クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-12958 オファー日2012-01-16(月) 23:22

オファーPC 晦(cztm2897)ツーリスト 男 27歳 稲荷神
ゲストPC1 玄兎(cpaz6851) ツーリスト 男 16歳 UNKNOWN

<ノベル>

 慣れた店員の声に、おーきにーと片手を上げて店を出た晦は買ったばかりの袋を覗いて少し考え、ちょっとの間の後におまけしてもらった油揚げを一枚だけ取り出した。我慢できずに一口齧り、じゅわっと口の中に広がった美味さに今は隠しているはずの尻尾がぴこぴこと揺れそうになる。やっぱりここのが一番やなぁとしみじみ感じ入って食べながら歩き出し、食べ終わったところで足を止めて再び袋に目をやる。
 思わず伸びそうになる手をぐっと堪えた晦は、あかんあかんと激しく頭を振った。
「これは持って帰る分。全部食べてしもたら、何言われるか……」
 自重せえと強く自分に言い聞かせ、何とか袋から視線は逸らしたもののひどくそわそわする。なまじ一枚食べてその美味さを再確認してしまったせいで、気を抜けば手が伸びそうだ。
 自分の為だけの買物だったなら、ここで自制心とさよならしたところで何の問題もない。けれど今回の目的は主にお使いだ、それを一人で平らげてしまったなら戻って泣き言めいた文句を延々と聞かされるだろう。
 想像しただけでぐったりするそんな事態は、心の底から遠慮したい。
 食べてしまってももう一度買いに行けばいいのではないか、と冷静な部分が囁く声も聞こえないではなかったが、そうすると店員に呆れられそうだ。せっかくの油揚げを気兼ねなく買いに行けなくなるのも避けたいなら、誘惑に負けてしまう前にさっさと帰るに限る。
「そうとなったら、ちんたら歩いてられへんな」
 道に沿ってとぼとぼと歩くより空を突っ切るほうが早いと決めて鳥に変化し、飛び立った瞬間。うわはあっと、歓声ともつかない奇声が少し遠くから聞こえた。
 不審を覚えてそっと後ろを窺うと、何故か塀の上に立っている兎耳が見えた。距離にすれば大分離れている、遠くぽつんとした小さな姿としか認識できないが。
 凄まじく嫌な予感がするのは何故だろう。
「っ、見てへん見てへん何も見てへん。けったいなんには関わらんのが一番や」
 この距離なら相手も晦をまともに認識はできていないはずだ、下手に近づかれる前に帰ってしまえば問題は──、
「そこのヒトドリ、待て待てマテマテマテマ、? あー、てまぇぇえぇっ!!」
 途中でこんがらがったような間の後、けらけらと笑いながら意味不明な叫びが追いかけてくる。
 それで待つ奴おる思てんのか!? と反射のように浮かんだ突っ込みを口にする間も惜しんで先を急ぐのに、追いかけてくる気配はどんどんと近寄ってくる。必死に羽ばたきながらあまり見たくない後ろを確認すると、チェーンソーにしか見えない物を片手で軽々と振り回してご近所迷惑に努めながら、すごい勢いで追いかけてくる存在を見つける。
 最初に見た時は兎耳をつけた誰か、といった程度しか窺えなかったのに。今は目に痛い蛍光色のパーカーや、どれだけ走っても脱げそうにない兎耳付きの帽子の形状までが見て取れるほど近い。ゴーグルに覆われていて目の色までは分からないが、獲物を狙う狩人のような本気を察して背筋がぞわっとした。
「何やねん、何で追いかけてくんねん!?」
 ついてくんなと悲鳴混じりに叫ぶのに、うきゃきゃきゃきゃきゃと楽しそうに笑う相手に聞いた様子はない。電源が入っているような音がするチェーンソーを無造作に振り回し、待て待てーとはしゃいだ声はじりじりと確実に近寄ってきている。
 このままでは追いつかれると焦った晦は、最近読んだ本に載っていたジェット機へと姿を変えた。このまま一気に加速して引き離す予定だったのに、晦の変化を目の当たりにした兎耳が子供みたいにぱぁっと喜んだ色を広げたのが分かった。
「んぉおぉぉっう、オレちゃんとレース、マジ勝負デスカ!? んじゃあクロぴょんも、うさちゃんエンジンとーうかー!」
 エンジンは投下でなく搭載したほうがいいんじゃなかろうか、なんて冷静な突っ込みが野暮に思えるほど弾んだ声で宣言した相手は、にいっと嬉しそうに笑って足を止めた。
 晦が速度は落とさないまま遠く窺えば、細すぎる塀の上で──どうやら最初に見つけた時から下りもせず追いかけてきたらしい、あのスピードで!──何度か足踏みをした兎耳は、一度大きくしゃがむととおっと掛け声をかけて跳び上がった。そうして踏み抜きそうな音を立てて屋根に着地した兎耳は、いつの間にかチェーンソーを片付けて手ぶらになった右腕をぶんぶんと回している。
 まさかと晦は頬を引き攣らせ、よりスピードを上げたのに。
「追いかけっこならオレちゃん負けないもんねぇ、きひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 普通に考えて腕を振り回しながらでは遅くなると思うのに、追いかけてくる声はもうさっきと変わらないくらい近く届く。どんな身体能力しとんねん! と心中で力一杯突っ込んだ晦は、ジェット機の形態を保ったまま器用に袋を探った。
「わけ分からん奴にやんのは惜しいけど……、わしの身には変えられんっ」
 堪忍と取り出した物に謝りながら兎耳の前に落ちるように投げ、その間に晦はマウンテンバイクへと転じて細い道路を選って走り出した。ちらりと屋根の上を窺えば、投げた人参を兎耳が器用に口で受け止めているところを目撃する。
「これでもう追うのも忘れるやろ」
 ほっと息をつきながらもスピードだけは緩めず、当初の目的通りさっさと家に帰ろうと進路を変えかけた晦は、がだどたがしゃと騒がしい音が迫り来るのに気づいて恐る恐る斜め後ろを見遣った。
 見ーっけ! と恐れたまま上から勢いよく指差してくる兎耳に、何でまだついてきとんねん!? と悲鳴紛いの声を上げた。
「兎らしゅう人参に気ぃ取られて見失っとけや!」
「ざーんねーんでーしたー! 兎は人参食べたら力が出るんだぜぇ?」
 そんな事も知らねぇのーと歯型がついただけの人参を持った右手を振り回し、けたけたと笑いながら話しながら屋根の上を恐ろしいスピードで走る兎耳に、
「兎がジェット機についてくるかーっ!!」
 思わず全身で突っ込むと相手は何故か凍りつくように固まり、ぎこちなくどこか哀れむように晦を見下ろしてきた。
「……自転車」
 まるで禁忌にでも触れるかのようにそっと突っ込まれ、確かに今はそうやけど! と怒鳴るように答えた晦は頭を抱えたい気分で唸る。
「ちゃうねん、そんなどーでもええ突っ込みいらんねん、もっとざくっとばくっと理解できるやろっつーか突っ込まなあかんのはそこちゃうねん!!」
 うがーっとマウンテンバイクのままハンドルを激しく揺らし、どうしてかきゃっきゃと喜んで真似るように頭を振っている兎耳の隙を衝いて細い路地を抜けた晦は、目の前に広がっている川へと飛び込んで今度は水上バイクへと姿を変えた。
 川幅も広く、近くに橋はない。まだ屋根の上にいる兎耳を撒くには持って来いだとほっとして川下へと滑り出したのに、ふおおおぉおぉっと嬉しそうに張り上げられる声が聞こえた。
 もはや、後ろなど振り向きたくない。
(ここで撒まかへんかったら終わりやで、死ぬ気で走れ、わし! あない厄介なもんにこれ以上付き纏われて堪るかーっ)
 逃げたい、離れたい、とにかくあの兎耳の姿が目につかなくなる場所まで逃れたい。その一心で限界まで力を振り絞るのに、何故だろう、後ろからはしゃいだ気配が追ってくる気がするのは!
「レース再開、ちょーうたーのしーい!! なぁなぁもっと早くなんねぇの、なぁなぁなぁクロちゃんになったらっと早くなるんじゃね?」
 晦の必死さを物ともせず平気な顔で横に並んで話しかけてきた兎耳は、その自分の提案に目を輝かせて両手を突き上げた。
「おおお? オレって頭いー! オレちゃん同士で追いかけっこもいいけどでも勝つのは玄兎様に決まってる、ぴょーん!」
 くきひひひひとテンション高く堪えきれない様子で笑い声を上げた兎耳は、晦と違って人の形をしているのに何でもない顔をして走っている──水の上を。
「われ何で水の上走れんねん!?」
「? 右足が沈む前に、左足を出せばいーじゃーん?」
 けろっとして実際には不可能なはずの真理を説いた兎耳に、晦は眩暈を覚えて知らず止まった。気づいた兎耳は少し先で足踏みをしながら振り返ってきて、もう終わりかよつまんないーと口を尖らせて訴えてくる。
 完全に面白がって遊んでいるだけの相手に付き合うのも、もう疲れた。この辺で終わりにすべきと決めて今度は川上へと突然走り出した晦に、兎耳はわくわくと目に見えそうな擬音を背負って追いかけてくる。すぐさま隣に並んで抜きそうな様子を見て取り、無理やり方向転換して川下へと急発進する。
「もうついてくんなや!」
 これで終わりやと出せる限界までスピードを上げた晦に、っきょー! とどこか幸せそうな奇声が後ろから上がった。
「ふはははは、逃げられるものなら逃げるがいいどこまでもっ。ばっと! サイキョーサイソクは、クロ様なんだぜぇい!」
 何やら悪役めいて高笑いした後、絶対に勝ーつ! と楽しげな宣言をした兎耳に。この後軽く一時間は追い回される事を、まだ晦は知らない……。



「も、……も、」
 川を上がった後、スポーツカーやチーター、隼から新幹線にまで化けて逃げ続けた相手を変わらないテンションで追い回していた玄兎は、何だかよれよれと呟かれた言葉を聞きつけて首を傾げた。
「桃? ──あー、……桃になって転がる、るー!」
 次はるー、と目を輝かせて答えたのに、この状況でいきなりしりとり始めるかぼけぇっ! と力一杯叱られた。
「もうええ加減追いかけてくんのやめぇ! 何がおもろいねん!?」
 お疲れを示すようによたよた飛んでいたハチドリに噛みつくように問われ、ゴーグルの下で何度か瞬きをする。
 質問の意味が分からない。何が面白くないのか、逆に聞きたい。
 目の前でホバリングしているハチドリを見たままかくんと首を傾げ、そーっと手を広げると身体の前で叩きつけるように打ち合わせた。本来ならその手の間に挟まっているはずのハチドリが咄嗟に飛び上がっているせいで、ばちんと音がしただけだった。
「ちぇー」
「ちぇーやあるか、人の質問後に何いきなり捕まえようしとんねん!? ちゅーかそんな勢いで叩かれたら骨折れるわ!」
「終わりなら捕まえなきゃ意味ないじゃーん」
「われが諦めて帰ったらええだけの話やろが!」
 どないボケ倒しやねんこんな疲れる奴嫌や! と羽で顔を覆うように嘆いているハチドリに、にへーっと笑う。今の間にともう一度捕まえにかかったのに、察して高く舞い上がったのを見て玄兎も側の家を攀じ登り始める。
 どうやらまだ終わりそうにない追いかけっこに口許を緩め、屋根の端に手をかけた時。右手の下にあった瓦が、がくんっと動いた。
「お?」
 何が起きたのかと右手を見た時には既に落下しており、落ちながら続々と瓦が降ってくるのをぼんやりと眺める。どうやら外れ方が悪かったらしく、近辺の瓦も巻き込んでしまったらしい。
「あー。……ごめんさい」
 今までも散々と色んな物にぶつかったり壊したりしながら走ってきたのだが、気づいてないならなかった事に等しい。けれど目の前で自分が壊したと分かれば別だ、申し訳なく思って玄兎なりに真面目に頭を下げる。そうして謝りながら落ちた上に、容赦なく瓦が降り注いだ。
 三階ほどの高さから落下しようと、大量の瓦がぶつかってきて砕けようと、玄兎の場合は特に差し障りもない。けれどこの隙にハチドリは逃げているはずで、捕まえもせずに終わりになるのかとつまらなく口を尖らせたのだが。
「っ、兎耳!」
 慌てたような声が聞こえて目を開けると、彼の上で砕けた瓦を退け、大丈夫か!? と必死な面持ちで助け出そうとしている相手を見つける。
 ハチドリでも水上バイクでもなく、最初の鳥にもなる前。袋を下げて店から出てきたヒトの形は、逃げるどころか玄兎の目の前にいる。
「大丈夫か、怪我ないか!? 何やっとんねん、ちゃんと捕まるとこくらい確認せえ! 近くに病院あるやろか、……立てるか、歩けるか!?」
 狼狽えながらも慎重な手つきで玄兎を起こして確認してくる相手を、じーっと見る。一通り様子を見て怪我してへんかと再度確認されるので、じーっと見たままこっくりと頷く。途端に大きく安堵の息をついた相手は、よかったなぁ! と玄兎の頭を大きく撫でた。
 兎耳が、手の下でぴょこんと倒れて揺れている。
「瓦が降った時はどうなるか思たけど、無事でよかった……! けどちょっとは周りに気ぃ配れ、いつも怪我せんですむとは限らへんねんぞ」
 危ないやろがと突きつけられる指先をちょっと寄り目になって眺めた後、玄兎は堪えきれずににいと笑った。びくっと身体を竦めた相手に、なぁなぁなぁと詰め寄って行く。
「あんた誰?」
「何やその今更な質問、つーかどんだけ無礼者やねん。われこそ誰や」
「オレちゃんは玄兎に決まってんじゃーん。あんたは? なぁ、何ちゃん何っち?」
「何っちってどないやねん。わしは晦や」
「おおお、おお。つごっちかー!」
「その呼び方やめえ!」
 頭が痛いと額を押さえた晦は、けれど本気で嫌そうには見えない様子で苦笑して立ち上がった。そして玄兎を助ける時に放り出したのだろう袋を取りに向かい、軽く埃を払いながら溜め息をつく。
「あぁあ、早よ帰ろ思てたのにどえらい遠回りやで」
 われのせいでな、と肩越しに振り返ってきて少しばかり声を尖らせられたが、ごめんちゃいと頭を下げるとまぁええわと豪快に笑い飛ばされた。
「こない駈けずり回ったんも久し振りや、疲れたけどまぁ、……面白ない事もなかったしな」
 突っ込み疲れはするしもう嫌やけどなと苦く付け加えた晦は、ほなと軽く手を上げた。
「もう急いで帰る気ものうなったし、歩いて帰るわ。われも気ぃつけて帰りや」
 またどっかで会うても追い回さんでくれやと言いながら歩き出す晦を追いかけて立ち上がり、ばふばふと服を叩いて埃を落とす。まだ所々瓦の欠片がついていたが特に気にせず、綺麗になったと嬉しそうにすると晦の後ろをちょこちょこと追いかける。
 しばらくは意地になったように前を向いたままだった晦は、しばらくして諦めたように足は止めずに振り返ってきた。
「……何でついてくんねん」
「オレちゃんとつごっちの仲だしー?」
「意味分かれへんわ」
 自分とこ帰れやとどことも知れない場所を指して言いつけてくる晦に、にんまりと頬を緩めていーからいーからと頭の後ろで腕を組んだ。
「またクロ様と一緒に走ろうぜぇ?」
「あんなしんどいの二度と御免や!!」
 力一杯目一杯怒鳴りつけてくる晦に、きゃらきゃらと声を立てて笑う。


 どれだけ渋い顔をしてもなぁなぁと懐いてくる玄兎を、晦がそうそう邪険にもしていられるはずもなく。もう既に二人もいるのに……! と嘆きながらも心労を増やす事になった、これがはじまりのお話。

クリエイターコメント逃げる狐様より、力一杯追いかける兎様が楽しそうで幸せでした。

と、大分視点の置き方を間違った気はしながらお二人様の全力チェイス、楽しく書かせて頂きました!
お疲れよたよたのお狐様に祟られないよう、油揚げはそっと御供えさせて頂きつつ。兎様が楽しそうならいいんじゃないかな、で片付けようとしているのは是非見なかった事に。

捏造歓迎のお言葉に甘えて摘み食いを始めとして様々やらかしておりますが、ちょっとでもお心に副う形になっていれば幸いです。

涙ではなく汗なくしては語れない(笑)素敵なはじまりの綴手に選んで頂き、ありがとうございました。
公開日時2012-01-22(日) 13:20

 

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