ターミナルにはさまざまな世界からの覚醒者が集まり、自分に合った生き方を模索しながら旅に、生活に、彩り豊かな日々を送っている。 そのなかには当然のように芸術家、職人肌の者もいる。彼らは直接旅に出ることは少なく、前線に出ることも稀であるが、彼らの作る品は各世界を旅する上では欠かすことのできない必需品だ。 そんな彼らは基本的にチェンバーを持って商品を作ったり、ターミナルにある大通りに店を構えたりしている。 七代・ヨソギは覚醒ホヤホヤの駆けだ。チェンバーで品を作り、定期的に大通りにテントを出して販売していた。もともと人懐っこい笑顔と丁重な仕事ぶりが口コミで広がって客は少しづつ増えていった。 今日も大通りで鉄の飾り、カラクリ人形、置物といった小物を売っていると最近よく顔を見せるようになったロストナンバーの女性が笑顔で近づいてきた。 しばらく雑談したあと彼女はおもむろに 「そういえば、ヨソギは剣も作れるんだよね?」 「はい~」 ヨソギは鉄の尻尾がふわふわと揺らして、差し出された短剣をしげしげと見つめた。 「この剣を鍛えてほしいんですねぇ?」 「そう、頼める?」 「うーん、一カ月先になっちゃうかもしれませんがいいですかぁ?」 「そんなにかかるの!」 目を剥く彼女にヨソギは申し訳なさそうに頭をさげた。 「すいません。ボクは一人で作業するのと、他の客様から受けている注文もあるんです」 「……そっかぁ」 「あの、けど、出来る限りがんばりますから、よかったら、させてください」 「うん、頼みたいとは思うんだけど……そうだ。適当に刃のところだけ削ってくれたのでいいの。そしたら」 「だめです!」 ヨソギが強い口調で怒鳴っていたのに客も驚いたが、ヨソギ自身もびっくりした。 「あ、ごめんなさい。けど、適当に、なんて出来ません。これは、貴女の大切な武器なんですよね。だったら、ちゃんとメンテナンスしないと……んー、見る限りちょっと柄のところがぐらついてますし、刃そのものもよく研がないと」 「ううん。ヨソギが怒鳴るなんてびっくりしちゃった。あのね、別にヨソギが適当な仕事をするって言ったわけじゃないのよ」 「はい、わかってますよぉ~」 ヨソギは彼女の弁論に目を細めてにこぉと笑った。職人肌であるヨソギの仕事に適当などと口にしてしまったことを怒ったのだと彼女は思っているらしい。 「ボク、そういうのだめなんです……したくないんです。もう後悔することはしたくなくて」 小さく振った尻尾をヨソギはちらりと見るのに彼女は小首を傾げた。 「ボクの尻尾、これは自分で作ったんです。前にお話ししましたよね」 「うん。覚醒するとき、ひどい事件に巻き込まれて、尻尾を無くしたんでしょ?」 「はい……けど、それが全部じゃないんです。あ、あの、よかったら、ちょっとだけお話しませんか?」 彼女は興味深々に目を輝かせて、朗らかに頷いた。 そのとき、ヨソギは気が付いた。 そっか、彼女はマグロちゃんにちょっと似てるんだ。 鉄と火しか知らなかった自分。 そんな自分に明るい笑顔を向けてくれた、マグロ。つやつやした青い肌に何かあるたびに楽しげに尻尾をふって歌を歌っていた。その姉であるフカは鋭い目の男勝りな性格だが、人の気持ちを察して彼女なりに励ましたり、笑わせようと細かな気遣いが出来る優しさを持っていた。 二人は凶暴な海獣を狩る一族に生まれ、当然のように自分たちもその道を選んだ。 その仕事が危険なのは狙撃のプロだったフカの父が、彼女が生まれる前に漁に出て失踪した件でも十分にわかっているが、同じくらい海の安全を守る上で重要なことを二人はよく知っていた。 代々鍛冶師であるヨソギの家に彼女たちが訪ねてきたのはハンターとしての武器のためだった。 幼いながら才能があるヨソギは、才能ゆえに外の世界を否定してずっと鍛冶場に閉じこもっていた。そんなヨソギにマグロは笑いかけてくれた。びっくりして隠れてしまったヨソギを叱りつけてフカは手をとってくれた。マグロは歌を歌って歓迎してくれた。火のせいで火傷してぼろぼろの手を二人は素敵な手だと褒めてくれた。自分の作る武器を使ってみたいとも言ってくれた。そのとき今までずっと自分のためだけに武器を作っていたヨソギは霧が晴れるように理解した。 鉄と火は溶け、混じりあう。 それと同じ。 魚と魚もまた知り合い、繋がりあい、混じりあう。 自分の作ったものがどんな形でもいい、二人に使ってほしい、役立ちたい。危険が少なくなればいい。褒めてほしい。喜んでほしい。 その気持ちは強い風に吹かれた炎のように紅蓮に燃え上がり、ヨソギを突き動かした。 今までは火と鉄があれば十分だと思っていたが、違う。これは誰かと繋がっていくための方法、使ってくれる人のために、その人たちが生きる手伝いを自分はするのだ。 マグロに頼まれた武器をヨソギは一生懸命に考え、失敗作を重ね、最高傑作――【携行式長距離重狙撃砲】を作り上げた。 けど、それが実はマグロちゃんからフカさんへのプレゼントだった……と知ったときはびっくりしたし、恥ずかしくなった。 あの武器には自分のマグロへの気持ちをこめて作ったからだ。 「そのマグロちゃんっていうのがヨソギの好きな子?」 「はいぃ~。勘違いで、残念でした……けど、いい経験をしたんです。武器を作ることの意味を教えてもらったし、ボクは二人のこと本当に好きなんだって、作っていてわかったんです……とくにマグロちゃんは、なにがあっても守ってあげようって」 「のろけかー」 「けど、そのあとです……ボクのせいで、ボクが逃げ遅れたせいで、彼女はいなくなってしまったんです」 血を吐くようにヨソギは告白する。 半分ピクニック気分での遠出。 危険はあるけど、ハンターである姉妹がいるし、ヨソギの武器があった。 姉は泳ぐのが遅いというヨソギを引っ張って進んでくれた。マグロは歌を歌って楽しげだった。ヨソギは好きな子の前でかっこよくなれなくてちょっと情けなさを味わった。 素晴らしい石を見つけて楽しんで帰ろうとした、そのときに現れたのは今まで見たことのないほどの巨大な海獣だった。 泳ぎが不得意なヨソギが狙われたのをマグロが庇って海獣を攻撃し、フカはヨソギの作った武器を使い、敵を屠ろうとした。 しかし 「弾が、でなかったんです」 「え」 「……ボクの、せいなんです」 ヨソギは俯いて苦しげに告げる。あのときの光景を思い出すと今でも心臓が縮みあがり、呼吸ができなくなる。 マグロを助けようとして出来なくてフカは絶望の声をあげ――二人は海獣の口に飲まれてしまったをヨソギは見ているしかなかった。けれどヨソギとて無事ではなかった。彼の尻尾は海獣によって根本から食い千切られてしまったのだから。 それがどうしたていうんだ! 大好きな姉妹は飲み込まれてしまったことに比べれば! 「ボクのせいで……あの時、ボクが逃げ遅れさえしなければ……ボクが作った重砲が給弾不良を起こさなければっ……彼女は死なずに済んだのにっ……!!」 自分の作ったものは完璧だと自信を持っていただけに、ショックだった。自分のせいで、大切な人が失われてしまったことが。 肝心なときにミスをしてしまった自分。 悔しく、激しい絶望はヨソギに迷いを与えた。 「本当はちょっとだけ、もうなにもしたくなかったんです。だって、まだ、ボクの作ったもののせいで、あんなことになったらって、こわくてたまらなかったんですぅ」 けど 「マグロちゃんはボクの手が素敵だって言ってくれたんですぅ。フカさんはボクの作ったものに駄目だしをいっぱいしましたけど、ちゃんと褒めてもくれたんです。もうなにもしたくないって思って、引きこもって、暗いなかにいると、不思議と二人の笑っている顔ばかり思い出したんですぅ……彼女に助けてもらった命なんです。だから、彼女の、彼女たちのために使わなくちゃって思ったんですぅ。ボクが鍛冶師をやめたら、それは死ぬのと同じです。だから、ボクは鍛冶師として、自分が出来る最善をとろうと思ったんです」 それは作り続けること。 もうあのときのような過ちを二度と生まないために、 あんな風に肝心なときに武器が動かないという悲劇が起こらないように、 自分が防ぐのだと言ったらおこがましいが、それでも自分が出来る範囲でやろうと決めた。 それがヨソギの戦い。 ヨソギにしか出来ない償いで、生き方――二人が、笑顔を向けて、名を呼んでくれ、進ませてくれたから、教えてくれたから。 焦げくような悲しみはまだ胸のなかにあるけど 「ボクは彼女の分まで生きるんです。生きて、いっぱい頑張って、少しでも良い武器を作って、少しでもこんな想いをする人を減らさなきゃならないんですぅ」 強い口調でヨソギは言い切る。その瞳はいつもどこか眠たげなぼんやりしたものながら、はっきりとした強い意志を宿していた。 「だから、ボクは適当なんてしないんです。確かに、お時間をいただきますが、絶対に、安全で、丈夫なものを作ります」 「ヨソギ、そうだったの。私ったら知らなくてごめんなさい」 彼女の素直な謝罪にしゃべりすぎたことを恥じるようにヨソギは笑った。 「いいえ~」 「ヨソギに頼むわ。時間はかかってもいい。だって、ヨソギなら、絶対に安全だって信用できるわ」 「ありがとうございます。けど、出来るだけ早く仕上がるように努力します!」 「ふふ。けど、その尻尾は、なおらないの?」 「いえー。ターミナルで、いろんなお医者さんと話して、治そうと思えば治せるっていわれました。この尻尾のままだとへんですし……見ていると、とても痛くて」 ヨソギは尻尾を見て眉根を寄せたが、すぐに笑った 「だから、ボクの誓いとして、ターミナルにきてはじめて作ったのがこの尾なんですよぉ~」 冷たい、鉄で出来た尻尾。ヨソギの気持ちに合わせて、ひら、ひらと動いてくれる今の最高傑作。 「傷が治ってしまって、もしボクがこの気持ちを、してしまったこと、彼女たちのことを忘れてしまったらって……だから、この尾はボクの戒めなんですぅ」 フカとマグロへの気持ち 自分自身の罪と向き合う気持ち 生きていることへの悲しみを乗り越えたいという渇望やいろんな葛藤を抱えて鉄を打ち、熱に肌を焼かれながらも作り上げて感じた充実。 ああ、自分は生きている。 生きているのだ。 鉄が好きなのだ、火が好きなのだとはっきりと悟った。 汗だくで泣きながら作り上げた尾を見た。 これを作れたのは自分ではなくてフカさん、マグロちゃんのおかげ。 だからそれを身に着けたとき、自分は一人で生きてるんじゃない、二人とともにあるのだと思った 「えへへ、長い話をしましたぁ~。さぁ、お仕事しないと!」 ヨソギは照れ笑い、再び動き出す。 ヨソギがターミナルで大好きな姉妹と奇跡の再会を果たすのは、ほんのちょびっと先のこと。 三人がまた笑いあうのは少しだけ未来のこと。
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