マキシマム・トレインウォーの後、ナラゴニアで行われた会談などを通じて、今後はターミナルとナラゴニアの住民が交流をもち、両者の融和を進めていくこととなった。 その一環として、ナラゴニアの住人によるターミナルの観光を行いたい、という申し出があったのは、両者の新たな出発を記念する「0世界大祭」の前後のことであった。 ナラゴニア暫定政権の指導者の一人、ノラ・エベッセは、住人たちの中から希望者を募ったのだという。 そして、かれらに、ターミナルを観光させてやってほしいというのだ。 現在、許可があればナラゴニアの住人もターミナルに立ち入ることはできる。しかし、自由に動き回るには不案内であろう。まして、先方から観光させてやってくれと言われているのであるから、誰かが案内するしかない。 その役回りは、世界司書を通じて、ロストナンバーの誰かに回ってくるのであった。 どこへ行くかはアイデア次第。むろん誰かのプライベートな領域は不可能だが、公開されている場所ならどこに立ち寄ってもよい。 ただ、この“ツアー客”たちにはそれぞれ希望もあるだろうから、なるべく希望をかなえてあげられるほうがよいだろう。 案内役を任されたロストナンバーたちは、あれこれ知恵を絞りはじめた。 ☆ ☆ ☆「ぐろー、すごいぐろー」「ほんとたけー」 案内するようにと頼まれたのは二頭身の、ぬいぐるみのクマのような可愛らしい見た目に反しておなかはぱっくりと割れてリアル内臓もろだしのグロ太郎。その横には同じく二頭身のタケノコに手足の生えた見た目のタケたんが一緒にいる。 そんな二匹の体には「たーみなるをちょうさして、ナラゴニアにせんでんします」と書かれたタスキ。一応、彼らは仕事のつもりで来ているらしい。 二匹は比較的にターミナルに対して恐怖も反感もないらしく、訪れた地に素直に感動している。「ぐろー。グロ太郎、男として、やっぱり戦いが好きグロ。グロ拳の特訓の出来る場所とか知りたいグロ!」「タケたん、人がいっぱいのところをみたいタケ! ナラゴニアも人はいっぱいタケ。だから、街のお店、どんなのあるタケ? みんなに宣伝するタケ! おいしい料理や飾り物、娯楽がある店を知りたいタケ!」 きゃきゃと騒いでいた二匹は各々、注文したあと、ふっと口ごもった。「あと、気になっていたグロ。こっちにはちぇんばーっていうのがあるグロ? グロたちのところ、なかったから知りたいグロ。それと」「あと、あとあとタケ静かで、落ちついた場所はないタケ?」 二匹の言葉にロストナンバーたちは小首を傾げた。 ナラゴニアにはチェンバーの技術がないので、興味を持つのは納得するが、彼らはどうもそれだけではないようだ。「実は、こいつを、ターミナルのどこかに離してやりたいグロ。静かで、誰かに襲われたり、囚われることがないところに」 グロ太郎が取り出したのは小さな鳥籠のなかに入った七色……孔雀のような翅を持った蝶だった。不思議なことに、その蝶の胴は何重にも巻いたリボンで覆われていた。そしてひらひらと飛ぶたびに色が鮮やかに変わる。「これ、実は、侵略計画中に死んだある女の子のものグロ。その子自身も蟲だったグロ。けど……作戦中、羽化しようとして失敗したグロ」「その女の子の飼い主が、その子のためだけ作った蝶タケ。その飼い主も死んだタケ、女の子が言っていたタケ」 どんな形でもいいの。もし争わなくていいなら、この蝶を幸せにしてあげて。 私には、出来ないけど、大丈夫、世界図書館の人たちは、優しい人たちがいっぱいいると信じてあげて。「この蝶の粉がかかると不安とか悲しい気持ち、なくなるタケ」「この蝶が怪我したところ吸うと怪我がなおるグロ」 二匹はそこで頷きあった。「平和になったタケ。この蝶はもう悲しいのも、不安なのも、怪我もなおさなくていいタケ。自由になって、幸せになるべきタケ」「世界図書館の人たちなら、この蝶をおいておくいい場所を知ってるかもしれないと思ったグロ。提案だけでもいいグロ、今日はターミナルのいいところいっぱい見てみんなに教えるのと、こいつの居場所を見に来たのもあるグロ」 籠が開くと美しい蝶はひらひらと飛び出した。
「くっくっくっ……ここで会ったが100年目。終焉を味わうが良い!」 最後の魔女がどこかのゲームかアニメに登場する真のラスボスチックな笑みを浮かべてたけたんととグロ太郎を見下ろす。効果音がつくとしたら「ずごごごごこおぉぉぉ!」と聞こえてきそうだ。それほどに凶悪かつ魔女らしい笑顔だ。しかし、二匹はぽかーんと見つめ 「はぐされてた女たけ」 「雨のなか捨てられた犬みたいな顔した女ぐろ」 「!!」 ぎくぅ。 さる昔、二匹と最後の魔女は対決し、殴り合い、罵りあい、ハグされあい、逃げまどい、高笑い、果ては友情のクロスカウンターはしてないが、浅からぬ縁がある。 「あのときのこと覚えられてるねぇ」 「り、リーリスさん、あなた」 リーリス・キャロンは完全な天使スマイルを浮かべている。あのときから協力しあう仲の二人だが、なんとなく私、この人に利用されている気がするの(ばい・最後の魔女)……という微妙な関係である。 「うふ。リーリスのこと覚えてる?」 「覚えてるたけ」 「魔王やってたぐろ」 「えー、なんのことー? リーリス、魔王なんかじゃないよ。もう、ひどーい。こんなかわいいリーリスを捕まえて!」 某運動会のときのことは秘密。リーリスは魅了の力を最大限に発揮する。 が 「なんか見つめて恥ずかしいたけ。あとたけたんロボだから、魔法関係は効かないたけよ?」 「ぐろ太郎もぬいぐるみだから効かないグロ」 「……!」 なんてこと! 私の魅了が効かない……おのれ、塵族……じゃない、たけのこととぐろぬいぐるみ! 心穏やかではないリーリスの横ではジャック・ハートが頭をかいた。 「ハッ、ちびのたけのことぬいぐるみじゃねぇかよ」 「ぐろー、お前は、スケスケ大王」 「すけすけにしちゃうたけ」 「誰がすけすけ大王だァ!」 「お前、すけすけにするって言ってたたけ」 「みえみえって言ってたグロ!」 「あれはなァ! ……おい、リーリス、魔女、てめぇらなんだ、その顔は!」 「すけすけだって、やだぁー」 「ジャックさん、今まであなたのことを信頼していたけど、まさか、私の鎧をスケスケに? 貴方に究極の恐怖に満ちた最後を用意する必要があるようね!」 「オイ、こら、待て! 鍵を投げるんじゃネェ! バリアがはれねぇ!」 「ふ、ふはははは! 最後よ!」 「グロ太郎、たけたん、二人とも危ないから下がっていよーねー」 「ぐろー」 「仲間割れはいつの世も悲しいものたけ」 しばらくお待ちください。(最後の魔女さまによる、ジャック・ハートへの終焉発動中) 「誤解だったのね、だったらはじめからそう言ってちょうだい、ジャックさん」 「俺ァ、はじめからそう言ってるだろうがァ!」 ジャック・ハート(24歳)、夢は故郷に戻ることと語る彼は一瞬、本当にこれで終わりかと思った。 まさか戦場で死ぬのでも、仲間をかばって死ぬのでも、もてすぎて修羅場になったわけでもなく、スケスケ大王の名を冠した死だったとは……全力否定する! 「あ、終わった?」 リーリスは、グロ太郎、たけたんとトラベラーズ・カフェで紅茶にケーキを食べてのんびりと待っていた。 「美形店員や面白店員いっぱいのクリパレやエウレカ、みんなが出発前にお茶するトラベラーズ・カフェがあるのよ」 と御誘いして、ちゃっかり一人でお接待をしていたのだ。 「リーリスさん、さすがね。一人で先に接待をはじめているなんて」 最後の魔女が唇を吊り上げて笑う。 「んふふ。どんなときもお客様を大切にしなくちゃいけないじゃない? それにいろいろと御話できたもの」 カフェでリーリスはぐろ太郎とたけたんと話した。 泳ぐように飛ぶ孔雀蝶は光を受けて色彩を変え、それはそれは美しく優雅だ。この子を自由にしてあげたいという二匹の気持ちは話を聞いて本物だと理解した。 「タケたんとグロ太郎は良い子ね」 二人の頭をリーリスは優しく撫でた。 「ナラゴニアと図書館は1つになった。それは2つが本質的には変わらない証明でもあるの。チェンバーに放つのは籠を大きくしたのと変わらない、塵族を信じすぎてはいけないし、ナラゴニアにないものが図書館にあると思ってはいけないの。守られるというのはね、誰も手を出せない、隔離と変わらないんだよ。誰とも触れ合わない事は、本当にこの子の幸せになるのかな?」 蝶はふわふわと飛び続ける。 「襲われにくい場所の心当たりはあるよ。レディ・カリスが管理する赤の城や海と砂浜のチェンバー。でも絶対守れるとも悪用されないともリーリスは言いきれない。ここに置いていくということは、この子の危機にキミたちが間に合わないということでもあるんだよ」 自由とはなんだろう。幸せとは。 たった一匹の蝶に託された気持ちはなんだろう? 不幸だった女に、たった一つだけ男が与えたのは懺悔? 希望? 憎悪? そんなものはない。ただ蝶はここに存るだけ。 リーリスにはわからない。精神感応は気持ちを読むものであって、過去が見えるものではないから。 「もしこの子の幸せを考えるなら。この子を連れて行く先はモフトピアかインヤンガイが良いと思う。モフトピアではこの子を捕まえようとする子は居ないよ。インヤンガイにはきぃの基になったキサの……娘が居るの。誰かを守るために産みだされた子なら、その子を守るのも幸せだと思う。今から色々店を回るから、最後に2人が決めたことを教えてね」 「ぐろぅ」 「たけ」 「ゆっくり考えていいのよ。異世界に私たちのものを置くことがだめだっていわれたら、リーリスがアリッサに直接お願いしてあげるから」 だから最後に聞かせて、約束ね? リーリスが小指を差し出すと、二匹は考えるように顔を見合わせて小指を出した。 二匹と一人でゆびきりげんまん。 「それで、どうする? 人の記憶を本にするフォーチュン・ブックス、ハンスの勤めてるメランジェ・ブーランジュとか」 リーリスが提案する。 「あら、リーリスさん、あなたが接客したなら、次は私たちじゃないの? そうね、私は」 「バトルならコロッセオ、面白い所ならホストクラブとゲーセンだろ、やっぱり」 最後の魔女の言葉が終わらないうちに提案したのはジャック・ハートだ。 わ、私から最後を奪うですって、こ、この男、なんてことを! 最強ラスボスモードに突入しかける最後の魔女をジャックはあっさりと無視する。 「よし、行くかァ?」 「ばとるー」 「いくたけー」 「っ! 二人とも、私がいいところに」 二匹は小首を傾げる。 「スケスケ大王の提案、おもしろそうぐろ」 「たけー」 「!!」 素直ではない最後の魔女はぐろ太郎やたけたんと仲良くしたいために徹夜で考えたプランが脆くも崩れ去っていく。 ちなみにそのプランの最後には二匹と私はとってもなかよ……そこまで書かれた文は二重線で丁重に消されている。 それほどに初々しい計画が、いま、まさにスケスケ大王ことジャックに奪われようとしている。 「おのれ」 しかも、二匹が嬉しそうなのにジャックに懐いている。私をさしおいて! 腕に抱っこしているですって! (現実「おんぶするぐろー」「たけたんもー」「自分で歩きやがれッ!」「リーリスもしてー」と都合よくたかられているだけなんだけども ああなるのは私のはずだったというのに! 「く、くくくく……! ジャックさん、いい度胸だわ。この私と張り合おうなんて!」 最後の魔女は本気になった。ジャック限定で。 コロッセオにつくとぐろ太郎とたけたんは目を輝かせた。 「おおー、すごい施設ぐろー」 「ってかテメェらのところだってコロッセオみたいな付属施設はあるッて聞いたゼ、俺ァ。人狼公とか好きそうじゃねェか、そぉゆうのがヨ。それとももしかして、そういう施設に医務室が完備してねェのか?」 ジャックとしては今回のチャンスにナラゴニアの情報を引き出すつもりでいるのでさりげなく尋ねる。 「ぐろー、まぁ、あるにはあるぐろ。施設も中々ぐろよ」 「ああいうのは順番待つの大変たけ。クランチがいたころは、自分の部下を優先していたたけー。ターミナルにあるものはナラゴニアにもあるって考えていいたけ」 「力の強さもそうぐろけど、技術者が有る程度の地位はあるぐろなぁ」 「アァ。そんな感じはあったなァ」 以前、ナラゴニアに潜入した際は街中を見てまわるほどの余裕はなかったが、チェンバーの技術がないとすれば街の繁栄のためにも技術職が重んじられるのは当たり前のことだ。 クランチは力もそうだが、技術知識もあったからこそ周りから一目置かれていたのだ。 「せっかくコロッセオに来たンだ、やりたきゃやりゃいいンじゃね? コロッセオが記憶する相手は全部敵として呼び出せるからヨ」 施設説明を終えたジャックの提案にぐろ太郎が反応した。耳と尻尾がぴこんぴこんと高速で動く。 「やりたいぐろー。楽しそうぐろー! 男はやっぱりこっそりと訓練して強くなるぐろ! 対戦できるって、人狼公は言ってたぐろー! スケスケ大王、運動会のときのリベンジぐろ!」 びじっと片手にもろ出し内臓を握ったグロ太郎が宣言する。 「ン? 俺ァパスだ」 「なんでぐろ!」 「闘い始めると効率的に殺りたくなるからナ。無差別に湧いて出る影どもを殺して数を競うッてンならやってもいいゼ」 気のない返事のあと、にっと唇を持ちあげて笑うジャックにぐろ太郎はむーと悩んだ顔をしたあと頷いた。 「いいグロよ! 負けたやつはあとケーキをおごるぐろー」 「ハッ、いいゼ」 「私をさしおいて、仲良くして……おのれ、ジャックさん……!」 「男の人ってああいうの好きだよね」 「そうたけ」 観客席ではジャックにのみ本気モード(隙あれば最後を叩きこむ気満々)な最後の魔女とちゃっかりたけたんを両手に抱っこしているリーリスがにこにこと笑う。 わらわらと、影が現れる。顔はなく、色は黒のみ。形は人間大。糸のついた人形のようにぎくしゃくとした動きだ。 ジャックとぐろ太郎が白い線の前に並ぶと、とたんに影がわっと素早く動きだした。人のように走るもの、四つ足で獣のように駆けるもの、空を飛ぶものまで多彩だ。 「行くゼェ! オラァ!」 ジャックの眸と髪の色が変化し、その手から金色の獅子が駆けていく。 「体内焼かれて生きてける奴ァ居ねェンだヨ……ライトニング!」 俊敏な動きによる連続の攻撃が影たちを確実に屠っていく。 「俺様の勝ちダ! アァン? あっちも中々やるじゃネェか!」 ぐろ太郎はにゅーんともろだしの内臓を片手に、ぶんぶんと大きく振りまわして周囲の敵を撲殺。更に口からバスーカ砲のごとく「内臓弾!」と叫んで内臓をぶち当てる。一体の影にあたると内臓がダムダム弾のように散らばり、さらに周囲の敵を攻撃する。 スピードタイプと威力タイプの競争はだんだんと白熱していく。 「25ォ!」 「25グロ!」 地上にいた全ての影を叩くと空にいる一匹に目を向ける。 「これでしまいだァ!」 ジャックの風の刃が飛ぶ。対するぐろ太郎は飛ぶ技をもたない。 「ぐろー! こうなれば最終奥義! 内臓破裂っ!」 「アァ? って、うお!」 ぐろ太郎は自爆した――。 「内臓破裂は爆発ネタぐろー。自分の半径十メートルぐらいを巻きこんで爆発して、無差別に内臓攻撃するぐろー」 っても、爆発した本人は何事もなかったように復活しているのだが。 「以前から気になっていたけど素晴らしい技だわ」 「ぐろ太郎、強いのね!」 「オイ」 「最後の爆発ですべてを巻き込む……ふふ、あなたの最後、よかったわよ」 「ほんとー!」 「オイ、テメェらぁ」 地の底から響く様な声に全員が振りかえった。そこには内臓爆発に巻き込まれて、見事に血まみれ、肉片まみれのジャックが立っていた。 「俺に言うことはねェのかァ」 「ふ、ジャックさん、あなたの無様な姿が見れて満足よ」 「おじちゃんったら、ほんと、だめだよねぇ」 「てめェらァ!」 「ジャックさんがこのままだと案内が出来ないし。よかったら、そうね、私の知り合いの銭湯オウミに行かない? 先、ノートで連絡したら貸し切りにしてくれるって」 「ほんとうたけー」 「いきたいぐろー! 汗かいたぐろー」 二匹のきらきらの目に囲まれて、密かに最後の魔女は拳を握りしめた。ふ、ふははははは! ジャックさん、見ているかしら! 私こそ、いま、二人と仲良くしているのよ! 二人の可愛らしい姉妹が切り盛りしている銭湯・オウミは戦争中に破壊されてしまった。 しかし。 暇を持て余した某ゲームセンターの魔人が開催したゲームに参加、そこで裏切りと愛の駆引きを経験し、見事に優勝。 清潔・綺麗・和みの三つを取りそろえて再開したのだ。 「特別なお客様だから、貸し切りよ! 楽しんでいってね!」 番台で双子の姉妹の一人が微笑む。 「よーし、さっさと入って、体をきれいにしちまうぜ。おら、こい」 ジャックがたけたんを引っ張る。 「あ、たけたんは」 暖簾をくぐり、脱衣室に入った五分後、どがしゃーんと爆発音。くるくるくるーと入口からたけたんが飛んで戻ってきた。リーリスがキャッチする。 「どうしたのー?」 「セクハラされたたけ」 「セクハラ?」 「たけんたん、一応、人格は女の子ぐろ」 「ジャックさん、許されざるセクハラ! やはり私が直々に最後を」 「あとでみんなでおしおきしましょ? 御風呂はいろー! わーい、リーリス、こんな大きいところ、はじめてよ」 「ぐろ太郎は、男の子だから、男湯ぐろ。けど、この番台の女の子、どこかで見たことあるような……あれ?」 そんなわけで男女に正しく別れて入浴開始。 「お前、内臓モロ出しなのに湯に入れるのか?」 じ、じじぃいいい。 「アァ? ファスナーがあるノかヨォ!」 「いい男のお約束ぐろ!」 「わーい、ひろーい、かしきりー。泳ぐのだめかなぁ? いいよね? 貸し切りもだん。きゃあ」 「せ、背中を流してあげてもいいわよ。たけたん」 「じゃあ、流しっこするたけ?」 「ふ、ふふふふふ。お友達の一歩ね」 で 「ぐろろろろろ~、この椅子のマッサージは効くぐろー」 「てめぇにマッサージの必要性があるのかァ? オイ、湯上りはフルーツジュースだろうがァ」 「ぐろー!」 「御風呂上がりのフルーツジュース! 腰に手をあててぇ、一気! ふっはぁー、おいしぃ」 「ふぅ。この一杯のために生きているのよね」 「おいしいたけ~」 満足してオウミを出た一行はそのままジャックに導かれて、きらきらと輝く店の前に来た。 「ここは?」 最後の魔女が眉根を寄せる。 「俺のバイト先ダ。店長にはもう連絡してンだよ。貸し切りだぜェ」 「……ろめ……何て読むのかしら、これは」 「ろめ?」 「めろん?」 「ホストクラブ?」 そうである。ジャックは戦士として戦う傍らターミナルでは女性たちに甘い夢を与えるホストのお仕事をしているのだ。 《色男たちの挽歌》。 館長にだめだしされること三回ほど。そのたびに美しすぎるフライング土下座とともにギョーザ、マカロンによる誘惑の末に建てたお店。 ちなみに店の入り口には「ホストクラブが出来るまで ~美しきフライング土下座~」なる本が売られている。 店のなかはとても清潔で店長じきじきに案内・システムの説明をしてくれた。 「楽しむアルよー!」 ふかふかのソファに座ると、ふっと店の照明が落された。 そして現れたのはジャック。服装は黒スーツの下に青いシャツ、そして紅色のネクタイ……派手な色合いが、逞しい彼の褐色の肌がよく似合う。 にっと笑う顔から漏れ出すフェロモン。思わず見つめてしまうほどに美しい魅惑の眸。 リーリスはにこにこ。 最後の魔女は奥歯を噛みしめる。 たけたんとぐろ太郎はぽかーんと凝視中。 え、このイケメンすぎる人、だれ?(一同の心の声) 「ロメオたちの挽歌へようこそ……最初の一杯は俺の奢りだ、楽しんでッてくれヨ、ヒャハハハハ」 ああ、ジャックおじちゃんね。 私たちの知るジャックね。 ジャックぐろ たけたけ ずかずかと歩み寄ってくるジャックは、ホストらしくリーリス、最後の魔女、たけたんの手の甲にキスを落して席についた。ぐろ太郎は男なのでそんなサービスはしない。 「すごい店ぐろー」 「本当ね。いろんな意味で心臓に悪いわ。この私ともあろうものがちょっと危なかったわ」 最後の魔女が遠い眼をする。初な彼女にはいろんな意味でハードすぎて内心酸欠状態である。ぐろ太郎の横に、もう片方にはたけたんでホストたちを無意識にガードしていた。いやだって、魅惑のおじさま系、鎖つきドラゴン系(何を狙った!)、眼鏡をかけたイケメン……恐ろしく幅広い人選だ。 「リーリスは楽しいわよ!」 赤い眼を輝かせて、ホストたちにジュースのおかわりをついでもらうリーリス。いやいや、もう順応はやくねえ? なレベルである。 「ここは俺たちが麗しい姫君たちの願いを叶えて対価を貰う場所サ。平和になったンだ、ナラゴニアでこういう遊びを流行らせてもいいンじゃね」 たけたんの横に腰かけて、にぃと笑うジャック。 「リオードルが許すたけか」 「もういっそ、リオードルがやっちまったらもうかるんじゃねェのか。ギャハハハ」 夢の時間は瞬く間に過ぎていく…… 「ふぅ。楽しかったぐろ」 「そうたけ」 「グロ太郎、命を賭けるならメン☆タピは最高だゼ? 命賭けなくても最高だがナ、ヒャヒャヒャ」 「リオードルから聞いたぐろ、いきた」 「だめよ!」 ぴしゃっと最後の魔女が言った。 「あそこはだめよ。私の宿敵がいるの」 ごごごごごおおぉぉぉぉ。またしても効果音がつきそうな迫力で最後の魔女は吐き捨てた。 「いっぱい回ったし、喫茶店にいきましょ? そうだ。おじちゃんがケーキは奢ってくれるのよね? 試合にはぐろ太郎が勝ったんだから。この子をどうするか決めなくちゃ」 孔雀蝶がふわり、ふわりと泳ぐように飛んでいる。 喫茶店ではジャックのおごりで各自好きなものを頼んでくつろいだ。 もちろん、ジャンボパフェ、店で一番高級なケーキ、コーヒー(バケツ)、バケツプリン――お前らぁ! とジャックを軽く怒らせたが気にしない。 「孔雀蝶なァ。公平性があってッてなると、悪ィが館長公邸くらいしか思いつかねェ」 「妖精郷はどうかしら? 今はどうなっているのか良くわからないけれども、少なくとも襲われたり囚われる事はないと思うわ」 最後の魔女は、蝶を見つめて魔女らしくない微笑みを浮かべる。あなたの存在はそこにあるのね。果たせなかった約束……果たされたということかしら? ねぇ。 蝶はふんわりと舞い、ジャック、最後の魔女、リーリスにそれぞれキスを送った。 その粉は不安を消し、触れると怪我を癒す。口づけは言葉を与える。 ありがとう、 あのときの優しさを、ぬくもりも、唄も覚えているから。また信じさせて 今度は あなたたちが幸せになって 優しい子守唄のような囁きはゆっくりと心に沁みこむ。 「さーて、ぐろたちはそろそろ帰るぐろ。今日のことはちゃんと報告するぐろ! 蝶はターミナルにいたいらしいぐろ。だからここに置いていくぐろ。危険はいっぱいあっても大丈夫ぐろ」 「今度こそ、幸せになるたけ。信じるたけ。ターミナルの人たちを」 蝶は七色に輝き、ターミナルの空に舞った。
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