黄色い電車を降りて改札を出て少し歩くと、そこに、ドラケモ祭り開催! と書かれた看板や貼り紙があるのが見えた。見れば、路上に立ってビラを配るメイド服のねーちゃんの腰にはふわふわの尻尾が揺れているし、つややかな黒髪にはネコミミだのケモミミが揺れていた。 街のそこここでコスプレ衣装を身につけた人影が見かけられる。チェガル・フランチェスカはぼんやりと街中を見て歩き回った後、くるりと振り向きニンマリと笑った。 「それじゃあ、とりあえずは各自自由行動ってことで。いいかな?」 紫色の大きな双眸がくるくるとひらめく。その虹彩が捉えているのは、連れ立ってきた残り三人のロストナンバーたちの姿だ。 「僕はそれデかまわないヨ」 真白な猫のようなふわふわとした毛を揺らしつつ、ワード・フェアグリッドがうなずいた。 「僕モ、ちょっと、見に行きたい場所があるんダ」 「えー、なになに? ドラケモコスのお姉さんたちがいるお店?」 「ち、違うヨ!」 チェガルがにじり寄りニヤニヤ笑うのに、ワードは少しあせりながら応える。 「ふーん。まあボクも行きたいとこっていうか探したいもの? けっこうあるからさ!」 「俺はおまえらみたいなやましい目的はないな」 腕組みをしつつ鼻を鳴らしたのはベルゼ・フェアグリッドだ。ワードとは真逆で、ふわふわとしてはいるが漆黒色の毛をたたえ、気の強そうな光を目の中に宿している。 「やましいとか何ー!? 聞き捨てならないな!」 チェガルがベルゼに向かい指を指す。が、ベルゼは退くわけでもなく、逆にチェガルの目を見つめ返した。 「じゃあ訊くが、なにを探しに行くんだ?」 「な、何だっていいじゃん」 そわそわと目を泳がせたのはチェガルの方だった。泳がせた目線の先、テューレンス・フェルヴァルトの姿を見つけて、チェガルは小走りにテューレンスのそばに近寄った。 「キミは? なんか見に行きたいものとかある?」 「え? テューラ?」 なんの前触れもなくいきなり話をふられたテューレンスはわずかに困惑したが、すぐに小さく首をかしげて笑みを浮かべる。体型は人間のそれに近しいが、全容を見れば竜を彷彿とさせる肢体をしている。 「テューラは、……うーん。せっかくだから、この世界のいろんな音楽とか聴いてみたいな」 「CD屋さん巡りだね! この中だとたぶんボクが一番この街に詳しいと思うから、わかんないこととかあったらノートで知らせて!」 軽くウィンクをしたチェガルにふわりと笑って、テューレンスは大きくうなずいた。 「それじゃあ、とりあえず解散! 今が、ええと、何時かな」 「三時、だネ」 「そしたら、ええと、四時間後! 四時間後にここで集合ね! 出発は明日の朝だから、合流したらどこかホテルとか探してゆっくりしよう!」 さくさくと段取りを進めると、チェガルは「じゃ!」と爽やかな笑顔を残し、そそくさと人混みの中に消えていった。 残った三人はしばしその場で互いの顔を見合わせていたが、やがてのろのろと別々の方角に向けて歩みを進める。 旅人の外套の効力のおかげで四人の姿はそれほどに目立ちはしないが、そもそもどうやら今日は”ドラケモ祭り”らしい。街中には四人と同じような、あるいはもっと奇抜な出で立ちをした人間が闊歩している。外套の効力をはずしても、もしかしたら案外馴染むのかもしれない。 思いはしたが、念のため。誰も何も言わないが、そこは一応のお約束ということのようだ。 ところで、四人は壱番世界での依頼を請け、東京に足を寄せていた。依頼は思ったよりもさくさくと進み(というよりは、チェガルの異常なまでに張り切った仕切りによってものすごくさくさくと進んだのだが)、ターミナルに戻るための列車の発車時刻までだいぶ猶予を残したのだ。 ほぼまる一日あるフリータイムをどう過ごそうかという話が出たとき、真っ先に秋葉原ツアーはどうかと申し出たのもチェガルだった。 「フラン、なんかこう、踊りだしそうナ足取りだったネ。どこ行くんだろウ」 「どうせやましいものでも買うんだろ」 ワードが首をかしげるが、ベルゼはあっさりとそう言い放つ。 「そんなことより、ベルゼは何を見たい? 付き合うぜ」 「ベルゼは? 行きたいトコとかないノ?」 「んー、別にないな。まあ、せっかくだし、メイド喫茶とやらに行ってみたいぐらいだな」 「メイド喫茶?」 ワードが目をしばたかせる。ベルゼは小さく笑い、ワードの腕を軽く叩いた。 テューレンスは秋葉原の雑踏をわずかにはずれた場所で、古いレコードを置いてある店や最新のCDを置いてある店など、さまざまを歩き回り視聴していた。 カネートと呼ばれる水晶を授けられ、いろいろな土地を旅してまわっていた。カネートは音に反応して輝き、沢山の音を聴かせる事で何かが起こると言い伝えられる不思議な水晶だ。テューレンスはカネートにいろいろな音を、旋律を聴かせるため、あらゆる土地をあてどもなく旅してまわるその役を喜んで引き受けたのだ。 そもそも、テューレンス自身が音楽をこよなく愛していたせいもある。その役どころの大事さはむろん理解できていたが、それよりもまず、自身も楽しむことを心掛けていた。 ヘッドホンから流れこむ音楽は出身世界にはなかったもので、手にする曲すべてが好奇心を刺激する。 民族音楽ひとつをとっても様々だ。踊りだしたくなるようなものも、胸がしめつけられるようなものも様々だ。魂を揺り動かすように響くロックも楽しい。民族音楽のそれとは異なるが、パンクやメタル、どれも聴いていると自然と体が揺れ動く。 中でも、最近のお気に入りはテクノ系の音楽だった。テクノを端から手にとって視聴し、そのリズムに聴き入る。 自身の世界にはなかった音。それが洪水のようにテューレンスの心を大きく揺らす。 感嘆の息を深々とついて別のタイトルを吟味しながら、その表情はどこか恍惚とすらしていた。 ベルゼとワードは、ワードが見たいと言ったロボット系フィギュアを置いている店についた。とはいえ、フィギュアを取り扱う店も一軒二軒にすまず何軒もある。テューレンスよろしく、こちらもまたその手の店を見つけるそばから巡っていた。 「1/100スケールか……」 壱番世界でいうところの二十数年ほど前にテレビ放映されて以来、強い人気を誇るロボットアニメのロボフィギュアを前に、ワードは目をきらきら輝かせてため息をつく。 「見て、ベルゼ。コレ、コクピットハッチが開くんダ」 「へえ」 「GNドライブ取り外し出来テ、光るのかア……いいなア」 「触らないでくださいって書いてるぜ。でも触んなきゃ、この”可動します”っていう表記のあるパーツがよくわかんねえよなあ」 「そうだネ……ああ、見て、ベルゼ。こっちのハ塗りもすごく丁寧だねエ。このお店のひとがやったのかなア」 言って、ワードは顔をあげ店員の顔を順に見やっていく。どこか尊敬の念の感じられる表情だ。 対するベルゼは、壱番世界のライトノベルやアニメに目がなかったりする。フィギュア店の中には、見渡せば、ラノベやアニメキャラのフィギュアも飾られていた。 「ちょ、ちょっと向こう行ってきてもいいかな」 「? いいヨ」 ワードから快諾を得ると、ベルゼは小走りに場を後にした。フィギュアが欲しいわけではない。うん、決してそうじゃない。けれど最近ハマっているアニメのヒロインのフィギュアがケースの中でポーズを決め笑っているのを見ると、不思議と心が高揚した。 一方、チェガルはといえば。 他の三人とは異なり、チェガルはそれほど多くの店を巡ってはいなかった。最悪何軒かはしごしようと、とっくに覚悟はしていたのだが。 思いのほかあっさりと、いや、幸運にも手にすることのできたそれは俗にいう”薄い本”だった。できればイベント時に壱番世界に足を運びたいものだが、なかなかタイミングは合わないものだ。まさか○○×△△の☆☆な本の新刊が出るらしい。どうしてもどうしてもそれが欲しいからチケットおーくれ! なんてことを言えるはずもなく。 そうよ。毎回毎回、何回歯噛みしてきたことか……ッ! 苦い過去を思い出しながら、チェガルはけっこうな金額を支払い手にした薄い本の束を胸にきつく抱きしめた。 「でも、これでしばらくはかつる! かつるわ!」 くるくると踊りだしそうな足取りで書店を後にしたチェガルは、浮ついた足取りのまま、次なる目的地を目指しふわふわと幸福オーラを全開にしつつ歩き出す。 連れだってきた三人の体型ならもうすでに検分済だ。列車の中で、依頼をこなしているさいちゅうも、秋葉原の街を目指していた電車の中でも。どんな場面でも、ワードのこともベルゼのこともテューレンスのことも、それこそなめるように検分した。サイズはバッチリのはずだ。 チェガルの視線の先に見えてきたのはコスプレ衣装の専門店だ。その横に同人誌専門店が出来ていたのを見つけて、チェガルはコンマ何秒か迷った後、吸い込まれるようにして同人誌専門店に続く階段をおりて行った。 約束の時間を迎え、再び顔を合わせた四人は、それぞれに大きな袋を提げ持っていた。空は暗く染まりすっかり夜となっていたが、四人の顔はそれぞれに紅潮していた。皆が皆、満足しきった顔をしている。 「……やたら重そうな袋だな」 「そっちこそ、やたらデカい袋じゃん」 チェガルとベルゼが視線を交わすが、そこには決して色艶めいたものはない。ひとしきり互いの顔とそれぞれが提げた袋を見比べた後、何か意志の疎通をみたのだろうか。互いの腕をぽんぽんと軽く叩きあい、やりきったような顔で笑みを交わす。 「それデ? 今日はこの後どうするノ?」 訊ねたワードを見やり、チェガルはうなずき口を開けた。 「とりあえず部屋はおさえてあるよ。今日はそこでゆっくり休んで、明日なんかおいしいもの食べてから帰ろう」 言って、チェガルは意味ありげに笑みを大きくする。提げていた大きな袋のひとつが夜風をうけてかさかさと鳴った。 ホテルは駅から少し離れてはいたがベッドもあり、ユニットバスもついていた。テレビもあるし、カーテンを開ければ心もち夜景のようなものを楽しむことも出来る。 「見て。テューラ、CDいっぱい買ったんだよ」 それぞれにベッドを決めた後、テューレンスが自分のベッドの上に戦利品を広げ始める。テクノを中心に、メジャーからインディーズから、ロックからクラシックから民族音楽まで幅広くカバーしたラインナップが広がっていた。ついでに安く売っていたのだというCDデッキとヘッドホンまで買ったらしい。 「CD買いすぎて、お金いっぱい使っちゃって」 気恥ずかしそうに首をかしげ笑うテューレンスに、チェガルが「もえー!」と言いながら身をのけぞらせている。 「予算ついうっかり使いすぎちゃう、あるあるすぎだよね。ボクもさあ、いろんな新刊見つけちゃってさあ」 「新刊?」 ワードが目をしばたく。ベルゼはニヤニヤ笑いながらうなずき、「ところで」と身を乗り出した。 「キシシシッ。見てくれよ、これ。悩んだけど買ってきたよ」 言いながら袋から出したのは、なめるように眺めたあのヒロインのフィギュアだった。ついでに飾っておくためのケースも買ったようだ。 「フィギュアもバカになんねえ値段なのな。壱番世界おそるべしだぜ」 意味不明なことを言いつつ、箱の中から微笑みかけてくるフィギュアを愛しげに見つめる。 「僕もいくつか買ったヨ。さすがに高いのはちょっと迷ったケド……」 ワードも続いて袋に手を伸ばす。取り出したのは昔からコアな人気を誇るロボアニメの敵キャラロボフィギュアと、そのシリーズで、比較的新しいもののメインロボのフィギュアだった。 「で? フランはなんでそんなデカい袋ふたつもみっつも持ってんだ?」 訊ねたのはベルゼだった。チェガルが買うとしたら薄い本だろう。見た感じ明らかに一番重そうな袋が同人誌の詰まったものなのだろうが、あの膨らんだふたつの袋は? 「ンフフフ。これ? 知りたい? 知りたい?」 「いや、別にそんなには」 「僕ハ興味あるナ」 「テューラも」 「もおおおおお! かわいいなあああ、ワードもテューレンスも! だがベルゼ、おめーはダメだ! でも今回は特別だ!」 びしいっとベルゼを指差した後、チェガルはうきうきと膨らんだ袋の中に手を突っ込んだ。 「じゃーん!」 取り出したそれは、どう見てもコスプレ衣装だった。まさにどうもありがとうございますレベルの、ふりふりなデザインのメイド服やら、スリットも大胆なチャイナ服やらがごそごそと取り出される。 「そ、それは」 ドン引きしたのはベルゼだが、そのかたわらではワードが案外好奇心を示している。 「メイド服だネ。さっき、ベルゼに付き合って行ってきたヨ」 「ちょ、おま!」 「へえ、ベルゼ、メイド喫茶行ったんだあ」 にやにや笑いながらベルゼの顔を覗きこむチェガルを、ベルゼは逆ギレ気味に睨み返す。 「ボク、みんなに似合いそうな服いろいろ買ってきたんだよねえ」 「すごいねえ、フラン」 テューレンスがのんびりとした合いの手を挟んだ。 「言ってる場合か! こいつ俺らにこれ着せるつもりだぜ!」 「ああ、そのための四人部屋なんだネ」 ワードがにこにこと微笑みうなずく。 「さすがワード、どっかのベルゼとは話の通りが違って助かるよ!」 「意味わかんねえから!」 「それじゃあ、まずワードとベルゼ。ふたりはこのメイド服ね!」 差し出されたメイド服を受け取るワードと、断固として受け取り拒否をするベルゼだが、ベルゼの強固な反発はワードの笑みと言葉によってあえなく崩れさったのだ。 「きっと君も似合うと思うヨ、ベルゼ」 それはまさに雪をとかす春のせせらぎのように澄んだ色を浮かべていた。 ベルゼはワードの笑顔をしばし見据えた後、ふっとうつむき口をつぐんだ。決してワードの後ろに立ちニヤニヤ笑うチェガルの目から顔を逸らしたわけではない。 「……おまえが言うなら」 「いいじゃん! 好きなんでしょメイド服! 素直になんなよ!」 言って頬をゆがめるチェガルは、続いてチャイナ服をテューレンスに差し伸べた。 「キミにはこれかなって思ったの。他にもいろいろ用意してきたから心配しないで!」 「心配なんかするか!」 思わずツッコミをいれたベルゼの言葉を完全に無視して、チェガルはトラベルギアである鞄を開けた。中からさらに様々な衣装があふれ出す。 「何だか、新鮮な気持ちが、色々、味わえて、楽しいな」 溢れ出た衣装を広げ見ながら、テューレンスはのんびりと微笑んだ。 ベルゼのツッコミはもはや追いつくことはなく、ワードとテューレンスふたりの穏やかな笑顔に押されるように、なすすべもなく着せ替え人形と化すより他になかった。 「ところで、フラン、どんな本買ったの?」 テューレンスが問う。チェガルは「ん?」と首をかしげ、比較的真顔に近い表情で応えた。 「この本? やー、アレな内容だよ。見たい?」 「アレな本? って、ナニ?」 「ナニって、アレだよーやだもー」 「見ちゃダメだ! ワード、テューラ! そいつはもう手遅れだ、腐ってやがる」 「はあ? てめーもボクの脳内で腐らせてやろうか? ああ?」 すごまれ、ベルゼは何度目か視線を逸らす。 後にターミナルに戻ったベルゼは疲弊した体を引きずるようにして帰路につき、そうして語ったという。 ――もう、勝てる気がしない、と。
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