆく。 「拘束罠の作動時間は三十秒よ、皆、そのうちに逃げてね……!」 素体といってもさすがは超級用、一回撃つだけで斉射の効果がある。 ハーミットの洋弓が恐ろしい勢いで無数の矢を撃ち出す間に、朋犬のロジャーが竜とごしゅじんの中間点に罠を設置、ついでに全猟人のマップにボスモンスターの現在位置が記される便利アイテム『追跡玉』を投げつけてから戻ってくる。 「ありがと、ロジャー」 「どういたしまして。――来るよ、ごしゅじんも撤退準備を!」 三人が猛ダッシュで別フィールドへと移動するのを確認しつつ矢を撃ち込み続けるハーミットに向かい、黒雲を吐いた黒嵐竜が突進するが、その動きは、踏み込むと四方八方からワイヤーが飛ぶ拘束罠の働きで阻害された。 ゴオウ、と怒りの咆哮を上げた黒嵐竜がもがくものの、罠の効果は一定である。モンスターの大小、力の強弱で振り解けるものではない。 「じゃあ今のうちに」 「うん、いったん拠点へ戻ってから仕切り直そう」 暴れる黒嵐竜をその場に、ハーミットは踵を返した。ちらりと振り返った先で、黒雲を吐き続ける竜の背後に、黒っぽい、何故か寒気を誘う影を見た気がして、眉を寄せる。 「不思議ね。暴霊って、こんなネット世界にも現れるものなの……?」 ワイヤーに絡め取られた竜は、怒りの咆哮を上げ続けている。 全長三十メートルの生き物など、壱番世界ではそうそうお目にかかれる存在ではなく、ハーミットはその大きさに驚嘆し、それとともに急がなくては、と思うのだ。 「やっぱり強そう……、でも、引くわけには行かないのよね。――もう少し待っていて、猟人さんたち。すぐに、助けに行くから」 それだけ言って、フィールドを後にする。 背後では、黒嵐竜がいよいよ効果の切れそうな罠を振り解き、空へと飛び上がろうとしているところだった。 2.今日もせっせと野良稼ぎ? 「ふむ……妙な世界だ。ゲーム、とはこういうことか」 ハーデ・ビラールは幸運にも拠点からゲームがスタートしたひとりだった。 彼女が選択した素体は銃弓。 防具こそ近接系に比べると劣るものの、攻撃力という意味では花形武器の大剣や太刀に引けを取らない。 「火打石、小型ナイフ、携帯スコップ……と思っていたが、そういうものは要らんようだな。便利なのか不便なのか今ひとつ判らん」 肉を焼くため、アイテムを採集するために上記アイテムを希望していたハーデだが、どれだけリアルでもゲームであることに変わりはないらしく、採集したい時は対象に向かってそのコマンドを選択するだけで可能、という事実に小首を傾げていた。 「小型ナイフは、毒系のアイテムを使えば属性効果つきの投げナイフがつくれるのか……これは覚えておこう」 その他、地図や基本回復薬、虫系アイテム採集のために虫取り網を、鉱物系アイテム採集のためにツルハシを、スタミナアップ用の肉を焼くための肉焼き器を拝借し、ハーデはフィールドへ出ている。 「寝床というか拠点にはモンスターが侵入する心配はない、と。その辺りはやはりゲームだな、現実では考えられない話だ」 呟きつつ、モンスターの集まりそうな場所をチェックして回る。 水場に来るのは中型以上のボスモンスターのみであるらしい。 こちらは、スタミナさえ気をつけていれば咽喉の渇きが影響するということはないようなので、黒嵐竜がこういう場所へやってくる可能性を考えつつ頭に叩き込んでいく。 黒嵐竜は、休息でも取っているのか、マップ上に表示されるメンバーたちの印とは別のフィールドに赤く記されて、特に動くでもないため、しばらくはこの赤い丸と遭遇しないように立ち回ればいいだろう。 ちなみにハーデは友獣を連れていない。 そんな命まで預かる余裕はない、という彼女らしい理由からだったが、実際には友獣というのはダメージを受けても何度でも復活するので、正直なところ猟人より強靭な存在なのかもしれない。 「……ふむ。拠点が確保されているなら、樹上にロープで身体を固定して休息、などということはせずに済むか。いや、そもそもゲームの『約束』の中でそれが出来るかどうかも微妙だな……」 小型の草食獣を手際よく仕留め、肉を剥ぎ取りながら――ちなみに剥ぎ取りのシーンも省略されている――、出来ることと出来ないことの目安をつけていく。 「防具と武器の強化は……鉱物でするか。遠距離系武器使用者の使える防具はどうも、防御力がそれほど高くないようだから。銃弓は、矢弾に毒効果をつけたいところだな……」 サバイバルには慣れているがゲームという意味では不慣れなため、思案しつつ材料を集める。 「……鉱物の精製すら自分で出来るのか。現実でもこんなことが出来れば便利なんだがな」 輝艶鉱なる、素体をしなやかかつ軽く、しかし強靭に強化してくれる鉱物を銃弓に掛け合わせながらつぶやく。要するに、その辺りはゲームの『お約束』として考えればいいのだろう。 「体力回復用の薬草も欲しいな。薬草とイヤシメジで上級回復薬になるんだったか……」 小型肉食竜から剥ぎ取った皮と鱗で防具を強化し、中型飛竜の皮や鱗、棘があれば更に強化できるんだが……などと思いつつ隣のフィールドへ移動すると、そこでは長剣を手にしたロイ・ベイロードが伴狼とともに紅毒竜と渡り合っていた。 紅毒竜といえば第一陣が戦っているはずの強敵ボスモンスターだが、超級猟人フィールドにおいてはいわゆる『普通』の大型モンスターに過ぎない。もちろん、小型や中型の竜に比べれば格段に手強い相手であることは確かだが。 「……援護する」 あれだけ材料があればかなり強化できる、と、ハーデは銃弓を構える。 ちなみに剥ぎ取りアイテムは『ひとりにつき何回』という制限のため、ひとりで斃そうがふたりで斃そうが十人で斃そうが手に入るアイテム量に変わりはない。 「ん、ああ、助かる。さすがにひとりだと時間がかかりそうでな。こいつの尾は毒を持っている、気をつけろ」 ハーデに気づいたロイが、紅毒竜の足元に飛び込み、剣を一閃させる。 派手な出血エフェクトがかかり、真紅の竜が吼えた。 「その毒があれば銃弓の矢弾を強化出来そうだな……」 離れた場所から狙いを定め、次々に矢弾を撃ち込む。 ロイは恐ろしく手馴れた――そもそもこういった魔物と戦う職業なのだから当然といえば当然か――足さばき体さばきで竜の尾や顎を避けながら、鱗や棘の薄い、肉質のやわらかい部位を的確に攻撃し、次々とダメージを与えていった。 「本番前の腕慣らし、といったところかな」 竜の上げる怒りの咆哮で、ロイが回避不能の金縛り状態になったときは、彼から意識をそらすように殊更矢弾を撃ち込み、援護する。 「よし、そろそろ、か」 翼が、頭部の棘や牙がぼろぼろになり、足を引きずり出した紅毒竜を見て、ロイが剣を握り直す。 「電脳世界でドラゴン退治か……ふむ、いつもやっていることと何ひとつ変わらないな。剣で叩き斬るのみだ」 淡々とした言葉の後、長剣の鋭い一閃。 血のエフェクトともに、ゴオゥ、と弱々しく鳴いた紅毒竜がゆっくりと倒れて動かなくなる。 「さて、まずは防具の強化を行うとするか。これだけでは足りないだろうが、まあ、地道に狩っていくとしよう」 「同意見だ。大型竜の鱗や皮、殻は丈夫そうだからな」 「ああ。鱗や角、牙や爪も使えそうだな」 「……では、しばらく道を同じく?」 「異論はないな。よろしく頼む」 竜から材料を剥ぎ取りつつ共同戦線が張られ、戦闘のプロフェッショナルふたり、フィールド上を駆け巡る次第である。 * * * * * 「ん、これならいけるかしら」 ハーミットが特に重点を置いたのは矢の強化だった。 「本当は刀がよかったんだけど、わたしの身体能力で接近戦はね……」 人の命がかかっている以上、足手まといになっては困る、という理由から扱いやすそうな洋弓を選んだハーミットである。彼は、平原や森で、鳥系や虫系など、羽や翼、翅を持つモンスターを狩っては、洋弓本体と矢の強化を繰り返していた。 「嵐をまとっている竜……属性は、水? 風? それとも……雷も、かしら? なら、火属性には弱いかもしれないわ」 思案しながら、朋犬のロジャーとともに小型モンスターを狩り、アイテムを集めてゆく。 朋犬は友獣の中でも非常にごしゅじん思いの性格らしく、ロジャーとはすぐに仲良くなれた。彼は的確に採集を手伝ってくれるし、モンスターと遭遇した時は囮から戦闘から回復まで、なんでもオールマイティに活躍してくれる。 「ごしゅじん、バクハツタケとクダケチール茸が採れたよ」 「ありがとうロジャー、とても助かるわ」 「どういたしまして、そっちはどう?」 「ええ、火燐鳥の羽根に、ヒバナバチの翅、ハッカブトムシ、トップウクワガタ……それに、竜の銀骨を使ったわ。軽くて動きやすいし、矢自体の攻撃力も上がったと思う」 「ああ、いいね。あとは防具の強化か……身軽な感じをお望み?」 「そうね、遠方から位置を変えながら攻撃したいし。武器を強化した素材の残り、使えるかしら?」 「うん、でもそれだけじゃ足りないから、鉱物系のアイテムを捜しに行こうか」 「そうね、あと、薬草やキノコを集めて、余分な回復薬や毒矢もつくりたいんだけど」 「判った、集めるよ」 と、ハーミットが献身的な朋犬とともに和気藹々と強化や調合をしていると、鉱物系アイテムを集めるべく移動した洞窟フィールドで、 「ちょっとアンタ、拒否権は認めないって言ってんでしょ! しっかり私についてきな!」 「はァ? そんなこと言われても知らん、シャー。供竜には供竜の行動理念がある、ワシを上手に使役したいならその理念を理解する、シャー」 「アンタ、ホジロ丸のくせに生意気よ……!」 「その悪口は理論が破綻している、シャー」 フカが、どことなく鮫に似た質感と身体つきの供竜と口喧嘩をしているところに行き逢った。 「あ、フカさん。強化や採集は進んでいる?」 「ああ、ハーミットじゃない。まあまあかしらね。アンタの方はどうなのよ?」 「わたしも、『まあまあ』よ」 ハーミットとフカは、フカの妹を通じて知り合った仲だ。 フカの妹と彼は、別件の依頼を一緒に受けたことがあるのだという。 「あん時は妹が世話になったけど、こっちでもよろしく頼むわ」 ニッ、と自信を覗かせる強靭な笑みを浮かべたフカが、溜め息をつく。 「しかしまあ、この馬鹿ホジロ丸がもっと役に立ってくれれば更に効率的なんだけどねぇ」 「……馬鹿と先に言った奴の方が馬鹿だ、シャー。そういうのを、『己の頭の蝿を追え』と言うんだ、シャー」 ホジロ丸の語尾は、どうも呼吸器官から空気が漏れる音であるらしい。 友獣の中でもっとも強力でもっとも扱いにくいのが供竜だというのは最初から察せられたし、第一陣第二陣でもそれぞれに友好度を上げるべく猟人たちが腐心しているように、フカもまた扱い方を試しているのだろう。が、何にせよ憎らしいことに変わりはないようで、 「あああ私と若干キャラ被ってんのも気になるけど口達者なのが更に腹立つわあああああ!」 フカがツルハシを手に地団駄を踏む。 ハーミットはくすっと笑ってフカの隣に立ち、自分もツルハシを使って採掘を始めた。 カァン、という、乾いた硬い音が響き渡る。 その音を聴いて、我に返ったように、フカも採掘を再開した。 「フカさんは、他にどんな調合を?」 「回復弾をつくったわ。いざって時は味方に撃ち込んで回復させられるようにね」 「ああ、そっちに関しては、皆考えることって一緒なのね。わたしも、たくさんつくった回復薬は皆に配ろうと思っているの」 「アンタ自身の強化はどうなのよ」 「わたし? 水や風にまつわる竜なら火属性に弱いかと思って、火の効果を付加できるようにしたわ」 「へえ、なるほど……考えたね」 感心しつつも岩場に打ち込んだフカのツルハシが、メタリックな輝きを放つアイテムを掘り当てる。 レアメタル『貴硬鋼』である。 「わ、綺麗ね。ここ、ゲームの世界なのにいろんなものがリアルで、そのくせファンタジックでもあって、見てるだけでも楽しくなっちゃうわ」 「そうねぇ。私としちゃ、こういうものの材質は鋼に限るって思うからね。この輝き、重量感、ぞくぞくしちゃうわ……!」 もちろん、ひとつだけでは用をなさない場合がほとんどなので、ふたり並んで更にツルハシを打ち込む。 「ねぇハーミット」 「なぁに、フカさん?」 「私はこのあと、鋼竜種を狩りに行くんだけど、アンタも来る? 鋼竜種の鱗は防具の補強にいいんだって」 「そうね、洋弓の腕も磨きたいし、ご一緒させていただくわ」 「オッケー、決まりね。……つぅことでホジロ丸、鋼竜種のよく出るフィールドに行くわよっ!」 「……仕方ない、案内くらいはしてやる、シャー」 やれやれといわんばかりの口調でホジロ丸が身を起こし、 「アンタ……そのうち『フカ様今までのご無礼をお許しください』って土下座するくらい私に忠誠を誓わせてやるからね……!」 「望むところだ、シャー。出来るものならやってみるといい、シャー」 「ったく、ああ言えばこう言う……!」 諍いと言うよりはもうじゃれあいのようですらある、どこか微笑ましいやり取りをしつつ、一行は更なる強化のために別フィールドへと移動するのだった。 * * * * * 「ルツ、危ねぇっ……ぎゃーっ!?」 もう何度目の声かけだろうか、などと思いつつ飛び出した鰍は、右側から突っ込んできた大猪の牙にひっかけられて吹っ飛び、更にその蹄に踏みしだかれてもみくちゃにされ盛大な悲鳴を上げていた。 ちっとも懐いてくれない朋犬のホリさん(何故か狐顔)は、我関せずといった風情で何かのアイテムを集めていて、ごろごろと地面を転がりながら、判ってたけどせつない、と鰍は胸中に諦めの溜め息をついた。 「……だから、あたしは大丈夫だと言っているのに。大丈夫、鰍?」 竜ではないとはいえ、超級者用フィールドの中型モンスターは侮れない存在だ。特に、凄まじい突進をかましてくる大猪は、下手な位置に追い込まれるとすぐ拠点送りにされる程度には危険なモンスターなのだ。 そんなものに思いきり踏みしだかれた鰍の体力が三分の二程度にまで減っているのは当然というべきだし、衝撃が大きかったのも事実で、鰍がしばらく地面に張り付いていると、双剣使い独特のステップで華麗に大猪を倒したルツが戻って来て、手を差し伸べてくれる。 「いや、だってルツ、どう考えても左に意識が行き過ぎて危なっかし……」 「何か言った?」 「イエナンデモアリマセン」 思わず片言で返す鰍。 とはいえ、鰍の指摘は正しい。 ルツは、両腕が使えるようになったお陰で平素よりかなり強くなっているし、彼女が願望の体現されたそれに活き活きしているのも判るのだが、やはり長い時間腕が使えない状態だったのもあって、左側を気にするあまり右に隙が出来やすいのだ。 最初は、半ば無意識にルツの左側をガードしていた鰍だったが、そのことに気づいてからは――しかも、そちらの隙の方が断然危ない――、なるべくルツの右側に陣取ることにして、先ほどのような場合はいつでも飛び出せる態勢をとっている。 自分は大丈夫だ、と思っているルツは、素直には礼が言えない様子だったが、鰍のフォロー体質というか苦労人気質というか貧乏籤体質は何も彼女だけに発揮されるわけではなく、ほとんど性分のようなものなので当人は気にもしていない。 「まあ、とりあえずもうちょっと強化をだな……」 「そうね。あたしは切れ味を上げて、麻痺属性をつけたいわ」 「ああ、双剣は一撃一撃の攻撃力が低いもんな。まあ、そこは短剣も一緒だけど」 「囚われの猟人たちには衰弱が見られるのだっけ? 早く助けてあげたいけど、今の状況では無理だしね」 「そうそう。人命がかかってんのは理解してるけど、焦っても返り討ちにあうだけだろ。準備は万全にした方がいい」 「……鰍は几帳面ね」 「いや、そんなことないけどさ、態勢を整えるってすげぇ大事なことだと思うんだよな」 「ああ、そこに否やはないわね」 互いに注意しあいつつ山岳エリアを移動する。 「ゲームとは思えないリアルさだな……なんだこの標高。あの崖から落ちたら死にそうだけど、たぶん平原フィールド辺りに移動するだけなんだよな。それを現実に当てはめて考えると、猟人ってどういう人間なのか判らなくなるよなー」 「むしろ、猟人とはもう猟人と言う種族であって人間じゃないとか、ね」 「はは、言い得て妙かも。普通の人間は竜に踏まれたら痛いだけじゃすまねぇもんな」 ゲーム内の『お約束』であるから言及しても致し方ないことだが、考えてみれば突っ込みどころ満載の世界ではある。いちいち突っ込んでいては成り立たない世界でもあるが。 「おっ、すげぇ、鯨が空飛んでる」 「あら、なんだかユーモラスね。ヒレのところが風雲のようなデザインになっているのね……この世界の生物の造詣は独特で好きだわ」 「ああうん、綺麗だよな、武器もアイテムもモンスターも。――お、なんか落としたぞ」 悠然と空を泳いで行く鮮やかな藍色の鯨から光る何かが零れ落ち、歩み寄って拾い上げれば強化アイテム『雲鯨の髭』とわかる。 「……髭って、ぽろっと落とせるような部分だっけ……」 「まあ、髪の毛だって勝手に抜けるわけだし?」 「いやでも鯨のは髭つーてもアレ口腔内の皮膚……いやまあいいや、突っ込めば突っ込むほど泥沼にハマる気がするから」 考えるのをやめて、鰍はアイテムの用途を検索する。 「お、これで武器の強化が出来そう。銀麗鋼はもう採集してあるし……うん、切れ味と強度を増強させられるっぽい?」 「あら、よかったじゃない。あたしは支給品以上の効果を持つ回復薬や補助薬を用意したいわね」 「補助系は要るよな、絶対。攻撃力や防御力を上げるアイテムとかさ。短剣は片手が自由だから、武器を持ったままでもアイテムが使えるみてぇだし、戦いながらでも補助や回復にも従事できそうだ」 と、回復アイテムや肉などを採取しつつ山を下る。 途中で鰍が手に入れたのは、鳥竜の羽根や雷獣の蹄と毛皮、風舞蝶、礎鋼など。 どれも、黒嵐竜が携えているだろう特殊能力に対抗するためのものである。 そして、 「へえ……こいつが『窮輝』? ものすげぇおっかねぇのに、ものすげぇ綺麗だ」 「ええ、そうね……なんて勇壮で美しい獣なのかしら」 彼らが強化の最後に狙うのは、瑞獣麒麟と虎と大鷲を掛け合わせたかのような中型モンスターで、鱗に鬣、角に蹄、翼や切れ長の双眸までが銀に輝く、しなやかですらりとした美しい獣だった。 風を駆け雲に乗り空を自在に行き来するレアモンスター、窮輝である。 「こいつの脚羽があれば、装備の強化が完成するんだ」 「なるほど……では、お手伝いを」 「サンキュー、よろしく!」 「……別に? まあ、さっき助けてもらったからね」 素直でない様子のルツに少し笑い、鰍はこちらに向かって威嚇の声を上げる窮輝と向き合う。 「じゃあ……行くわよ?」 双剣を携えたルツが軽やかな動きで突っ込んで行く。 鰍もそれに倣った。 ――硬い手応えと、獣の鳴き声が重なる。 3.黒き暴君 一行が集結した頃には、ゲームが始まってから三時間ばかり経過していた。 現在彼らがいるのは、黒嵐竜がうろついている平原の隣、丈高い木々に囲まれた森林フィールドである。 「……皆、装備の強化は万全みたいね」 しなやかな洋弓を手にしたハーミットの言葉に、ルツが力強い輝きを放つ双剣を掲げてみせ、その傍らの鰍も白く光る短剣をかざしてみせる。メタリックに輝くごつい銃槍をバシッと叩くのはフカだ。 「不慣れなことだけに手間はかかったが、これでどうにかなるはずだ。それに、囚われの猟人のことを考えると、もうあまり時間はない。――頃合だろう」 ロイが得物を確かめるように触れ、 「……紅毒竜、白腐竜は斃されたそうだ。先ほど知り合いからエアメールが来た」 ハーデが第一陣第二陣の成果について報告する。 「知り合い?」 「木乃咲 進という、以前同じ依頼を受けたことのある男だ。囚われの猟人たちは皆、無事に保護されたようだ」 「そっか……なら、あとはあいつだけ、ってことだな」 鰍が、皆の、それぞれに強化のなされた防具を興味深げに見遣りながらそう言った時、 「! 竜が移動するわ……こっちに来る!」 ルツが鋭く指摘するように、マップ上の赤い光が唐突に動き出し、次の瞬間には遠くの方からはばたきの音が聞こえてくる。 「おいでなすったわね……海獣ハンターの実力、とくと思い知らせてやろうじゃないのさ……!」 おおおおおぉううううう、という、竜の唸り声と風の入り混じったような音。 ばさり、ばさり、と、ゆったりとした動作で、巨大な翼をはためかせ、漆黒に輝く嵐の竜が舞い降りる。 そして、一行に気づくや、真紅の目を爛々と燃え立たせ、激しい勢いで咆哮した。 ゴオォアアアアアァオオオオオォ!! その威力たるやすさまじく、小柄な友獣たちは散り散りに吹き飛ばされ、離れた位置にいたはずの猟人たちは、全員が全員金縛り効果を喰らい、耳を押さえてその場で硬直する羽目になる。 「ち……咆哮の効果範囲が広がっているのも、もしや暴霊に憑依された影響なのか……!」 忌々しげなハーデの声。 「そうかも知れないわね……ともかく、地道にダメージを与えていきましょう。近接系の人たち、援護はわたしとハーデさんに任せて!」 「……あまり期待されても困るが、やるべきことはやろう」 「了解、っと。俺も、罠とか補助薬のサポート行くんでよろしく。あと、砥石使いたい人は言ってくれたらその間の囮役やるぜー」 ハーミットとハーデ、鰍がそれぞれに役割を宣言し、パッと散る。 「なら、俺は正面から、だな」 「気が合うわね私もよ」 ロイとフカが得物を手に正面から突っ込んで行き、 「では、あたしは足元から」 翼や脚の爪、凶悪な牙、棘のついた尻尾、まとっている黒雲などを冷静に観察しつつ、ルツも動く。 ――ひと呼吸で、戦いが始まる。 「ロジャー、お願いね!」 毒矢をセットしつつハーミットが言うと、朋犬はコクリと頷いて飛び出していった。 無理はしないでねと声をかけてから、翼を狙って矢を打ち込む。 火属性を持つ毒の矢が次々と撃ち放たれ、つぎつぎと竜に衝撃を与えていく。 特殊効果は基本的に蓄積型で、何度か当てることで効果が発露するものである場合が多いため、まずは数で攻めるしかなさそうだ。 的が大きいため遠距離系の攻撃も当てやすいが、身体が大きいということはこちらがわも当たり易いし力が強いということでもあって、最前衛のロイやフカは、すでに何度か尾や牙、後脚の鉤爪の攻撃を喰らっている。 そのダメージは、ルツやハーミットの広範囲回復薬が癒した。 「嵐……風、雨、雷? やっぱり、あの翼から、かしら……?」 周囲に風をまとい、口から黒雲を吐いているのも気になるが、まずは竜の攻撃パターンを掴もうと、ハーミットは遠方からの狙撃とともに、状況の把握に努めた。 その間にも、ハーデの銃弓が重い矢弾を次々に撃ち込み、ロイの剣とフカの銃槍が黒嵐竜へと叩き込まれ続ける。足元に潜り込んだルツは、尾や脚の動きを的確に把握しながら華麗に双剣を舞わせ、手数でダメージを積み重ねてゆく。 秀逸だったのは鰍の動きだった。 彼は『自分には嵐を御することは不可能だから』という観点から装備を強化していたのだ。窮輝の脚羽を使用した脚防具によって、鰍は風を捕らえて空へ駆け上がることが出来た。黒嵐竜の、突風を伴った攻撃を、風に乗って上へ逃れることで避けられるそれは、更に、近接系では難しい背中からの攻撃をも可能にしていた。 「やるじゃない、鰍! ちょっとカッコいいわよアンタ!」 炎属性を持つ砲弾を撃ち込みながらフカがウィンクし、 「ちょっとと言わず相当カッコいいくらいでひとつ!」 軽口を叩きつつ竜の背中から風を捕らえて跳んだ鰍が、素早く麻痺罠を設置する。 「こっちに罠張ったんで追い込みよろしく!」 鰍が手を振って主張すれば、 「広範囲版コウボウドリンク改、行くわよ。フィールド移動はしないでね!」 ルツが掛け声とともに攻撃力防御力×20%の補助アイテムを使用、一行の身体能力の強化を図る。 「……ふむ、力が漲る、とはこういうことか」 ロイが静かな感嘆とともに剣を揮い、次々と斬りつけると、黒嵐竜の周囲を出血のエフェクトが舞い、竜が唸った。 口からは、金色の稲光を含んだ黒雲が、先ほどの倍の勢いで漏れ出ている。 どうやら、一定のダメージを与えるとなる『激怒』状態に入ったらしい。この状態になると、攻撃力や素早さ、堅さがぐっと増加する。 「! 飛ぶわ……様子がおかしい、皆、気をつけて……!」 後方のハーミットから、注意を喚起する声が飛ぶ。 翼を大きくはためかせて飛び上がった黒嵐竜が、黒雲を撒き散らしながら上空を旋回するのへ、彼は警戒の眼差しを向けていた。 「あんな動きは初めて。激怒状態に入ったことによる特殊攻撃が来ると考えるべきだわ」 冷静に評するハーミット、 「……あの高度では、閃光弾もヒカリ弾も届かないわね」 どうにかして竜を叩き落せないか思案している風情のルツ。 もっとも射程距離の長いハーデが、翼の付け根を狙って矢弾を撃ち込みつづけているものの、高速での旋回についていけず、実際に当たっているのは半分以下といったところだろうか。 竜が旋回するたびに、周囲が暗くなる。 黒雲が空を覆い尽くそうとしている。 ぴしぴしという不吉な音とともに、空を金の光が舞い始め、大粒の雨が降り出す。黒嵐竜の身体もまた、淡い金光を帯び始める。 「来るわ! 回避か、防御を!」 一際高く舞い上がった黒嵐竜は、真紅の眼をぎらりと輝かせると同時に急降下した。それとともに、叩きつけるように降る雨が弾丸の凶暴さを帯び、風が刃の鋭さを帯びる。 それは激烈にして容赦のない一撃となって、フィールド中の生き物に襲い掛かった。 「!」 誰ひとりとして、その攻撃を避けられたものはおらず、友獣を含む全員が雨弾とカマイタチを喰らって吹っ飛んだ。 凄まじい衝撃が全身を襲う。 「さすがに、効いたわ……!」 装備強化の割合にもよったが、全員の体力ゲージが半分以下にまで減っているのを確認しつつフカが呻く。 「猟人たちの生命エネルギーを喰らって確実にパワーアップしているわね……連続で二度三度とやられたら、危険だわ」 ルツは、広範囲版上級回復薬で全員の体力を回復させてから、ばさばさとはばたいて中空を漂っている黒嵐竜目がけて閃光弾を投げつけた。 それは竜の目の前で炸裂し、周囲が一瞬真っ白になる。 効果は覿面で、ギャッ、という鳴き声とともにバランスを崩した黒嵐竜が落下、更に幸運なことにその下には鰍が設置した麻痺罠があった。 「……よし、畳み掛ける!」 「オッケー、援護するわ!」 ロイとフカが飛び出していき、ハーデとハーミットからは、ひっきりなしに援護射撃が来る。 ゴオウ、と竜が吼えたが、その声は若干弱々しい。 「なら……これで、どうだ……!」 顎の下に潜り込んだロイの手には、トラベルギア『勇者の剣』。 それを、黒嵐竜の心臓目がけて胸へと突き立てる。 「よし、とどめを、」 拳を握り締めたロイが放とうとしているのは、雷撃魔法『ギガボルト』。 以前、異世界での憎悪の棘との戦いで、その一角を突き崩す一因ともなった強力な攻撃魔法だ。ぱりり、と、拳を細かな稲妻が走り、その発動を告げる。 それに、 「待ってロイさん、黒嵐竜に雷属性は……」 ハッと気づいたハーミットの警告よりも、ロイが竜を目がけて魔法を叩き込むほうが、速かった。 ――次の瞬間、何が起きたのか、理解できた者は少なかった。 「な、あ……?」 漆黒だった黒嵐竜が目映いまでの黄金へ変化し、麻痺罠を振り解いて猛々しく咆哮すると同時に、猟人たちは勢いよくその場から吹き飛び、地面を転がる。 身体の周囲を、金色の稲妻がぱりぱりと走って、身動きが取れない。 「これ、痺れ、状態……!?」 体力ゲージは三分の一にまで減っている。 竜が勝利の雄叫びを上げた。 ――黒嵐竜と呼ばれ、水や風、雷の属性を持つモンスターに同属性の攻撃を行えばどうなるか、という非情な現実が、起き上がれないまま時折痙攣するしかない猟人たちに突きつけられていた。 悠然とした、優越感すら感じさせる足取りで、黒色へと戻った巨竜がこちらへと歩み寄ってくる。 4.決着、新たな火種? 誰もが拠点送りを……下手をすればゲームオーバーを覚悟した時、 「びびび、びっくりしたああああああ!」 響いた声は、鰍のものだった。 「鰍、あなた……」 倒れたままのルツが驚きの声を上げるように、鰍はたったひとり、フィールド上に立っていた。体力ゲージも四分の三ほどにしか減っていない。 「や、だって俺、防具に雷耐性つけてたし。苦労したけど、雷獣狩っといてよかった」 肩を竦め、まだビリビリ痺れたままの猟人たちの前に飛び込んだ鰍は、気合いとともに閃光弾を投げつける。 予測もしていなかったのか、真正面から激しい光を受け止めてしまい、黒嵐竜は悲鳴とともに仰け反った。頭の上に、目潰しが成功したときに出るエフェクトがかかり、竜は目標を見失って闇雲にウロウロするしかない。 「よっし、今のうち!」 広範囲版に調合したムコウカリントウが使用され、 「おー、ホントにカリントウの味と歯応え……原理とかどうなってんのか突っ込んだら負けなんだろうなあ」 状態異常ダメージが無効化される。 「やれやれ……属性攻撃はおっかないわね、気をつけなきゃ」 「むう……すまん、俺の責任だ」 「別にアンタの所為じゃないわさ、誰だって知らなきゃやっちゃうことでしょ。大事なのは同じことを繰り返さない、それだけじゃないの?」 「……ああ、肝に銘じる」 めいめいに体力を回復しつつ、黒嵐竜と再度対峙したところで、彼らは異変に気づいた。 ぐぐ、グ、ぐるるるるゥうウウうおおおおオおおおぉ……! どこか狂ったイントネーションで吼えた黒嵐竜の全身から、影を編んでつくったような、気味の悪い動きを繰り返す触手が生えていたのだ。 「暴霊の力が溢れ出している……のか?」 ハーデが眉をひそめる。 「来るよ……皆、注意しなっ!」 呼ばわりながら銃槍を展開しかけたフカの動きが、絶叫を上げながら突っ込んでゆく黒嵐竜の直線上にホジロ丸がいることに気づいて止まる。 「馬鹿、何やってんのさ……!」 ホジロ丸は、全員の防御力を上げるハガネホイッスルを吹こうとしている最中だったのだ。こういったアイテムを使用するとき、使用者は完全に無防備になってしまう。 「ホジロ丸っ!」 フカは思わず、自分の身体を投げ出して無愛想な供竜を突き飛ばし、竜の攻撃から庇っていた。 直後、黒嵐竜の巨大な顔がフカを直撃、彼女は勢いよく吹き飛ばされる。 「いたた……やられたわね……」 攻撃力が上がっているのに加えて当たり判定も大きかったようで、体力ゲージは10%を切っている。 要するに瀕死状態というやつだ。 「フカさん! 待ってて、今回復を……」 ハーミットが慌てて駆け寄るよりも、フカと黒嵐竜の間にホジロ丸が立ち塞がる方が速かった。 「……お前は馬鹿だ、シャー。何故ワシを庇う? ワシらは死なんし、特にワシはお前より頑丈だ、シャー」 理解出来ない、といった風情の問いに、フカはフッと笑った。 「はァ? 何言ってんのさ、アンタはやっぱり私がいないと駄目ねぇ。アタシはアンタの雇い主よ、アンタを使う権利と同じ位置で、アンタの安全に配慮する義務もあるわ。そんなの、当然のことじゃないのさ?」 よろよろと起き上がり、銃槍を構える。 「……ここは私に任せて、アンタは退いてな。ハンターの意地、見せてやろうじゃない」 きっぱりとしたフカの言葉に、ホジロ丸は一瞬瞑目し、 「その心意気、受け取った! まだまだ足りぬものもあれど、今はその矜持に敬意を表そうぞ……!」 ――猛々しく、笑った。 その瞬間、猟人たちは見たのだ。 身の丈一メートルと少し程度だった竜型友獣の身体が、猟人たちと同じ程度にまで伸びるのを。 そして、ホジロ丸が、いつ抜いたのかも判らぬ速さで手にした双剣とともに跳躍し、今まさに襲い掛かろうとしていた黒嵐竜へと飛びかかり、凄まじい気合の一閃とともに斬り付けて竜を跳ね飛ばしたのを。 ずううん、という地響きを立てて竜が転倒する。 竜のまとう触手が、びちびちと気味の悪い動きで跳ねた。 「……やれば出来るんじゃない、アンタ」 回復を終えたフカが言う頃には、もう供竜は通常サイズに戻っていたが、 「後は知らん、シャー」 「ま、そう言うと思ったわ」 にやりと笑って、フカが銃槍を再度展開する。 「なら、これで最後だ……行こうぜ、皆!」 最初に飛び出して行ったのは、トラベルギアを携えた鰍。 彼の手の中で、伸縮自在のウォレットチェーンが踊り、黒嵐竜の周囲に、皮膚に密着するかたちで結界を展開、動きを止める。結界に触れた黒い鱗がじゅうじゅうと焼け爛れ、竜が咆哮したが、その声はどこか弱い。 「解除のタイミングで飛び込んでくれ!」 鰍の合図。 トラベルギア【ガーディナル】を手にしたハーミットが、砲弾を再装填したフカが、長剣を研ぎ直したロイが、銃弓に矢弾をセットしたハーデが、トラベルギアであるスティレットに攻撃力増強の魔法をかけたルツが、一斉に頷く。 ――竜の咆哮。 しかし、そこにもう金縛り状態を引き起こす力はない。 「三、二、一、GO!」 ぱちん、と指が鳴らされ、鍵のチャームで結界が解除される。 「……行くわよ」 ルツの手からスティレットが飛び、竜の眼へと吸い込まれる。 そこへ、まったく同じことを考えていたらしいハーデの矢弾が炸裂、ダメージの蓄積によって竜の片目が破壊され、 「そろそろ、終演と行こうか」 「そうね、派手にね」 ロイの剣とフカの砲弾が胴体へと叩き込まれる。 竜が大きく仰け反った。 そこへ、 「あとは、これで……どう!?」 ハーミットが、【ガーディナル】を、全身全霊の気合でもって、横一線に居合い抜く。 ――ゴッ! 同時に放たれたのは、超衝撃波『疾風怒濤』。 それは草を薙ぎ払いながら黒嵐竜へと殺到し、黒い触手を斬り払い、そして竜の胴体へと真っ直ぐに吸い込まれた。 どぉん、という大きな破砕音、地響き、それから弱々しい鳴き声。 黒嵐竜の巨体がびくりと痙攣し、大きく仰け反って、ゆっくりと倒れてゆく。 ずううぅん、と地面を揺るがせながら倒れた黒嵐竜は、そのまま動かなくなった。 「よし……やった、か?」 「……待って、ロイ、何か……」 近寄ろうとするロイをルツが制する。 彼女の言う通り、竜の身体から触手が解け落ちる合間に、黒い影がゆるりと浮かび上がって、 (もう少し霊力を集めたかったけど、仕方ないか。目的の大半は果たされたしね……また、遊ぼう) くすくすという、耳障りな、愉悦に満ちた笑い声をもらし、消える。 「今のは……憑依していた暴霊、か?」 「目的……生命エネルギーを集めること? じゃあ、それを集めて、あの暴霊は何を?」 鰍とハーミットが訝しげに眉をひそめた。 「まだ……本筋では終わっていない、ということか」 律儀に黒嵐竜の素材を剥ぎ取りつつハーデがつぶやき、それから、 「ん、木乃咲から連絡が入っている。第一陣第二陣の連中が、巣に囚われている猟人たちを解放してくれたようだ。――私たちは撤退するとしよう」 報告とともにログアウトしてゆく。 剥ぎ取りを終えたロイとフカもそれに倣った。 「……まあ、何かあれば探偵から依頼が入る、か」 「そうね。今はひとまず、依頼完遂でいいんじゃない?」 「でも……気になるわ。あの暴霊、また遊ぼう、って言ってた……どこかで、また犠牲者や被害者が出るのじゃないかしら」 ハーミットの懸念に、しかし鰍もルツも、それを払拭するだけの情報を提示し得ず、一瞬黙ったのち、めいめいにログアウトする。 彼らが掻き消えるのを見送って、最後に残ったハーミットは、ほんの少し目を伏せて、 「誰かを傷つけたり苦しめたりすることが、『遊び』?」 ロジャーの頭を撫でると、無言で撤収したのだった。 ――新たな事件の予兆を孕みつつも、一連の騒ぎは収束。 なお、救出された猟人たちは、順調に回復しているという。
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