オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1461
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント旅人たちの見る夢は、楽夢か悪夢か、夢が孕むのは出会いか別れか、愛か憎悪か、微笑みか涙か。

あなたの願い、あなたの苦しみ、あなたの想い、あなたの決意、あなたの悲嘆、あなたの覚悟、あなたの祈り、あなたの透徹――それらが紡ぐ未来の物語。

いずれ出会うのか、刻一刻と変わってゆくのか、それすらも定まってはいない、そんなものの欠片を、竜刻のもたらす夢に乗せてお届けします。

なお、付添い人としてNPCの神楽・プリギエーラもしくはゲールハルト・ブルグヴィンケルを同行させることも可能です(悪夢に魘された際には起こさせていただきます)。希望される場合はプレイングにお書きくださいませ。

※ネタ夢も歓迎。

※プレイング期間が恐ろしく短くなっておりますのでご注意くださいませ。


それでは、夢の帳の内側でお会い出来ることを祈って。

参加者
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)ツーリスト その他 23歳 使い魔

ノベル

 ぼんやりと、窓からのぞく空を見つめる。
 ああ、そうか、眠っていたんだ。
 納得し、起き上がると、傍らには『彼女』がいた。
 彼女も転寝をしていたらしい。
 同じく目覚めた彼女と目が合うと、ふわりと優しい笑みが浮かんだ。
 ああいとしいなと素直に思う。
 心から愛していると、護りたいと。
 ――彼の、最初の主だ。
 心の底から愛をささげた唯一のひと。
 だのに、彼は、彼女の声を知らないのだ。顔も名前も、年齢も過去も、どんなひとだったのかも、何も判らないのだ。自分の魂と引き換えてでも護りたいという想いだけはあるのに、それほど愛した主のことを何も覚えてはいないのだ。

 不意に、場面が変わる。

 彼女が眠っている。
 ――花にうずもれた、硝子の棺の中で。
 二度と目覚めないと判っても、彼女はやわらかく、うつくしい。閉ざされた青白い瞼の奥の、あのあかるい色彩の双眸は、いつも彼に微笑みかけ、彼に力をくれたというのに、もうそれが開かれることはないのだ。
 触れたいと願っても、硝子の蓋で彼と主は隔たれ、叶わない。
(なぜ)
 こみ上げる、強い強い、激しい感情。
(なぜ僕は、あなたのことを――自分が最初に仕えた主のことを、何ひとつ覚えていないのですか? 何も覚えていないあなたのことを、なぜこんなにも愛しいと思うのですか?)
 答えるものはない。
 紋章術を施され、決して壊れることのない透明な壁に爪を立てる。爪では足りず、牙も立てる。硬くつめたい感触だけが彼に伝わる。せめてもう一度だけ、そう強く希うのに、声すらも届かない。
(あなたのことを知りたい。声を聞かせてください……その手で触れてください)
 悲痛な別離に身悶え、声なく慟哭しながら、不可視の壁に拳を――そう、拳だ、前脚ではなく――叩きつける。
(どうして、こんな壁なんか)
 この想いを隔てる壁が憎かった。
 壊してやりたいと何度も思ったが、果たせなかった。
 果たせないまま、時間が流れ去って行くことにも気づかぬまま、ただそこにあり続けた。

(僕は、彼女を護る。主が、死してなお、何ものかの辱めを受けぬように)

 彼女の眠りを妨げるものはすべて敵だ。
 彼は、その排除をいとわない。
 ――彼は、彼女の永遠の安息を護る使い魔なのだから。
 そこからの自分を、彼はあまりよく覚えていない。
 否、覚えているが、単調にして単純なる『仕事』は、彼から時間の感覚を奪い、精神を摩耗させたのだ。
 彼は、主のもとへ忍び寄るすべての敵を排除するだけの日々を送った。
 それは獣であったり魔物であったり人間であったりしたが、そのどれもが彼にとっては同じ『倒すべきもの』でしかなかった。
 彼女の墓を冒すものに恐怖と死を。
 彼女の眠りを妨げるものに憎悪と怒りを。
 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

(おまえをはいじょする)

 抑揚のない彼の声、剥き出しの憎悪。
 激しい感情と硝子がぶつかる音。
 ――あれは、あの硝子は、結局なんだったのだろうか?
 打ち鳴らされる、悲壮な音にまぎれて、背後で足音がした。
 その瞬間の激烈な衝撃。
 魔法で攻撃されたのだと理解するのに時間はかからなかった。自分が吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられたのだということも。全身が激痛に落ち込んで、頭の中で真紅の光が明滅する。

(まもらなきゃ)

 這いずり、彼女のもとへ行こうとする彼を、大きな手が掴んで持ち上げた。
 彼女から――彼女の棺から引き剥がされる。

(やめろ……やめてくれ、やめて! 僕を、僕たちを引き離さないでくれ! 僕は護らなきゃ……あのかたを、護らなくちゃ!)

 必死でもがくも果たせず、力尽きてぐったりとなった彼を、大きな手がそっと横たえる。仰向けに倒れて、ぼんやりとそこに立つ人を見上げた。
 見覚えのある顔だ、と思った。

(ああ、あなたは)

 入り組み、錯綜した記憶と意識が告げる。
 厳しい、しかしどこか哀しげな眼差しをしたその老人は、彼の第二の主だ。のちに、魔道具『栄光の鈴』を与え、彼を己がしもべとした。

(ああ……そうだった。僕は)

 彼は『墓守』だった。
 彼女の墓を冒すものたちからそこを護り、そのためにひどく荒ぶって、魔法局に討伐されたのだ。そして、第二の主たる老人に捕縛され、拾われて使い魔となった。

(これは……夢? あの時の?)

 あの時はすぐに意識を失ったはずだった。
 しかし、夢だからなのか、現実には聞いたはずのない声が聞こえてくる。

(レット……強く、純粋で、憐れな子だ。魔物になってまで、その子とともにありたかったのか。そうまで強い想いだったのか)

 それが真実なのかただの夢なのか判らないうちに、彼の意識はふつりと途切れた。

 *

 目覚めると、レイド・グローリーベル・エルスノールは簡素な寝台に横たわっていた。
 ヴォロスの、メイム。
 神託によってさまざまな夢を見せるという不思議の都で、レイドは眠りについたのだった。
「……よく判らない夢だったな」
 起き上がり、息をひとつ吐く。
「そういえば、あの人は僕をレットって呼ぶんだった。なぜなのかな? レイドとレット、そりゃ確かに似てるけどさ」
 愛称、というものでもなさそうだった。
 老人の真意を読めぬまま、覚醒してここにきてしまった。
 帰ったら確かめてみるのもいいかもしれない、そう思いつつ、夢の中で彼が発した言葉が引っかかり、首をかしげる。
「けど……『魔物になってまで』って、どういうことだろ? ……判らないな、あの人の言うことは。昔から、だけどさ」
 忘れてしまった、なにか大切なこと。
 ずきりと痛むこの胸の意味はなんなのだろかと、自らに答えの出ない問いを投げかけつつ、レイドは天蓋をあとにする。

(レット……私はお前が選択を悔いていないことを知っている。この上は、ただ、お前が望むように生き、幸いであるよう祈るだけだ)

 意識の隅に、そんな声が聞こえたような気がしたが、定かではない。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。

レイドさんの根幹に深くかかわる過去を、茫洋とした夢に乗せてお届けいたします。

記録者は、彼の想いと選択を貴び、敬服するとともに、ただレイドさんのこれからが幸いであるよう祈るばかりです。

それでは、どうもありがとうございました。
ご縁と機会がありましたら、また。
公開日時2011-10-23(日) 20:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル