ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
「いつもは占いなんて、気にもしないんですよ」 柔らかな敷物に身を横たえた少女は、小さな声でぽそりと呟いた。 「あ、機械のカラダのひとが皆信じないとか、そういう訳じゃないんですけど。ただ今日は――」 特別なんです。彼女の言葉が不思議に思えたのか、それとも素朴な色合いの敷物と彼女の身体――愛らしいピンク色に塗装された機械のボディとが、あまりに不釣り合いで滑稽に思えたのか――天幕の外に腰掛ける付添人が、そっと笑みを零した。笑われた事に気付いた機械仕掛けの少女は、表情豊かに口元をへの字にして見せる。 「ちょ、ちょっと。夢なんて見るのか、なんて思いました? 全く失礼ですよ!」 ぷいっと顔を背ける少女に、付添人は笑い声を漏らした。少女は暫し膨れていたが、ふいに表情を消し、疲れたように目を細める。 「……少し前にね、あたし達を頼ってくれた人が居たんです。だけど、その人の願いを叶えられなかったばかりか、取り返しのつかない大怪我まで負わせてしまって……」 脳裏に記録されたメモリーデータから再生されたのは、ブルーインブルーでの出来事である。 真珠を巡る事件。海中に霧散する、出血の度を越えた赤黒い鮮血。命の在っただけ幸いとはいえ、それは紛れも無く痛ましい事件だったのだろう。 「……これから先、あたしは今のお仕事、やっていけるかなあって……だから今日、来たんです。何かヒントがあったり――ううん、気晴らしくらいになればって」 彼女の身体は機械で出来ている。所謂ロボットだ。だがその中枢は。その魂までもが無機質な機械で仕組まれているなどと、誰が思うだろうか。 「………」 ようやく眠気が襲ってきたのだろう、少女の瞼がゆっくりと下り始める。微睡む彼女の耳元に、付添人の囁くような声が届いた。 「お休みになられる前にもう一度。あなた様のお名前を、宜しいでしょうか」 「あたしの名前は……リニア。リニア・RX――」 ――−F91。竜刻の大地では聞き慣れないその名を、最後まで伝える事が出来たかどうかは、彼女自身よく分からなかった。 ピコピコピコ。プヨ〜ン。 「……あれれ?」 次に気が付いた時、少女は不思議な世界のど真ん中に居た。 空は真っ青で、ぷかぷかと同じ形の雲が浮かんでいる。レンガ模様の板が空中のあちこちに散らばって静止しているし、おまけにどういう訳か―― 「えーと……」 前と後ろしか移動できない。 おもむろにジャンプを繰り出してみると、プヨ〜ンと小気味良い音と共に身体が景気良く跳ね上がり、天井にしこたま頭突きした。 「あいたたた……」 「たすけてーー!」 頭部を押さえてしゃがみ込むリニアの耳に、突然誰かの悲鳴が聞こえてきた。はっとして声のする方を見ると―― 「たすけてー! だれかー!」 「フハハハ おうじを たすけたくば わがしろへ くるがいい」 上空のかなり高い場所に、王冠を被った王子様らしき少年と、彼の腕を縛っている悪役らしきモンスターが立っていた。 「あ」 リニアは思わずぽかんと口を開ける。王子様もモンスターも、ついでにこの空間も……とても単調で、薄っぺらいのである。小さなタイルを組み合わせて描いたような、立体感の無い風景だった。 「ゆうしゃ きさまがくるのを まっているぞ」 若干期待混じりとしか思えない台詞を吐き捨て、ドット絵顔のモンスターは、王子と共に姿を消してしまった。 「うーんと、とりあえず王子様を助けに行かないと、ですよね」 リニアは呟き、ピッコピッコと軽やかな足音を立てて歩き出した。 「……ん?」 暫く進んでいる時だった。急に地震が起きたかと思うと――地面がぐらぐらと揺れ動き、あっという間に崩れ始めた。 「あわわ、きゃー!」 リニアは慌てて走り出した。縺れる足を動かし、転がるようにして近くのトンネルへ滑り込む。 トンネルを抜けると、その先には薄暗い大きな迷路が広がっていた。 「うーん、迷子にならないようにしなくちゃー…」 少し歩き、やがて二手に別れた道に差し掛かった。リニアは顎に手をやり、考え込むように眉をしかめる。何を隠そう彼女はロボットだ。持ち前の分析脳力を駆使し、もっとも安全な進路を導き出す――のかと思いきや。 「まあいっか、こっちの道で」 安易な言葉を口にし、あまり慎重とは思えない足取りで近くの道へと進み始めた。途端に彼女の側頭部に取り付けられた拡張パーツ『ジャイアント・マニュピレイター』が、ぐいぐいと反対の道に導こうとする。 実の所、分析脳力があるのは、兎の耳に見えなくもないその拡張パーツであって、彼女自身は至って非力なのである。 マニュピレイターに半ば引っ張られるようにして進むと、大きな四角い箱の前へと辿り着いた。リニアはおもむろに箱を押してみる。箱を退かした下の地面には、ぽっかりと丸い穴が空いていた。 「これは、抜け穴?」 リニアは意を決して穴の中へと飛び込んだ。 「わわわ!?」 ピロリロリ〜ン。不思議な音と共に眼前に広がったのは、ピンク色の大きな空だった。ハートや星の形をした雲が、視界を遮るように散らばっている――のは良いが、地面が無い。 「きゃーー!」 雲に体当たりしてボヨンとバウンドしたりしながら、リニアはとにかく落ち続けた。 ようやく地面が見えたと思ったら、今度は広い海原である。 ザブーン。ドット絵の水飛沫を上げ、リニアは海の中へとダイブした。 「ぷはっ!」 彼女の外装は瞬時に海中モードの紺色へと変わっていた。と、急にリニアの身体が軽くなり、いつの間にか水面から顔を出していた。 「……あ、あれれ?」 全身が海の中から浮かび上がった時、リニアの身体を持ち上げて出現したのは――一匹の大きな鯨であった。 「ゆうしゃさま まおうのしろ まで あんないします」 「あ、ありがとうございます」 鯨の潮吹きに圧倒されながら、リニアがぺこりとお辞儀する。鯨はリニアを乗せ、海原を突き進んでいった。 「ぐわはははは! よくきたな ゆうしゃよ」 リニアの眼前に、最初に出会ったあのモンスターが佇んでいる。ついに彼と対決する場所まで辿り着いたのだ。 「おうじを たすけたくば おれさまを たおすがいい」 ジャイアント・マニュピレイターが、静かに戦闘モードに切り替わるのが分かった。 リニアは眼前の敵を見つめ、片手を伸ばし……たった一言を告げた。 「あたし達、お友達になりましょう?」 にこりと笑い、少女は握手を求める。ぽかんと口を開けて固まっていたモンスターだったが、屈託の無い笑顔に心打たれたのか、涙を浮べて手を伸ばし――。 「動き回って疲れました……。何だか喉がカラカラで」 敷物の上に腰掛けたまま、リニアはボトル入りのバッテリージュースを啜る。まだ眠気が取れないのか、目をしょぼしょぼとさせていた。 「やっぱり、皆仲良しが一番ですよね」 付添人が首を傾げるのも気にせず、リニアはぽそりと呟いた。 「あたしは多分、何処へ行ってもあたしのままだろうし……深く悩むのはやめとこうかなって。まあ、皆幸せになる未来があるなら、それで良いかなって」 「それがあなた様の答えなのですね」 リニアはにっこりと笑い、大きく頷いた。 その笑顔は屈託の無い、人間の少女と何ら変わりないものだった。
このライターへメールを送る