ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
モフトピアの駅に降り立つと、フェリシアはいつも知らず頬が緩んでしまう。誰かと一緒に赴いた時は気づかれないよう努力しなくてはいけないが、今回は単独行動だ。足元のふわんとした感触や、興味深そうにこっちを窺っているアニモフたちに表情を緩めても誰も見ていない。 もふり天国独り占めも夢ではなく、たまには一人で行動すべき、と密かに心中でガッツポーズを作る。 (でもまずは依頼から。大丈夫、分かってる) 遊んでばかりはいませんと誰にともなく心中で言い訳し、引き締める努力をしながら顔を上げると視界の端にきらりと何かが光って見えた。そちらに気を取られると雲海にきらきらと光を反射している物体を発見し、目を凝らして窺えばそれはいつぞやの依頼でフェリシアたちがデコレートした雲鮫らしい。 「あっ、あの時の!」 思い出すと知らず顔が笑い、そんなに遠い日の事ではないのに懐かしく思って追いかけるように浮島の端に向かう。驚かせるのが存在意義だったはずだ、こっちに来ないかなーと目の上に手を翳して眺めるが、ゆったりと泳ぐ鮫はフェリシアに気づいた風もなくピンクのリボンをぴらぴらさせて通り過ぎていく。 「ああ、残念」 また飛び込んでみたかったなぁと知らず呟いていると、だいじょーぶ、といきなりぽんぽんと足を叩かれた。 ほわほわの感触に痛くはないながらもびっくりして視線を下ろすと、兎型のアニモフがフェリシアの足に手を添えたまま見上げている。 「さめは怖くないよ?」 にこりと笑いかけてくれるアニモフは、どうやらあの鮫に悩まされていた浮島の住人だろう。あれだけびくびくしていた彼らがこんな風に笑えるのが、嬉しくて何となく誇らしい。 視線を合わすべくしゃがみ込み、こんにちはと笑いかけるとアニモフも嬉しそうにこんにちはと返してくれる。 「あの鮫、もう怖くないですか」 「うん。ありがとう」 深々と頭を下げてお礼を言われ、フェリシアは思わず目を瞬かせた。 「ひょっとして、覚えてくれてます?」 「うん。フェリシアー!」 知ってると首筋に抱きついてくるアニモフに、何この大サービスー! と心中で歓喜の悲鳴を上げる。とりあえず目一杯その感触を楽しませてもらい、もう一日ずっとこのままでもいいとうっとり考えていたが、出たよーと指差す気配にどうにか身体を離した。 アニモフの短い手が指す方向を振り返れば、くぱっと大きな口を開けた鮫が雲海から大きく跳ね上がったところだった。 「相変わらず、すごいジャンプ……」 感心して呟きながら、全身を晒した鮫のデコレーションが幾つか外れているのに気づいた。やはりここは、今回の依頼が終わったらもう一度飾り立てるべきかと密かに企てる。 そんな事もあろうかと、いつも大きなフェリシアの鞄には前回持ってきたのと同じような細々した飾りが詰め込んである。前回同様、皆で飾り立てるのは楽しそうだと思い描いたフェリシアは、ふと我に返って鮫を眺めているアニモフを見下ろした。 「そういえば、あの時の浮島ってここからは少し遠いですよね? どうしてここに?」 「? さめが、ぴょーって泳ぐの」 どうしてそんなことを問われるのかとばかりに不思議そうにそれだけしか答えないアニモフに、それをぴょーっと追ってきたらここに着いた、ということだろうかと自分で補足する。 何が理由にせよ小さな偶然を齎してくれたのが嬉しいから、まぁいっかと笑顔になった。アニモフも不思議そうに首を傾げたが、まぁいっかとフェリシアを真似て足元にじゃれついてくる。 ああもうどうしよう可愛すぎるもふり祭すぎるー! と撫で回したり抱き締めたりと力一杯愛でていたが、はしゃいで飛びついてくるアニモフを受け止め損ねてぽふんと倒れた。きゃあきゃあと楽しそうな声を上げるアニモフを捕まえて、楽しいけどしばらくお昼寝! と抱き締めたまま横になって空を見上げた。 「お昼寝ー?」 「そう、ちょっと休憩です」 このままだと依頼に赴く前に体力と幸せを使い果たすと笑いながら、暖かいアニモフを抱き締めて息を整えていると視界の端にちらちらと光が揺れた。 あれはフェリシアのつけたライトストーンが、陽光に反射しているだけだ。それでも何だか妙に郷愁に駆られる気がして、ぼんやりとそれを眺めたまま記憶を辿る。 夕方に近くなってくると、森の中に揺れる光もあんな風だっただろうか。 帰っておいで、間違わずに戻っておいで。 家はここだと教えるカンテラに揺れる火は、時折精霊のそれだった。父親と喧嘩をして家を飛び出し、帰り辛くてでも帰りたくて、と森の中をうろうろしていると、帰る場所を教えるような光がちらちらと視界の端に揺れていた。 「……今年は一人、か……」 知らずぽつりと呟いたのは、家族の待つ家と共に、毎年祝ってくれていた人たちを思い出したから。 今日に合わせてモフトピアの依頼を受けたのは、大好きな可愛いものに囲まれて過ごしたかったからというのも理由の一つだ。誕生日くらい、人目を気にせずアニモフを目一杯もふっても罰は当たらないはずだ。 「フェリシアー?」 どうかしたと大人しくフェリシアに抱かれたままだったアニモフの、心配そうな声ではっと我に返った。 湿っぽいのは自分の性質ではない、せっかく自分へのプレゼントにとモフトピアまで来たのだ、腕にいるアニモフを愛でるのが今のフェリシアの最重要事項! 何でもないですよと頭を振り、アニモフを抱いたまま勢いよく立ち上がった。そしてよく分かっていないアニモフの手を取り、一緒に空に向かって突き上げる。 「元の世界に戻ったら、全部まとめてもう一度お祝いする! もちろんケーキはその数だけ食べる!」 この先、どれだけ一人の誕生日を過ごすのか。ケーキの数に換算して無理やり自分を奮い立たせ、それからと付け加える。 「父さんの少女趣味なプレゼントも、しょうがないからもらってあげる!」 なんて親孝行な私! と笑顔になると、よく分かっていないで目をぱちぱちさせていたアニモフも、何だか楽しい空気だと盛り上がって、きゃーっと抱きついてきた。
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