クリエイター玉響(weph3172)
管理番号1351-18499 オファー日2012-07-10(火) 23:46

オファーPC 新月 航(ctwx5316)コンダクター 男 27歳 会社員

<ノベル>

 扉が開いた途端、視界に飛び込んできた光の眩しさに思わず足を止めた。晴れやかな空の下、潔癖なまでの明るさが周囲を包んでいる。
 まるで、この世界に憂いなど一つもないのだと言うように。

 世界図書館のホールを後にして、新月 航は長い長い坂道を下り始めた。頭上を振り仰げば、どの時間でも変わらないと言う蒼い青い空が雲一つ携えずに広がっている。
 世界図書館での旅客登録を終えて、正式にロストナンバーとして迎え入れられた航は、歩きながら支給されたパスホルダーを興味深げに眺めた。頭上に翳し、何処から照らしているのかも判らぬ光に透かし見ても、別段変わった所は見られない。臙脂色に黄金の装飾が施された、薄っぺらいそのホルダー一枚で、航の存在は世界に繋ぎとめられているらしい。不思議な話だ、と未だに全てを理解しきれているわけではない航は首を傾げる。
 視界の隅でふよふよと周囲を漂う丸いクラゲは、セクタンと呼ばれる生き物らしい。航の世界のロストナンバーだけが連れ歩ける存在で、他にも数種類外見を変えることができるそうだ。しかし、ふらふらと宙を舞った後すとん、と航のフードに滑り込んできたクラゲが思いの外愛くるしく、当分は他のフォームに変える必要もなさそうだった。そもそも、海の生き物は港町で生まれ育った彼にとって馴染み深いのもある。
 ともすれば横暴ですらあるクラゲの所業を苦笑ひとつで許し、彼と、パスホルダーと共に世界図書館から支給された物を取り出して、航は改めてまじまじと眺めた。
 鉄棒から伸びる糸の先に掛かった、ぬいぐるみの鮫。
 まるで、竿一本で釣り上げられた鮫のような様子だ。
 登録を受け付けた世界司書が言うには、これが航にとっての武器――トラベルギアなのだと言う。攻撃方法は使ってみなければ判らないらしい。
 海に慣れ親しんで育ってきた航には確かに似合いのモチーフなのだが、如何せんセクタンと同じように愛くるしすぎる。ゆらゆらと振ってみると、目付きの悪い鮫もその軌道に合わせて空中を泳いだ。これが本当に航の武器になるのかと、目の前で釣らしてみても半信半疑だ。
 ひとまずトラベルギアをパスホルダーに仕舞い込んで、路上のプラットホームに佇みトラムを待った。
「なあ、明神丸」
 そして、背中でまどろむクラゲに声をかける。名は父が乗っているような漁船をイメージしたもので、即興だが中々格好良い名を付けられたのではと心中で自画自賛している。
「ちょっと、昔話を聞いてくれるか?」
 何故、そんな言葉が己の口から飛び出したのか、航には解らない。
 ただ、駅舎へ向かうまでの道のりを、新たな相棒との語らいに費やすのも悪くないと、そう思えただけだ。

 ◇

 ――俺が社会人になって二年目の事だったかな。会社に町の子供たちが社会科見学に来たんだよ。聞くところによると会社は毎年小学生を受け容れしてるみたいでさ、前年の俺は研修期間中だったから知らなかったんだな。

 ◇

「社会科見学?」
 言われてみれば、地元育ちの航にもおぼろげながらそんな記憶がある。学区が違うためか、彼の学校の社会科見学は(よりにもよって)父親の漁船だったが。
 新人の通例行事だ、と言われ、上司から航は小学生たちの世話を託された。上司からすれば厄介事を押し付けただけにすぎないのだろうが、そんな思惑とは裏腹に、航は入社二年目にして初めての責任ある役割に燃え上がっていた。子供たちから何を聞かれてもいいように、町の歴史や会社の事業の詳細を頭に叩き込み、どうやって紹介すれば子供たちが楽しんでくれるだろうかと苦心しながら、彼は当日を待った。
 小学生と言えど高学年にもなれば捻くれた視野を持ち始める頃合いだが、小学校側もそれを理解しているのか、その日彼の仕事場を訪れた子供たちは三年生のひとクラスだった。
 きらきらと、眩しく輝くたくさんの瞳がデスクや棚に置かれた何の変哲もないパソコンやファイルに向けられる。興味津々と言った様子で忙しなく周りを見て回る子供たちの姿は航のやる気に益々火を付けた。
「よろしくお願いします!」
 中央の背の高い子供がはきはきと挨拶をし、頭を下げるのに合わせて、他の子供たちもややばらばらとしながらも声を上げお辞儀をする。
 今時珍しい、素直で明朗な態度に僅か気圧されながら、航も笑顔を浮かべて応じた。
「よろしくね、皆」
 普段よりも更に柔らかい口調を心がけ、子供たちに伝わるような噛み砕いた言葉を選んで説明を続ける。商工会議所の担う役割と歴史を、港町の成り立ちを交えながら。子供たちは大人しく、素直に航の話を聞いてくれた。
(この子たちが、町の将来を担っていってくれるんだな)
 もちろん、中には都会へ出ていってしまう子供もいるだろう。しかし、今ここに居る子供たちの幾人かは航のように、大きくなっても町に留まって地元の活性化を願ってくれるに違いないのだ。
(そのためには、もっともっと町を好きになってもらわないと)
 そんな想いと共に、航は一層説明の言葉に心を籠めた。
 気持ちの籠った言葉は相手に伝わりやすい。初めはいまいちわからない、と言った様子で首を傾げていた子供たちも、航の熱心で真摯な態度に引き寄せられるようにして、徐々に目を輝かせ始めた。

 ◇

 ――子供たちももちろん、喜んでくれたよ。特に背の高い男の子が一人いてさ。ここで働きたいって言ってくれた。ヒロキ君、って言ったっけ。あの子や、彼の仲間たちが町の未来を継いでくれるんだと思うと、とても嬉しくなったよ。

 ◇

 けれど、運命は残酷だ。

 社会科見学が無事に終了した、その日の夜のことだった。
 深夜、響き渡るサイレンの音で航は目を覚ました。
 寝起きの頭で状況を把握するには暫しの時間が掛かったが、どうやら町外れの山が燃えているらしいとの事だった。
 海沿いに住む彼の家は延焼の恐れはなかったが、やはり同じ町での出来事だ、気に掛かってたまらない。居ても立っても居られなくなった航は家を飛び出し、火事の起きた山へと向かった。
 煌々と夜が照らされる。鮮やかな焔の紅に染まる藍を背に負って、小さな山は燃え盛る。
「……!」
 想像を絶する光景に足を止めた航の目の前を、オレンジの制服を着た男たちが駆け抜ける。白い飛沫をあげて消防車が放水する中、怒号にも似た叫びが交わされ、燃え盛る焔の気迫に負けないほどの勢いが渦巻いていた。
 山の火は既に麓にまで辿り着いていて、近くに在った民家を一軒呑み込んでいた。或いはそこが火元なのかもしれない。炎の勢いは凄まじく、ごうごうと家の内部にまで攻め込んでいるのが開いた玄関から見て取れる。
 炎上する家のすぐ近くに、ひとりの寝間着姿の老人が立ち尽くしていた。身体のあちこちが煤けている所から見ても、火事の中を飛び出してきたか、救出されたこの家の住人だろうと判る。茫然と、虚ろな目が紅蓮の家を見上げていた。

「――ヒロキ」

 崩折れた老人の発したその名に、航は聞き覚えがあった。
 あの子供だ、と確かめる間もなく直感する。昼間商工会議所へ社会科見学に来てくれた、小学生。その中で特に熱心だった彼の名も、活き活きと輝く表情もちゃんと覚えている。この町の未来を背負った――航と共に背負っていくはずの、可能性に充ち溢れた姿。
 かつての航を思い出させた、あの真っ直ぐな背中が、燃え盛る焔の中に閉ざされている。
 ――背中を、何者かに押されたような錯覚。
 身体が前のめる。体重を支えようと踏み出した足はそのまま、駆け出す一歩へと形を変えた。消防隊員たちの合間を擦り抜けて、知らぬ間に航は走り出していた。燃え盛る家へと。開け放された玄関へと。意識や恐怖を置き去りにして、ただ燃え上がる炎に似た衝動だけが航を突き動かす。

「航、何をしている!」

 その肩を掴んで引き留めたのは、航の幼馴染だった。
 振り返って睨みつけるが、彼よりも頭半分背の高い友人は唇を引き締めて首を横に振る。
「未だ中に人がいるんだろ!」
「解っている。だが火の勢いが強すぎる――このままお前が飛び込んでも無駄死にだ」
 友人の着る制服が、焔に照らされて赤く輝く。
 海に馴染み深い航とは対照的に、友人は炎と相対する道を選んだ。地元を発展させる事に誇りを抱く航と同じように、人の命の為に働く事を己の任と課した、優しい心と揺るぎない正義感の持ち主だった。
 その彼が言うのだ。行くな、と。
 まっすぐに見据えてくる瞳に、真摯な色を湛えて。
 航は茫然とその瞳を受け止めながら、炎に中てられ燃え盛っていたはずの激情が急速に冷えていくのを感じた。頭から水を被ったようだ、とはこの事を言うのだろうか。消防士である友人はおろか、ただの会社員にすぎない航が今あの炎の海に飛び込んだとして、熱に巻かれて無駄に命を落とす結果しか招かないと、航の頭は確かに理解していた。だからこそ、友人の冷静な言葉に、激情による衝動から身体の制御権を取り戻す。
「……悪い」
「俺の方こそ。……何もできない俺達を許してくれ、航」
 バツが悪くて顔を背けた航に、弱弱しい笑みを浮かべてそう祈るように呟きを落とした友人は、そのまま消火活動へと帰っていった。これ以上の延焼を防ぐため、山と家に燃え移った火を消すため、そしてもちろん生存者の存在を信じて、消防士たちは走り回る。

 夜明け近く、空が白み始めた頃になって、ようやく火事は鎮まった。
 小山の中腹までを焦土と変えた炎はその爪跡だけを遺し、最早影も形もない。老人の民家もまた、既に炎の脅威から解放されていた。
 ――しかし、残されたのは、地面に蟠る灰と、家の骨組みだけ。
 真黒な煤と化した外壁がボロボロと崩れ落ちて、その内側までをはっきりと見渡せたが、最早命の気配など見られよう筈もなかった。
「ああ……」
 老人が肩を落とす。皺に覆われた顔を地面へと向けて、抑え切れない涙をアスファルトの上に落とす。明けつつある夜の闇の中でも、地面に降りた涙の濃い色は目に付いた。
 たった一人、残されてしまった。息子夫婦も孫も、家も全てを炎に奪われて、老い先短い彼一人だけが取り残された。

「この世には、神も仏もない……のか」

 茫然と落とされたその言葉に、応えられるものは居なかった。
 航は唇を噛んだまま、拳を握り締める。指先が、短い爪が皮膚に食い込むほどに強く。痛みなど気にならない。血が出るのならそれで構わない。己は無力だ。あまりにも。あまりにも。

 焼けた山の向こう側から登る朝陽が、航の目を無情に焼いていた。

 ◇

 壱番世界へと向かうロストレイルの車内で、今、航は罅割れたディラックの空を見つめていた。
「あの頃の俺はさ、無力だったんだよ。どうしようもなく」
 独白のようにそう呟いても、返る答えもなければ聞く者も居ない。
 明神丸は既に航のフードの奥に潜り込んで眠りに就き、相席する者も居ない静寂の中、列車が硝子の轍を踏む音だけが低く響いている。だが、その状況こそが逆に、航にとっては心地がいい。
 再び手の中に取り出したトラベルギアの先、鮫のぬいぐるみはぶらんと宙に揺れていた。見れば見るほど、悪意や害意のない顔立ちをしている。――目付きだけは相当悪いが。
 有事になれば、このぬいぐるみが航にとって最大の武器となるらしい。
 どんな力を秘めているのかは彼自身にも未だ解らない。愛らしいばかりのこのぬいぐるみが、彼や彼の仲間たちを本当に護ってくれるのかどうかさえも。
「この力で……俺にできることがあるんだろうか」
 ――少なくとも、この力さえあれば、あの日炎に巻かれて命を落とした少年を助けることはできたのだろうかと、そう考えずにはいられない。
 覚醒したばかりの航は、世界図書館も、階層世界も、真理数も、何一つとして実感を持てずにいる。まるでゲームの中の出来事のようで、それが現実に己の身に降りかかっているという実感を。
 しかし、何も知らなかった頃の彼には戻れない、のだろう。背中のクラゲと、手元の鮫がそれを教えてくれる。
「もう、後悔しないようにやっていくしか……ないんだよな」
 この力で助けられるものがあれば助けたい。
 この力が何かの役に立つのなら活かしたい。
 ただその決意だけを胸に、航は駆ける車両の窓から、故郷の空を静かに見つめ続けていた。

 <了>

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。オファー、ありがとうございました!

ロストナンバーになる以前の出来事を回想する構造のオファーでしたので、PC様が登録されたばかりと言う事もありまして、このような形にさせていただきました。諸々捏造させていただきましたが、PL様のイメージを損ねていなければ幸いです。
余談ですが、トラベルギアがとても可愛らしいと思います。

今回は素敵な物語をお任せいただき、ありがとうございました。
航様の新たなる旅路が素晴らしいものでありますよう、記録者も祈っております。
公開日時2012-10-01(月) 21:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル