オープニング



 黄金色に輝くシャンデリアの下、煌びやかに着飾った人々に、豪勢な料理、高価な酒。
 下層の人間には目にすることすら叶わない絢爛豪華なパーティ。
 その目的は――?

「さあなぁ、そこまでは分からねえ」
 破れかぶれのソファの残骸にもたれ掛かって、ヤン・シーイィは薄汚い天井を仰いだ。
「ただ、周辺の掃除を頼まれたってだけなんだ。本当なら、オレらみたいな下層の人間の入り込める区域じゃねぇんだが、パーティの警備担当者がこないだの工場跡地の件を聞きつけたらしくってな。いずれ害虫掃除は下層の人間の仕事だってんだろ。ともかく報酬が桁外れだ。二つ返事で引き受けたよ。けど、急な依頼が入っちまって」
 様子を窺うように見上げ、言葉を濁す。
「そもそも、工場のだってオレが解決したわけじゃねぇしな。出来ればまた、図書館の力をお借りしたいと、こういうわけなんだが……」



 * * *


「そういう、わけなんだそうです」
『導きの書』をぱたんと閉じて、世界司書アマノが言った。

「今回の依頼は、パーティ会場周辺の暴霊の撃破です。パーティの前後、会場を訪れる賓客に大事無きよう、害を及ぼす危険のあるものはすべて排除せよとのこと。当該区域では数週間前から暴霊が目撃されるようになり、最近は怪我人も出ているとか。暴霊は複数おり、それぞれ犬や猫やネズミに近い形の動物型で、すべては把握できていません。数はいまのところそう多くは無いのですが、徐々に増えつつあるようです。一体一体の攻撃力は低く、油断さえしなければ苦戦する相手ではないでしょう」
 ただ――、アマノが再び『導きの書』のページをめくり、言葉を継ぐ。
「気になる点がひとつ。パーティのお客さんですが、資産家のほかに病院関係者が多くみられるようです。シーイィさんが受けた『急な依頼』というのも、薬品絡みですし、何か関係があるのかもしれません。出来れば、みなさんにはその調査もお願いしたいのです」

 アマノの説明を受けていた旅人のひとり、鴉御前が口を開いた。
「そのパーティとやらに潜り込めってのかィ」
「はい。招待状は用意してあります。あとはみなさまそれぞれにドレスアップして頂ければ」
「……ドレスアップ? なんでェそりゃ」
「着飾ることですよ。パーティのお客さんに成りすますんです。『導きの書』によると、このパーティをそのまま見過ごせば、のちに大きな災厄が降りかかる、と。具体的なことは何も分からないのですが……」
 一瞬表情を曇らせたアマノは、それでもみなさんならきっと大丈夫です、とチケットを差し出して笑った。


品目シナリオ 管理番号471
クリエイター立夏(wdwt3916)
クリエイターコメントこんにちは、立夏です。
今回はインヤンガイが舞台のリンクシナリオをお届けいたします。

こちらのシナリオでは、暴霊の撃破とパーティの調査をして頂きます。

プレイングには、どうやって暴霊を倒し、調査を進めるのか、その方法や、お気づきの点、この件に関して思うところなどありましたら、お書き添えくださいませ。
・パーティに参加する際の衣装のご希望がありましたらお知らせください。
・ツーリストの鴉御前も同行します。彼にも服装のアドバイスを頂けると、間抜けな格好でパーティに参加せずに済みます…
・「―狂―」のOPにも、何かヒントがあるかもしれません。
・「工場跡地の件」についてご興味がありましたら、公開済みのシナリオ「黄昏バーレスク」をご覧ください(今回の事件には直接の関係はありません)。

ではでは、ご参加お待ちしております!

※このシナリオは『人魚の眼 ―狂―』と同じ時系列の出来事を扱っています。
同じPCさんが同時に参加することはできません。

参加者
ミレーヌ・シャロン(cyef2819)ツーリスト 女 20歳 学者
世刻未 大介(cuay8999)ツーリスト 男 24歳 特務機関七課三佐
エルエム・メール(ctrc7005)ツーリスト 女 15歳 武闘家/バトルダンサー

ノベル




 パーティの華というのはまさに、彼女のことだと、その場にいる誰もが思ったに違いない。
 ミレーヌ・シャロンは、ミルクのように柔らかな色の髪をふんわりと結いあげ、白い肌に映える鮮やかな瑠璃色のマーメイド・ドレスに身を包んでエントランスに現れ、会場中の注目を集めた。
 手にしたステッキにほんの少し体重を掛けるようにして歩く様子は、彼女の優雅な動きをさらに引き立てている。足がお悪いのならば我こそが支えにならんと数人の紳士たちが歩き出そうとしたその瞬間、金髪の男が彼女の後ろに立ち、その手を取った。男を振り向いて微笑みかけるミレーヌの様子に、誰からともなく失望のため息が漏れる。

 「このように女性として着飾るのは、随分と久しぶりです……といっても、元の世界でも数えるほどしかありませんが」
 ミレーヌが頬を上気させ、独り言のように呟くと、隣の男――鴉御前は改めて、豪華に着飾った彼女の全身を眺めた。
 「もともと綺麗だとは思ったが、これァまた、天上のお姫様も斯くやって美しさだ、目立ち過ぎてマズいんじゃねェのかい」
 「鴉御前さん、貴方のほうこそ。先程からご婦人方の視線が釘付けですよ」
 「オイラぁ、この着物じゃ、歩くのも走ンのも、如何にもむつかしくって、悪目立ちしねェか心配だよ」
 「ふふ、大丈夫です」
 「そうかィ」
 「さあ、参りましょうか。――華と毒の渦巻く世界へ」



 *

 時を遡ること数時間。
 パーティに向うにあたり、世刻未 大介は、旅人たちをふたつのチームに分けることを提案した。今回の目的は暴霊の撃破と、パーティの調査。どちらかを疎かにするわけにはいかないし、もし賓客達が怪我でも負って、騒ぎになったら面倒だ。
 「ってことで、俺は暴霊退治。ミレーヌは、パーティへの潜入調査でどうだ? 少なくともこの中では一番適任じゃないかと俺は思うんだが」
 「ええ、私でよろしければ」
 「エルは、暴霊退治がいい!!」
 頭の上でふたつに結ったピンクの髪を揺らし、元気に叫んだ少女は、エルエム・メール。
 「そういうのはエルに任しといてくれたら、ばしばしーっとやっつけちゃうよ!!」
 「頼もしいな。任せるよ。ただし、互いに無茶は厳禁だ」言いながら、金髪の男を振り向く。「……となると、鴉御前さんには、ミレーヌに同行してもらうか。俺とエルエムは、暴霊次第だが、後から合流する。俺は、元々スーツ姿だ。ジャケットを着ればいいだろう」
 「そうだね、どのタイミングで潜入するかとか、いまはちょっと謎だけど。エルも準備はしとくよ! 踊り子の衣装ならあるから、パーティ向けにそれっぽくコーディネートしたらいいよね。えっと、鴉御前は?」
 「正装っていやァオイラも見世物用の衣装になっちまうが、エルエムの嬢ちゃんのようにはいかねェか」
 「……ああ、それなら俺と同じでいいだろう。背丈も似たようなものだ。俺のを貸しても構わない」
 「いいね! よし、あとでみんなで着替えてファッションショーしようよ!! 着方おしえてあげる」
 「仮面舞踏会じゃないんだ、面なんてつけてくれるなよ?」
 からかうように上目に見上げてくる世刻未に、鴉御前はふんと鼻を鳴らし、「わかってらァ! 見惚れるほど立派にドレスアップしてやるよ!」と嘯いた。



 *

 パーティ会場は、ミトラファーマを始めとして立ち並ぶ関連企業の建物を一望できる超高層ビルの最上階にあり、そこには、下層から上がってきた者にとっては此処が天上かとも思えるような、目眩がするほど煌びやかな空間が広がっていた。
 見上げれば、シャンデリアの光が、まるで宝石を散りばめたように輝き、テーブルに飾り付けられた花々や、豪勢な料理の数々を照らしている。

 パーティに集った人々はそれらのテーブルを囲み、グラスを手に笑顔を浮かべて、他愛もない会話に興じていたが、ミレーヌにはその誰もが、互いの内心を探り合い、陰謀を張り巡らせているように見えるのだった。
 (社交の場というのは、そういうもの。)
 ましてここには、同じ、製薬に関わる人間が多く集まっているというのだ。
 一体、何の目的で――。

 招待客のほとんどが揃ったかと思える頃、恰幅の良い、油ぎってつやつやとした印象の男が、会場の正面に設置された壇上に上がる。ざわついていた客人たちが会話を止め、視線を向ける。
 ふと、静寂が訪れた。
 
 「今宵は、お忙しい中お集まり頂き、誠にありがとうございます。皆さまに、あるゆる面で開発のご協力を頂きました新薬。研究はとうとう最終段階に入りました。その驚くべき成果を、間もなくすれば皆さまにお目に掛けることが出来ましょう」



 *

 「必殺、いきなり『ラピッドスタイル』!!」
 叫ぶとともに衣装の一部を脱ぎ捨てると、エルエムは、地面を蹴り、空中へと高く跳び上がった。
 ここで手間取ってはいられない。「見つけ次第、ガンガン突っ込んで、ぶっ飛ばしてやる!」踊りのリズムに合わせて色とりどりの飾り布をまるで生きもののように操り、上空から敵を裂く。

 狭い路地。高層ビルの狭間の闇。煌びやかな明かりの影で、暴霊たちはその数を増やしつつあった。
 世刻未は、彼の特殊能力である『刹那』を使って己の動きを高速化し、増え続ける敵を討つべく大鎌を振るう。
 インヤンガイの上層にこのような危険があることを、依頼を受けた際、世刻未は不審に思った。(何か理由がある。何か――)
 襲い来る犬のような姿の暴霊を言葉通り、目にもとまらぬスピードで薙ぎ払いながら、世刻未は考え続ける。病院関係者。薬品。動物型の暴霊。お前たちは何故ここにいるんだ。ここには何がある?

 小さな身体を精一杯に使って『虹の舞布』を振り回し、あたりの暴霊を手当たり次第に切り裂きながら、しかし、エルエムも相対する彼らの正体を見極めようとしていた。パーティの警備担当者は、まるで害虫の駆除でも頼むように暴霊の排除を依頼してきたが、理由も無くこんなことが起こるだろうか?
 (悪事の片棒担がされるとか、エルはごめんだよ!)

 暴霊はネズミのようなものから、猫、犬…… 毛は抜け落ち、口は裂け、呼吸も荒く涎を垂らしながら襲い掛かってくる彼ら。
 倒しても倒しても、その数は増え、凶暴性は増す一方で、ふたりは徐々に思考能力を奪われ、追い詰められてゆく。
 早く。突破口を見つけなければ――



 *

 壇上の男に向かい、人々が拍手喝采を送る。
 話は次第に専門的な方へ向かい、博識なミレーヌにもその多くを理解することは出来なかった。(ただ――、やはりこれはまともな集まりでないということだけは、わかりました。)
 映し出された立体映像には多くの実験動物が映っていた。
 無論それらのすべてを否定する気は無いが、彼らの姿を眺めながら笑い、饗宴を楽しもうという気にはなれない。鴉御前も同様らしく、眉を寄せ、滔々と語り続ける男をじっと見据えている。
 ミレーヌは、思案を巡らせる。
 調査というからには、見ているだけという訳にはいかない。もっと多くの情報を得て、証拠を持ち帰らなければ。
 「鴉御前さん」
 小声で呼び掛ける。
 鴉御前が自分に注意を向けたことを察知して、視線を合わせぬまま、ミレーヌは言葉を継いだ。
 「あの男の挨拶が済めば、オーケストラが演奏を始め、自由に動き回れるチャンスが出来ます。トラベラーズノートで世刻未さんから送られてきた図面と、実際にここへ来るまでに見た建物の構造とを照らし合わせると、この建物には図面上にない空間がある。そこを調べてみましょう」
 「調べるったって、出入り口はどこもかしこも見張りが塞いでやがる。オイラの軽業だって、そう簡単には――」
 ミレーヌはそこで鴉御前の方を振り向き、不穏な計画を立てていることなど露ほども見せず、にっこりと、可憐に笑って言った。
 「ですから、正面から突破するのです」



 *

 世刻未とエルエムは、消耗しきっていた。
 「……キリがない」余力を振り絞って大鎌を真一文字に振り、世刻未が片膝をつく。
 「わかってるよっ!」エルエムは片手で舞布をひらめかせ、それでも攻撃を避け迫ってくる敵を、もう片方の手に布を握ることで強化したパンチで打ちのめした。「ふんっ。負けないんだからね!」

 わかってる。強がりだ。もういくらも保たないかも知れない。
 歴戦のファイターであるからこそ、エルエムには、自分がどれだけ疲労しているか、よく理解できた。
 (何かあるはず。見逃している何かが……)

 もう一度。じりじりと、弱り切った獲物を追い詰めようと迫りくる、狼のような姿の暴霊を、二人は正面から見詰めた。

 ああ。彼らには。


 「目玉が、無い――」


 それでも正確にエルエムの喉笛を裂くべく、矢のように飛び掛かってくる狼を、エルエムは踊るように軽やかに片手を地面に付き、後ろ側に宙返りをして狼の牙をかわし、虚を付かれた狼は、世刻未の大鎌によってその首を刎ねられた。
 大きな獣がどうと倒れ、液状になって地面にしみ込んでゆく。
 荒く息を吐きながら見つめる地面に影が差し、二人は同時に影の主を見上げた。

 「さすが、評判の探偵さんのご推薦だ。随分としつこい……、失礼、お強いのですな」

 警備担当者を名乗った、依頼人の男だった。

 「なにーっ!!」ニヤつく男に向け、エルが威嚇するように叫ぶ。
 「酷い言われようだな。まるで俺達がやられるのを待ってたような。いや、まさにその通りだったか。これは――罠、か」
 「これはこれは、御察しの良いことで!」
 高らかに言い、手を叩いて合図を送ると、手下らしい男たちが四、五人、ぐるりと二人を取り囲んだ。
 「お友達も一緒なんだな」
 「お遊びの仲間は多いほうが楽しいよ!」
 囲まれてなお余裕の二人に、男が動揺を露わにする。
 「強がっても無駄だぞ!」
 「『お察しの良い』エルたちが、罠と知らずに掛かったと思うか?! べーーーっだ!!」
 「何だと?」

 罠だとしたら――、エルは、此処へ向かう途中に言った。
 『罠だとしたら、暴霊たちじゃなくて、人間が出てくるはずだよ。まずは暴霊と戦って様子を見て……、話が聞けそうな相手なら事情を聴きたい。始まりのキッカケを探るの。それが出来なければ倒す。苦しまないように、一息で。本当に悪いやつが出てくるまで。それまで、戦おう』

 「待ったよー。長かった!!」
 エルエムが『虹の舞布』を翻らせて叫ぶ。
 「罠だと知って何故――」
 「まずは、罠かどうか確かめたかった」
 一人。世刻未の大鎌の柄が、みぞおちに突き刺さる。
 「罠だとハッキリしたら、たくさんのことが分かるんだよねっ」
 一人。頭上を越えた舞布が、背後から首を絞める。
 「まず、今回の依頼、狙いはシーイィだったってこと」
 一人。大鎌の背で足元をすくわれ、強かに後頭部を打ちつける。
 「名も無きご近所探偵のおっさんを狙うのはだーれ? 探偵に助けを求めた依頼人を狙ってんのと同じ人物、つまり犯人は、っと!!」

 「ミトラファーマ」
 二人が声を合わせる。

 一人は右手の舞布、もう一人は左手で、縛り上げ、えいやっと振り回すと、互いに思いっきり頭をぶつけ、世刻未とエルを取り囲んだ五人は、為す術もなく昏倒した。

 ひとり取り残された男に、エルエムが笑い掛ける。

 「さあ、パーティに行こっか。エスコートしてくれる?」



 *

 ミレーヌは際限無く投げかけられるダンスの誘いを優雅に断りながら、目的の男の元へと向かった。壇上で、面白くもないスピーチを得意げに、長々と垂れ流していた男。ミトラファーマの研究開発部門のトップだという。確か、フェイタオと名乗っていたか。
 男が、近付いてくるミレーヌの姿に、如何にも好色そうに頬を歪めたのを見て、ミレーヌは背筋に悪寒が走るのを何とか抑え込み、親しげに微笑みかけた。

 (端的に終わらせましょう。)
 ここへ来る前に打ち合わせしたとおり、聞くべきことは決まっている。

 「『人魚の眼』は、完成したのですか?」

 男は、はて、と、何も知らぬげな様子で首を傾げた。
 「人魚の? 何のことを仰っているのか分かりかねますが……」
 「そうですか。私の思い違いだったようですね。失礼いたしました」
 「いいえ、滅相もない。私でお力になれることがありましたら、なんなりと。おお、またお呼びがかかったようです。忙しないことだ。では、失礼。何れまた」

 男の背を見送り、ため息をつく。
 さあ。どう出るか。
 ミレーヌは遠くでグラスを傾ける鴉御前の姿を確かめた。その調子で、出来るだけ自然に私から離れ、この会場を出てもらわねばならない。願わくば早い段階であとの二人と合流して――

 「失礼いたします」
 いつの間にか背後に立っていたウェイターに呼び止められる。
 「とある方がお嬢様と面会をお望みです。どうぞこちらへ」
 ホールの奥の方へと向かう扉を示され、手を引かれるのに任せて、ゆっくりと歩いていく。
 ミレーヌは、今度は鴉御前の方を見なかった。


 有無を言わさぬ調子で連れて来られた部屋には果たして、フェイタオの姿があった。

 「ようこそ、お嬢さん。貴女は何者です。プロジェクトの存在自体は極一部において公然の秘密であったが『マーメイド計画』の内容については極秘の筈。『人魚の眼』という言葉を、どこでお聞きになったのです? 一体それは……何なのですか」

 何か、おかしい。ミレーヌの持てるすべての感覚をもってしても、この男は本当に『人魚の眼』のことを知らないようだ。『人魚の眼』とは何なのか。『マーメイド計画』とは一体。男は、黙り込んだミレーヌに苛立つ様子を見せ、椅子から立ち上がった。

 「今夜は大切な日だ。客人たちに失礼があってはならないのです。申し訳ありませんが――、この部屋でしばらくお待ちいただけますか」



 *

 それは、輝くばかりに色鮮やかなドレスだった。
 虹をまとった天女のようなエルエム・メールは、彼女のドレスにふさわしく質の良いジャケットを着て正装した世刻未 大介に手を引かれてパーティ会場に乗り込んだ。
 セキュリティの様子が俄かに慌ただしくなったところをみると、二人の容貌は既に知れ渡っているようだ。だとすれば、縛り上げられた彼らのボスが、路地裏の倉庫に投げ込まれているのが見つかるのも、そう遅くは無いかもしれない。

 ――時間との勝負か。
 現時点で、これだけの注目を集めているエルエムを捕らえようとすれば、このパーティは台無しになるだろう。エルエムは、そう大人しくは連れて行かれないだろうし、な。
 想像して思わず笑ったのを、エルエムが目敏く見つけ、なになに? なんか楽しいこと?!と聞いてくる。
 「いや」
 「笑ってるトコ、いいよ。そういうカッコも似合ってるし。もっと笑いなよ! 男前なのにもったいない!」
 「……大人をからかうな」
 無論エルエムは本気で、今の世刻未をいい!と思ったから言ったのだが、その上で、ああ、たぶん照れているんだな!とも思ったので、これ以上その件について口にするのは止めることにした。

 それに、ミレーヌ。
 鴉御前からのエアメールによれば、彼女はいま、奥の部屋に捉われているというのだ。
 パーティの警備にあたるセキュリティたちを引っ掻き回せば、恐らく、ミレーヌが逃げ出すチャンスも生まれる。

 『パーティの主催者は、考える筈だ』世刻未は言った。
 彼らの客人の安全と、パーティの成功は、資金稼ぎにつながる。
 しかしそれらを守る為に不穏分子を放っておいてよいものかどうか。
 方向性が確定しない以上彼らはこちらに手出し出来ない。その僅かな時間が狙い目なのだと。

 「で、どうする?」
 「コソコソするのと、暴れるの、どっちが好きだ」
 「暴れるの!!」
 「だろうと思ったよ」世刻未がにやりと笑う。
 「まーた笑った! 大介も暴れるのが好きなんでしょ?!」
 「コソコソするのよりは、な」
 言いながら、持っていたグラスを激しく床に叩きつける。
 響き渡る音に驚いて、数人の招待客が振り向いた。
 「どういうつもりだ!」
 世刻未がエルエムに向かい、大声で叫ぶ。
 「どうもこうもないよ!」
 エルエムが、お返しとばかりにデザートの皿をひっくり返した。
 突如始まった騒動に、パーティの客がざわめき出す。
 「派手な登場じゃねェか。オイラも混ぜてくれるんだろう?」
 鴉御前が加わると、エルエムは「やめて! 私の為に争わないで!」と大袈裟に嘆いた。
 「ミレーヌは無事だ、VIPルーム……とやらに、いるらしい」
 掴みあい、殴り合いながら、鴉御前が素早く告げる。
 「状況は?」
 「扉の見張りは一人、この騒ぎでそいつもこっちに来る筈だ」
 「了解」
 セキュリティが次々に駆けつけ、二人(いや、三人か)を抑え込もうとし、三人はここぞとばかりに、黒服の男たちを殴りつけた。



 *

 『今が、チャンスだ』
 トラベラーズノートを閉じ、ミレーヌが立ち上がる。
 ゆっくりと扉を開けると、確かに、先程まで立っていた警備の男がいない。扉を元通りに閉めると、ミレーヌは、先程の図面で目星をつけた場所、隠された空間を目指した。
 長い廊下を走り、迷路のように入り組んだ部屋を抜ける。
 何重もの扉のいくつかには何故か鍵がかかっておらず、ミレーヌはなんとか目的の場所へと到達した。
 だが――
 肝心のその扉は、開かなかった。
 取っ手も鍵穴もパスワードを入力する装置も見つからない。
 ふと、か細い声が聞こえた気がして、ミレーヌは、無駄と知りつつ、にぎりしめた拳で扉を叩いた。
 「せっかく、ここまで来たのに……!」思わず声が漏れる。

 と、隣接する壁の向こうから今度ははっきりと男性の声が聞こえた。

 「誰か、そこにいるのか?」
 思わず息をひそめ、手のひらで口を覆う。

 「怪しい者ではない。何かお困りの様子が伺えたので、力になれればと思ったのだ。……とはいえ、壁に阻まれて、その可憐な手を取ることすらできないが」

 独特の口調には聞き覚えがあった。
 でも、どうして此処に?
 耳を疑いながら、確かめずにはいられなかった。

 「貴方は、もしや――」








 * * *


 依頼の報告を受け取ったよ。
 俺が狙いだったなんて、俄かには信じ難いな。

 資金集めのパーティは大失敗。
 高額の依頼料も、結局もらい損ねちまった。
 あのあと捜査の手が入って、ミトラファーマは今、なりを潜めてる。これからどうなるのかは分からないが、巨大な企業だ、どれだけ非道な行いを暴かれようと、そう簡単に潰れるとも思えないな。

 察しはついてると思うが、動物型の暴霊は、例の実験動物のなれの果てだった。いまは現れることも無いらしい。エルエム、世刻未のおかげだな。これ以上苦しむことなく、安らかに眠ってくれることを祈るばかりだ。
 ……彼らの目玉は、薬の製造に使われたんだそうだ。
 『マーメイド』と、『目玉』。ミレーヌが探ろうとした『人魚の眼』というのは、そのまま、パスワードになっていて、ミトラファーマから押収されたコンピュータの中身から、『マーメイド計画』における実験のデータやらなんやらがごっそり出てきたらしい。勿論それだってほんの一部だろうが、少なくとも、今後これらの部門は全て廃止になるだろう。
 不老不死を願う金持ちだって、大きな事件を起こした会社には出資もしないだろうしな。

 パスワードは、プロジェクトに所属していた若い女性研究者が掛けたもので、彼女は……告発するつもりでいたんだろう。実験動物として捕らえられ、利用されて、多くを失ったが、この言葉ひとつで莫大な資金をかけた部門を崩壊に追いやった。

 ともかく、一件落着、だ。
 礼を言わせてもらう。
 ありがとう。


 ひとつだけ、気になってることがある。
 何故俺が、狙わ








 * * *


 壁の向こうの声の主は果たして、ミレーヌの予想通りの人物だった。
 彼は、聞いたこともないような不思議な響きの言葉をミレーヌに伝え、ミレーヌがその言葉を復唱すると、目の前の扉は音も無くするすると開いていった。

 秘密の小部屋の中にいたのは小柄な女性で、片目を包帯で覆っている。
 リーシャンと名乗ったその女性を、旅人たちは、混乱に乗じて連れ出し、下層へと降りてきたのだったが――
 婚約者だという青年と再会を果たした後、数日もしないうちに、彼女は再び行方をくらました。以来、彼女の所在は杳として知れない。最後に彼女を目撃した人物の証言によれば、背の高い長髪の男と一緒だったという。


 シーイィが姿を消す、二日前の出来事だった。







【人魚の眼 了】

クリエイターコメントおかえりなさい!
インヤンガイ上層のパーティは、如何でしたでしょうか。

かっこよい戦闘と煌びやかなパーティを描くのが目標だったのですが、うまくいっていますかどうか…… 書いている私は暴霊退治チームのお二人のスピーディな戦闘も、ミレーヌさんによる、陰謀渦巻くパーティの調査も、うきうきして、とても楽しかったです! みなさまにも、少しでも楽しんで頂けますように。

今回の事件は解決しましたが、このお話は今後も続きます。
機会がありましたらまた是非、お会いできますと嬉しいです。

この度は、ご参加ありがとうございました!
公開日時2010-05-19(水) 17:50

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル