クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-12139 オファー日2011-09-24(土) 01:03

オファーPC 伊原(cvfz5703)ツーリスト 男 24歳 箪笥の付喪神

<ノベル>

 伊原の故郷は概ね平和だった。妖と呼ばれる存在が『さわぎ』を起こすこともあったし、世界の均衡が密かに崩れ始めていたのだが、伊原の周りはまあ平穏だった。
 ところで伊原は箪笥の付喪神だ。昼は青年の姿で散歩を楽しみ、夜は空き家に入り込んで休むという生活を送っていた。
 そんなある晩のことである。箪笥の姿でまどろんでいると、がたがたと戸口が開いた。
「ふー、参った参った」
「こんな時ばかりは屋根が欲しくなるねえ」
「邪魔するよ、お若いの」
 年長の妖たちがどやどやと入ってくる。伊原は「はあ」と応じるばかりだ。耳を澄ませば、ぱたぱた、とたとたと雨音が聞こえてくる。
「突然降られてもうた。雨宿りさせてくれんかの」
「はあ」
「何もない家じゃの。暇を潰せるような物はないのか?」
「そう言われても……」
 伊原は困り果ててしまった。箪笥には初対面の相手をもてなす能力などないからだ。
「相変わらず気の利かないこと」
 いつの間にか、猫の姿の猫又が傍で伸びをしている。伊原はほっと息を緩めた。
「良かった。知ってる顔がいた」
「へえ、箪笥が人見知りするのかい。で、いつまでその姿でいる気なの」
「はい、はい」
 言われるままに人型へと変じる。猫又はいつものように膝の上に陣取って香箱を作った。
 雨音と一緒に足音がやってくる。妖は次々と増えていく。寝そべる者、家の探索を始める者。間延びした雨音が弛緩した空気を加速させる。ついには給仕に回る者まで現れた。青い甚平を着た、壮年の男の妖がお茶を配り歩いている。彼を横目に、猫又がゆっくりと頭をもたげた。
「嘆かわしい。暇を持て余した妖ほど悲しいもんはないよ」
 鼻の上に皺を寄せる。やけに人間臭い表情である。
「あたしらは誰かを怖がらせてなんぼだろう。これだけ雁首揃ってるんだ、ちっとはらしいとこ見せてみな」

 とた、とた、とた、とた。雨音が静寂を打ち鳴らす。
 暗闇の中、青い鬼火が揺れている。一つ、二つ、三つ……。十まで数えたところで伊原は諦めた。まさか百には届かぬだろうが、二十や三十ではきくまい。
「人魂のようじゃの」
 髑髏の妖がうっそりと笑い、手近な鬼火を吹き消した。ぼぼう、と周囲の火が震える。鬼火自身が楽しげに身をよじったようにも見える。
「次は誰ぞ」
「とびきり恐ろしいのを頼むぞえ」
 妖たちの顔の上を、生き物のように陰影が這った。
 猫又の一喝を受けた妖たちは真剣に話し合った。脅かし合いでもしてみるか、肝試しはどうだ、いいや外は雨だぞ、ならば百物語の真似事でもしてみよう……。戸を開け放して茶の間に集まり、蝋燭の代わりに鬼火を灯して、即席の怪談会場が出来上がったのだ。
「何ぞ人臭くはないか」
 老爺の姿をした妖が金壺眼をぎょろぎょろとさせる。人と聞いて他の妖も身を硬くする。伊原はきまり悪げに襟首を掻いた。
「すみません、私です。夕方、人と立ち話をしてきたものだから」
「さようか。なら、次はわしが話そうかの」
 しかつめらしく咳払いをする老爺に皆の視線が集中した。
「人間の、山岳部の四人が冬山に登った。雪は腰まであり、吹雪も止まず、体力が削がれていくばかり。途中の山小屋で夜を明かすことにしたが、火種も明かりもない中で眠ったら凍え死んでしまう。そこで彼らは寝ずに済む方法を考えた。まず各々が部屋の四隅に立つ。一人目が二人目の所へ行って肩を叩く。二人目の立っていた所に一人目が立ち、二人目は三人目の所へ行って肩を叩く。以後三人目は四人目を、四人目は一人目を……とな。小屋の中をぐるぐる回るうちに朝が来て、下山することができた。しかし別の仲間にこのことを話すと――」
「もう一人いたのではないか、と言うのであろ?」
「お、落ちを先に言うでない!」
 女の妖の指摘に老爺が憤慨する。女は鼻を鳴らしてせせら笑った。
「それは『隅の婆様』の縁戚じゃて」
「そうだそうだ、どこが恐ろしいのだ」
「ぬう……今のはちょっとした練習よ。次が本番じゃ」
 次々と飛んでくる野次に老爺はむきになった。人間の怪談で彼らが怖がるとは限らない。彼らが恐れるのはもっと別の物だ。
 とた、とた、とた、とた。雨粒が樋を伝い落ちている。鬼火が揺れる度、黒い影が壁で身をよじる。
「……そして、引き返した男は仕方なく空き家に足を踏み入れた。途端に、腐った床がべきっと抜けて――」
「ひい、ひいぃ」
 引き攣れた悲鳴が上がる。伊原だ。腰を抜かして震える伊原に妖たちが首を傾げた。
「まだ序盤じゃぞ」
「はあ……腐食の話はちょっと……」
「そういえばぬしは箪笥か。ならばこんな話はどうだ? 小さな村で一家惨殺事件が起こった。目撃者はおらず、事件の捜査は難航した。しかし殺害現場で返り血を浴びた箪笥に奇妙な出来事が」
「か、勘弁してもらえないかなあ。血の染みなんてできたら取れない……」
 伊原はほうほうの態で部屋の隅に逃げた。箪笥は角に収まるのが落ち着くのだ。
 と、視界の端で猫又の尾が揺れる。見れば、猫又は青甚平姿の男の膝で香箱を作っているのだった。壮年の、温和な風貌をした男の姿に伊原は首を傾げた。
(はて。何の妖だろう?)
 皆から離れて座る男は一言も発さない。微笑みながら、ひどく楽しそうに百物語に耳を傾けているばかりだ。妖どもを焚きつけた猫又も妙に大人しい。
 訝っているうちに猫又と目が合う。猫又は静かに首を横に振った。やけに人臭い風情で。黙っていろとでも言うかのように。
「ほうら。次は誰じゃ」
 とた、とた、とた、とた。足音のような雨音が迫る。
 一つ、二つと鬼火が吹き消されていく。沈黙と暗闇が密度を増し、わずかな風鳴りにさえ皆の顔がこわばる。いつしか軽口は消えていた。蒼白な燐光の中で、誰が呑まれたように押し黙っていた。
「そろそろ青行燈でも出るか」
 老爺の妖が冗談を飛ばすが、応じる者はない。
 ――灯りが全て消えた時、良くないことが起こるという。百物語の言い伝えだ。
 やがて、とうとう鬼火の残りが一つになった。
「いよいよじゃぞ」
「ほれ、お前、行け」
「わしはさっき話したじゃろうが。おおい、この家の主はどこ行った」
「はあ。じゃあ私が」
 隅の伊原がおずおずと進み出た。
「だいぶ昔の、私の知り合いの曾祖母の話なのだけど。おばあさんは北国の、古い空き家に住んでいた。いつから、どうしてそこにいるのか分からないけれど、気がついた時は既にそこにいたのだそうだよ」
 ぼそぼそとした伊原の声はやけにはっきりと皆の耳朶を打った。それほどまでに静寂が煮詰まっていたのだ。
「おばあさんはまだ若く、そこそこ綺麗な娘さんだった。空き家には家具や日用品が放置されていて、おばあさんは白粉を探し出して顔に塗った。肌がとても白く見えて、おばあさんはいたく白粉を気に入った。それで毎日毎日白粉を塗ったそうなんだ。豪雪で外出もままならなかったけど、おばあさんは満ち足りていたんだろうなあ」
 伊原は軽く唇を湿らせた。風もないのに鬼火が震える。怯えているのだろうか。視界の端で、猫又がぱたりと尾を振った。
「やがて雪が溶け、ある日、人間が家に踏み込んできたんだけど」
 伊原はわずかに身じろぎして言葉を切った。袖の下に腕を入れ、記憶を手繰りながら言葉を探す。
「ううん。これ、怪談と呼んでいいのかなあ。私も詳しく聞いたわけじゃないんだけど……ちょっと、何と言うか……」
「早う話せ」
 周囲の妖が急き立てる。伊原は困ったように眉根を寄せたが、話すと言ったのは自分だ。
「この話、怖いといえば怖いんだけど。どうして怖いのかよく分からなくてね」
「最後まで聞かんことには分からん」
「それもそうだなあ。じゃあ続きだけど、ある日おばあさんの住処に人間が踏み込んできた。たまたま奥の部屋にいたおばあさんは物陰から様子を窺った。入ってきたのは初老の男女と、数人の中年男性。中年たちが家具を運び出し、家の中はあっという間に空になって、後には男女だけが残った。そして」
 とた、とた、とた、とた。
「二人とも、床に落ちた白粉を拾い上げてむせび泣いたんだよ。曾祖母が使ってたあの白粉なんだけど。当時は化粧品も粗悪で、有害な物質が含まれていることもあったみたいで。空き家の主は白粉を使い続けて、顔に糜爛(びらん)ができて」
 とた、とた、とた、とた。
「それを隠すためにさらに白粉を塗って、ますます悪化する悪循環に陥った。顔はどこに行っても治らなくて、結局心を病んでしまったらしいんだ。おばあさんは愕然とした。慌てて鏡を見ると、崩れ、爛れた顔がそこにあった。人間たちが来るまでは何ともなかったのに、話を聞いた途端に顔が爛れてしまったんだ。以来、おばあさんの一族は醜女の血筋になったそうだよ」
 ごとりと窓が鳴った。風が近付いてきたのだ。鬼火が揺れる。伊原の顔で、ひずんだ陰影が蠢く。
「この話がどうして怖いかっていうと、ううん。人間の言葉や行動が一方的にこちらに影響してくるような……時にはこちらのありようまで決めてしまうような感じがするから、かなあ。ほら、私なんかは人間の作った物から生まれたわけだし。どうだろう?」
 首を傾げてもいらえはない。代わりに、薄い寒気が場を浸した。居心地が悪いのだ。己の生が、別の何かの手中にあると聞かされたようで。
 朧な明かりの中で皆の顔が揺れている。這い寄る風の音はまるですすり泣き、あるいは忍び笑いのよう。
 伊原は改めて皆を見渡した。
「ええと。私が火を消せばいいのかなあ?」
「ちょ、ちょっと待て。すぐでなくとも良かろう」
「そうじゃそうじゃ。もう少し楽しんでも、のう」
「しかし百物語の作法に反するぞ」
 妖たちが囁き合う中、立ち上がる影があった。青い甚平の、あの男だ。伊原の前にやって来た男は、にっこり笑って炎を吹き消してしまった。
 空気がはっと凍りつく。
 圧倒的な暗闇が降ってくる。
 規則的な雨音ばかりが響いている。
「な、何じゃ。何も起こら」
 とた、とた、とた、ばたばたばたばた!
 雨音が急に駆け足に変わった。まるで馬の大群だ。ただの雨だと誰かが叫ぶ。ばたばた、がたがた、乱暴な風雨が廃屋を揺する。梁が軋む。押し殺した悲鳴が広がる。
「――楽しかったよ。ありがとう」
 混乱の中で、伊原は穏やかな男の声を聞いた。

 とた、とた、とた……とた。遠ざかるのは雨か、足音か。

 鬼火が灯る。腰を抜かした妖たちの姿が浮かび上がる。雨音はいつしか消えていた。皆は顔を見合わせ、引きつった安堵を浮かべた。
「ほ……ほれ見ろ。何も起こらんではないか」
「だから青行燈など出ぬと言うたであろ」
「やれやれ。雨も止んだし、頃合いかの」
 来た時と同じように、妖たちはがやがやと廃屋を後にする。青甚平の男の姿はない。
 伊原が息をついていると、猫又がひょいと膝に飛び乗ってきた。
「箪笥の割によく喋ったねえ。なかなか面白い話を出してきたじゃないか」
「どうも……。あの甚平のモノは人だったね」
「おや。あんたにしては聡いこと」
 猫又は目を細めながら髭をむにゃむにゃとさせた。
「その通りさ。さっきまでいた連中、怖がりの強がりが多かったろう。だから仕方なくあたしが誤魔化してやってたんだよ」
 一説では、妖は人の恐怖から生まれたとされている。そんな彼らが怖がるのは他でもない人間だ。
「それにしても人間ってのは勇ましいねえ、平気であたしらの中に入ってきてにこにこしてるんだから。勇ましすぎて震えがくるよ」
「そういえば、お茶まで配っていたっけ。何とも豪気だなあ」
「ま、ある意味青行燈だったってことさね。妖連中にとってはさ」
 猫又はころころと笑うばかりだ。
 百物語の最後には怪異や妖怪が現れるという。それを指して青行燈と呼ぶ。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

妖は何を怖がるんだろうと考えて思い付いたのが伊原さんのお話でした。おどろおどろしい怨念話よりも、こういうのがうすら寒いんじゃないかと。
序盤のグダった空気と、百物語シーンとの落差が出ていればと思います。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2011-10-17(月) 22:20

 

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