オープニング

 ざあざあと揺れる波間が真珠の如き光を放ち、空へと還す。
 孤島同士が仲の良い、とある地方の出来事だ。
 一人の女が美しい男の首を欲した。
 身分を、身体をかけて手に入れた男の躯に、女は手をかけ美しいと愛を紡ぐ。
 華奢な腕に抱かれた首、『人殺し』の名を背負い、女が愛した男の生首。
 時の支配者が罪への処罰を言い渡した後(のち)、女はあえなく処刑へと。
 愛した首は処刑場から海に落ち、海魔によって食われ、取り込まれ――
 今は魔物の一部として女が彼に見たかのような、美しい真珠となって人々を魅了するのだ。

「噂話みたいなものですけれどね。それで、そうした美しい真珠はサロメの真珠としてこの島近辺では有名なんです」
 ブルーインブルー。真夏の太陽にも似た、暑い日差しが旅人達を照らしつけている。
 いつものように世界司書の依頼を受けた面々は現在、考古学者を名乗るミラーと共に、大海原を渡り目的地へと向かっていた。
「おいおい、ミラー。サロメの真珠の話か? あんたの小石趣味は知ってるが、あんなもん取れやしないって」
 甲板の上、舵を取りながら一行の乗った船の航海士が鼻で笑い、ミラーを馬鹿にする。
 どうやらこのミラーという考古学者は真珠か、或いはそういった物を蒐集する趣味があるらしい。
「ああ、いやいや、そうですね。今日は護衛でしたね。はは、僕としたことが……」
 船内の木はあまり良いものではなく、細く繊細な考古学者が歩いても頼りない音を出す。そんな音色と同じように、彼もしょげた顔を苦く微笑ませながら地図を開いた。

 *

「今回の依頼はブルーインブルーの遺跡探索を行っていただきます」
 導きの書を捲るリベルは書から目を離さずにそう言った。
「遺跡、という単語ですとそうですね……壱番世界で言う所の機械文明が無いものを想像するかと思いますが、この遺跡はその逆です」
 書のページをまた捲り、リベルは潔く集まった旅人達を見据える。
 彼女の依頼に集まってから説明を受けるこの数分間、無駄なお喋りは一切出来ずに、面々は遺跡とは何か思考を巡らせては彼女を見た。
「ブルーインブルーの遺跡とは、壱番世界のテクノロジーを遥かに超えた、いわばサイエンスフィクションの世界を想像していただければ良いでしょう」
 別々の世界から来た旅人達だ、リベルが言う説明を分からない者もいる。
 単極に言えば、ブルーインブルーの遺跡は動かない機械なのだともリベルは言う。
 そもそもあの大海原の世界は元がテクノロジーの世界、発見される遺跡とは古代の遺物であるから当然そういったテクノロジーが廃れ、ただの鉄の塊になった場所を指すのだと彼女は説明するのだ。
「今回探索して頂く遺跡は。それ自体が孤島になっており、内部は子供の膝下程度には水没したままです。規模としても小規模、道も狭く人間の子供二人分の道幅が続くと思っていただければ良いかと思います。当然テクノロジーとしては使い物になりませんし得られる情報も少ないか、無いも同然になる可能性もあります」
 ならば何故依頼をするのか、問いただせばリベルは一度小さく首を傾げ、
「今回お願いしたいのはその遺跡探索に加え、探索をする考古学者の護衛も兼ねております」
 遺跡孤島に生息するのは『人魚』であると彼女は淡々とした口調で告げた。
「人魚と言いましても、海魔に知能はありません。人の形に似た形状の敵であると認識して頂ければいいかと思います」
 半漁の形で現れる為、現地でついた名称が『人魚』実態はその姿に目を奪われた人間を食らう海魔である。
「攻撃しにくい相手かと思いますが宜しくお願いいたします。――それと」
 リベルから考古学者ミラーの名前、特徴を記された紙を手渡され、新たな冒険へ旅立とうとする一行へ、彼女は跡付けの注意事項を告げた。
「人魚達は倒せば真珠になります。これは現地で有名な宝石であり価値のあるものですが、考古学者もこの石に興味を示す可能性があります」
 つまり、護衛を得て強く出た考古学者がむやみに人魚に戦闘を仕掛けるのを、止めてくれという事らしい。
「敵は人魚という名に似合わず水没した浅瀬移動を得意としています、遺跡内に点在して生息しておりますので戦闘は避けられないと思いますが、むやみに攻撃をすれば深海に潜む仲間もやってくるかもしれません。皆さん気をつけてください」
 いってらっしゃいませと告げられる、今回の依頼は少々やっかいだ。

品目シナリオ 管理番号350
クリエイター唄(wped6501)
クリエイターコメントこんにちは。唄です。
初のブルーインブルーでの依頼となる今回は、SFちっくな遺跡を考古学者と共に奥まで探索して無事に戻ってくる。またちょっと面倒な依頼となります。
敵はOPに記載通り人魚の海魔です。特殊攻撃は使ってきませんが、浅瀬移動が得意ですのでスピードだけはあるかと思います。
シナリオとしては無骨な路線ですが、タイトル等の雰囲気により、多少仄暗いシナリオとなるかと思います。
それでは、皆様いってらっしゃいませ。

参加者
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
一ノ瀬 夏也(cssy5275)コンダクター 女 25歳 フリーカメラマン
ミア・リース(cbut1169)ツーリスト 女 18歳 メッセンジャー
リニア・RX−F91(czun8655)ツーリスト 女 14歳 新人アイドル(ロボット)

ノベル

■浅瀬にて
 ミラーによって教えられた地図では遺跡である孤島は比較的波のなだらかな、美しい珊瑚に囲まれた孤島であった。
「よっし、じゃあ持ってきたもの確認しましょ!」
「了解です夏也さん」
 孤島へ到着後、意欲的に全員の所持品確認を始めたのは一ノ瀬夏也とリニア・RX-F91である。 
 遺跡入り口は岩石が積みあがり、中のオーバーテクノロジーはすぐに見えてこない。しかし、通路口からは海へ繋がる小川が流れ内部が浸水している事を教えてい、防水という面においては特に気をつけた方が良いと判断できる。
 夏也は特に依頼に当たるについて、船員から人魚について聞き出し、甲板上で思考を巡らせていたのだ。
 対策でもあるのか、先ず全員の足元を眺めては満足そうに頷く。
「えっと、ミアさんだっけ? ミラーさんも。遺跡の中は水浸しなのよね? はい、長靴」
「ありがとう。夏也さんよね、助かるわ」
「わわ、ありがとう御座います」
 いかにも頼りない様子のミラーはその外見通り対策はないが、淡い紫色の髪が柔らかな印象を与える、ミア・リースも若葉色の比較的軽い半ズボンで参加していて、四人の中では一番防水装備に劣る。
 幾分華奢な足に、長くぶ厚い長靴は似合わなかったが、本人は柔らかな表情でもって海水に足を浸し、感覚を確かめているようだ。左右へ行き来をし、頷く、その様子から素早くはないものの通常移動には問題は感じない。
「これで、とりあえず足元の心配はないかしら? そうそう、リニアは水……とか大丈夫?」
「はい、大丈夫ですっ! あたしは水中モードがありますから、歩くより泳ぎますっ」
 皮膚は柔軟なゴム製で出来ていて丸みを帯びた、リニアの身体は人間のそれではない。
 壱番世界の人間として考えるならば彼女の機械の身体は海水を浴びれば錆びると考えるのが妥当であろう。
 夏也のそんな心配をよそに、機械少女は桃色の機体をめまぐるしく光らせ黒く初々しい水着を纏った姿へと変身させる。
「坂上さんは……準備万端のようね。とても頼りになるわ」
「うん、健さんはさっき見せてもらったわ! 男の人って一人しか居ないから助かるわよね」
 春をさえずる小鳥の如きミアと夏也の声色は心地よい。そこで、一人ミラーが男であるという事実を華麗に無視しなければさぞかし頼りない考古学者も喜んだであろう。
「ああ、安心しろよ。何があっても、無事帰れるよう手は尽くすからさ。ただ――」
「ただ?」
 黒の詰襟学生服はブルーインブルーの船旅で少々目立った。坂上健は依頼を聞き、ジャンクヘヴンへ到着してからなにやら考える仕草をよく見せている。
 爽やかな黒髪を掻き、口をへの字に曲げ、彼は護衛対象であるミラーを見据えた。
「俺は人魚をむやみに傷つける気はない、一応聞いた話だと俺たちって介入者っぽいからさ」
「それは……」
「あたしも賛成ですー! なんとなく、それはあたしも思ってましたし……」
 つまり健は遺跡の中に居る海魔ですらなるべく避けていくという方針らしい。確かに、彼の言うように海魔を避ければそれだけ仲間を呼ばれる危険性のある戦闘は避けられる。
 ミラー一人が口を噤む中、リニアと夏也は頷き、ミアも自分が戦闘要員でない事に胸を撫で下ろしてい護衛対象の方へ視線をやった。
「真珠伝説はとても素晴らしいと思うわ。ミラーさん、そんなにがっかりしないで、皆さんと一緒に私もあなたの事は守りますから、ね?」
 ブルーインブルーで海魔から生産される物がどれだけあるのか、旅人達四人は知らない。知らないからこそ迂闊に手を出せないのである。
 言葉はミアなりの気遣いであり、ミラーにも通じたのだろう、気弱な視線から小さく頷くような光が見え。
「よっし、じゃあ持ち物も確認したし探索方針も決まったから、行ってみようかなっ」
 夏也の声はある程度控えられているが十分に元気に孤島、遺跡入り口で響き渡った。
 ミラーを含む五人は通路の狭さ故に、それぞれ二人と三人の班に分かれて行動を始める。無機質な機械の肌が見えるまで、あともうすぐだ。

■真珠の在り処
「健さん、さっきからもくもくとお仕事されていますが、どうしたんですか?」
 遺跡の入り口にて二班に分かれた一方、リニアと健は仄暗い通路の中、壁に敷かれたパイプの一つ一つを点検しながら進んでいた。
「仕事だろ、ちゃんとしないと……なッ、と」
 ミラーから護衛内容だけではなく、考古学者の仕事をも協力すると申し出た健に渡されたものは紙とペン。ブルーインブルー産のそれは少しでも耐水性を求め作られていて書きにくい感触は良くなかったが、持ち歩きには優れている。
 仕事とは、主に遺跡内部が古代のテクノロジーを残しているか否かだ。少しでも動いている場所があれば紙に記し、形状や状態を報告する手はずになっていた。
 もっとも、入り口で分かれて数分、機械の建物と言ってよい、進めど進めど鉄の塊ばかり視界に入る遺跡に起動する場所は全くもって見つからなかったが、健は諦めずにしっかりと点検作業を繰り返している。
「そうですけれど……ミラーさん達大丈夫でしょうか……」
「あぁ、戦力的にはあっちは俺達より劣るからな。さっさと合流しないと心配は残るな」
 戦闘らしい戦闘が得意であるのは健と、そしてリニアだ。
 岩がむき出しになった入り口でミアによるギフト・ラッピング――全員の能力を底上げする力――により戦いに不向きな夏也や紫陽花の如き少女は一時でも水の抵抗を押し切り、海魔から逃げる術だけならば持ち合わせているだろう。
 小規模の探索であるから早々に済ませると別れたが、健もリニアもそれが一番の心配ごとだ。
「リニア、あんたの方は何か見えるか?」
「水中ですか? いいえ、動いている機械という事ですよね? ……何も」
 空気に触れている部分は全滅と言って良いほどに大破し、鉄の壁を這うパイプは崩れ、所々に置かれた機械のとっかかりも色を失っている。
 ならば水中で動くものかとリニアに問うても、彼女の機械的かつ表情のある声色は「無い」と答えるだけだ。
「ずっと壊れた所だけです。……健さんのポッポさんはどうです?」
 生きの船上ではくるくると明るい表情を、丸みを帯びた瞳と共に輝かせていたリニアの声色に元気が無い。
 機械の身体を持った少女はもしかすると似たような身でありながら機能を停止しているこの遺跡に何らかの情を宿しているらしかった。
「……いや、先行してるポッポからも機能してる映像は……ッ。リニア、次の通路は右を行こう」
「え、っ。あ、はい」
 オウルフォームであるポッポから送られてくる視界を現在位置と比較したなら、今その瞳に映し出された人魚は次の通路を曲がって左に居る。
 極力人魚に被害を出さずに行動する事は一応全員一致で決まった結論であったから、主にセクタン達の役目は人魚を見つけること、そして回避する役割になっていた。
 狭く入り組んだ鉄の洞窟を棲家にする、人魚たちは一様に整った顔立ちをした男であり、ミラーが語っていた伝承の人物を思い起こさせる。
 今、ポッポが見つけた人魚も、長いブロンドの髪を無造作に伸ばした精悍な顔つきをした海魔であり、顔色にはどの感情も無く下半身は想像通り魚の身体をもって遺跡内を徘徊していた。
「人魚さんの数はまだ少ないようですが、遺跡が狭いですからなるべく鉢合わせをしないように気をつけないといけませんね」
「ああ、そうだな。無闇に傷つけたくない」
 相手は海魔とはいえ、人の形をしている。その姿に攻撃するというのは戸惑うだろうし、顔があるという点で健もリニアも『彼ら』を屠る行為に躊躇いがあったのだ。
「次の進路は……」
「健さん」
「……リニア」
 通路を右に曲がってすぐ、健がパイプの点検をする前に二人は息を呑み、互いに声をかけあう。
 喉をついて出る声色が、声帯が、低く震えだす。
「今度の別れ道には、どっちにも人魚が居るな」
 ポッポの視界から見える、この先の通路に潜む人魚は黒髪のまた、同じ顔つき。
 リニアも水中モードで海水に没した区域を覗いているから、健よりも先に人魚を見つけるのに長けていて、二人はこの依頼始めての緊張感に息を潜め、身を竦ませるのだ。
 どちらかを進まなければ、ミアや夏也と遺跡内での合流を果たせなくなるのだから。

■輝きのまじない
 ミア・リースは不思議な女性であった。
 遺跡に入り暫くは夏也から配られたゴム長靴に水が入らないか、下を見ながら歩いたと思えばふいに視線を上げ、無機質な遺跡を眺める。
「遺跡は確かに珍しいですが、皆さんもそうなのですか?」
 考古学者のミラーとしては、不思議な服装をした護衛四人も十分奇妙な存在であったから、ミアや夏也がこうしてこの遺跡を珍しがる様子もいまいちぴんと来ないようであった。
「ええ、珍しいわ。こういう文明……なのよね?」
「はい。僕は小さな頃からこういった遺跡の話や海辺に転がっている石を集めて育ちましたから」
「へえ、それで考古学者になったってコトかな?」
 夏也は活発な声でもってミラーへと話をふっていた。対してミアはどちらかというとマイペースに、彼女らしいおっとりとした声で続ける。
「真珠伝説があるのよね? どんな噂かしら? 夏也さんもこの依頼で楽しみにしていたお話だもの」
「うん。真珠取りに色々されたら困るんだけどね、古代文明とか伝説って面白そうじゃない?」
 女性二人がミラーへ積極的に話しかけ、戦力の低さも手伝って考古学者を人魚に近づけない。夏也は用意周到に行動するのが上手いらしい。
「ははは……面白いですか。確かに、面白い話かもしれませんね」
 真珠を生むと言われる人魚に近づけない、それはミラーにとってどういう意味を成しているのだろう。それは護衛に来た全員が知る由も無かったが、少しばかり肺から溜息をついて、ミラーは声を出した。
「先ほども言ったようにですね、人魚っていうのはこの地方の海魔なんです。言ってみれば他の地方のセイレーンみたいにですね、人をだまして食べてしまうような」
 ミラーは言う。遺跡の壁を眺め、パイプの一つ一つを眺め、夏也のカメラがシャッターをきる音を聴きながら。
「とりわけこの地方のサロメの真珠伝説は確かに噂ではありますが、お話した通り『人の首を食らう』という凶暴性からつけられまして、ほら殺してしまうと真珠になりますでしょう? だから――」
「あーーっ、ちょっと待って!」
 声を張り上げないようにしていても、つい軽やかな音を出してしまうのが夏也だ。
 彼女はミアと共にミラーの話をただ聞いていたが、サロメの真珠伝説の真相に至る前に考古学者のうんちくを止め、暫し眉を顰め構えたカメラを首元に下げる。
「もしかして、人魚ってなんていうのかしら、独自の生態系とか持ってなかったりするかな?」
「いえ、海魔としては多分あるのではないでしょうか? ただ、人を襲うのであまりそういうものに詳しい人は知らないですが……何か?」
 細い通路の一本道、前方には分かれ道を前にして、三人は一時足を止めた。
 夏也はしまったと口を閉じ、暫し考え込むように天井を眺めている。
「人型の海魔という話は聞いているから、戦う準備はしてきたわ。だけど……そうよね、言い伝えでだって人間の首を食べちゃった……そいつらの棲家に私たち居るんだ」
 遺跡の入り口で方針として固めた、海魔はできるだけ殺さない。その方針自体に間違いはなくとも、果たして人魚へ労わりを見せる行動は良いものだったのか。
 問題は夏也の心には重く、ミアには暗雲となって影を作る。
「でも、今から引き返すわけにはいかないわ。ミラーさんも協力してくれているから……」
「はい、僕も……ちょっと残念ですけれど人魚に手出しはしませんよ」
 女性二人という戦力は流石にミラーの心を元の弱さにしているようで、ミアの声に応じた彼は苦い笑みを作って見せた。
「だと、いいんだけれど。うん……。ねえ、ミラーさんはどうしてそんなに凶暴だって言われてる人魚の真珠が欲しいの? 石集めにしたってちょっと度が過ぎてるもん」
 きっとどんな人間から見てもミラーは勇気のあるタイプには見えないだろう。細い手足に男としては華奢な身体。髪は長く後ろで括ってい、それが逆に女々しさを浮き立たせている。
「それは……その。サロメの首を食らった人魚は、地上の女の愛を真珠に宿らせるというお話があるんです。勿論、サロメのお話自体は良いものではないですが、供養される事無く食らわれた男の魂が開放されるっていう、ね」
 幾分か喉に詰まらせながらもサロメ伝説を話すミラーは暗がりの中でも何処か赤く見える。そんなところもまた、彼を女らしく見せていたが同時に素朴な男らしい願いがこめられている事実にも気付くことができた。
「恋愛のお守りみたいなものかしら? ミラーさんのお話だと供養された真珠は歪んだ愛ではなくて、真実の愛を宿す――」
 ミアが口にすればミラーは頷くだけの返事をする。
「ちょっと警戒しすぎたかも。人魚もぱっと聞いちゃうと思い浮かぶものって別だから」
 ミラーにも人魚についても警戒のしすぎであったかもしれない。夏也がそう言いたいのをミアは黙って頷く。
「よし、こうなったら健さんとリニアに早く知らせないとね!」
「ふふ、そうね」
 人魚は壱番世界でいう『人魚』ではないのだと、別の道を行く二人へ知らせに。
 再びカメラを手にし、撮影を続けながら歩む夏也の後を行きながら、ミアは何事かと首を捻る考古学者へ笑顔で返して進むのだ。
 この先に、健とリニアが居る事を信じて。

■血に沈む
 機械に色が無い世界は珍しい。
 モニターを思わせるリニアの大きな瞳は、だからこの遺跡に着いた時点できらきらと輝いたものだ。
 『古代』と言われるブルーインブルー太古の遺産を健と眺め、自分と同じように動くものが無いかを探る時間。それはリニアにとって自らの世界を探すかのような秘めた思いを堪能するものである。
「リニア、そっちは大丈夫か?」
「はいっ! 健さん。夏也さんは? 皆は――っ?」
 錆び付いた銅色の壁を、リニアは今しっかりと目にとめる暇もなく水中を走っていた。
「リニアさん! こっち! 大丈夫だからっ!」
 遺跡の内部は細い道ばかりだ、今まで健と見てきた通路は四方八方に伸びその先で探索時に離れた仲間とも出会うことが出来たのだ。が、如何せん敵との遭遇も余儀なくされる。
「ミラーさん下がってください。今夏也さんが敵の動きを止めてくれますから」
 入り口が二つあったとして、互いに伸びる方面を歩いてきた。だから今五人が居る場所は自然と遺跡の中央部分となるだろう。
 ドームと言うにはずっと狭い場所で、五人はそれぞれ人魚と対面していた。
「やられたら最低限やり返す! トンファーが攻防一体の最強武器だって、お前らの魂に刻んでやるぜ」
 あらかじめ身に着けていたトンファーで応戦、襲い掛かる人魚の頭半分を打ち砕き健は口を苦く歪ませる。
 海魔について、健とリニアは知らない。知る術も無い。全員との合流が即ち戦闘の合図でもあったのだ。生気の無い人間を思わせる人魚との戦闘にはいささか嫌悪感が付きまとう。
(でも、やらなきゃいけないんです……!)
 リニアは水中モードのまま、狭い通路を上手く人魚の足元を狙い突き飛ばす。それを仲間の誰かが止めを刺し、単調ではあるが少ない戦闘要因を補っている。
 人間や動物――リニアの場合は自分と同じ心を持つもの――のようにただ遺跡を棲家としているだけのものならば良かった。だが、この遺跡に棲みついた海魔は違う。健と共に進んだ先で待っていたのは0世界で聞いた御伽噺の人魚では全くない、敵対者を見つけたならば端正な口元に牙を生やし、鋭いそれで攻撃をしてくる『敵』そのものなのだ。
「ミアとミラーさんは下がって! 私のカメラで止めて……健さんッ!」
「今行く!」
 道が四方から伸びる空間だ、人魚との戦闘音で簡単に次の敵は集まってくる。リニアは健が上手くミア達の元へ行けるようにサポートしたし、夏也はトラベルギアであるカメラのシャッターを切る事で敵の動きを鈍らせる。
 今までの道で人魚を倒さなかったから、海中の仲間は呼ばれないだろう。しかし、あまりにも自分達は敵に気を遣いすぎたのだ。
 次から次へと沸いて出る人魚は元が体力自慢というわけでもない、ミアや夏也の疲労を招くものでもあり、また通路の多さも合い極まって海魔と護衛対象であるミラーとの距離を一気に詰められてしまう。
「お前ら、しつこい! んだよ! ミア、敵はまだいるか?」
「ええ、四方に。多分四体づつよ」
 ミアとミラーの手助けに入る健は夏也のカメラで動きの止まった敵をなぎ倒す。今、この状態で人魚に気を遣えばそこにあるのは死のみであった。
「あたしもっ! 戦いますっ!」
 あと四体。護衛人数も四人。しかし殺傷能力として長けているのは健のみだ。リニアがここに加わっても、足りない。
「全部水ばっかりだから、スタンガンは使えないし、ええいっ私も!」
 左手にカメラを、右手に催涙スプレーを持った夏也もミアの前で構える。
 ミアは護衛対象のミラーを出来るだけ、そのか細い身体の後ろに庇い、四方から向かってくる敵四匹に対して三人は次の行動を予測する。
 水中をリニアが進み、敵全ての足元を掬っていく。
 次に健のトンファーが彼の立つ左右の敵を砕く。これで二匹同時始末だ。
 最後には夏也のシャッターと催涙スプレーが人魚を襲い、動きの止まった敵を仲間が片付けるだけになる。
 一瞬とまではいかなかったが、狭い空間に敷かれた水を払いながら動く戦いは苦戦を強いられた。
 だからだろうか。
 夏也の行動で隙を見せている人魚へ、健が止めを刺しに行っている、丁度その時であった。
「ミラーさん、大丈夫です……か――」
 一体誰がミラーへ声をかけたか分からない。
「ええ、だい丈夫――」
 ただ、一度ミアの背中から顔を出して微笑み、焦りを隠せない表情で肩を竦めた考古学者は。

 血飛沫。
 空間の全ては細い道であったから、勿論ミアの後ろにも空間はあった。
 赤い、それが血痕であると理解した時には、ミラーの左腕は身体から歪な形で引き離されて。
「ミラーさん?」
 ミアが瞳を見開き、背中にかくまった筈の考古学者を見て喉をひくつかせた。
 か細い少女の背中に力無く倒れこむ護衛対象の身体は女性の肩に顎を乗せ、今にも滑り落ちそうな体勢でミアへと寄りかかる。

「ミラーさぁんっ!!」
 水中にも血という水は滴り、考古学者が重症を負ったと理解できる。リニアは、それを高機能である自らの頭脳ですぐに解析し、叫んでいた。
 水中モードの身体をイルカのように跳ねさせて、ミアとミラーの後ろから寄ってくる人魚へ向けて発砲する。
 一発、二発。
 響く空気砲にどれだけの威力があるかは分からない。
 気の遠くなるようなミラーの出血量を目の当たりにして、優秀なリニアの頭はどんどんと目の前に白いノイズを映すようになっていった。

■愛を捨てよ
 ギフト・ラッピングの効果は女性の腕でも十分に男性を抱えられる程度に力を底上げしてくれるらしい。
「ミアさん、そっちの包帯取って! ああっ、布が足りないっ! 船の中のシーツは!? 水はまだある!?」
 遺跡での戦闘後、倒れたミラーとリニアを背負って三人は来た道を引き返した。
 来た道を辿るだけの帰り道ではあったが、負傷者と意識の無い仲間を抱えて船へ戻るという時間はあまり平坦な道のりとは言い難く、リニアは健が背負い、ミラーはミアが。夏也は先行していたホロホロで再度人魚の存在を確認しながら進み、ようやく甲板上へとこぎ着けたのである。
「はい、夏也さん。これで包帯は全部よ。今シーツは坂上さんが取りに行ってくれてるわ。私は――」
 どうしましょう。ミアも夏也も、きっと怪我をした考古学者を見た船員の皆がそう思っている事だろう。
 ミラーの腕は肩の上で文字通り、薄皮一枚で繋がっている状態であった。
 人魚が襲い掛かった一撃は鋭い牙を使用したそれであり、攻撃的な敵の力は人間の腕を簡単に引きちぎったのである。
「ミア、ちょっと来てくれ、シーツの予備貰ったんだけど、俺は水の方も見てくるから」
「ええ、ありがとう坂上さん」
 甲板の上ではミラーの応急処置が続いており、夏也がつきっきりで考古学者の様態を看ている。
 健も暫し青い顔を拭いきれなかったが思い立ったように船内へ駆け込み、シーツの山を取ってきては貢献していた。
「リニアは大丈夫? ごめんね、こっちばっかり看てなかなか……」
「ううん、大丈夫よ。リニアはさっき少しだけ寝返りを打ったもの、きっとすぐ目を覚ますと思うわ」
 プラス世界に居たリニアにとって、人間の腕が無残な形にされるという出来事はショックであったに違いない。
 暖かなフォルムは水中モードのまま横たわり、ミアは彼女の側を離れなかった。
「そ……っか、良かった。リニアだけでも無事で……」
 夏也の顔は依然曇ったまま、ミアから受け取ったシーツを血に塗れた包帯代わりに、痛々しい腕へ包み、清潔な水で海水に塗れた身体を洗い流す。
 船はジャンクヘヴンへ急ぎの帰還を余儀なくされて、船員は皆口を噤んで舵を取っていた。
「ミラーさん……腕は」
「うん」
 考古学者は左腕を引きちぎられても生きていた。
 胸を上下し苦しげに吐かれる息が何よりの証拠で、意識は無く時折悲鳴を零すだけである。
 滲んだ血がヴィーガンであるミアの眼には辛い。
(治る……わけないわよね)
 夏也はミラーの横に座り、揺れる船体と考古学者の身体の固定をしながら傷口を眺め、下唇を噛み締める。
「私も医者じゃないから分からないけど……多分、無理だと思う」
 肩の上で繋がっているミラーの腕は、もう骨まで絶たれているだろう。
 護衛の誰一人として医学に携わる者は居なかったし、船の乗組員にも生憎そこまでの医者は居なかった。
 だから、考古学者の腕が助からないものであるというのは夏也の見解であったが、それを聞くミアの目にもこの怪我は尋常なものではないと理解できる。
(ミラーさん……)
 横たわる身体を前に、ミアは祈る事しか出来ない。
 今考えれば確かに、依頼を口にしたリベルは人魚の事を『人の形をした敵と思え』と、そう言ったのだ。あくまで海魔であると、それをしっかりと認識出来なかったのは最大の敗因と言えるだろう。
「もっと、早く色々聞いておけばよかったのかな?」
 夏也も眉を顰め、頬を赤くしながら、甲板から潮風の心地よい空を眺める。
 頬を掠める風は、何処か血の臭いがした。
 ミアも一度空を見上げ、今度は意識を失っているリニアへ視線をやり、屈みこんだ後、機械の身体を表面だけ撫でる。
「う……ん」
「リニアさん。もう、大丈夫よ」
 桃色の身体に紺色の水着のリニアは、ミアの手に数度瞳を瞬かせ、緩やかな動きをもって頭を起こす。
「皆は、どうなったのでしょうか……?」
 最後に出た人魚に止めを刺したのはリニアだ。彼女は元から殺傷を目的としていなかったから、ミラーの大怪我と重なった自分の攻撃に意識は耐えられなくなっていたのだろう。
「無事よ、大丈夫。坂上さんも、夏也さんも……ミラーさんだって居るわ」
 『無事』という二文字がこれ程重いものだと、ミアは知らなかった。ただ、その言葉を聞いて安心の表情と、再び気の抜けるような形で甲板へ寝そべったリニアに微笑みかけ、後にした遺跡の姿を視界に入れる。
 海魔の棲む遺跡は何故作られたものか、人魚は果たしてどの時代から人の形を真似るようになったのか。
 ゆらり、ゆらりと離れていくオーバーテクノロジーに対して、ミアは祈りを捧げる。
 どんな形であろうとも、心あるものが強い意志と共にあり、幸せな結末を迎えられるように。

 ――祈るのだ。

 ***

 女の処刑の後(のち)、首はその肉を海魔に食われた。
 断頭台から転がり落ちた男の首のその全てが海魔によって取り込まれていく。
 ああ、今思ったならば、自分は自らに愛を告げた女を好いていたのだろうか。
 頭に残った頭脳はもう、考えることも出来ずに。
 愛を持った人間を食らうのだ。

 私は今、人であるのか海魔であるのか。
 そんなこともわからないまま。

 ブルーインブルー~とある詩人によるサロメの人魚へ寄せた手記より


END

クリエイターコメント参加者の皆様、こんにちは。唄です。
この度はブルーインブルーの探索&護衛依頼へのご参加ありがとう御座いました。
プレイング全てを反映は出来ませんでしたが、上手く絡ませられていれば良いなと思います。
今回このようなラストに致しましたのは、プレイングの傾向からこちらの方がよりドラマチックであるという理由から、この結末を選びました。
種明かしを致しますと、人魚は必要数屠り、ミラーには近づけない、真珠は持ち帰るまであるとベストエンドという伏線を張っておりました。
それでは、この旅が少しでも皆様の思い出になりますよう、願いまして。
また、別の旅でお会い出来る事を祈っております。

唄 拝
公開日時2010-03-04(木) 19:10

 

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