角笛の音が、予選終了を告げる音が鳴った そこで彼らは周囲を見渡す。半分近くの人間が膝を付く中、自分達世界図書館は無事予選を突破したのだろう。―――これにて厳正な組み分けの後、残りし16の猛者が明日の闘技場での演武を行う。 頭に男の声が響く。右手に演説するような男が見えるがその前にマイクは無く、何かの魔法が直接脳内に響かせている。「世界図書館ですね」 振り返って驚く。後ろからかけられた柔らかい女性の声とは違う、球体と棒状の金属で出来たロボットが立っていた。―――そして勝ち残りし1つの猛者こそが、我らが『アクラブ』の加護を受けるであろう。「初めまして、私は世界樹旅団のカップ=ラーメンと言います。いえ、今回は妨害に来た訳ではありませんよ」 恐らくその頭にもこの声は聞こえているだろうが、構わず、だが図書館側の視線に入るように位置取り話す。―――汝らは千夜の満月の夜に訪れた客人。客人こそがわが町の寳「むしろ今日はあなたがたに共闘を申し込みに来ました」 ふとカップの後ろを見れば、同じ世界樹旅団であろう赤銅色の髪の青年――コーラスアスに、書生風の男――松方・京之清が何故か後ろで抱きつき騒いでいる中、カップの交渉を巨大な青い巨大虫を背に幼女――小野田・雛が心配そうに見守っているのが見える。―――故に古からの理に則り、天上と見紛う恩恵を与えん。「見ての通りこの町は突然出現した山にあります。おそらくかなり高等の魔法を使っているのでしょうね。その恩恵を受ける住人が、わざわざ伝統とはいえ魔法技術の盗用の危険がある旅人をこう易々と招き入れるのは少々怪しいと思いませんか?」 確かに、この町はあまりにも怪しい。突然何も無かった平原に山と共に現れ、何の見返りも求める事なく訪れる旅人をもてなしている町が何故出来たのか過去の資料や予言でも解らなかった。その為今回、たまたまそこを治める領主が開催した武闘大会に参加し、この町の調査の為にここへ来たのだ。 しかし先日から潜入するも今の所被害も町での情報も無く、突然現れた以外は旅人にとっては天国のような町という噂がヴォロスに流れ始め、聞きつけた流浪人や行商人が今もこの町を訪れているのが現状だ。―――更にそれ以上のアクラブの恩寵を求めるならば「恐らく、いえ……確実に何かの目的の為に人間を集めているのでしょう。その目的の際に、満身創痍で私達も対応したくはありません」 怪しいという話は出発前に散々世界司書に口酸っぱく言われてきた、そして何かあれば最悪逃げて良いとも言われている。―――勝ち上がれ!どんな武術も法術も我らカルブの町は受け入れん。「そこで今回は一時共同戦線を結び、対戦時にはお互いが『不殺』を採り、時にはお互いの情報、回復技術を共有することでカルブからの襲撃に備えませんか?」―――その力こそが最もカルブが求めるものであり、アクラブの最も好むものである。「勿論個人でも構いませんよ。例え1人でも、交渉が成立するなら私達は不殺は守ります。それほどまでにここは危険ですもの」 初めてカップが左を向く、その先は観客席の中でも一際豪華な貴賓席、そして中は見えないがその天幕の中には件の領主が居るそうだ。「私達は領主に用があってこの大会に参加していますが、これまで遭遇した経験から、ここの領主は怪しいを通り越して危険と私達は判断しています」『私としてはまずかったらスグ逃げてくださいネ。あの町もそうですガ………最後に見えた骨の山でほくそ笑む領主が、残念ながら怪しくないとは言い切れませんカラ』 ふと世界司書の言葉を思い出す。そういえば世界樹旅団も自分達の世界司書に似た存在が居ると聴く、もしかしたらカップ達はこちらに無い情報を持っているのかもしれない。「カップ=ラーメン、交渉は済んだか?」 コーラスアスがこちらに歩いて来るのが見えた、残りの2人は見えない。「あと少しです、ところで京之清さんは?」「雛に預けた」「そうですか。あぁこれで私達からの交渉は以上です、この先は交渉後にお話ししましょう。それでは私達は先にあなたがたと同じ参加者用の宿泊施設に戻らせていただきますので、気が向けば部屋まで来て下さいね」 それでは、と言って彼らは会場から去ろうとする。このまま彼らと共闘を結べば、確かに町での危険はかなり減るだろう。しかし世界図書館と世界樹旅団の仲は決して好いとは言えないし、何より何故彼らがここまで譲歩するのか、明確な理由がはっきりしていない。 それらも含めて、あなた達4人は行動を開始しなければいけない。その結果がどんな物となるのか、どんな状況になるのかは未だ誰も知らない。
0日目 「ここまで思い切りが良いと反応に困りますね」 「そうか? むしろ潔いと思うが」 場所は町の宿場の一室。 『共闘……魅力的な話しですがフランが許さないでしょう。しかし、交渉の努力はします』 「え、結んでいいんじゃない?」 「いーじゃない、立ってる者は親でも使えって言うでしょ? 向こうが手ぇ抜いてくれるって言うなら素直に受けときましょう」 「どっちかって言うと手を抜くよりは生存率上げるためなんですけど……」 大部屋の中にいるのは定員の倍近い6人と1匹と1体。頭に数字が浮かんでいない以外は年齢種差性別全てに共通点の無い彼らは、ここカルブの町を調査するため、一時的な協定を結ぶために、ここへ世界図書館と世界樹旅団、両方の参加者が全員集まっていた。 「何で共闘結ぼうとするの? ナラゴニアや竜星の一件知らない訳じゃないでしょ」 参加者の一人、チェガル・フランチェスカが切り出し、周囲に若干の緊張が入る。彼女達の所属する世界図書館とカップ=ラーメン達の所属する世界樹旅団の関係は、お世辞にも良好とは言えない。 ナラゴニアは先月6月に世界図書館側が世界樹旅団の本拠地で起こした事件全般を指し、竜星は今月までの世界樹旅団側が世界図書館の管轄するヴォロス・紅い月に見守られてで起こした事件全般を指す。詳細は省くが要約すれば彼らは世界群を跨いで何度も戦争しあう仲である。 そんな犬猿の仲である両組織、それも図書館側からすれば自分達の世界群を侵略している相手からの共闘の誘い、彼女のように何かあると訝しむのは自然な感情だ。 「……まぁ、こうして全員がいらっしゃった事ですし、全員が共闘に納得したと仮定し、こちらとしても知る所は話して良いでしょうか?」 チェガルの問いにカップが周囲を見回し、全員から頷く等の了承の意を受け取った。その了承を受けて、ポシェットから1枚の写真を取り出し、机の真ん中に置く。 「随分と貧相な男ね」 臼木・桂花が写真を覗き込む、頬がやや痩せこけ灰色のローブで顔の半分近くを隠す、有り体な魔法使い風のが写っていた。 「この男性は魔法使いです、そして竜刻を使った実験を行なっていました。これまで私達はこの男の持つ竜刻及びその召喚技術を得ようと追跡していましたが、最後に男の情報源が途切れた後にこの町は出現しました」 竜刻とはこのヴォロスに残る独特の魔力の一つだ。過去にこの地を支配した竜の残照の一部であり、その魔力は他の追随を許さぬほどに強力で、今なおその量と質がこの地の勢力図を分けるほどに重要な産物である。 「この男の研究は古代の、それも竜刻の強化・製造技術を持った都市の技術再生を目論んでいました。勿論伝承由来のため信憑性は低いのですが、少なくとも竜刻を暴走させずにこの町が出現したことを考えると彼の実験は成功したのでしょうね」 「ふふん……」 (ほぅ、何とも魅力的な話ですね) 竜刻を使用することで魔法の武具や連隊を強化することはあれど、竜刻自体を強化する話は聞いたことがない。もしその話が本当なら、恐らくヴォロスだけではなく両組織にとっても興味深い話だ。それを察したふさふさは感嘆し、質問しようとトラベルギアの手とチェガルからの案であるトラベラーズノートでの筆談中。彼は参加者の中では最も賢いが、その正体は犬であるためこのような手段が必要なのだ。 『では、この町が件の技術があるなら既に加工済みの竜刻があるはずです。その竜刻の保管場所の目処はついていますか?』 「残念ながらこちらもついていない。この魔法使いの行方も分からないままだ」 「そうなると怪しいのは領主かしら……優勝が会える」 「でもやだなぁ、絶対何かありそうで逃げたいですね、割と本気で」 「でも潜入とかそっちは苦手だし、こちらは闘技場自体が罠としてもそれを勝ちあがるしかないかな」 「そうでしょうね。今の所最短解答が領主に会うのはこちらも私達も同じですし、領主側も何の対策も怠っていないとは思いませんから」 『では、今回の共闘の最終内容は「町でのお互いの戦力温存と情報交換」、及び期限は「この町の謎が解明するまで」が妥当でしょうか』 「そうですね、その領主の実力が『虚幻要塞』のような制御不能レベルの戦力を有するなら、あなた方や私達だけでは危ういでしょう。少なくとも応援が呼べるまではお互い仲良くしましょう」 「じゃ、この辺で解散にしません?」 とりあえず大まかな交渉は成立した。後はお互いが3日間を乗り切り、可能な限り情報を集めるだけだ。思い思いに行動を起こす中、ここまで喋らなかった最後の魔女が部屋を出る前に部屋の旅団員に言い放つ。 「勘違いしない事ね。私は貴方達の言葉を信じるからこそ交渉に応じるまで。もし貴方達の言葉に嘘偽りがあった場合は……わかるわね?」 「……少なくともここの人達は約束は守ります、それは私が保証します」 カップは居住まいを正したまま静かに応えた、コーラスアスと松方・京之清が視線を向けても最後の魔女は動じない。だが同じく喋らかった小野田・雛の不安げな視線に気付いた時、僅かに眉をひそめて彼女はその場を発った。 場所は変わって宿泊施設の外、念の為旅団側に見えない遠目の位置にふさふさはいた。 (しかし、彼らは我々より情報を持っていそうです。ギアを諜報ロボット代わりに飛ばしましょう。空気振動解析で会話を盗み聞き、出し抜くのはそれからでも間に合うはずです) 勿論盗聴の話は誰にも話していない。組んだとはいえ相手は世界樹旅団、少しでも寝首をかかれない保証は無く、少しでも有利に事を運ぶための彼なりの対策だ。 そして彼のトラベルギアの浮遊する手は音も立てずに一室の格子戸、コーラスアス達の泊まる部屋に張り付いた。そこから壁から集音体になりそうな部分を選定、そして会話による振動を収集しようとスイッチを入れた瞬間、爆発音が3つした。 そして爆発音と同時にふさふさとそのトラベルギア、更に部屋付近の外側に待機していた、竜星から拝借した改造済みアヴァターラが消えたのだ。 「おい!? 何が起きた!!」 勿論爆音なので窓を開けたコーラスアスを含め周囲の宿泊者達が何事かとざわつくも、そこには誰もおらず、ふさふさの盗聴作戦は町の規制魔法によって阻止されたのだった。 1日目 「多分それも『魔法』と判断されたのでしょうね。ここの規制法はポジティブリストに近いのかもしれません」 舞台は宿泊施設に近い酒場。ここは武闘大会参加者御用達の店として宿場の従業員に勧められた店で現在ロストナンバー達は第1回目の情報交換を行なっていた。 「ぽじ……てぃぶ?」 「ハイ質もーん、その『ポジティブリスト』って何?」 『「原則としてすべて禁止とするが、認可するものだけを一覧表とする」……成程、この町では合理的な規制法でしょう』 「つまり、どういうこと?」 『その方法が魔法であれ科学であれ、申請したものを除き町で判明できない技術は全て町の外に転送される、ということです。しかしこれはすごい技術だ』 難解な単語にジュースを持つ雛が小首を傾げ、チェガルが空いた皿を横に寄せつつ質問するが、一早く理解した食後のふさふさがカップの代わりに答える。 「そうですね。2km四方の町を隈なく補う範囲性、一動作すら見逃さない判断精度等、私達も参考にしたい技術が散りばめられています」 思った以上に早く1回戦が終了し夕食にありつく中、唯一羊皮紙の書類に筆を走らせるカップ。ちなみにこれが16枚目、全員が共闘するとは思わず、その追加分の回復役と移動役を申請していた。ちなみに他の旅団員も何らかの申請はしているが、図書館側はヒッグスジェネレータでの移動用にふさふさが申請しただけだ。 「それにしても相手がホント弱すぎワロタだよね」 「……プルコギにすると美味しそうねぇ」 「!……参加者の人は食べちゃだめ、ですよ」 新たに来たフレンチトースト風のデザートを突きつつ問うチェガルに、フォークを持ち舌なめずりをしながら最後の魔女が別の意味で答え、慌てて雛が訂正する。 『確かに彼女の粘着弾でその場に動けなくなった瞬間全員が戦闘放棄しましたからね。あっけなかったですが無駄な消費を抑えれたので良しとしましょう』 「しかもこの町の新情報を事前に入手していたのですね」 「でもその功労者があれじゃねぇ……」 言いつつ皆の視線の先は今日の功労者の、デフォルトフォームのポチと雛のワームのゴー君に介抱されている桂花と京之進が居た。彼らが功労者と言われるのは2時間以上前…… 「「カンパーイ」」 2人は何杯目かの乾杯をあげていた。きっかけは桂花からのお誘い、彼女は確実に治療を取り付けるために、唯一飲酒を好みそうな京之進を酒場に誘った。そして酒盛りをする中目論見は成功、実は酒好きの京之進に用意したシェリー酒1本につき1人の治療を受諾させたのだ。 「ところで蠍の宝って何なのよ、全くぅ。蠍なんて串焼きにして酒の肴でしょ」 「え? 何すかそれ?」 「ついでに言えば天上の恩恵ってぶっ殺すって言ってんのと同義よね」 「桂花さん桂花さーーんねぇねぇ『蠍の宝』って何ですか?」 「宝?あぁそれ。たしか……町と領主の『名前』からね」 「なまえ?」 「そう名前。名前ってさぁ、大体昔の場所程その名前に『意味』が付いてるが多いのよ」 「ふむふむぅ」 「で、別世界とはいえ確か『旅人の言葉』でアタシ達が解る言語に翻訳されるじゃない」 一息つくように一口、会話しつつもお互い手のジョッキは離さない。 「アタシってさぁ、アラビア語も仕事で少し覚えてるのよ。そっちにあった単語だけど」 「ほぉん」 「そしたらさぁ『蠍』と『宝』が出てきたのよね。そこから天上の恩恵とか絡めて考えるとあの男のセリフって勝ち残ったお前たちの異能を、我に寄越せって言ってんのよね、超意訳すれば」 「えぇ、何その処刑宣言やだぁん」 「だから共闘は大歓迎よ?私たちがどこまで勝ち上がるかどうか分かんないけど。そっちがくれるってんならありがたく受けるわよ」 「こっちこそ、僕も死にたくないんで出来るなら協力しましょうよぉん。ささもう一杯」 そして大事な話をしつつも飲み続け、泣きついたり絡んだりした結果が現在の状況である。 だが、とりあえず町の攻略に使えるヒントが見つかった。次の日からはそれをモチーフに探せば何かあるのかもしれない。その日の情報はこれだけだった。 2日目 魔法の音が一瞬で止んだ、戦闘が終了したわけではない、魔法が全て無くなってしまったからだ。 「な!……全体魔法か?」 「だがあっちのゴーレムは生きてる!?」 全ては最後の魔女の最後の魔法に由来する。アヴァターラに搭乗したふさふさが重力シールドで防衛する間、彼女の唯一にして最強の魔法、己が認めない全ての魔術、技術、時には超常現象すらを無効化する魔法を完成させ、相手の魔法を全て無力化したのだ。 見た目だけなら両陣営の魔法が突然止まったように見えるだろう。だが魔法使いの1人がスリングで投げた薬液入の小瓶は、アヴァターラの搭載するヒッグスジェネレータ由来のフォースフィールドによって数十倍の加重を受け、図書館側に当たる前に急速に落下した。 「ギャッ!」 「お、おい、ヒッッ!」 魔法使いの1人の肩が凍る、先程まで大量の雷炎に晒され遮られていた桂花の冷凍弾が命中した、もう1人は電磁加速で一瞬の内に間合いを詰めたチェガルの突進に怯え、対応する間もなく構えたカイトシールドに弾き飛ばされた。だが1人は辛うじて反応できた模様、持っていた長剣でチェガルを切り伏せようとする。 しかしその剣は儀礼用の刃無し、そして儀礼用しか持たない彼に近接の心得は勿論なく、チェガルは直ぐに振り向きその腕を挟み、固め、ひねり、あっという間にマウントポジションへと移行する。 「……ということは死ぬ可能性もあるんだよね」 「は?」 ふと、何かを思い出したかのようにチェガルが呟いた。 「闘技場に死亡を防ぐ魔法かかってるってわけでもないだろうし、うっかり殺っちゃっても事故だよね」 「……! こ、降参する! 負けだ!!!」 視線は魔法使いを見ていない、傍から見れば読みにくい亜人の呆然にも真顔にも採れる表情に、彼は何かを感じたのか、慌てて降参宣言をする、これで3人目になった。 その瞬間終了の角笛と、勝者を讃える喝采が聴こえた。チェガルの手が緩んで直ぐに魔法使いは慌てて逃げ出す。彼女は追わなかったが、ふと思い出したように魔法使い達が消えた方向へ呟いた。 「あ、コレ旅団には秘密ね?」 「あ……」 闘技場の観客席で、雛は最前列でブツブツと呟きながら試合に集中している最後の魔女を見つけた。 雛は最後の魔女に過去二度遭遇している。最初は自分達を助けてくれた人として、二度目は自分達の敵としてだ。そして今回は共闘を採っているため戦うことは無いが、それがいつまで続くのか、そもそも彼女が雛をどう思っているのかは判らない。だからこそ刺激しないように、争わないように離れようとして、 「待ちなさい」 「え、あ、ゴメンなさい。邪魔しちゃ」 「邪魔ではないわ、それに」 反射的に立ち去ろうとする雛を最後の魔女が制す。 「今日の私は調子が宜しくないから貴女と争う気はないわ」 「………」 少しだけ考えて、雛は最後の魔女の隣へ座った。そして2人は試合を観戦する。 どちらも自分から話しかけるのは苦手な人間なのか何も語らず、少しだけ堅い雰囲気の中淡々と試合を眺める。 「……最後の魔女さんは、信じていますか?」 ようやく雛が口を開く。 「今日の私たちは、魔女さん達と争いたくないって」 最後の魔女は答えない、雛もまた口を閉じる。暫く時間が経ち、ようやく次の対戦相手であるドワーフのチームが優勢になってからやっと口を開く。 「そうね……旅団自体は信じていないわ」 「……」 「でも、貴女を信用する元気なら少しは残っているかもね」 「! あ……」 思わず雛が振り返るが直ぐ顔を戻してしまい、結局彼女が次の試合に出るまで顔を合わせることは無かった。 「施しのつもりかしら?」 「あ、あの、魔女さんお昼食べてなかったから、食べたほうが元気に行動できると思って」 雛が差し出したのはせんべいだった。最初は訝しむ最後の魔女の反応に焦るも、先程のように怯えて巾着袋に戻しはしない。その巾着袋には青いリボンがあしらわれていた。 「そう、ならもらってあげてもいいわ」 「!……はい」 その言葉に子供らしい嬉しそうな表情を浮かべてせんべいを差し出す雛、そしてせんべいを受け取った瞬間。最後の魔女が一瞬震えた。 「魔女さん?」 「くっくっくっ……、シールドアタック破れたり!」 「え?」 雛が分からず小首をかしげるも1人だけ理解した最後の魔女は高笑いしそうな勢いで観客席から離れる。どうやら彼女なりに次の対戦相手の情報を掴んだようだが、周囲の人間には何が起きたのか理解できなかった。 「何不様に這いつくばってるのかしら?」 「バレない為です」 廊下を暫く歩いていたらゴキブリ走法の京之清が居た、因みに2人以外にこの屋敷には人間が見えない。本来なら護衛や下男等の家来がいそうな屋敷に、まるでここに何も無いかのように全くの無防備だった。 「ここまで居ないとむしろ興ざめね」 「まさか屋敷全員で試合見に行ってるんですかね」 最後の魔女は3回戦を放棄した時間でこの領主の屋敷を捜索していたが、ここも町と変わらず、むしろ闘技場以外にはとても高度な魔法技術が搭載しているのかと思える程に中身の装飾や家具等も『普通すぎた』。故に今の所気になるものは全く無かった。 「まさかここが山だからって地下施設とかは無いわね」 「う~~ん、少なくとも地下道らしき空洞は調べたんですけど……」 再び床を叩く京之清、地下の倉庫含め怪しい場所は全てチェックしたが、それらしい場所にはかすりもしない。 「うぎゃ」 「静かに」 京之清は突然背中、次に頭を最後の魔女に踏まれた。しかし抗議の声は次の台詞で止まる。 「誰か寝ているわ、人間?」 2人は覗き込む、中は寝室だろう。天幕とカーテンに覆われた室内は日光を遮り薄暗いが、その中央のベッドには確実に人型が見て取れた。 それを受け最後の魔女が入室する、しっかりとした足取りだが厚いカーペットのおかげで音は幸い聞こえない。京之清が危ないからと後ろで手招くのも無視して、天幕をかき分け中のカーテンを剥がし、ベッドの中を覗いて………… 甲高い音を立ててラージシールドが真っ二つに割れた、瞬間これまで防戦主体だったチェガルが攻撃へと展じる。 (チョロい任務ですね。小竹君のおかげでヴォロスでも文明の利器が使えるようになったので助かります) きっかけはふさふさの『弱い砲』の盾への照射。不思議な名前の兵器の中身はウィークボソン放射によるβ粒子崩壊光線である。 このビームは照射した物質の原始構造にβ崩壊を起こさせ、連鎖反応を起こすことで物質の崩壊・爆発を誘う。ただし近接にチェガルや桂花がいるためその出力は最小限、僅かにドワーフ達の盾の一部をへこませただけだ。 だが1箇所だけで十分。その箇所によってこれまでチェガル達の攻撃を受け流していた3点アーチ構造の最大の利点である力の分散性を、一部を不均一化することで全体的に著しく減少させ、数十度目の斧槌からの衝撃を耐えられないようにした。解説すると複雑だが、様はせんべいを効率良く割る方法を戦闘に応用したのだ。 防御の要であるラージシールドが壊れれば防具を含めても攻撃の半分は通るようになる。最初に盾が壊れた1人は桂花の火炎弾を受け、最後の1人は割りきったチェガルからの電撃によるスタンで動けなくなっていた。2人が残りの半分を対処しているため、これ以上ふさふさの行動はもはや必要無かった。 「……美女でしたよね」 「……」 気付けば京之清は昨日の酒場に居た、横には最後の魔女もいる。2人は本当に先程まで領主の館に居たはずなのに、今は宿泊施設の酒場で座っている。 話題は最後に見たのは豊満な女性。ベッドの上で体をねじり、下着に近い程に薄い服と腰まであるぬばたまの髪を体に絡め、突然現れた2人にも驚くことなく艶やかに微笑んだのは覚えていた。が、これは京之清の感想。 「おっぱいでっかい」 「そっちじゃないわ。どこに目が付いてるの?」 「……」 彼の目線がどこにあったのかは想像にお任せするとして、最後の魔女はそれよりも重要な2つの事実を気づいていた。 「あのティアラとネックレスはどちらも蠍がモチーフだったわ。それとあの下……」 魔女の印象は2つの装飾品、どちらも鶏卵に近い大きさの蒼と赫の宝石を中心に、6つの横に伸びた金細工と細やかな宝石で彩られ、真下に伸びた真珠連は見方によっては蠍のモチーフに見えた。そして彼女が最も危険に思ったのは、 「脚がなかったわ。いえ、脚の下が黒くて……何かにくっついてた?」 何も見え無い下半身。あるのはシーツと一体化しているような厚みの無い、むしろ一点の切れ目もなくベッド全体を覆う黒色は、もはやベッドというよりは脚部の一部のように深く、さらに下まで続いているように見受けられた。 「皆に伝えるべきね。少なくとも領主は人間じゃないわ」 「ちょっとちょっと、何隠そうとしてんの?」 試合終了後の町中でチェガルは、偶然カップがウッドパッドを操作しているのを目撃した。ここまで旅団員がウッドパッドを使用しているのは見ていない。自分達もふさふさ以外は特にトラベラーズノートを使用していないが、何をしているのか気になるのは人の性。こっそりと草木の代わりに人の波に身を隠し、その中身を覗こうとするも、寸前のところでカップが何かボタンを押した。 「いえ、隠すではなく情報が見当たらなかったから消しただけですよ。あ」 つまめば意外と握力がなく、簡単にウッドパッドはチェガルへと渡る。そして操作から10秒もしない内に、気になる物を見つける。 「ほんと?あ、でもこの『クランチ』ってドクタークランチ?」 「何時の内容ですか、普通は最新を見ませんか」 「だって見たら『……ありがとな。カップ』じゃん、コウなんて知らないし。そもそも何でありがとうなの?」 「……暑中見舞いの返信でしょう。意外と季節ものは喜ばれますから」 「え、なに今の間」 「いや、他人にメッセージを見られたら気まずいだろ」 ひょいと頭上から伸びた腕がチェガルからウッドパッドを回収する。正体は身長180cm超えのコーラスアスだ。 「コソコソするほうが悪いんでしょ。そもそもカップとクランチってつながってんの?」 「クランチ? あぁよくカップが修理と情報売買に行くあそこか。何故そんなことを聴く?」 「ほんとソレ?」 「大丈夫ですよ、この人の嘘の下手さは保証できます」 「なるほど把握した」 「呼びに来た人間に対して扱いが酷いな、貴殿ら」 「それよりなに用って?」 「あぁ、最後の魔女達が領主と思しき人物について知らせたいそうだが、おいチェガルフランチェスカ! 先に行くな!!」 情報と聞いて早足に戻るチェガルとコーラスアス。その後ろを徒歩で歩くカップの表情は気のせいか常よりも無表情に見えた。 「私が渡した時は待受画面だったはずでしょう、何故……」 3日目 「魔女っ子キョウちゃん、超参上! あと手加減だってちょい完了!」 「忘れないでよ。シェリー酒にキスも付けたんだから」 太陽が傾き始めた頃、決勝戦が始まろうとしていた。 舞台に立つのは世界図書館と世界樹旅団、世界司書の予言通りの同じメンバーに、これまでと変わらず各々が戦闘準備を整えている。 図書館側はチェガルが最前衛、その後ろに控えるようにアヴァターラに搭乗したふさふさと足を広げて軽く足場と標準を整える桂花と、その後ろでふさふさに守られるように立つ最後の魔女だ。対して旅団側は最前衛にコーラスアス、一歩後ろの左横にCDを1枚口に含んだカップ、更に闘技場ギリギリの最後衛に京之清が変身したキョウとワームを入れている容器らしきものを握る雛が見える。 角笛が鳴るまでに軽口を叩いたのはキョウと桂花のみ。他は少しでも勝利に繋げるため、作戦への調整と相手の考察に余念がない。共闘しているとはいえ肝心の領主に会えるのはこの2組の内1組だけ。 否応にも緊張が高まる中、開始の角笛が響いた瞬間、最初に動いたのはキョウで、標的は最後の魔女だ。 「当ったれ~~ぃ!」 それは彼女お得意のビーム。ただしその長さは短い分10以上の数のビームを一気に出し、数撃ち戦法で最後の魔法を潰すつもりのようだ。しかし魔法弾は魔女の目の前でふさふさのフォースフィールドによって全弾曲線落下、最後の魔女を傷つけることはなかった。代わりに外れたビームの発光と大量の大理石からの粉塵が前衛周囲の景色を曇らせる。 「カップ・ラーメンを狙わないのか……!」 「は、あんた馬鹿? わざわざ見える地雷を踏むなんて!」 次いで響くのは盾と盾、コーラスアスのスモールシールドとチェガルのカイトシールドがぶつかり合う音、チェガルは腰を落として相手の人外じみた突進を受け流し、反応できるようになった瞬間バスターソードで相手の左腰を狙う。が、すぐに反応したコーラスアスがスウィングの要領で長剣で対応、1度体が離れ2・3度打ち合いの後、正面からの鍔迫り合いに入る。 「「私の名前は最後の魔女」」 1テンポ遅れて最後の魔女の詠唱が聴こえる、中身は勿論第2回戦でも披露した最後の魔法。こちらも出し惜しみせず即効で相手を無効化するつもりだ。 「「この世に存在する最後の魔女」」 「センちゃん、ギュウくん、前に出て」 雛の声を背に、何十匹ものスカラベに似た蟲、次いでオオムカデに似た10m弱の多足類の虫が現れる。 「チクちきゃっ!」 だが3体目は桂花の冷凍弾によって中断された。事前のチェガルからの情報を参考に、主の雛を集中攻撃することでこれ以上の召喚を防ぐ。そしてセンの自動防衛によりセンの行動を半不能にした。だが、ギュウには効いている様には見えない。 「「ここには私以外の魔女は存在しないし」」 (……これは拙いですね。最後の魔女さんの言葉が『二人分に聴こえます』) ふさふさが最初に違和感に気付いた、次いでここで全く動きが見えないカップの存在と、その能力から連鎖的に1つの可能性を導き出す。 (フォースフィールドは詠唱終了まで最低20秒維持。弱い砲は光線より波長障害有。APFSDS範囲内に味方1人、となると……) その対策がM61式20mmガトリング砲。今回のアヴァターラの改造物の中で最も古典的で対人性に優れた回転キャノン砲が唸りを上げてキョウとカップへ襲いかかる。 「ちょ、いたいたいたいたいたいっ!」 「 「私以外に魔法を扱う者が存在してはならない」 」 声音が二人分から二重に僅かにずれた、それによって残り全員も何かに気付く。そして一早くチェガルが口からの破壊光線でカップの方向を焼こうとするが、その光線は1回戦でも観戦したコーラスアスの火球に消費した。 「しつこい男は嫌われるよ!」 「仲間を守れるなら甘んじよう!」 「あ、そっち向いちゃダメ!」 「……っ!」 「ギュウちゃんあれに抱きついて……!」 1発だけキョウが放ったビームを反射的に桂花がよけれた瞬間、雛が初めて命令し、アヴァターラにかぶりつくギュウ。対してアヴァターラがヒッグスジェネレーターで再調整後、近付いたワームへ弱い砲を照準した瞬間。 「 「何故なら……私が最後の魔女だから」」 最後の魔女の魔法が発動した。 派手に降り注いだキョウのビームが消えた。もう一度噴こうとしたコーラスアスの火球が消えた。 同時に桂花のトラベルギアが停止した。チェガルの雷の塊も体内から消える。そしてヒッグスジェネレーターを含む全機能が停止したふさふさの乗るアヴァターラはギュウによってあっけなく観客席まで押し出される。 「センちゃん、魔女さんを包んで」 「!!」 そして2方向からの攻撃が無くなった雛が自身のワームで最後の魔女を包み込む。 「やっぱりこれは機械だ。痛みも呼吸もない」 粉塵が完全に途切れた場所にカップの変身した最後の魔女が立っていた。左腕が力無く垂れ服はバルカン砲によって所々が破れているが血が出ていない。 チェガルだけは知っていた。彼女は過去にナラゴニアに訪れている、そこでカップ=ラーメンの変身時間は5分以内だと知っていた。だから変身中は様子を見、能力を見極めるか変身が解けた瞬間にポシェットを強奪し、その隙を打とうと考えていた。だが彼女はもう一つのカップ=ラーメンの特性、『旅団の誰にでも変身できる』を忘れていた。そして旅団の中には『相手の能力全てをコピーする』者が居た。 そしてここからはふさふさと同様、最後の魔女に変化することで両陣営の殆どの技能を無力化を試み、結果として全員を『大きさに沿った一般的な強さ』に変えたのだ。それに添えば今一番強いのは雛のギュウだ。今の状態で襲われればおそらく…… 「え、チョット!」 チェガルは観客席へ駆け出した。今は余裕をもって勝てないと、自分の目的が果たせないと確信しての撤退だ。その様子に桂花が慌てるも、彼女も状況を判断すればこの無謀さに気付くだろう。 町の調査、戦うことではなく町の情報を得るために参加しただけだからこそ、この先の町からの襲撃を警戒するために彼らは棄権を選んだ。
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