オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1881
クリエイター西王 明永(wsxy7910)
クリエイターコメントどんな夢になるか、ライターとしても楽しみです。ご参加お待ちしています。

参加者
最後の魔女(crpm1753)ツーリスト 女 15歳 魔女

ノベル

 柔らかな絨毯の上に、最後の魔女が脱ぎ捨てた鎧が、盛大な金属音を立てる。
 白いレースをあしらった上品なドレス姿になった最後の魔女は、全身を香に浸し、瞳を閉ざした。
 ――こうやって、安心して熟睡できるのは何年振りかしらね。
 夢により未来を予言するという神託の都メイムの天幕で、夢よりもむしろ、眠りを欲した最後の魔女だった。

 天空に巨大な月がありながら、決して太陽の登ることの無い、暗い世界に一人、最後の魔女が歩いていた。
 霧に包まれた、死んだ森だった。生物は果て、植物も枯れた。腐った土が素足にまとわりついた。
 枯れた樹木に手を置き、巨大な月を仰ぎ見た。
 空を覆うばかりに巨大な月は、まるで笑っているかのようだった。
 祝福の笑みではない。愚かな地上の存在を、見下しているのだと感じた。
 ――帰ってきた。
 最後の魔女が属する世界、アンダーランドだった。
 全ての魔女が死に絶え、最後の魔女が現れる。定められた運命の通り、最後の魔女はただ一人、自ら滅ぼした世界に佇む。
 魔女が滅び、世界は死んだ。
 最後の魔女は高らかに歌を口ずさむ。
 いるべき場所だ。滅びるべくして滅びた世界だ。
 自ら唯一の存在となった最後の魔女の、視界が霞んだ。
 世界は死んだ。
 視界の歪みは、世界の歪みそのものだった。
 空間が渦巻くような感覚と共に、宙空に生まれ、地面に降りたのは、アンダーランドの主、魔王に他ならない。会ったことはない。聞かずとも、最後の魔女にはわかっていた。
 膝まずいた。
 アンダーランドの主人である。最後の魔女は慇懃に、笑みをさえ湛えて深くこうべを垂れた。
「お初にお目に掛かります、偉大なる魔王様。私の名前は最後の魔女、この世界に属する……最後の魔女です。貴方様が育て上げたこの世界、貴方様が生み出した魔女たちは私が全て台無しにしました。私が現れたことで、この世界は最後を迎えるでしょう」
 ――私は、最後の魔女なのだから。
 世界の歪みは正され、魔王は月の光を浴びて静かに最後の魔女を見降ろしていた。最後の魔女は魔王の言葉を待った。だが、言葉は返されなかった。
 最後の魔女は顔を上げず、ひれ伏したまま続けた。
「……私は一体何の為に存在するのでしょうか。貴方様は何故私を生み出したのですか? 私は……これから何を成せば宜しいのですか?」
 魔王は何も答えない。ただ、沈黙を持って答えるのみ。
「答えろ! 魔王!」
 最後の魔女が、怒声を発した。ただ一人、この世界に存在することを宿命づけられた最後の魔女にとって、魔王は生みの親であり、仕えるべき主君であると同時に、憎い仇でもあった。
「貴様の答えによっては……私は貴様を討つ!」
 怒号と共に、トラベルギアを握りしめ、顔を上げ、立ち上がった。
 魔王は答えない。
 答え、られない。
 『魔王』という肩書を持つ、ごく平凡な男がそこにいた。
 月の光を浴びながら、影は薄く、存在そのものが、希薄になったようだった。
 口がぱくぱくと動いた。
 最後の魔女は、目を凝らし、魔王を見つめた。
 魔王は微笑んでいた。
 地上を見降ろす月の邪悪な笑みより、より快活で、無邪気な笑顔だった。
 最後の魔女の力により、魔王は滅んだ。
 生みの親を失い、世界が崩壊を始める。
 自らを滅ぼす存在を、おそらく魔王は求めていた。
 最後の魔女の力は、世界を生み出した魔王を、所属する世界そのものを、滅ぼすほどの可能性を秘めている。
 ――ならば……。
 最後の魔女は、どうやって滅びればいいのだろう。
 滅びの力を持つ最後の者を生み出すためには……力を持つ者を生み出すための、新しい世界が必要だ。その結論は、おそらく魔王と同じものだ。魔王がアンターランドができる前に、到達した結論と同じものだ。
 最後の魔女は、自らを滅ぼす力を持つ者を生み出すまで、決して滅びることはないだろう。
 アンダーランドは邪悪な月と共に崩壊した。死した世界が崩れさる。
 崩れゆく世界の中で、最後の魔女は孤独だった。
 ただ一人、全てが失われる世界の中で、最後の魔女だけが存在することを強いられていた。
 自らの存在を確認するかのように、トラベルギアを強く握りしめた時、最後の魔女は目覚めた。

 傍らに、脱ぎ捨てた鎧があった。
 黒いドレスに、汗がにじんでいた。
 よく眠ることはできた。
 いい夢とは、言い難かった。
 メイムの夢読みが膝を詰めた。最後の魔女は首を振り、年老いた老婆を退けた。
「解釈してもらう余地などないわ。あまりにも、明瞭な夢だったから」
 ――成る程。それが私の存在意義……のひとつなのね。まだまだ長い旅になりそうね。
 最後の魔女は、喉を鳴らすかのような笑いを続けた。
 メイムの夢は、未来を告げる。
 どれほど先の未来となるかは、誰も知らない。たとえ、最後の魔女であろうとも。
 了

クリエイターコメント最後の魔女様、このたびはご参加誠にありがとうございました。プレイングお疲れさまでした。WRの解釈をかなり加えてしまいましたが、よろしかったでしょうか? 世界観を大切にしたつもりですが、魔王の答えをWRが出してよろしかったでしょうか? かなり思い切ってしまったので、とても不安が残ります。また機会がありましたら、是非ご参加ください。ありがとうございました。
公開日時2012-04-27(金) 21:50

 

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