ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
柔らかな絨毯の上に、最後の魔女が脱ぎ捨てた鎧が、盛大な金属音を立てる。 白いレースをあしらった上品なドレス姿になった最後の魔女は、全身を香に浸し、瞳を閉ざした。 ――こうやって、安心して熟睡できるのは何年振りかしらね。 夢により未来を予言するという神託の都メイムの天幕で、夢よりもむしろ、眠りを欲した最後の魔女だった。 天空に巨大な月がありながら、決して太陽の登ることの無い、暗い世界に一人、最後の魔女が歩いていた。 霧に包まれた、死んだ森だった。生物は果て、植物も枯れた。腐った土が素足にまとわりついた。 枯れた樹木に手を置き、巨大な月を仰ぎ見た。 空を覆うばかりに巨大な月は、まるで笑っているかのようだった。 祝福の笑みではない。愚かな地上の存在を、見下しているのだと感じた。 ――帰ってきた。 最後の魔女が属する世界、アンダーランドだった。 全ての魔女が死に絶え、最後の魔女が現れる。定められた運命の通り、最後の魔女はただ一人、自ら滅ぼした世界に佇む。 魔女が滅び、世界は死んだ。 最後の魔女は高らかに歌を口ずさむ。 いるべき場所だ。滅びるべくして滅びた世界だ。 自ら唯一の存在となった最後の魔女の、視界が霞んだ。 世界は死んだ。 視界の歪みは、世界の歪みそのものだった。 空間が渦巻くような感覚と共に、宙空に生まれ、地面に降りたのは、アンダーランドの主、魔王に他ならない。会ったことはない。聞かずとも、最後の魔女にはわかっていた。 膝まずいた。 アンダーランドの主人である。最後の魔女は慇懃に、笑みをさえ湛えて深くこうべを垂れた。 「お初にお目に掛かります、偉大なる魔王様。私の名前は最後の魔女、この世界に属する……最後の魔女です。貴方様が育て上げたこの世界、貴方様が生み出した魔女たちは私が全て台無しにしました。私が現れたことで、この世界は最後を迎えるでしょう」 ――私は、最後の魔女なのだから。 世界の歪みは正され、魔王は月の光を浴びて静かに最後の魔女を見降ろしていた。最後の魔女は魔王の言葉を待った。だが、言葉は返されなかった。 最後の魔女は顔を上げず、ひれ伏したまま続けた。 「……私は一体何の為に存在するのでしょうか。貴方様は何故私を生み出したのですか? 私は……これから何を成せば宜しいのですか?」 魔王は何も答えない。ただ、沈黙を持って答えるのみ。 「答えろ! 魔王!」 最後の魔女が、怒声を発した。ただ一人、この世界に存在することを宿命づけられた最後の魔女にとって、魔王は生みの親であり、仕えるべき主君であると同時に、憎い仇でもあった。 「貴様の答えによっては……私は貴様を討つ!」 怒号と共に、トラベルギアを握りしめ、顔を上げ、立ち上がった。 魔王は答えない。 答え、られない。 『魔王』という肩書を持つ、ごく平凡な男がそこにいた。 月の光を浴びながら、影は薄く、存在そのものが、希薄になったようだった。 口がぱくぱくと動いた。 最後の魔女は、目を凝らし、魔王を見つめた。 魔王は微笑んでいた。 地上を見降ろす月の邪悪な笑みより、より快活で、無邪気な笑顔だった。 最後の魔女の力により、魔王は滅んだ。 生みの親を失い、世界が崩壊を始める。 自らを滅ぼす存在を、おそらく魔王は求めていた。 最後の魔女の力は、世界を生み出した魔王を、所属する世界そのものを、滅ぼすほどの可能性を秘めている。 ――ならば……。 最後の魔女は、どうやって滅びればいいのだろう。 滅びの力を持つ最後の者を生み出すためには……力を持つ者を生み出すための、新しい世界が必要だ。その結論は、おそらく魔王と同じものだ。魔王がアンターランドができる前に、到達した結論と同じものだ。 最後の魔女は、自らを滅ぼす力を持つ者を生み出すまで、決して滅びることはないだろう。 アンダーランドは邪悪な月と共に崩壊した。死した世界が崩れさる。 崩れゆく世界の中で、最後の魔女は孤独だった。 ただ一人、全てが失われる世界の中で、最後の魔女だけが存在することを強いられていた。 自らの存在を確認するかのように、トラベルギアを強く握りしめた時、最後の魔女は目覚めた。 傍らに、脱ぎ捨てた鎧があった。 黒いドレスに、汗がにじんでいた。 よく眠ることはできた。 いい夢とは、言い難かった。 メイムの夢読みが膝を詰めた。最後の魔女は首を振り、年老いた老婆を退けた。 「解釈してもらう余地などないわ。あまりにも、明瞭な夢だったから」 ――成る程。それが私の存在意義……のひとつなのね。まだまだ長い旅になりそうね。 最後の魔女は、喉を鳴らすかのような笑いを続けた。 メイムの夢は、未来を告げる。 どれほど先の未来となるかは、誰も知らない。たとえ、最後の魔女であろうとも。 了
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