オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。

品目ソロシナリオ 管理番号1902
クリエイター西王 明永(wsxy7910)
クリエイターコメントお食事をごゆっくり堪能いただきたいと思っています。

参加者
アミス・トクーシマ(cztr4384)ツーリスト 男 24歳 大学院生&国際的ハッカー

ノベル

 アミス・トクーシマはインヤンガイの高層ビルを登った。夜景を見るためである。幸いにもエレベーターがついていた。インヤンガイには興味はなかった。興味はなかったからこそ、2度と来なかったとしても後悔が無いよう、夜景を目に焼き付けておきたかったのだ。活動的な人間ではない。エレベーターがついていなかったら、さすがに挫折して、登らずにビルだけ見上げて帰ったところだった。
 夜景を見るために最上階、展望室のガラスに張りついた。
 ガラスはひんやりと冷たかった。ガラス越しの冷気に、全身が包まれる。
 腹が冷える。
 ぐおぉぉん……ぐきゅるるるっ
 腹が鳴った。
 空腹だろうか。ただエレベーターで最上階まで登ってきただけなのだが。
 腹に手を当てる。冷えていた。窓ガラスからの冷気に腹が冷え、冷えた窓ガラスに触れていた手はさらに冷え、冷えた手で触れられた腹は一気に冷えた。
 きゅるるんっ
 腹が鳴った。
 腹痛を伴った。下痢かもしれない。いや、下痢だろう。
 高層ビルの最上階である。トイレぐらいはあるはずだ。
 展望ガラスから離れ、辺りを見回した。
 トイレの表示を探したが、見つからなかった。
 仕方ない。恥ずかしいが、店のトイレを借りることにしよう。
 一番近くの店に飛び込んだ。高級そうな雰囲気を漂わせた派手な店構えだが、トイレを借りるだけで高額の要求が来ることもないだろう。
 のれんをくぐると、従業員がずらりと並んでいた。ただの従業員ではなさそうな、スーツとネクタイの男もいた。
 一斉に、声がかけられた。
「おめでとうございます」
 唱和した。
 ――トイレを借りたいのだが……。
 言葉が出なかった。
「ちょうど開店から10万人目のお客さまです。記念に、本日は食べ放題飲み放題にさせていただきます」
 ――トイレを……まぁいいか。
 アミス・トクーシマは案内された席についた。

 最奥の座敷である。VIPルームと書かれていた。
 しかも無料である。気分は悪くない。
 料理を頼む前に、両脇を女性に挟まれた。
 入った時は飲食店だと思っていた。トイレを借りに入っただけで詳しくは確認しなかったが、あきらかに飲食店だったはずだ。女性のサービスがあるとは思わなかった。きっと今日だけだ。隣に座ったからといって、女性が特別なサービスをしてくれることもないだろう。
「スーザンでぇ~~~す」
 間延びした明るい言葉で挨拶をしたのは、目がぱっちりと開いた、小麦色の肌をした女だった。もう一人は、中国ドレスを着た大人しい女だ。ドレスにあわせたのか、髪を左右二つの御団子に結いあげ、化粧は薄く肌は白い。
「春春(チュンチュン)と申します」
 ゆっくりと、深く頭を下げた。丁寧なお辞儀というより、あまり顔を見せたくないような素振りだった。
 スーザンは場を盛り上げようと頑張っているのか、あるいは元々の性格なのか、しきりに話しかけてきた。スーザンが話すほど、アミス・トクーシマを挟んで反対側に座る春春が霞んでいった。
 仕事を嫌っているようにも見える。しかしアミス・トクーシマは、むしろ大人しく口さえろくに利かない春春の仕草を、観察するかのように見つめていた。

 食べ放題である。食べきれなかった場合は罰金を頂きます、という脅し文句も無かったため、アミス・トクーシマは次々と料理を注文した。
 壱番世界で語られる世界三大珍味をはじめ、世界三大スープ、世界三大料理から満漢全席、インヤンガイでしか味わえない特別料理まで、広いテーブルを料理が占めた。中でも印象的だったのは、人間の骨髄の唐揚げとしか見えない料理だった。あまりにグロテスクな食材に悲鳴をあげそうになったが、インヤンガイに生息する昆虫で、むしろありふれた食材らしい。春春に勧められ、断り切れずに一口食べたが、味は悪くなかった。
 あまりの品数に全ての料理を味わったかどうかさえ定かではないが、一押しの北京ダックは美味しかった。ただし、どういう訳かインヤンガイ産のワインは最悪だった。
 スーザンは一人で盛り上がり、絶え間なく聞こえていた。アミス・トクーシマに会話をした意識はなかった。音楽のように聞き流していたらしい。
 アミス・トクーシマ一人で食べきれる量では無く、二人にも遠慮なく食べるよう勧めた。スーザンに遠慮はなかったが、春春は飲み物さえ満足に口にしない。
 スーザンがトイレに立った時、春春に尋ねた。
「つまらないかい?」
 接客業である。春春の態度は最悪と言っていいだろう。
「実は……」
 春春は、小さな声で語り出した。弟が難病で、かなりの金がいるらしい。時給のいい仕事を選んだが、接客業は春春には苦痛だった。今日にも辞めたかったが、弟のことを考えると辞めることもできず、毎日眠ることもできない日が続いているというのだ。
 アミス・トクーシマは、もっと稼げる仕事で、春春にあった仕事を探してあげると申し出た。春春は深く感謝の念を表したが、嬉しそうではなかった。期待してはいないのだろう。それに、アミス・トクーシマ自身がインヤンガイにはなんのつても無いことは既に話してあった。仕事を世話できるとしても、きっと遠くまで行かなければならないと思ったのだろう。できれば故郷は離れたくない。弟のことが心配で、遠くまで働きに出ることはできないと告げた。

 アミス・トクーシマは、閉店の時間まで粘った。
 最後まで春春は明るい表情を見せなかった。
 なんとかできないだろうか。
 店を後にしながら、アミス・トクーシマは考えた。
 仲間と連絡をとってみようか。そう思った時、肝心なことを思い出した。
 春春の連絡先を聞き忘れた。
 慌てて振り返ったが、店のシャッターは無残にも降ろされ、土地勘のないアミス・トクーシマにはどの店だったのかもわからなくなっていた。
 了

クリエイターコメントアミス・トクーシマ様、ご参加ありがとうございました。プレイングお疲れさまでした。プレイングに忠実に作成したつもりです。よろしくお願いします。
公開日時2012-05-06(日) 20:00

 

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