オープニング

▼0世界ターミナル、駅舎(えきしゃ)2階トラベラーズ・カフェにて
 ティリクティアと最後の魔女、それとメルチェット・ナップルシュガーの3人は、トラベラーズ・カフェの卓につきお茶をしている。この間の冒険はどうだったとか、自分たちの故郷の異世界はこうだったとか、他の世界でしてみたいこととか。あるいはロストナンバーの中で誰がかっこいいとか素敵とか、あのひととあのひとは付き合ってるんじゃないかとか。可愛い服が欲しいだとか、リリィさんに仕立ててもらおうだとか、今度一緒にお買い物にいこうよだとか。きゃいきゃいと黄色いはしゃぎ声をあげつつ、3人の乙女は楽しいお茶の時間を過ごしていた。

「そういえばロストレイルの車掌って、あんまりにも謎が多すぎると思わない?」

 紅茶を口にしつつ、ティリクティアがそう切り出した。魔女とメルチェットは互いに顔を見合わせ、ぱちくりと不思議そうな瞬きをした。魔女が切り分けたアップルパイを小皿に移していく手を止めて、メルチェットが問いかける。

「急にどうしたの? ティアちゃん」
「前から気になってたの。私たちはこうやってお菓子を食べたりお茶を飲んだりするけれど、車掌はご飯とか食べるのかしら」

 3人がつくテーブルの上には、パイの他にもたくさんある。ケーキはあらかじめカットされた小さなものが何種類もあり、ショートケーキやモンブランといったスポンジケーキだとか、マドレーヌやマフィンなどのバターケーキもあるし、他にもチーズケーキ、タルト、シュークリームからブラウニーまでとても豊富だ。他にはクッキーもバニラ、ブラックココア、くるみ、チョコチップとその他色々。3人が座るテーブルには、お菓子類が満載だった。それらを見下ろしながら、メルチェットは腕を組んで考え込む。

「そういえば……気に留めたことなんて、なかったですね」
「確かに……彼らが何かを食べたり飲んだりしているところは、見たことがないわね」

 魔女がぼそぼそと呟きながら、クッキーをサクッとかじる。魔女はいつも顔色が悪いし表情も暗いが、ティリクティアとメルチェットはもう「それが彼女の普通」であると理解しているので、とくに心配したり突っ込みをいれたりはしない。

「彼ら……あぁ、そもそも車掌さんは〝彼〟なのか〝彼女〟なのか……? 嗚呼、またひとつ謎が出来て夜が眠れない……」
「車掌の性別……それも気になるわね」

 どこか虚ろな瞳で、遠くを眺めるように視線を泳がせる魔女。ティリクティアはうんうんと頷きながら、魔女の話に耳を傾ける。

「私、車掌の顔も気になるわ。いつも隠れていて見えないけれど、どんな顔をしているのかしら。そもそもなんでみんな同じ格好なのかも不思議だし」
「……言われてみれば気になることばかりですね。でも――」

 メルチェットはフォークの先でパイを軽く突付きながら、首をかしげて言葉をつなげる。

「私は車掌さんのこと、あまり普段から気になっていたりはしなかったわ。冒険に行くときはいつも列車の中でお世話になってるし、何だかそこにいるのが当たり前の存在になってて、とくべつ疑問に思ったりはしなかったの。ティアちゃんや魔女さんは車掌さんに興味を持ったきっかけとか、あったりしたのかしら?」
「私はね――」

 ティリクティアが、テーブルの上についっと身を乗り出してくる。ちちちと手招きをしてくる。それに合わせて、魔女とメルチェットも彼女に顔を近づけた。ティリクティアは少し声のトーンを落として、小声で話を続けていく。

「……ある日、色違いの車掌が会話しているのを見たの。最初珍しいなーとだけ思って見ていたんだけど、そのうちリベルがやってきて……そしたらいつの間にか、色違いの車掌が何人も集まってきたの。一体何人いるのかと思って、びっくりしたわ! それ以来、ずっとずっと、車掌が気になってたのよね」
「ふぅん、色違いの車掌さん……? 私は見たことがないけど、なぜ色分けされているのかしらね……? またひとつ謎が増えたわ……うふふ」

 覇気のない病的な笑みを浮かべる魔女に、2人は苦笑するしかできない。空気を切り替えるように、ティリクティアがたんと手を合わせ、魔女に問いかけた。

「それじゃあ最後の魔女は、何か車掌のことが気になるきっかけはあったの?」
「……車掌さんの謎を知った輩は、一人残らず闇に葬られる」
「え?」

 視線をうつむけながら魔女が暗い声音でそう呟いた。ティリクティアとメルチェットはきょとんとした顔で、互いに視線を交わし合う。少し嫌な汗が、2人の顔ににじんでいた。

「……ど、どういうこと? 最後の魔女」
「カフェでのんびりまったりしている時に、興味深い噂話を聞いたのよ。
〝車掌さんには逆らわない方が良い〟
〝戦っても勝ち目は無い〟
〝車掌さんを敵に回して生き残れた者はいない〟
 ――ってね。
 他にも粗相(そそう)をしでかすと次元の狭間に飛ばされるだの、車掌さん最強伝説だの、物騒な噂は尽きないわ……」

 口端から陰気なオーラを漏らしつつ、魔女がそう語った。ティリクティアが難しそうな表情で考え込みながら、乗り出していた体を引っ込めて椅子に座りなおす。メルチェットも上げていた腰をもとに戻して、静かに言葉を返す。

「車掌さんを敵に回すだなんて……うーん、複雑だわ。せっかく一生懸命にお仕事をしてくれてるのに。――あっ、でももしかしたら、車掌さんのお仕事を邪魔させないために誰かがそんな噂を流してる……とか?」
「……面白い推理ね。仕事の邪魔にならないように、そういった物騒な噂をワザと流しているだなんて。でもそういった噂のおかげで、ターミナルでは大きな争い事や事件もなく、平穏な空気が保たれているのかも知れないわね……」

 魔女はストローごしにメッコールを飲み干し、ふうと大きな溜息をついた。

「そう、力を抑えるのはそれよりも大きな力。しかし、過大すぎる力はやがて身の破滅を招いてしまう。そうなると平和なターミナルが大変な事に……それが私の、いいえ、私たちの最後――?」

 まるで熱に浮かされた調子で、詩のような言葉を魔女は紡ぐ。
 3人は少しだけ沈黙した。魔女は何処かをぼんやりと見つめながら、ぶつぶつと何かをつぶやいている。メルチェットはかたい表情のままストローでジュースをちゅーとすすった。ちら、と横目で隣のティリクティアを見やる。彼女は先ほどから、眉根を寄せたまま腕を組み、目を閉じて何か考えごとをしているようだった。
 ふとティリクティアが、ぱっと弾けるように双眸(そうぼう)を開いた。たっ、とテーブルを軽く両手で叩きながら立ち上がる。ティリクティアは明るい表情で2人を見やると、こんなことを口にした。

「調べましょ!」
「え? ティアちゃん、調べるって」
「……車掌さんのことを、かしら?」
「えぇ、そうよ!」

 問いかけてくる2人に対して、ティリクティアは大きく頷いた。くっ、とかたく指を握りしめながら、やや興奮した様子で皆に提案する。

「気になる噂もたくさんあるし、これはもう興味を持つな、って言うのが無理な話だわ。だったらいっそ、私たちで調べちゃいましょうよ」
「ティアちゃんって、意外と大胆なのね……!」

 ティリクティアよりは1つだけ年上のメルチェットだが、彼女のそうした思い切りのある言動は、自分には真似の出来ない素敵な部分だなと感じた。そんな彼女をうらやましく思う反面、ちょっとかっこいいなーとも思った。彼女は同い年の女の子だけれど、ちょっと胸がきゅんとときめいた。

「だって気になるじゃない? それなら突撃あるのみだわ」
「心がたくましいのね、ティアさん……私とは大違い。ふふ、そうよね私なんて――」
「こらこら最後の魔女、自己嫌悪は禁止よっ」

 言葉にならない音をもごもごと発して、どんよりと沈んだ様子の魔女に、ティリクティアは戯れ半分にぺちんと一発、でこぴんを見舞う。彼女の朗らかな笑みに、魔女は額をさすりながら微笑み返す。

「……ともあれ確かに、あの車掌さんの謎の多さは異常だわ。最後の日を気持ち良く迎える為には、ひとつでも多く謎は取り除いていた方が良い――私も同行させては頂けないかしら? それにこういった無謀な挑戦、私も大好きよ」
「えぇ、もちろんよ。よろしくね」

 ティリクティアがぱっと両手を差し出してくる。魔女は片手を持ち上げ、やんわりと握手した。

「ティアちゃん、私も一緒に行きたいわ。何だかとても面白そうだもの」
「メルもありがとう、歓迎するわ」

 2人は両手をぐむっと握り合い、ぶんぶんと元気良く握手をする。そんな2人のやり取りを眺めながら、魔女はこくこくと納得したように頷く。

「貴女のおかげで、今まで不明瞭だった車掌さんの秘密にせまる事が出来るかもしれない……。もうね、あの車掌さんの謎の多さには本当にウンザリしていて夜も眠れなかったのよ。これで心置きなく安眠出来るようになるかも……」
「ふふ、どんな秘密を発見できるのか、今から楽しみね。さぁ、それじゃあ早速、作戦会議よ! 最後の魔女にメルは、どうやって車掌のことを調べていく?」

 ティリクティアは意気揚々と懐からペンとメモ帳を取り出し、2人に促した。

「調べるとしたら色んな方法がありますよね」
「そうね……人に聞く、観察してみる、本人に直接コンタクト、襲う……色々あるわ」
「お、襲うって魔女さんたら。あなたもティアちゃんに負けじと大胆なのね」
「うふふ。いずれにせよ、相手が相手だけに慎重な行動を心掛けないとね……」
「えぇ、そうですね。くすくす」

 魔女は微笑むが、不健康そうな面持ちから作られたその笑顔は、何だか誰かを呪うような狂気的笑みに見えなくもなかった。でもそんな笑顔ももう慣れたものなので、メルチェットも彼女と一緒にころころと笑いあう。

「うんうん、そんな調べ方もいいわね。あとはどんなのがあるかしら」
「ティアちゃん、私考えたんだけれどね――」
「――うん、それもいいわね! 最後の魔女はどう思う?」
「えぇ、問題はないと思う。ただ――」
「――あ、そうですよね。じゃあそれはどうやって調べたらいいのかな……」
「ならメル、こんなのはどう? うんとね――」
「あ、それなら大丈夫かもしれないですね。さすがティアちゃんだわ」
「いい案かもしれないわ……えぇ、とても」

 そうして3人の秘密会議は盛り上がる。あまりのはしゃぎように、カフェの前を通り過ぎるロストナンバーたちが不思議そうな視線を送っていたり、そのうち店員さんに注意されたりもした。
 ともあれ作戦会議は滞りなく進み――ついに車掌さん調査の決行日を迎えたのだった。


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!注意!
この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。

<参加予定者>
ティリクティア(curp9866)
最後の魔女(crpm1753)
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品目企画シナリオ 管理番号1307
クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
クリエイターコメント【シナリオ傾向キーワード】
調査、探索、どたばた、コメディ、ライト寄り

【大まかなプレイング方針】
・車掌さんにまつわる謎、どんなものがありそう?(仮説やあらぬ噂など、でっち上げも可)
・噂に関係なく、気になることとかはある? どんなことを調べようか?(車掌さんはご飯食べるのかな、とか)
・どうやってそれを調べる? 人に聞いたり観察したり餌付けしてみたり……。

【シナリオ概要】
・車掌さんにまつわるいろんなことを調べるシナリオです。面白おかしく進行する予定です。
・あまり調査のマナーが悪いと、リベル司書からお叱りを受けるかもしれません。車掌さんに怒られるかもしれません。でもそうなるのも一興?

【補足】
・参加人数が2名ということも考慮しまして、夢望ここるWRが担当するNPCメルチェット・ナップルシュガーがちょこんと同行させていただきます。彼女に対するプレイングがない限りは、たぶん静かにしていると思いますが、何かプレイング材料になりそうであればご活用くださいませ。

【挨拶】
 今日和、夢望ここるです。ぺこり。
 この度はオファー、ありがとうございます! 頑張りますので、よしなにお願いいたしますね。
 ということで、今回はロストレイルのアイドル(?)、車掌さんについて色々と調べるシナリオです。この調査で車掌さんに隠された秘密が明らかになる……かも?
 プレイング期間、製作期間、ともにやや長めに設けてあります。ですが、時間があるからとうっかり忘れて白紙で提出してしまわないよう、ご注意くださいませね。せっかくの企画シナリオですし!
 それでは調査開始ですっ。あ、尾行調査の際はサングラスとマスクをお忘れなく(笑)

参加者
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
最後の魔女(crpm1753)ツーリスト 女 15歳 魔女

ノベル

▼0世界ターミナル、駅舎(※)にて
 ロストレイルの発着場には、今日も多くのロストナンバーの姿がある。冒険に向かう者、冒険から帰ってきた者など様々だ。けれどそんな中で、あからさまに変わった行動をしている三人娘が一組いた。

「ターゲットを確認よ」

 柱の影からティリクティアがひょっこりと頭を出した。何処からか調達してきた黒のサングラスとマスクをつけて、怪しいことこの上ない。
 彼女の視線の先には車掌の姿がある。停車しているロストレイル車両の付近で、発車時刻や行き先を事務的に告げている。

「……絶大過ぎる力を持つ車掌さんは、そのうちターミナルを……いえ、世界全体を滅ぼしかねない。その正体が伝説の邪竜・イルルヤンカシュであることを、私は突き止めてみせる……。困難な道のりであっても、最後には必ず……!」

 どんよりと暗いオーラを背負いながら、最後の魔女がティリクティアの上あたりから顔を覗かせた。手にはあんぱんと牛乳ビンを持ち、長期戦も覚悟のうえらしい。彼女もまた、ティリクティアと同じようにサングラスとマスクを着用済みである。

「……ティアちゃん、魔女さん。これって逆に目立ってると思うわ」

 少し戸惑いがちな様子で、メルチェットも顔を出した。位置はティリクティアの下あたり。
 メルチェットは、フードにサングラスにマスクと完全装備で顔が見えなくなっている。やや暑苦しそうにマスクを引っ張った。

「外してはいけないわ、メルチェットさん。尾行の基本は気配を消すこと。そして顔を見られないこと。マスクとサングラスは、今回の調査に必須なアイテムなのよ」
「……そ、そうかしら」

 魔女の言葉には自信が満ちている。メルチェットにそう忠告しながらも、視線は車掌の一挙一動に固定して、そのままあんぱんをかじる。
 柱の影から、そうして車掌の仕事を見守ること、数時間――。

「車掌って、ずっとお仕事してるのね」
「そうみたい。……底なしの体力の持ち主、やはり邪竜である可能性が濃厚だわ」

 足がくたくたに疲れたので、三人娘はちゃっかりホームのベンチに腰掛け、ゆったりと車掌の行動を観察していた。でもサングラスとマスクはつけたままだ。
 あとメルチェットは貧血か何かで気分が優れないらしく、ティリクティアに膝枕をしてもらい、大人しくしている。
 ティリクティアは魔女からもらった牛乳ビンを傾けつつ、ホームに多く居る車掌たちの様子を観察し続けていた。
 ふと、ある車掌の変わった動きが目に入る。発車時以外は常に車両のそばから離れず、ひたすらに業務をこなしていた車掌。そのうちの一人が、ホームを離れて奥の方に歩いていった。

「ターゲットに変わった動き有り。二人とも、追跡よ!」
「承知したわ」

 ティリクティアと魔女が立ち上がり、すぐさま走り出して車掌を追いかけていく。覇気のないメルチェットは、勢いのあるティリクティアにフードをつかまれ、風に煽られる洗濯物のように引っ張られている。
 その車掌はホームのはずれにあった突き当たりの壁を曲がって、奥の通路に姿を消してしまった。ここで見失っては尾行が無駄になると、二人は走る速度を無理にでも上げた。足元から土煙を噴き上げかねない勢いでブレーキをかけ、突き当たりの壁の前で止まる。

「あれ? 車掌は?」
「……いないわね」

 二人は周囲を見回した。車掌に追いついたはずだった。けれど姿が見えない。突き当たった壁の左右には、ちょっとした空間があるのみ。置かれているのも細々とした道具であるとか掃除用具のようなものだけで、扉もなく、ひとが隠れられるような物も存在しなかった。車掌は消えてしまったのだ。
 結局、この後も他の車掌の尾行を続けた三人だけれど、どこかへ消えてしまう車掌たちの行く先を突き止めることは出来なかった。

 内容:尾行調査
 結果:失敗


▼世界図書館にて
 その後三人はターミナルで聞き込み調査をしていたのが、全く成果は上げられなかった。眉唾ものの話しか聞くことができなかったのだ。
 そこでふと気付きやってきたのは、冒険でもお世話になっている世界図書館。そこの一角に、三人はいた。

「構いませんよ」

 世界司書のリベル・セヴァンをつかまえて、車掌について質問をしたいと訊ねたところ、すんなりと受け入れてくれた。

「わ、ほんと? ありがとうリベル!」
「……言ってみるものね」

 ティリクティアがリベルの手を取ってはしゃぐ中、魔女は瞳をぱちくりとさせて意外そうな表情をする。まさか教えてもらえるとは思わなかったのだ。
 そんな魔女を差し置いて、ティリクティアが矢継ぎ早に質問をする。

「ねぇ、車掌はご飯って食べているの?」
「食べないと思いますよ。必要ないでしょうから」
「必要ない? どういうこと?」
「言葉のままの意味です」
「……活動に食物の摂取が必須条件ではないということ……?」

 問答をする二人の横で、魔女が推理をするようにぶつぶつと呟く。ちなみにメルチェットは疲れた様子で魔女に寄りかかっており、あまり元気がない様子だ。ティリクティアが質問を続ける。

「車掌の顔ってどんな顔をしてるの?」
「仮面の下ですか? 見たことがありません」
「リベルも見たことがないのね。……車掌はどうしてみんな同じ格好なの? 服の色違いに意味はあるの?」
「同じ姿なのは、車掌であるとすぐ分かるようにです。色違いは、特に意味はないようですね」
「それじゃあ次は、アカシャについての役割も聞きたいわ。どうして車掌の頭にはアカシャがいるの?」
「ロストレイルの運行情報は、正確にはアカシャを通じて得ています。あれはアーカイヴにつながっている情報端末のようなものですから。加えて、車掌の身を守る役割もあります」
「そうなんだ……。ところで車掌はロストメモリーなの?」
「少し微妙なところですね。異世界から来たわけではないので、そう呼べるかどうか……どちらかといえばセクタンに近い存在です」
「セクタンに近いの? 意外だわ……!」

 ティリクティアは目をきらきらさせ、興奮した様子でリベルの言葉に耳を傾けていた。

「……ねぇ」

 ふと、魔女がリベルに顔を寄せてくる。その声音には狂気染みた黒さがにじんでいる。

「車掌の本当の正体、隠しているんだろうけど私には分かるの。あれは伝説の邪竜・イルルヤンカシュ。そうなんでしょう?」
「……言っていることが分かりかねますが」

 リベルは僅かに眉根を寄せて、怪訝そうに返した。

 内容:リベルに聞き込み調査
 結果:成功!


▼再び駅舎にて
「色んなことが分かったけれど……私、どうしても車掌の顔がどうなってるのか気になるの」

 駅舎にはまた三人娘の姿があった。また柱の影からひょこんと顔を出すのはティリクティアだ。続いて魔女、メルチェットも顔を覗かせる。

「……まぁ、気にはなるかもね」
「それで、どうして私たちはこんな格好してるの?」

 体調が回復したメルチェットが訊ねる。三人は清掃用のつなぎを着て、手にはバケツとモップを持っている。
 ティリクティアは、相変わらず仕事を続けている車掌たちを見ながら、拳をくっと握って答えた。

「間違ったふりをして車掌に水をかけて、濡れた服を着替えさせよう作戦よ! 清掃員の格好をしてるのはカモフラージュ。これなら、水の入ったバケツを持っていても不自然じゃないもの――というわけで、早速作戦開始よ!」

 ともあれ三人は、自発的に駅舎の掃除をするふりをして、車掌たちの行動を伺う。そして比較的孤立した場所で仕事をしている車掌ひとりに目をつけると、モップを動かしながらそろりそろりと近づいていく。三人で囲むような位置取りをする。

「あ、ごめんなさい手が滑っちゃった!」
「……私も」
「あ、えーと。メルチェも」

 ちょっと棒読みな台詞を挟んだ後、バケツの中の水を車掌へ盛大にぶちまけた。帽子のつばの先から雫が滴る(※)ほどにまでびしょびしょに濡れた車掌の言動を、三人は黙って伺った。

「……もう一度繰り返します。3番線に停車中のロストレイル5号機は――」
「ヴォロス行き! ヴォロス行き!」
「――ヴォロス方面行きです。現在車両点検を行っています。発車までもうしばらくお待ちください」

 ぱたぱたと機械仕掛けの羽根を動かすアカシャからのサポートを挟みつつ、車掌はあくまで平然と通常の業務を行うだけだった。

「無頓着ね」
「えー、着替えてくれないの? せっかく期待したのに!」

 冷静につぶやく魔女の横で、ティリクティアは唇を尖らせる。

「……あのままで風邪、引いちゃったりしないのかしら。食事もいらないって言ってたし、何だかロボットみたいですね。……ティアちゃん、今度は何してるの?」

 濡れたまま仕事を続ける車掌を、メルチェットはぽかんと眺めていた。すると横で何やら、ティリクティアが柱の陰に隠しておいたバッグから、何かを取り出している。金属製のお洒落な缶だ。それがいくつも。

「ティアちゃん、それは?」
「お菓子の詰め合わせよ。こうなったらもう、大量のお菓子と引き換えにお顔を見せてをお願いするしかないもの」
「そうよ。これぞ必殺・餌付け作戦……」

 魔女はどこからか、大きな酒樽(※)の乗った台車をごろごろと押してきた。

「魔女はお酒を持ってきたのね。車掌は飲んでくれるかしら?」
「大丈夫よ。邪竜の化身は酒が好物……酒を飲ませて、酔っぱらった所を討ち取るのよ」
「ふ、二人とも準備がいいんですね」

 メルチェットは少しあきれがちに微笑んだ。
 ともあれ二人はお菓子と酒樽を土産に、先ほどの車掌へと接近する。

「ねぇ、お願いがあるの。このお菓子全部あげるから、帽子の下の顔を見せてくれない?」
「さぁ、お酒よ。幾らでも飲みなさい。供物(※)――じゃなかった、日頃からの感謝の気持ちよ」

 ついっと差し出されるお菓子の箱と酒樽。車掌は交互にそれらを見た後、逡巡(※)した様子もなく淡々と答えた。

「飲食物は要りません。顔はお見せできません」

 最低限のことだけを口にすると、車掌は別の場所へと歩を進め、再び業務へと戻っていってしまった。

 内容:びしょ濡れ作戦
 結果:失敗

 内容:餌付け作戦
 結果:失敗


▼引き続き駅舎にて
「もうこれ以上、できることはないかしら。これでおしまいかな」
「いいえ、まだあるわ。最後にまだ一つ、確かめていないことがある……」

 一旦は駅舎を後にしたものの、そんなやり取りをしてから三人はまた駅舎に戻ってきていた。服はもういつもの私服に着替えている。

「車掌が邪竜の化身ならば、倒すのは正体を隠している今しかない……」

 戦闘意欲が高まっている証拠なのか、魔女のトラベルギア『最後の鍵』が手の中に具現化される。一見は武器と見まごうほどに大きくて無骨なそれは、鍵というよりも鈍器にも見える。それを手に、ゆらりと体をよろめかせながら、魔女の足はふらふらと駅舎へと向かう。二人はその横に着いてきて、心配そうに魔女を見つめて止めるように言う。

「いえ、止めないで二人とも。これは私の問題……私が真の最後を迎えるために必要な通過儀礼なの……」

 二人は、黙って視線を交わし合い「まーた始まっちゃった」という様子で肩をすくめる。こうなってしまえば、もう魔女は突っ走ってしまうのだ。その名前の通り、最後まで。
 幸か不幸か、駅舎にひと気はない。稼動している車両もなく、しばらくは発車の予定も到着の予定もないようだった。

「今が戦うとき……ターミナルの平和のために……!」

 離れた柱の影でティリクティアとメルチェットが見守る中、ぽつんと独りホームに突っ立っている車掌に、魔女はギアを突きつける。

「邪竜イルルヤンカシュの化身であるなら、正体を見せなさい。今すぐに」
「……」

 車掌はそっぽを向いたまま微動だにしない。魔女は舌打ちをすると、鍵を振り被り、車掌の頭上へと打ち下ろす。
 その時、車掌の頭上にいるアカシャが、ぎゅるんと顔を向けた。つぶらな瞳が赤色に輝いていた。あんぐりと口が開いた。そこから鋭い光が閃いた。振り下ろされていた魔女のギアに命中する。魔女の手元からギアが吹っ飛んだ。魔女も体を吹き飛ばされた。そのままホームの床を滑るように転ぶ。

「く、さすがは伝説の邪竜……」
「ねぇ魔女、もうやめましょう! 怪我しちゃうわ」

 ティリクティアが柱の影から身を乗り出し、悲鳴のように叫ぶ。でも魔女はふらりと立ち上がり、車掌を睨みつける。
 するとその横で、まるで微かな物音を探るように耳元へ手を当てていたメルチェットが、ティリクティアの服の裾を引っ張った。

「……ねぇティアちゃん。これ何の音かしら?」
「え?」

 甲高い音の連なりが聞こえてくる。段々と大きくなってくる。音は鳴き声に近くなった。まるで鳥の鳴き声だ。それが無数に重なり合っているようだ。二人は周囲を見渡す。音の出所を探る。
 気が付いた。駅舎内に伸びる線路の、奥にあるトンネルのひとつ。穴の中は暗くて何も見えない。その暗がりの向こうで赤い光が灯る。1つや2つではない。数え切れないくらいに無数の赤い光。それがトンネルの中から飛び出してくる。目を赤く爛々(※)と怪しく光らせた、アカシャの群れが飛び出してくる。

「な、何なのあれ……!」
「きゃあ! ティ、ティ、ティアちゃん逃げましょう!」

 トンネルから飛び出て殺到してくる無数のアカシャたち。その勢いはまるで、あふれ出して止まらない濁流のよう。しかも口から光線を放ってきたり、翼から羽根を散弾のようにばら撒いてくる。
 ティリクティアとメルチェットは、攻撃を避けるため中腰になって、アカシャの群れから逃げようと走る。

「ほら、魔女さんも早く! 危ないわ!」
「けどまだ邪竜の討伐が……」
「そんなのいいから早く逃げるのよ、魔女!」

 未だ戦おうとする魔女の腕を、二人が乱暴に引っつかむ。そのまま魔女を引きずるようにして逃げていく。刃物のように尖った羽根がちくちくと背後に突き刺さる。火傷しそうなくらいに熱い光線が服の裾を焼き焦がす。
 三人は必死で逃げた。いつしか駅舎を抜け出して、気が付いた頃にはもう、背後から迫るアカシャの群れは一匹も見当たらなくなっていた。

「はぁ……びっくりしたわ。あれがリベルの言ってた〝車掌の身を守る役割〟のことなのかしら」
「ティ、ティアちゃん、後ろに羽根がいっぱい刺さってるっ」
「でもメル、あなたのケープにもたくさん刺さって、まるでサボテンみたいよ!」
「きゃ、ほんとだわ。あ、魔女さんもほら、取ってあげるからじっとして」

 衣服にくっついて肌をちくりと刺してくる翼の散弾を、協力して引っこ抜いてゆく。そんな中、魔女は顎(※)に手をあて、難しそうな表情をしていた。

「……魔女、どうしたの? さっきから全然喋らないじゃない。そんなに怖かったの?」
「やっぱり、やめておいた方が良かったんですよ。ね、魔女さん?」
「……大丈夫。気にしないで……」

 ともあれ、もうくたくたに疲れてしまった三人娘は、それぞれ家路につくことにした。


▼数日後、駅舎2階のカフェにて
「ねぇ、ティリクティア! 車掌さんのこと何か分かった?」
「メルチェさんも一緒だったんでしょう? ねぇ、教えてメルチェさん」

 カフェでゆったりとお茶をしていた三人娘のところへ、知り合いのロストナンバーがどかどかとやってくる。興味津々といった様子で体を乗り出し、車掌のことを訊きにくる。

「なぁ、魔女! 車掌とやり合ったとかマジか? どんなだったんだよ?」
「その話、本当なのか。どれだけの手の者なのか、興味があるな」
「だったらおまえも仕掛けてみれば? あはは」
「……やめておいたほうがいいわよ」

 勝手にはしゃいでいる知り合いたちへ、魔女が相変わらずの暗い声音で、けれどはっきりとした声で言った。

「彼らは彼らの役目があって、休むことなく懸命に、仕事に従事しているの……。あなた達だって、すべきことの邪魔をされたら嫌でしょう」
「まぁ、そりゃそうだけど。それより車掌の実力ってどうだったのさ」
「気になるなら、自分で確かめてみれば?」

 魔女はティーカップを傾けて、紅茶をひとくち堪能した。そしてにやりと怪しく笑い、向こう見ずに問いかけてくるロストナンバーに言い放った。

「でもそしたら、それがあなたの〝最後〟になるでしょうね……くくく、あははっ」

 肩を揺らし、いつもより愉快に笑う魔女。けどその笑い声は、相手を呪い殺して喜んでいるような、狂気染みた笑いにしか聞こえなかった。
 ティリクティアとメルチェットは、無理にすました顔をしたまま知らんぷりし、黙ってティーを傾けることしかできなかった。

 *

 今日もまた、車掌たちは休みなく働いている。ロストレイル運行のために、彼らは忙しなく動き続ける。
 それをサポートするのは、頭の上に乗っているアカシャだ。時折、翼をばさばさと羽ばたかせながら、車掌に最新の運行情報を提供する。

「0世界への到着を確認! ロストレイル9号機! 9号機!」
「――6番線に、ロストレイル9号機が到着いたします。黄色の線より内側に下がってお待ちください」

 それぞれのロストナンバーたちにもすべきことがあるように、彼らにも使命があるのだ。
 彼らは働く。一途に働く。それこそが存在する意味だから。

<車掌たちの仕事は、これからも続く>

クリエイターコメント【あとがき】
 まずは、遅刻をしてしまって申し訳ありませんでした……っ!(へこへこ) 少しきつめの体調不良になってしまいまして。あわわ、本当にすみません……!

 ともあれ遅れてしまいましたが、企画シナリオ『ロストナンバーは見た! 0世界の不思議調査隊~ターゲット:車掌の巻~』をお送りいたしました。
「書誌閲覧」のコーナーに各種設定は記載されているものの、それ以外のことも気になっちゃうのは、ちょっとしたサガですよね。別に、何か公式シナリオに関わるようなものでなくっても、知りたくなっちゃうもの。
 今回は「車掌」ということで、調査の結果、判明したことも色々。逆に新しい疑問も色々?
 けれど『謎』というものは、そーゆーものなのかもしれません。闇の奥につながる鎖を引っ張ってきても、鎖は途切れることがなくって……なんて。
 最後は少しホラーチックになっちゃいましたが、いつもとは違う専用OPとも合わせますと、全体ではそれなりの文字数のボリュームとなっているはず。これらが皆さまのお好みに合えば、嬉しく思いますー。
 この度はオファーをくださり、ありがとうございました!
 それでは、夢望ここるでした。ぺこり。これからも良い旅をー!(ぶんぶん)


【『教えて、メルチェさん!』のコーナー】
「こほん。
 皆さん今日和。メルチェット・ナップルシュガーですよ。
 ティアちゃん、魔女さん、今回はご一緒させてくれてありがとう! 私は疲れちゃって休んでただけになっちゃったわね……でもとっても楽しかったわ。ちょっぴり怖いめにもあったけど……。また一緒に遊びましょうね。
 さ、それじゃあ今回も私と一緒に、漢字の読みかたをお勉強しましょ。……解説が抜けているものがあったら、ごめんなさいね。

▼駅舎:えきしゃ
▼滴る:したたる
▼酒樽:さかだる
▼供物:くもつ
▼逡巡:しゅんじゅん
▼爛々:らんらん
▼顎:あご

 皆さんはいくつ読めましたか? もちろんメルチェは大人ですから、これくらいは当然です(きぱ)」
公開日時2011-07-18(月) 15:40

 

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