やりたいことっていっぱいあるじゃない? チェンバーお泊り用の寝袋のなかでつらつらと考えるのは彼氏の笑顔。優しさと意思の強さを湛えた瞳、猫の毛のようなサラサラの髪、笑うとちょっと子供ぽくてキュンとするほど可愛い。声は落ち着いていて聞いているとすごく安心できる、頼りにしてもいいんだと心から思わせてくれる。体はほっそりしてるけど、そこそこに鍛えているのか自分とぜんぜん違う体格……ひとつひとつを脳裏に浮かべると、胸がきゅんじゃなくて、どきどきでもなくて、ばくばく。水泳中に足がつって溺れたときみたいに苦しくなる。ぱくぱくと口を開いて、はぁはぁとなってしまう自分が我ながら情けない。これじゃ変態おやじだよ、私。 だって、だってさ、ようやく念願のKIRINを卒業したからには! いや、別に卒業したからじゃなくて。 大切な、相手とは特別な思い出をさ、いっぱい作りたいと思うのは普通だよ、ね? ああ、もう、もう! 私らしくないっ! どすっと枕を殴りつけて――あ、破けた。……う、うう。また新しいのを買えばいいやい! 「とりあえず、今日は別のを代わりにしょう!」 そんなわけでがばっと起きて走り回っている人体模型に突撃! ああ、もう、考えると考えるだけ恥ずかしいから蹴りについ力が入りすぎちゃって木端微塵。 あー だって、だって! はじめてなんだもん! 自分がさ、わりと夢見がちってことは自覚してるんだよね。 だってさ、恋人なんて私には漫画とか小説とかゲームとか……あと妄想の世界とかのハナシだったから! イケメンウォッチングだって、かっこいい人に女の子扱いされたいなぁっていう願望もちょっとあったりとか。 世界は二人だけ! のピンクのオーラとかも実は憧れてるんだよね。 イケメンウォッチングしながらあの人がもしも……乏しい経験と脳みそをフル回転させて妄想する。やっぱりはじめは手をつないで。あ、自転車の二人乗りとかもやってみたいんだよね。だって、あれだと好きなだけハグが出来るじゃない? たまに見かけていいなぁ~って思ってた。 一日一回、ハグはしてほしい。相手の腕がこーまわってきて、ギュッとしてくれるの。あ、守られてるなぁっとか、相手の温度とか、どきどきしている鼓動がわかるじゃない? 告白されたあとハグしてもらったとき、ものすごーく気持ちよかったんだよね。心臓がどきどきして口からポロッとウチにいる人体模型みたいに出そうになったし。実際、出たら困るけどさ。 あー、だからさ、だからさ。 毎日デートしたい。もちろん依頼のときは出来ないけどさ。あ、待てよ、同じ依頼を受けたら一緒にいられるよね! ペアルックは恥ずかしいけど、なんか恋人になってから二人で選んだおそろいのものとか欲しいし。あー、あーあああ! 「うがぁあああんんんっ!」 もう、頭のなかパンクしそうだよぅ! ……仕方ない。走ろう! ホラ、もう日課のランニング時間だし。 てか、アレ? 私、寝ようとしてからモンモンしすぎて一睡もしてないんだよね。で、もう朝の六時ってことは……興奮して全然寝れてない? すごい。 バトルするよりアドレナリン大量放出だよ。コレ。 服を着替えつつ、やっぱりつらつら考える。うん、だってね。今はもうコレのコトしか考えらんない。もともとイノシシみたいに一つのことに突っ込んでいくタイプだったけど、さ。 超バカップルしたい、いや、なりたい。 それってどうなの? 私、自慢じゃないけど人と感性がものすごーくズレてるし。手をつないだり、毎日デートって、さすがに引かれる? うーん、どうなんだろう。きっといやがったりは……表向きしないと思う。 苦笑いして、やんわりとお断りされるのかな? それとも仕方ないって付き合ってくれるのかな? 私がしたいコトだけを押し付けるのってしたくない。 二人で、楽しくやりたいし。あんまり我がままだと……嫌われちゃうかな。それってちょっぴり怖いんだよね。嫌われなくても付き合いきれないって距離とられて振られたら……いやだなぁ。 ロストナンバーになった当初の頃からの付き合いあるから、他の人よりもまだ考えてることがわかるからさ、尚更思う。 いつもの赤ジャージを羽織って気合をいれるために頬をぺちっ。よーし! 日和坂綾、行きます! 「少なくとも、アレだよね。ターミナルでのデートは避けたほうが無難だよね? 壱番世界もあんまり……ダメかなぁ」 自分の所有しているチェンバーの大きなグランド。そこを走りながらぶつぶつ。額から汗を流して、息が切れるまで――いつもはもっとゆっくり、長時間するつもりで走るんだけど今日は頭のなかのイッパイの煩悩まみれの妄想。ピンク色いっぱいのコレをどうにかしたいから全力疾走。肺が痛くなって、酸素不足で頭がぽかーんとするまで走る。 私のなかの邪心よ、去れ! まともな思考回路――もともとないけど、もどってこい! ランニングあとはいつもの蹴りの練習。下駄箱の前に吊るしてるサンドバックを睨みつけて、う、これが彼氏だったらハグって……ちがう! うう、頭のなかにもんもんと出てくるのは彼氏の笑顔ばっかり。 あうあう。違うの。今はそれじゃなくて デート! 「他の世界で、デート出来そうなトコ……ブルーインブルーかなぁ」 どす! 空気を切るようなハイキック。連続で、がすっ! 抉るようなローキック。ざしっ! トドメは回し蹴り。 スピード重視、手加減なしの鍛錬に没してだいぶウフフ、アハハのピンク色の邪心を払えた。気がする。 で、さらに考える。 自分が楽しいだけじゃなくて、相手が楽しいコト、好きなコトをしてあげたい。これって普通だよね? だって、浮かぶのが笑顔なんだもん。あの笑顔を、私が作ってあげたい。作るじゃなくて一緒にいて浮かべててほしい。 やっぱり相手が好きな世界に一緒にいく、ほうがいいよね? だとしたら、ヴォロス? またはシャンヴァラーラとかカナ? でもさ、でもさ、 「そんなところでなにすればいいの!」 どすす! 勢いよく蹴ったサンドバックが大きく揺れる。 「私の頭じゃ、ああいうトコでどんなデートができるかなんて思いつかないよ!」 だから、だから 「うん。ココはブルーインブルーで決定! 新しい水着を買って泳ぎに行くんだぁあっ!」 がつっん! 勢いよく天を睨みつけて、思いのたけを叫んで、サンドバックを両手でがっちりと掴んで、頭突きをかます。 とたんに裂けた袋からずささぁーと灰色の砂が溢れる。 はぁー、はぁー。はぁー。 あ、サンドバック、壊れちゃったや。また新しく作ればいいよね。今、優先するのはデート。デート! はたから見たら死合するんですかっていう気合と目つきで、んふふふっと不敵に笑う。 私、アブナイ人かも。いや、うん、いま、ちょっぴりヤバイ人の自覚ある。 けどさ、けどさ、 きっと灰色の砂を睨みつけて、よしっと笑う。 所詮、私には小細工なんて無理! けど、楽しみたい。だからまずは慣れたところから! そのあと、もっとアレコレと考えればいいよね? そーしよう! 早速シャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、パタパタ走り回ってる人体模型数体にサンドバックよろしくねっ! とウィンク一つ。 ショッピングに走る。 壱番世界にいくべきかなぁと思ったけど、時期が時期だから、もしかしたらないかもだし。まずは近くで探してみようってことで、ターミナルのお店を虱潰しに見ていくことにしてみた。 ターミナルってわりといろんなもの置いてるんだよね。かわいい洋服も多いし。前に女友達と水着を買いにいったこともあるしさ。 まずはそこから攻めてみよっかな。 「あー、やっぱり時期外れだから、種類少ない」 訪れた店でため息。 いや、あるにはあるんだけどさ、それってどうみてもあきらかに競技用なんだよね。私が探してるのは前に買ったときみたいな色鮮やかで、女の子ぽい……こー、どん、ばん、びびっ! みたいな。 なんであのとき、黒いスポーツ系セパレート水着にしちゃったかな。私も。 一緒に買いにいった二人みたいにピンク色の可愛いビキニとか、紫色のビキニとか……買えばよかったぁ~! 今更後悔しても仕方ないし。 「アレ、これ、競技用じゃないよね? ん? 『大人な雰囲気に彼氏もイチコロ』……!」 ぐわっ! と目を開けて、気合十分に水着をとってみた瞬間、 「ぐっはっ!」 思わず咽た。 だ、だって、これ……糸しかないんだけども、え、これ水着? い、一応、御情け程度に胸とか隠せるかんじなんだけど。え、ええ? こ、こっちのは、……胸のところには貝の形をしたヤツがついてて、下はハンカチ程度の絹がついているというか、あるというか、えーと、えーと、これはアレだ。世にいうぼいーんで、うふぅんなお姉さまたちが色気むんむんさせるためのマイクロビキニ? 「……」 しばし思案。 「……フッ」 にやり。 いま考えたことは、お墓の下まで持っていく秘密にしておこう。 私はそっと水着を元のところに返す。 「ゴメン、ムリ。流石にムリ」 さーて、別の水着。水着っと。 いや、だって、私がこんなの身につけられると思う? 百歩譲って身に着けたら……どんびきどころじゃないよね。その場で笑顔のお別れされるか、はたまた熱があるのって心配されるか……下手したら敵と思われて攻撃されるかもだよね。は、はは…… そのあと、数軒回って、ようやく赤いビギニ――パレオ付きだからいいよね? ――鏡の前で悩むこと一時間。店員さんに睨まれつつ、なんとか無事に購入。 買った水着のはいった袋を胸の中にぎゅっと抱きしめて頬が熱くなるのを感じる。う、うう、口元が緩むよぅ。どうしよう。ああ、もう、どうしよう、どうしよう。あっ! 大切なこと忘れてた。お誘いってどうやるの? う、うふぅん、一緒に泳ぎにいかない? 色ぽい水着、見せてあ、げ、る。……いや、違うな。一緒に泳ぎにいってみませんこと? 新しい水着を購入しましたのよ。……違う。ものすごく違う。てか、こんなの私のキャラでもないし! 「明日、がんばって普通ぽく誘ってみよう」 もしお断りされても、そっか、じゃあ、またねって言えるように。 よーし! 「あー、けどさ……どうしよう」 キンチョ―しすぎて今日は眠れないよぅ。
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