ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
1 温かく軟らかい感触に包まれて、死の魔女は目を覚ました。 死の魔女に眠りなど必要ない。だが、あまりにも穏やかで過ごしやすい気候と、まどろむために作られたかのような柔らかい地面で休憩するうちに、珍しく眠りに誘われた。 目覚めた時は、眠りに落ちた時と同様の心地よい日差しが降り注いでいた。だからといって、眠っていた時間が短いとは限らない。モフトピアでは、天候が崩れることがないのだから。 ――ロストレイルが待っているかしら。 任務は果たした。天真爛漫を絵にかいたようなアニモフ達に、マネジメント論を説いたのだ。実に根気のいる任務だったが、最後には死の魔女に注目し、耳をすませていた。実にいい子たちだった。 体を起こし、いつものように地面に転がったままに違いない頭部を、拾いあげようと手を伸ばす。 手がむなしく空を切った。死の魔女には、眠る寸前と変わらない快い空が見えていた。もう一度眠りに落ちそうだ。自然な揺れが実に心地よい。 ――揺れ? モフトピアに地震はないはずだ。 死の魔女は顔の筋肉、首から伸びた僅かばかりの骨髄を駆使し、顔を横に向けた。 真っ黒い二つの目が、死の魔女を覗きこんでいた。黒曜石を磨いたような真っ黒い真円の瞳に、死の魔女の顔が映っている。しばらく、死の魔女は何を見ているのかを理解できなかった。 「起きた」正面から声が聞こえる。 「起きた?」背後から声が聞こえる。 「起きた」正面の声が応じる。 「遊ぼう」一つの声に応じた歓声に囲まれた。 「えっ、えっ、何ですの?」 周囲を見回そうとして、本格的に胴体がないことを思い知らされた。手を振り回して辺りを探る。もふもふとした感触がしたことはわかる。きっと、死の魔女が眠りに落ちた場所で、首の無い胴体が両腕を振り回しているのだろう。 勢いよく上昇した。死の魔女を運んでいた者たちに、放りあげられたのだとわかった。 空中でゆっくりと回転する。頭部だけで飛行するような魔法は使えない。ただの重力による自然落下である。 死の魔女を空中に放り投げた正体が見えた。やはり、というか、考えるまでも無く、アニモフたちだ。ふわふわした体毛と小さな体、短い手足をした、一見して、何度見ようと、動物の『ぬいぐるみ』のようにしか見えないモフトピアの原住種族だ。 赤い熊の『ぬいぐるみ』そのもののアニモフ達だった。死の魔女は驚いた。モフトピアのふかふかした地面が、まるで絨毯を敷いたかのように赤い熊たちで覆われていたのだ。 「あっ、あなた達……さっき……私が……教えた……子たち……ですわね」 言葉がとぎれとぎれなのは、空中へ放りあげられるのが一回に留まらなかったからである。まるで胴上げのように、幾度となく放られた。胴体が存在しない今、胴上げとは言わないだろうが。 思えば、天真爛漫で知られるアニモフ達が、突然熱心に死の魔女の話を聞きだした瞬間があった。アニモフ達の態度に苛立った死の魔女が頭を掻きむしり、うっかり頭部を床に落とした直後だ。それから、アニモフ達は熱心に死の魔女の言葉に耳を傾け、瞬きすらせずに(できるかどうかは不明だが)死の魔女を見つめていたのだ。 ――講義なんか、聞いていなかったのですわね。ずっと、私の頭で遊びたかったのですわ。 アニモフ達は、実に楽しそうに、死の魔女の頭部で遊び始めたのである。 天候が崩れることが無く、外敵の存在しないモフトピアに住むアニモフ達には、家という概念が存在しない。 サッカーともラグビーともつかない遊びを延々と繰り返した挙句、疲れたアニモフ達は集団で寝ころび、虫の音のようないびきを掻き始めた。辺りは熊型のアニモフで真っ赤である。死の魔女は、そのほぼ中央にいた。 ――逃げるなら、今ですわね。 顔と、途中で切断された首のみではろくに動くこともできない。それでももぞもぞと動いていると、熟睡するアニモフの群れの向こうから、ひょっこりと顔を出した者がいる。 赤い平原の中では良く目立った。黄色い虎縞模様をしている。猫のように見える。 死の魔女は一縷の望みを託した。 「ちょっとあなた、助けてくださらない?」 言った途端、失望した。遠目では猫のように見える動物は、二本足ですっと立ったのだ。熊たちとはタイプが違うものの、アニモフに違いない。 しかし、既に断るわけにはいかなくなっていた。一人ではどうにもできないのは間違いないのだ。熊型アニモフ達が目覚める前に、移動しておかなければ、さらなる惨劇が産まれるに違いないのだ。そもそも、猫型のアニモフは猫に相応しい敏捷性で、既に死の魔女の前に立っているのだ。 「ロストレイル、知っていますわね?」 一か八かである。既にアニモフが遊びたい気分ではない可能性(あり得なさそうなことではあったが)に賭けた。猫型のアニモフは顔の半分近くあろうかと思われる大きな瞳の瞳孔を縦長にしながら、こっくりと頷いた。死の魔女の頭部に屈み、臭いを嗅ぎ、舌で舐めた。猫型であっても、アニモフの舌はざらついてはいなかった。 「私を連れて行って下さらない?」 屈みこんだ猫型アニモフは、猫に相応しく、尾をピンと立て、尻を振った。 結局、死の魔女は賭けに負けた。 2 首の無い体がモフトピアで暴れているのを発見したのは、死の魔女とは別の依頼でモフトピアを訪れていたあるロストナンバーである。 少女のような小さな体とゴシック調のドレス、死の書を見たロストナンバーは、それが死の魔女の体であることを理解し、保護した。発見された時、死の魔女の頭部の無い体は、踊るような足取りで何かを求めるように腕を振り回していたという。モフトピアの白い大地に、死の魔女の黒いドレスは鮮やかなコントラストを成していた。 アニモフは死んでも死体が残らないという。もしモフトピアではなかったら、動きまわる死体で溢れているだろうと推測された。 「困りましたねぇ」 ロストレイルの仮設プラットホームで、死の魔女に向かい駅長が語りかけた。駅長といっても、雇われたわけでも仕事をしているわけでもない。駅長っぽい服を拾ったアニモフが、面白がって交代で勤めているのである。従って、中身はアニモフである。 アニモフの中でも、落ちついた人物だと見ていいだろう。アニモフ駅長が向かっている相手には、首から上が無かったのだ。 『困りましたねぇ』と発言したのは駅長だったが、複数の意味が込められている。頭部が無いまま死の魔女を帰すわけにもいかず、出発の時間も迫っているのだ。その上、どうも死の魔女の力が暴走したらしい。アニモフは死体を残さないが、過去にモフトピアに侵入して退治されたモンスターの死体は、モフトピアの柔らかい大地の中に沈んでいる。 二人の周りは、巨大な死の魔女の『お友達』に囲まれていたのである。 捕獲された時には暴れていた死の魔女の胴体は、今は落ち着いていた。ティーカップを持ち上げ、モフトピア特有の甘い飲みものを、口があるだろうと推測される場所まで持ち上げ、傾ける。冷静なのではなく、冷静であろうと努力しているのだ。時おりビクリと体が震えるのは、頭部が別の事件に巻き込まれたのである。 「困りましたねぇ」 アニモフ駅長は巨大な『お友達』を見上げ、同じセリフを繰り返した。 死の魔女の頭部がどこに行ったのか、知る術はなかった。
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