ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
ごぉん、という、鈍い音。 大きな建物が倒壊する轟音、悲鳴、絶叫。 人々が必死で――恐怖と絶望の表情で逃げていく。 ――逃げる傍から、触手めいた不気味な動きで伸びた植物のツタが、彼らを絡め取り捕まえて、あっという間に吸収してしまう。 すべてを吸い尽くされた人々の、衣服ばかりがあちこちに散乱している。 破壊された建物を踏み越えて、彼は大地が震えるほどの激しさで咆哮した。 恐怖の悲鳴が上がり、逃げようとしていた人々が腰を抜かしてその場に転ぶ。 彼はそれをいっそ愛しげに見下ろし、我が身から生えたツタを操って人々を喰らった。 喰らい、破壊するたびに彼は強く、大きくなった。 すでに彼は、都の中心に聳え立つ守護天人の館よりも大きかった。 今の彼は、四足の、白に近い青の体毛、鬣を持つ、どことなく、彼がまだ木行天人のまとめ役であった頃の面影を残した獣だ。 爛々と輝く眼は黄金、長い尾からは次々と植物の種が零れ、あっという間に発芽し、ツタとなって人々を襲う。 ――もう、こうしてどれだけのまちを破壊しただろうか。 どれだけの人間を喰らい、我が身に取り込んだだろうか。 東都領土に施されていた木行魔法陣の力を支配して、彼は都市を壊した。 水の北都を破壊し、土の中央都で喰らい、火の南都で更に力を取り込んで、彼は次なる犠牲を求め進んでゆく。各都に配置された魔法陣の力を得て、彼はますます強くなってゆく。 自分を斃せるものがいるのか、彼には判らない。 木行の彼を切り倒せる相剋の金行と、燃やし尽くすことの出来る相生の火行は、まだ力が弱く、八百年も、木行の最高位として存在している彼には到底敵わないのだ。 足元から人々の悲鳴が聞こえる。 母親を喰らわれて泣き叫ぶ子どもの声が聞こえる。 彼に踏み潰されて事切れた父親の骸にすがって慟哭する家族の声が聞こえる。 我が身を犠牲にしてでも家族を、友人を、大切な誰かを逃がそうとしている健気な人々の姿が見える。 それらもすべて、彼は喰らった。 (ああ、そうだ) 魔物と化した自分を止めるものがいないのならば。 (ならば、すべて、私のものに。そして、すべて、壊してしまおう) 彼は家族が欲しかった。 愛することの意味を知りたかった。 家族になれる、と思い、愛するとはこういうことなのかと判りかけた時、その人をなくした。 ――自分への贄というかたちで。 思い出にはしたくないのに。過去にもしたくないのに。だんだんと、離れていく。忘れていく。ほろほろと、記憶の中からこぼれ、少しずつ遠ざかってゆく。 あの人の顔を、思い出せなくなるのはいつだろうか。 絶望が足元から這い上がってくる。 だから、彼は魔物になったのだ。 絶望に衝き動かされて暴走し、本来対等であるはずの自然を支配して狂気に囚われ、更に激しく暴走し、魔物になった。 (私を滅ぼすものがいないのなら、私がすべてを滅ぼそう、我が身ごと) もはや、彼をここに引き止めるものは誰もいないのだから。 * * * * * 目を開けると見慣れない天井が飛び込んできた。 「……魘されていた」 彼の肩に手をかけ、神楽・プリギエーラが淡々と言う。 青燐は何度か瞬きをしてから起き上がった。 今は、いつも顔を隠している単眼模様の描かれた薄青の布もないため、 「夢は、どうだった?」 「……そうですね、ただ、覚醒してよかった、と」 彼が、にこにこといつものような、穏やかで楽しげな、優しげな笑顔を浮かべたのは、神楽にも見えただろう。それが彼の常ではあるのだが、あまりにも惨い夢の内容と、彼の内面を知っているものが見れば、少々特異な気持ちになったかもしれない。 ――彼が、泣けないからこそこういう夢を見るのだ、と知らなければ、尚更。 「本当に、よかった」 覚醒していなかったら、きっと夢のようになっていたでしょうから。 自分に向かって呟いたつもりだったが、神楽には聞こえていたらしい。 「楽しめない夢を見たようだ」 清々しい香りのするハーブティーを差し出しつつ言うのを、カップを受け取りながら青燐は見遣った。 「……神楽殿は封印の巫子でしたか」 「ああ」 「どのくらいの魔物まで封じられますか?」 「さあ……? 上限を量ったことはないな。一応、神霊クラス担当の巫子ではあるから、荒ぶる神々にも対応は出来ると思う。それが?」 「……いえ」 いつもの笑顔とともに、青燐は首を横に振った。 まだ、どこか夢の中にいるような錯覚があって、いざとなったら自分を止めてもらおうと思ったのか、それとも邪魔になるから早めに排除してしまおうと思ったのか、そのときの青燐には判別がつかなかった。 自分が守りたいのか破壊したいのか、自分が天人なのか魔物なのか、判らなくなりそうだ。 「きみの抱えるものを私は知らないが、何か手伝えることがあるのなら言ってくれ」 「……ええ」 小首を傾げた神楽の言葉に、にこにこと笑いながら頷く。 ――己が魂の奥底にある、自分自身への深い深い絶望を見つめながら。
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