「しっかし、酷いなこりゃ」 そんな事を言ったのは、トレインウォーから帰ってきたエルフっぽい世界司書、グラウゼ・シオンだった。彼はボロボロになった図書館ホールを見渡しつつもそばにいたロストナンバー達にこう言った。「ま、生きてるだけで丸儲け。まずは腹ごしらえでもしようじゃねぇか。なぁ?」 彼がその足で向かったのは、駅舎だった。比較的被害は少なかったようで、避難している人々は無事だった。「シオン司書、トレインウォーではお疲れ様でした」「おう。リベルさんも無事でなによりだよ」 そんな風にリベル・セヴァンと挨拶をかわすグラウゼ。彼は何か話すとリベルは1つうなづいた。「それは心強いですね。今、丁度元旅団員の方からもそのような申し出があった所です。シオン司書もいれば間に合うでしょう」 ロストナンバー達が見守っていると、リベルは1人の女性を呼び寄せた。短く切った黒髪と、鮮やかな緑色の羽織が目立つ女性だった。「あたしは肥前屋 巴。元世界樹旅団所属のツーリストだったモンさ」 肥前屋と呼んでくれ、と彼女は付け加えて頭を下げる。彼女は投降する元旅団員を集めてここへ来たそうで、今は率先して避難所の手伝いをしているそうだ。「あたしの特技は物質変化。瓦礫を整理して、簡単にだけどテーブルと椅子を用意したよ。キッチンもこしらえてるから、存分に使っておくれ」 彼女は煙管をくるくる弄びながら説明する。リベルはそれに付け加えるように口を開く。「食材などは既に用意できています。私も給仕などを手伝いますので、よろしくお願いします」「という訳だ。俺ももうちょい頑張るが、俺たちだけではどうも心もとない。炊き出しに、どうか力をかしてほしい」 グラウゼからもそう言われ、ロストナンバーたちは炊き出しに協力することにした。 貴方がたが声をかければ、比較的怪我の軽い住人や元旅団員も手伝ってくれるだろう。また、この機会に元旅団員にコンタクトをとってみるのもいいかもしれない。
起:真心込めてお迎えしよう グラウゼ・シオンの呼びかけに答えた6人のロストナンバー達は、早速作業にとりかかっていた。駅舎では、何人かの世界司書達で今回の炊き出しに関し、説明をしている。避難者達はそれに興味を持ち、「楽しみだね」など言い合いながらわくわくと準備が整うのを待っていた。 会場となる広場の整理に、と動き出したのはシーアールシーゼロとテューレンス・フェルヴァルト。二人は肥前屋と一緒にテーブルを拭いたり、椅子を並べたりしはじめた。 椅子やテーブルは、元々瓦礫だったものらしい。それを、肥前屋は手に持った煙管をくるくる回して操り、あっという間に綺麗なテーブルや椅子へと変化させていった。その手際の良さに惹かれつつ、出来上がった物を拭いていく2人。 「災害時には暖かい美味しい食べ物の供給があると、安寧の減少度が低下するそうなのです。ゼロは、お料理は得意ではないので他をおてつだいなのですー」 「そうだね。こういう時、あったかい物があるといいよね」 ゼロは普段よりほんのちょっぴり大きくなり、思いっきり体を動かす。テューレンスも彼女の言葉に頷きながらテーブルを動かした。 因みに、ゼロ曰く彼女の料理はネタやパーティーグッツの類らしく、それが妙に気になるテューレンスと肥前屋だったりする。 「あんた達に手伝ってもらえて、嬉しいよ。あたしやあの司書さんだけじゃ、絶対に間に合わなかっただろうからさ」 肥前屋が羽織を靡かせてやってくる。彼女と目が合い、テューレンスも自然と微笑む。 「テューラも、よく、するから、こういうのは、手馴れてる、つもりだよ」 「どんと大船にのったつもりで任せるですー」 肥前屋が、テューレンスとゼロの言葉に頬を緩め、楽しそうに笑う。彼女はくすくす笑いながら煙管を弄び、 「道理で手際がいいわけだ。色々期待してるよ」 と、瞳を細めた。 3人で手分けしてやっていくうちに、そこはちょっとした青空レストランになっていた。その完成っぷりに顔を見合わせて微笑んでいると、テューレンスは顔を上げる。 「うん、いい匂いがしてきたね」 「料理担当も張り切ってるのですー」 二人の言葉に肥前屋も「そうだねぇ」と相槌を打ちながらキセルを弄ぶ。すると、きゅぅ、と愛らしい音がした。どうやら、彼女の腹の虫が鳴いたようだ。それに赤面する肥前屋。 「気持ち、わかるよ」 テューレンスの言葉に、ゼロもうんうんと頷いた。 一方、厨房。そこにはコンダクターのジュリエッタ・凛・アヴェルリーノと川原 撫子、ツーリストの藤枝 竜が揃っていた。エルフっぽい世界司書のグラウゼ・シオンはにこやかな笑顔で材料を並べる。 「以前とても美味しいカレーをご馳走になった御仁じゃな。ご無事で何よりじゃ!」 「君もな。あれだけ酷い事になったが、仲間の無事が確認できるとほっとする」 ジュリエッタとグラウゼが顔を見合わせて笑い合う。ジュリエッタは気合十分といった表情で手伝う意気込みを見せていた。その横で撫子がちょっとぽ~っ、とグラウゼ(の鎖骨)に見入っており、竜が不思議そうに彼女の目の前で手を振る。 「? 俺の顔に何かついてるかい?」 「!? い、いえなんでもないですぅ~!!」 視線に気づいたのか、グラウゼが不思議そうに問いかけると撫子は首を振って材料の選別に取り掛かる。少し顔が赤いのは恥ずかしいからであろう。まさか、グラウゼの鎖骨に見惚れていたとは決して言えない。 「そういえば、リベルさんがウェイトレスさんをするんですか?」 なんか新鮮だなぁ、と思いながら竜が問えば、野菜を運んできたリベル・セヴァンがええ、と頷く。 「駅舎にはけが人も多く避難しています。少しでもお手伝いできれば、と」 いつものように表情をあまり変えず答えるリベルだが、その声は穏やかでとても優しい。僅かに微笑んだような気がして、3人娘は彼女のいつもと違う一面が見れた気がした。 「リベルさんは優しい人だよ。俺も世話になりっぱなしでね」 グラウゼはそう言いながらも手際よく野菜を切り始める。撫子やジュリエッタもまたなれた様子で調理を開始した。竜はリベルと共に野菜を洗い、作る料理に合わせて材料を分け始める。 撫子が作るのはシンプルな具のお味噌汁とほかほかご飯で作るおにぎりだ。元々家事を得意とする彼女はあっ、と言う間にピーラーで皮を薄く綺麗に剥き、具を刻んでいく。お味噌汁の味付けも、カレーに合わせてちょっと薄めだ。 「身体が温まるっていうと粕汁とかお汁粉が浮かぶんですけどぉ、カレーに合わせるのはイマイチかなって思いましてぇ☆」 そう言っている間にも飯盒の様子をチェックし、鍋に出汁粉を投入する。その様子に見とれそうになりつつも、ジュリエッタもまた野菜を使ってクッキーを作っていた。その他にも何か考えているようで、彼女は傍で作業をしていたグラウゼの肩を叩く。 「シオン殿、もしよければじゃがポトフやカレーの煮汁を分けてもらえないかの?」 「勿論。なにか美味しいものを作ってくれるのかい?」 グラウゼがそう興味深そうに問えば「後でのお楽しみじゃ」といたずらっぽく笑う。そんな様子に楽しくなりつつも竜は味噌汁の鍋の火が弱くなっていることに気がついた。 「うーん、ちょっと弱くないですか?」 「そうですねぇ☆ 調子が悪いですぅ~」 撫子が不安げに焜炉を見ていると、竜は「任せてくださいっ!」と焜炉の前へと行き、お得意の炎を調節しつつ吹き出した。 「危ないから室内ではだめってお母さんに言われてましたけど、ここなら大丈夫ですよね」 「まぁ、外だからな。やけどに注意してくれよ?」 竜はグラウゼの言葉に笑顔で頷きつつ、味噌汁の鍋の炎を手助けする。が、周りの面々は気付かなかったぐらいだが、微妙に炎の調節がうまくいかない。調理の手伝いをしていく内に、故郷のことを思い出し、少し寂しく思ってしまったからだろうか……。 (あれ? 今日はよく思い出が良く出てきますね……) 焜炉の調子が良くなった、と思って竜が身を離し、暫しぼ~っとしていると、ジュリエッタが彼女に声をかける。 「藤枝殿! クッキーの型抜きを手伝ってくれないかえ?」 「! はーいっ!」 我に返った竜は、すぐさま駆けていく。何処か淋しげな背中に気づき、心配になりつつもジュリエッタは彼女に笑顔を向けてクッキーの型を手渡すのだった。 そしてその頃。ツーリストのリス少年、バナーはというと……、自分のチェンバーで木の実や果物を収穫していた。材料が揃っているとは言え、足りないかもしれない。少しでもたしになれば、とバナーは美味しそうに熟れた物を収穫していく。 「マキシマム・トレインウォー、なんとか終わってくれてよかったよ。次は、何か作って食べないとねぇ」 ほっと胸をなでおろしつつも、彼も疲れた表情の人々を見ている。お腹を満たせば、少しは落ち着くかもしれない、と彼も思っていた。 バナーはある程度収穫すると、それを持ってグラウゼ達のいる駅舎方面へと歩き始めた。彼が収穫したのはくるみ、ピーナッツ、パイナップル、椰子の実、りんご、栗、柿など、とどれも美味しそうなものばかりだ。まぁ、その中にはどんぐりが入っていたりもするが。 「厨房についたら調理の手伝いもしようかな、うん。まだ足りないと思うからね」 そんな事をいいつつ材料を届けに行くと、ある程度料理が出来上がっていた。ポトフにカレー、大根のお味噌汁におにぎり、とどれも美味しそうだ。 「お、いろいろ持ってきてくれたんだな。ありがとう、バナーさん」 届けられた物を見、グラウゼが嬉しそうに頭を下げる。傍らではリベルも僅かに微笑んだように見えた。バナーは空いた焜炉と調理台を見つけると野菜を適当に見繕い、野菜炒めを作り始めた。 そんなこんなでロストナンバー達が準備を終える頃には、たくさんの避難民達が集まっていた。リベルは「そろそろ時間ですね」と呟くとバナー達に向き直る。 「それでは、炊き出し会を始めましょう。みなさんがお待ちかねです」 「こっちの準備も万端じゃ!」 リベルの声に、ジュリエッタが頷く。その傍らでは撫子達が笑顔で揃っていた。カレーにポトフ、おにぎりにお味噌汁、野菜炒め。そして、色とりどりのクッキー。因みに料理の盛りつけを頑張った竜のお陰で見た目からして美味しそうである。 「成功するよね?」 「勿論、成功させますぅ☆」 「みんなで幸せになるですー」 テューレンスが祈るように呟き、撫子とゼロが拳を握る。そしてバナーと竜が頷きあった。 「それじゃ、とりあえず……」 「皆さんを案内しちゃいましょう!」 早速動き出す2人に合わせ、他の仲間も行動を開始する。グラウゼはそんな背中に一つ頷き、バンダナを締め直した。 承:さぁ、めしあがれ 炊き出しの会場は、さながら青空レストランかカフェテラスのようであった。テーブルの配置や装飾などゼロとテューレンス、肥前屋が頑張ったおかげである。 「アタシも給仕を手伝うよ」 「それはとても助かります」 派手な羽織を脱いだ肥前屋が、眼鏡をかけ直しつつ答える。リベルもホールでの給仕などを主に手伝うらしく、いつのまにかシンプルなエプロンをつけていた。グラウゼは料理が足りなくなった時の事を考えて厨房に待機する、と言った。 「それじゃ、皆。張り切っていこう!」 彼の掛け声に合わせ、其々頷くなり、拳を上げるなどして答える一同だった。 「テューレンスさん、おにぎりの方頼めますぅ?」 「うん」 撫子はそう言いつつ板に味噌汁を注いだ椀を幾つも乗せると、ひょい、と板を頭に乗せて厨房を出た。テューレンスもお盆に持てるだけのおにぎりを乗せて、ふわりと後を追う。 撫子はふらついた様子もなく、味噌汁を零すことなく配っていく。その傍らで、すごいな、と思いつつテューレンスは希望者におにぎりを配っていた。因みに具は梅やら昆布、おかかなどシンプルな物だ。 提案した当の本人は、余りそうなら焼きお結びに変更すればいい、と言っており一応グラウゼが醤油を準備しておいた。そのおにぎりや味噌汁は、みんなに好評のようだった。中にはそれらを初めて食べる者も多く、とても気に入られた。 「ああ、待ってくれ。もう1つそれをもらえるかな?」 「おにぎり、だね」 テューレンスが問いかければ、元旅団員だと言っていた男は笑顔で頷いた。そして受け取ると早速頬張る。 「うん、美味いな! 俺の故郷でも米は食ったがこんな食い方はしなかった。あのカレーとかいう食べ物も美味いが、俺はこっちの方がいいな」 男が嬉しそうに食べる姿を見て、テューレンスは小さく微笑む。 (やっぱり、同じ、なんだね) テューレンスはこの機会に敵意の無い旅団員達と色々話したいと思っていた。元々は敵だったという事は考えず、穏やかに接したのが良かったのだろう。他の元旅団員たちもリラックスした様子だった。 「まだあるから、欲しい時は言ってね」 テューレンスはその男にそう言い、おにぎりを持って歩き出した。 グラウゼが作ったカレーやポトフも、概ね好評だった。少し大きくなったゼロはリベルと共に食べ終わったお皿を下げながら、満足げな人々の笑顔に嬉しくなっていた。 「お嬢ちゃん、これも頼む」 「はいなのですー」 老人から皿を受け取り、ゼロはお盆に乗せて運んでいく。ある程度溜まったら次は食器の片付けだ。まだまだ食事に来る人はいるようで、食器が足りなくなっては大変だ。 厨房に戻ると、そこではグラウゼとジュリエッタが調理をしていた。ジュリエッタはというと、お米の量を図っているようだった。 「その材料、リゾットです?」 トマトなどを中心とした具材を見、ゼロが首をかしげる。と、ジュリエッタが「そうじゃ」と頷いた。 「材料は整っておるから、頃合を見計らって出すつもりじゃ。シンプルな物と元気が出そうな味付けの2種類を予定しておる」 「それは美味しそうだな」 グラウゼが口元を綻ばせていると、リベルと肥前屋がやって来た。彼女達もまた空いたお皿を下げてきたようだ。ゼロは流しに食器を置くと早速洗い始める。賑やかな会場の喧騒に、ニコニコ笑顔が止まらないゼロなのであった。 「すみません、カレーの皿を2つ下さい」 「うん、カレーだねー」 バナーは野菜炒めを作る傍ら、カレーを注いでいた。そこにこっそりドングリを粉砕した物を入れておく。それを受け取ると、リベルは頭を下げて持っていった。厨房からも人々の様子は伺えたが、やはりそれなりに緊張したり、疲れたりしている人が多かった。 (やっぱり、あれだけの事があればねー) 内心でため息をついていると、竜が厨房に戻ってきた。 「皆すっごく喜んでますっ! なんだか、食事を取ったら元気になってきたみたいですっ」 にぱっ、と明るい笑顔の竜に、バナーも頷く。調理の途中でどこか寂しそうな顔をしたように見えたが、杞憂だったのかもしれない、とバナーは内心で頷いた。その後ろでテューレンスの声がする。竜は「はーい!」と元気に返事を返して走っていき、うっすらと煙が揺れてたなびく。そんな彼女の姿にバナーも負けてられないな、と再び野菜を刻んだ。 (うん、やっぱり、たまねぎは目に入らないように切るのがいいねー) リゾットをある程度作り終わると、ジュリエッタはクッキーをバスケットに入れた。ほどよく冷めた、色とりどりの野菜クッキーは見た目からして愛らしい。 「んー、そうじゃな」 彼女はなにか思いついたらしい。というのも、そのクッキーには動物の模様がつかわれているのだ。傍らのオウルタン、マルゲリータが首を傾げていると、ジュリエッタが笑う。 「神経衰弱とかいけるかもしれん。まぁ、リベル殿に見られたら、普段なら怒られそうじゃが……」 あとは苦笑になっていると、すぐ傍に食器を抱えたリベルと撫子の姿があった。が、リベルは「そういうのも、子供達が喜ぶでしょう」と頷いただけだった。 (ちょっと安心したかもしらん) そんな事を思っていると撫子が焦った様子で手早くお米を研いでいる。なんでもおにぎりとカレーが好評でご飯が足りなくなってきたそうだ。竜が炎で加勢に入るとは言え、しばらく時間がかかりそうだ。 「ご飯物を欲しがる人も、まだまだ出ると思うのです。ゼロも手伝うです」 様子を見ていたゼロの言葉に、ジュリエッタは頷く。彼女は作った二種類の出来立てリゾットを皿に盛り付けた。 料理を運んでいくその背中を見送りつつ、竜は料理の手伝いなどを率先してやっていた。特に、火を使う時は彼女の出番である。その他、盛りつけや味付けなどもやっていた。 撫子がご飯を炊くのを手伝ったあとは、グラウゼやジュリエッタの料理の味付けを手伝い、盛りつけもする。 (そういえば、実家でもこうして手伝って……) 竜は、いつの間にか心細くなっている自分に気がついた。味見をしたり、配膳しているうちに、なんだかちょっぴりホームシックになってしまったらしい。その原因は、「故郷に帰れるかも」というある神父の言葉も、あるかもしれない。 「……どうした?」 不意に、グラウゼが声をかけてきた。我に返った竜の血色の良い頬が更に赤くなる。 「なんでもありませんっ。あ、そうそう! ほかに手伝う事は……」 竜がグラウゼに問いかけるそばから、ポトフを下さい、という声が聞こえる。それに頷くとグラウゼが器にポトフを注ぎ、お盆に載せる。 「竜さんと撫子さんで持って行ってくれ。あっちの子供達からの注文だ」 よくみると、テーブルで手を振っている子供達の姿があった。二人は頷きあってそこへ向かうのだった。 ホールと厨房を行き来する撫子はもしかしたら誰よりも慌ただしかったかもしれない。厨房では手早くお味噌汁やおにぎりを作り、ホールでは出来上がった料理を迅速かつ丁寧な動きで運び、食べ終わった食器をこれまたてきぱきと片付ける。交代で食器を洗ったりしているとは言え、彼女の働きには皆が目を見張った。 「お前さん、疲れないかい?」 「大丈夫ですぅ☆ これぐらいどうって事ありませぇん☆」 心配する肥前屋の問いに、いつもの口調と笑顔で答える撫子。今までの人生で鍛えた体は伊達ではないのだ。 「とりあえず、ご飯なら炊けたみたいだよ」 そういいつつバナーが野菜炒めを皿に盛り付ける。撫子は礼を述べると手早くおにぎりを握り始めた。 「炊き出し、順調なようですぅ☆ あ、そうそう! 子供用に飾りウインナーも作りましょう☆」 そうしながらも状況を簡単に報告し、提案する撫子。そつない彼女に対しグラウゼは「週1でもいいからバイトで入ってくれないかなぁ」と1人呟いた。 6人の頑張りのおかげで、概ね炊き出し会は成功した、と言えた。グラウゼは会場の状況から、そろそろデザートを出してもいいかな、と提案し、バナーが持ってきてくれた果物などを使って作り始めるのだった。 転:甘くて優しい一時を 「それじゃあ、早速クッキーを出すのじゃ!」 「ゼロにもお任せですー」 ジュリエッタが、野菜クッキーを手にホールへ出れば、ゼロも持ってきた機械を手にホールへと出て行く。 「それは何ですか?」 興味津々な目で竜が問えば、ゼロが「見てるです」とてきぱきと機械を操作する。 「子供達もいっぱい、いるみたいだね」 テューレンスがあたりを見渡しながら言う。みんなに安らいでもらえれば、と横笛を奏でようと考えているのだが、歌や楽器が得意な人がいれば、と誘える相手を探しているようだった。 「私はぁ、もうちょっと厨房のお手伝いをしますぅ☆」 「ぼくも手伝うよ」 撫子とバナーは厨房に残り、焼きおにぎりと野菜炒め、デザート作りの手伝いをするらしい。その横ではグラウゼがリベルと肥前屋に休憩するように話しているのが見えた。 テューレンスが何人かの人々を誘っていると、双子と思われる男の子と女の子がとことことやって来た。 「ねぇねぇお姉さん、僕とマリィも一緒にいいかな? 僕、笛なら得意だよ」 「あの、私も歌うのが好きだから、お手伝いできると思うの」 二人の姿を見たゼロが、嬉しそうに駆け寄った。そう、この双子は嘗て壱番世界・知床へとやって来た元旅団員、マリィとホリィであった。旅団の人々の中に、見知った顔がいるのではないか、と思っていたゼロは、素直に再会を喜んでいた。 「おひさしぶりなのです。元気ですか?」 「うんっ。ゼロさんも元気そうで嬉しいよ」 ホリィがゼロの手を握って笑顔をこぼす。よく見ると、二人共ふわふわのワンピースではなく、壱番世界の子供達が着るような服を纏っていた。 話によると、2人はドンガッシュと一緒にクリスタル・パレスにいたそうだ。目立つ怪我は無く、ゼロは是非テューレンスの演奏を手伝って欲しい、と頼むのだった。 その頃、竜はというと、元旅団員だという人々と色々話していた。ここに集まっている元旅団員の殆どはドンガッシュと共に来たり、自ら降伏した人々だという。 色々話していると、少しずつポトフを食べていた老婆がどこか悲しげに呟いた。 「世界樹の為とは言え、色々酷い事をしてきたのかもしれない。そう思うと罪悪感とかあるんだよ」 と、暗い表情を浮かべる老婆。そんな彼女の手を取り、竜は笑顔を向ける。 「もう、世界を襲う必要もなくなりましたし、世界樹とかチャイ=ブレが~、とかで変になるのはやめましょうよ!」 皆同じロストナンバー、それでいいじゃないですか、と。頬の赤い、あどけなさの残る少女に諭され、老婆は柔らかい笑顔に涙を浮かべて「ありがとう」と呟いた。 その傍らでは、子供達がジュリエッタお手製のクッキーを使って神経衰弱をして遊んでいた。いい香りのする野菜クッキーは、大人たちにも好評であった。 「ほら、お姉ちゃん! キリンさんとキリンさんだよー」 「うむ、正解じゃ!」 ジュリエッタが頭を撫でて褒めてあげると、少年は可愛い笑顔でクッキーを頬張った。同じ絵柄を見つけることができればクッキーをあげる、というルールらしい。顔を上げれば、竜が先程話していた老婆とお手玉を披露している。子供達が手ほどきを受け、一緒に遊んでいる姿は実に微笑ましい。 目があった竜とジュリエッタは、どちらからともなく微笑み合うのだった。 「やはり、同じロストナンバーなのじゃな、皆」 「はいっ!」 どこに所属していても、同じ楽しさを共有できる。それを実感していると、どこからともなく歓声が上がった。 「何の音ですぅ?」 撫子が厨房から出てみると、ゼロが動かした機械から、ふわっふわな綿菓子が発射される。前に異世界へ出かけた際購入したメカ娘パーツ『綿菓子ミサイルランチャー』によって出された物だ。 「美味しそう!」 「皆で仲良く食べるです」 これを使う時は、今! とばかりに張り切って準備した甲斐があった。とろけるように美味しい綿菓子は子供たちに大好評であり、中には使いたい!と強請る子供たちもいた。元々この避難所に寄贈するつもりであったゼロは使い方を子供たちに丁寧に教え、人に向けないように注意した上で貸すのであった。 辺りに甘い匂いが漂う中、テューレンスが奏でる横笛の音色が会場内に流れる。それに合わせてギターや太鼓など、幾つもの楽器が心地よいメロディーやリズムを奏でていた。それに合わせ、愛らしい女の子の歌声が響く。 ターミナルの住人もいれば、旅団員もいる。即席の楽団ではあったが、心地よい音色を奏でたい、皆で楽しみたい、という思いで一丸となり、多くの人々をうっとりとさせる。 テューレンスは曲や曲の展開によって所々音色を変えつつ、そっと目を細める。少しでも彩を添えられたら、と思って始めた事だが、ともに演奏する事によって、改めて旅団員もターミナルの住人も何も変わらないのだ、と実感する。 (やっぱり、こういうのが、いいよね?) 柔らかな音色を奏でながら、テューレンスは微笑む。と、厨房ではバナーやグラウゼが笑って手を振っているのが見えた。 こうしている間にも、バナーと撫子は料理を作っていた。そろそろ一段落つきそうだ、というグラウゼの言葉を聞き、漸く厨房の椅子に腰掛ける。 「ん? その袋、いい匂いがするねー」 バナーが手にしたのは、さらさらとした粉の入った袋。それは撫子の用意した出汁粉だった。お味噌汁に投入したもので、これは手早く作るコツの1つだった。 「出汁を真面目にとると時間掛かり過ぎるのでぇ、用意したんですぅ☆」 そうすれば具材さえ切れば直ぐに味噌汁を作る事ができ、空いた時間を有効に使える、という訳だ。なるほど、と関していると、美味しそうな匂いがする。二人が顔を上げれば、グラウゼがデザートを作っていた。フルーツヨーグルトやナッツや胡桃を使ったパウンドケーキが並ぶ。 「これを持って行ってくれるかな? 後で食べていいからさ」 彼の申し出に、2人は笑顔で頷いた。 テューレンス達の演奏を聴きながら、リベルと肥前屋は野菜クッキーや綿菓子を食べていた。これらは子供たちから貰ったものだ。 二人が見る限りでは、炊き出しに訪れた人々は、皆幸せそうな顔で過ごしている。中には食べ過ぎてしまった者もいるようだが、そこはぬかりないリベルの事だ。救護班に連絡を取り、助けてもらっていた。 「あたし、思ったんだよね。この調子なら、意固地になってる奴らもわかってくれるってさ」 「そうだと、良いですね」 肥前屋が、クッキーを齧りつつ呟く。リベルも相槌を打ち、音楽に耳を済ませる。肥前屋が言っていたのは、未だ敵意を持ち続ける人々の事だろう。その話はリベルも聞いている。彼女はそっと腰に下げた『導きの書』に触れながらもう一度小さく頷いた。 結:温もりを、分け合おう 漸く一段落ついた為、グラウゼもやっと厨房から出て来た。傍らには厨房にいた撫子とバナーもいた。演奏を終えたテューレンスや子供達と触れ合っていたゼロ、ジュリエッタ、竜も集まっている。 「皆本当にありがとう。おかげで上手くいったよ。お礼といっちゃなんだが、食べてくれ」 そう言って出されたのは、『とろとろ』でお馴染みのカレーだった。ジャガイモ、人参、玉ねぎにコロコロとした牛肉……とオーソドックスなスタイルだった。近くの席を見れば、演奏に協力してくれた人たちへも同じ準備がなされている。 「うーん、美味しそうですっ!」 竜がにぱっ、と笑って席に着く。傍らではバナーがうんうん、と頷いている。 「他の人の作ったのがおいしそうだと思うんだよー」 「そういう事、ありますよねぇ☆」 彼の言葉に撫子も相槌をうち、傍らではロボタンの壱号もチカチカ目を光らせて同意しているようだった。 「皆で食べれば幸せなのです」 ゼロがそう言って向かいの席に座る。いいのかな、とキョロキョロしていたマリィとホリィを呼ぶと、彼女は2人を自分のそばに誘った。 「そうじゃな。腹が減ってはなんとやら、じゃ」 「一緒に食べたら、楽しいね」 ジュリエッタとテューレンスがその様子を見、微笑ましく思いながら席に着くと、みんなで揃って「いただきます」と食事が始まった。 働いた後の食事は、やはり美味しい物である。会話が弾みながらも、カレーはあっという間に無くなっていく。竜の食べっぷりは思わず見ている旅団員が笑みを零す程だった。その様子に、撫子は思わずくすり、と笑った。 「慌てなくてもぉ、まだご飯ありますからぁ☆」 傍らで壱番がカレーを食べているが、モザイクっぽい口に吸い込まれていく様子に二度見する旅団員もいたとか、いないとか。そんな撫子達の傍の竜は、食べている時が一番幸せなのか、笑顔がとても輝いている。 「食べることこそ復興と友情の第一歩です! 腹が減っては戦はできぬですよ!」 戦いは終わりましたけどね、と笑う竜につられ、思わずゼロもくすくす笑う。食事を必要としないゼロではあるが、穏やかな食卓の雰囲気やちょっとした会話が好きなので、こうして時に食事をしている。 「このカレーは華麗に辛ぇのですー」 なんて呟きつつ食べているが、不思議な事に真っ白くて愛らしいお洋服にはシミ一つついていない。それに不思議に思う者も少なくないようだ。 そんな様子にうんうん、と頷きながらジュリエッタもカレーを口にする。 「これからが大変なのは分かっておるが、食べ物をきっかけとして共に歩んでいけるようになれば良いのう」 「そうだよねー。早くいい感じになるといいねー」 そう、穏やかに言えば、同意するかのようにバナーや同席した何人かの大人たちが頷いた。 そんな中、じっくりと堪能するテューレンスはとろける舌触りのジャガイモに目を細めつつ、ゆっくり飲み込む。そして、目が合ったグラウゼににっこり笑った。 「グラウゼさん。落ち着いたら、是非、お店で食事をしたいな」 「ああ、勿論。楽しみにしているよ」 グラウゼも笑顔で答え、それが嬉しいテューレンスであった。 食事のあとは、ちょっとしたデザートも皆で食べた。量が十分にあったのは、ゼロの能力のお陰もあるし、バナーが用意した果物などのお陰もある。 因みに彼が用意した椰子の実だが、内側の白い部分を削って振舞われ、わさび醤油で食べた事を付け加えておく(大人に好評だった)。 炊き出し成功は、双方にいい結果をもたらした。復興への一歩を踏み出せた、とグラウゼも手応えを感じ、力強い笑みで顔を上げる。 「そういえばじゃがシオン殿。リゾットは日本風とイタリア風、どっちが好みかのう? 肥前屋殿はイタリア風と言っておったが」 ジュリエッタの問いに、グラウゼは笑顔で 「どっちも好きだからどっちも欲しい。カレーだけじゃ足りなくてね」 と、ニッ、と笑うのだった。 「案外、食いしん坊ですねぇ☆」 撫子の言葉に、思わずテューレンスが吹き出す。それが感染したのかゼロやバナー、竜も笑い出し、よく見ればリベルも思わず、と言った様子で僅かに笑った。グラウゼはそんな様子に苦笑し、バンダナをとって頭をかく。白銀の髪をふわりと揺らしたエルフっぽい料理人は、仲間たちの笑顔に満たされつつもう一度微笑んだ。 この時は誰も考えなかった。 この世界司書が、倒れようとは……。 (終)
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