「本当に来るのかしら?」 呟いたのは最後の魔女、気付けのシェリー酒を飲もうとしているのは臼木・桂花だ、横にセクタンのポチもいる。 時刻は4日目夜明け前、場所はカルブの町から離れた場所でロストレイルの一時停留場に近い所だ。「まぁ、あっちの言ってることは筋が通っているわね」 彼女達は一時避難でここに居る。決勝戦が終わった後意外にあっさりとした表彰式を終え帰宅した世界樹旅団から、本日の朝にに領主に会う為の使者が部屋に訪れる情報を知り、何かあった時用に彼女達2人は連絡・情報用に山の外れまで避難し、残りのロストナンバーが町の襲撃に備えている。「ここまでやって何なんだけどまさか一杯食わされてないわよね。ほんとここで待ってるのも結構辛いのよ」 今日まで彼らは旅団と共闘を結び、可能な限りの情報収集等の相互互助を行なってきた。未だ町の目的が解明されていないため裏切る可能性は少ないが、夏とは思えない寒さにもし予想が外れた時の無駄足を思っての発言だが、それはすぐに次の音から杞憂に終わった。ジュッ「……何これ」「山が……!!」 突然右手に何かが焦げる音がした。痛みも音も無くとも気になって見ればそれは黒い蠍の文様。そして最後の魔女の発言に桂花が振り向いた時、「あれキョウのじゃない?」 闘技場からはしるスッポライトにも似た太い閃光を見ながらチェガル・フランチェスカが指摘した、どうやら申請していない技術は外ではなく、今度はあの闘技場に集められるのだろうか。思いながらも6方向からの青い光が照らす中町の屋根の上を彼らは走る。 現在居るメンバーは図書館側のチェガルとふさふさ、旅団側のカップ=ラーメンと小野田・雛の4人。ふさふさはアヴァターラに搭乗したままだが、10m近い長身でありながら陥没もなく思うよりも滑らかに屋根を移動し、その後ろをチェガルとカップが続く。そしてカップの背には雛が背負われておりその表情は足の痛みに耐えるよう、苦しそうに歪んでいる。「ねぇ、どんどん足の石が宝石になってきてるよね」「……恐らくコーラスアスにも同じ症状が出ているのでしょうね」 2人の視線の先には雛の苦痛の原因である右足の、血よりも鮮やかで紅い宝石に注がれていた。「逃げろ……っ!」 それは外の2人が異変に気づく数分前、場所は宿泊施設の世界樹旅団の泊まる部屋。此処では残りのロストナンバーが今夜訪れるという領主からの使者に会う為、基町からの襲撃に備えて現在残った人員で早めに起床しその対策案を討論していたが、その相談も突然倒れた2人の異常で終了した。「コーラスアス、雛さん……!」「周りに敵は!?」『レーダーには接近する影は有りませんね。いえ、むしろ少な過ぎます』 周囲のデータを確認するもそこには時間ゆえ寝ているのか動かない駒と起きたてなのか判らないのろのろと動く駒は見受けられる。しかしあまりにも数が少ない。どう見積もってもここに暮らす町民を示す記号は誰一人探知できなかった。「2人も倒れてはこちらからの襲撃は不可能でしょう。被害を減らすために桂花さん達のいる町の外へ避難するべきでしょうね」「あんたが雛を運ぶの? コーラはどうすんの」「彼は難しいでしょう、変身が解けかけています。彼の元の大きさでは私達では運べません」 食べ物を食べられないカップ以外には右手の文様が現れていたが、先に倒れたカップと声も出ず蹲る雛だけは文様の代わりにそれぞれ肩と足が青と赤に輝いていた。カタッ 音の聞こえた先の住人に全員が振り向き、その異形な姿ににチェガルはクロスボウをお見舞する。それを避けずに受けた異形―――スケルトンは頭蓋骨を壁に縫い付けながらも進もうとしたところを変身済みのキョウのステッキでバラバラになった。「ダメ、下から複数上がってきてるよ」「皆さん屋根の上をつたえますか?」『可能です。搭載するヒッグスジェネレーターにより屋根を崩すことなく移動できるでしょう』「転びたくないなぁ、キョウちゃん戻り玉で先逃げるね」 階下から来る軽くも多い足跡を聴きながら全員が逃走経路を確保、キョウのみが透明なガラス球を壊して煙を吐き出し、一足先に部屋を出、図書館側は一足先に外に出る。そして既に変身が解け始め全身を赤い鱗に覆ったコーラスアスにカップが何かを耳打ちし、雛をおぶって逃走を開始した。カルブの町が、正確には町のある山が動いていた。「蠍って確かにアタシ言ったけど、蠍って黒いはずでしょう」「それよりも何かしら、あの光」 まるで頭のない蠍に似た山には脚が8本生えている。内2本は他の脚よりも丸く太いハサミ状、更に足の他に丸い節を重ねたような蠍独特の尾が1本見えた。 更に彼女達に遠視の能力がなかったが、もし見えたなら草木の少ない岩肌から何万体もの人骨等で構成され、そこに下山途中の不幸な旅人が捕まり飲み込まれる様を見ることになっただろう。 そして彼女達の方角からも、山の上部にある町から6つの青い光が浮かんでいるのが見えた。「とりあえず2人に聞く必要があるわ」「それより山ごと動いてるってことは、方角が分からなくなるわよ。だったら……」 最後の魔女がトラベラーズノートを出す中、桂花が偶然にも問題点に気付く。そして桂花は対策を採るためにプラスチック拳銃を取り出して上空に何かを打ち出した。 花火にも似た赤い玉が空に咲いた、桂花からの信号弾だ。(ふむ、光弾の方角に行けば最後の魔女さん達とも合流できるでしょう。そして奥に見えるのはロストレイルの可能性、恐らく私達の救助用でしょう) 規制法にかからぬよう強度の高いアームを使い、登ってきたスケルトンの露払いを行いつつ、レーダーから新たな情報、ロストレイルに酷似した信号に気付く。先日トレインウォーを図書館側は経験したが、これがトレインウォーに経験するかは疑問だ。 現在ふさふさ達が対峙するスケルトンの能力は下手をすれば一般人よりも劣る。数は多かれど対話不能にまで知性は下がり、闘技場から離れる毎にその数も減少していく。町の建築技術のおかげで屋根が抜けることなく容易に端に到達した。しかし、「……空中ダッシュもつかな」(まずいですね、ヒッグスジェネレーターは地面に対して斥力を発生させる装置です。このままでは間接的とはいえあの地面に接触するでしょう。それよりは先程の光源6箇所もしくは領主に対し何らかのアプローチに回る方が好いですね) 町の外は骸骨の海だった。殆どは人の形が多いが種類によっては亜人にも見受けられる骨に埋め尽くされている。そしていくら城壁の上からでもその骨が呼吸するように上下に動いているのが見えるため、それを踏むのは危険だと判断できた。そして少なくともふさふさには脱出が不可能だった。「……ゴー君、戻っていいよ」 その言葉が終わるか終わらないかのうちに上空を黒い影が覆い、それと同時に何万本もの割れる音を鳴らしながら巨大な虫が骨の大地を踏み砕く。そして骨からの妨害にも動じず虫はどんどんと巨大化してゆき、あっという間に山の根元まで到達した。「これで……た、ぶん、逃げれる……」 相変わらず痛みは持続している中、皆を避難させようと雛が促す。確かにゴーの上に乗れば避難できるかもしれない。「あ、私は乗りません。最悪雛さんだけでも帰ってもらいます」「な、ん……!」 だが、カップは乗車を拒否し、その行動に雛が理解できないように驚く中カップが答える。「未だ青い光の謎が判明されていません。町の謎に触れるでしょうし、何より2人を迎えに行きます」「……」「2人は無理じゃない。少なくとも動けないコーラは動けないでしょ」「理論上はそうかもしれませんが、見捨てれないのです。ですがあなたがたはこのまま雛さんのゴー君に乗れば無事あなた達は戻れるでしょう。これ以上の危険を犯さないならそれが正しいでしょうから」「わふっ?」 此処でふさふさとチェガルにも例の文様が浮かんだ。「ですがこの先これ以上の情報を探すなら町に残る方が宜しいでしょう。一度離れれば情報交換は不可能ですから。そして残るならあなたがたと協力し続けたいです」 ふとチェガルが空を見た。そこには小さいながらロストレイルらしきものが見えた。「だからこそ改めてあなたがたに聞きたいです。ここで降りますか?それともまだ危険に足を踏み入れますか?」
「巨大ワームに巨大サソリ。まるでこの世の終わりのような光景ね。……くっくっくっ、終末の日は近いわ」 2つの巨大な虫が見える。白い蠍の上に黒い芋虫が乗り上がる姿は、山に近い大きさと相まってさながら壱番世界なら怪獣映画のワンシーンにも見える。しかし事前の情報からあれらは戦うことはしない。この後黒い芋虫は主を守るために白い蠍から朝日が昇るまで逃げ回るのだ。そして白い蠍の上ではロストナンバー達が竜刻の幻影と戦っていることも彼女、最後の魔女は知っている。 彼女はロストレイルに乗り込まなかった。ここから離れればまず危険に曝されないにも関わらず、目の前の非常識を楽しむかのようにそちらへと向かう。 目指すは黒い芋虫の側、右手のトラベラーズノートからの返信で主と共に乗り合わせる手筈は済んだ。後は合流するだけだが、それ図書館側の目的である大地の赤を奪うためでは無く、ただ傍で行動したいという気持ちからくるもの。そしてその理由は彼女しか知らない。 『お馬鹿さん達のマネは気が引けるのですがやるしかないですね。天才の私が肉体労働などと……』 寄ってきたスケルトンを壁に吹き飛ばしながらふさふさは一人ごちる。 『それにしても領主がバゴッグだったとは驚きました。あのサイズに対抗できるのは私と旅団のデカトカゲだけでしょうから引き受けますよ。ヒッグスジェネレーターが生きていてよかった』 彼が向かうのは領主の居る館。現在そこで戦闘中と思われるコーラスアスに加勢する形で町に特殊な魔法を施す領主アクラブを倒すためである。 勿論剥き身のままで挑むのではない。現在彼が乗るのは『朱い月に見守られて』から調達した10mを超える2足歩行型兵器アヴァターラは、ヒッグスジェネレーターによって巨体に見合わぬ滑らかな動きで時折スケルトンを跳ね飛ばしながら領主の館に到着する。 『さて、あまりに高度な技術は阻害されやすいようです。『弱い砲』は使わないことにしましょう』 突入前に装備の再確認、この町ではアヴァターラの技術のようなヴォロスの水準以上の技術を使うとキョウ達の居る闘技場に転送され、大量のスケルトンに囲まれて戦う事になる。一応領主の館でこの条件が発動する情報は無かったものの、用心を重ねて主武器を『弱い砲』からそこそこ打撃に強く構造も一番単純な『M61式20mmガトリング砲』へ変更を行う。 その途中で入口の扉がはじけ飛ぶ。それは屋敷の内側から、人と同じ大きさの巨な大蠍が投げ出されたことに由来する。しかしそれは未だコーラスアスが生存し、中で領主のアクラブと戦闘を続投中という彼にとっては好ましい情報だ。 『では、気を取り直していきましょう』 故に驚くこともなく、心配もなく彼は屋敷に突入して行った。 それはただのヴォロスの一般的な住宅に見える。しかしその屋根からは淡い青い光を放ち、中は家財道具の代わりに複雑な魔法陣が所狭しと書きめぐらされている。 正体はこのカルブの町に巡らされた魔法陣の1つで、この魔法陣の所為で現在カルブの町の広場にいる人間の寿命を奪い、現在ふさふさ達が退治するアクラブの力に加える装置の一部だ。 その特異故に建物の中には2体の蠍が魔法陣を、人間と同程度の躰と丸太のような毒針を揺らしながら徘徊している。そんな魔法陣を守護する蠍の、巨大に相応しい黒い光沢のある装甲を、大型バイクが踏みつけた。 ボキボキと何かが折れる音は一瞬。直ぐに蠍を乗り越えて、ナナハンクラスの巨大バイクは魔法陣を形成する真っ白な粉末を空中に巻き上げてそのまま突っ切った。 扉を破壊し建物から出た際上を確認する、すると先程まで輝いていた青い光は無くなっており、最後の魔女が送った図書館からの情報は本当だったのだとチェガル・フランチェスカは再確認する。 「それじゃ近い場所から順よ、急ピッチで進めないと」 バイクの運転手が告げる、チェガルの頭1つ以上大きい大柄の女性は変身したカップ=ラーメンで、変身が切れない内にチェガルを運ぶ為、そのまま速度を落とさず残りの蠍を相手にすることなく走り出す。後5ヶ所魔法陣は存在する、ふさふさの目論見が外れた以上、これ以上アクラブに力を蓄えないために、広場にいるキョウ達生存者の寿命をこれ以上減らさないようにしなければいけなかった。 (今んとこは大丈夫かな) 彼女が危惧するのはカップの変身能力。現在移動は主にカップの能力に依存しており、町での事前申請により限定的に使用出来るが、何時その能力を看破されてこれも止められるか判らない。どちらにせよ如何に短時間でこなせるかが作戦の要だ。 スケルトンが1体が屋根から降りてきた。しかし直ぐ様チェガルは気付きコンポジットボウを構え発射、弓矢は服に見事引っ掛かり縫い止められるようにスケルトンはそのまま屋根に引っかかる。こうして単体なら弓矢1つでかたはつくが、如何せん数のわからない敵数では、緊急回避か体巨大蠍以外には使えない。 「後1分で次に変身にするわ。その時も移動だけで殆ど相手しないわよ」 「そうだね。あんま無駄遣いできないし」 残り時間は町の広さとこれまでの最後の魔女からの新情報と作戦の整理、ふさふさの作戦の為に待機していた時間を考えれば町の住民達の相手は出来ない。故に本心では快く思わない相手であるが、今は相手を利用するのが最善だ。 本来の目的を今はひた隠し、最後の魔法陣が消えるまでチェガルはカップと協力して効率よく魔法陣を破壊していった。 小野田・雛の後ろで爆音が轟いた、しかし彼女は振り向かない、鈍った体を這いずって正面の景色を必死に見渡し、打ち込んだ人間を探す。 「……今までこれを使わずにとっておいて正解だったわ」 探した人間ははすぐに見つかった。もう少女の乗るワーム、ゴーから10mも離れておらず、先程打ち出した『最後のラッパ銃』の反動で右腕をだらりと伸ばしながらも、構わないといった様子で雛の元へ、最後の魔女は歩み寄る。 そして最後の魔女の目の前にゴーの足が一本差し出され、それに彼女が乗れば意外と繊細な動きで揺れることなく彼女を少女の傍まで運んだ。 「魔女さ、ん……私、にげたく、ないの!」 少女が息も絶え絶えに叫ぶ。 「カップさん達、まもりた、い……!」 叫びは町に残した仲間、今は逃げなければいけない事を理解するも幼い思いは完全には納得していない。それゆえに雛は訪れた最後の魔女が自分を遠い所に連れ去るのではないかと危惧していた。しかし最後の魔女の返事は違った。 「それより足を見せなさい」 その言葉を雛は最初理解できなかった。 「天上の恩恵だなんて所詮はまやかし。もし雛さんがこの天上の恩恵とやらを魔法と思い込むのなら……私はそれを無力化してみせるわ」 しかし次の言葉で少女も理解したのか、一度頷いですぐに右足を差し出す。 「……ピュウ君」 が、突然思い出したように雛がポケットから茶色い虫を呼び出した。 「!」 そして雛の指差す最後の魔女の右腕に、見えない口から真っ白な糸を吐き出し、外れた肩を柔らかく包みながらも、固定する。 「脱臼なら……糸で固定すれば、動くの」 「それで成功率が上がるとでも?」 「だって痛そう……!」 「……」 二人の後ろで突風が吹く、最後の魔女が振り向けばカルブの大蠍がこちらに向かい始めていた。先程の砲撃で胴体を貫通した穴は、既に肉眼で見えないまでに小さくなっている。これではラッパ銃で何度風穴を開けてもせいぜい数分足止めできるだけだろう。だからこそ雛はゴーで逃走を試み、 「すぐに無力化できるわ。何故なら、私は最後の魔女だから」 最後の魔女は雛に取り付いた大地の赤を無力化を試みることで、カルブに打ち勝とうとした。 「フサフサ!!」 2体のモンスターがエントランスホールで戦っている。叫んだ1体は1年近く前に見た、アヴァターラよりもはるかに巨大な赤銅色のワイバーンで共闘を結ぶコーラスアス、もう1体は最後の魔女達の情報通りこぼれそうなほどに熟れた上半身をぬばたまの髪に絡ませた、下半身はコーラスアスと同程度の巨大を誇るアンドロスコーピオンの領主アクラブだ。 情報通りにその裸身に黄金の装飾品が見えるも特徴的な赤と青の宝石があるはずの場所に宝石はなく、代わりにコーラスアスの左肩には青色の宝石が、まるで脈打つようにぬらりと煌めいている。 『ふむ、どうやら件の宝石がデカトカゲの肩に寄生しているようですね。宝石自体が竜刻と同性質のエネルギー媒体なら考慮すると極力刺激を与えない方が好いでしょう』 「ヨケロ!」 『おっと』 2m後退する事でアクラブの投げた柱の巨大破片を避け、ふさふさはアヴァターラの背に貼り付けておいた浮遊する手を操作、程なくして手はアクラブの装甲の一部に触れ、先日使った空気振動解析のスイッチを入れる。勿論会話を聴くだけでアクラブに影響があるわけではなく、手に気もとめずにその巨大な脚でコーラスアスの尾をへし折ろうとしているようだ。 『ふむ、接触による転送動作無し、領主のサイズを見る限りトラベルギアを飲み込ませることは不可。ならば制御魔法を利用した逆流崩壊案は棄却、フランさんに魔法陣の破壊を依頼、後は……これこそただの力技ですが』 事前に作成しておいた定型文をチェガルに送信し、ふさふさを乗せたアヴァタアーラは発進。大きく円を描くように回り遠心力を追加して2体の間、コーラスアスの天上の青とアクラブが接触しないよう間に割り込む。 「グオゥ」 その隙をつきコーラスアスは空いた左腕の爪を尾を掴む足に爪たて、半場強引にこじ開けて脱出に成功する。 「カンシャ……!」 礼を言おうとして止まったのはふさふさの書いたコーラスアスにも分かるヴォロスの言語で書いた指示書、内容は『私が引き付けてる合間に攻撃、私に毒は効かない』のみ。だがそれだけで彼は理解し、その指示に応える様に反撃へと転向した。 「お、蠍の文様は消えたね。ついでに制御魔法も消えてくれたかな?」 最後の魔法陣を己の弓矢でかき消し建物の青い発光の消失した瞬間、また何かが焦げる音と同時に右手にあった蠍の文様は消失した。後これは闘技場の魔法も司るので、少なくとも領主の館にいるふさふさ達がこれ以上危機に陥る事は回避出来た。 「ではここに居る必要はありません。全ての魔法陣を破壊した以上キョウさん達と合流すべきでしょう」 そしてカップは新たなCDを噛み砕き新たな人間、移動役ではなく回復役に変化する。 「それより領主の館に行かない? あっちにコーラがいるらしいよ」 「それはあの時来たメールの情報からですか?」 「うん、カップも行かないの?」 ここで本来ならカップはキョウの所に行くはずだった。コーラスアスの場所を教えられても、キョウの話からチェガルが自分を付け狙う相手だと知っており、これ以上同じ場所に居れば流石に何か仕掛けられるのは明確だったが、 『図書館に捕虜分あるし、図書館の技術力で解析したんだよ』 それは少し前のチェガルの台詞。それはカップが何故チェガルが何の迷いも無く世界樹旅団のウッドパッドを使用できたのかという質問に対しての回答。そしてその回答にカップは納得できなかった。 ウッドパッドは世界樹旅団の所持品の1つ。過去の事例から図書館側に複数個流れている可能性は否定できないが、敵対関係の組織の情報を知れる重要なツールを、情報の漏洩やこちら間への人物の密輸入の危険を孕む物を、彼女のような重要職でもないロストナンバーに無償で提供するなど、組織としてはまず認められないと到底信じられるものでは無かった。 「分かりました。参りましょう」 だからこそあえてチェガル誘いにのる事にした。仮定とはいえ正当な手段で入手していないウッドパッドを使用した形跡がある人物を、味方に危害を加えるかもしれない人物を、カップは放置することが出来なかった。 既に空は薄く色付き、陽が昇るまでは後数分も無かった。 (何故完全に無力化しないの?) 隣にいる雛は確かに移動用のゴーを操れるまでに回復した。そのおかげで順調にカルブから効率よく距離をとり、危険に晒されること無くここまで逃げることができ、足にある赤い宝石以外は何の異常も見られない。 しかし足の大地の赤は全く外れる気配はなく、それどころか…… (……混ざっている?) 魔法を使っているからこそ感覚的に、しかし確実に竜刻の魔力が雛の体を駆け巡っているのを最後の魔女は感じる。しかし雛に悪影響を出していないため、こちらも問題ないように見える。しかし、彼女は今の好調の中でも言いようのない、判らない不安を拭えずにいた。 「朝……!」 太陽が顔を出した。それはこの逃走から解放される合図、そしてそれはカルブの体が崩壊する合図でもある。 そして太陽と共に現れた陽光がカルブに掛かった瞬間、ズン、と何かが沈むような音が聞こえた。遠く故直接彼女達には見えなかったが、それはカルブを形成する骸骨が崩れる音だ。 「魔女さん、逃げれたの。これで、大丈夫だよね」 僅かに雛の声音が上がる。それは目的を達成できた安堵と、やっと町にいる味方を助けに行けることへの歓喜に彩られている。 「行けるかな?カップさん達、助けたいの」 その笑顔を見た瞬間、本当に一瞬だけ、今までの不安が杞憂に思った。しかし、後方の彼女達にも陽光が当たった瞬間。 「雛さん!!」 「……!?」 雛の体が赤くなる。それは陽よりも赫い血の色で、血管に沿った文様を浮かばせながらじわりじわりと少女の体を赤く染める。そしてその赫色は彼女の柔らかい肌を宝石のような光沢と硬質に変化させてゆく。 「縮んでゴー君!!」 雛が叫ぶ。ワームが暴走して最後の魔女や、カルブの町や他の誰かを傷つけないようにするために。 「全ては平伏す! 最後の魔女の許に!!」 最後の魔女は宣言する。限界以上の魔術を駆使して雛が、『あの子』のように戻れなくなくなる前に。 それはほぼ同時、そして発動完了も同じく同時で、最後にお互いが目的を達成した瞬間どちらも意識を手放した。 パキリ、と卵の殻が割れる音がする。その音はアクラブの人間部から聞こえた。 人間の血管の様に細い網目模様は、チェガル達が全ての魔法陣を止めた瞬間から発生していたが、今この瞬間からそのヒビは一気に雛と同様人間部に広がった。 ふさふさだけは理解する。それは移動前に貰った最後の魔女からの『最後の瞬間を目撃せよ。終焉の時を欲する時、我の名を呼べ』というメッセージ、そこにこれまでの行動から恐らく彼女の発動した最後の魔法がここまで届いたのだろう。だからこそアクラブがそれを改善しようと魔法を使おうと手を掲げるも何も起きず、その表情が驚愕と苦悶に彩られる。 一瞬ふさふさはコックピットから脱出すべきかと思案した。現在アクラブの下半身はコーラスアスの尾で地面に縫い付けられた。猛毒のある尾もこのままアヴァターラの自動操縦で拘束し続ければ後動くのはアクラブの人間部のみで、その胴体もひび割れたが進行した姿を見る限り、このままなら足場に浮遊する手を使い喉元に噛み付けば決着が着くという考えに至る。 だが、ふさふさはコックピットから出なかった。まるで落雷と同じ見落とすような速さで出現した相手を確認した後、その必要が無いと悟ったからだ。 「ハイスラアアアアァァッシュッッ!!!」 それはスケルトン達が何の脈絡もなく崩壊した事で、同じく町最後の魔法が使われたことを知り、過去の最後の魔女との交渉によって己の特殊能力は使用できることを知っていたチェガルの会心の一撃。 アクラブに避ける術はなくその一撃を胸に受け、完全にバスターソードが体に差し込まれた後に、悲鳴を上げることなく黒く細かい砂の塊へと変わり、緩やかにロストナンバー達の前で霧散した。 「!!」 そしてアクラブ溶け始めた瞬間、コーラスアスの左椀部が青く輝く。それは魔法を立たれたアクラブに広がった文様に似ており、それは雛に発生したあの文様同様彼の滑らかな鱗を更に艶やかに硬く変質させようとした。だが、 「シツコイ!」 何を思ったのかコーラスアスは剥がれぬと分かった瞬間、腕ごと天上の青を地面に叩きつけ、『バキッ』と明らかに石の割れる音が周囲に響いた。 「ないわーー」 その音を聞いた時、チェガルはこの行為を先日アヴァルタ地方の神格になった某ドラケモ愛好者を思い出した。宝石が竜刻の一種である以上この行動は神格として罰当たりなのか、ワイバーンの命が助かった以上愛好者としてはナイスプレーだったのか、そんなどうでも良いことが頭をよぎる。 『デカトカゲではなくバカトカゲに名称を改める必要がありますね』 ふさふさは完全に冷めた目でコーラスアスを見ている。竜刻の暴走は場合によっては村一つ破壊できる強力な代物だ。それをブラウン管テレビを直すかのような原始的かつ乱暴な彼の手腕に、呆れ以外の感情が思いつかない。 「……イヤ、コワス、ツモリハナイ、ゾ」 そして図書館側の当たり前の反応に、落ち着いたコーラスアスがバツが悪そうに一番の巨体を縮こませて行く。 「……良かった」 そんな中最後の魔法の性質の恩恵を受けられず素体で走ることになったカップがやっと到着した。そして見渡してすぐにコーラスアスの方は完全に危機を脱した事を知り、チェガルの追跡を忘れてしまったかのような、ロボットらしからぬ顔を見せる。そんなカップの様子にチェガルが気づいた瞬間。 先程と同じ特殊能力とバスターソードで、今度はカップの胸部を貫いた。 「「「…………!!?」」」 ふさふさは思順する、この突発的な状況で何をすべきかを考察することで感情を排し冷静であろうとした。 コーラスアスの思考が停止する、何故共闘を結んだ相手が自分の相棒を刺したのかを理解し損ねたから。 チェガルは驚愕した、あれほど強敵と思っていた相手があっさりと破壊できた事が逆に信じれなかった。 だからこそ確実に息の根が止まるように、刺したバスターソードは引き抜かず左手だけで一度カップの体を軽く固定、空いた右腕で背中のグレンスフォシュを取り出しその人よりも細い首部分に斧の刃を打ち付ける。 だがここでコーラスアスが反応した。チェガルの打撃でカップの首が飛んだ瞬間、彼女の胴体よりも太い尾が手加減一切容赦無く彼女の胴体に叩きつける。 木の葉の様にチェガルの体も宙に舞う、そして自身の腕よりも何倍も太いコーラスアスのカギ爪が目に入った瞬間、残りの体内の電撃を使った空中移動で必死に上空へと逃げ延びる。そのチェガルを逃さぬようコーラスアスが追おうとした瞬間、その背にバルカン砲の20m弾が嘗める。 「……!」 『残念ながら共闘はここまでのようです』 誰が見ても関係は修復不可能だった。こちらが相手を殺害した以上信用してもらう事は至難であり、共闘を組むメリットが見い出せない今は味方をこちらが殺されない様に応戦すべきとふさふさは判断した。 そしてふさふさの判断は傷の癒えていないコーラスアスにこれ以上の追撃は不可能だと理解させる。そして理解した瞬間迷うことなく彼は首の無い、未だ剣が刺さったままのカップの体を掴み、外へと逃走した。 「カップガ! コロサレタ!! キョウヒナ! ニゲロ!!!」 山の外にも聞こえる程に巨大な咆哮。それは相棒を殺された怒りを含みながらも、これ以上図書館側に殺されないように、未だ会っていない味方への注意を喚起させる。事実その発言を聞いたキョウは直ぐに己の魔法で瞬間的に町の外へ脱出した。 だがコーラスアスの叫びは雛には届かない。最後の魔女にしか届かない。 結果的にはカルブの大蠍から2人は逃げ延びた。雛のワームは暴走せず、最後の魔女がかけた最上級の魔法によって少女は『完全に』大地の赤になる事はなかった。 雛の右足は赤い宝石を中心に萎縮している、これはカルブの呪縛を完全に取り除いた竜刻だ。この竜刻はカルブのように蠍になる事無く、最後の魔女の魔法の特性も影響して暴走を起こさないよう、剥がれていなかった『雛の躰に混ざって沈静化』したのだ。 最後の魔女は抱きしめる。息はある、鼓動も聴こえる少女が目を覚まし、これ以上悪いことが起きない様に願って。震える自身の体を抑えながら、せめて朝焼けの冷気で少女が冷えないように気遣って。 しかし、ふさふさ達が戻って来ても、治療を考えて0世界に運ぶ間も、結局小野田・雛は目を覚まさなかった。 【Fin】
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