暗い、人を寄せつけぬ室内にあやしい薬品が漂う。テーブルにごちゃごちゃと置かれた器具。 そこに白衣に身を包ませた科学者がいた。「あはははははははははははははは、ようやく完成したぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 己の作品の完成に科学者は笑う。 どんどんとドアが叩かれる。「はっ、このドアのノックの気配は」「いるのはわっているぞ。開けろ!」 ドアから響く音に科学者は慌てて完成した品を両手に抱えた。このどすの利いた声は自分から作品を奪う敵だ。「これだけは、ここで奪われるわけには!」 ゆえに科学者は決断した。 そして、それがすべてを狂わせるきっかけとなった。■ ■ ■「あはははははははははははははははははははははは!」 朝。 さえずる鳥たちが驚いて飛んで逃げてしまうような歓喜の声を女探偵キサは事務所兼自宅であげた。 それに驚いたのは彼女の事務所の上の階に住んでいる仮面探偵フェイ。朝はパンよりも白飯派である彼は右手に箸、左手に白飯をもってドアを足で蹴り開けた。――大変行儀が悪いので良い子は真似をしてはいけない。「なんだ、今の声は! 奇襲か!」「あ、ふぇい~」 思わず目を逸らしたくなるほどの笑顔でキサが出迎えた。「……どうした、キサ」「みろ!」 何かが揺れた。それもキサの胸板あたりで。「……ん?」「私の胸!」キサの胸を見てフェイは眉根を寄せた。あの男よりも胸のないキサの胸板に小さな膨らみがあるのだ。「……新種のどっきりか?」「ちがうっ! 自前だ。自前! 今朝起きたらでかくなったんだぜ! ふ、ふふふふ、毎日、牛乳を飲んで、エクササイズを一時間して、お風呂でも血の涙を流した結果が! うふふふ、昨日、見つけたキノコを抱いて寝たのがよかったのかしらー? そうね、今夜はきのこパーティよ。いや、キノコさまとお祈りしないとね!」 キサが笑いながら両手に余るほどのでかいキノコぽい鉄のそれを抱えてくるくると回り始める。 はたからみれば朝からなにかあやしい薬をキメた危ない人である。「新手のどっきりでもないとして、どうして……それに、それはキノコか? 鉄の塊のようだが」 こんこんとドアが叩かれて、返事もしないのに勝手に開いた。「ハーイ、ごはん奢ってヨ! の情報屋です」「他人のネタだろう、情報屋。朝からお前はなにがしたんいだ」「フェイったら冷たいな。お客さんを連れてきたのに。こちら、科学者のリンヤンさん。なんでも大切なものをなくしちゃったんだってさー」 情報屋の後ろからそろそろと白衣をきた眼鏡をつけたアフロ頭の男が出てきた。「すいません、僕の改造マシーンを探してください。って、ああああああああ、僕の研究の結果ぁああああ!」 リンヤンが叫ぶ方向にフェイはいやな気がしたが振り返ると、キサが両手に鉄の塊を抱いていた。「そ、それは、僕が作りあげた改造くんなんですよ! あ、自己紹介遅れました。僕、犯罪心理研究対策部のリンヤンといいます! 好物は納得です」「そこまで誰も聞いてない。というか、あの鉄の塊は君のなのか?」「改造くんです! 言ったように、僕、犯罪心理対策部といって、犯罪が多いこの街をどうにかするために政府が作った研究所の人間なんです! そして昨日、ようやく作った研究が改造くんなんです!」「キサ、それ盗んだのか」「違う! 拾ったんだ。ゴミ捨て場で」「お前は、いちいちへんなものを拾うな! おい、キサはそういっているが」 キサの頭を小突きながらフェイはリンヤンに視線を向けた。「あ、ああ、それは、それは悲しいことが語るも涙、聞くも涙なことが」「朝からうっとおしいのは勘弁してくれ。はしょれ」 およよっと白衣で泣く真似をしていたリンヤンはすっと顔をあげた。「わかりました。実は、昨日、住んでいたアパートが家賃滞納で、部屋にある品をぜーんぶ押収されそーになったので、完成した改造くんだけ部屋のドアから外に出したんです。その下がたまたまゴミ捨て場で、しばらくは隠せるかなぁと思ったんですが……その間に拾われちゃったらしくって」「……どこが語るも涙なんだ。政府関係者のくせに金がないのか」「うちの政府は弱くって。ここ最近、まともなごはんたべてません。ごはん奢ってよ!」「そのネタはもう飽きたぞ。……だが胸が大きくなるのが、この鉄の塊のせいなのか? ん、って、なぁ!」 なにかむにゅりとした違和感にフェイは恐る恐る自分の胸を見た。 見ると自分の胸に見慣れない大きな山が二つ……「あ、胸だね。それ」「……情報屋、お前も、なんか胸が」「あ、本当だ? ……ズボンのなかはっと、あ、一応、男としての威厳はあるよ? へー、けど、フェイ、爆乳だね。俺なんて、ほら、ちょうどいい大きさ、あ、美乳かな。キサは……貧乳だね」「お、男に負けた」「ば……男なのに乳がでかいのか、俺は」 混乱するフェイを横にふふふっとリンヤンは不敵に笑う。「この改造くんは、どんな凶悪犯罪者もその性格を変えてしまうという能力があるんです。霊力と科学の結晶体! その場にあるだけで特殊な力を発動し、空気中にウィルスのように術をばらまくんです。名付けて、男も漢も乙女化! この改造くんが傍に在るとみんな乙女になるんです。どんな凶悪犯もメルヘンな趣味にはしちゃうというもので! あ、けど、肉体まで変わっちゃうなんて、さすが僕、天才、げふぅ」 フェイは空にした茶碗を思いっきり投げつけた。「はた迷惑だ! 今すぐに戻せ」「すいません。本気ですいません。すぐに止めます。じゃあ、改造くんですぐに戻します。すべて元通りに」 キサが改造くんをぎゅっと抱きしめて威嚇する猫のようにしゃあああああと威嚇して叫ぶ。「やだ。絶対にやだ! だ、だって男に胸の大きさで負けるなんて! それにまだ……まだ胸が机についちゃう! も、水着を買う楽しみも、胸のせいで肩が凝ったという楽しみもまだ味わってない!」「そんな阿呆なこといってないで、かせ。というか、その胸では無理だろう!」「あ、ちなみに、ウィルス術は七十四時間のうちに体に定着して、戻れなくなるんですよ! これでどんな凶悪犯もあら不思議、おとなしい乙女趣味に! ピンク大好き、可愛いもの大好きに!」「この阿呆!」 フェイの左拳が見事にリンヤンの顎に決まった。「なんでそう無駄に高機能なんだ! てか、この街のすべての人間が今はこれなのか!」 「あー、改造くんの範囲からいと、この地区だけかな? そう、この地区の人間、みぃんなが、まっちょも、じじいも、すらりとした美青年も、可愛い少年も、オタクも、根暗も、胸がはえちゃってることに!」 絶対に見たくない映像だ。「キサ、はやくかせ。てか、かしない!」 フェイが詰め寄るとじりじりと後ろに逃げていたキサは一階ということも手伝い、窓から外へと逃亡をはかった。絶対にいやだぁあああという声を残して走り去るキサにフェイはなにも出来ないでいた。「ど、どうすれば……」「こういう面白いことはみんなで挑んだほうがいいよね? 大丈夫、いつもの人たちに御願しておいたから。で、フェイはどの服にする?」「なんで情報屋、お前、チャイナ服にすでに着替えてあるんだ? そして俺にどうしてピンクの女性もののスーツをドレスを差し出す……くそ、なぜか着たくなるんだ!」「改造くんの乙女機能! 男になった人は服も思考もあらメルヘン大好きに。ほら、かわいいぬいぐるみが好きになる! ああ、これで凶悪犯もあら不思議、もうこわくない、名づけて漢女に!」 フェイの無言のアッパーがリンヤンに決まった。
「機械作ったやつも、それを持って逃亡するやつも頭がおかしいんじゃないのか」 青白い顔で悪態をつく枝幸シゲルに、濃い夕闇の一瞬の紫を封じた七夏が気遣わしげに口を開いた。 「確かに、いけないことだと思います。けど、キサちゃんも悩んでいたんだと思いますよ」 「悩んでるからって……見ろよ、僕をっ!」 どーん! と狭い探偵事務所で仁王立ちするシゲル。その胸には思わず後ろから抱きついて手のなかにすっぽりと収めたい美胸が存在していた。 見事な美少女の誕生である。しかし、下には悲しいかな男のなにがちゃんと残っているが。 「うう、胸がきつい……今の時代のはやりは貧乳だろう……!」 ぶつぶつと文句を言いながら自分の胸を忌々しげに睨みつけた。 実はさらしはまいてきていたが、それがきつくて圧迫される痛みにシゲルは顔を真っ赤にして耐えていた。それがますます可愛さに拍車をかけていることを本人は知らずに。 「じゃあ、よかったら、お洋服、これ、どうですか?」 にこりと七夏が善良で差し出した、その手にあるのは、なぜかピンクのフリルのドレス。 「!?……いや、それはおかしいよ」 「絶対に似合いますよ! 是非」 きらきらと輝くばかりの七夏の笑顔にシゲルは絶句した。 「見事に、胸が出ているな」 ぽつりと、飛天鴉刃が横目でシゲルの美乳を見つめ、自分の胸にそっと手をあてて呟いた。 さらしをまいたその胸は見事なまっ平らで、膨らみがまったくない。 「鴉刃さんはいいな、効果ないみたいで……なんか効果のない種族とかあるのかな?」 シゲルが七夏のフリルドレスを丁重にお断りしながら、羨ましがる。 その言葉は鴉刃の胸を思いっきり貫いた。 見た目でわからないが、鴉刃は生き物でいえばれっきとした雌のカテゴリィに属する。つまりは女性である。 元々、まぁ、あまり胸は出てないし、そこらの男よりも凛々しいすぎるために、しょっちゅう雄――男性に間違えられているが。 今回は胸がでかくなると聞いて、これはチャンス、この胸にも膨らみが……と、野心をめらめらと燃やしてきたわけであるが。 「いや、しかし、あれは例外では……」 ちらりと七夏を見ると彼女の頬は赤くそまり、どこかつらそうだ。 「どうかしたのか?」 「え、あ。もっとゆとりのある服にしておけばよかったなって、その、胸がきつくって……さらしをまいたんですけど」 恥ずかしげに頬を染める七夏に鴉刃は視線を逸らして、他の女性陣の胸を観察した。 「リンヤンさんは天才です」 勢いこんでリンヤンに迫り、目をきらきらさせるのはシーアールシーゼロ。彼女は幼い外見に似合ったまったいらな胸である。 しかし、まだ成長段階の少女と自分の胸を見比べるなど、鴉刃としてもプライドがある。 「がんばってキサを探さなくっちゃいけないったら、いけないのよ!」 拳を握りしめてややテンション高く宣言するのは出るところ出て、引っ込むところ引っ込んでいるナイスバディのメテオ・ミーティアと比べたら心が折れそうだ。 メテオの場合はサイボーグ戦士であるので、この場合は肉体的な影響は受けていないので自前だ。 「あら、あなたがあの幸せな機械を作ったのね。……そうね、少しだけ褒めてあげてもいいわよ?」 白いフルリのついたドレスに身を包ませた幸せの魔女が優雅に笑う。 ここにきてから大きくなった彼女の胸がドレスのなかで品よく自己主張している。 「くだらない、すごくくだらない機械だ!」 「あはは、面白い機械だよ」 文句を言う仮面探偵のフェイは爆乳、けらけら笑っている情報屋は触ってみたい誘惑の美乳である。 鴉刃はちらりと自分の清々しいなにもない胸を見た。 「これは、個人差か……個人差なのか?」 おかしい。みんな大きくなっている。なのに、どうして自分の胸だけ変化があまりないのか? いや、自分もちょっとさらしがきつくて大きくなったなぁとは思うんだが、もっと、こう、変化があってもいいだろう――鴉刃はじぃと自分の胸を睨みつけた。 「どうした、ぼーとして」 「ん、その声はガルバリュート殿か」 そこはかとなく、いやな予感を頭抱きつつも振り返り、それを見たことを瞬時に後悔した。 でかい。 牛とて裸足で思わず逃げ出すそのでかい乳。それはまさに乳の壁。 それが、ちっともアンバランスではない。なんとっても鍛え上げられた美肉体にむっちり、まっちりの胸。――その乳の持ち主の名はガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード。 強靭な肉体の彼は一般の人よりも遥かに大きいため、サイズにあう服がないので上半身は裸。今は恥じらいをもって乳を両手で隠すという、セクシーポーズつきにて、いつもの五倍の色気むんむん状態である。 それを見たとき、鴉刃は胸のプライドが海の藻屑のようにさわさわ……と、跡形もなく消えていくのがわかった――教訓、欲などかくものではない。 「このままだと、捜査に支障が出るので下準備したほうがいいな……歩く公共猥褻物がいては通報される。おい、ガルバリュート、おまえにはなにがなんでもきてもらうからな、服を」 フェイがガルバリュートを睨みつけた。 「拙者、ちゃんと両手で隠しているぞ」 「阿呆ぁあああ! その爆乳がほろりとしてあらいやんではすまないだろうが! 力いっぱい隠せ!」 フェイが叫んで、手近にある絹を差し出した。 「はやく、これって、なぜ。て、うさぎの刺繍が? ……あっ」 その糸の先を辿ると、七夏がせっせっと手を動かしていた。 彼女の手はちまちまと動いて今は自分のサラシにピンクのかわいいうさぎちゃんの刺繍が出来上がりつつある。 「気になってたんだけど、それ無意識でやってるの?」 と、シゲルがつっこむ。 「え? あ、手が勝手に……これはうさちゃん!」 七夏は顔をあげて自分のさらしをみてびっくりしている。恐ろしいことに完全に無意識だったようだ。 「……もしかして、僕にあの女物の服をよこしたのも無意識だったりする」 「え、絶対に似会うと思って」 真剣な七夏の顔にシゲルは苦い顔をした。 「あら、かわいいわね。このうさちゃん、けど、私のドレスには少し合わないわね」 幸せの魔女は少しばかり残念そうに呟く。 「あ、じゃあ、薔薇なんてどうでしょうか」 「あら、すてきね。出来る?」 「もちろんです!」 「あ、僕もここにきてから、なんだか衣装を変えようと思ってたんだよね。おススメしくれない?」 と、メテオ。 「じゃあ、これとか似合うと思います! よかったら、ゼロちゃんもどう? このドレス! 絶対に似合うと思います……あれ、おかしい、ここにきて、衣装を作るスピードがあがってる……あ、あれ、いつもはもっと普通のお洋服を作っているのに!」 それは改造くんの影響であった。いつもならば一般向きの洋服を作っているはずなのに、今、七夏の頭のなかに湧きあがるお洋服のアイディアは、どれもこれもピンク、フリル――と可愛いもので満ちていた。そして、それを人に着せたくてたまらなくなっている。――恐ろしき改造くんの影響。 「着替えるなら、奥にいけ。着替えが終わったら出てくるんだぞ」 フェイの言葉に、ということで女の子たちは楽しく七夏の作った可愛らしい衣装に着替えるためにも移動した。 女の子たちの和気藹々な姿はなんとも心が和む光景だ。 で、残された者たち。 「さ、俺たちは漢女同士、楽しくきゃっきゃっしょうか。絵的には心がまったく和まないけど」 情報屋は微笑むと、ずいっとシゲルに衣装を差し出す。 「着替えないといけない義務なんてないだろう」 むっつりとシゲルは言い返す。 「けど、ほら、ノリとしては、ね。それに、楽しそうに選んでる人もいるよ、ほら、あそこ」 「ん?」 示された方向を見るとガルバリュートが真剣な顔をしてドレスを選んでいる――着るつもりなのか。そもそもサイズがないだろう。 心の中に沸き起こるつっこみとともにガルバリュートのドレス姿を想像してシゲルは眩暈を覚えてふらぁとふらついた。 「莫迦で阿呆で間抜けのせいで……!」 リンヤンを思いっきりシゲルは睨みつける。 と、 「そんなことありません! リンヤンさんは天才です」 先ほど女の子たちと奥の部屋にいったはずのゼロがいつの間にか中央のテーブルに行儀悪く仁王立ちして高らかに宣言した。 ちゃんと衣装は着替えたらしく、いちご柄のドレス姿である。 「精神苦痛を訴える人たちが見受けられるのは、中途半端な乙女化が原因と思われます。ならば改造くんをさらにパワーアップして、皆が実性別・容貌共に完全な女の子になればよいのです! これで完全解決です!」 「いや、それはおかしいだろう! 冗談でもいうな!」 シゲルが頭を抱えて叫ぶ。 「なにを言うのですか! ゼロは本気です! ゼロもおよばずながら協力するのです! さぁ、その才能を振い、改造くんを存分に強化するがよろしいです!」 「おお、ゼロ! お前はなんていう素晴らしい理解者なんだ!」 一目会ったその日から、花咲くものもあるという……ゼロとリンヤンは、がしっと同じ志しを持つ同士として手をかたく握りしめあう。 ここに美しき友情が誕生したわけであるが、しかし、 「……はた迷惑だろう!」 シゲルがとうとうキレた。 「これをみろよ。こんなの莫迦だろう! 作ったやつも馬鹿だけども、それを持って逃げたやつも! さらにそれを煽るのも! それにみんな女になったら誰が、その……子供とか誰が生むんだよ」 これ以上ややこしいことはごめんだ。それに、これ以上事態が複雑になったらどう収拾をつけるつもりなんだと、シゲルはなけなしの理性で叫ぶ。 ゼロは目をぱちぱちさせたあと、大きく頷いた。 「そうですね。みんなが女になっては種が滅んでしまいます」 「わかったようでよかっ」 「ですが、完全に女性化することで今現在の問題は消滅するのです。ゼロに任せてください」 「任せって、なんだよ、その両手に持つ化粧の品とか……!」 「ゼロ、がんばります! ここにいる人たちをみんな出来る限り女性化させます。まずはシゲルさんです!」 「!?」 見事にゼロのターゲットにロックオンされたようだ。 「じゃあ、俺もおよばずながら協力するよ。ゼロ嬢、ほらほら、ピンクのお洋服だよ。シゲルくん」 情報屋がにこやかに笑ってまるで犬の鼻先に好物の骨をちらつかせるように、シゲルの目の前にドレスをひらひらとさせる。 「そんなものいらない! 僕は、僕はっ」 「ふふ、そうはいいながらも手が服にかかっていけないことだ。ほらほら、着たいんだろう」 「う、やめろよ。ううう、手が勝手に」 シゲルが顔を真っ赤にして抵抗するが、手が勝手にお洋服に伸びてしまう。そして隙をついて服を脱がしにかかるゼロ。さらには、それにリンヤンまでくわわっている。 「任せたまえ、君にだけ改造くんの製作者としていろいろとサービスを施してあげるよ!」 「ほらほら、ブラジャーでもつけようか、その胸には」 「ゼロは化粧をがんばります」 「やめ、ちょ、触るな。どこさわって、てめぇ……! 着るなら……一番可愛い服を頼むよって、あああ! フェイさん、助けて!」 シゲルが涙目で見つめるとフェイは視線を明後日に向けた。 「似会うぞ、がんばれ」 「ちょ、見捨てるの!」 「すまん、俺は自分が可愛い」 フェイはあっさりとシゲルを見捨てた。下手に関わったら自分まで巻き込まれる。お前の尊い犠牲は忘れないと胸の中でつけくわえつつ、問題のガルバリュートを睨みつける。 「なにを悩んでいるんだ」 「いや、拙者にはなにが似合うだろうか。うむ。このピンクのフリルなどよいとは思わないか?」 ガルバリュートの両手にあるのはピンクのドレスにフェイはふっと笑って首を横に振った。 「……とりあえず、サラシだけ巻いておこう」 「いや、拙者」 「ピンクのものを身につけなくても、今の状態でもいろんな意味で素晴らしいんだ。これでピンクなんて纏ったときには周りからひがみにあうほどだ。だからさらしだけでいいんだ」 ぽんっとフェイはガルバリュートの肩に手をおいた。 「む、そうか! はははは、そうか、ひがみにあうのは困るからな!」 「ああ、本当に、いろんな意味でさらしだけにしておいてくれ」 「……君、思いっきり視線をそせし、げふぅ」 フェイはつっこもうとしたリンヤンの顎に無言でアッパーをお見舞いした。 ふと部屋の端っこでどんよりとした黒いオーラを漂わせて体操座りしている鴉刃を発見した。 「鴉刃さんも、何か服でも?」 「……私のことはほっておいてくれ」 どんよりとしたまま鴉刃は言い返す。 「しかし、男だとピンクのものを身につけないと、あとあと禁断症状が出てしまう可能性もあるそうだが……見た目は男のまま変わらなくても、あまり油断をしないほうが」 「……私は、女だ」 「すまん」 「気にするな。私だって、私だってな、本当はピンクのものを」 身に付けてみたいと、鴉刃の叫びは言葉にはならなかった。 彼女は、見てしまったのだ。 その存在は見るだけでその者の精神的崩壊を促す視界最大の暴力を振う、ぼいんで、まっちょなガルバリュートもさることながら、その横にはきらきらと輝くのはピンクの衣装を身につけ、シゲルがいた。 シゲルは髪の毛に白いもこもこのうさちゃんの形をしたカルチャー、足は白いソックスで短いスカートとの間に隙間をつけて、男ならば覗き込みたいという欲をかきたてる絶対領域まで作った姿は――まさに美女中の美女。漢女中の漢女の姿。 そのシゲルの背後ではふぅと爽やかに仕事をやりとげたぜと、ゼロと情報屋に顎をさすりつつもリンヤンがぐっと親指をたてている。 「ピンクの似会い度でも負けた」 こんな完璧なピンクの似会う相手――シゲルの傍でピンクなんて身に纏おうなど、厚かましいにもほどがある、自分なんて! 自分の邪な心がとった行動の代償がこれか。――鴉刃は心底己の愚かさを悔い改め、部屋の隅っこへと再び身を寄せた。 「む、どうしたのだ。鴉刃殿は」 「……いろいろと心が折れたんだろう。あまりの巨乳とピンクの似会いすぎる男を見て」 気の毒がるフェイにガルバリュートは首を傾げた。 「胸などあっても邪魔なだけだろう、所詮は、脂肪だからな。歩きづらいぞ」 まぁ、あるやつからすればそうだろう。 「それに、筋肉に勝るパーツはないだろう……そう筋肉……」 「ん?」 「相手を蹴るときに見える足も、いいな」 にんまりと笑顔でガルバリュートがぽつりと呟く。 「……お前も、男だな」 「ははははははは、まぁな!」 「あの、こっちも用意できました」 と明るい声とともにドアを開けた七夏。 彼女は袖に白いフルリをあしらった大きめのシャツにスカート姿。 メテオは黄色のオーバーオールに黄色の帽子。派手だがチャーミングさをひきたてている服装を選んだようだ。 幸せの魔女はやはり清楚な白だが、そのスカートの下は白い糸で薔薇の刺繍に彩られて、ささやかなお洒落具合が伺える。 「おお、可愛らしい。やはり拙者もピンクを」 「僕のほうがずっとかわい……ああ」 漢女のガルバリュートが鎧で覆われた目をきらんと輝かせ、思わず対抗しようとして我に返ったシゲルは頭を抱えた。いっそ、もう諦めたほうがラクではないだろうか。シゲル。 「ごぼん。さて、キサのことだが、一応、あいつの行きそうなところはすでにメモしてあるので、周辺を手分けをして探してくれ。あ、連絡はどうする」 「それなら、僕たちにはノートがあるからそれでやりとりするよ。そのほうが早いからね!」 メテオの言葉にフェイは頷くと、すぐにメモを渡していく。 しかし、そのフェイの顔には若干の不安の色があった。 本当は、さっさとメモを渡して探すはずだったのに気がついたらみんなして衣装チェンジをしてしまっている。 このまま改造くんの影響を受けたまま彼らを外へと放つのは大変危険すぎるのではないのか。だが、改造くんを取り戻さなくては困る――まぁ多少の犠牲は仕方ないか。どうなるかわからないが。 「では、頼むぞ。出来る限り二人一組になって行動を……ん? 幸せの魔女と情報屋がいない、あいつらなにか企んでないといいが……」 この状況で邪なことを企むなというのは無理な話だ。 幸せの魔女と情報屋は建物の屋上にいた。 強い風が吹いて、幸せの魔女の薔薇の刺繍されたスカートを揺らす。 「豊胸、それは女性の幸せ。ふくよかなバストサイズはそれだけで幸せを運んでくれるの……依頼の成功なんてしったこっちゃないわ。ただ私は幸せがほしいの。私の幸せが!」 幸せの魔女は拳を握りしめる。 彼女は名の通り、幸せを追い求め続ける性があった。 そんな彼女にとって、胸が豊になることは幸せの一つ、それをみすみす逃すなんて出来るはずがない。 「機械の効果がなくなったら、小さくなりますものね」 容赦もない情報屋のつっこみに幸せの魔女はにこりと微笑む。 「なにかいったかしら、情報屋ったら」 「いえいえ、なにも。ただ機械の効果がなくなったら、その胸もぺったん」 しゃきん。――彼女の剣が容赦もなく情報屋の首に向けられる。 「ちゃんとあるわよ。私だって……ただ、今以上に幸せがほしいの」 「けど、幸せの魔女嬢の元々の胸のサイズは……」 そのサイズは強い風が吹いて幸いにも、接近した二人しか聞こえない会話となったが、幸せの魔女の顔は驚愕に歪んだ。 「な、なんで、私のサイズを!」 「情報屋ですから、一度かかわった人の情報はばっちり記録してますよ。さて、キサを探しにいきましょうか」 果たしてこの男と組んで正解だったのかしら、幸せの魔女は少しだけ自分の人選ミスを後悔した。 さて、幸せの魔女が己の人選ミスを後悔しているとき、鴉刃と七夏は一緒に空からの捜索を行っていた。 地上は見渡す限りピンクだ。 「やっぱり地上で聞きこみ、しないといけませんよね」 「そうだな」 あまり気は進まないが、鴉刃は七夏と共に地上に降り立った。 そして、見たくもないものを見てしまった。 髭をはやしたおっさん――埋もれたいほどの――ボイン。 鍛え上げられたお兄さんも――ばーん! と触りたくなる――ボイン。 いたいけな少年すら――ぷるんと効果音がつきそうな――ボイン。 これはなにかの天罰なのかと鴉刃ははぁああと魂を吐きだすようなため息をついた。 「声をかけなくてはいけないか? すまないが、私はちょっと」 ピンクの男たちを見るのもいやだが、声をかけたら否応なしにその胸を見てしまう……もうこれ以上、傷つきたくないのが本音の鴉刃だ。 「私がいきます! よし」 ふぅと深呼吸して七夏。 「あ、あの」 「はぁい、なにかしら」 太い声で、色気むんむんの声。 ふりかえったのは――ピンクのおっさん! くらっと七夏の意識はどこかに飛びかけたが、すぐに深呼吸をして意識を落ちつけた。 「あの、すいません。黒髪の女探偵さんを見ませんでしたか?」 「見てないわね。探しているの? 見かけたらおしえてあげるわね」 「ありがとうございます」 ぺこりと頭をさげるとピンクのおっさんは手をふって行ってしまった。見た目はアレだが、中身は善良な人だ。 「人は見かけじゃないですよね、やっぱり」 七夏が振り返ると、ずーんと黒いオーラを纏った鴉刃が深いため息をついていた。 鴉刃も七夏だけに任せてしまうのはやはりいけないと思って、聞きこみをしようとしたのだが、声をかける段階でつい胸に目を向けてしまい、それがもう精神的ショックすぎて、心がくじけてしまったのだ。 「……ん?」 「あ、ごめんなさい。つい手が動いていて」 七夏が鴉刃のさらし隅っこに可愛らしいドラゴンの刺繍が完成している 「その横に、うさちゃんも刺繍、出来るか?」 「できますよ。あ、花とかも縫いましょうか」 「し、しかたないな。これも改造くんのせいだ。気が済むまで、するがいい」 鴉刃のめためたに傷ついた心は七夏の縫いつけてくれる可愛らしい刺繍のおかげで少しだけ回復した。 鴉刃が七夏と少しだけ和んでいるとき、シゲルは死の淵をさまよっていた。 なんといっても高速で屋根と屋根の移動にくわえて、窒息しそうな肉に抱かれているのだから――ガルバリュートの腕に人形のように抱かれての移動である。――そろそろ気絶しそうなとき、ふっと上から下へと落ちていく感覚にシゲルはぎょっとした。 ずどんっと地上に流れ星のように落下し、見事な着地をしたガルバリュート。 「うむ、ここは」 「え? なに? 何か見つかって?」 ずんずんとガルバリュートが進んでゆくのに目を向けると何かの店。 そんなところ探す場所にあっただろうか? 店にはいって、シゲルは言葉を失った。 可愛らしいドレスやら絹を何枚にも合わせた美しい民族衣装がずらりと並ぶ。 ちらりとシゲルが店の壁を見ると「乙女のための乙女の店メルメル」などとふざけた店名がピンク色で書かれている。 馬鹿だ! 本当に馬鹿だ! ――シゲルは心の中でこれでもかというほどに悪態をつきながら衣装に手を伸ばしていた。 「かわいい。これ」 「あら、お客様、着てみますか?」 「え、」 「試着します? 写真撮影とかありますよ」 「是非お願いします! 撮影つきで! ち、ちがっ、ああ」 シゲルが思わず衣装に目がくらみ、もうまっとうな心とかそういうものもきれいさっぱりなくしてお洋服を着て、あまつさえ写真なんてとっている傍らでは 「ぬ、なんと、このかわいらしきぬいぐるみは!」 ガルバリュートの巨体から見ると、もう米粒じゃないのかといえる白くてふわふわのぬいぐるみたちが並ぶ。 「あらぁん、お客様、お求め?」 ひげはやした五十代くらいのがたいのいいおっさんがピンク色のドレスをきて立っている。ちゃんと化粧も濃いくばっちりだが、服から見える胸板には胸毛がびっしりとはえている! ガルバリュートの目は兜を被っていてもわかるほどにきらきらきらと輝いている。 「なんと可愛いぬいぐるみであろうか、これはおぬしが?」 「そう、私が作ったのよ」 完全に漢女化したおっさんが誇らしげに言い返す。 「なんと素晴らしい品か!」 「あなたも心は立派な乙女なのね」 「ふ、そなたも、胸毛があっても見事なピンクの着こなし! 見事!」 二人は互いを褒め合ったあと、ふっと黙ると、ほぼ同時にぬぅうん! と気合いのはいった声をあげると、びりびりびりっ! とピンクの衣装とさらしが破れて、漢女のおっさんとガルバリュートは互いの生まれた姿となると、お互いの一番いい筋肉ポーズをとって見つめ合う。 二人は黙ったままがしぃと手をかたく握りしめあう。 筋肉によって語らなくても芽生えるべきものは芽生えたらしい。 とりあえず衣装を着倒していたシゲルは自分の暗黒歴史になるだろう写真を受け取りつつ、この二人の状態に我に返った。 「僕はなにを、そして、あれはなに!」 「友情ね、素敵、感動しちゃった」 シゲルの相手をしていた漢女な店員が感動の涙を拭う。 「……とりあえず、隠せよ。いろいろと……いろいろと見せるな、頼むから」 「おっと、これはははははは!」 「ははははははははは! 失敬!」 両手で胸を隠しつつ高笑いするおっさんとともにガルバリュート。 「しかし、服がないのではこまるな」 「じゃあ、隣にブティックがあるわよ」 「拙者に合う服がなくて困っているのだ」 「あら、隣の服は、どんなカップの胸も包みこむ衣服があるのよ!」 「なんと! はやくいかなくちゃ!」 風のように走っていくガルバリュートにシゲルはよろよろとあとを追いかける。行きたくないが、行かないともっとやばいことになると彼のなけなしの理性が告げているからだ。 「リンヤンさん……絶対に許さないからね!」 ありったけの憎悪をこめて呪詛を呟いてシゲルは外へと出ると横にあるブティクに恐る恐る足を向けた。 そして、店の中にはいったとき、シゲルのなかでリンヤンは殺したい人物一位となった。 「うむ、美とは罪だな」 黒い、セクシーな薔薇をあしらった下着を身に付けたガルバリュート。 シゲルはふらっと後ろに崩れた。――もうやだ、かえりたい。 「きぁー、あの下着姿の漢女はだれ」 「セクシー!」 「兄貴だ。俺たちのために兄貴が天より現れたんだ」 ガルバリュートの破壊的魅力――それは漢女たちを魅了したらしく、出るわ、出るわ、漢女たちだ。 お前ら、どこらへんに隠れていたんだとつっこみたいほどの漢女たちが溢れていく。 「む、人が集まってきた、こういうときは、やはり」 期待されれば答えねばあるまい。それが戦士ガルバリュートの役目ではないか。 「ふんぬぅ!」 気合いのはいった声と共に両腕をもちあげて、ポーズ! 「おおお、兄貴だ」 「まさに、真なる漢女」 「兄貴、兄貴」 気がついたら兄貴コールすらこだまして漢女たちがガルバリュートを囲んでいる。 「ちょ、ちょっとまったぁああああ!」 はっと兄貴コールをとめる可憐――シゲルが仁王立ちする。 「可愛いお洋服も似会わないのに、兄貴なんて呼ばせない。可愛いお洋服、胸、どれをとっても僕が一番じゃないか!……いや、別に一番なんて、そんなもの狙ってないんだからね! ただ仕事をいや僕ほどに可愛いお洋服が似合う漢女なんていないんだからね! それにお前には大切なものが抜けている」 「なんと、シゲル殿、拙者になにが足りないという」 シゲルはふっと笑って近づくとガルバリュートに近づき平手打ちをした。 「このおばか! ……いって!」 そりゃ、兜を叩けば素手が痛い。 しかし、 「あん」 といいながらガルバリュートは地面に倒れる。ちゃんと足は沿わせる――漢女だから。 「ガルバリュート……いいえ、ガル子! そんなセクシー下着なんて、お下品よ! 僕みたいな可愛い服を着倒してみろ。似合わせてみろ。お前はそんな下着で兄貴なんて言われてちやほやされるその程度の漢女か!」 平手打ちの痛みを堪えて涙目でシゲルが言い切る。 「シゲル殿! いいえ、シゲルお姉さま、ガル子が間違えておりました」 「ガル子!」 二人の漢女はきつく抱きしめあい――思いっきりガルバリュートのぼいんにシゲルが埋もれてしまったが。 「いいわ、漢女ね。さすがカリスマのシゲルお姉さま」 いつの間にカリスマになったのか、シゲル! 「さすが、シゲルお姉さま、ガル子を正しく導いて! ああ、なんて美しいの。あのお二人は!」 集まった漢女たちが二人の熱い友情に白いハンカチを片手に感動の涙を拭った。 完全に改造くんの影響下で美しい漢女の友情が結ばれている別の場所。 メテオとゼロが空を飛んで移動していた。 理由はしごく真っ当な 「漢女たちを眼にいれたくないったら、ない!」 というメテオ談による。 メテオはゼロをお姫様抱きして、童話の王子様だって裸足で逃げ出す凛々しさでひょいひょいと屋根を移動していく。その後ろでは数メートルくらいの長い紐をつけられてひきずられてる形で移動しているリンヤンがいる。屋根と屋根を移動するたびにべち、べちと壁にぶつかりまくっているが、気にしないったら、気にしない。 「そうだ、ノートで情報のやりとりをしないと」 屋根で止まると、メテオはノートを見たが、どこからも連絡らしい連絡がない。 「おかしいな、こまめに連絡をとりおうっていっていたのに……やっぱり、こういうときは、おっぱいの……じゃなかったら、女の子たちが力を貸してくれたら、うん。漢女たちじゃなくて、女の子たちが!」 いつもよりかなりテンションが高いメテオ。彼女もばっちりと改造くんの悪影響を受けている。 「魔法が使えたら……魔女っ子みたいに!」 メテオのメルフェン思考は、そっち系にいってしまったらしい。 「ふふ、使えるよ?」 リンヤンが頭から血をどばどばと流しながら顔をあげると、にっと笑う。 「そうか、メテオくん、君はそっち系がお好みか。だったら、これを授けよう! 乙女ステッキ! てんてかてーん」 などと白衣からピンクにきらきらと星や月といった飾りのあしらったステッキを取り出した。 「誰も説明してくれないから自分で説明しちゃうけどね、これは、改造くんと共に作った魔女っ子ステッキさ! ははは、政府に悪人を変身した魔女っ子が倒したにどうですかっとかいって思いっきり却下されてね。けど、諦めずに常にもっていたんだよ! そう、この日のために、メテオ、いいや、プリティメテオ、これは対改造くん用に改良してある。今こそ、お前の力を発揮するんだ」 「リンヤン博士、僕のために!」 メテオは細かいことはあえて無視してステッキを受け取り、真剣な顔をして頷く。 「けど、呪文は……」 「なぁに、お前のなかにあるさ、思ったままを口にするといい。わかるだろう。プリティメテオ」 「博士!」 「さぁ、世界平和、いや、俺の明日の夕飯のためと、このままばれると本気だしてくびになっちゃうから、首をつなげるためにも、改造くんを探すんだ」 そりゃ、すべてリンヤンのためである。――世界平和どこいった! が、メテオはそんなことは聞いていない、ステッキに意識がいっている。 「……わかる。呪文が……数多の女の子たち、乙女の輝き、そして数多の乙女力よ、どうか私の女力に変えて!」 ぴこーん、ぴこーん、ぴこーん。 ステッキを思いっきりふりあげると、ステッキの先にある丸い球が光りはじめて方向を示してくれる。 「よし、あっちね! いくよ、ゼロ、リンヤン博士!」 「うむ、プリティメテオ!」 「ゼロ、思ったのですが、リンヤンさん、あれは、発信器ですか?」 じゃあ、呪文とか、ステッキとか必要ないんじゃ……むしろ、あれをさっさと出してキサの居場所を見つければ話はものすごく速かったのではないのか。 実は漢女とかピンクのことが重なってころりと発信器のことを忘れていたことをリンヤンは優しく――誤魔化すためにゼロに微笑みかける。 「なにをいっているんだ、あれは、プリティメテオの女力だよ」 「おおっ! リンヤンさんの発明はすばらしいです! ゼロ、どこまでも尊敬するのです!」 「ふふ、ゼロ、お前はなんていう可愛い助手なんだ、出会えたことに感謝するぞ。って、二人とも、その態勢は! え、また移動、ちょ、まっ」 「ゼロ、僕にぎゅっとしがみついてね。よーし、いくぞ!」 リンヤンのことは完全に頭から忘れ去ったメテオがゼロを抱っこして屋根から飛び立つ むろん、リンヤンはそのままだ。 「プリティメテオ! ちょ、待て、ぎゃあああああ!」 「出てきなさい、キサ」 声をかけるが、しゃあああああと猫の威嚇の声が返ってくる。 はぁと幸せの魔女はため息をついた。 自分の魔法でひとあし早くキサを見つけ出していた彼女から改造くんを取り上げようとしたのだが、路地の奥に追い詰めたまではいいのだがキサは威嚇ばかりしてくる。 「まったく困ったわね。元から胸の無い貴女が豊胸を求めて何になるの? 胸を大きく見せたいならパッドを仕込むなり、シリコン入れるなり、いろいろと方法があるじゃない」 「さすが、幸せの魔女、詳しいですね、胸を大きく見せることにかけては」 「なにかいったかしら、情報屋」 「いえ、なにも」 きっと情報屋をひと睨みして、幸せの魔女はキサに向き直った。 「……仕方ないわね。私の寄せて上げるブラジャーを貸してあげるから、大人しくそのキノコを渡しなさい」 幸せの魔女が差し出した白いブラジャーにキサの興味が移ったようだ。仕方ないのでそっとブラジャーを差し出してやると、キサがさっと受け取って奥へと隠れてしまった。 「けど、そのサイズ、キサに合うんですか?」 「あら、そうね。キサのサイズだとあわないかも……あ」 しくしくしくしくしく―――奥からすすり泣く声がする。どうやらサイズは合わなかったらしい。 「ちょっとーまったー! 女の子の味方、プリティメテオ登場!」 「ゼロもです!」 「同じくリンヤン……うお」 メテオがゼロを抱っこして見事に着地する斜め横でリンヤンだけ、思いっきり地面に頭からべちゃりと落ちた。 が、メテオもゼロも気にしない。 「キサ! 僕が来たからには捕まえるんだからね! 女の子には暴力はふるいたくないの! さぁ、出てきて渡しなさいったら、渡しなさい!」 「いやだぁあああ、どうせ、どうせ、寄せてあげることもできねーよ! 私っ! 胸がある女なんて敵だ。敵!」 キサが怒鳴り返す。 「キサ、それは私にこそあるべきものなのよ、そろそろ観念なさい」 「幸せの魔女! キサは僕が説得するんだから! 魔女っ子に見せ場を譲るのは大切だよ」 「魔女っ子……魔女っ子ですって、魔女の宿敵じゃないの!」 魔女と魔女っ子、それには越えられない大きな壁がある。 「ふん、それに説得に失敗したみたいじゃないか。けどね、僕にはキサのかたい心を溶かす方法がある! キサ! これを見て、思い出すのよ!」 メテオが取り出したものは――以前の依頼のときキサがお洒落したときの写真だ。 「貴女は胸の大きさだけで綺麗になったのかしら? 違うでしょう? 前にも言ったけど、女の子はそこにいるだけでいいのよ」 メテオが優しく微笑みかけてキサに近づく。 「キサが可愛いってことは化粧をしたことがある僕が一番良く知ってるわ。そんな機械に頼らなくても、望むなら胸を大きくする方法を僕が教えてあげる。二人きりになったらね」 男前の笑顔で同性でも魅了するウィンクを一つ投げてメテオが優しく近づくとキサを抱きしめる。しかし、その目がそこはかとなく下心が隠されていると思うのは目の錯覚だろうか? 「う……胸がある美人にいわれたくねーわい!」 メロメロになりそうな一歩手前で、そこはかとない邪気を感じたキサがメテオの胸から逃げ出した。 「あ、逃げた。……仕方ない、力技でいくしか」 「待て、プリティメテオ、キサが改造くんを抱きしめでは誤って壊す危険性がある!」 「けど、どうすればいいっていうの!」 「ゼロ! キサの説得だ!」 「はいです。リンヤンさん」 びしっとゼロは真剣な面持ちでキサと向きあう。 「みてください。ゼロの胸部も平面なのです。おそろいなのです! ゼロは気にならない、キサさんも気にするなです!」 なんという説得。 しかし、ゼロの説得にキサは拗ねた顔のままちょいちょい手招く。ゼロが近づくと、その胸に触れる。 「仲間!」 がしぃとゼロを抱きしめてキサは叫ぶ。 「いかーん、ゼロが、ゼロが、人質にとられてしまった!」 「人質というよりは仲間意識じゃなくって? けど、あんな小さな子が仲間でいいのかしら、むしろ、胸に対するプライドがないのかしら、あの子」 幸せの魔女の見えない言葉の刃にねちねちといじめられつつキサはゼロを抱きしめたまま動こうとしない。 「やはり少し痛い目にあってもらう必要があるわね」 幸せの剣に、幸せの魔女の手が伸びたとき 「ようやく見つけました!」 七夏と鴉刃が駆け出してきた。 「……みなさんも来ていたんですね、えっと、キサちゃんは?」 「あそこ」 メテオが指差す方向にはゼロを抱きしめて獣のように唸り声を放つキサ。 「ちょっといろいろとまずって野生化しちゃったんだよね」 メテオが頭をかきつつぼくやくのに七夏は目をぱちぱちさせて拳を握りしめる。 「野生化ですか……けど、言葉は通じてるんですよね。……説得してみましょう」 「ならば、私からのほうがいいだろう。キサの気持ちは、今の私ならば痛いほどに分かる」 と、鴉刃が、キサを見つめて前へと出る。 「キサ、恐がらなくていい。私はお前の敵ではない、……ある意味では仲間だ」 「仲間?」 「私は、その、こういう見た目だが、女だ。それに、その機械のことも知っている、影響も受けている。これでも、だ」 鴉刃の言葉にキサの顔色が少しだけ変わる。 「確かに胸が大きくなるその機械は素晴らしい。しかしな、そのせいで他の……特に男性陣とだ、それと比べて自分が圧倒的にその素質がないと思い知らされるのは辛いであろう? 現に私は辛い」 ここにきたときの、あの敗北感を思い出して鴉刃は拳を握りしめる。その目からちょっとだけ涙がこぼれるが、それは太陽の逆光を受けて誰にも知られることはなかった。 「……この先のことを考えると、胸のことは惜しいが、ない方が傷つかなくて済むと思うぞ?」 キサが鴉刃を手招きする。 「ん? キサ、わかって、て、ちょ、触れるな!」 「私よりない」 キサの一言が、ぐっさりと鴉刃の胸を思いっきり貫いた。 「同士よ」 がしぃとキサに抱きしめられる鴉刃。――彼女はそこまで徹底的に私はその手の素質がないのかとショックから無気力に陥った。 「キサちゃん! 二人を離して、機械を返して。このままみんなが大きいと豊胸も目立ちませんよ……!」 七夏の言葉にキサが吼える。 「うるさい、胸があるやつがそんなことを言ったて……もういっそ、この二人だけしかいないところにいって、己が巨乳になったと思ってやる」 キサが阿呆なことを怒鳴ったときだ。 どっどっどっどっとっどっどぉぉぉぉ。 兄貴、兄貴、兄貴~♪ どこまでもついていく♪ 身の毛をよだつような地響きとともにピンクのまがまがしいオーラとよくわからない歌が響く。 どっどっどっどっどぉぉぉぉぉ。 兄貴、兄貴、兄貴~♪ 俺らの最高の兄貴♪ 「な、なに、この響きと共にまがまがしいオーラと変な声は……あれは」 幸せの魔女が振り返って絶句した。 ピンクに覆われたまっちょ集団がガルバリュートをみこしに担いできているのだ。 ちなみにそのガルバリュートの横にはシゲルまでいる。 ちょっと心臓の悪い人が見たら、一瞬だけ天国にいってしまうかもしれない、暑苦しく、むさい、恐ろしい、見事に三拍子が揃った光景に、その場にいた全員が硬直した。 「おお、みな、先に来ていたか!」 そこはかとなく神々しさすら醸し出してガルバリュートがみこしから降り立った。 「遅くなってすまなかった、ちょっと漢女な会話が盛り上がってな」 「はっ……! 意識が飛んでたって、なにがあったの二人とも!」 メテオが恐る恐る尋ねる。 「ん? ああ、拙者の友人たちだ! 手伝ってくれるというのでな!」 「……僕は、僕は」 理性を取り戻した自己嫌悪にシゲルは頭を抱えていたが、リンヤンを見ると親の仇のごとく睨みつけた。 「楽しかったとか、ありえない! リンヤンさん! 僕、あなたのこと絶対に許さないよ! こんな服を着て、さらにはむさい男どもに憧れの視線を独占して、いろいろと着まくって、写真までとっちゃったじゃないか!」 泣きながら差し出した写真にはシゲルとガルバリュートの輝いている漢女姿がばっちりとおさめられている。 「けど……すごく……楽しそう……」 「すごいノリノリだよね、あ、この写真ポーズとかさまになってるよ?」 「あら、中々に似合っているわね。フリルのドレスをこの世で一番着こなしているのは私だと思うけど、二番目に認めてもいいわよ」 七夏、メテオ、幸せの魔女と、それぞれに写真を見つめて感想を呟く。 それがシゲルをさらにキレさせた。 「男で豊胸とかありえない! ただでさえ女に間違えられるのに! ……キサさん、どれだけ皆が迷惑しているのかわかってる! 一番可愛いお洋服は僕が似合うんだからね! って、あああ」 「シゲルお姉さま、しっかり! 漢女として築いた友情、ここで示すとき! 拙者、体を張って頑張りますわ!」 まだシゲルお姉さまとガル子という設定は続いていたらしい。 「キサ、ほぉ~ら羨ましかろう」 ガルバリュートがじりじりと寄ってくる。 その姿にキサが硬直する。 さすがに、羨ましいというレベルではない。 ガルバリュートのその姿はあまりにもインパクトがありすぎた。 「隙が生まれたぞ」 「僕に任せて……キサ!」 メテオがキサに素早く飛びかかった。 「え、ちょ」 「さ、黙って。キサ……僕が、いいことをたっぷりと教えてあげるから、ね」 にこりとメテオが微笑んでキサを襲いかかる。 改造くんはガルバリュートのあまりのインパクトに我に返った鴉刃はゼロは抱えて避難していたので無事であった。 「これで、この胸の地獄ともお別れできる。これで……なにをする!」 「これは私が頂くわ。私は幸せを求めるの、私自身の幸せをね」 ひょいっと、鴉刃の手から改造くんをとって幸せの魔女はにっこりと笑う。 「だめですよ。それがないとみんな困りますし……それに、提案なんですけど」 「なによ?」 「今は無理かもしれませんが、改造くんを作る技術があるんです。そのリンヤンさんに頼めば……」ここで七夏は真っ赤になってすぅと息を吸い込む 「き、きょ、きょ、きょ……巨乳になれる自分専用のマシーンとか作ってくれるかもしれませんよ!」 一気に言葉を吐いて七夏は真っ赤になって俯いた。うら若き乙女に巨乳という言葉は恥ずかしい。 「……そうね、私だけの幸せのための機械……リンヤン、作れるかしら?」 「納豆一年分でお約束します!」 「あら、そんな簡単なことよ。情報屋、お願いね」 「え、俺ですか……いいですけど……で、キサ、どうします?」 メテオに襲われているキサを情報屋が指差す。 「うむ、他人に迷惑かけたことは許し難いが、しかし、キサの気持ちもわかるぞ。拙者! さぁ、メテオ殿の胸で泣いたあとは拙者の胸でも思う存分泣くがいい」 とメテオに思いっきり襲われて息も絶え絶えのキサにガルバリュートの腕が伸びて、思いっきり胸の中に抱きしめる。 完全なる善意であるが、肉の塊に埋もれて息も出来ないし、その両腕で抱きしめて無意識だが締め技までかけている。 かくん、とキサはあまりのことに意識を無くした。 「む、キサ、泣きつかれて寝てしまったのか。安心しろ。拙者の友人となった漢女たちには体を鍛えることに長けた者が多いぞ。さぁ大胸筋を鍛え、胸の土台を作るがいい! 連れていってくれ」 おおおおと気合いのはいった声とともにキサは市場に売られてゆく子牛のように引きずられていってしまった。 事件が丸く収まった何週間後にキサは強制特訓からなんとか帰還を果たし、少しだけ自前であるが胸が大きくなったそうだ。
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