「ちょっと待ってよ」ぱしゃぱしゃと小さな水音を出して段々状の足場を渡る。2人分の足音以外は今現在聴こえない。「仕事にその殺気に付き合う条件は有りません。後足が浸かりますので足元にご注意下さい」 前を進むカップ=ラーメンは応えない。新たに出現した場所が安全か、無事この先が調査できるか目前の水たまりを探るように進んでいく。その後ろを人でも分かる、明らかに不快な表情をにじませて、ついて行くのはチェガル・フランチェスカだ。「は、何言ってんの。そっちが無くてもこっちがあるんでしょ」「私が受けた仕事はこの洞窟の調査です。私の破壊は含まれていません」 この押し問答は十数分続く。洞窟に入った時からカップが調査している後ろをチェガルが着いて行く。依頼を受ける以上はチェガルもこなさなければいけないのだが、彼女はするそぶりも見せない。「はぁ?じゃ私が殺させろって言ったらアンタ死んでくれるの」「現在進行中の依頼3件に支障が出る為、お断りさせて頂きます」「は?なにそれ、ただの逃げだよねそれ」「……どうやって逃げろと。そもそもそれに何の意味がありますか?」 ここで初めてカップが振り返る。「そもそもターミナルの住民同士の殺害が許可される規則は知りません。そしてこのような記録が残る依頼で行えば証拠が残るのは確実でしょう」 カップに表情は無い。元が機械とはいえ極限まで人に似せた白い顔には、歩き続けた疲労感すら見えず、どこか不気味で、「だから何?欺瞞?」 そして小さな苛立ちをチェガルに与える。そんな感想を隠すことなく、紫陽花色の瞳で分からせようと彼女は正面から見返す。「例えば世界図書館なら希望地への帰属化が可能です。条件は有りますが素行で足止めされるのは好ましくない筈です」「う~ん帰属とかは特に考えてないけどさ。帰属する前にてめぇは、絶対ぶっ殺すってだけは心に決めてるんだよね」「………………そうですか」 折れたというよりは諦めたように、反論も弁明もなくカップは再び歩き出そうとして、ふと気づいた。上に何かある。持ってきた照明で見る限り入り口と同じ黒ゴマ模様の天井に、赤黒いものが見える。赤黒い? いや光度を考えればもっと明るい、血肉色の塊が「向かっているのに」気づいた時、どちらもそこから飛びのいた。大きく、水気を含んだようなべちゃりという音も加えて、巨大な管が垂れていた。管に見えるのは少しイソギンチャクに似た、やけに節々ばった肉塊で、直径だけでも余裕で人1人は囲めそうだ。「馬鹿野郎。何ぼさっとしてやがるっ!」 奥を見ればカップがすでに変身して、二丁拳銃の連撃を打ち込んでいた。天井部分がたわんでいた。やはり天井に擬態していたのだろう。銃撃を受ける度にたわむ所は今のところ2・3ヶ所だけだが、天井の一部に集合しているとは限らないので、実際はもっと居ると考えるべきだろう。「とっとと足止めするから先に出てろ!」なおもカップは避難を促すも、チェガルは逃げる気など無かった。チェガルが参加した理由は彼らの存在があった。この洞窟には、何らかの原因で強力なモンスター大量にはびこっている、という情報があった。「強力」で「大量」のモンスターがこいつらなら、いくらしぶといカップも数の暴力があれば絶対足止めできる。……いや、もしかしたら壊してくれるのではないかと夢見ていた。 しかしここまではまだ絵空事だ。過去に何度も遭遇し、何度も対峙したあのカップ=ラーメンが、確実に倒れるとは思えないのだ。 だから確実に壊すためにも、自分が殺す、いや、殺したい……! そんな高揚を抑えるように彼女はまだ体を低くする。 ここは如何にカップをここに足止めさせて、モンスターに襲わせれるかが鍵となるだろう。勿論モンスターは自分も襲ってくるだろうから自分の身を守るのも大事だ。止めが刺せない。カップがどこまで自分を攻撃するのかは未知数だが、それでもこのチャンスを逃さない為にも、今は考える必要があった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>チェガル フランチェスカ(cbnu9790)ラーメン・カップ(cttn6319)=========
まずは天井を見上げる、天井は思った以上に平らだ。てっきり鍾乳石がつららの様に下がっていると思ったが、あの魔物が削ったのか元からなのか、思った以上にとげは少ない。魔物の方ならうれしいけどねぇ、と思いつつチェガル・フランチェスカは破壊光線を吐き出す。 思ったよりも空気が震える。さすがに穴は空かなかったが、ばらばらとゲリラ豪雨の様に降る鍾乳洞の破片は一部だけに降り注ぎ、後追うように3つ、トラックサイズの巨体が落ちてきた。3つの内2つは奥の方に、1つは勿論先程から戦っていたカップ・ラーメンの目の前に。 (カップはぶち殺す、ボクは帰る。両方やらなくっちゃぁいけないのが、魔物を利用する辛いところだね) チェガルからはカップの顔が見えない、思った以上に距離を採っているのは警戒しているのだろう。 (おっと、ぶち殺すは使っちゃいけない、ぶっ殺した、なら使っても良い) しかし彼女にとってはどうでも良い事。今は舞台を揃えることが最優先だ。折角殺すのだから自分の理想通りにと云う、相手が殺しに来ないのを知って、自分の夢を膨らませながら、彼女はモンスターへと跳躍した。 「よっと」 まず大きさの割に2mに満たない高さの山を2回に分けて飛び移る。思った以上に滑らかな巨体は悶える時点でも滑りやすい。爪も立てて注意して登るべきだろう。そんなことを思いつつチェガルはその頭頂部で腰を落とし、体重をかけてバスターソードを突き刺す。 思った以上に貫通しない。ゴムのような弾力は斬撃よりは突進系統の攻撃が効くのだろうか。 「わわっ!」 その巨体が走る。情報通り巨体に見合わぬ速さで、地底湖の段々を乗り上げるように直線に滑る上で、慌てて踏ん張るように今度はバランスを保つ。ロデオというよりはジェットコースターに乗っているが近いと彼女は一瞬だけ思う。 そして巨体は壁に激突し、その衝撃は彼女を簡単に振り落す。転がると同時に感じる痛みは打撲ではなく刺し傷。転がることで受け身をとったが巨体がぶつかったことにより剥がれ落ちた鍾乳石がまきびの役を果たしてしまった。 (おいィ? 速すぎでしょ。これじゃカップの様子見とか色々できないし) 天井に戻るモンスターを他所に慌ててカップを探せばすぐに見つかった。最初よりも距離が離れている。相変わらず二丁拳銃でモンスターをけん制し、だが場所は入り口に近く、もし退路確保の為に入り口に引っこまれると逃げられる可能性が出る。 波打つような音に気付き、飛ぶ様に横へ避ける。今の巨体は余分に落としたもう1体のモンスターだろう。またここの奥側に向かって突進、いや、たぶん上へ戻るためだけか。チェガルからかなり離れた真横を通り過ぎる。ついでに実験代わりに電撃を打ち込もうと雷を蓄えたところで、銃声が近づいているのに気付き別の方へと放った。 転がるようにでカップは避けた。てっきりその拳銃が打ち消すか何かするかと思ったのに少し拍子抜けした気分になる。転がりながらもカップ視線はチェガル……よりもかなり天井を見ているのか近いのに視線が重ならない。さすがに嫌な予感がしてチェガルが上を向けば、 「うぉいっ!」 チェガルが思うよりも近くにあのぶよぶよな口が居た。先程落とした2体と下に居る1体以外、確か残りの2体の内1体か滑る1体を眺めている間に寄ってきたのだろう。銃弾が当たっても僅かしかひるまなかったので今度はカップに使う筈だった雷をモンスターに向けた。 「おっ」 ビグンッと大きく震えた後、舌ごと動きが止まる。思う以上に雷は有効打のようだ。びちゃりと舌が落ちて来るのを確認しつつ、まだカップが近づいてくるのに気付き、殺しに来たかと思ったが、確か攻撃をしない限り相手は攻撃しない筈なので一応は救助なのだろう、走っているし。まぁ概ね上から落ちてきているモンスターから援護するためだろう。なら、あれが出来るかも知れないとあえて彼女はすぐには逃げなかった。カップの警告は自身の霧散でかき消された。尚好都合と、一歩遅れて階下の地底湖の1つへと落ちる。 背中が冷たい。すぐ後ろで巨体が落ちるとかかる水しぶきがかなりかかる、風圧も強いが事前に落ちたので着地には問題無い。 着地点にカップが居る、既にその口にCDをくわえて後ろのモンスターへ身構えている所に、顔を合わせず交差するように着地する、 「今の内に」 その先は聞かずすぐさま電磁加速で反転、ロストレイル襲撃時とは少し違う形で背後をとる事になったが、カップが本気で助けようとしているのでその背をバスターソードで刺す。 が前に走られて貫通は果たせない。追おうとした瞬間に、あの波打つ音が聴こえる。仕留め損ねていたのかと舌打ちを覚えつつもすぐにチェガルはバックステップでカップが最初にやっていたモンスターを逃がしつつ、すぐさま段々を上りつつ、一部の段差に追い詰めようとする。 「何をしていますか?」 「近接武器でやろうと思ったらこうするしかないじゃん。馬鹿なの?死ぬの?」 CDを食べながらも喋られるのは口にスピーカーでも仕込んでいるのか、相変わらず表情のない淡々としたカップの警告にチェガルが啖呵を切る。なぜ逃げる必要がある? こっちが追い詰めているのに次に変身する姿ではチェガルが勝てないと思っているのだろうか? 「逃げて下さい」 「は、どの腕下げて言えんの?」 カップは右腕だけでなく右脚にも力が入っていない。前のように停止させることは出来なかったが、弱点が同じなのは変わらないようだ。このまま変身が完了しても刺せば今度こそ壊れるかもしれないし、方向も変えればもっと壊せるかもしれないという期待感が色々を拒絶する。 「ならその雷を」 「雷撃てって?そんなぽんぽん使えると思ってるの?アホなの?」 「しゃがめ!」 カップは攻撃しない。格闘家風の巨漢になり体幹全体を使うことで上から伸びてきたモンスターの口をはじく。口はどうやらもう2本あり、ここでチェガルもモンスターが集まっているのに気付いた。このままだと雷で足止めしても巨体に押し潰されるだろうなと感じ、しかし出した雷を戻すのもどうかと思いふと、戯れにカップへ放った。 「!!」 がくりと巨漢は半端な姿勢で止まる。そういえば相手の見目は人型で、特に人間は高圧電流で痺れさせる可能性があった。もしや隠れた能力で電気に耐性があるかと思ったがそんなことは無く、動けなくなることはモンスターに狙われやすくなることで、狙い通りにモンスターがカップの半身を喰らう。声にならない悲鳴を上げながらもうれしい事にしぶとく左腕で残ってくれた。 「シュゥーーー!!」 そこへ少し自分の目線より持ち上げられたカップへ電磁加速を用いたドロップキックを繰り出した。とっさに防ごうと左腕でカバーをしたのを皮切りに、支えを無くした身体が不快な音を立てて飲み込まれる。ぐぶり、という音は本来ならば生理的な嫌悪感と自分もなるかもしれない恐怖を感じるところだが、チェガルには達成感と同時に逃走しようとしてふと、考えてしまった。 ………上手く行き過ぎてない? 「………………」 チェガルに傷は殆どなく、すぐにチェガルは戦線離脱し、特殊能力全開で入り口まで戻って来た。 現在は入り口の前で戻ってきたカップを正味1時間程待ち伏せしている。傍から見れば半身麻痺の状態でモンスターの腹に入り、更にモンスターごと4・5mも叩きつけられたのだ。通常ならまず助からないが、カップなら助かるだろうと彼女はにらむ。だからここで待ち伏せをしているがその表情は優れない。 (つかさっさと出て来い。どうせ俺杖でワロスなキャラで絶対死んでないんでしょ?) 相手の言動が掴めない。自分の中でのカップのイメージは極端な能力者に変身して自分達の勝利をかっさらう理不尽な存在だ。そんな本気を出せば倒せそうな存在が先のガンマンも、巨漢も「自分でも倒せそうな程弱い」、そう感じる程度の相手しか変身しておらず、その裏を予測しようとする。人をおちょくっているのか? それともただの作戦? 作戦なら意図が知りたいが残念ながらチェガルはカップに答えを聞く選択肢は外している。 下手をすれば思い通りに行かないのでは? 「ふざけるな……」 そんなの許せない、カップが存在するのだけは許せない。こっちがどれだけやっても、あいつだけを殺そうとしても、何時もふざけた理由で阻まれる。最早ゲームのようなチートか? 強キャラか? 折角依頼を捨ててまでしたのを、また遮られるのか? それだけは絶対に避けたかった。 ……ガリッ 金属音が、聴こえた。小さいが、確実に洞窟から聴こえた。 (……!!!) やっぱり生きていた! 確信による興奮か警戒による緊張か解らない血流で頭が冷えて行く。レンジャー技能で足音を極限まで抑えながら、洞窟の死角へと身を潜める。 (戦士たる者、戦闘中でも時間の把握はバッチリ。変身効果時間のも分かるさ) 決めていたセリフが頭で先走るが、体は中へ向かわない。音はややくぐもった、未だ変身しているかもしれないからと、急き立てる気持ちを押さえて、金属が擦れる音と共に足音が連なり、それは一歩一歩と大きくなって行き、入り口の数m奥で途切れた。 (引きずってるならもっと怪我して動けないとか? 後口にCDくわえてないよね? いや、さっき含んでても喋れたしあぁ、何でこっちの死角側を歩いてんの、これじゃぁこれじゃこっから見えない) 服に手をこすり、緊張で浮き出た脂汗を拭き取る。武器が滑り落ちないようにし、相手の身体をかち割れるようにスティレットではなくグラディウスが好いかもしれないと思った時、 「3」 最初は言葉の意味が分からなかった。 「2」 次にその声が変身前の弱いやつの声であることに喜び、足に雷と力がこもる。 「1」 最後はスプレー缶の漏れるような変身音に不快を表わし、左手を軸に飛び出し、今度こそ音の方へと突進した。 カップは防御どころか構えてすらいなかった。まるでマネキンに突進したかのように軽い体は弾け、少し空中を浮いてから地面にチェガルごと落ちる。カップの右腕と右脚は体の一部ごと無くなっていた。そのままモンスターに食いちぎられたのだろう。そのまま自重で無理やり体を、心臓より少し上の部分を貫くと、あの時のようにカップの全身の力が緩むのをその身で感じた。彼女の全身が粟立つ。 あぁ、死んだ。いや、まだ刻まないと、今度は回収しても治されないように刻まないと、と思った矢先、1つの破裂音に固まった。 それはカップの身体から、正確には左手の近くからこぼれたものだった。変身した見目は世界樹旅団の街並みにいそうな一般人の、ほんの少し武装した女が持っていたのは旧ナラゴニア産の手榴弾かもしれない。そのガスがどんな効果か判らない為これ以上吸わない為にも直ぐにでも離れなければいけないのに、 チェガルは声をあげた。何と言ったか自分でも思い出せない。 ただ息を止める事も逃げる事もせず、馬乗りのまま叩きつけるようにグラディウスで刻む。薄く着色された肉があふれ、ひび割れた眼球用のガラス片が飛び散っても潰す。集中による脳内麻薬が薄れ、忘れていた疼痛が全身を舐めるように沸き戻っても、グラディウスをグレンスフォッシュに持ち替えて肋骨部分を叩き壊す。 妨害しようとしたのだ。また自分の行動を邪魔して、自分の作戦を無駄にして、自分の思い通りにさせないようにしたのだ。それが実を結ばなかったとしても、その行動がチェガルには許せない。 べこりと何かの蓋が曲がり、めくれる。カップの心臓部であるのは明確だ。でも片側だけ。もっと細かく叩き割るためにグレンスフォッシュを構えようとして斧が滑った。とうとう手榴弾の煙が効いたのか、それとも疼痛とここまでの疲労が混ざったのかも分からない。それでも首のスティレットを突き立て、てこの原理ですき間をこじ開けようと全身の力を籠めようとする。体が疲労か、それとも極度の興奮かしびれしか感じない。 とうとうチェガルは倒れた。ぶっ殺す、と意気込んだもののもっと壊したかった。傍から見れば大破しているが、そもそもカップがどこまで壊せば死ぬのかすらも最早判らない。 本当に死んだのか? そんな漠然とした不安を残しながも彼女は一度意識を手放した。 【END】
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