クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-14703 オファー日2012-03-24(土) 22:12

オファーPC 橘神 繭人(cxfw2585)ツーリスト 男 27歳 花贄
ゲストPC1 天摯(cuaw2436) ツーリスト 男 17歳 ソードマイスター(刀神匠)
ゲストPC2 シヴァ=ライラ・ゾンネンディーヴァ(crns9928) ツーリスト 男 52歳 魔族の大公、触手紳士

<ノベル>

 血に汚れたコロセウムを熱風が吹き抜ける。
「天摯、シヴァ!」
 橘神 繭人の悲痛な叫びがかすれて響く。
 高い位置にある観客席からは聞くに堪えない野次が飛ぶ。
 もがく繭人を押さえつけ、殺し合えと嗤い喚き散らす盗賊たちへ、ふたりの男が静かな――冷ややかな目を向ける。天摯、シヴァ、と、泣きそうな声でまた繭人が叫ぶと、盗賊たちの馬鹿笑いが大きくなる。殺せ、血を見せろと囃す下卑た声が周囲を揺るがせる。
「やめて、お願いだから……!」
 繭人はどうにかして自分を捕らえる腕から逃れようと――そうしなければ、ふたりを止められないのだから必死だ――身をよじるが、華奢な身体を捕らえる腕は太く硬く、まるで万力のように彼を締め上げる。
 それどころか、おとなしくしていろと怒鳴られ殴りつけられ、衝撃と痛みに息が詰まる。ふらりと上体を傾がせたところで髪を掴まれ、無理やり引きずり上げられて、咳き込みながら体勢を整える。
 それを、競技場内のふたりが射抜くような眼で見つめている。
 彼らの立ちのぼらせる殺意も、観客席を安全圏と思っている――さらに言えば人質までいる――盗賊たちには堪えたふうもない。負け犬の遠吠えとばかりに嘲笑い、早く血を流せとはやし立てるばかりだ。
 コロセウムの真ん中で、ふたりが冷たい怒りの滲む笑みを交わし合った。
「ふむ、もろもろのすべてをさておいて、だ」
 純白髪にすみれ色の双眸をした少年が、こんな場面にはふさわしくなくおっとりと笑う。
「繭とぬしでは、貴さが違うのう」
 じわりと滲み出す殺気に怖じる風情もなく、金の髪に金の眼の、高貴な顔立ちの美壮年が穏やかに微笑んだ。彼の長躯からも、じわじわと、物理的な圧迫感さえ伴った殺意が滲みはじめる。
「……そうだな、重さにおいて比べるべくもない」
 駄目、やめて、と繭人がかすれた声で言うより早く、少年の周囲でエレメントが閃き、宙に無数の剣が出現した。照りつける陽光を受けて、刃がぎらぎらと輝く。
 それと同時に男が剣を抜いた。
 彼の眼には、どこか事態を楽しむような色さえある。
「それに」
 ぶわり、と、彼の周囲に湧き上がったのは、金色の触手群だ。微塵もいやらしさのない、どこかすべすべとした印象のそれらは、夕日を受けて輝く草原のようだった。
「それに、どうした」
 少年が面白がるように言い、地面を蹴る。
 男は、魅力的な笑みでそれに応えた。
「一度、きみと本気で戦ってみたいと思っていた」
 少年の唇が獰猛な喜悦をかたちづくる。
 盗賊どもへの怒りからだけではない、純粋で激烈な戦意、闘気が周囲を渦巻いた。
「――そうじゃな。ぬしを打ち倒すのは楽しそうじゃ」
 男が声を立てて笑う。
 陽気な、場違いなほど明るいそれが途切れるより早く、派手な金属音。
「天摯、シヴァ!」
 打ち鳴らされる刃の音に、盗賊たちの馬鹿笑いと、繭人の悲鳴が重なる。

 * * *

 ヴォロスは今日も豊かで、美しい。
 砂漠に近いこの都市に降り注ぐ陽光は力強く、建物ごと焦がすようだ。
 乾いた熱い風が、石づくりの街並みを撫でてゆく。
 しかし、街に人通りがないのは、暑さや風のせいではなかった。
 かつては活気にあふれていたであろう大通りは今や廃墟と化し、瓦礫やごみであふれている。色とりどりのタイルで美しく装飾されていた大広場も、光る雫を涼しく散らしていたであろう噴水も、街を彩っていた美しいものはすべて、めちゃくちゃに破壊され汚されている。
「……ひどい」
 橘神 繭人は身を竦ませる。
 琥珀の視線の先には、私刑に遭って命を落としたのであろう住民たちの、半ば干からびた骸が吊るされ、熱風にぶらぶらと揺れている。落ち窪んだ黒い眼窩は、言葉なく無念を、怒りを、絶望を叫んでいるかのようだ。
「住民たちは?」
 顔をこわばらせた繭人の視界を遮るように庇いつつ、シヴァ=ライラ・ゾンネンディーヴァが金の眼を厳しく眇めた。
 傍らの天摯も目を細める。
「半分は逃げたが、逃げられなんだ四分の一はどこぞに息をひそめておるそうじゃ」
「残る四分の一は、と問うだけ無意味か」
「そこな骸が語っておろう」
 天摯が唇の端に笑みを刷く。
 三人の中ではもっとも小柄で年若く見える天摯だが、淡い微笑とは裏腹に、全身からもっとも激烈な怒気を発散させているのもまた彼だった。拠りどころを求めて繭人が縋りつけば、褐色の手がいたわるように頬を撫でる。
「力をかさに着てやりたい放題。――気に喰わぬ」
 発せられた言葉には火のような怒りがこもっていた。
 シヴァがその様子に苦笑する。
「竜刻を持っているのは頭目だったか」
 繭人は頷く。
「すごく強い力を持つ竜刻みたいで、魔導師も歯が立たなかったんだって。この近辺にはあの竜刻を凌駕するだけの力はどこにもなくて、軍も国も、この街を遠巻きに見守るしか出来ないって司書さんが言ってた」
 繭人が知り合いの司書から受けたのは、竜刻を使って好き放題する盗賊をどうにかしてほしい、というものだった。
 苦しんでいる誰かがいると思うといてもたってもいられず、繭人はふたりの同居人に頼み込んでここまで来たのだ。――とはいえ、天摯とシヴァが繭人の頼みを断ることなど皆無に均しいが。
「なら、まずはその頭目とやらを探すしかあるまいの」
「そうだな。ことは一刻を争うようだ、急ごう」
「シヴァ、ぬしの触手で捜せんのかえ」
「出来ないことはないが、勘づかれて逃げられても困るだろう? ただでさえ、強い竜刻を持っているんだ、ありえない話ではないぞ」
「ふむ、それもそうじゃ。では、ひそやかに地道にやるとしよう。繭、ぬしはシヴァと行け。護る力は、わしよりそやつのほうが上じゃ」
「えっ、あ、」
「繭、天摯と行きたいのは判るが、そんな今生の別れのような顔をするのはやめてくれ、切なくなる」
「あっ、ごめ、そういうわけじゃ……ええと、あのッ」
 繭人自身、天摯への執着、依存は理解していて、更にいうならそのことをシヴァが少しさびしく感じていることも知っている。
 父親との確執から、五十代前後の男性にはほぼ刷り込み、無条件の――絶大な恐怖と思慕の双方を抱いている繭人にとって、父親と同年代のシヴァにはその条件があてはまる。ふたりと初めて出会った日も、五十代男性を前にしたことへの怯えを悪漢に襲われていると勘違いした天摯がシヴァに攻撃をしかけ、大騒ぎになったのだ。
 しかし、ふたりと暮らして一年が経ち、シヴァの、穏やかな無償の愛を全身で感じ取れるようになって、シヴァ=ライラ本人に恐れを感じることはなくなってきた。むろん、不意に近づかれるとまだ少し怖いが、自分からなら近づいて甘えることも出来るようになってきている。
 故郷ではどんなに望んでも得られなかったのに、今や彼を幾重にも包み温める深い愛情は、繭人を少しずつ癒し、成長させているのだ。
「あの、そうじゃなくて」
「ふむ?」
「ああ、どうした、繭」
 ふたりはいつでも、繭人の言葉をきちんと聞いてくれる。
 何もかも足りない繭人の、つたない考えを尊重し、決して愚図が差し出口を挟むななどと怒りはしないし、ましてや暴力をふるうこともない。一年かけてそれを理解した繭人は、少しずつ自分の意見を出し、自分の考えで行動することが出来るようになり始めている。
「あ、あの、俺、大丈夫だよ。早く探し出さなきゃいけないんだし、ひとりずつ別々に行動したほうが、あの、だから」
 護られているばかりでは申し訳ないと、自分も何かしたいのだと、何か出来るようになりたいと思えるようになったのだという繭人の言葉に、過保護な大人ふたりはやさしく微笑んだ。
「繭はいつも一生懸命でかわゆいのう」
「えっ、あ、え」
「まったくだ。繭を見ていると心がほのぼのとする。ありがたいことだな」
「えっ? あ、そ……う、なの……?」
 繭人は首を傾げるしかないが、ふたりは大真面目に頷くばかりだ。
「では、それぞれ別のルートを通って探すとしよう。ざっと探った印象では、五十人ほどの集団のように感じられる。くれぐれも気をつけてくれ」
「わしは大通り沿いに行こう。囮の役を兼ねてもよいゆえな」
「なら私は砦沿いに。見張りのものがいれば密かに打ち倒しておこう」
「俺は、路地裏みたいなところを探してみる。頭目もだけど、逃げ遅れた人たちが見つかるかもしれないから」
 大まかなルートを確認し、何も見つからなかった場合の合流場所を決めて捜索開始となる。
 足音をひそめて踵を返そうとした繭人を、天摯が静かに呼び止めた。
「繭」
「はい?」
「無理はするでないぞ?」
「あ、うん」
「繭には繭の役割があり意味がある。無茶をするのはわしやシヴァであればよい。何より、繭に何かあっては、わしもシヴァも哀しい思いをするゆえな」
「……うん」
 気遣いの、愛情の伺える言葉に、繭人の眉がふわっと和んだ。
「俺も、心配かけたくないから、気をつける」
 生真面目に頷いて、ふたりに向かって手を振ると、小さな建物が入り組んだ路地に踏み込んで行く。

 * * *

 息をひそめ、足音を忍ばせて汚れた裏路地を歩く。
 そもそも低所得層の住まう地域なのか、破壊されていなくとも、お世辞にも整っているとは言えない、猥雑な区画だ。
 しかし、たとえどんなに汚れていたとしても、盗賊に蹂躙される前は確かに活き活きとしたにぎやかさがあっただろうはずのここからも、今、生命の騒がしさを感じ取ることは出来ない。小石を踏みつける些細な音でさえ、どきりとするほど大きく聞こえ、繭人は何度も息を呑む羽目になった。
 緊張で鼓動が早くなり、息遣いが乱れる。
 意識を張りつめて周囲を探るごとに疲労が蓄積されていくのが判る。
 もちろん、怖い。
 父親に――実は、義理の兄だった人に、橘神家の人間のたしなみとして武術を仕込まれたから、技術や知識はあるけれど、実際に戦った経験は少なく、戦いは繭人にとって身近なことではないのだ。覚醒してからも、荒事の大半は天摯とシヴァが受け持ってくれていたから、繭人が戦闘で誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりすることはほとんどなかった。
(だけど、いつまでもふたりにばかり頼っていられない。俺も、あのふたりを護れるくらいになりたい)
 護られ、愛される喜びを知った心は、次に護り愛したいという願いを抱くのだと、繭人は初めて知った。
(だから……俺も)
 前を見据え、ともすれば上がりそうになる呼吸と跳ね上がる心臓をなだめながら少しずつ進んで行く。わずかな違いにも気を配り、建物の影に身をひそめて、盗賊の、頭目の姿を探し求める。
(いないな……こっちじゃないのかも)
 しかし、行けども行けども求める人物の声も気配も姿も見えず、繭人は壁に張り付きながら小さく息を吐いた。このまま進むべきか、戻って道を選び直すべきか悩む。
 その時だった。
 がたっ、と音がした。
「……ッ!?」
 口から心臓が飛び出る、とはこのことだ。
 パニックを起こしそうになる意識を必死に抑え、悲鳴を堪えていた繭人は、前方の光景に琥珀色の眼を見開いた。崩れかけた建物の、もともとは扉だったと思しき場所から、ぼろぼろの服を身にまとった小さな子どもが這い出してくるのが見えたのだ。
 薄汚れ憔悴した男児は、自分が今どこにいるのか、どういう状況に置かれているのかも判らなくなっているのか、よろめきながら立ち上がり、ふらふらと通りの向こうへ歩いて行こうとする。
 繭人は息を呑んだ。
 一瞬躊躇し、唇を引き結んで飛び出す。
「待って、ダメ……!」
 駆け寄り、少年を抱き上げる。
 少年はぼんやりと繭人を見ていたが、ややあってぼろぼろと涙をこぼし、震えながら彼にしがみついた。激しくしゃくりあげるものの、一時的にしゃべれなくなっているのか、言葉は出てこない。
「大丈夫、大丈夫だよ、怖かったけど頑張ったね」
 用意周到な天摯が持たせてくれた水筒を渡してやると、彼は咽喉を鳴らしてそれを飲んだ。疲労と恐怖に憔悴した顔に赤みが差し、目に少し力が戻る。にこっと笑う少年の頭を撫で、繭人は彼を抱く腕に力を込めた。
 その時、通りの向こう側から下卑た笑い声が聞こえた。
 存在を隠すつもりもない複数の足音がこちらへ近づいてくるのが判る。
「……!」
 繭人は飛び上がりそうになった。
 周囲を見渡すが、子どもを連れて隠れられそうな場所はない。Uターンして逃げるのも、無防備な背後から襲われることを考えると避けたい。
 繭人は、少年が不安げに見上げてくるのへぎこちなく笑ってみせ、彼を倒壊した家の隙間へと隠す。何か言いたげな彼へ、唇の前で人差し指を立てるジェスチャーをしてみせた。
「しばらく隠れているんだ。あいつらがいなくなったら、俺が戻って来なくても、噴水広場横の警備兵詰所まで行って。そこに、お迎えがあるから」
 何かを感じ取ったのか、少年が激しく首を横に振る。
 繭人を止めようと伸ばされる手を、不意に伸びてきた木の根が阻んだ。
「大丈夫……きみは、俺が護るよ、絶対」
 辛うじて生き残っていた街路樹の根が、崩れかけた建物を包み込み、隠してしまう。樹木神を宿した繭人の力によるものだが、おそらく少年には何のことか判らなかっただろう。
 街路樹に、人の気配がなくなったら少年を出してくれるよう『お願い』してから、意を決して繭人は走り出した。誰かいるぞ、とガラガラ声が言い、ばたばたと重たい足音が追いかけてくる。
 後ろを気にしながら、繭人は必死で――しかし、完全には引き離してしまわないように――走った。
 ずいぶん距離を稼げたことで安堵して速度を緩めたとき、
「面白い客人が来たようだな?」
 前方から濁声がした。
 背後を気にするあまり進行方向に注意を払っていなかった、と気づいたときには、衝撃波のようなものに全身を叩かれ、吹き飛ばされて地面を転がっている。
「う、……」
 衝撃に息がつまった。
 上体を起こして見上げれば、
「――招いた覚えはないが、まあ、歓迎しよう」
 にやり、と、髭面の巨漢が嗤った。
 背後から足音がいくつも響き、身体を硬くする繭人に、無数の手が伸びる。

 * * *

 コロセウムに引き出された繭人を助けようと駆け付けた、天摯とシヴァを観客席から見下ろし、頭目が告げたのは、繭人の命が惜しければ殺し合え、というものだった。
 むろんふたりに拒否権などなく、今、天摯とシヴァは激しくぶつかり合っている。
 天摯が生み出した無数の剣が、驟雨のごとくシヴァめがけて降り注ぐ。シヴァが剣雨を避け、弾く間に、彼の懐へと飛び込んだ天摯が、ひときわ凶悪に輝く深紅の刀を振り下ろす。シヴァはそれをギアの剣で受け、常人には不可能な体さばきで――その関節の動きと柔軟さは人間には出来ない――力を殺すと同時に踏み込み、逆の拳を天摯に叩き込む。しかし天摯は紙一重でそれを避け、回転を加えた蹴りをシヴァの胴へ喰らわせてから後方へ跳んだ。
「愉快じゃのう」
「まったくだ。なかなか、経験できることじゃない」
 ぶわり、とたわんだ金の触手群が硬化し、巨大な鉄槌のように固まって天摯を襲う。天摯はそれを跳んで避けたが、触手群に直撃された競技場のみならず観客席までが、派手な破砕音とともに粉々に砕ける。
 天摯が着地すると同時に、弾丸の速さで突っ込んできたシヴァの剣が突き込まれ、身をよじる天摯の脇腹をかすめていく。
 パッ、と、血が飛んだ。
 しかし天摯は表情ひとつ変えず、熱風を糧に赤い刃を錬成し、ひと呼吸のうちにシヴァめがけて解き放った。数十にものぼる剣は、矢より凶悪に煌めきながら、的確にシヴァの急所を狙って飛ぶ。シヴァは滑らかな動きでその大半を避けたが、避けきれなかった一本が肩口に突き立ち、烈しく燃え上がって彼の半身を灼く。
 常人ならその場でパニックに陥ってもおかしくないそれに、シヴァは飄々と笑い、燃え立つ剣を素手でつかむと引き抜き、放り捨てた。
 しゃりん、と音を立ててエレメントの刃は砕け、消える。
 ふたりとも傷だらけ、血塗れだ。
 鬼気迫る雰囲気と闘気に、賊が息を呑む音が聞こえた。次元の違う戦いが、明らかに彼らを怯えさせている。
 繭人は観客席の手すりにしがみつきながら震えていた。
「やめて、いやだ……やめて、お願いだから……!」
 彼らの足元に血だまりが出来ていく。
 それをさせるのが自分の無力だと思うと、とてつもない絶望が込み上げる。
「俺の、僕のことなんか、もう見捨ててくれて構わないのに」
 ふたりを護るどころか傷つけるしか出来ない自分に、いったい何の価値があるのだろうか。結局お荷物でしかない自分に、命を懸けて護ってもらう資格などあるはずもない。
 どうしよう、どうすればいい、どうすればふたりを助けられる、と、震えながら階下を見つめる繭人の傍らで、く、と頭目が嗤った。
 竜刻を片手でもてあそび、嘲笑の視線でふたりを見やる。
「……あれだけの腕を持ちながら、たかが小僧ひとりのために命を捨てるか。馬鹿な連中だ」
 侮蔑の込められたそれに、繭人は息をつめた。
 目の前が真っ赤になる。
「俺の、」
 怒りが四肢の隅々まで行き渡り、恐怖が消えた。
「どうした、坊や? お前のために死のうって酔狂な連中の最期くらい見届けてやれよ?」
 繭人を何の脅威とも捉えていない、侮り切った調子で頭目が嗤う。
 繭人は大きく眼を見開いた。
 琥珀の、優しげなそれが、今ばかりは畏怖を覚えるほどの黄金に染まっている。頭目がいぶかしげに眉をひそめ、一歩さがった。
「俺の大切な人たちを馬鹿にすることは、許さない!」
 半分は泣きそうな、半分は悲鳴のような声で繭人が叫ぶと、彼の周囲を、金の残光を伴う力が螺旋状に渦巻く。同時にコロシアム全体がずずんと音を立てて振動した。
「な、なんだ……!?」
 狼狽した頭目が竜刻を操って繭人を攻撃するより、

 ごばッ!

 観客席を貫くように、恐ろしい勢いで木が生え茂るほうが早かった。
 木々は盗賊たちを飲み込み、なぎ倒し、吹き飛ばして沈黙させる。
 くすくすと、懐かしい誰かが笑ったような気がした。
(元気にやっているようだな、繭)
 慈しみに満ちた指先が髪に触れて行ったような気もした。
「アケハヤヒさま」
 懐かしく慕わしい名を呼ぶと、繭人の周囲を金の光が舞った。
 彼を護るように生い茂る木々は、ここが砂漠に近い地域だとはとても思えないほど青々と力強い。
 繭人の故郷を支配する樹木神の中でも第三位に位置する、橘神の守護者アケハヤヒの持つ力である。それは、借り物の力に驕る人間にどうこうできるような代物ではない。
 驚愕に目を見開き、頭目が竜刻を握り締める。
「て、てめえ……」
 竜刻が淡い光を放つのを、繭人は荒い息を吐きながら見ていた。樹木神の力を現世に顕現させることは、人間の身には負担が大きすぎ、数分ですでに息が上がっている。
 しかし、繭人が衝撃を覚悟するまでもなく、竜刻の力が彼を襲うことはなかった。
 なぜなら、彼には、
「まったく……そんなに頑張られてしまったら、私たちの立つ瀬がないじゃないか」
「ほんに、繭の一生懸命なさまはかわゆいのう」
 過保護で大甘な保護者がふたり、ついているからだ。
「なッ、ぐがッ!?」
 いったいどれほどの跳躍力か、競技場から観客席へやすやすと飛び込んできた天摯が頭目を蹴り倒し、同じくいつの間にかそこにいたシヴァの触手が、その手から転がった竜刻をあっさり回収してしまう。
「あああッ、てめえ、返せ……ッ!」
「やかましい黙れ」
 もう一度人質にとでも思ったのか、繭人に飛びかかろうとした頭目を、天摯の拳が殴り倒す。少年の足が、地面を転がった頭目の身体を踏みつけ、ぐりぐりと踏みにじる。
 全身から血を噴きこぼした壮絶な姿だけに鬼気迫るものがある。
「うちのかわゆい繭を殴るとは、貴様どうしようもない阿呆じゃの。軍へ突き出してくれるゆえ、思う存分に責め苦を与えられてくるがよい」
 苦痛の声を上げる頭目を冷ややかに見下ろし、断罪の口調で告げる。
 その背後では、すばらしい手際のよさで、シヴァが次々と盗賊たちを縛り上げていた。
 繭人はふたりを交互に見やったあと、ぺたりとその場に座り込んだ。アケハヤヒの気配が遠ざかり、ただ人間としての感覚だけが戻ってくる。樹木神を顕現させた負担と、緊張が解けたことによる脱力で、立っていられない。
 それを、
「ほんにようやったの、繭」
「繭のおかげで助かったよ」
 両脇から、保護者たちが支えてくれた。
 非常識なふたりのことなので、血などもう乾いていて、ふさがりかけている傷もある。繭人は心底ほっとした。
「ごめんなさい、俺のせいで」
「何、むしろ楽しいひと時じゃったわえ」
「繭が無事なら、他に何を咎める必要もない。――ああ、きみが助けた男の子が、詰所で待っているから、会ってやってくれ。とても心配していたよ」
「あの子のおかげで繭の危機に気づけたのじゃ、感謝もせねばな」
「……うん」
 ふたりに支えられ、歩きながら、繭人は安堵の笑みを浮かべていた。
「嬉しそうじゃな、繭」
「だって、皆無事だったから。――そういう天摯とシヴァも?」
「それはむろん、かわゆい繭が、さらに強うなったのじゃ、嬉しくないはずがなかろう?」
「うむ、帰ったら赤飯を炊かなくては」
「えっそんなおめでたいことなの、それって……?」
「当然だ」
 大甘極まりない保護者たちの大げさな喜びに驚きつつ、繭人は戦うことが出来た自分、役に立てた自分を少し誇らしく思う。
 そして、もっとたくさん、自分に出来ることを増やしたい、とも。
「ねえ、街の片づけを手伝ってもいい?」
 もちろん、保護者たちは繭人の自主性を妨げるような反対はしなかった。

 街の復旧にはひと月を要したものの、旅人たちの助力もあってその作業は事情にスムースだったという。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!

一生懸命で可愛い繭人さんと、大甘な保護者さんたちのひとときをお届けいたします。
ここからさらに繭人さんが成長され、保護者さんたちが目尻を下げまくりながら見守られるさまが如実に想像されるようで、とても微笑ましい気持ちで書かせていただきました。

こまごまと捏造させていただきましたが、お楽しみいただけますと幸いです。

それでは、どうもありがとうございました。
ご縁がありましたら、また。
公開日時2012-04-08(日) 12:40

 

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