その叫び声は0世界に響き渡った。「ジ、ジ、ジ、ジルベルトーーーーーーーーーーーーーーー!!!!??」 彼女、ジジ・アングラードの朝は早い。 ジジは起床するとすぐに自室の大きなスタンドミラーで寝癖をチェック。寝る前に用意しておいた服に素早く着替え、朝食の準備。 包丁を持つ手も鍋を握る手もごつごつとした竜の手で、とても面倒くさい。 女性らしいという物を追及する彼女にその手は無用なのだろう。 基本食事は自分で作る。 和食は得意ではないが、洋食は得意。 前日に作っておいたパンに苺のジャムを挟む。甘い物は正義。 スープはかぼちゃとさつまいもがベースのスープ。 後はサラダに自家製ドレッシングをかけて、朝食はこれで十分。「ジルベルト、早く起きないと……」 ジルベルト? え? いない? どこどこどこ!? ジルベルト!?「ぐずっひっく、う、うううう、うえーーん! ジルベルト、ジルベルトぉおおお!!!」 天蓋付きのベッドを探す、いない。その下は? いない。 机の上、いない、下、いない。 ソファ、テーブル、キッチン、部屋の中を漁り尽くした。 あれ? ちょっと待てよ……?「あたし、昨日の夜、一緒にお部屋に入ったかしら……?」「ぐす、ぐすっひっく、うぇっく。皆さん、助け、助けてくださああいいいっ」 べそべそと泣きながら、ぼろぼろと涙を零しながらジジはロストナンバーたちに縋るような表情を取る。「実は、あたしの大事なお人形のジルベルトをなくしてしまったのです……こう、60センチくらいの、黒い髪の毛で長髪の男の子なのですが、自室は探しましたが、いませんでした。お願いします! 探して下さい! ジルベルトなしの生活なんて考えられませんっ!!」 そしてうわーん、と盛大に大泣きする。 それほど大切な人形らしい。 手掛かりはないのか、と聞くと、自分の生活の行動範囲は世界図書館中央閲覧室と自室の2つであると言った。 もしかすると自室のどこかにまだ見ていない場所があるかもしれない、世界図書館中央閲覧室で置いて来てしまったかもしれない、と曖昧な発言。 とにかく彼女はその人形がいないと駄目らしい。「これじゃあ導くものも導けません……」 仕事放棄か。 しくしくめそめそじめじめ。ああ、鬱陶しい! しかし、ジルベルトという男性の人形がないと、彼女は生きていけないらしい。世界司書としても有能に働けないようだ。ロストナンバーたちは、全く仕方がないなと言うようにため息を吐いてジルベルトの捜索に乗り出したのだった。
◆ ◆ ◆ 知性のある物は焦っている時ほど、見付けたい物がある時ほど、それを見付けることが出来ない。 冷静になろうとすればするほど焦ってしまい、自分の行動が思い出せなくなる。昨日はあそこへ行った? いつまで一緒にいた? 全く思い出せないことは多々ある。 ジジ・アングラードはまさにその状態だった。 彼女としては部屋の中は探しまわったと思っているが、逆に色んな物を引っ張りだしたため、普段は綺麗に整理されている部屋がぐっちゃぐちゃになっている。 ロストナンバーの5人はそれでも探しまわるジジを見て、一瞬うわぁ、と口から出そうになって止めた。 きっと自分のことがまったく気にならなくなるまでそのジルベルトという人形が大切な存在なのだろうと、容易に想像がついた。 はた迷惑なことではあるが、子供が探し物をしているようで可愛いものではないか、と苦笑してしまう。 「泣かないでお嬢さん、ぼくがきっと見付けてみせるから」 オーギュスト・狼がジジの肩をぽんと叩いて、紳士的に微笑んで見せた。 「そっか……ジルベルトさんってジジさんの宝物なのね。じゃあ、早く見付けてあげなくっちゃ」 コレット・ネロは泣き崩れているジジの涙をハンカチで拭い、優しげな表情を見せる。 なるべくコレットは落ち着いた様子を取った。 肝心のジジが錯乱した状況であるならば尚更だ。 周りまで慌ててしまえばきっと出せる情報も出せなくなってしまうだろう。 なので自分たちは慌てず、騒がず、ゆっくりと彼女から話を聞いていこうと5人顔を合わせて頷いた。 「えっと、ね……ジルベルトも男の子なんだから、ちょっぴり冒険したくなるお年頃、だと思うの」 ジジの手を握り、ディーナ・ティモネンはゆっくりと言葉を続けた。 きっとジルベルトは帰ってくるから、ジジはジルベルトの新しい洋服を作って待っている。多分泥だらけになって怒られるんじゃないかなと困りながら、反省しながら帰ってくる。その時は優しく綺麗なジジがお茶の用意をして、新しい服を作って、笑って待っている。そうしたらきっとまた家出して冒険なんて、考えられなくなりそう。 「この世に存在するモノは、全て生きてるよ?私たちが、それを感じ取れるかどうかってだけ」 にっこりと笑うディーナの言葉を反芻しながら、ゆっくりとゆっくりと、涙が流れ落ちるその瞳を閉じた。 ブラックアウト。 数秒彼女は目を瞑って何かを呟いていた。 5人はその言葉を聞き取ることが出来なかったが、竜の手で拳を握る。 ギリギリギリと握り締め、爪が肌に食い込み、赤い血を滴らせる。 「冷静、冷静、冷静、冷静」 ぽつぽつ、と呟く。 ルゼ・ハーベルソンはそんな彼女を見て、噂通り何だか違っている、そう思った。 「(確かこの世界司書はグロテスクなものが好きだったんだっけ?)」 ただちょっと変わってる、と認識していた人物をルゼは早々に撤回する。ただちょっとなんかではない。物凄く変、だ。 錯乱したと思ったら、すぐに静かに目を瞑って何やらぶつぶつ呟く。 自傷の癖ではないのだろうが、痛みを感じていないのか。綺麗に整えられた鋭利な爪は肌に食い込む。 「(ロストナンバーの奴らは変わりモンばかりだが、この世界司書も相当だな)」 見かけは大して変わっていないのに、とため息を吐いた。 コレットとディーナは心配するような表情で彼女の顔を窺う。 無表情で何かを呟き続けているのだ。 ふう、と一度息を吐いた。 「ご心配をおかけしました。少々取り乱してしまいました。ごめんなさいね、あたしったらジルベルトがいないだけで……皆さんにご迷惑をかけるなんて……」 にっこり、と擬音でも付きそうな笑顔を貼り付けて彼女は笑う。 明らかに様子の変わったジジを訝しみながらもダルマは彼女の真っ白な髪の毛に触った。 「あんた……大丈夫か?」 「? 大丈夫ですよ? 大丈夫、あたしは大丈夫。大丈夫なんです。ええ、そう、あたし大丈夫なんですのよ!」 それはもう自分に言い聞かせているとしか思えなかった。 「あら、いつの間にか血が……ふふふ、この手は本当に使えないです」 「落ち着いたか?」 ダルマが聞く。ええ、ずっと落ち着いてますよ、と返すジジ。 そうか、と返したダルマだが、後ろから見ていたオーギュストは思った。 「(嘘吐き……握り締めた右手の中指と薬指の骨が折れてるよ……)」 現在位置では彼しか見えなかったが、折れるほど力を入れ過ぎて、可笑しな方向に指が曲がっている。 まったく末恐ろしい怪力。 世界司書なんてやってないで表へ出ればいいのに、なんて思いながらため息を吐く。 「失せ物探しは探偵の定番だからね。任せておいて」 「はい、お任せしま……、あらっ! あたしったらお部屋こんなに汚くして……あたしはお片付けをしますね……」 服、本、そして明らかにおかしなところに刺さっている包丁。 すぐに抜くと「うふふ、申し訳ございませんわ」ところころと笑って見せた。指が曲がったままで。 他の4人にはよくわからない変わった世界司書というイメージが付いたが、オーギュストは違う印象を付けた。それは探偵であるからこそ、洞察力が優れているからこそ、気付いたのだ。 「(この人は弱く見せたいんだ、自分を。……本当は弱いだけの人も強いだけの人もいない。でもそうやって見せようとしているってことは自分がそうありたいからであって……要は本当は強かったんだねとか、そういう両方取ることが嫌いなんだ。まあ、自分自身でカマトトぶるのが好き、と言うちょっとしたナルシズムがあるってところかな。それにしても不完全だけどね)」 それを不完全にさせるほど、そのジルベルトと言う人形が大切な物なのだと彼は行きついた。 お淑やかに装って、料理も裁縫も得意と……、でも本当はこの竜の手のせいで細かい作業は苦手なんだ。本当は並のコンダクター以上の腕力はあるのにそれをひた隠しにしたい。 弱々しく見せて、強くて頼り甲斐があるなんて言われたくない。 自分は主人公にはなりたくないんだ。か弱くて守ってもらえる立場にいたい。 「(そういうの意図的にやってるのって、実際男性からも女性からも受けは悪いよね。いや、気付かない人もいるのか。気付かない人を見てこっそりと笑うのが好き、その程度かもしれないな……)」 自分がそう見せたいのならば、彼女は貫くしかないのだ。 ああ、なんて扱い辛い人物なのだろうか。 でもそれが彼女の選んだ道なのだろうと、ゆっくりとオーギュストは思った。だから貫くための強さも、持ち合わせている。 「(まあ、ジジ・アングラードという人物像の観察も含めて、楽しめそうだね)」 ゆっくりとオーギュストは微笑んだ。 ◆ ◆ ◆ ジジが落ち着いたところで、各々がまずは部屋の中を探すことにした。 部屋にある確率が一番高いだろう。 オーギュストは女性の部屋を詳しく調べてしまうのは少し気が引けたが、ジジ自身がどうぞ、と手を差し出した。 当のジジはとりあえずクローゼットの中に服をしまっている。 手当たりしだい色んな物を引っ繰り返した、手当たりしだい探しまわった。 そんな痕跡がいたるところに感じれる。 「あら、それは……?」 「ああ、よけりゃこいつら手伝いに使ってくれ、言いつけりゃ何でもやってくれっからよ」 ダルマが差し出したのはあらかじめ彼が連れて来ていた白と黒のブロックチェックの模様をした一つ目のゴーレム。 体長はジルベルトに合わせたかのように60センチ。 彼らは4体いて、ダルマの指示に従い2体は世界図書館中央閲覧室に走るよう向かって行った。 動いているこの何かを見て、興味津々のジジ。それと同じようにコレットもじーっとそのゴーレムを見ている。 「これって、どうやって動いているのでしょうね……ひ、引っ張ってみても……!?」 「……やめてやってくれ」 「……つ、突っつくのは!」 折れたのはダルマの方だった。突っつくくらいなら、とため息を吐いて了承した。 ブロックチェックの1体をつんっと人差し指でつついた。 「可愛い……」 「え?」 「なんかよくわかりませんが、可愛いです! 確かこの引き出しに……」 ジジが笑顔を見せて、何やら収納の引き出しを漁る。 そして取りだしたのは、どうやら小さな人形用のレースのカチューシャ。 「ジルベルトのために作ったはいいのですが、ジルベルト、似合わなくって……」 「ジジさんって本当にジルベルトさんのことが好きなんですね」 ダルマのゴーレムにカチューシャを付けたジジは、コレットの言葉に目を丸くして見開いた。 「……い、いえ……その、好きという、わけではないと思います……」 「?」 何故好きではないと言うのかがよくわからない表情をするコレット。 「あ、えっと、大事、とは思っています。ただそれが好きだとは思ったことがなくて。好意とか愛情とかじゃなくって……よくわからないのですけれど……」 理由がわからない。 ロストメモリーになる前から一緒にいた存在なのだから、その存在がいること、それが普通であって今のようないない状態が異常なのだ。 例えて言うならばコンダクターが服を着ると同じく、身に付ける物なのだ。それか自分の臓器などと同じのように、既に自分自身と同じのような物なのかもしれない。 ロストナンバーたちは様々な世界からやって来ている。竜の手を見れば元はきっとジジも元はツーリストであったのだろう。しかし誰も彼女が元にいた世界などを推し量れない。 彼女自身が全く覚えていないのだから。 唯一の情報源が何も覚えていないのだから、何故一緒にいるかを聞いたとしてもわからないしか返って来ないだろう。 「ロストメモリーって、大変なんだね」 「何故?」 ディーナの言葉に首を捻る。 彼女は脳で考える前にその言葉が出た。自分が思っているよりも――早く。 しかし、実際そう思えるのは確かだ。何もかも忘れてしまえば自分の世界を探しに懸命に駆けずり回らなくても済むし、もし苦しい記憶しかなくてそれで忘れてしまったのならば思い出さない方が楽だろう。実際に自分がどのような思いで、どのような世界から来て、ロストメモリーになったのかはわからない。 しかし後悔をしたことはなかった。 今、ディーナの言葉を聞くまでは。 「だって、記憶もなくなって、元々いた世界からも忘れ去られて、何だか悲しい」 悲しい? 「ただあたしたちは導きの書に現れた事例を貴方たちに知らせてるに過ぎません」 大変なのはあなたたちロストナンバーでしょう? と疑問に思うように。 確かに色んなところへ行って問題を解決して、頑張っているのは自分たちであって、ロストメモリーではない。 「ディーナさん、あたし、覚えてないですし、わからないですが、ロストメモリーになったそれなりの理由があったんだと思います。確かに過去と元いた世界を忘れ、0から始めるのはキツイことに聞こえるかもしれませんが、今の生活に何も不満はありませんよ? それに0という数字、嫌いじゃありませんし」 だから、笑って? と、ディーナへ真っ直ぐ視線を向けた。 ディーナははらはらと涙を流していた。 自分のことではないのに、自分のことのように想ってくださってありがとう、と、抱きしめた。 「今の生活に不満がないなら、いいことかもだな」 ルゼは部屋の中から出てきた何やらグロテスクな写真を見ていた。 しまった、見られてしまった、とでも言うように口元を押さえるジジ。 「こんな物、どっから手に入れてくるんだ?」 「え、ぐ、グロテスクな物ばかり、じゃーないですよー……大半がグロテスクですけど、ね。例えば、ロストナンバーの皆さんに写真撮って来てって頼むとか、壱番世界で買って来て貰うとか……ちゃんと対価は払いますよ!」 ほら、と可愛らしいモフトピアのアニモフたちの写真もあった。 「いや~、うん、これなんかすごいよ……」 「ああっ! それはちょっと人には見せられませんっ! っていうか、この棚はさすがに小さくてジルベルトは入れません! よって、探す余地なしです!」 ぴしゃり、とここは駄目! と遮られてしまった。 「ど、どんな写真だったの……?」 好奇心でコレットがルゼに聞くが、ルゼは「あれは未成年には見せられない」とだけ言った。 彼女は想像するしか方法がなかったが、どんどんと悪い方向へと考えは及んでいく。 「まさかそのジルベルトって人形もスプラッタな人形なんてやめてくれよ」 「ないです! 普通のお人形です。少し無愛想なのが玉に瑕ですが」 「へえ、無愛想って、笑ってないってことかな?」 どんな人形なのかと、考えていたコレットが聞く。 「そうですね、無表情の黒髪のお人形です」 「大事だったってことは、家族とか……恋人をモデルにした人形だったりして」 「……どうなんでしょうね……?」 疑問の言葉を呟いたが、ジジはそうだったら案外素敵かもしれない、と思った。 家族も覚えていない、恋人も覚えていない。 もしかしたら両方ともなかったかもしれないが、両方ともあって、その誰かをモデルとしているのだったら、なんだか素敵だ。 それを見たダルマはふっ、と笑い、ジジの頭をぐりぐりと撫でた。 元から髪の毛はぐしゃぐしゃになったままだったので、髪型の心配をする必要はなかったのだが、何故撫でられたのだろうと、ダルマを見上げる。 「大事だし、自分の一部だと思ってるんだったら、愛してやりな。それがあんたの大事だった人の形をしているかもしれない、という可能性が出てきたこの場合だから、尚更言うんだぜ」 「そうそう! 店長の言うとおりだよ!」 ディーナも笑って言った。 「はーい、5人とも、頭を動かすのはいいけど、手足もちゃんと動かしてねー」 1人黙々と作業していたオーギュストがそう促した。 ごめんなさーい、と謝り、もう一度ジジの部屋から探し回ることにした。 ◆ ◆ ◆ 「服と本は、しまいましたから、先程よりはすっきり見えると思いますが……」 多少探しまわって色んな棚などから物を引っ繰り返していたのでまだ綺麗とは言い難かったが、先程よりはまだましと言えるだろう。 オーギュストはジジの行動をしっかりと見ていた。 ジジは随分時間を食ってしまった、と思い、皆に紅茶を淹れるべくキッチンに立っている。 なるべく彼女の視線に立って更にはジルベルトの視線に立って探す。 自分は探偵だ、この程度のことを乗り切れないはずはない。 まずはベッドからだな、そう思った。 言動からジルベルトと一緒に寝ている可能性が高い。 「(それにしても……なんてピンクな部屋。天幕付きのレースや質のいいシルクの布ばかり。乙女チックすぎて色んな意味ですごい)」 徹底した乙女趣味。 ここまで行くと逆に清々しい。 コレットとルゼが一緒に掛け布団をベッドから降ろす。掛け布団には何もない。コレットがぼふぼふと全部叩いて中に何も入っていないことを確認した。 ベッドと壁の間、枕の近く、隅々まで探す。オーギュストもベッドの下を見たり、ベッドの周りは探した。 「‥‥ここには、ない、かな‥‥?」 60センチの人形、大きい方になるだろう。冷静に探せばすぐに見つかる物だ。 ベッドにないとすると、部屋の中では衣服をしまうクローゼットと下着類をしまっている小さな箪笥。 他の収納の棚や引き出しは小さい。60センチの人形が入るには少しばかり小さかったようだ。 しかしクローゼットと小さな箪笥は入る余地がある。 「ディーナくん、コレットくん、さすがに女性の衣服のある場所は探せません。お2人にお任せしてもいいかな?」 「うん、わかったよ」 2人ともこくりと頷いて探し始める。 トコトコとダルマのゴーレムは歩き、家具の間や小さなスペースを見て回っている。 低い視線で彼らはジルベルトを探す。 「んー……クローゼットの中も何もないかな」 ディーナの言葉にコレットも「箪笥の方も何も変わった物は」と言った。 部屋の中にはない、と考え一度世界図書館中央閲覧室まで探しに行くか考える。 「皆さんすみません……こんなものしかございませんが……」 人数分のカップとチョコチップのクッキーを皿に入れ、トレイに持っているジジ。 一度休憩しましょう、と提案により、近くにあったテーブルの上にトレイを置く。 紅茶の香りが辺りに広がる。 「バニラの香り付けをしたアッサムの葉に乾燥させたストロベリーの果肉をブレンドした茶葉でミルクティーを淹れました」 甘いのは大丈夫でしょうか、と先に聞くべきだったかなと言う表情をしながらジジは各々の前にカップを置いた。 「甘い物は脳に良いって言うしな、もしかすっとこれ飲んだらジルベルトのいる場所が閃くかもな!」 ルゼはごくり、と飲み、「うん、うまいな」と一言。 甘い香りとミルクの甘さが絡み合っている。 ありがとうございます、とにっこりと微笑んだ。 「(ああ、この世界司書はこういう存在でいたいんだ。本当は強さも持っているけれど、それを行うことがとても嫌なんだ。その理由はわからないけれど、きっと世界司書になった理由も、そのひとつ……)」 程良い甘さの紅茶を飲みながらオーギュストは思った。 「この紅茶、どこから買ってきてるの?」 「茶葉自体は普通に取り寄せてるのですが、その茶葉にバニラの香り付けをして、乾燥させたストロベリーの果肉を入れるだけなのです。香り付けするのも簡単ですから、気軽に出来ますよ」 感心したような表情でコレットは淹れられた紅茶を見る。 「(そう言えばキッチンに手の付けてない料理があったわ、朝食だったのかな? 家庭的なのね)」 こくり、と飲んでそう思った。 オーギュストの考えていた通りの結果となったが、ジジにとってはそれが一番いいことにあたる。 それについてやいやい言うつもりも何もないので、オーギュストはゆっくりと紅茶を飲みながら部屋を見渡す。 ダルマのゴーレムはまだ部屋の中を探っているが、後はキッチンを見れば部屋は探し尽くした。キッチンの戸棚などに入っているとは考え難い。 「キッチンを探し終わったら、一度世界図書館中央閲覧室に行くか?」 オーギュストの視線に気付いたのか、ルゼがそう切り出した。 「そうだね、一度見に行った方がいいかもしれない」 「いや……その必要、ないな」 ダルマがそう言った。 何故? と目を丸くして皆が彼を見つめる。 たたたー、と何かが部屋の中に入って来た。 それはダルマのゴーレムに担がれている黒髪の長髪の人形。 「じ、じ、じ、じ、ジルベルトー!!!」 「世界図書館中央閲覧室の本棚の間に挟まってたらしい」 わっ、とその人形を抱きしめ、ジジの瞳からぼろ、ぼろ、と再び涙がこぼれ落ちる。 それはとても綺麗な人形であった。 「ジジ、心配かけてごめんね、ただいま」 その言葉がコレットの裏声だったとしても、ジジにはジルベルトからの言葉にしか聞こえなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、あたしの方こそごめんなさい、1人にしちゃってごめんなさい……」 結局何の人形であったのかはわからない。 もしかすると家族をモチーフにしたのかもしれない、恋人をモチーフにしたのかもしれない。 可能性を挙げるとすると無限に挙げられる。 しかし全てを忘れた彼女にとっては、彼女の愚痴を聞いてくれる家族であったり、彼女を受け入れる恋人でもあるのかもしれず、そして孤独を忘れるための友達なのかもしれない。 「ジジ、手出して」 ディーナがジジの手を取り、部屋の中を探していた時に見付けた救急箱の中から包帯を取りだす。 それを察したダルマがゴーレムを動かし――キッチンにあった割り箸を取り――ディーナに渡す。 「ありがと、店長」 「いーって」 微笑んでディーナはジジの指を固定するように割り箸を支えにして包帯を巻いた。 全員気付いていたのだ。しかし、彼女が気付かれたくない様子を見せていたため、言い難かった。しかしそのままにしておくほどではない。 「――ッ!!」 「はい、終わり! これからは自分を大事にしてね、女の子なんだから!」 ディーナが笑ってそう言った。 びっくりした表情を一瞬取り、ジジはゆっくりと微笑んだ。 「はい。女の子ですから」 そして極上の微笑みを浮かべて、頭を下げて「皆さん、ありがとうございます」と言った。 「貴女の笑顔だけ頂ければ十分です。可愛いジジさん」 「ふふ、ありがとうございます。探偵さん」 シルクハットを脱いでジジの手を握ってキスをするオーギュストに微笑んだ。 世界司書の人物像の観察も出来た、中々いい経験だな、と笑い合う。 「まだ時間は早いですから、もう少しお茶飲んで行って下さい。今度は何を淹れましょうか……甘いのを飲みましたから、さっぱりする柑橘系の紅茶にしましょう」 ロストナンバーたち5人はその後お腹がたぽたぽと水分で溢れそうになるくらいジジに紅茶を飲まされたらしい。 彼女が嬉しそうだったから、良しとするかとお腹を気にしながら去って行った。
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