ターミナルの一室に足を踏み入れたロストナンバー達の視線は、嫌がおうにもその机の上に広げられている物へと注がれる。14歳くらいの少女が、その机の上で作業をしていた。「あ、ねえねえ~! 暇なら手伝って!」 紫上 緋穂(しのかみ ひすい)という名のその少女は世界司書の証である「導きの書」を机の傍らに置いたまま、やってきたロストナンバー達を呼び止めた。 机の上には仕切りのついたケースや瓶に収められたきらきらした小さな物体が置かれている。よく見れば、ビーズやスパンコールやいろいろなモチーフの小さな飾りのようだ。あとはカラフルなシールと接着剤と、シンプルなノートなどの文具。「えっとねー、モフトピアの、ある浮島に行って欲しいんだけど」 緋穂は器用にピンセットでビーズを摘み、定規へと乗せる。どうやら定規に接着剤がつけられていたようで、ビーズはピタっと定規にくっついた。「その浮島は、ウサギのアニモフ達が住んでてね、身体を覆えるほど大きな紅葉の葉っぱや楓の葉っぱ、銀杏の葉っぱなんかが取れるんだって」 話によれば草の蔓はパステルカラーで様々な色が存在しており、つまりピンクの蔓とか水色の蔓とかもあるわけだ。「ウサギさん達はね、紅葉で葉っぱの色が変わる頃、つまり大体今頃に『ずっとずっと一緒にいようね式』を開くんだって」「……『ずっとずっと一緒にいようね式』?』 ロストナンバーの一人が問うと、そう、と緋穂は頷く。話をしている間にも手を動かしていたのだろう、定規にはビーズでできた蝶が止まっていた。「結婚式の、ひろーい意味版って考えてくれればいいよ。好きな人と一緒にいようね、って約束するんだって。男女だけでなく、同性でもいいし、二人組に限らないの」 紅葉に染まった葉っぱをまとって、カラフルな蔓を帯にして身体に結びつけて、ちょっぴりおしゃれしてみんなで集まる。そのパーティを調査してきて欲しいのだとか。「ただね、葉っぱをまとって蔓で巻きつけるだけじゃつまらないでしょ? だから、コーディネートのアドバイスをしてあげたら喜ぶんじゃないかなぁ」 ただ簀巻きみたいに葉っぱを巻くだけでは、皆代わり映えしないのは確かだ。もっと別の着方を教えてあげれば、彼らは喜ぶに違いない。「あとね、どんぐりとか木の実も沢山取れるって。それもただの木の実じゃなくて、いろいろな色があるんだって。特に採取に危険が伴うことはないし。一緒にドレスアップして遊んだらどうかな? ついでに」 ピンセットをおいて緋穂は、定規をロストナンバーたちに見せる。「壱番世界では『デコ』っていうのが流行っているんでしょ? ウサギさん達の洋服も、可愛くしてあげてよ」 定規には、可愛い蝶と月がデコレーションされていた。* * * * *「わぁい、旅人さんだー!」「旅人さん、旅人さん、今度楽しい式があるのー!」「ぱーてぃーするんだよー!」 浮島に降りるなり、ロストナンバー達はウサギのアニモフ達に囲まれてしまった。その顔はどれも楽しそうで、来るべき式に対しての期待が伺われる。「旅人さんも、いっしょにおしゃれする?」 小さな手が指し示した先には、紅葉に染まった山があった。想像以上にカラフルな色合いが、ロストナンバー達の心も弾ませる。 楽しく着飾って日頃のストレスを解消するのも、アニモフ達と一緒にずっといっしょにと約束を交わすのも、よさそうだと感じられるのだった。
●色とりどりの山は、歓迎の意思を 紅葉に染まった山は、どっしりとした佇まいでロストナンバー達を出迎えてくれた。様々な木の葉が赤や黄色に染まり、晩秋の山を演出しているが、なにより一枚の葉の大きさに目が止まる。子供なら軽く包めてしまうほどのその葉っぱは、アニモフ達のおしゃれ着になるという。 パステルカラーの蔦は紅葉に新しい色を指し、様々な色の木の実も加えてメルヘンチックな風合いだ。肌を撫でる風が甘くなってもおかしくはないかもしれないと、思ってしまうくらいに。 『ずっとずっと一緒にいようね式』の衣装をアレンジしてあげると伝えれば、ウサギのアニモフ達はぴよこんぴょこんと耳を揺らして喜んで。 「『ずっとずっと一緒にいようね式』だって。素敵だね、アシュレー」 ゼシカが半歩前を歩くセクタンのアシュレーに声をかける。アシュレーは『ゼシも葉っぱで作ったお洋服着たいなぁ』とつぶやくゼシカを振り返り、こくこく頷いてひょこひょこと手を動かした。まるで『ゼシカも着ればいいよ』と言ってくれているようで。 「うん……」 はにかんで頷いて、ゼシカはぽてぽてと木の実を拾っているアニモフ達へと走り寄った。白いウサギのアニモフが、走りよる彼女に気がついて、おいでおいでと手招きしている。それもまた嬉しくて、ゼシカは小さな笑みを浮かべた。 (モフトピアの原住民、アニモフの行事調査……でいいのかしら) ドミナは山で思い思いに衣装の材料採取をするアニモフ達を見て、今回の依頼の目的を忘れぬように心に再び描く。だが無邪気に行動している彼らを見ると、なんだか『調査』という堅苦しい言葉が似合わないような気がして、少し語尾に自信がなくなる。 (調査、ですから。収集可能な情報は多いほうがいいわよね) だが改めてぐっと『調査』を強調して、彼女は従者のシーファを伴って山を見てまわる。一般的に紅葉と呼ばれるようなもののようにに切れ込みの入っていない、一つ葉の楓もあり、ハート型をしたそれは淡い黄色だった。葉先の別れた紅葉は綺麗な紅色で、それ一枚でひらひらと妖精のようなスカートラインになりそうだった。 「はい、ドミナ」 細い黄色の蔦と太めの水色の蔦、白の蔦。それに色とりどりの木の実を腕に抱えて、シーファがドミナへと差し出す。 「ありがとう、シーファ」 大きな切り株をテーブル代わりにして、ドミナは集めた材料を並べて検分を始める。 「服地に使えるのは……木々や草花などの葉は所謂布地ね、蔦は……それらを縫い合わせる糸や装飾かしら」 確かに蔦は細く割けば葉っぱ同士を縫い合わせるのに上手く使えそうだ。 「布の素材にはそれぞれ異なる性質を持っているものだけど……楓や紅葉だと性質の違いはやはりあるみたいね。一着ずつ作ってみましょう」 紅葉と一つ葉の楓、紅葉はひらひらとしていて軟らかく、楓はかっちりとした感がある。 「シーファ、できたら片方着てくれるかしら?」 「も、もちろんだよ、ドミナ。でも……そっちのひらひらした方は、僕よりも、ドミナによく似合うと思うよ」 「……そう?」 シーファの言葉に小さく首をかしげて、ドミナは紅葉の葉を見る。そして、小さく笑みを浮かべた。 「ふむふむ、これとこれが使えるかのぅ」 「旅人さんーなにつくるのー?」 濃淡の違う同じ種類の葉っぱを沢山集めているジュリエッタに、この浮島の中では大きなウサギ達が近寄ってきた。どうやら彼女達は、大切な異性の相手との式に臨むにあたって、たくさんたくさんおめかししたいという気持ちがあるらしい。 「グラデーションのドレスを作るのじゃ」 「ぐらでーしょん?」 首をかしげる彼女たちの耳もぴょこんと動いて可愛らしい。 (『ずっとずっと一緒にいようね式』は結婚式の広義的なものだときいたからの。結婚式のお色直しで使用されるようなグラデージョンの色ドレスを作るのじゃ) 「見ておるといい」 切り株にまず、淡い赤の葉を広げる。それを赤いツタで繋げ、次は最初の葉より色の濃い葉、そしてその次は更に色の濃い葉と順繰りにつなげていく。衣装の下に向かうに連れて、だんだんと濃くなっていく赤は、滝のような情熱の奔流を思わせる。 「「「うわぁぁぁぁっ! ステキっ!」」」 集まったアニモフたちの声に、近くにいた別のウサギ達も集まってくる。 「まだ完成ではないのじゃよ」 裾には大きな葉を使った。それとは対照的に、ジュリエッタは袖に小さな葉を使う。その対比が、ドレスの魅力を更に引き立たせた。 「夕焼けみたい~」 「ううん、『じょうねつのほのお』だよ~」 一部どこかで覚えてきたような言葉を使った感想に、思わずジュリエッタは吹き出してしまった。アニモフ達は彼女の行動の意味が分からない様だが、そこがまた可愛らしい。 「よし、今度は黄色じゃ!」 続きて作成される銀杏によるドレスにも、アニモフたちは釘付けである。 「ずっと一緒に……か」 衣装製作現場をぐるりと見渡せば、仲良さそうに寄り添ったり、手を繋いでいるアニモフ達が多い。自身は恋人と来ることが出来なかったのを、密かに悔しく思っているのはマルチェロ――ロキ。 (だが……可愛い物好きの彼女のことだ。土産話を聞かせれば、喜んでくれるだろう) 離れた所にいる彼女の顔を思い浮かべ、よし、と気合を入れて頷く。と、なんだか視線を感じて。 「ん? どうした?」 くいと引かれるジャケットの裾に下を見れば、小さなアニモフが寄り添いながらロキを見ている。 「たびびとさん、つたばかりあつめてなにをつくるの?」 「ぼくたちに教えて、教えて」 確かにロキが集めてきたのは蔦ばかり。色とりどり、長さもバラバラのそれを使って彼が作り始めたのは、飾り紐作り。 「こうして、こうして……な?」 「うわぁっ!?」 「すごいっ!?」 彼の手の中で、瞬く間に一本の水色の蔦が三つ葉型に変化する。まるで手品のようなそれは几帳結びという結び方で、壱番世界日本の伝統的な飾り結び。祖父の故郷である日本の文化に詳しいロキならではの発想だ。 「やってみるか?」 手取り足取りアニモフたちに教えてみるが、彼らの手では複雑な作業はなかなか難しいようで。 「難しい……」 「出来は多少不恰好でも、重要なのは気持ちじゃないかな」 ロキ作のものと自作のものを比べて落ち込んだアニモフ。けれども彼の言葉で顔を上げて。 そう、形よりも相手のためにと一生懸命作ったという気持ちが重要。特に、今回のような意味の式典においては。 「二人にお揃いで作ってあげるな」 違う色の蔦を取り、ロキの魔法の手が産み出すのは複雑に蔦を絡ませて作った飾り玉。ただの味気ない蔦が、素敵な飾り玉に大変身だ。 「確か、あわじ玉って名前だったかな」 固く結ぶ前に真ん中に蔦を通す。これを繰り返して繋げば、ビーズを使ったかのようなネックレスのようなものが出来上がるのだ。 「おそろいだね」 「おそろいだよ」 嬉しそうにネックレスを掛けあうアニモフ達を見ながら、ロキは慣れた仕草で蔦を結ぶ。これは試作品。上手く腕輪が出来れば、希望するアニモフたちにも作ってあげようと。 (うーん、可愛い) ハイユは『これ、着たいの』と自分に葉っぱを差し出したアニモフたちの可愛さに、すでにノックダウン寸前だ。 (死ぬ時はナニャドラヤの12年物で溺れ死にたいと思ってたけどアニモフに埋もれて窒息でもいいかも) なんて物騒なことを考えたりもして。後で抱きついてもふもふさせてもらおうか、なんて。 「よし、テーマは『相手と一緒』で行こう」 メイドとしての手腕を遺憾なく発揮し、完璧メイドの名に相応しい働きをしていく。もちろん着付けなんてお手の物。 「はいはい、ペアで並んで」 ペアごとに蔦でお揃いのリボン結びを。まるでバラの花のように豪華に結ばれたそれは、晴れの日の彼らの笑顔を引き立てて。 「名前は?」 「メナ。こっちはルルグ」 「よし、分かった」 続いては、ピーズのような小石と木の実を使って、服地に相手の名前を縫いつけて。これが相手の名前だよと告げれば、ハイユの国の字を読めぬともアニモフたちはとても喜んだ。 「なかなか青にならないわね」 名を縫い付けるところまで終わったアニモフたちを引き連れてハイユが川に行くと、そこには先客が。ドミナがシーファを従えて衣装の袖を染めていた。 「調子はどうだい?」 「意外に面白いわ。袖だけ洗えば袖だけ色が変化するし」 川の水はそんなに冷たくはないらしい。ハイユの声かけにドミナは顔を上げて、袖だけ緑に染まった赤いドレスを見せる。 「洗えば色が変わるのは葉にそういった性質があるのか、それとも河の水が原因なのか……」 「まあ、不思議現象だからあまり深く考えすぎないほうがいいよー」 ちゃぽんと人差し指を川の水につけて。お、ちょっとぬるいなんて思いながら、アニモフの衣装に指を滑らせる。指が進むごとに何をしているのかと興味津々だったアニモフたちから歓声が上がった。 「こんなもんかな?」 そこに描かれていたのはペアアニモフの相手の似顔絵。川の水で洗えば色が変わるのならば、手に水をつけて葉をなぞれば絵が書けるだろうというハイユの発想の勝ちだ。 「たびびとさん、ぼくもぼくも!」 「わたしも、描いて!」 「おっと、順番ね」 感激したアニモフたちがハイユの足に群がる。あまりにふわもこなものだから、ああ極楽、なんて思ったよりもして。 「シーファ、できたわ。着てみて」 「うん」 ドミナの差し出した楓の衣装をシーファが羽織る。曲がってるわ、と向かい合わせになったドミナが手を伸ばして襟を治す仕草が、なんだか特別なものに思えて。すこしばかりドキドキ。 「ま、まつぼっくりのブローチ、す、ステキだよ」 照れ隠しに褒めたのだったが、『ありがとう』とドミナは嬉しそうに笑った。 「ほふぅ……」 息をついて、ゼシカは切り株に腰をかけた。葉っぱをいっぱい集めてドレスを作ろうと思ったが、大きな葉っぱを運ぶには思ったより体力が必要だった。 「ゼシカちゃん、これでいいかな?」 年嵩と思われるアニモフが荷物持ちを買って出てくれて、白く染めた葉っぱと小石のビーズを切り株のテーブルにおいてくれた。 「ん……ありがと、ウサギさん」 ゼシカが憧れるのはやっぱりウエディングドレス。だから葉っぱは白く染めて。写真で見たママのようなドレスを着て、素敵な花嫁さんになりたいから。 黄色いお星様型の小石をポタンにして、ビーズのようにキラキラ輝く小石を散らすのは星座をイメージして。真っ白なキャンバスにできたのは、小さな星空。夜空色の蔦を帯紐にすれば、ひらひらスカートの可愛い花嫁さんだ。 「せっかくの一緒にいようね式だもの、目一杯お洒落しなきゃ」 アニモフに教えてもらい、ゼシカが向かったのはシロツメクサの花畑。真ん中に座って手を動かす姿はまるで一枚の絵画のようで。しばらくすると出来上がったのは花冠と首飾り。そっと立ち上がって背伸びして、『プレゼントだよ』とアニモフにつけてあげる。 「ゼシも。似合う?」 首飾りをつけて花冠を頭に乗せて。ちょっと首をかしげた姿に『かわいいよ!』とアニモフたちは大絶賛。自然、笑顔が浮かんできた。 ミニサイズの衣装をアニモフたちに着せて、ジュリエッタは自身も赤いドレスを纏う。ワンポイントにと付けられたどんぐりや木の実が印象的だ。 「ふむ、これこそ情熱の赤じゃ! いつか自分も良き伴侶を見つけ、こういうものを着ることができれば良いのだがのう」 良い伴侶をゲットすることを夢見ているジュリエッタ。いつか本番が来ることを願って。葉っぱを使ってミニブーケを作り始める。 「いいか、これはな、プーケというのじゃ。花嫁のブーケには意味があってな、トスされたブーケを受け取った者が次に幸せになれるというのだぞ」 「へぇー。すごい、面白いっ。私も投げたいっ」 「よしよし、つくってやるからのぅ」 手際よく葉っぱを束ねては、蔦で結ぶ。ものの数分で、沢山のブーケが出来上がった。意味を教えれば他のアニモフ達も興味を示してくれるだろう。 「ん? 良い匂いがするのじゃ」 「あ、そろそろお料理の準備が始まったのかも~」 「では、手伝うかかのぅ」 料理の香りは式の開会が近づいた合図。他のアニモフたちも各々、会場となる広場へと向かい始めているようだった。 ●ずっとずっと一緒に~願い 広場には沢山のアニモフ達が集まっていた。式の参加者だけではなく、式を滞り無く進めるための役や、料理を作る役、サーブする役などでもアニモフたちは集まっている。 今回の式の料理は、今までのものよりも豪華になっているとアニモフたちには好評だ。それもそのはず、ロストナンバー達の中に、料理を手伝ったものがいたからである。 ジュリエッタが作ったのは木の実をすりつぶして作ったクッキー。生地に色とりどりの木の実の粉が混ざっていて、見た目も楽しい。 「色気より食い気やもしれぬが、アニモフ達殿にこのような素敵な場を設けてくれた礼として作ったのじゃ。どうじゃ、美味しいかのう?」 「「「おいしいよー!」」」 問えば、口元にクッキーの食べかすをつけたまま可愛い返事が返ってきて。その笑顔を見れば、言葉で語るよりも味は明らかだった。 この世界の食材を臨機応変に使い、ロキの作った料理もまた好評で。毎回作りに来て欲しいなんて要望も出るほどだ。アニモフたちと会話を楽しみながら、料理をよそってあげながら食べるロキとは対照的に、彼のセクタンHelblindiは黙々と食べることに専念している。 「旅人さん、旅人さん、またあの玉作って! おおきいの、できる?」 「ああ。太い蔦があればできると思うよ」 ロキにあわじ玉をせがむ子たちは、どうやら大きな玉を作ってもらって遊びたいらしい。元気いっぱいの子たちが玉の完成を待つ向こうで、テーブルの影から視線を送ってくるアニモフに気がついたロキ。大きな玉を仕上げると、そっとその子に近寄って。 「ほら」 その子は一番最初にロキに声をかけてくれた子で、見たところ大きな玉をせがんだ子たちのグループの子ではないらしい。仕事柄子供たちの人間関係を見る目にも長けているロキは、はめていた腕輪をそっと外して差し出す。 「やるよ。他の子には内緒な」 「……! うん!」 腕輪を両手で受け取って大切そうに胸に抱くアニモフの姿を見て、ロキの胸に温かいものが広がるのだった。 「ゼシの好きなお菓子……おいしい?」 アシュレーと共にお菓子をテーブルに並べたゼシカは、早速手を伸ばしてくれたアニモフに尋ねて。肯定の意が返ってくれば、よかったと破顔した。スコーンにマフィン、ワッフルにビスケット、マシュマロのチョコレートがけ。どれもアニモフたちに好評で。 「けんかはダメよ?」 取り合いになっていたマフィンを、ゼシカは半分に割って「なかよくね」と差し出した。 (ずっと一緒に……か、ピュアなお祈りだとは思うわ) 会場の端で、ドミナは木をくりぬいたコップを傾けながら式の成り行きを見守っていた。調査だから、とノートに書き記しつつ。 (叶えるのは簡単な様で、実はとても難しい……) ドミナは身を持って知っている。ずっと一緒にいることがどれだけ難しいかを。彼女がかつてずっと一緒にいたいと願った人は、彼女の側から離れていってしまったから。 どこか淋しげな彼女の様子を、シーファは側で見守っている。声をかけたいけれど、うまい言葉が見つからない。側にいたからこそ、事情を知っている。 (ずっと一緒に……か、僕だってドミナとずっと一緒に居たいさ、ドミナがそれを望むなら) 視線を落とした先にいるドミナは、慈しむような瞳でアニモフたちを見ている。 (けどドミナには、好きな人がいるんだよな……) それは自分ではないとわかっているから、だから、口には出さない想い。 カタン…… するとコップを置いてドミナが立ち上がった。心の声が聞こえてしまったかと一瞬体をこわばらせたシーファだったが、ドミナが発したのは違う言葉。 「シーファ、私の横笛とシーファの竪琴を披露しましょう?」 向けられた笑顔が優しくて、自分の気持なんてお見通しなんだとシーファは感じたのだった。 ウエディングドレス風に仕上げた葉っぱを着たハイユは、アニモフのペアの手を蔦で結んで。 「ずっと一緒にって雰囲気が出るでしょう?」 「うん! でもこれ、いつ外したらいいのかなぁ? ちょっと動きにくいかも?」 不思議そうに繋がれた手を見るアニモフたちに、ハイユは若干の黒い笑みを浮かべる。 (まあ、文字通りずっと結びっぱなしってわけにもいかないだろうから、式が終わって蔓を切り離す瞬間が楽しみだね。結んだままでいいようなら、それはそれで) とりあえず口には出さない。出さないけれど、なんだかその笑顔にドSの黒いオーラが……アニモフたちには伝わっていないようでよかったが。 「ウエディングドレスは結婚前に着ると婚期が遅れるとかいうジンクスがあったような気がするのじゃが……」 「そんなジンクス、豚の餌にしてしまえ!」 側でボソリと呟かれたジュリエッタの言葉に、ハイユはけっ、と言葉を吐き捨てる。ジンクスなんて気にしたらおしまいである。 「よし、ブーケトスをするぞ!」 ジュリエッタと数人のアニモフが壇上に立ち、勢い良くブーケを投げる。ぽーんと弧を描いて飛んだブーケは多くはアニモフの手に収まったかが、その内の一つがハイユの腕の中へと収まって。 「ん? 次結婚できるって?」 ウエディングドレスのジンクスはなかったことにしておいて、ブーケのジンクスだけ信じるというのもアレだとは思うが、なんとなく嬉しくなるのは仕方あるまい。 「……はっ! 自分が受け取らずに投げてしまっては意味がないではないか! 迂闊じゃったのう」 壇上でジュリエッタの慌てる声が明るく響いた。 「ずっと一緒にいようね式ってケッコン式の事だよね? あのね、ゼシのパパとママもケッコンしたのよ。ママは真っ白なウェディングドレスを着て、とってもキレイだったの」 自身も白いドレスに身を包んだゼシカは、クッキーを手に持ったまま隣のアニモフに声をかける。『写真でしか知らないけど……』と続けられた言葉には、寂寥と羨望が満ちている。 「ゼシね、大きくなったらママみたいな花嫁さんか孤児院の先生になりたいの。アニモフさんたちはおっきくなったら何になりたい?」 「ママになりたい!」 「僕はパパみたいになりたい!」 ゼシカの問いかけに弾かれたように答えるアニモフ達。ふっとゼシカの目尻が下がる。 「みんなあこがれるのはおんなじね。夢が叶うといいね」 マザーグースを教えてあげるから、お友達を呼んできてといえば、アニモフたちはぴょんと立ち上がって走りだす。みんなで手をつないで輪になって踊るのは、沢山のお友達と一緒のほうが楽しい。 カサッ…… アニモフたちがかけていくと、自分の周りが静かになったのを感じる。近くでみんなの声が聞こえるはずなのに、それが遠いことのように感じて。、そっと、ゼシカはポシェットから一枚の写真を取り出す。 写真に映し出されているのは、結婚式の時の両親。。自分の事を母親にそっくりだと言った孤児院の先生の言葉を思い出して。 「早くパパに会いたいな……」 焚き火の炎にじんわりと照らしだされた父親の顔に、ゼシカは思いを馳せた――。 『ずっとずっと一緒にいようね』 それは願い、儚き願い。 それは望み、小さな望み。 壊れない保証なんてないから、今だけは、永遠を信じさせて――。 了
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