オープニング

 がやがやと騒がしい通り。
 立ち並ぶ屋台では、骨董品から日常品まで売られている。そのなかで一番の売りは食材。
 陰謀、騙しあいなどが繰り広げられるなかでそんな人々を黙らせることのできる唯一の武器にして、平和の象徴。
 王の台所――と呼ばれる通りは一般食材から高級、珍味、幻の品まで売られ、ここで食に関して手に入らないものはないとまでいわれている。そして、この通りの人々は大変、食通でも有名だ。

「よし、買った。きのことはくさい、まけてくれ」
「仕方ないねー。まいどあり」
「ハイキ、クルス、荷物をもてよ」
 ほくほく顔の水薙の後ろをスーツ姿に夜逃げしてきたかのような巨大風呂敷を抱えたハイキとセーラー服姿のクルス。
「きぃのやりたいイベントと、そのあともしばらくいいものくわせたいからな。上の偉い人たちから経費をふんだくれるだけふんだくったんだ、ここで大量に買っておかねぇと」
「ぱーてぃ、食べ物、楽しい」
「ごっちさまを開くのですよね。おなか、へりました。マスター」
「まてまて。あと少し買って……たしか、鳥のでかいのを焼くんだったな。お、あれだ。あれくれ、おっちゃん」
 水薙が目にとめたのは、大の大人ほどありそうな巨大すぎる鳥。
 名を鳳凰という。大変、美味で、貴重な鳥である。
 今日くらい奮発してやってもいいかと思ったのだが
「あー、お客さん、あれはだめね。てか、もうここの食材は売れないよ」
「なんでだ! いっぱいあるのに」

「その鳥と、ここの食材、全部、うちの事務所に運んでおいてくれ」
 凜とした声に、高級スーツ、撫でつけたオールバックに整った顔。どこをどうとってもいい男――泣く子も黙るマフィア組織・鳳凰連合の幹部のレイだ。
「レイ、あちらの食材もいるんじゃないのか」
 隣からはチャイナ服のリュウ。それに仮面探偵のフェイがため息をつく。
「ここの食材をすべて買い占めたほうがはやいんじゃないのか? もうすぐ正月でパーティをするんだろう?」

 え、なにこの金持ちの会話。
 水薙のなかでなにかがきれた。こっちは野菜一つ値切ってるのに。

「まて! そこのセレブ気取りが! いや、実際金持ちだろうけどよ。その鳥、俺らが目をつけたんだぜ。俺はなぁ、お前等みたいな無駄に金持ちで、いい男で、女にもてそうな男がものすげー嫌いなんだよぉ」
「水薙、心がこもりすぎだ。後半」
「マスター。切ないです」

「あん? なんだよ、こいつら……ふん、鳳凰連合幹部に喧嘩を売るとはいい度胸だ。その喧嘩、言い値で買ってやる」
「はっ、泣くんじゃねぇぞ」
 睨みあうレイと水薙。
「レイ、ここで暴れるのは、さすがに」
「水薙、せっかくの食材が」
 止めるリュウとハイキ。
 それに、ふっと水薙が不敵に笑った。

「誰も武力に訴えるとはいってねぇ。ここは料理対決だ」
「は」
「じゃねーと、危ないだろう! おいしいものを作って、ここの通りの連中に審査してもらう。で、勝ったら、その鳥は俺がもらう」
 それにわぁとまわりの通行人たちが、いいぞ、いいぞ、とはやしたてる。
「旅団の胃袋をにぎり、お母さんといわれてはやうんねん。俺の後ろにいる飢餓集団を満たすために、ぜってぇまけねぇ。ハイキ、クルス、お前らもちょっとは手伝え」
「……食材を消滅させていいなら(音の刃で)」
「吹っ飛ばすのは得意です(魔法で)」
「ああ、もう! 戦闘タイプは、こういうときにつかえねぇ!」
 一方、混乱しているのはマフィアたち。
「おい、リュウ、お前、料理できるか。俺は撃つ(銃で)しかできねぇぞ!」
「自分は、斬るくらいしか(カンナビットで、しかも人体を)」
「俺は燃やすくらいしか(自然発火で、無差別に)」

 そこにとたまたま通りかかったのはあなたたち、ロストナンバー。
 殺人鬼や暴霊を相手に激しい戦いを終えて、ちょっとごはんを食べようかと思って立ち寄ったのだが
「お、いいところに旅人発見。手伝え」
 え
「料理しろ!」
 唖然としているあなたたちに対して水薙は隠してあったマイ・包丁(なぜかある)を持ってニヒルに笑う。
「ふん。平和にぬくぬくとうまいものばかり食ってるお前らには負けるわけにはいかねぇ。テーマはこの時期だ。鍋とオードブルの二つで勝負!」

品目シナリオ 管理番号1620
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント 時期はずれましたが、深いことは突っ込まずに楽しければいいじゃないか、なシナリオです。
 現在進行中のシリアスなシリーズの前にあったことだ、と思っていただけるとありがたいです。
 危険なことはありません。コメディです。

 今回は食材を賭けての旅団・水薙(おともにハイキとクルス)と料理対決です。審査員はなんとこの通りの人たち。ここの通りの人たちは普段からおいしいものに目がなく、舌が肥えています。この人たちを唸らせる料理をぜひとも頑張って作ってください。

 ただし、このなかでまともな料理ができるのは水薙だけです。
 オープニングに出てきたマフィアと探偵については存在を無視してください。(立っているだけで使えないやつらです)
 ハイキとクルスは応援(客の呼び込み)。
 審査のためにはお客さんを呼び込むための、パフォーマンスも大切です。

 テーマは鍋とオードブル!
 さぁ、好きな食材を使い、鍋とオードブルを完成させてください!

 料理出来る人も出来ない人も、イッツ・クッキング!

参加者
クアール・ディクローズ(ctpw8917)ツーリスト 男 22歳 作家
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生

ノベル

 美女だけを狙うという殺人鬼退治の依頼を受けて現地に向かっていたのに不運にもマフィアたちに捕まってしまったのは坂上健、日和坂綾、クアール・ディクローズの三人。

 この状況はおかしい。と、クアールは眼鏡をかけた無表情で頭だけフル回転させていた。
 世界樹旅団のメンバーがふつうに買い出し。それも夕飯用らしいキャベツやきのこを値切っている姿は所帯じみしている。運動会のときはお弁当を盗んでいたが、今度は料理対決……
 考えて頭がちょっと痛くなってきたかもしれない。そんなクアールを心配して犬妖精「ウルズ」と猫妖精「ラグズ」がきらきらとした目で見つめている。まるで「お父さん、負けないで」といっている、ような気もしなくはない。
「……父親役を担っている身として、負けるわけにはいかないか」
「そうですよ! クアールさん。殺人鬼をやっちまう前に旅団もやっちまいましょう。巻き込まれた以上は仕方ねぇし! ……オルグから噂はかねがね。宜しくお願いします、俺らだったら勝て」
 そこではっと健は気がついた。そうた、今日は綾も一緒だったんだ、と。
「ん、どうしたの、健?」
 綾の輝かんばかりの笑顔に健は明後日の方向を見つめた。絶望のお日様が眩しいぜ!(今日、曇ってるけど!)
「どうみても戦力外が一人いるのはモフトピアで体験済みなんで……どういう配分でいきましょうか」
「戦力外ですか?」
 クアールは首を曲げて、はぁああと魂が抜けるようなため息をついているレイを見た。
「俺、くじ運はいいほうなんだが、今年の運はすべて使いきったらしい」
「負けるかもな」しみじみとフェイ。
「綾には、あれだ。瓦割りでもさせて人呼びさせれば」
 フォローしているらしいリュウにしても綾を料理ができるとカウントしていない。
 一応、この場で、唯一の女子なんだが
「うっ……ゴメン、私、パウンドケーキはなんとか作れるんだけど、それ以外は……基本的、ピーなレベルなんだよね」
 本人もいいました。しかし、ピーってなんだ。ピーって!
「あっ! ちゃんと人集めするよ」
 きりっと綾は得意げな顔をすると、ちょっとまっててというと猛ダッシュして建物の裏に隠れてから五分後
「じゃーん、どう!」
 美女だけを襲うという殺人鬼を呼び寄せるため、今回は女の子らしくしようと思って、事前に真っ赤なチャイナドレス、しかも大胆に太股がちらりとみれちゃう大人風なものを用意しておいたのだ。
 赤い衣に白糸で刺繍されたのは豪華な牡丹の花、さらには髪の毛にも白い花飾りをさりげなくつけて自分でも「いけるっ」と思っていたりするのだが
「赤ジャージつきなのかよ」
 と健。
「うっ。だ、だって、赤ジャージは師匠との約束だし」
 せっかくの美女チャイナ服に赤ジャージを羽織っていては見栄えがぐっと落ちてしまうのは否めない。
「綾」
「リュウっ! リュウはわかってくれるよね」
「腹を冷やすぞ。せめて、腹巻きをつけておけ」
「……」
 そっと渡された腹巻き(キツネちゃんのイラストあり)を綾はじと目で睨んだ。

 それを見ていた他の男たちは――
「リュウに女の機微をわかれってのは酷だろうが、あの対応は兄としてどうつっこんでいいかわからん」
「綾……落ち込むな。優しさだ。優しさ! 色気がなくてもいいじゃないか!」
「そうですよ。女性はおなかを冷やしてはいけません。たとえ腹巻をしていても綾さんは綾さんですよ」
「で、料理、作らなくていいのか? 向こうはてきぱきとやってるが」
 ――私って、私って……! 他の男たちの反応も綾の心を気持ちよく傷つけた。まるで研ぎ澄まされた包丁が、ぶすっ! と刺すように。

 一人の少女の心に深い傷を与えつつ、鍋作りが開始された。
 近くの屋台で手洗いをし、キッチンも借りると健はさっそくクアールに提案した。
「クアールさん、料理どれくらいできますか」
「たぶん、一通りはできるかと思いますが」
 といっても自信はあまりないクアール。
「味がすこし強い鍋だったら多少のことは誤魔化せるのでキムチ鍋とか」
「俺、家で料理してるんで鍋の方はわりといけると思うんですよ。あ、食材を切るのは俺に任せてください。鍋って結局、具をいれるのがメインだから、役割分担を決めたら時間の節約になるでしょ? それで、こっちは数で勝負するかんじでいきましょう!」
「……キムチ鍋以外だとなにがいいでしょう?」
 軽く首を傾げるクアールに健はうーんと唸って顎を指で撫でた。
「人目を惹くなら石焼鍋だと思いますけど、流石に俺らだと失敗するリスクが高いし」
 そういうと健は白衣のポケットに手をつっこんでもぞもぞさせ、小さな料理本を取り出してぺらぺらとめくりはじめた。
「じゃあ、参鶏湯と白湯と麻辣湯、十勝鍋、雑煮でどうですか? これです」
 カラー写真を見せてもらったクアールは小さく頷いた。
「それでいきましょう。じゃあ、鍋の用意は私がします。あとなかにいれる具はウルズたちにとってこさせますから、メモしてもらえますか?」
「はい。いやー、こういうときのためにもいろいろと用意をしておくといいですよね」
 健の自慢の白衣からはなんだって出てくる。メモ帳だって、ペンだって、もののついでに下敷きだって。
 その様子をウルズとラグズは不思議そうな顔でぱちぱちと目を瞬かせた。
健がメモのためにかがみこんでいるのをチャンスとばかりに両ポケットにぽむっと頭をつっこんだ。
「よし、メモできたって、ん、あ、ああ! もふもふが俺のポケットに!」
 あわてて健が手を伸ばしてラグズ、ウルズを取り出そうとする。
 もふ。
 触れた瞬間になんともいえぬ柔らかさと弾力。

 健は、犬が好きである。
 さる世界にいったときは、黒のワンコ耳カチューシャとか犬型全身スーツとか、犬耳メイド喫茶とか楽しげに行って我が人生にいっぺんの悔いなしと笑顔を浮かべる男である。
 犬妖精のウルズを両手に抱えて硬直してしまったのは仕方がない。だって、かわいいもの。
「……っ!」
 きらきらとした目に見つめられて、思わず顔をその胸のなかに突っ込んでしまったのはやはり仕方がない。だってかわいいもの。(大切なことなので二度言いました)
 ウルズがいやがって前足でもにゅと抵抗。ぷにぷにの肉球で否定してきたのに思わずぶわっ! 鼻血を吹いたのは、これもまぁ仕方がない。だってかわい(以下省略)
「やばいっ。なんという破壊力!」
「健、お前はなにをしている。……っ!」
 呆れたリュウはそこで困っているラグズを見て硬直。
 泣く子も黙る鳳凰連合の幹部のリュウは動物好きで有名である。

 とある赤ジャージ少女は証言した(プライバシー保護のため名前は伏せておきます)
『私が前に遊びにいったとき、そうなんです。トイレに行って帰ると、そこには……エンエンを抱きしめて、すりすり、もふもふしているやばい人がいたんです! 思わず撮ったシャメがこれなんです!』
 ――と、証拠写真もばっちりある。

「か、かわいい」
 思わず人でも殺すの? みたいな血走った目でラグズを見つめるリュウはそっと優しく手を伸ばして、もふもふもふ。
 抱きついてしまったのは(以下略)
「お二人とも……」
 さすがに自分の妖精が危ない男たちの魔の手にもふもふされているのにクアールは鍋を片手に、とめにはいった。
 目が「なにしてるんですか、あんたたち二人は」とものすごく語っている。
無表情でちらりと鍋を見たクアールの頭はやはりフル回転して――可愛い妖精たちのためにも鍋で殴っておくべきなのか思案していた。
「はっ、すまない。つい。かわいくて……こんな可憐で、さらには料理が出来て動物好き。ぜひ結婚を前提におつきあいを」
「すいません、リュウさん、私は男です」
「……」
「……男です」
「失礼、確認を……こんな美人で男だとぉ!」
 どうやって確認した、お前――というつっこみは不可で。
 あまりにも理不尽な現実にショックを受けたリュウはぶっ倒れた。それを見ていたエンエンがつんっと顔を背けた。
「え、エンエン、これは浮気じゃ。エンエン……!」
 馬鹿がいる。馬鹿が。

 ふ、ふふふふ。
 不敵な笑みを浮かべて綾は必死に料理と戦う(戦ってもないが)男たちを建物の影から見つめて、とある野望に一人、燃えていた。
 しかし、それに気が付くものは誰もいなかった。
 なんといっても唯一の女子なのに戦力外(その場にいた全員一致のご意見)によって放置されていたからだ!
 鍋づくりが忙しいから――だからって、だからって、綾が放置されて、ただただ置物のようにぽかーんとしているわけがない。
 むしろ、これは暴れてもイイってことだよね?
 好きにいろいろとしてもイイってことだよね?
 別に怒っているわけでも、逆恨みしているわけでもないのよ? だって、まぁ、腹巻はあったかいし(寒いので服の下につけた)
「女の子におねぇさまと呼ばれたいのは、DNAに刻まれた運命だと思うのよ!」
 そんなものが刻まれていたら怖いもんだ。
「はい。そこにいるルスちゃん、ハイキ、こっちにくる!」
「……私ですか?」
「自分が?」
 きょとんとしている二人を綾は建物の端っこから手招きする。
 クルスとハイキは互いに顔を合わせたあと、こくこくと頷いて近づいてくると誰にも見つからないように綾は二人の首根っこを掴み、建物の裏に引きずり込んだ。
「いい? ココの支払いはすべて鳳凰連合なの。つまりはいくら飲み食いしても、もらってかえったとしてもぜーんぜん、お店の人の懐は痛まないの」
 ま、鳳凰連合の懐は痛むかもだけど。
 お金もってるところから多少消えたとしても、構わないよね? 
「キミたちのマスターががんばって鍋を作ってるのよ! その意気込みをキミたちが汲んであげなくてどうするの?」
「ですが、どうすれば?」
「クルスちゃん、いいこと聞いた!」
 びしっと人差し指で天をさした綾はにやりと微笑む。
「いい? まずは、タッパーを大量購入してきて! あ、それも「鳳凰連合にツケておいてくださぁい」って可愛く言うの! あと紙袋も忘れちゃだめ! それに食材をどんどんかすめとるの!」
「しかし、それでは見つかるのではないのか?」
「ハイキ、いいところに気が付いた!」
 またしても綾はにやりと笑う。
「秒単位で時間に正確のはどっち? ハイキのほう? よし、私が中国茶の淹れ方を伝授しちゃう! っても、何回か淹れたことがある程度だけど。あれって時間と温度さえ守ればわりとおいしいんだよ。で、これを配って人を集める! その影に隠れて食材をガンガン掠めるの! あ、配るときはもちろん笑顔、笑顔が大切!」
「……笑顔ですか」
「笑顔……?」
 ぼんやりとした表情のクルスと無表情のハイキは困惑したように呟く。そもそもホムンクルスであるクルスには表情というものは皆無に等しい、さらにはアンドロイドのハイキにも。
 しかし、綾は許さなかった。腰に手をあてて厳かに頷く。目は、エンエンの吐き出す炎のようにメラメラと燃えていた。
「いい? 三人でチームなんだから、協力しなくちゃ。がんばれ!」
 綾、お前は、どっちの味方だ。
「よーし、ほら、まずは用意しないと!」
 そんなわけで料理をがんばる男どもを裏切って影で綾は、一人、旅団のために暗躍した。――というか、おねぇさまと呼ばれたいという自らの欲望のために邁進していた。
 大量のタッパーと紙袋、それに路上店で売られていたお茶の葉っぱを購入した――もちろん、鳳凰連合のツケで(はぁと)
 綾が教えると、ハイキは一発でお茶の淹れ方をマスターした。
 香り、色、そして味わい、すべてが素晴らしいの一言であったのに綾は思わず唸った。
「さすが、私の弟子、もう教えることはなにもないわ!」
「ありがとうございます。師匠」
 いつの間にか綾はハイキに師匠と呼ばれていた。
「さ、クルスちゃん、笑顔よ、笑顔!」
「笑顔……こ、こうでしょうか?」
 困ったように首を傾げて、にこっ?
「だめ、そんなの! 笑顔っていうのは、これ」
 綾はにっこりと笑顔を浮かべた。
「はい。えっと……こう?」
 儚げな微笑みを浮かべるクルス。可愛いのは可愛いのだが、笑顔訓練指導員(自称)綾はそんな微笑みでは許してくれない。
「もう、クルスちゃん、だめよ。そんなのじゃ! これは愛の鞭よ!」
 と、スポコンものだったらお決まりの頬を平手打ちの展開にいきそうだが、女の子を叩くなんてできなーい!
 綾は思いっきりクルスの肩をぽんっと優しく叩いて手本となる笑顔(いつもより千倍少女マンガチックな綾でお届けします)を浮かべた。
 きらきらと背後には薔薇を背負ってみました綾、参上! 私だって、やればこれくらい出来るんだい!
「さぁ、こうよ?」
「……はい! こうですね?」
 にこりと白百合を背負ったようなクルスの笑顔。
「クルスちゃん! やれば出来るって私、信じてた!」
「はい。おねぇさま。クルス、がんばりました!」
「クルスちゃん!」
「……おねぇさま」
 綾は(いつもの十倍スポコン風の綾でお届けします)思いっきり美しい涙をきらきらさせつつ、クルスを抱きしめた。
 ――野望達成!

「って、こらー! 料理を夢中で作ってたら、うちの可愛い娘と息子になにしてんだ。図書館のやつが!」
 鍋づくりに精を出していた水薙がはたと振り返り、美しい乙女たちの友情シーンに思わずつっこみをいれた。
「邪魔しないでよ! いま、私は、クルスちゃんとの友情を確かめ合ってるんだから!」
「クルス、ハイキ! 知らないやつと図書館側のやつにホイホイとついていくなって毎回いってんだろうが! だー、うちの子になにしてんだ。えい、お礼だ! これでも喰ってろ!」
「うぐっ!」
 綾の口にばしぃと投げられたのは狐色に焼かれた海老と帆立に塩をふったシンプルなつまみ料理。
 さくさくさく。
かりかりかり。
「うっ、シンプルだけど、すごくおいしい、コレ!」
 そして綾は餌付けされた。

「よーし、食材も切ったし、鍋は完成!」
 ふぅと額の汗を拭って心持ちどこかやり遂げた男の顔をしている健。
 食材をただひたすらに切って、切って、切りまくって、ときどき食材をもってきたラグズにもふもふしつつ。クアールにキムチ鍋を頼んだあと自分も提案した鍋つくりをがんばった。
「く、旅団のほう、なんかお茶配ったりして人が多いな、俺らも客寄せしねえと」
 主に旅団の客寄せに貢献したのは綾である。――現在、水薙の料理に餌付けされて大人しくしている。
「ん? あ、クルス。水薙のところでコキ使われてこっちにきたのか? そっか、大変だったな」
 ふらふらと寄ってきたクルスに健は微笑む。
クルスは――主に客寄せをして、空腹になったので、それを満すものを探して近づいてきただけのことだ。
「ほら、食べろよ」
 差し出したのはいっぱいの野菜と肉をもった小皿。ちなみにタレはゴマからポン酢しょうゆ、スイチートチリソースと豊富なんだぜ! そう、これには俺のまごころもつまってるんだ、クルス。伝われ。俺の心!
 そんな健の隠された暑苦しい意気込みなど知らないクルスは素直にもそもそと食べて
「どうだ? あ、雑煮、食べてみるか?」
 こちらは海老、大根、人参、椎茸……とかなり豪華で、匂い付けにに刻んだ柚子も載せているのだ。
「もぐもぐもぐもぐ……ふられた男の味がする」
 ぐさっ。色んな意味で健は古傷を抉られた。
「……っ! 水薙、あんた、クルスにどういう教育したんだよ! クルス、こっちにこい。今からでもおそくねぇから!」
「ごちそうさまでした。マスターとハイキの分もいただいてかえります。あと余った食材もいただきます。さようなら健さん」
 淡々とクルスは食べるだけ食べて、言うだけ言って、さらには奪うだけ奪って去っていった。
「っ……クルス、そっちにいくな! いろんな意味でそっちは問題ありだ! ちくしょー、また目の前で去られるのかよ!」
 思わず髪の毛をかきむしって天を仰ぐ健にリュウは同情をこめた視線を送った。
「健、落ち着け。ほら、せっかく客がきてるんだ。しかし、アレだな。お前がこんなにもうまいものを作れるとは」
「……っ、リュウ」
「お前が男でなければ、いや、白衣をきて、武器マニアで、ときどきつっこみをいれたくなるその思考回路さえなければ嫁にほしいくらいだ」
「そりゃ、遠回しの俺否定かよ」
 ジト目で健はリュウを睨みつけた。
「あん? 俺は男でもいいぞ? 俺のところにくるか? 健」
「ブッ! れ、レイさん! なにいってらっしゃるの!」
 笑顔でさらっと怖い台詞が飛んだ。ジョークに聞こえない!
「なに、彼は独り者なのか、なら俺が」「いや、わしが」「いやいや、おいどんが」「吾輩が!」と声があがる――全部男なのはなんでなんだよ!
「よかったな、健、もてて……男に」
 フェイのつっこみに健は遠い目をした。なんなんだよ、今日は……思わず健は両手をお尻へとやって、クアールにしがみついた。
「クアールさん、助けて!」
「健さん、とても人気者ですね……私も、なんとか、鍋が完成しました。ラグズ、ウルズ、手伝い、あがとう」
 クアールの特性キムチ鍋も完成した。
 それに食材を一生懸命、運んでいた二匹の妖精も嬉しげに両手をあげて「かんせいー!」と喜んでいる。
「どうぶつさん、かわいいのぉ!」
「もふもふしたいわ。それに眼鏡で知的な男性の手づくりなんてますます……!」
「お料理できる男性って素敵、動物好きなんて……私があと二十歳若かったら」
 その可愛らしい姿はその場にいた全員を魅了し、人を呼び寄せた。ちなみに健が男客たちにもてるのにたいして、クアールのところは女性客が圧倒的に(幼稚園から高校生、人妻からおばあちゃんまで!)多かった。これぞ、格の違い!
「鍋はほとんど食べてもらいましたが……オードブルがないですね」
「あっ」
 落ち込んでいたのと諸々の危険から己を守っていた健はクアールの言葉に己の失態に気がついた。
「し、しまった。鍋ばっかりに気をとられてた……! いや、合間に作ろうって用意はしてたんだけど、パン、まだできてないし」
「私も海老の生春巻きを用意しようと……健さんと被ってしまいますね」

 ふ
 ふふふふふふ
 ――怪しげな笑い声を浮かべて現れたのは
「私のことを呼んだかしら?」
 満足げな笑顔の綾。
「真打は最後にあらわれるものだもんね!」
「てか、お前、いままでどこにいたんだよ」
 健が胡乱な目で綾を見た。今の今までその存在を完全に忘れていたが、なんとなくものすごく満足げだし、口に海老の尻尾がついてるし。
「そういう細かいことはつっこまないの! 健、ゴメン、大根切ってもらってもイイ? 私の、コレ、健のオードブルの時間稼ぎ出来ると思うから」
「おう?」
 綾の指示に従って健は大根を一センチ程度の厚さに切り、それを綾はクッキー用の型抜きで星にすると、酢水に漬けた。濡らした昆布も同じ要領で形を抜くと、それらの材料を乗せて――大根、昆布、大根、辛子明太子、大根……そして最後にピンでとめて、いくらを載せる。
「会食って父親絡みで行ったことあるんだよね? こういうのはようは組み合わせて載せるだけだから、えーと、あと」
 帆立と鯖のタルタル、鮭とサワークリーム、蟹とサワークリームと父親との会食を思い出してどんどん作っていく。
 使用している食材が高級寄りなのは鳳凰連合のツケだから!(おおきなはぁと)
 それに健のちょっとぴりりっと辛い海老揚げパンとクアールの海老にサリーレタスとアボカドを乗せた生春巻きもくわわって、人々の舌を楽しませた。

 結果、鍋はいろんな種類でお客さんの心をがっつりとつかみ。オードブルは綾の活躍によって投票を集めた。
 そして、
「ちくしょー、覚えてろよ! っても、まぁしばらくはうまいもの食えるからいいけどな!」
 と、敗北した水薙は良く分からない捨て台詞を残して大量の紙袋と大きな風呂敷を背負ったハイキとクルス去っていった。

「これでも私、戦力外? ねぇねぇ? 違うよね? 違うよね?」
 一応、女の子として料理いこーる戦力外というのだけは阻止したい。いくら基本的に料理の腕前がピーなレベルでもパウンドケーキは作れるんだし。今回はカナッペを作れることも証明できた。
「料理って、乗せただけだろうが」
「それだって料理だもん。勝てたのは誰のおかげー?」
 呆れる健に綾は胸を張った。
「今回は綾さんのオードブルに助けられました。旅団たちはなにやら大荷物をもって退散していきましたし……本当に料理だけをして帰っていった」
 前回のことといい、やはり彼らはただの腹減り集団なのだろうか……クアールのなかで疑問が確信へと近づいていく。
「よし、俺らは俺の仕事にいかねぇとな」
「そうですね」
「うん。行かないと」
「ちょっと待った」
 がしぃと綾の肩に手が置かれる。
「うっ! れ、レイさん、なんですか?」
「綾、てめぇ、あっちにいろいろと横流ししだろう? 先、屋台のおっさんから請求がきてなぁ」
 泣く子も黙るレイの威圧的に綾は額からたらたらと冷や汗を流した。う、ば、ばれた。ばれちゃった!
「この請求、お前にまわしとくからな」
「え、えええ! そ、それは勘弁して!」
 綾は世にも情けない悲鳴をあげた。

 結果、綾は鳳凰連合が払ったツケ代――思わず悲鳴もあげられない額の支払いのかわりに、今後、どんな依頼もすべて無料でやりますという一筆をレイに捧げたあとリュウにはエンエン一日貸し出し券(十回分)を差し出すこととなった。

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました。

 みなさん、思いのほか、真面目に鍋を作っていましたね。
 おかげさまであんまりカオスにはなることもなく、とってもおいしい鍋ができました!
公開日時2012-01-19(木) 22:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル