「あれ? なんの店でしょうか……?」 「え? あ、本当だ。看板はかけられてないけど……店?」 一一一が不思議そうに見つめる先に相沢優も視線を向け、不思議そうに小首を傾げた。 軒を連ねる店から少しだけ離れたところに年代を感じさせる古びた木造の建物がぽんっと建っている。それも一の肩ぐらいの高さに位置する真っ赤なドアがなんとも目立つ。 「うーん、かわいいのと怖いのがダイナミックにハグしているかんじの店ですね」 「営業してるのかな?」 「見てください。ドアのところに【学生服を着た人、持ってる人は歓迎】って書いてますよ!」 のたくったミミズのような文字の紙がドアにどーんっと張られている。 「けど、なんの店だろう……?」 本日、一&優で「なになに出てくる・ターミナル・珍物探したい隊!」――変な店巡りを決行していた。 チェンバーに行く前にお土産の一つも、などといい始めたらくだらないことを愛する魂に刻まれた一はやる気を爆発させ、優をひっぱってあっちこっちの店に顔をだしまくった。 ターミナルにある店はかなりバラエティに富んでいる。 優と一の常識の範囲で理解できる店もあれば、まったく理解不能の店も大量に存在する。 「おもしろそうですし、入ってみましょうか?」 「そうだな。面白いものがあるかもしれないし」 「そうです! 先ほど、相沢さんが買った『天女の羽衣のぱちもん』、纏えば一センチだけ飛べるものより俄然おもしろいものを見つけないと!」 一は、はりきって商品を吟味していくがどうもいいものが見つからずに勝利品はゼロ。 たいして優はその人柄か、あっさりと店主と打ち解けて、手ごろな価格でイチオシを譲ってもらって、すでに五個ほど面白いグッズをゲットしていた。 こ、これは、くだらないことを愛する魂のピンチ――かどうかは別としておもしろそうなものにはぜひともアタックしたい。 「けど、ここで最後にしよう。綾たちが待ってるし」 「はい! 私のピンクの心臓が告げています。ここにおもしろいものが絶対にあると!」 「一、心臓はみんなピンク色だと思うよ」 「は、ははは。行きましょう!」 一は勢いよくドアノブをまわした。 ぎぃい……軋み音をたててドアが開く。 「こんにちはー、誰かいますかー? いなかったら返事しないでくださいね」 「いないのに返事がきたらそれは幽霊だよ、一」 「だから返事してほしくいんですよ!」 恐る恐るドアからそっとなかを覗く一は、室内を見てぽかんと呆けた顔をした。 「か……かわいい!」 外の印象を裏切るほどに整理整頓された部屋に置かれた棚やテーブルは色鮮やかな花が飾られ、可愛らしいイラストの施された陶器、なにかがはいっているらしい小瓶……と小物が並ぶ。 「ここって雑貨屋さんでしょうか?」 想像していたのよりかわいい雰囲気に一は目をぱちぱちと瞬かせて、店のなかへと足を踏みこんだ。 そのあとに優も続こうとして、小さな店の天井に頭を打ちつけた。 「いたっ。ずいぶんと天井が低いな、ここ……うん。たぶん、小物屋だと思うけど……店の人は」 がたっ。……ごろん。 「奥? 音が……」 「なんの音でしょう?」 二人がきょとんと目を丸めて、濃い緑色のカーテンがおろされた店の奥に続くだろう入り口を凝視していると、するりっと白い手が現れた。 「ブォ! っと、いけね! ……ん、んんっ。お客様でしょうか?」 茶色のドレス、頭からは紫色のフードをすっぽりと被って、口元しか顔がみないが色白の肌をした女が微笑みを浮かべて出てきた。 「はい。ここってなんのお店ですか?」 「魔法アイテム屋ですわ! 恋占いから大魔法使いのような大きな力を使用したり出来る便利アイテムがいっぱい! ささやかな近所の問題から世界を救う依頼も気軽にお手伝い! がうちのモットーですわ……あら、あらあらあら、あなた、可愛い制服!」 「え、私? かわいいだなんて! 照れちゃいます!」 ぽっと頬を染めて照れる一を無視して、店主はうっとりとした顔で――制服を凝視していた。 「あの、すいません。店のなかのものって、見せてもらってもいいですか」 なんとなく声をかけづらいと想いつつ優が遠慮がちに尋ねると店主ははたと顔をあげ、とり繕う様に微笑んだ。 「もちろんだブォ……ですわ! ところで、お客様は学生さまなのですか?」 「え、ええ。まぁ」 一は見た目通りの女子高生であるし、優は大学生だ。 「まぁ、素敵ぃ!」 店主がぱぁあと笑顔を浮かると、ぴょこんと長いフードがら茶色の細長いものが…… 「尻尾?」 「え、……オホホホホ」 店主がフードをぱたぱたと手で叩くと、口元に手をあてて高笑いで誤魔化した。 (なんだろう、この人?) ターミナルには人間以外の種族が多い。この店主もそのタイプなのだろうか? だったら別に隠す必要もないのに、と優は訝しげに想いながら視線を一に向けた。 「一、なにかって……」 「ウフフフ、かわいいなんて一、困っちゃいますよ!」 一は、まだ照れるのに忙しかった。 「一、戻っておいでー」 「はっ。すいません! よーし、相沢さん、ココは一つ、いいものを見つけましょう! きっとこの店なら綾さんや虎さん、竜さんをびっくりさせられる物がありますよ」 「そうだね」 「あら、面白いものを探しているんですか?」 「はい! 友達をびっくりさせる予定なんですっ」 店主が興味深そうに身を乗り出すのに、一も笑顔で説明する。と店主はにっと赤い唇を吊り上げた。 「お友達……というと、その方たちも学生さまなんでか?」 「そうですけど?」 優は目をぱちぱちと瞬かせる。なんでそんなことを聞いてくるんだろう? そういえば、この店、制服を着てる人、持ってる人、歓迎とか…… 「では、これがいいですわ」 ささっと店主が奥から取り出したのは宝石がちりばめられた小さな黒い箱。 「これは、箱を開けると、白い煙が出るのですが、それを浴びるとその人の願いを叶えてくれるという品なんです」 「願いを?」 「叶える?」 一と優は互いに顔を見合わせて、まじまじと箱を見た。 「お高いんじゃ……?」 「いえいえ! ちっとも! 後払いでいいですわ。むろん、願いが叶わなければ代金は無料です!あ、もちろん、お代はこちらがとりにいきます!」 「けど、それは」 優は眉を寄せて訝しがる。いくらなんでも話がうますぎる。 「一はどう思」 優は一の意見を聞こうと振り返った。 そこには、胸の上で両手を乙女結びした一が、きらきらと星に負けない輝きを宿した瞳でじっと箱を見つめていた。 「願いが叶う……」 「ええ、たとえばですね。大人の女性になりたいとかハンサムな王子様が迎えにきたりとか」 「大人の女性……王子さまが迎えにくるっ!」 「または、探し物があればそれを見つけられるとか」 「探し物が見つけられる?」 まるで心を見透かしたような店主の発言に、二人の心は大いに揺れた。 「相沢さんっ!」 一はくわっ! まるで空腹の猿がたった一個の芋を見つけ、それを敵に奪われまいとするような勢いで優に突撃した。 「ぜひ、もらっていきましょう! 店主さんの好意に甘えましょうっ!」 「え、けど、一」 お代について、店主ははっきりと口にしていない。そこに優はひっかかりを覚えていた。 「みんなで煙を浴びましょうっ! 店主さん、いただいていきますっ。そして願いを叶えた暁にはお礼もばっちりお支払しますっ」 「はぁい。では、のちほど~」 「一っ! ちょ、まっ……わぁ!」 優の片手をがしっ。そして空いている手に箱をがしぃと抱きしめた一は目はぎらぎらと輝かせて友人たちが待つチェンバーに駆け出した。 ★ ★ ★ 「一やんたち遅いなぁ」 空いている椅子の一つに腰を降ろした虎部隆は机に広げたスナック菓子を頬張りながら眉を寄せた。 「ホントだよねぇ~。どうしたのかな?」 日和坂綾は、教室の端っこで足と腕も大きくふりあげ、その場でウォーキングして持て余した暇と体力をせっせっと消費していた。 「なにかあったんでしょうかね?」 隆の横にいた藤枝竜は呑気な口調で小首を傾げた。 「店をまわるのに夢中で俺らのこと忘れてるとか……ありそうだよなぁ」 隆が顎を撫でた。 いつものようにチェンバーに集まった三人はくだらない悪戯計画をたてていたのにノートを見ると、そこに一から「ターミナル、面白グッズお披露目します」とハートマークつきのメッセージが入っていた。 それに三人は今か、今かと優と一が来るのを待っていた。 「なにを買ってくるんでしょうね」 「あの一やんと優だからなぁ……優はわりとまともにしても、一やんの感性がなぁ。カオスかもしれねぇぜ」 「おもしろそー! 相手がいるときはウチの人体模型を使えばいいんだから」 綾のなにげなくも、えげつない言葉に数体の人体模型はその場から慌てて逃げ出した。 「けど、遅いですねぇ」 竜の言葉に隆と綾は待ちくたびれたとばかりにため息をついた。 と、 がらっ! 「お待たせしましたぁー! ヒーローは常に遅れてやってきておいしいところをぺろっと! もっていくものですっ!」 「遅れてごめん。ちょっと買い物に手間取って」 得意顔の一と苦笑いを浮かべた優が教室にはいってきたのに三人の視線は否応なく二人の手に持っている物に釘づけになる。 「おう。で、なにを買ってきたんだよ?」 隆がにやにやと笑って立ちあがると、一の手にある物をまじまじと見ようとする。 一は慌てて両手を後ろへとまわして買った品を隠した。 「だめですよ。虎さん! お披露目は順を追ってしないとつまらないじゃないですか!」 「えー、けちけちするなよ」 「ふふ、任せてください! とびっきりのお披露目大会をしますから!」 マイクのかわりにトラベルギアのスタンガンを口元に、司会者になりきった一はにやりと笑う。もちろん、助手は優である。 二人が買ってきた面白グッズ。別名ターミナルから出てきた珍物……数センチだけ浮く天女の羽衣のぱちもん、噛むと体がカメレオンのように変化する七色のガム、育てると巨大モンスターになる植物の種、猫耳と尻尾の生えるピンクの鈴つき首輪、魔女っ娘になりきり杖(簡単な魔法として杖から水を出すことができます)、ヒーローになりたい御嬢さん必見のベルト(ちなみに変身は三分)と出てくる、出てくる…… 「そして、本日のメイン! どるるるるぅううう! ぱっぱかかーん! 願いを叶える煙がはいっている箱! ですっ!」 優が両手で大切そうに持ち、一がざっと床に片足を床につけて、両手をひらひらと振って箱をアピール。 「……どうもこの流れからいって期待していいのか不明なんだよなぁ。騙されたんじゃないのか? 一体、いくら払ったんだよ。詐欺にあった場合、どこに言いだせばいいんだ? クーリングオフって出来るのか?」 と冷静な隆。 「うっ……! けど、これは店主さんがお代はのちほどでいいですよって! 乙女の夢である大人の女性や変身ヒーローになることも、その他諸々の夢も叶えてくれるって!」 一が必死に言い募るのに顎に手をあてた隆は唸った。 「ん、まぁ、叶わなかったとしても後払いだからなぁ」 「そうだよ! 試してみなくっちゃ」 「そうですねぇ!」 隆を押しのけて綾と竜が目をきらきらと輝かせる。 「二人とも、このロマンをわかってくれると思ってました!」 「うん。わかるっ!」 「はい!」 「……竜、綾っち、お前ら二人とも食いつきいいなぁ」 三人の乙女たちがひしっとかたく手をとりあって友情を確かめ合うのを隆は呆れた目で見つめた。 「ま、試してみようよ。隆」 「そーだな」 そんなわけで五人はその場に一列に並び、真ん中に立つ一が素早く箱のふたを開けた。 もくもくもくもく~。 小さな箱から大量の白い煙が溢れだして、教室がミルク色に満たされていく。 「うおっ」 「きゃあ」 「わ……なんか臭い?」 「ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー! 大人の女性、大人の女性っ! はっ、飲み込んだほうがいいんでしようか? えーい、ぱくっ」 「うー、こい! こいこい! 願いよ、かなえっ!」 「ん、んん? 煙が消えた、か?」 隆は周囲を見回して違和感を覚えた。 何かが違う。周りに鉄の棒がいくつもあるし、床の面積が大きいような…… 「あれ? なんかおかしい?」 優も不思議そうに首を傾げる。 「はぇ~? なんだか、まわりものが大きく見えるんですけど……この太くて大きな棒は? 机でしょうか?」 竜は目玉が零れ落ちそうなほどに開いて、素っ頓狂んな声をあげた。 「な、なんですか、これ! わ、私の野望は!? 大人の女性は!」 「えー! なんで! なんで! これってどういうこと!」 遅まきに異変に気が付いた一と綾も悲鳴をあげる。 「おいおい、冗談じゃねーぞ。このなかで小さくなりたいなんて願ったヤツがいるのかよ……って、うおっ」 隆の顔面にピンクのぷるぷるとした物体が突撃した。 「隆、って、わぁ! えっ、これは」 優もまたぷるぷるのピンクの物体に押し倒された。 「きゃあ!」 「わぁ」 「ほぇー!」 綾、一、竜の悲鳴もあがる。 「うおって、お前はナイア! こんなでかくなっち……いや、俺が小さいのか? まぢかよ。優、大丈夫か?」 必死にピンクの物体こと己のセクタンを押しのけて隆が叫んだ。 優ものしかかっているのがタイムだと理解してひとまず安心した。タイムの顔を見る限り、悪意があるわけではなさそうだ。むしろ、じゃれてきている? 「って、綾たちは、だいじょ……」 優が振り返った先では 「ふわふわぁ」 「もこもこですねぇ」 「わぁ、なでていいんですかぁ? 大きいですね。って、え? 私たちが小さくなっちゃったんですかぁ?」 と、三人に囲まれてなでなで、ぎゅぎゅされているエンエンがいた。 「あいつらは大丈夫みたいだなぁ。っと、おい、状況確認するぞ!」 隆がナイアを押しのけて叫ぶ。 五人はすぐさまに集まって互いの顔を見つめ合った。 「俺らのなかで小さくなることを願うやつはいないよなぁ? だとしたらますますおかしい……もしかしなくても、こりゃ、箱には小さくなる煙がはいってたんじゃないのか?」 「後払いですから、相手さんはこの場所のことも知っているんですよねぇ?」 「それってもしかしなくても強盗にはいり放題ってコト?」 盗むものなんてナイけどさ、と綾は真剣な顔で付け足したが、その言葉に 「つまり、あの店長さんは強盗目的ってことなのか? ごめん、綾」 「す、すいません、すいません!」 原因の二人は蒼白顔で綾に詫びた。すると、がしっと二人の頭を後ろから乱暴に撫でながら隆が元気づける。 「なーにいってんだ、二人とも、悪いのはその店長だろう! 俺らを罠にはめようとはいい度胸だな、そいつ」 ふふふっ――裏社会の人も猛ダッシュで逃げる悪面で隆は不敵に笑う。これは相当に怒っている顔だ。 「こうなったら、とことんまでこの事態を楽しむ。で、その原因をどうにかしてやればいいだろう」 「暴力は反対です。しかーしっ! 乙女の夢を弄んだ悪党には必ず正義の鉄槌を下さなくちゃいけません! 一、いきます! さぁ、お店に行きましょう! 場所は覚えてます!」 きりっと明後日の方向に敬礼する一の手にはしっかりがっちりスタンガンが握られていた。 「うん。一さん、ユウ、気にしないで。私も協力するよ! エンエンの炎でまるっとこげこげだぁ~!」 フンガァアアと乙女にあるまじき雄叫びをあげる綾。 「綾、そうだね。きれいさっぱり燃やしちゃおう」 笑顔でさらっと恐ろしいことを言う優。わりと怒って、いるかもしれない。 「え、ええっと、けど、そんなみんなで襲ったらその店長さんが危ないんじゃないんですかぁ? 暴力はやっぱり」 「なにいってるんだ、竜! 俺らは被害者として至極真っ当に原因をシメあげて、元に戻してもらうんだぜ」 「そうよ、竜さん! 私たちはすごーく当たり前のことをしているの」 「え、ええっ、け、けどぉ」 「……こうなった隆と綾は止められないから、ほら、一緒にいって店長をシメて、適度なところで止めよう」 一応、シメることは予定にはいっているらしい。爽やかな笑顔がなんとなく怖いです。優さん。 「そうですよ。これは乙女の正義ですよ! 竜さん!」 「え、えーと、は、はい?」 と竜はつい流されて頷いていた。 「けど、どうする? 場所はわかっているけど、この姿だと」 優が自分の姿を見てため息をつく。 元の姿であれば、三十分の道のりも、この小さな姿では何時間、いや下手したら何日かかるか…… 「う、そっか」 綾が顔を顰めたとき がざ。 「ん? なんだ、なんか音が」 隆が首を傾げる。 がざ。がざがざっ。 「こ、この不吉な音は?」 背筋にぞわぞわぞわーと這い上がる恐怖感に一は顔をひきつらせて、そろそろと振り返った先には 「ぎゃあああああああああ!」 「一やんって、うおおおおおおお!」 「え、な……いゃあああああああああ!」 「っ! うわああああああああ!」 「え、ええ? って、大きな虫さん!」 竜が目を丸めた先にはまっ黒い姿の――そう、ゴのつく虫が! 「いゃあああ、なんでぇ~!」 「綾っちぃいい! 掃除くらいしろよぉ」 「スティ、あなたはあなたのお家に帰りなさいって! いゃあああああ!」 「飛んできてる。飛んできてる!」 「ひゃああああ!」 逃げれば追う――というのはお約束である。 五人が逃げるのにゴのつくやつは羽をぱたぱたとさせて迫ってきた。 そんなこんなで五分後。 五人は逃げ場のない壁に追い詰められていた。 「ひ、ひぃいい~~! こ、こんなところで死ぬなんて、王子様にも会ってないのにぃ~」 「一やん、泣くな! く、ゴに食い殺されるなんざ、末代までの恥じ……っ! お前ら、全力で抵抗するぞ」 「よーし、蹴ってやるぅ!」 「綾、隆、わかった。俺も」 「あ、あわわ」 抱き合う一と竜を男らしく背に守って隆がまず突っ込み べちぃ。 ――虫の平手打ちで床に叩きつけられた 「ぐはっ……みんな、俺の屍を越えていけ……がくっ」 「隆がぁああ! あー、そっか。トラベルギアも威力が弱くなってるんだ! くそー、二番手は私が」 「綾、せめて俺が」 綾と優が言い争う間にもじりじりと寄ってくる黒いヤツを べちょ。 「だれって――エンエン!」 「タイム!」 セクタンたちがゴのつく虫を踏み潰し、きょとんとした顔をしている。 「っ、ナイア、お前、くるのおそ、うおっ」 ぷにゅんとナイアは優しく隆を潰した。 元の姿になったら掃除をさぼった人体模型に制裁を与えると誓いつつ、綾はハタと気がついた。 「そうだ。セクタンに乗ればいいんだ! エンエン~、おねがーい!」 エンエンはにこりと笑って頷くとその場に伏せをした。どうやら乗ってもいいということらしい。 「さすが、綾さん! では、エンエンさんの背中に失礼しまーす!」 「私も~」 綾を腕のなかに抱っこ(エンエンがしたかったらしい)、一、竜を背中に乗せてエンエンが立ちあがる。 問題は…… 「どうやって乗ればいいんだろう、隆」 「潰されまくってる俺に聞くなよ」 つるん、ぷるん、るるんな己のセクタンを見つめて優と隆は途方に暮れた。 タイムは両手を伸ばして優を抱っこするが、つるっと滑って床に落してしまう。 「タイム、ありがとう。けど無理なら、って、え」 きりっとした顔のタイムはなんと優の服の首根っこをくわえて持ち上げ、両脇を手で支えた。まさに猫の子の要領。 それを見たナイアは小さな両手をぽんっと合わせて隆に向き合い 「よし、俺もぱくっと運んでって、おいっ~!」 ぱくり。 ナイアは隆の上半身を口のなかにしっかりとくわえてとことこと歩き出した。大変、主思いのセクタンである。 チェンバーを抜けるまでは、ぱたぱたと走り回る人体模型に踏まれないように――いくら叫んでも気がつかない! 人体模型に制裁ぷらすおしおきをすることを誓いつつ――ようやく外に出たが、そのころにはセクタンたちは疲れ果てていた。 「エンエン、がんばれ!」 「しっかり、エンエンさん!」 「がんばって!」 乙女だけとはいえ三人も乗せているエンエンの負担は大きかったらしい。ふらふらしている。 一方、タイムは 「ごめん、タイム。首、首がしまって」 口に服をくわえられているため、歩くたびに首が締められる優とともに 「だー、唾液が! 飲み込むつもりかお前!」 隆にいたっては食べられかけていた。 ふらぁ~。 疲れ果てたエンエンが、ぽむっと腰を降ろした。 「え」 「はぇ!」 背中に乗っていた一と竜は咄嗟のことにしがみつくこともできず、坂道を転がる小石のように 「きゃあ!」 「ひゃあ!」 転がるしかない。 「二人とも! エンエン、降ろして、降ろして!」 綾が慌てて叫び、エンエンの腕から飛びおりて二人を助けようと腕を伸ばしたが、 「フンガァアアって、きゃあああ!」 気合いをこめて止めようとしたのも虚しく、綾も転がった。 「きゃあああ! ころがる!」 「いやー、眼がまわるぅ!」 「はえええ! 何とかしてください~!」 目をまわした竜がついうっかり炎を吐いて、転がる三人は火だるまに 「きゃあ、あちちちちっ、あちちっ。小麦色の乙女もいいですが、丸焼きはいやです!」 「ひぃいい! たすけてー! エンエン!」 「あーうー、ぐるぐる~」 「みんなっぐぇ……タイム、本当に、首、くびっ! わぁ!」 疲れ果てたタイムがぽてっと口を開けてしまい優は地面に尻餅をついた。 「いたた。いや、タイムのせいじゃって……! え、ええっ! ちょ、まっ」 ころころと転がる一と竜に綾が優へと迫る。 咄嗟のことに避けることもできない優は火だるまの乙女たちと突撃した。 ぷにゅう。 不幸中の幸いだったのは優の背後にタイムがいたことだ。 柔らかな壁に優、綾、一、竜は大の文字でめり込むことでことなきを得た。炎もタイムとエンエンが慌てて両手でぽんぽんと叩いて消してくれた。 「い、いたた……! みんな、無事? はぁー、あぶなかった!」 「ぶ、無事です。髪の毛がちょっとアフロになりかけましたが!」 「あわわ、すいませ~ん!」 「みんな無事でよかったよ。本当に」 優ははぁと疲れ果てたため息をつくと、ぷにぷにゅっとぷるふるのタイムの手が気遣う様に頬をつついてきた。 「タイム……ありがとう」 優は両手を広げてもタイムの体に抱きついた。全身ぷるぷるにちょっと癒される。 エンエンは綾、一、竜の三人の顔をぺろぺろと舌で舐めて無事を確認していた。 「エンエン、気にしなくていいんだよ」 「そうですよ!」 「くすぐったいです~」 ちょっと和んでいたのに綾はハッと気がついた 「隆は?」 「ん? ああああ!」 優が叫んだ先には――もごもごと口を動かしているナイアの姿が―― 「隆ぃいい!」 慌てて隆を救出したのは言うまでもない。 踏まれかけたり、野良セクタンと間違えられてほしいと叫ぶ人に追いかけられたり……ようやく店についたときには五人はボロボロになっていた。 憎き敵の棲家を睨みつけ、ごくりっと五人は息を飲む。 大きなドアをセクタンたちの小さな手がぽかぽかと叩く。 すると、ぎぃ……と幸いにもきちんとしまっていなかったらしい。五人はさっとなかへと忍びこむ。 「よーし、行くぞ! てんちょーでてこーい!」 「綾、そんな叫んだら」 「いや、ここは正面きってやろうぜ」 「でてきなさーい、乙女の夢をなんだとおもってるんですかー!」 「もとにもどしてくださーい」 五人の声に奥へと続くカーテンがふわりと浮いて黒い影が現れる。まさか、店主の女――否、それは 「ぶぉ?」 黒いマントに、片手には小さな木の杖を持った―― 「「「「「うしーーー!」」」」」 五人の声が見事にはもった。 なんと、店の奥から出てきたのは二頭身のずんぐり、でっぷりの茶色に毛に覆われた、頭の上に二本の角のある牛。 「ぶぉ! ……あー、お前たちは! ぶぉぶぉ! ワタシの「小さくなーる」を浴びたぶぉ! 小さいぶぉ!」 「この笑いかた、それに尻尾……じゃあ、店主さんって、この牛なのか」 優のなかで店主がときどき見せた変な行動が脳裏によみがえり、目の前の牛と合致していく。 「変身の魔法だぼふぉっといっても、一日三十分しかつかえないぶぉほ……ワタシ、牛じゃないぶぉほ!」 「牛じゃなきゃなんだよ、その姿! どっからどうみても毛むくじゃらの牛だろう!」 と隆が叫ぶ。 「しつれーな! ゆうちょただしきまふぉめっとー族のマフォだぼふっ! 牛でなくて、山羊だぶぉほ! こわいだろー。すごいだろー!」 おなかを張ってマフォが五人を見下す。 が、 ……しーん。 「山羊?」 「山羊っーか、」 「牛ですよね」 「牛さんですよね」 「牛だよね」 にしか見えない。 「ぶぉ! ちがうぶぉ! ふん、お前たちにはワタシの優雅さがわからないブォ!」 「山羊とか、牛とかそんな細かなことはこの際横に置いておきましょう! どうしてあんな乙女心をくすぐる箱にこんな卑劣な薬を! ちいさなもの大好きな人たちが許しても、この一が、許しませんよっ!」 びしぃと指差す一にマフォはふふんと得意げに笑った。 「マフォ、小さいばふ。けど、みんな大きいばふぅ。だから、みぃーんな小さくなればいいんだばふぉ。それに、それにだばふぉ! ターミナルに来て、きれーなせいふくというものを知ったばふぉ! それを集めるばふぉ! だからせいふくをもってるやつをいっぱーい小さくして、これくしょんするだばふぉ! それにあんな胡散臭いものにひっかかるのがわるいんだばふぉ」 「なんて自分勝手なんですか! それに、き、きぃいいい! 乙女の夢を! 弄んだ罪は重いですからねっ!」 きりりっと闘志を燃やす一が果敢にも駆けだす。 「一、危ない……!」 優の制しに、一は男前な笑みを浮かべた。 「だいじょーぶです! トラベルギア! 非力な私に力を貸してください! 一、いきまーす!」 どこからその自信は湧いてくるのかは不明であるが、胸のなかに抱いたトラベルギアに祈りを捧げ、乙女、一は飛んだ。 願いが届いたのか、はたまた根性の成せる技か――最大限の威力を発揮したスタンガンがばちばちっ! 唸り声をあげて、部屋いっぱいに青白い光を放つと店主に襲いかかった。 「トラベルギアも小さくなって威力、ないはずなんだけど」 「持ち主の根性にトラベルギアが反応しているんだろう。すげー、一やん」 おおーっと優と隆はどこからかとりだしたサングラスをつけて感心した。 「そっか、根性技でいけるんだ。よーし! 竜さん、よろしく! エンエンもお願い!」 「はーい! 任せてください~」 「いくよー! 今回は綾&竜さんとさらにはエンエンの協力技! 燃やし尽くすよ!」 綾が高く飛ぶのに竜とエンエンが火の玉を吐き出す。 「えええい!」 炎を纏った飛び蹴りが炸裂。 その上、さらには 「エンエンさん、一緒にいきますよ! フレイムたん!」 竜とエンエンの合わせ技によって、ごうごうと燃える炎が店長をこげこげにした。 「よーし、優、俺らもいくぜ。いいもん見つけた!」 「わかった!」 スタンガンの上に蹴られ、こげこげにされてふらふらのマフォに隆と優は店にあったセロハンテープを使ってこけさせると、ぐるぐるまきにして拘束した。 「小さくなった恨み、晴らさせてもらうぜ」 マフォの大きなおなかの上に乗ってにやりと隆は笑うと、ぺちぺちと毛を抜いていくというひじょーにやらしいいやがらせを開始した。 「ぃやああああ、やめてぇ、やめるもふぅ! わーん」 「反省したか?」 「うー、うるさいぼふぅ」 「よし、優、ここの頭のところ、ぺちっとはがしてやろうぜ」 「だったら、ここを……」 「ぎゃああああ! やめるもふぉ」 「はい。はいはい! なら、ここの毛をぺちっと剥がしましょう! 乙女を騙した罰です」 「じゃあ、こことかどうでしょうか?」 「あ、私はここいがいいと思う」 「ぎゃあああああああああ!」 憐れな店主の毛は抜けていく。 そしてもう抜く毛がないほどにさんざんに痛めつけられたマフォは泣きながら五人に謝罪した。 「もう、しないもふぉ。ぐすん、ぐすん、ごめんなさいもふぉ」 「よーし、俺らを戻せ。ったく、手間かけやがって」と悪面な隆。 「ふぅ。すっきりしました!」爽やかな汗を流す一。 「いろいろとありましたが楽しかったです」にこにこの竜。 「えへへ。エンエンに乗るなんて貴重な体験だもんねぇ」笑顔な綾。 「うん。楽しかったな」タイムを撫でながら優。 いろいろとあったが小さくなたのはわりと楽しかったし、セクタンに運んでもらうという貴重な経験をして満足げな五人。 このあと、日を改めた五人はマフォの店の品を提供してもらい「面白グッズ使用大会」を決行した。 もちろん、そのときは小さくなるというハプニングはなかったが、別のハプニングは……あったかもしれない。
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