探偵から『至急こられたし(リンヤン絡み)』と連絡がはいった。 なんとなくいやな予感はしたが、行かねばなるまい。とってもいや予感はするが。 さて、探偵事務所のドアを開けると ばしい。 !? なぜか、一緒にきた仲間の一人と手錠で片手が繋がれてしまった。それも、手錠と手錠の間には鎖がつけられていて、相手と距離をとれるのはおおよそ一メートルくらい。その真ん中には黒い鞄がぶらさがっている……なに、これ!?「うふっ。成功。ん? みんな、元気? みんなのリンヤンは元気ですよ。ということで、今回の依頼の内容を説明するね? この手錠を外せ? はははは、この手錠を外せる鍵はここにあります。が、それは、はい、キノちゃん」 キノキノー。 リンヤンの傍らにいたキノコ型のロボットが鍵を受け取る。「以前の、依頼の成果。ここにカモン!」 キノー! 輝くと、キノコ型ロボットのキノちゃんが、なんと十五歳くらいのナイスバディの女の子に。――それもビキニ姿である。「人型に変身できるようになりました。え、服? なんかね、スピート型には服はいらないんだってさ。どこかで育て方間違えたよねー。……で、このキノちゃんが鍵をもって逃げます。みなさんはそれを追いかけて捕まえて、自由になると、すごく、すごく簡単な依頼でしょ?」 いやいや、簡単な依頼って、趣旨がわからないんですけど! ――困惑する旅人たちにリンヤンはふっと笑った。「つまりは、僕が作った戦闘ロボたちの訓練に協力してほしいの。君たちを敵と仮定してキノちゃんは逃げる。それを今は朝だから夕方までは捕まえてほしいわけ。つまりは、鬼ごっこみたいなものだよ。ただし、戦闘ももちろんはいる。……とはいっても怪我すると危ないので、みんなそこらへんは手加減してね。え、なんで手錠? 君たち強すぎるからハンデに決まってるじゃないか。この機会に協力攻撃を開発とか仲良くなるのもいいかもよ?」 かなり無責任なことをリンヤンは言いきる。「ちなみに、逃げるキノちゃんのサポート役は、僕が作った特殊戦闘ロボたちだから」 ひひーん。 馬の嘶き声をあげて事務所のドアを壊して入ってきたのは黒いバイク。「移動サポートのアールくんです。かわいいだろう? 馬をモチーフに作ったんだ。時速八十キロで逃げ回れるんだよ。ちなみにエネルギィは自家発電してるから、停まらないよ。疲れないよ。見た目はバイクでも中身は馬だから、飛んだり跳ねたり、ありえない移動手段も使えるんだ。では、キノちゃん、アールくん、いきなさい」 ひひーん。 キノー! ビキニ姿のキノちゃんは颯爽と嘶くバイクのアールくんに乗ると、エンジンをふかし、窓から出ていった。 え、ここ二階!? 慌てて窓に駆け寄ると、ひひーんと声を荒らげてバイクは走っていく。ありえない。「あと、キノちゃんに近づいた君たちの邪魔をするのは、シエンとアルファです」 リンヤンの影から黒装束のシエンと、黒いジャケット姿の見た目はナイスバディの女性のアルファが現れた。「シエンは隠密行動のプロでね。得意なことは接近戦による間接技。あと影渡りっていって、人の影から出てこられるからね。君たちがキノちゃんに近づいたら問答無用で襲うから。アルファは射撃のプロ。どこからか君たちのことを狙って撃ってくるよ。あ、ちなみに撃つ弾は、これ、ガム弾です。これね、あたると、ねばねばして動けなくなるよ。一度つくと中々外れなくなるから」 なんという邪魔ぷり!「なんと今回は探偵の人たちも、お邪魔キャラとして協力してくれました。キサとフェイの二人だよ」 紹介されたのは女探偵のキサと仮面探偵のフェイの二人。「……えーと、いっつも世話になってるあんたたちに悪いけど、邪魔されてもらうわ。大丈夫、大丈夫。鞭で叩くぐらいだから。……別に、ちょっと前に事務所を破壊された腹いせにこれでもかーと筋肉系のやつを叩いてやろうとか思ってないから。ふ、ふふふふ」「俺の事務所がまた壊されている。はぁ……まぁ、俺は火を使って驚かせたり、頭上からものを落とすくらいで、野郎相手に手加減する気はないからな。ボケキャラがいたら一撃必殺でやるつもりでいくからな」 探偵ども……! お前らもか!「さらには、街を歩いていると、なぜかマフィアさんたちに狙われちゃうかもね。え、決してリンヤンがデマ情報として二人組で、黒い鞄を持っているのは実は国家機密を運んでますと……流してませんよ。あっは。……まぁマフィアが襲ってきたら手加減なくやっちゃっていいよ。悪い虫退治と子供たちの成長が叶うなんて一石二鳥。リンヤン天才ですね!」 おおおい、この野郎! だったら、こんな鞄も、鎖も、いや手錠も外してやる。え、あれ、外れない!「無理無理。リンヤンの才能をおしみもなく発揮し作り出した超スペシャル特殊の手錠だよ? 君らでも外せないから。あと、その黒い鞄のなかにはキノちゃんを捕まえた際、鍵を渡してもらうためのパスワードがはいってますので捨てると、手錠、外せないからね? 鞄はキノちゃんの鳴き声を聞かないと開かないようになってるから!」 うわぁ、無駄な才能発揮しやがって!「あ、最後のルール説明だけども、参加者にはみんなは、協力してもらったので、ゲーム終了後にはごはんを食べるという特典つけてまーす! ちなみにすき焼きだよ。すき焼き!」 すき焼き……う、ちょっとやる気出たかも。「キノちゃんから鍵を奪って一番はじめに自由になった人には優勝者としてのそこでゲームは終了。他の人たちの手錠は自動的にはずれまーす。あ、優勝者は御褒美として、リンヤンのポケットマネーから買いました高級牛肉によるすき焼きが食べれます。あと、それ以外の負けちゃった人は、野菜しかないすき焼きしか食べれないので注意! ちなみに夕方までキノちゃんを捕まえられないという場合は、みんな、野菜のすき焼きだからね? もちろん、僕らは肉のはいったのを食べるけど」 うおおおおい、そういうオチかい!「リンヤンも今回はがんばって、お邪魔キャラするから、みんな、がんばってね。さ、ゲームスタート!」
強制的にコンビを組まされた五組のチームは肉を求め、ボケるため、自由のため、――各自それぞれ抱える目的のため迷宮のような街へと飛び出していったのだが、 ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ――。 「リンヤンさん、それ、それよ! そのポーズよ!」 日和坂綾は持ってきたポラロイドカメラでリンヤンを撮ることに夢中になって出遅れていた。 それも目の前でリンヤンが「え、こう? それともこう? 仕方ないなぁ~」とかいってノリノリでポーズなんてとってくれたのが運の尽き。 「綾さーん、そろそろいいんじゃない?」 綾とコンビを組んでいるハギノが声をかける。 「んー、ハギノさん、まって、もうちょっと、もうちょっとでいいのがとれそうなの! あ、ネガ切れちゃった!」 「え、リンヤンのこと、もう撮らないんですか」 とリンヤンが不満げな顔をする。 「ネガ切れてまで撮ったならいいんじゃない? みんな出ていっちゃったよ」 ハギノの言葉に綾は、はっと我に返った。 「あー! だ、だってね、いっぱいとっておけば、今回の子供たちの対策になるかなぁって……ゴメンなさ~い」 「いいよ。いいよ。今からがんばれば、追いつくから。それに、まだ一組残ってるし」 ハギノの視線の先にごうごうとイモでも焼けるのではないかというほどに闘志を燃やした一人の男と宿命の敵が向きあっていた。 「フェイさん、驚いてるかもしれないけど、自分はツッコミですから!」 きりっとした顔で小竹卓也が宣言する。――大変燃えている。 「卓也、一つ言いたいのだが」 冷たい、ここだけは真冬ではないのかというほどのオーラを放つ仮面探偵フェイ。 「もふるか、宣言するか、どっちからしろ、このボケ人間」 「なにをいって、はぁはぁ、キリルたん、かわいい、もふもふだよぅ」 そうである。 小竹のかっこいい宣言がどうもさまにならないのは、彼はずっと今回コンビを組んでいるキリル・ディクローズを抱きしめてすりすりしているせいである。 だったら離れればいいじゃないか、手錠についている鎖は一メートルくらい距離あるんだから――しかし、獣好きにそれは出来ない話である。こんなにも傍にいて、もふり放題でなにもしないなんて男じゃない。 「きゅー」 キリルにしても無表情で小竹のしたいようにさせている。寛大というか、されていることがわかってないのか。 「なぁ、これ犯罪ぎりぎりだろう? 燃やしたほうがいいと思わないか? 灰すら残らないように」 「あー……大丈夫、いろんな意味でぎりぎりだけど!」 親指をぐっ! と笑顔のハギノ。 「そうだよ。大好きなものにたいしてちょっと暴走する気持ち……私もわかるし!」 と、綾も力いっぱいハギノに同意する。 「いや、俺の平和のためにも、灰にしていいと思うんだ……なんなく、卓也とはいつもいつも顔を会わせてしまうし……はぁ。とにかく、お前たち、はやく出発しろ」 フェイは冷たいため息をついた。 「はーい! ハギノさん、ごめんね。私のせいで遅れちゃって」 「いやいや。綾さんと組めて合縁奇縁! 女の子のわがままを聞けない心の狭い男じゃないぜ」 「奇縁って……ま、いっか。よし、遅れを取り戻すぞ!」 「おう、綾さん、いきましょっか!」 意気揚揚と出発する綾とハギノ。 その傍らでは小竹がなんとか落ち着きを取り戻して、キリルと向きあっていた。 「卓也、卓也、落ち着いた? よろしく、よろしく。一緒、一緒に、がんばって、鞄、届ける。届ける。仕事!」 「キリルさん……」 え、なに、この可愛い生物! 小竹は胸キュンしている。 「鞄、届けるんじゃなくて、仕事とかじゃなくて、うん。もういいや。……届けて鍵貰おうね」 可愛さの前でつっこみなんて野暮だ。 ふわふわの尻尾が揺れている。使命に燃えた瞳。――小竹の精神はいともたやすくぷっつんした。 「あああ、キリルたぁああん! かわいいよ。かわいいよぅ!」力いっぱい抱きしめてすりすり。ふわふわの毛が頬にあたって、きもちいい。「本当にこんな可愛い子とぴったりな状態!」リンヤン、お前のことが大好きだ。「キリルたぁん、だめだ、もう持ち帰る……げふぅ」 フェイが黙って小竹の脳天にタライを落した同時に電撃のパンチが飛んだ。 「ごふ、え、いまの、タライはフェイさんにして、ばちっとしたのは、え、もふっとするこの拳は?」 「卓也、卓也、仕事、仕事する!」 目を向けると、なんと右頬にはキリルの電気を纏わせた拳がヒットしていたのだ。 「……もふもふパンチ! やべ、俺……ごめん、五分まって、正気に帰るまで五分だけ待って! ちょ、なに、あの可愛いけど凶悪な拳とか!」 鼻血をたらたらと――もふもふパンチのあまりの幸せに――小竹は叫んだ。 「なぁ、こいつ燃やしたほうがいいんじゃないのか?」 「だ、だめ。仕事、仕事の仲間」 「……待たせたな! ふ、俺は戻ってきたぜ! フェイさん。あんたの弱点をつくぜ。これだぁ!」 取り出したのはロリロリな妹系同人誌である。妹キャラに弱いと聞いてわざわざ購入してきたのだ。 さぁ、これに溺れるがいい。そのとき、つっこみ殺してくれるわ。ふははははは――小竹の心の声である。 しかし、次の瞬間、同人誌がごうごうと燃やされた。 「あー!」 「俺は、三次元しか妹キャラは許さん。漫画は夢すぎて現実が辛くなる。ふ、フィギュアなら堕ちたかもしれんが、こんな姑息なもの……」 「えー! そ、そんなぁ……!」 「卓也、卓也、しっかり」 がっくりと床に両手をついて項垂れる小竹にキリルが励ます。 「キリルたぁん、はぁはぁ」 「もう、そのネタは厭きたからとっとと行け」 本当にどうでもいいが、そろそろ出発しろ――そんなわけで、他よりもやや遅れた肉体組の綾・ハギノ。 まだ出発しきれないもふもふ組の小竹・キリル。 ★ ★ ★ 街のなかを緋夏・璃空――能力でしっかりいこう組が歩いていた。 以前の依頼で二人は顔を会わせていたので初対面ではない。 「肉、あれは、あたしのですか? あたしの肉でしょう。あたしの肉!」 もう肉しか見ていない緋夏の叫びに、相棒を務める璃空はくすくすと笑う。 「元気だな」 「はっ……あ、璃空!」 「確か前に一回会ったな。……火種の心配はいらんからな、存分火を吹くといい」 請け合う璃空。 「うん。ありがとう。あ、そうだ」 緋夏は真剣な顔で璃空を見つめる。肉がかかっているため、なんとしても一位にならなくては――そのため普段は使わない頭をここぞとばかりにフル活動させる。 「フェイに会ったときのために、お兄ちゃんっていうの妹キャラしてほしいな」 「兄ちゃん……か。中々に難しいな」 「けど、あたしだと妹ってかんじじゃないし」 「どのように呼べばいいかな?」 「やっぱり、恥ずかしそうに?」 そもそも、妹キャラがいまいちわかってない緋夏。それに璃空も神妙な顔でうむと頷く。 「わかった。出来る限り練習しておこう」 「うん。お願い。……次はあの逃げちゃったのをどうやって追いつけばいいのかな。どこにいるのかもわからないし」 邪魔する探偵たちも厄介だが、そもそも逃げているキノちゃんたちを捕まえる方法が一番の問題だ。 「案ずるな。キノには、追跡用の符をつけておいたからな、問題はない」 「そうなんだ! 私はね、人参で引き寄せられないかなって思ってるんだけど」 「馬だからな。……追跡で、どこにいくか予想し、そこに人参を置いて気をひいた隙をつくとはどうだ?」 「それでいこう!」 これなら肉に一番に辿りつけるという確信に緋夏の顔は明るくなった。 「おい、いたぞ。こいつらだ」 「ぶっ殺してやる」 飛び出してきたのは武装したマフィアがあらわれる。彼らがサブマシンガン、刀を構えて襲いかかるが 「あたしの肉の邪魔するなああああ!」 ごおおおおおお。 璃空がいるので、火種の心配もないのに思いっきり火を吹きかける。ぎゃあああ、あちあちと叫ぶマフィアの情けなく逃げ回る。 その影からひょっこりと現れた人影は緋夏が知っている相手だった。 「なんか、すごい火があると思ったら、あら、緋夏と璃空のコンビなのね。悪いけど、邪魔させてもらうわよ」 「キサ!」 「……どうするべきか」 「ここはあたしに任せて、璃空」 こそりと璃空に囁き緋夏がキサと対峙する。 「なに、緋夏? 知り合いでも手加減しないわよ?」 「うっ……キサに、前に殴られたり、鞭で打たれたり、蹴られた古傷が……」 わざとらしく弱ったふりをしてみせる。――これぞ、良心の呵責作戦! これでキサが見逃してくれるはず―― ヒュンと鞭が飛び、問答無用で緋夏は捕まると、簀巻きにされた。 「ぎゃあ、ちょ、キサ!」 「悪いわね。緋夏、今回、あんたたちを邪魔すると……報酬として豊胸になる機械をもらえるのよ」 「え、えええ! き、キサ」 唖然とする緋夏にキサはにこりと笑ってみせる。 「ごめんね。緋夏。あんたのことは大好きよ? けど、豊胸とじゃ、ね……じゃ、拘束とくのがんばってね」 ぜんぜん悪く思ってない笑顔でキサは手をふって去っていく。 女の友情ってものすごく儚い――拘束された緋夏は悟った。 ★ ★ ★ そして、こちらは少女と賢き犬組――森間野コケとクラウスである。 「コケと組む人……犬の人」 犬はそもそも人ではないぞ、コケ。 『オレはクラウス。よろしく……犬はいやか?』 コケが驚いているのにクラウスはテレパシーで言い返す。 ふるふるとコケは首を横にふった。 「よかった。大きいと頼りがいある……出来ればちょっと乗せてほしい、かも」 おずおずとコケが申し出るとクラウスは犬だが、ふっと男前に――犬前というべきか? ――微笑んだ。 『いいぞ。乗ってくれ。基本的に野菜はあまり食べないので、確実に肉を狙いたい。お前が走るより、乗せて走ったほうが効率がいいからな』 ぱぁとコケの顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。 『さ、オレに乗れ』 伏せするクラウスの背中にコケはよじ登り腰かける。 「コケ、重い?」 『いや、軽い。しっかり掴まっていろよ』 言うとクラウスは地面を蹴り、風を操り浮いた。 「飛んだ! ……キノちゃん、見つける、匂い、嗅がない?」 『地上からでは時間がかかる。確実に肉なら上からのほうがいい。しかし、これは』 ひゅん――風を切ってなにかが飛ぶのにクラウスは竜巻を作り出して弾き返す。――ガム弾だ。 『目立つので、スナイパーの的になるとことだな』 「コケ、なにかできる?」 『オレを信じて、しっかりと捕まっていろ!』 クラウスは宙を泳ぐように進むのに、ゴム弾は何発も放たれる。そのたびに風で弾き、防いでいく。 『……しつこいやつめ。コケ、オレがやつの相手をする。お前は地上にいる肉……いや、キノを探せ!』 「わかった!」 ひゅんひゅん、ひゅんと何発ものゴム弾が放たれ、それをクラウスは竜巻で防いでいく。その間、コケは必死に地上に目を凝らしてアールの姿を探す。 「……いた!」 『よし! 降りるぞ!』 クラウスが地上へと急降下し、アールの前へと出ようと試みると、ぬっとビルの影から腕が現れた。クラウスが腕へと風の刃を放ち、シエンを防ぎ、バイクの前に着地し、わんわんと吼えた。 ひいいいいん! 馬が恐怖に吼える。 『今だ……捕まえ……なに!』 クラウスはすっかりと忘れていた。――馬の人格があるが、相手はバイクだということを。 アールはなんと後ろのタイヤだけを頼りに立ち上がると、大きく飛んだのだ。 それもクラウスたちの頭上をくるりっと回転し、追い越したのだ――バイクの上級者だって出来ないだろう大技を繰り出し、アールは何事もなかったかのように逃げていく。 『なんていうバイクだ』 「すごい」 一人と一匹はあまりのことに唖然としていて、背後からの攻撃に遅れた。 『くっ!』 クラウスの前足が奪われて影へと飲みこまれる。シエンが邪魔にはいってきたのだ。 さすがに、ここまで至近距離では風を使って薙ぎ払うこともできず、足がぐずぐずと底なし沼と化した自分の影に沈んでゆく。 「クラウス、がんばれ!」 『……! このっ!』 シエンの闇の手をなんとか振り払う。シエンがしつこく手を伸ばしたのに、コケが頭に生やしたキノコを投げつけた。 ばしっとシエンの手がキノコを掴む。その隙にクラウスは空中へと逃げた。 さすがのシエンもそこまでは追いつけないのに、影から姿をあらわしてしつこくクラウスとコケを睨みつけるが、諦めて影へと姿を消した。 『助かったぞ』 「コケ、役に立った?」 『ああ。お前のおかげで助かったぞ……よし、追いかけるぞ。肉は目の前だ!』 思いのほかに絶妙なコンビネーションを発揮して一番、肉に――いや、キノに近いクラウスとコケが疾走する。 ★ ★ ★ そして、五組目―― 「キノちゃん、かわいーと思ってたら、なんなのよ、これ!」 エルエム・メールは叫んだ。 素早さを得意とするエルエムにとって自由を奪われるのは戦闘が出来なくなるということだ。 「う、うーん。これはピンチ、かも。け、けどししょーとして負けられないんだから!」 キノちゃんの教育に一度かかわったことのあるエルエムからみればキノちゃんもシエンも立派な弟子だ。師匠としてはここはなにがなんでも勝って威厳を保ちたい。 「絶対に捕まえるんだから!」 「そうですよ! 夕方までこのままなんて長すぎる!」 エルエムの相棒に選ばれたディガーが悲痛な悲鳴をあげる。 いつもはおっとりのんびりしている彼であるが、こちらもエルエムとは別の意味でピンチだった。 なんといっても、片手が不自由な状態では大切な穴掘りが出来ない! いくら夕方には外れるにしても、それまでちんたらと待ってはいられない。 「一刻も早くキノさんを捕まえないと!」 「うん。そうだよね。よろしく! エルは、エル、エルエム・メールだよ。エルって呼んでね」 「はい! ディガーです。宜しくお願いします」 動機は異なるが、互いにピンチで、目的は同じ。 がしっと手を組んだ二人の背後ではやる気の炎がごうごうと燃えていた。 「けど、どうしよう。エル、スピード勝負は得意なんだけど」 ちらりとエルエムはディガーを見つめる。さすがにディガーを背負って運ぶなんてことは出来そうにない。 「そうですね。ぼくじゃあ、エルエムさんのスピードについていけないかも」 ディガーはシャベルを握りしめて首を傾げる。 「ぼくがエルさんを手伝うにしても……」 二人とも顔を曇らせた。 「うーん、そうだ。考え方を変えよっ! ディガー、得意なことない?」 「そうだなぁ……言われたとおりの正確な穴を掘ったり、物質の差の耐久度がわかったり……あ! 地面に伝わる振動で大きさとか、数がわかります」 「それだ! キノちゃんが逃げてるところを大雑把でいいから教えて」にやりとエルエムは微笑んで付け加える「その途中にある壊れやすそうな、やばい建物や障害物の情報も一緒に」 「どうするんですか?」 エルエムは拳に虹の舞布をくるくると巻きつけた。 「邪魔な物全部ぶっ壊して、短距離移動で突き進めば、すごく速いと思わない? 邪魔な人や物はエルがなんとかするからさ!」 「はい! じゃあ、フォローは任せてください」 そのとき、ディガーにはエルエムが穴掘りのための救世主に見えた。かもしれない。 そんなわけで二人は、走った。 ししょーとしての威厳のため。 大切な穴掘りのため。 意気揚揚と邪魔なものをぶち壊しまくって進む二人の前に白い影があらわれる。 「ふぅ、邪魔キャラ、リンヤン、登場。きらっとな。さーてと、お二人さん、申し訳ないが邪魔をさせてもらうよ」 「げ、出できた」 エルエムが渋い顔をする。いくら相手がリンヤンでも拘束されては思うように戦えない。 と、いきなりタライがエルエムの頭にふってきた。 「きゃあ! なに、なんでこんなものが!」 「リンヤンの白衣はいろんなものを取り出せるんだよー」 にこりと笑うリンヤン。その笑顔がなんとなく黒い。 「さて、君たちでどういう実験をしようかなぁー。ふふふ」 「り、リンヤンさん」 エルエムをかばってディガーがリンヤンの前に出る。その手には路上をエルエムと進んでいるときに見つけた鮮やかな紫色に黒い水玉がついた、それはそれはあやしげなキノコが握られている。 「こ、これをあげますから、お願いです、見逃してください!」 ディガーの震える瞳がリンヤンをきらきらと見つめる。 「……な、なんだろう。この毒気を抜くキャラは……ああ、もう思わずキノコを受け取って見逃しちゃうよ。じゃあ、二人ともがんばってね~」 ディガーの瞳とキノコが思わぬ効果をもたらして、見逃されてしまった。 「やりましたね」 「ディガー、すごい! よし、いくわよ!」 二人は再びキノちゃんを追いかけて走り出すことにした。 ★ ★ ★ もふもふ組――小竹・キリルは街にある野菜を販売している店を訪ね歩いていた。 アールは馬だから人参があれば釣れるかもしれないし、リンヤンにしても好きなものがキノコなので邪魔されそうになったら投げつけて隙をついて逃げられるだろうと考えて一緒に購入しておく。 キリルが久しぶりの配達の仕事にきりきりと働くのに、その横にいる小竹は幸せそうに、その毛に埋もれていた。 身長に差があるので小竹は中腰のまま移動している。はたからみると、かなり奇怪な状態だ。 しかし、中腰の痛みなんてもふれるなら気にしない。たとえ他の人たちが妙な目で見てもキリルと共にいれるなら気にしない。だってキリルをもふれる自分は勝ち組だもの。 「卓也、卓也、このあとは」 「ああ、キリルたん、キリルたん」 もふもふ。 「このあとは、罠、罠をはって」 「キリルたん、キリルたん、はぁはぁ、もう、もう我慢できな、ごふっ」 思いっきり電撃パンチが見舞われた。 「卓也、卓也、現実にもどってきて」 「はっ……! ごめんね、キリルさん、ちょっともふもふ天国にいってたよ! あ、うん。買い物は終わったよね? よし、じゃあ、罠を張ろうか」 どう考えても小竹やキリルではアールに追いつくことは不可能だ。こうなれば待ち伏せ作戦――アールが馬なら人参を置いておけば相手のほうからおのずとやってくるのではないかと考えたのだ。 単純な作戦だが、なんせ相手はリンヤンの作ったロボットだ。 「馬は臆病な生き物だし、食いしん坊なんだよね。こっそりと人のいない路地に置いてあっちからくるんじゃないかな」 「卓也、よく、よくしってる」 キリルに尊敬のまなざしを向けられて胸がきゅんきゅんと高鳴って小竹の心臓はもうやばい。 「よし、人がいなさそうなところに……」 と、角を曲がって小道に入ると黒服のいかにもマフィアですな人たちがいたのに小竹は目を丸め、その横にいるキリルはきゅうと鳴いて首を傾げた。 「いたぞ、こいつらだ」 「鞄を寄こせ」 小竹の判断ははやかった。キリルを片手でもふりつつも、棒を思いっきり投げて隙をつくと、蹴りを炸裂する。 「メーゼ! 援護お願い! ええい、野は野に、マフィアは灰に帰れ!」 「うお、てめぇ! 俺らは今出てきたところだぞ! かっこつけさせろや!」 「うるさい、黙れ! 完全やられキャラのくせに目立とうなんて最近のマフィアは教育がなってない! キリルさんには指一本触れさせん! むしろ、もふりの邪魔すんな、空気よめ!」 「卓也、強い」 キリルはもふられつつ、小竹の戦闘を眺めていた。 ★ ★ ★ 肉体系戦闘キャラ組――綾とハギノは遅れた分を取り戻すべく、走っていた。 二人とも肉体を鍛えているので、走ると大変に速い。 「けっこう追いついたかな? アールは街のなか走っているっていうし」 「そうだね。しかし、急がないと! いや、僕としては女の子と組めて嬉しいんだけども」 「ん? なに? なんにを急ぐの~?」 「いや、なんでもないよ~」 ハギノは言葉を濁した。 女の子と組めたのは嬉しい。が、これでは厠に行けないというたいへん困った事態が発生しているのだ。 「とにかく、アールに追いつかない、っと」 はじめにリンヤンに夢中になって出発が遅れたのは痛い。 「けど、綾さん、このままアールと遭遇しても流石に走って追い掛けられないと思うけど、どうする?」 「う、うーん……ほら、ここで万能忍者ハギノさんの出番だよっ! 行け、いけいけ、ハギノさん!」 綾がはやしたてる。 せこいかもしれないが、ハギノをその気に煽って、このふりな状況をどうにかしてもらう作戦だ。 「そんなこといわれたら、がんばらないとなぁ。ま、相手は目立つだろうし、分身の術で情報を集めて先回りしようか? それでやってきたところを捕まえる」 「おお、すごい、すごい、ハギノさん」 ぱちぱちぱちと思いっきり拍手の綾。 「よーし」 綾におだてられてすっかりその気のハギノは、すぐさまに分身の術を使い、情報を集めにかかった。 「よしよし、情報をっと、あ」 「どうしたの、ハギノさん」 「あー……僕ってばそんなに目立っちゃう? 分身たちがアルファの的になっちゃってるや」 「え、えええ!」 せっかくうまくいきそうだったのに! 綾はきっと天を仰いでどこぞにいるアルファに向かって怨念をたっぷりと含んだ電波をびびっと発信しておいた――天からタライが落ちて思いっきり頭をぶつけろ! それが良かったのか悪かったのか―― 「おい、いたぞ。ここに」 「おう」 武装したマフィアだ。 「あっちゃー。次から次にくるなぁ」 「……閃いた! ハギノさん、こいつらよ。こいつらを使うのよ!」 きらんと綾の目が飢えた肉食獣よろしくの輝きを放つ。 「え、あ、そっか。よし、アルファに邪魔されないよーにしとかないと」 ハギノは懐から煙玉を取り出し、地面に放つ。 白い煙があたりにもくもくと立ちこめる。これによってアルファの攻撃が防げ、ついでにマフィアたちに混乱を与えることができた。 「おりゃあ」 軽やかな飛び蹴りをハギノが放ち、容赦なくマフィアを沈める。 「な、てめぇ――はっ!」 がしぃとハギノを狙うマフィアの背後から肩を掴まれた。
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