オープニング

 ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。
 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。
 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。
 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。
 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。
 
●ご案内
このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが出会ったのはどんなアニモフか
・そのアニモフとどんなことをするのか
を必ず書いて下さい。

このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。

品目ソロシナリオ 管理番号1842
クリエイター西王 明永(wsxy7910)
クリエイターコメントこんにちは。現実でもロストレイルでも血生臭い事件が多発しているようですが、たまには上空でのんびりしませんか。

参加者
椎橋 楓(cmbr8015)コンダクター 女 14歳 中学生

ノベル

 椎橋楓(しいばし かえで)の目的地は、モフトピアではなかった。ロストレイルを降り足早に目的に向かうロストナンバー達を車窓から身降り、座席に身を沈めていた。窓の外には、ロストレイルの駅がある最も上層の世界、モフトピアが広がっていた。
 光に満ちた、気持のいい世界だ。いずれ、ゆっくりと旅をする時もあるだろう。だが、今はその時ではない。飛ぶように去っていくロストナンバーを見送る、『ぬいぐるみ』のような影は、この世界の住人だという。メルヘンにもほどがある。
 降りるつもりはなかった。ロストレイルに乗ったのには、目的があるのだ。のんびりしてはいられない。
 しかし、ロストレイルはモフトピアの「駅」から、動かなかった。車掌が触れまわる。
「悪天候のため、しばらく停車いたします」
 椎橋楓は、思わず車掌から窓の外へ目を転じた。モフトピアの天気が崩れるなど、聞いたこともない。なにより、快晴そのものだ。弟一、ロストレイルが悪天候で停車するなど、あり得ない。
「ちょっと、どういうこと? いい天気じゃないか」
 狭い通路を走るように移動する車掌を捕まえた。おかしなことが多すぎる。
「現地住民からの情報です。『わたあめ注意報』が発令中とのことです」
 思わず、椎橋楓は座席からずり落ちた。
「『わたあめ注意報』ってなに?」
「解らないので停車しています」
 車掌は敬礼して立ち去った。椎橋楓に、半ば強制的に、のんびりする時間が与えられた。

 危険が少ないと言われるモフトピアとはいえ、初めて踏む世界である。椎橋楓は、心臓の高鳴りを自覚した。緊張しているのだ。緊張する必要などないと自分に言い聞かせるほど、顔が引きつる。あまりの緊張に、顔の筋肉が痙攣しつつあった。肩に載せたセクタンの椛(もみじ)も、心配そうに揺られていた。
 ロストレイルから一歩降りたまさに瞬間である。車窓から見た『ぬいぐるみ』のような影が、黒く真円の瞳で見つめていた。
 直接見ると、『ぬいぐるみ』のような、ではなかった。『ぬいぐるみ』そのものである。
 全身を赤く軟らかそうな綿毛で覆われ、耳がふっくらと丸い。鼻先がほっこりと膨らみ、逆三角の鼻がつんと突き出している。
 動物である。椎橋楓の故郷にいる、熊に似ている。後ろ足でまっすぐに立ち、前足はまるで手のように見える。手でありながら指はなく、かといって鉤づめがあるわけでもなく、平らな手のひらをしている。
 目の錯覚だろう。縫い目があるような気がした。
 その手の平を左右あわせ、もじもじとしている。もじもじとしながら、つぶらな目でじっと見上げている。身長は低い。椎橋楓の腰ほどしかない。
「落ちつけよご主人」とでも言いたそうに、セクタンがもぞもぞとしていたが、全く気づかなかった。それほどまでに、椎橋楓は動揺していた。
 ――なんだよ、このいかにも『かわいいでしょ』って言わんばかりの生物は。
 椎橋楓は周囲を見回した。誰もいなかった。ロストレイルから降りて、立ち止ったのは椎橋楓だけだった。
 じっと、見上げていた。
 ――これが……アニモフか。
 何もしていない。ただ、可愛く見上げてくるだけのアニモフの威力に、椎橋楓は想像していなかったダメージを受けた。
 ――お前の魂胆はわかっているんだ。『かわいい』って言わせたいんだ。『かわいい』って言ってほしいんだろ? そんな手には載らないぞ。『かわいい』なんて、『かわいい』なんて、『かわいい』なんて……。
「かわいい」
 椎橋楓は敗北した。がっくりと膝を落とす。熊の姿に似たアニモフが覗きこんでいた。顔が近い。椎橋楓は、全身に泡立つ震えに抵抗できなかった。ふんわりとした体毛が触れた。『ぬいぐるみ』ではない。『ぬいぐるみ』は温かくない。生物特有の、いい香りはしない。
 肌がふれ、腕が、ゆっくりと赤い胴を巻く。
 ぎゅっと、抱きしめていた。アニモフ本人の同意も得ず、抱きしめていた。どう思われようが、そんなことは後で考えればいい。後で落ち込めばいい。しばらくは、こうしていたいのだ。
 
「『わたあめ注意報』って知っているか?」
 しばらくもふもふと楽しんだ後、椎橋楓はあえてぞんざいな聞き方をした。
「うん。こっち」
 アニモフの声は、想像よりしっかりとした、鳥のさえずりを思わせる心地よいものだった。
 ――どこまで可愛けりゃ、気が済むんだよ。
 口には出さず、椎橋楓はアニモフに手を引かれた。停車中のロストレイルを回り込むように、両手を引かれた。
 ――両手?
 いつの間にか、アニモフは二人に増えていた。左右それぞれの手に触れ、同じような身長の熊の、同じように、可愛い『ぬいぐるみ』そのもののアニモフだった。
「どこまで行くんだい?」
「ほら……あれ」
 アニモフが立ち止り、手を伸ばした先には、黒い布で目隠しをしたアニモフが数人のアニモフに囲まれ、ふらふらと歩いていた。『ぬいぐるみ』が目隠し鬼をしている。あまりの光景に、椎橋楓は茫然と立ち尽くした。
 肩でセクタンの椛が騒ぐ。危険を知らせた。目隠しをしたアニモフの接近を、椎橋楓は避けることができなかった。
「ちょっと、『わたあめ注意報』って……」
「はい」
 目隠しを解き、まっすぐに見つめ、黒い布を差し出すアニモフを、椎橋楓は無視できなかった。

 何度か鬼となり、アニモフを捕まえ、また鬼となったアニモフを、他のアニモフと並んではやし立てる。そうしているうちに、時間はすぎた。
「捕まえた」
 熊に似たアニモフをぎゅっと抱きしめ、抱き上げた時、ロストレイルから出発を告げる汽笛の音が響き渡った。
「もう行くの?」
 椎橋楓が目隠しを解き、抱きあげられたアニモフに尋ねられた。相変わらず、澄み渡った、真っ黒い目をしていた。
「そうだね。でも、また来るよ」
「うん」
 椎橋楓の腕を飛び降り、アニモフは、アニモフ達は、手を強く振っていた。大ぜいの『ぬいぐるみ』に見送られ、椎橋楓は心残りを覚えながらも、爽快な気分でタラップを踏んだ。
「お疲れさまでした」
 車掌がぺこりと頭をさげた。
 労を値切らわれる覚えはない。そもそも、解決していない。
「結局、『わたあめ注意報』ってなんだったんだ?」
「いえ、意味はありません。アニモフ達が遊んで欲しいっていうサインです。無視してもいいんですが、私もアニモフには弱くて」
 普段は表情のない車掌だが、小さく肩をすくめた。顔が見えたら、恥ずかしそうにはにかむのがわかったかもしれない。
「気持はわかるけどね」
 一緒になって遊んだ後になっては、否定もできない。車掌は続けた。
「誰も遊んでくれないときは、それは寂しそうにロストレイルを見送るんです。そういう光景を見なかっただけでも、ありがたいですよ」
 車掌に笑い返し、椎橋楓は自らの座席に戻る。座席には、いつの間にかいなくなっていたセクタンの椛が待っていた。しきりに窓の外を指さしている。
 ロストレイルが出発する。
 椎橋楓は腹を抱えた。
 わたあめのような白い大地に、アニモフ達が一生懸命に描いた、下手くそな絵が描かれていた。
 ――僕は、そんなに不細工じゃないぞ。
 アニモフ達とは、もう一度会いに来なければなるまい。
 椎橋楓は、地表に描かれた自分の顔を、瞳の奥に焼きつけた。
           了

クリエイターコメント椎橋楓さま、ご参加ありがとうございました。モフトピアでの一幕、お楽しみいただけましたら幸いです。もうすこし丁寧な描写をしたかったのですが、文字数制限の限界とご了承ください。またの機会がありましたらよろしくお願いします。この度はご参加誠にありがとうございました。
公開日時2012-04-14(土) 13:00

 

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