クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-20355 オファー日2012-11-16(金) 22:54

オファーPC 奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋
ゲストPC1 橡(cnmz5314) コンダクター 男 30歳 引きこもり侍

<ノベル>

 奇怪訳あり0世界、今日も暗がり首コトリ。邸なき家の最奥で、陰が誰ぞを絡め取る。
 主を据えろと司書が言う。ぼんくらでも良い、誰か棲め。そこへ一人のお侍。壱の数振られた常世より、血の河引きずりおいでやる。
 たちまち白羽の矢が立って、たった一人で出陣ぞ。

 邸の名は、ハァ、首攫イ邸。
 お侍さま今いずこ?

 世界図書館は今日も混雑している。旅客登録に訪れた者、困り事を相談する者。司書たちはカウンターの中をくるくると立ち回るばかりだ。
“住居相談”という札の窓口で商人風の男が話し込んでいる。温和で神秘的な瞳、きっちり結われた髷。静かながらも貫禄のある風情はまるで大店の主だ。
「渡りに舟ではありますが」
 商人――奇兵衛は困ったように微笑んだ。
「この身はしがない紙問屋でして。荒事はちいと……」
「何、様子を見てきてほしいだけだ」
 司書は気やすい調子で言葉を継ぐ。
「ついでに覗いてみればいい。お前さんのなりにお似合いだと思うよ」
 覚醒したばかりの奇兵衛は住処探しもままならない。見かねた司書が首攫イ邸という武家屋敷を紹介してくれたのだが、これが物騒な家なのだという。
「こわやこわや。入り込めば首が落ちるとは」
 奇兵衛は芝居がかったしぐさで首をすぼめてみせた。
「して、邸の主……お侍さまでしたか。名は何とおっしゃるので?」
「ええと」
 司書は素早く名簿を遡った。紙束は時間の経過に比例するように分厚い。
「あった。橡、だそうだ」
「赴いていかほどになるのです?」
「軽く百年」
「それは奇怪な」
 奇兵衛は手慰みのように扇子を開いた。
「首が落ちたのではありますまいか」
「そう思ったんだが、便りが来るもんでな」
「ふむ……。姿は見せぬのでありましょう?」
 扇子を静かに口許に当てる。描かれた柄は濡れ羽色の揚羽だ。
「よござんす。手前が検めに参りましょう」
 含み笑いで蝶が震えた。

 奇怪訳あり首攫イ邸、暗がり濃くてわだかまる。
 まろうど来たりて首コトリ。

「さて」
 奇兵衛はぱちりと扇子を閉じた。
 目の前には首攫イ邸が佇んでいる。一見すれば平凡な武家屋敷だ。邸をぐるりと囲む塀はひび割れ、蔦の侵食を受けている。蔦はどくだみのような色をしていた。
 門を開いた途端、むっと草の香りが押し寄せる。
 敷地内は雑草の藪と化していた。玉砂利も飛び石も丈の高い草の底だ。生垣の名残とおぼしき椿も無秩序に枝を伸ばしている。
 深い緑の中から真っ赤な花が顔を覗かせている。手を伸ばすと、花はコトリと落ちてしまった。
「縁起でもない」
 奇兵衛はまんざらでもなさそうに笑う。
 草がさわさわと囁いている。生垣がざわざわと震えている。
 庭を突っ切った奇兵衛は敷居の前に立った。
「ごめん下さいまし」
 御用聞きでもするように丁寧に声をかける。
「世界図書館より様子うかがいに参りました。誰ぞ――」
 おりませぬか、と継ごうとした時であった。
 目の前をヒョウと風が掠めた。奇兵衛がかわすのと太刀が背後に突き刺さるのとはほぼ同時。反応があと少し遅れれば首を貫かれていただろう。
「お邪魔いたしますよ」
 奇兵衛はひょいと草履を脱ぎ、蝶の扇子をはためかせながら上がり込んだ。
 邸内には湿った暗がりが詰まっている。黒ずんだ木の床がみしみしと軋む。奇兵衛の足音か。それとも奥に誰かいるのか。
 横手の階段がぎしりと鳴った。
 奇兵衛は咄嗟に後ずさる。同時に階段から人影が飛び降りてきた。奇兵衛の鬢がほどけ、髪の毛が数本舞う。人影の刀が掠ったらしい。
 和装に、抜き身の脇差。剃られた月代。まさしく侍だ。
「貴方が橡様で?」
 奇兵衛はぴしりと扇子を突きつけた。
「様子うかがいと申した筈。かように振る舞われるいわれは――」
 奇兵衛の言葉はそこで途切れた。問答無用とばかりに侍が斬りかかってきたのだ。ががっ。振り上げた脇差が壁をこする。侍の目は切れ長で、閉じられているのか開かれているのか判然としない。あるいは元々見えていないのか。
 侍が脇差を構え直し、奇兵衛の扇子が蝶と化した。はたはた、ひらひら。紙の蝶どもが侍の顔面に張り付く。
「ほうれ、ほうれ」
 奇兵衛は紙のように身を翻す。
「鬼さんこちら、ここまでおいで」

 追いかけっこの始まりさ。
 奇兵衛はひらり、刀ががつり。お侍さまは目隠しで、なんにもだあれも見えやしない。蝶を剥がしても無駄なこと。奇兵衛の紙は無尽蔵。
 急がば回れと奇兵衛が笑う。ひらりひらりと後ずさる。刀をかわして邸の奥へ。
 ほらほらおいで、ここまでおいで。秘所へ案内しておくれ。

 たん、と襖が開く。
「そうれ、そうれ」
 奇兵衛が舞うように後退する。たん。また襖が開いた。畳の部屋がどこまでも続いている。
「もたもたしてると取り逃がしますよ」
 紙の蝶がはたはたと舞う。侍を阻んでいるのか、いざなっているのか。
 奇兵衛が扇子をふうと吹く。新たな蝶がまた生まれる。ひらり、ひらり。まるで紙吹雪。だが、ほたほたと漂う様は雪と呼ぶには不気味すぎる。
 刀を避け続ける奇兵衛は鬢にうっすらと汗をかき始めていた。いっぽう侍は息ひとつ乱さず、口も聞かない。切っ先が袈裟掛けに振り下ろされ、奇兵衛は体を開いてかわした。そのまま侍の横手に回り込む。
「ほう」
 侍の横顔を間近で凝視する。
「肉の香りが薄い。お前さん、人間じゃアないね」
 含み笑いを耳朶に吹きかける。侍がぐるんと振り向いた。糸のような目はどこを見ているのだろう。
 蝶の群れが膨らみ、爆ぜる。侍はたちまち細切れと化した。
「さらの紙には気を付けた方がいい。指を切ったことはおありかな」
 真っ赤な残骸を難なく踏み越え、奇兵衛は更に歩を進める。生ぬるい血肉が草履の裏で糸を引く。
「主はおるぞ、お主は要らぬ」
 ざわざわざわざわ。蝶が薄い刃と化して飛んでいく。
「陰陽の調和保つ為、陽司る人間こそが主に相応しい」
 ざわざわざわざわ!
 第二の侍が現れた。侍は蝶の群れにずたずたにされた。すると今度は第三の侍が。たちまち蝶が侍にたかり、喰らうように斬り裂いていく。邸の奥で陽炎のように陰が揺らめいている。陰は数多の侍や魍魎となって襲い来る。
「これは異なこと」
 奇兵衛は扇子で薄笑いを隠した。
「私にそこまで恨みがおありか。それとも――」
 ごとり。侍の生首が落ちた。否、落ちてはいない。首は体からにょろりと伸びて奇兵衛に襲いかかってきた。横合いから大入道の手が伸びてくる。天井に張り付いた巨大な髑髏ががしゃがしゃと歯を鳴らしている。蝶が踊る。血飛沫が乱舞する。
 ざわざわざわざわ。
 ざわざわざわざわ。
「一体どうなっているのやら」
 奇兵衛はほの暗い天井を見上げて笑った。
「押し潰されそうよの。邸の意志なのだろうかね」
 たん、たん、たん。手当たり次第に襖を暴いていく。侍が四方から迫り、魍魎が悪夢のように湧きいずる。

 ひぃらりひらりと蝶が舞い、ゆぅらりゆらりと奇兵衛が踊る。
 奇兵衛の首がぽんと飛び、生首コトリと落ちやった。残念無念、身代わりぞ。むくりと起きるは紙奴。
 お侍さま、ハァ、無口。
 訳あり暗がり首攫イ、追いかけっこは猿芝居。

 陰に囲まれ追い詰められて、奇兵衛がにたりと笑ってる。

 残る襖はあと一枚。魑魅魍魎が貼り付いて、通さぬ帰れと叫びおる。
 紙の蝶ども群がって、あっという間に陥落よ。

 蝶がはたはたと扇子に還っていく。魍魎も鳴りを潜め、耳が痛むほどの静寂だけが残された。
 ずかずかと踏み込んだ奇兵衛はゆっくりと辺りを見回した。
「……一体どうなっているのやら」
 口先だけで困惑を述べ、薄い微笑を扇子で隠す。
 邸の最奥、主の寝所で侍が倒れていた。紙のように白い顔で、切なげに目を閉じて大の字になっていた。
「もし。お侍さま」
 ちいちい、ぴいぴい。どこかで小鳥が鳴いている。
「様子うかがいに参りました。もし」
 ちいちい、ぴいぴい。さえずりと沈黙ばかりが返る。奇兵衛はそっと屈み込み、侍の首筋に触れた。頸動脈がぴくりぴくりと息づいている。
「百年以上も気絶とな」
 奇兵衛は何度目かになる薄笑いを浮かべた。
「陰が人を守るとは。人が陰の邸を生かすとは。面白きこと」
 侍の瞼がかすかに震える。血色を失った唇が酸素を求めるように動いている。奇兵衛は静かに立ち上がった。
「主なんて遠慮しますよ。棲ましてくれりゃそれで良い」
 これにて一件落着、と。

 ぱちり。ぱちり。黒と白の碁石が対峙している。
「むう」
 壮年の男が額に脂汗を浮かべている。
「投了かい」
 対面の老爺が呵々と笑った。
「いいや、まだまだ。長考させてくれんかね」
「どうぞお好きに。おおい、橡さん」
 老爺は侍を呼ばわった。
「こっちで一服せんか? 根詰めすぎだよ」
「ありがたきお誘いなれど」
 侍――橡は書物から顔を上げて一礼する。
「それがしは勉強中の身ゆえ」
 そしてまた読書に没頭する。「堅いねえ」と苦笑する老人の声はもはや届かない。
 橡は多忙だった。何せ記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。ひどく長い夢を見ていた気もするが、夢占いに耽る暇はない。橡の時間は覚醒直後で止まっているが、世界の情勢は動き続けていた。概要を追いかけ、現状を把握するだけでも精一杯だった。
 足元で小犬が吠え立てる。ドッグフォームのセクタンだ。小弥太と名付けて可愛がっているが、じゃれつかれる度に複雑な心境が湧く。橡が覚醒した当初はこんなフォームは存在しなかった。
「もうお帰りか。今日は大丈夫なのかい」
 書籍を片付けているところへ老爺が声をかけてくる。橡はぼそぼそと応じた。
「お気遣いなく」
「お元気そうで」
 老人がまた笑った。
「ついでに樹海まで行ってみちゃどうかね」
「……遠慮仕るでござる」
 世界樹を見て気絶しかけたのはつい最近のことだ。
 太腿に飛びついてくる小弥太を抱き上げ、図書館ホールを後にする。
 人波から逃れるように足を速める。路地に入った途端、ほうと吐息が漏れた。知らぬ間に息を詰めてしまっていたようだ。図書館ホールにしろ駅前通りにしろ、引きこもりの身には居心地が悪い。しかし外に出なければ勉強はできぬ。この地で生きるために、最低限の知識は身に着ける必要がある。
 腕の中の小弥太がふんふんと鼻を鳴らしている。愛嬌のあるしぐさに橡の眦がほんの少し下がった。外に出るのは家族同然の小弥太のためでもある。
「犬には散歩が必要だな」
 首の後ろを撫でてやると小弥太は気持ち良さそうに目を細めた。
 路地を辿り、叢を抜け、疏水を越えて首攫イ邸へ。門は半開きになっている。きちんと閉じた筈なのにと首を傾げ、きしりきしりと玉砂利を踏み始めた時だった。
 俄かに小弥太が唸り始める。邸の縁側に人影があった。ぱちり。ぱちり。碁石の音が響いてくる。
「むう」
 碁盤の前で男がしかめっ面を作っていた。
「投了かな」
 対面では商人風の男がゆったりと微笑んでいる。
「いいや、まだまだ。長考させてくれんかね」
「どうぞお好きに」
「誰ぞ!?」
 橡はとうとう悲鳴を上げた。男――碁仇が「お」と橡に気付く。脂っぽい団子っ鼻が橡を値踏みするように蠢いている。
「奇兵衛さんよ。あちらのお侍が、例の?」
「ああ。お帰りなさい」
 奇兵衛と呼ばれた商人は橡に向かって手招きをした。
「よくお戻りで。この数年、案じていたんですよ」
「数年? なら寝所で伸びてたってのァ誰だったんだい」
 碁仇も薄笑いを浮かべながら手招きをする。碁仇の肩の上の紙奴もゆらゆらと橡を招く。
「世界樹に起こされたのかな。しかしどうも理屈に合わない。また偽者ではありますまいな」
 奇兵衛がもう一人現れ、橡の鬢に汗が染み出す。これは誰だ。此処は何処だ。如何なる理由でこうなった?
 警報のように小弥太が吠え続けている。
「お帰り」
「お帰り」
「お帰り」
 舟幽霊のように手どもが招く。橡は卒倒したとかしなかったとか。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。
タイトルは いちじつひゃくとせ です。

前回の形式に倣いました。オファー文をそのまま貼り付けたいくらいでございましたとも。
やっぱり解釈に迷ったのでどうにでも取れるように以下略。奇兵衛さんや首攫イ邸の不気味さをえがけていれば良いのですが。

私事で恐縮ですが、当方がお届けするノベルはこれが最後です。
このタイミングで再びのご縁を頂戴でき、光栄でございました。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2012-12-25(火) 22:10

 

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