オープニング

「照る照る坊主攻防戦、というのはどうだろう」
「……どうって、……どうなんだろう」
 相変わらずいつの間にかそこにいるわすれもの屋店主の問いかけに、誰ともつかず真顔で返したのはそれ以外に術がないからだろう。しかし店主はめげた風もなく、梅雨時期だからなと笑顔で返してくる。
「久しく見なかった、──季節イベントですか」
 曲解の言葉は辛うじて飲み込んで問い返すと、そうそうと大きく頷かれる。
「世界司書の留守中、暇なのでな。突発的に思い立ってみた」
 思い立たなくてもよかったよと心中でどれだけの人数が突っ込んだかはそっとしておくとして、具体的に何をするのかと誰かが問いかけた。
「各人に二個の照る照る坊主を配布する。最後までそれを守り抜けた者の勝ち、だ」
「守り抜くって事は、誰かが照る照る坊主を攻撃してくる?」
「そう、互いに水鉄砲で照る照る坊主を攻撃してもらう。照る照る坊主が濡れれば、その時点で負けだ」
 因みに照る照る坊主のサンプルだ、と店主が取り出したのは、彼女の掌に納まりそうなサイズの白い照る照る坊主だった。それが何故かふわふわと浮かんでいて、店主の肩の辺りを漂い始める。
「こんな風に、肩の辺りでついてくるように設定する。個人の能力に合わせて移動するので、うっかり置き去りにする事はないから安心してくれ。隠れる時に邪魔なようなら、自分の服や鞄の中になら隠してもよしとする。但し、箱詰めなどにして自分から離して隠すのは反則だ」
「要は、自分の身から離さないように守れ、と」
「そう。因みに参加者に合わせたサイズに変わるから、誰にとっても同じような比率の照る照る坊主がついてくる事になる」
 これが二体、と店主が指を鳴らすと、照る照る坊主が分裂して彼女の両肩にちょこんと設置される。
「照る照る坊主は、濡れた場所が青く染まる仕組みになっている。青い照る照る坊主が白い物にぶつかって色をつけたとしても、同じく負けとする。二体とも青くなった時点でその参加者の勝ちはなくなるが、攻撃には参加しても構わない」
「濡れて青くなるって事は、握り締めてて汗がついたら青くなるとか?」
 挙手しての誰かの問いかけに、店主はいいやと頭を振った。
「青く染まるのは、真水に限る。だから海水を召喚して濡らしても、青く染まらないから注意してくれ」
 それから、と取り出した子供の玩具みたいな水鉄砲を見せた。
「これは照る照る坊主と一緒に配布予定だが、各人得意の獲物で水を飛ばすのは構わない。相手に怪我をさせない範囲で、だが」
 気をつけてもらうのはそのくらいだろうと、水鉄砲や照る照る坊主を片付けながら説明された。
「ところで、場所は?」
「ああ、以前から使用している川と森のあるチェンバーで。範囲は森を流れる川の付近、あまり森の奥には入れないよう設定しておく。今回は参加者同士の対戦だから、家から妨害は用意しない」
 存分に楽しんでくれとにこりと笑った店主に、質問と一人が手を上げた。
「勝ったら何か商品でも?」
「白いままの照る照る坊主と引き換えに、花束を。希望があれば、お菓子の花束にしてもいい」
「花束。何でまた」
「この時期に花束を貰うと、幸せになるんだろう?」
 違ったかと首を傾げる店主に、まぁ色々間違ってるのはいつもの事かと諦めムードが漂う。
「ああ、言い忘れていた。今回は森に、でっかい照る照る坊主が二体ほどうろついている。頼めば青い照る照る坊主を白い物と交換してくれるから、見つけたら突進するといい」
 何でもなさそうに告げた店主は、にこりと笑って少し丁寧に頭を下げた。
「それでは、気が向かれた方の参加をお待ちしている」

品目シナリオ 管理番号1335
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント照る照る坊主を倒して何とする。と疑問は抱きながら、梅雨時期に水遊びなど如何でしょう。

照る照る坊主は自動追尾装置付きで、参加者様について回ります。
簡単な指示は聞きますが、基本的に肩の辺りをふよふよしています。
隠れるのは苦手なので、油断するとにゅるんと抜け出て肩位置をキープします。
青くなっても同じようについてきます。中には仲間を庇おうとする、熱い照る照る坊主もいるかも?

そんな照る照る坊主を如何に守るか、若しくは相手の照る照る坊主をどんな道具でどんな風に攻撃するかをお聞かせください。

攻撃はしないでひたすら逃げ回る、花束なんかいらないからひたすら楽しく攻撃する、のも可。
補給部隊に徹したり、うっかりでっかい照る照る坊主を攻撃するのも歓迎です。
但しずぶ濡れになる恐れがありますので、風邪を引かないように注意してください。

それでは、晴れてほしいのか降ってほしいのか首を捻りつつお待ちしています。

参加者
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
北斗(cymp6222)ツーリスト 男 22歳 トド
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
小竹 卓也(cnbs6660)コンダクター 男 20歳 コンダクターだったようでした
リニア・RX−F91(czun8655)ツーリスト 女 14歳 新人アイドル(ロボット)

ノベル

 照る照る坊主を受け取った北斗は、森を移動するのではなく川に潜んだ。
 森を流れる川は、思ったより幅と深さがあった。この為に誂えられたのかは分からないが、河原だけでなく川の中にも身を潜められそうなごつごつとした岩場があるせいで注意は必要だが、北斗が泳ぐにも支障はなかった。水鉄砲を使う参加者は必ず水を補給しに来るだろう、そこを攻撃すれば容易く照る照る坊主を濡らせるはずだ。
(おいら、頭いい)
 他に同じ考えの者はいないらしく、川の中は今のところ北斗が独り占めしている状態だ。まだ始まったばかりで、もうしばらくは参加者も弾切れには陥らず、川に近づく者も少ないだろう。とはいえ油断は禁物、いつ誰が来ても即座に攻撃できるよう気を配りつつ、北斗は気分よく流れに逆らって上流に向かった。
 そういえば彼の照る照る坊主はどうしているだろうと、ふと気になって泳いだまま窺えば水面から少しだけ出した北斗の頭の上を同じスピードでついてくる。いきなり方向転換をしたり敢えて逆送しても振り切れず、どれだけ速度を上げてもしっかりついてくるのを確かめる。
(まぁ、それくらいはねー)
 できないとお粗末過ぎる。ただあまりに正確についてくるところを見ると、深く潜りすぎれば同じように潜ってついてきそうなあたりは難点か。
 北斗であれば、両岸のどちらに参加者が現れてもすぐに距離を詰められる。完全に水の中に沈んでしまえば相手も油断するはずだが、照る照る坊主を濡らしてしまうのも本末転倒だろう。
 とりあえず攻撃対象が来るまではのんびりしていられそうだと自由に泳いでいると、しばらくして人の気配を察し近くの岩陰に潜んだ。
 向かって右側の河原、辺りを窺いながらそっと近づいてくるのは一人の女性。川に背を向け、生い茂る木の影から飛び出してくる相手がいないか確認しつつ慎重に近寄ってくる。
 目的としては北斗と同じ、補給に来た相手を隠れて狙い撃ちにする気だろう。素早い動作で岩場まで移動し、対岸からも見つかり難いよう岩と岩の間にすっぽりと収まった。
(でも、まだまだ甘いねー)
 確かに本人は岩陰にすっぽりと納まっている、来たのを見ていなければ北斗も見逃したかもしれない。けれど、川の中に潜んでいる北斗に気づかなかった時点で彼女の負け、だ。
 反重力の力を使い、音を立てないようにそうと水の塊を持ち上げた北斗は女性が潜んでいる岩場の上までそれを移動させた。ずっと高く持ち上げ、女性が不審げに顔を上げた頃合を見計らって水を落とす。
「きゃあぁあぁっぁ!」
 突然の雨に打たれた女性が悲鳴を上げて岩場から出てくると、全身ずぶ濡れになった彼女の肩口に浮かんでいた照る照る坊主が真っ青になっている。あんな風になるのかとちらりと確認した北斗は、けれどすぐに女性から森に続く斜面へと視線を変えた。
 余計な声を上げられたせいで、様子を見ながら川に寄ろうとしていた何人かが足を止めている。少し遠いが、射程距離だ。先ほどと同じく力を使って水を巧みに操り、目に見える範囲は一人残らず水浸しにする。
「ヴォウ、オウ、ヴォウ」
 あまりに見事な命中に、思わず北斗は自ら拍手をした。川に何かいる! と誰かが指し、視線が集まったところであっかんべーと舌を出すとすいっと泳いで上流に向かう。あんなのありかよーと悲鳴めいた声を背後に聞きながら次なるターゲットを探していると、標的発見! と上から声が降ってきた。
 咄嗟に見上げれば、そこにリニア・RX-F91が浮いている。
 まずい、と慌てて水を操り、向けられる水鉄砲で攻撃される前に水塊を投げつける。確かに彼女が放った水は防げたけれど、跳ね返ってくる水までは計算に入っていなかった。
 あ、と思った時には遅く、北斗の頭上に浮かんでいた照る照る坊主は二体とも薄っすらと青く染まっている。
『あー、失敗したよー』
 どこかにいるという大きな照る照る坊主を探しに行かなくてはならないではないか、と幾らか恨めしくRX-F91に目を向けると、あーんずぶ濡れですーっと嘆いた彼女の照る照る坊主はどちらも白いままほよほよと浮いている。ちぇー、と拗ねた気分で考え、反重力を使って浮かび上がった北斗は水を振るい落としているRX-F91の隙を衝いて水を口に含んだ。
 水鉄砲よろしく細く勢いよく吹きかけたのだが、彼女が身体を張って守るより早く、ジャイアント・マニュピレイター──略してG・M──が即座に反応して庇っている。北斗の放った水は、RX-F91の顔にかかっただけ。
「ぷあっ! 照る照る坊主を守る為とはいえ、あたしの防御がなってないですねぇ」
 水浸しですと顔を拭った彼女の声はけれどどこか楽しそうで、北斗は失敗を見届けて再びちぇーっと思いながらも、交換要求に向かった。



 ティリクティアは現在、燃えていた。いつもは長く垂らした髪を邪魔にならないように結い上げ、木々に引っかかったりしないよう動きやすい服装を選んだ。服は勿論、万が一に備えての防水性だ、抜かりはない。厳しい目つきで辺りを窺い、第六感を働かせる。今から向かう場所に罠はないか、敵はいないか、慎重に確認しながら手にした武器をそっと握り締めた。
「大丈夫……、あなたたちは私が絶対に守るから」
 安心してと、聞き咎められない程度の小声で笑みを浮かべながら言い聞かせるティリクティアに、返る声はない。ただ彼女の肩位置にふよふよと浮かぶ照る照る坊主が、まるで人語を解したかのようにこっくりと頷く。
 ティリクティアはそれを見て笑みを深めると、隠れてと指示するように彼らを制して息を潜める。どこまでも真剣に辺りを窺っている彼女の肩で、照る照る坊主も子供が直線だけで書いたような顔に緊張感を漲らせている──ような気がする。
 幸いにしてこの辺りの木々はどれも太く、どっしりと構えて枝葉を茂らせている。小柄なティリクティアは、余計に隠れ場所には困らない。幹に背をつけて息を殺し、いつでも撃てるように水鉄砲を持ち上げながら耳を澄ませる。
 戦闘に長けたプロでもない限り、碌に道もない森を歩けば必ず音がする。どこから敵が現れるとも知れない現状、辺りを見回すのに気を取られすぎて音を立ててしまう者は思ったより多い。案の定、ぱきりと何かを踏みつけた音を聞いて相手との距離と方角を測ったティリクティアは、背の影に隠れているよう手だけで指示してそっと移動を開始する。
 自分の立てた音にまで驚いている無用心な誰かとは違い、ティリクティアは走る時でさえ自分の立てる音に気をつけている。そうして気づかれない内に狼狽えている男性のすぐ側の木まで辿り着き、ちらりと標的の位置を目視すると木の影から手だけを覗かせて水鉄砲を撃った。
「うわっ!」
 最後の一つが! と上げられた悲鳴で、無事に青く染める事ができたと分かる。
 よしっと小さくガッツポーズする間も惜しんで、ティリクティアはすかさず身を隠していた木に登っていった。守護すべきをなくして自棄になった相手が特攻してきても、我に返る前に緑の屋根に潜んでしまえば分からないはずだ。
「しばらくは、ここで隠れてたほうがよさそうね」
 ティリクティアが乗ったところではびくともしない太い枝に座り、場所を貸してねと撫でると答えるようにさやとした風に吹かれて葉がさざめく。ふと口許を緩めたティリクティアは自分の照る照る坊主の無事を確かめて、ゆっくりと幹に凭れ掛かった。
 こうして木に登って風を受けていると、マナーや歴史の授業が嫌で神殿を抜け出していた頃を思い出す。元々運動神経はいいほうだったが、繰り返す内に木登りまで得意になってしまった。その能力を別のところに使ってちょうだいと呆れながらも少しだけ笑って叱られたけれど、役には立ってるわよと心中に反論する。
「このまま逃げ切って、絶対に花束を貰うんだから!」 
 ぐっと握り拳で宣言するほど、ティリクティアを魅了するのはお菓子の花束。手にする為には全力を尽くす、疲れない範囲でだが予知さえ使うのに異論はない。けれど今回はそれを実行する前に、何だか嫌な予感がして咄嗟に木を飛び降りていた。
 少し遠く、騒ぐ声が聞こえる。普通に考えれば一刻も早く反対方向に向かうべきだろうが、彼女の勘はそちらに向かえと告げている。
「……どうせ指定された範囲は抜けられないんだもの、どこに行っても危険は同じよね」
 とりあえず照る照る坊主さえ濡らさなければいい、念の為にと先に服の中に隠して足を向けると声が大きくなるにつれ殺気立ったというには楽しげな空気が伝わってくる。
「食らえ、ガン=カタもどき!」
 中でも一層楽しげな声がしたと思うと、水鉄砲を二丁構えた小竹卓也が目についた者は手当たり次第、といった様子で水を撃ちながら目の前を駆け抜けていった。咄嗟すぎて避けきれず、思い切り顔に水がかかった。先に服に隠しておいたのは正解だった。
「っ、やったわね~っ!」
 怒ったような口振りだが、自分でも声が弾んでいるのは分かる。ここでちょっとばかし水遊びに興じたところで、さしたる問題はないはずだ。
 少し先で別の男性に駆け寄り、相手の水を上手く避けて照る照る坊主を撃った小竹はティリクティアの声に気づいて振り返ってきた。
「おっ、そっちもやる気ですかい?」
 つけていたサングラスを少し下げてにんまりと笑い、語尾を上げた小竹の左胸には既に真っ青の照る照る坊主。頭の後ろからひょこっと顔を出しているのも、また青い。
「もう守る物は何もないって事ね」
「まー、そうですな。でっかい照る照る坊主を見つけるまで、ランボープレイは基本じゃろー」
 てことで隙ありと左手の水鉄砲を撃ってきたが、今度は得意の第六感で避けて撃ち返す。出てきちゃ駄目よと服の中で動く白に言い聞かせたティリクティアは、くるりと水鉄砲を回した。



「雨の日って気持ちいいよね」
 のんびりふんわりした様子で呟いたニワトコは、川から大分離れた森の中にいた。ただどこかに向けて歩くでもなく、誰かを油断なく狙っていたりもせず、見える中で一番大きな木に登って、その一番下の太い枝にちょこんと座って足を軽く揺らしている。
 基本的に樹木であるニワトコにとって、雨は不快ではない。勿論ずっと降り続くと太陽が隠れたままになって困ってしまうが、たっぷり浴びると元気になるし心地いい。皆で雨の日を楽しめたらいい、と思って参加したニワトコにとって、水鉄砲で誰かを狙い撃つという感覚はさらさらなかった。
 とはいえ皆でずぶ濡れになって楽しむこんな機会は貴重だ、預かった照る照る坊主はできる限り濡らさないほうがいいだろうと判じ、両肩に一体ずつ乗っているそれは自分の長い髪で覆い隠している。時折外が気になるのかちらちらと外を覗くせいで隠している意味はあんまりないが、ニワトコはそこまで深く気にしていない。
 そもそもこうして木の上にいるなら、下を歩く参加者が彼の肩から覗く白に気づく余地もないだろう。もっと言えば、ニワトコにさえ気づくかどうかも怪しい。何しろ本人にその気はないのかもしれないが、森の気配に完全に溶け込んでいるから尚更だ。
 だからこそ、参加者たちはニワトコに警戒を向けられないまま下を通りかかる。さっきまでも何人か通りかかったが、今回もまた疲れたーと汗を拭いながら歩いてきた男性に気づき、ニワトコは膝に乗せていたじょうろを取り上げた。まるで花に水をやるような感覚で傾けると、さあっと細かく水が落ちていく。
「え、雨、」
 聞いてないとばかりに顔を上げた男性と目が合い、ニワトコはこんにちはと笑ってじょうろを戻した。いつからそこにーっ! と、さっきまでの何人かと同じ台詞を吐いた男性は、はっとして自分の肩の辺りで浮いていた照る照る坊主を確かめる。
「ここまで死守してきたのにーっ!」
 かかった水の量が少なかったせいで薄っすらとだが、青く染まっている。頭を抱えるようにして嘆く男性に、もったいないよとにこにこして告げる。
「たまには雨に濡れるのも気持ちいいよ」
「今回はそんな趣旨じゃないだろ!?」
 しかも自分は濡れてもいないんだろうと低い位置から指摘され、そう言われるとそうだと頷く。
「お花に水をやるみたいで、楽しかったんだけど」
「そりゃ自分は濡れないんだから楽しいだろうよー」
 ああくそ交換場所探しかー! と頭を掻き毟った男性は、でもそれより先にと水鉄砲を構えた。ニワトコがきょとんと瞬きをする間に、どうやら射程を弄ってあるのだろう水鉄砲から照射された水が左肩にかかった。
 何事ー? とばかりに顔を覗かせていた照る照る坊主は、ニワトコの髪と一緒に濡れている。
「あ」
「よし、とりあえず一体分リベンジ!」
 これで勘弁してやると笑った男性が踵を返して交換に向かうのを見送り、ニワトコは青く染まった照る照る坊主を見てふふっと笑った。
「濡れちゃったね」
 でもこれはこれで楽しいよねと軽くつつくと、もう一体の白いほうが身を乗り出させるようにしてじょうろを覗いている。気になる? と声をかけると、何かに引き込まれるようにしてじょうろに頭からダイブした。
 何が起きたのかと何度か目を瞬かせたけれど、真っ青になって満足そうにじょうろから顔を出す姿を見たニワトコはくすくすと笑い出した。
「そうだね、てるてる坊主くんだって水遊びは楽しいよね」
 どうせそろそろ補給しなくては水も切れるところだった、川に着くまで入っていたらいいよと照る照る坊主入りのじょうろを抱えて飛び降りたニワトコは、うわっといきなり上がった声に視線を巡らせた。
 何故か黒い犬の耳をつけている坂上健が、上にいたのかぁと胸を押さえている。
「ポッポの視界に頼ってたけど、その上にいられたら気づかないよな」
 苦笑するように頭をかいた坂上に、驚かせてごめんねと謝るとこっちこそと気安く手を揺らした彼はじょうろから顔を出している青に気づいて目を瞬かせた。視線を追いかけてそれを見つけたニワトコは、笑顔になってじょうろを持ち上げた。
「何か、風呂でも入ってるみたいに楽しそう、だな」
「うん。花束もいいけど、こんな風にぼくらが雨も楽しめばきっと雨雲も満足して去っていくよね」
 それもいいんじゃないかなと笑って答えると、そんな考え方もありかと坂上も大きく頷いた。けれどすぐに何かに気づいた様子で、まずいと顔を顰めた。
「でも俺の今回の使命は、花束ゲットで濡れるわけにはいかないんだ。他の参加者が近づいてるみたいだし、もう行くな!」
 あんたも幸運を祈る! と親指を立てて走り去っていった坂上を見送り、楽しそうなのはいい事だと笑みを深める。
 降って降って、たくさん降り尽くした後に顔を覗かせる太陽はどれだけ綺麗だろう。皆でそれを眺められたらいいなと、青く揺れている照る照る坊主を見てニワトコは目を細めた。



 面白そう! という理由で参加を決めたアイドル休業中のリニア・RX-F91の外装は、桜色だった。陸なら白、海なら紺と変わる。桜色の今回は勿論、空モードだ。
 照る照る坊主を受け取る時、主催者にちゃんと確認した。空中は、どの高度まで範囲に入りますか? と。
 高度設定があればそれに準じ、そもそも空を飛ぶのは駄目と言われれば従う気でいたが、木を超えなければ好きなだけとさらりとOKを貰ったらこっちの物だ。
「今回は、テルテル坊主さんを守るのが最優先! ですねっ」
 リニアと同じ速度で動くなら、気をつけるべきは水だけだろう。それならばと照る照る坊主の守護はG・Mの超反応に任せ、自分は攻撃担当だと水鉄砲を構える。一先ず水が切れるまでは、できるだけたくさんを青く染めてしまおうと決めて森に入った。
 最初の受け渡し場所から数メートルは安全地帯になっているが、そこを出れば既に参加者が潜んでいる可能性がある。慎重に、できるだけ木が密集しておらず空へと逃げやすいポイントを探してそっと足を踏み入れると、どうやら早々と待ち伏せされていたらしい。
「覚悟ー、お、ぉお?!」
 玉砕覚悟で突っ込んできたようだが、人を認識した瞬間にリニアは軽く飛び上がっていた。危うく木を超えそうになったがどうにか調整してその場に留まっていると、それを見た女性はずるーい! と声を上げる。
 頑張って何度か水鉄砲を撃たれるが、届く気配もないのだからその批難は甘んじて受けるべきか。
「う。……確かにちょっと、卑怯でしょうか?」
 相手は飛べないのにとちらっと罪悪感めいたものは感じるが、許可が出ているならこれは正当な手段だ。元より、勝負に情けは無用──きっと多分!
「というわけで、ごめんなさいっ」
 撃ちます! と宣言し、引き金を引く。女性が持っているのも配布された水鉄砲だろう、同じ距離、同じ武器ではリニアも同じく射程距離が足りないのに、リニアの場合は高度が勝手に補ってくれる。雨よろしくぱらぱらと降った水は、それでも女性の照る照る坊主をちゃんと濡らした。
「空を飛べるなんてずるいーっ!」
 そんなの聞いてないと泣きそうに異議を申し立ててくる女性に、非情になりきれないリニアは申し訳なくなってそろそろと高度を下げた。あのお、ごめんなさいと恐る恐る声をかけると、隙あり! と女性は下げていた水鉄砲をリニアに向けた。
 ぴゅーと呑気に向けられてくる水は驚いて持ち上げたリニアの手にはかかったが、優秀なG・Mにより照る照る坊主は無事だ。
「ちぇー、残念」
 せめて一体は濡らしたかったのにと悪戯っぽく笑った女性にリニアは目を瞬かせ、ふっと口許を緩めた。
「やりましたねぇ!」
「女に演技は付き物よー」
 だってあたし飛べないもーんと楽しそうに笑った女性は、でも勝てない勝負はしない主義! と手を上げてすたこらと逃げ出した。もう一体、左の肩に乗る照る照る坊主は白いまま。これは勝負ですねっと笑みを浮かべたリニアは、浮かんだまま速度を調整して追いかけ始める。
「待て待てですー!」
 木の間を縫って上手く逃げる女性を面白がって追いかけていると、いきなり上から水が降ってきた。咄嗟に速度を上げて大半を遣り過ごしたが、足はびしょ濡れになる。どうやら罠が仕掛けてあったらしい。
「ふわあ、罠まであるんですね」
 気をつけなくちゃと目を瞬かせながらリニアが呟くと、その先も危険よと木の影から声が聞こえた。振り返ると、顔を覗かせたティリクティアがごめんなさいと謝ってきた。
「今の罠、水の向きを読んでわざと引っかかったの。まさかそっちから人が飛んでくると思ってなかったから」
「あたしが狙われたんじゃないんですか?」
「まさか、やる時は水鉄砲で正々堂々とやるわ。今のは私のミス、ごめんなさい」
 近寄ってはこないままも申し訳なさそうに頭を下げたティリクティアに、リニアも気にしないでくださいと両手を揺らした。
「テルテル坊主さんも無事ですし」
 あなたの仕掛けた罠じゃないんでしょう? と語尾を上げると、ティリクティアは苦笑するように笑って頷き、リニアが向かおうとしていた先を指した。
「その先にも別の罠があるから気をつけて。お詫びに教えるのは、これ一回よ」
「ありがとうございます、じゃああたしも一回攻撃するのはやめときますね」
「そうしてくれると助かるわ」
 既に一体は濡れちゃったのと寂しそうなティリクティアに、リニアはそれは残念ですねと頷いた。
「それじゃあ、この後は気をつけて。でも次に会ったら、あたしも撃っちゃいますよー?」
「ふふ、私もそうするわ」
 でもきっと次に会うのは終わってからだと思うわと予言めいて告げたティリクティアに、だといいですねと笑ったリニアは少し高く飛び上がり、そのまま他の参加者を探しに向かった。彼女自身には案外水はかかっているけれど、ちゃんと同じ速度でついてくる照る照る坊主はまだ白いまま。



 黒いラプラドールの犬耳カチューシャをつけた坂上健は、辺りを見回しながらうーんと唸った。
「あっちじゃ萌え力で嗅覚も上がるんだけど、……此処じゃ無理かぁ」
 やっぱりポッポの視覚頼りで地味に探すか、と雨の日のデパートよろしく濡れないように包んだビニールリュックを担ぎ直した健は、人の気配を感じてさっと身を潜めた。
 今回、健が参加したのは純粋に水遊びを楽しみたいから、ではない。どうしても花束を一つは手に入れる、その為にはひたすら逃げ回るのも辞さない覚悟だ。
 そうして意気込む健を他所に、彼の両肩に一つずつ引っ付いている照る照る坊主は物音がするとそちらに身を乗り出そうとする。駄目だってと押し戻されるのがどうやら気に入ったらしいが、健としては気が気ではない。下手に飛び出して濡れでもしたら、彼の計画が台無しになる。
「とりあえずでっかい照る照る坊主に会えたら、お前らが濡れても構わないんだけどさ」
 濡れたがってる気もするしと苦笑した健は、とりあえず今は駄目だぞと自分の肩へと押し戻して隠れる。
 油断なく辺りを窺った男性が、こちらに向かって歩いてくるのがポッポの視界から分かる。これを遣り過ごせばまた探しに戻れると気配を殺していたのに、左肩の照る照る坊主が何故かぴょこんと飛び出した。
「ちょっ、待った!」
 いきなり飛び出すなと追いかけたところで、銃を構えたまま歩いていた男性と目が合った。
「げっ」
 顔を引き攣らせたのは一瞬、残っていたそれを自分が着ている雨合羽の中に押し込んで保護すると、ベルトの後ろに差していた水鉄砲を引き抜く。相手の水鉄砲が白に照準を合わせているのを見て咄嗟に身体を割り込ませ、至近距離で勢いよく顔に水を浴びる。
 覚悟していたから目に水は入っていない、先に確認した位置を頭に描きながら健も水鉄砲を何回か撃ち、左手で飛び出した照る照る坊主を捕まえるとダッシュでその場を離れる。何度か追いかけてこないのを確認してようやく足を止めた健は、改めて左手を持ち上げた。
「どうして勝手に出て行った!?」
 危うく濡れるところじゃないかと両手で捕まえ直して揺らしながら苦情を呈すと、何の話だろうとばかりに顔を逸らされる。誤魔化すなと説教を続けようとした健は、けれどふと気づいた事実が信じ難くて何度も瞬きを繰り返した。
 そろそろと手を離して確認すると、水鉄砲を使った時にどうやら自分の手も濡れていたらしいと教える青い染み。見つけた途端、声にならない悲鳴を上げて頭を抱えていた。
「なんて自滅、俺の馬鹿ーっ!」
 何をやってるんだと心の底から嘆いていると、横合いから大丈夫かと声をかけられた。
「ほっといてくれ、今は自己嫌悪と猛省に忙しいんだっ」
 怒りのやり場が分からないと地面を叩いていると、声をかけてくれた相手は関わらないほうがいいと判断したらしい。
「じゃあ、まぁ、好きなだけ落ち込んでてくれ」
「なぁなぁ何あれ何で犬耳? あれって参加者か俺たちと同類か、どっちだろうどっちかな?」
「ふざけんな、お前は知らねぇが俺のこれは趣味じゃねぇ!」
「俺だって好きじゃない好きでじゃないぞ!? じゃああれだ趣味。趣味の人」
「そうだろ。いいからほっとけ」
 歩き難くてしょうがないと鬱陶しそうにぼやいた声が離れていくのを聞いて、健はふと顔を上げた。
 よちよちと、歩き難そうに離れていくのは白い塊。何だか見覚えのあるフォルムに首を傾げて視線を戻し、自分が青くしたそれと目が合った。
 照る照る坊主。丸い頭と、スカートじみて広がった裾。
 はっとして離れて行こうとしている二人連れのフォルムを確かめ、探していた存在と気づいて慌てて立ち上がった。
「やっと見つけた!」
 叫びながら左側にタックルし、どわっと声を上げてぶっ倒れる着ぐるみ坊主に、頼む交換してくれ! と詰め寄った。
「痛い痛い痛い、とりあえず離れろ!」
「それより交換!」
 足を捕まえたまま請求すると、欲しいのこれか? と横から白い照る照る坊主を差し出された。
「っ、ありがとう、助かった!」
 これで借り物クリアー! と喜んだ健は、受け取りかけて自分の手を見下ろし、未だ捕まえている白い着ぐるみでごしごしと手を拭いた。
「おい、今俺で手ぇ拭いただろ!?」
「ここでまた濡らしたら馬鹿みたいだろ」
 大事な一個だから慎重にと受け取った健は、ほっとして口許を緩めた。
「……そんなに花束が欲しいのか」
 変わった奴と健が捕まえていた着ぐるみが身体を起こしながら呟いた時、いきなり影が差して三人同時に空を仰いだ。
 そこにいるのは、トド──北斗。
 本日のチェンバーは、晴れ時々曇り。所により巨大なトドが降るでしょう。
「って、そんな場合じゃない!」
 危ないと声を張り上げると、動けずにいた着ぐるみ二人のすぐ側に1.7tの巨体が降ってきた。
『てるてる坊主、濡れてしまったので、交換宜しくだよ』
 もう二センチずれてたら圧死するところだったと小さくぼやいている着ぐるみの声など聞いた風もなく、北斗は楽しそうにそう請求した。



「まさか水鉄砲でサバゲをする日が来るとは思わなかった」
 どこか面白そうにした小竹卓也は、木の根を選んでその上を慎重に歩きながら呟いた。
 景品の花束にはあまり興味はないが、勝負となれば勝ちたいに決まっている。その為には足跡を残さない、物音を立てないは基本だろう。特にこの辺は、今までに散々水を撒かれたせいで土が軟らかくなり、足跡が残りやすくなっている。罠を仕掛けるのでもない限り、無闇に残すと今の卓也みたいに跡を追って狙われる危険性がある。
(まぁ、罠かもしれんけど見つけないことにはどうしようもないし)
 それに、と近くの木に背を預け、水鉄砲を構え直しながら考える。周辺に気を配る参加者は多いが足跡にまで気が回らないのか、こんな風にただ相手を見つける可能性が高い。
 そっと息を詰めて水の残量を確かめ、相手との距離を計る。ゲームを開始してもう随分と経つ、射程距離は十分に把握している。もう三歩も近づいてくれば十分に圏内だ、気配を殺して待てばいい。
 念の為、他に気配がないかも探っておく。見つけた相手を狙撃している間に、自分の照る照る坊主を青くされては意味がない。けれどざっと探ったところそんな様子はないし、足元のメーゼも落ち着いた様子で尻尾を振っている、目の前の相手に集中しても問題ないと判じて意識を切り替えた。
 周りを気にしながらゆっくりと進んでいる相手の足音が近くなり、木の影から視線だけでそっと様子を窺う。相手の顔が余所を向いているのを確認して引き金を引き、狙い通り相手の右肩にいた照る照る坊主が青く染まったのを確かめると一度態勢を整えて一気に距離を詰める。
 せっかくここまで守ったのにと恨み言交じりに水鉄砲を向けられ、心臓に向けて放たれた水は曲げた左腕で受け止めながら右手の銃を相手の左肩に向ける。躊躇わず撃ちながら自棄になった相手が繰り出してきた手を掻い潜り、まだ白く残っている照る照る坊主を左手の水鉄砲で撃つ。今度こそ青く染まったのを見てすっと身体を引いた卓也は、自分の白を気遣いながらさっとその場を離れる。
 ちらっとでも濡れていたら無効だからなの言葉に従い、確認したそれは辛うじて白いまま保たれている。ほおと大きく息を吐いた卓也は、大仰に出ていない額の汗を拭った。
「さすがに三回目の交換に行くと、本気で追い払われる気がするからなぁ」
 実のところ、着ぐるみ坊主にはもう二回も特攻している。一回目ははいよーと簡単に交換してくれたが、二回目は何やってんだお前はと呆れた目をして帰れと突き放された。だってもう真っ青なんですよ交換してくれるまで付き纏ってやるーと本気で長々と付き纏って、ようやく交換してもらった。次はないからなー! と何だか悪役みたいな台詞で宣言された以上、もう次は追い返されるとみるべきだろう。
 せっかく水鉄砲を二挺も借りられた、ここはガン=カタで行くべき! と決めて特攻を繰り返すのは楽しかった。複数での抗戦を見かけたら漁夫の利を狙って影から狙撃もしたが、やはり守るべきを失ってのランボープレイを一番楽しんだ辺りに敗因があるのだろうか。
 このまま守り通せるといいけど、と頭をかき、三代目の照る照る坊主を窺う。子供の落書きみたいな顔で、何ー? とばかりに見上げてくる姿に和み、そっと息を吐いて持ち上げた水鉄砲の水量を目にしてうーんと唸る。
「そろそろ補給はするべきだろうけど、川の辺りって今は特に激戦区だろうしなぁ」
 近づくだけで巻き込まれる可能性が高い、照る照る坊主が青い間は何も気にせず向かえたが、もう交換も見込めないなら危うきに近寄らずで行くべきか。
 でもそれもちょっと物足りないかなぁと悩んでいると、後頭部についてくるよう言いつけていた照る照る坊主が暇だーとでも言いたげに頭に乗ってきた。足元についてきているメーゼも、走り回ってる間は楽しげについてきていたが立ち止まると退屈そうに欠伸までしている。
「やっぱり自分に立ち止まるという単語は似合わないという事か!」
 それなら期待に応えて川に向かおうかと足を向けかけた時、聞き慣れない音を聞いた気がして咄嗟に足を止めた。と、その三センチ先にさぁさぁと霧雨みたいな水が降ったのを見て、思わず後退りした。
「もったいないなぁ。せっかく水を浴びるチャンスなのに」
「っ、上!?」
 慌てて仰ぐと、そこに伸びている太い枝にちょこんと座り、にこにこと無邪気そうに見下ろしてくるニワトコを見つける。さっきの突然の雨は、どうやら彼が手にしているじょうろから撒かれたのだろう。
「怖っ。危うく補給前に全滅させられるところだった」
 出鼻を挫くよなぁと苦笑はするが、届きそうにないのも手伝ってニワトコを撃つ気にはならない。それに、さっきから彼の肩で顔を覗かせている照る照る坊主は、既にどちらも青い。
「自棄になっての捨て身にしちゃあ、ずいぶん甘い攻撃ですなー」
「自棄にはなっていないよ、皆が雨を楽しめたらそれがいいしね」
 今からでも濡れてみる? とまだ水が残っているのだろうじょうろを持ち上げられ、遠慮しときますと水鉄砲を持ったままの右手を上げて辞退した時。ひゅるひゅるとまた聞き慣れない音に続き、白い煙だけ花火が上がって主催者の声が聞こえてくる。
「お客人方、これにて終了だ。最初に照る照る坊主を配布した、河原まで集合してくれ」



 ティリクティアは守り抜いた一体の照る照る坊主を差し出し、お菓子の花束でと目を輝かせて告げた。わすれもの屋店主は微笑ましそうに口元を緩め、用意していた花束の内、お菓子で作った物を取り出した。
「よく守り通してくれた。ありがとう」
「一体は守れなかったのが悔しいけど、すごく欲しかったの! こちらこそありがとう!」
 嬉しいと跳ねるティリクティアにどう致しましてと答えていると、
「あはは、面白かった~!」
 楽しそうにはしゃいだRX-F91が軽い足取りで近寄ってきて、白を二体差し出した。
「ちゃんと守り通しましたよー! あたしの勝ちですねっ」
「ああ、おめでとう。花束はどちらにしようか」
「んーと、普通の……と、お菓子のと」
 両方でもいいですかと恐る恐る尋ねられ、勿論と頷いた店主はピンクの花を中心にした花束とお菓子のそれとを差し出した。ありがとう! と嬉しそうに受け取ったRX-F91は、花束を覗いていたティリクティアに近寄って守れたみたいだねと声をかけた。
「あっ、さっきの。やっぱり終わってからだったわね」
「そうですね。なので、水鉄砲の代わりにこれを。あたしは食べられませんから、よかったらどうぞ」
 お菓子の花束を出してにこりと笑うRX-F91に、ティリクティアはそんなと頭を振る。
「あなたが貰った物なのに!」
「あたしは楽しかったからいいんです。それに花はちゃんと貰いますよ」
 さっき残念そうだったからと、どうぞと差し出されたお菓子の花束にティリクティアは嬉しそうに頬を紅潮させた。
「ありがとう……、すごく嬉しい!」
「喜んでもらえたら、あたしも嬉しいです」
「お。仲良きことは美しき哉、ですなー」
 いいことだと感心しながら戻ってきたのは小竹で、こちらも二体を取り出した。
「任務完遂! 守り通しましたぜ」
 自慢げに差し出されて受け取りながら、店主は思わずくすりと笑った。
「交換に二回も訪れた剛毅な客人は、君だけだったぞ」
「あ。ばれてますか、それ」
「私は一応、主催者だからな」
「んじゃ反則ですかねぇ」
 気まずげに頭をかいた卓也に、店主は軽く首を横に振った。
「交換回数に制限はないさ。おめでとう」
 祝しながらオレンジと黄色の花束を一つずつ差し出した店主に、小竹は複雑そうな顔をして受け取った。
「自分がこれを持って歩いてたら、変な目で見られそうな……」
「大丈夫だ、照る照る坊主の着ぐるみほどではない」
 それに案外似合ってるぞと冷やかすように語尾を上げられ、喜んでいいとこですかねとますます複雑そうに小竹が聞き返す。店主も思わず声にして笑うと、楽しそうだなと完全防備の坂上が戻ってきた。
「例の犬耳ですかい」
 相変わらずビミョーな見た目でと小竹が突っ込むと、オタケンもブーケがよく似合ってるぞとすかさず切り替えしている。
「そーいう自分も、すぐに同類だろー」
「ふっ」
 まぁ見てろとばかりに笑った坂上は、リュックを下ろして何かを探し始めた。それを見て交換する物もなくぼんやりしていたニワトコも興味を覚えたようで、近寄って覗いている。
 とりあえず取り出した様々の状態を確認した坂上は、交換を頼むと一体を出してきた。
「普通のブーケがいいんだけど、できたら色を指定してもいいかな」
「構わない。何色にしよう?」
「白で」
 即答され、珍しいなと呟きながら店主は白を中心とした花束を差し出す。ありがとうなと大事そうに受け取った坂上はリュックまで引き返してセロファンで包み、青いリボンをかけている。それから大事そうに持った石と白いハンカチ、何故か交換しなかった照る照る坊主を纏めて戻ってくると、店主に向けて差し出した。
「花束は貰ったほうが嬉しいだろ?」
「……私に?」
 さすがに驚いて目を瞬かせると、あーと小竹が指を鳴らした。
「サムシング・フォー」
「そ。青いもの、古いもの、新しいもの、借りたもの。──本当は花嫁さん幸せグッズだけど、こういう勘違いもアリだろ?」
 ハンカチは俺が買った物で、これはドラグレットの守り石だと説明した坂上は、そんな大事な物は貰えないと返そうとした店主に受け取ってくれよと笑って勧めた。
「まぁ、アレだ。一生懸命企画してくれたわすれもの屋に、せめて本物っぽいサムシング・フォーをプレゼントしようかなってさ」
「それはいいね。ぼくもすごく楽しかったよ」
 お礼をしなくちゃいけないと笑ったニワトコは、自分が持っている物を見回してしゅんと項垂れた。
「ごめんなさい、また何か……今度でも構わないかな」
「気にしないでくれ! 思いがけず喜んでしまったが、この企画に参加してくれただけで十分だ」
 その心遣いだけで嬉しいと本気で照れながら店主が告げると、ニワトコもほわっと笑う。
 そこに、RX-F91とティリクティアが首を傾げて話に加わった。
「ところで借り物って、その照る照る坊主なんですか?」
「青い古い新しいは分かるんだけど、借り物?」
「あー、でっかい照る照る坊主に借りたもの、ってことで」
 やっぱり無理がある? と苦笑しながら聞き返した坂上に、顔に似合わぬ粋な計らいをーと小竹が冷やかす。何をうっと照れも手伝って追いかけ始める坂上に、小竹は冗談だってーと笑いながら逃げ出した。
 いきなり追いかけっこを始めた二人を眺めて少し笑った店主が他にはいなかったかと見回すと、小竹が離れるのを待っていたらしい北斗が、オゥオウっと近寄ってきて白を出した。
『たのしかったよ、……色々とね』
 テレパシーで伝えられ、それはよかったと微笑んだ店主が花束を取りに向かうと北斗はそちらに近寄っていった。
『あと、……主催者も濡れていけば』
 言うなり北斗は水を吹きかけたが、店主が濡れる前によろけたらしい照る照る坊主の着ぐるみが間に割り込んでいた。いつにも増して歩き辛い! と苦情を呈しながら手にした透明なビニール傘で水を防いだ着ぐるみは、気の早い客だなぁと濡れた傘を持ち直した。
「そんなに先走らなくても、ほら。わすれもの屋からのプレゼントだ」
 他の連中も頭に気をつけろよーと適当に注意を促した着ぐるみが傘を差すと、川の水が大量に巻き上げられて細かい雨に変わった。
 このチェンバーには時間が設定されている、そろそろ傾き出しかけた太陽までも空にはあって。
 いきなりの人為的な雨に何だよこれーと騒いでいた面々も、誰かが指した空を仰いで苦情を歓声に変えている。
「ああ。虹も雨がなかったら見られない風景だ」
 空にかかる七色に目を細めたニワトコは、楽しいイベントをありがとうと弾んだ声でそうと告げる。店主は貰ったブーケを大事に抱えながら、何よりの言葉だと嬉しそうに目を伏せた。

 きらきらとした雨が虹と降る中、白や青の照る照る坊主もどこか楽しそうにふわふわと浮いていた。

クリエイターコメント大変遅くなってしまい申し訳ありませんっ。既に七夕にも近くなってしまいましたが、曲解梅雨イベント、お届け致します。

今回は皆様の目的と手段が見事に重ならず、色々あるなぁとひっそり面白がりながら楽しく綴らせて頂きました。
照る照る坊主は白いままでも皆様大分水はかかっていらっしゃるようですので、どうぞお風邪は召されませんように。

そして店主にまで嬉しいお心遣い、ありがとうございました! また調子に乗ってイベント企画しそうですが、その時はまた気の向くままご参加くださいますと幸いです。

お届けが思った以上に遅くなった事を重ねてお詫びしつつ、皆様のご参加に心から感謝致します。
公開日時2011-07-06(水) 21:30

 

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