小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――？ インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。 さて、何を食べようか。● ご案内このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが食べたいもの・食べてみた反応や感想を必ず書いて下さい。！注意！インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。
―――食べ歩きばんざーーい！！ そんな事を思いながら彼女――神原 槿は思わず小さくガッツポーズ。次いで周囲を見渡して、気恥ずかしそうに頬を染めながら誤魔化すようにストローに口を付ける。 現在時刻は夕刻前、日が沈み始めながらも、夜には少し早い時間帯。通りには人が存在し、その左右には簡易の屋台が所狭しと両脇を埋める。 「後１個は何か食べたいんだよねえ。 そろそろご飯も食べたいけどもう少し……むむ」 再びストローに口を着け、残ったジュースの一気に飲み干す。 甘酸っぱい。イチゴにも似たジュースの味を感じつつ、同時にもちっとした粒が舌を転がる。最初の食感だけなら壱番世界にもあるタピオカにも似ているが、一度その粒を噛んでみれば、カリッとした苺の種を噛んだような食感が楽しめる。本日２番目に美味しかったインヤンガイの食べ物だ。 「ああ、でも最後の１個にするならあのお饅頭にしようかなあ」 そんな感想を思いながら右へ左へ。赴くまま、インヤンガイという雑多で見知らぬ土地を、気ままに行きずり無茶はせず、その時誘われたものを、その時気になったものに目を向けて、その時目にしたものに触れる彼女は、まるで一種の冒険のように楽しみながら、本日大金星のお菓子を目指す。 「そういえばセクタンもご飯食べられるのかな？」 焼きたての菓子を食べつつふと疑問、そして何気なくパスホルダーから召喚 現れたのは今食べている焼き菓子の色を半透明にしたようなデフォルトフォームのセクタン、グーグー。勿論この子は食べれません、しかし口はあるのでもしかしたらあげたことは無いがご飯を食べられるかもしれない。 「あ～～～～」 試しに１つの焼き菓子を差し出し、あわせてグーグーも口を開く。 「ん」 でも自分で食べる。そしてバランスを失いグーグー一回転。 「あははははは、グーグーかわいいいい。お？」 そんなグーグーの様子に軽く微笑ましく思いながらも視線は左後ろへ向く、目的地の看板を見かけた為。ふと手元の包み紙と見比べて確認、そして確信。焼き菓子の袋をショルダーバッグへと入れて歩を進める。そして戻すのを忘れられたグーグーが慌ててその後をちょこちょこと追った。 「ええええええええ、もう売り切れちゃったんですか！！？」 「悪いね嬢ちゃん。あれ結構人気なんだよ」 そんなああ、と気の抜けた声を出しながらその店先で崩れる槿。因みに彼女が食べたかったのはこの店の杏仁饅頭だ。 その名の通り中身が杏仁豆腐が入っている。但し日頃食べる杏仁豆腐と違いここの杏仁豆腐は豆腐で言う絹ごし豆腐に近く、直前まで冷やされた冷たい杏仁豆腐が、口の温度でさっぱりとしたクリームになって口一杯に広がる代物。つるりとした生地と相まった今時の生スイーツを髣髴させるもので、その味にはまって既に２度も買いに来ていたが、こうして買いに来て売切れているとなると想像以上に落胆ものの様。 「明日来ればいいんじゃねぇのかい？」 「でもあたし明日からはここにいないんですよお」 「そりゃ残念だ。悪いがこれはうちしか出せねぇんでねぇ」 「ですよねーーーー」 更にへこむ。さり気にグーグーが見当たらないが気づいていない。 「そんなに減ってんなら食堂で頼めばいいんじゃねぇのか？」 「他のお店って言ってもあたしあんまりここ知らない………ってお店！！！」 突如態度反転、驚く店主、追いついたグーグーは置いてけぼり。 「あ、ごめんなさい。それであのーーチョット話変わっちゃうんですけど、この辺りで美味しい定食屋さんってありませんか？」 彼女が急に活気付いた理由は、まだインヤンガイの定食を食べていない事を思い出したから。時刻も既に夕刻を過ぎ始め、正に夕食時のこの時間だからこそ、ぜひとも聞いておきたい所。そんな彼女が息巻く中グーグーは槿の足をぺちぺちと叩く。 「あ、グーグー。グーグーも定食食べたいの？」 いえ、もう疲れたからホルダーに帰りたいと表情でアピール中 「ふふん、グーグーも食べたいんだ。じゃあ一緒に食べに行こうか」 しかしその表情をお腹が減ったんだと思った模様。でも今度は置いていかないように、グーグーをショルダーバックに詰め込み、 「『ジャンルゥアンチー』ってどんなメニューなんだろう、美味しいといいなあ」 地図に書き足された場所へと今度は地図を見ながらゆっくり向かう。 先程の通りから２本程奥ばった、先程の店主に勧められた定食屋に槿は居る。周囲は地元の労働者達が席を占め、メニューの黄ばんだ紙からかなりの年季ながら、あまり彼女のような観光客の、ましてや少女が入るようなお店には見えない。勿論彼女の希望さえあれば観光専用の、安全な高級店も行くことができたのだが彼女の意向、無理に高級なの頼むより、あえて現地の、大多数の人間の普段の食生活を体験してみたいというたっての希望から、自分で選んだお店だ。 「…………これって食べられるのかなあ」 思わずぽつりと呟く。 定食はメインの野菜炒めにシンプルなスープと、パン代わりの具の無い大きな中華まんが付いたものだ。野菜炒めは青菜の炒め物に似ている、匂いも鶏肉のようなスープと生姜と大蒜を刻んだものが見える、が………… 「匂いのしないブドウ……？」 一口大の黒い粒がかなり入っている。無臭、勿論彼女の辞書には思い当たるもの等無い。試しに『グーグーあげる』と食べさせてみたが、ぱくりと食べた後ぱたぱたと小さなひれを動かした姿から多分美味しい？ とは思えるので、ほんの数十秒躊躇うも意を決して野菜と纏めて…… ―――あ、何かプチプチする。 意外に美味しい。黒い粒はいくらやたらこのような魚卵の一種のようだ。味は意外と塩気が強く、薄めに仕上げた野菜炒めと食べると案外好い按配だ。 「……流石にさっきの食べ歩きが響いたな。でも頑張って完食！」 見た目にかなり躊躇していたが、美味しければもう気兼ね無く、事前にお菓子等を食べてはいるも何時も通りのペースで、こっそりグーグーにあげながら、意外と美味しかった定食は残さず2人のお腹の中へ入って行った。 「……ってあれ？ 持ってきたはずのデジカメがないよー！！」 人目を憚らず、街中に響く槿の悲鳴。解説すると今回の記念にインヤンガイの景観を撮影しようとした所、ショルダーバックに入っているはずだったデジタルカメラが無かった模様。因みに盗まれたのではなくただの入れ忘れである。勿論直ぐに彼女も気づいたので、 「まあいいや。これはあたしとグーグーの中だけに留めておこうっと！」 あっさり断念。盗られたのかと心配していた分もあってか、安心したようにグーグーごとショルダーバックを抱えてその場に座る。 ふと上を見上げる。ここは地図が描けるほどインヤンガイでは比較的整っている場所たが、それでも雑草のように雑多に生い茂る建物で明るい星空はまばらにしか見えない。 でも正面を向けば星空以上の、ネオンや裸電球で彩られた明るい通りが見える。星空に比べればそれは随分とけばけばしいが、悪くないと彼女には思えた。 「あと何か忘れてないよね？ お財布とかポーチやケータ……あああああ！！！！」 グーグー転がる事などお構いなく、思わず立ち上がり、絶叫。勿論視線を集める結果に。 流石に視線に気付いてそそくさ一時退散するも、後でしっかり携帯のカメラ機能で撮影したそうだ。 【END】
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