クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-18243 オファー日2012-07-27(金) 23:22

オファーPC 奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋

<ノベル>

 男がひたりと紙を貼る。死人の顔にかぶせてる。
 そら見ろ顔がなくなった。白い紙には黒い顔。死体の顔は真っ平ら。
 男は紙を凝視して、やがてにたりとほくそ笑む。

 白い玉砂利軋ませて、今日も旦那のお帰りだ。

 縁側の碁盤に白と黒が散らばっていた。といっても両者の並びは規則的である。静かにぶつかり、せめぎ合いながら領地を広げていく。
「ぬう……」
 黒の碁仇は鼻の頭に汗を滲ませた。
「手詰まりかな」
 白の奇兵衛は神秘的な紫の目で微笑んでいる。温和な横顔といい貫禄ある物腰といい、まるで大店の主だ。
「いいや、まだまだ。長考させてくれんかね?」
「ごゆるりと」
 灰色の髪を揺らし、奇兵衛はゆったりと立ち上がった。
「どこへ?」
「散歩へ」
「へえ」
 碁仇はぎょろりと意地悪く笑った。
「お前さんのいぬ間にずるをしたらどうする」
「さあ」
 奇兵衛は微笑を崩さない。
「私らは信用第一だからねえ」

 紙がひらりと翻る。死人の形相写し取る。死体の顔はつるりと剥げて、身元も何も分かりゃしない。
 断末魔のまま紙の上。まるで不気味な水墨画。だけれどだあれも気に留めぬ。渋面作るは司書ばかり。
 ハァ繰り返しったら繰り返し。今日も死体が転がるぞい。

「さて」
 奇兵衛は手慰みのように扇子を開いた。図書館ホールの掲示板を眺める。貼り出された依頼は物騒なものばかりだ。
 書類を片手に司書がやって来て、奇兵衛はさりげなく脇へ退いた。
「ああ、どうも」
 馴染みの司書は疲れた表情で会釈する。奇兵衛は常連客に接するように微笑んだ。
「お忙しそうで」
「仕事だからな」
 司書はこわばった手で掲示を貼り替える。奇兵衛はゆっくりと目を細めた。「連続殺人」、「顔なし死体」。
「下手人はまだなのですか」
「というより、何度告知しても応募がないんだ」
「それは異なこと」
 奇兵衛の扇子がはためき続けている。ゆるゆると、暑気にあてられた蝶のように。
「しかし分からぬ話でもない。他人の生き死になど知ったことではないのやも」
「放っとくわけにもいかないだろ。依頼、受けてくれないか?」
「私はただの紙問屋でして」
 奇兵衛は扇子を閉じながら微苦笑した。
「あの旦那はどうでしょう。同心や岡っ引きの類だったそうですよ」
 閉じた扇子で指した先には青白い顔の若者が立っている。しかし司書は無愛想に鼻を鳴らした。
「あの人は気難しくていかん。一度声をかけたらむげに断られた」
「あんなに青い顔をして。具合でも悪いのでしょうか」
「さあ、どうだかな」
 司書は持ち場に戻っていく。若者は周囲に目もくれず、亡霊のような足取りで去った。
 奇兵衛が帰ると碁仇はまだ長考していた。
「随分難渋しているようだね」
「ああ、ずうっと……む」
 碁仇はぽんと膝を叩き、黒い石を手に取った。ぱちり。白の陣と対峙する。奇兵衛はひょいと眉を持ち上げ、碁仇は鼻孔を蠢かせた。
「会心の手だろ」
「油断してしまった」
 奇兵衛は薄く苦笑いした。

 贔屓の相手にゃ愛想良く、馴れ合わぬ者にゃ興味ない。
 面白いから殺すのさ。面白そうゆえ殺すのさ。殺す救うを分けるのは、たった一人の胸三寸。
 胸の中にゃ何がある?
 さしずめ泥か、真っ暗闇。
 
 ぱちり。ぱちり。白石と黒石が盤上で競い合っている。
 白の奇兵衛は庭に目を投げた。玉砂利が陽光に輝いている。とはいえここはチェンバーだ。石も太陽もまやかしにすぎぬ。
「全く異なこと」
 そろりと風が吹き込んで、灰色の髪がさらりと流れる。
 黒の気勢が鈍り始めた。碁仇は今日も長考だ。
「ぬう……ち、ちいと待ってくれんかね」
「ごゆっくり。時間はいくらでも」
 奇兵衛は手慰みに懐紙を取り出した。何か折ってみようか。
 玉砂利が軋む。顔を上げると、庭先に蒼白な娘が立っていた。
「こんちは。近くに寄ったもんだから」
 娘は不健康な顔で笑った。
「これはこれは。さ、どうぞ」
 奇兵衛も穏やかに相好を崩す。座るよう勧めると、娘はすぐに胡坐をかいた。
「どうだね、近頃」
「本当に助けられた。全部奇兵衛さんのおかげだ」
 娘は痩せた手で頭を掻いた。腕を組んだ碁仇がちらと眼を上げる。
「何事もほどほどに」
 奇兵衛は懐紙を弄びながら微笑んだ。
「度が過ぎれば薬も毒だ。どうぞお気をつけて」
「分かってる」
 娘は従順に頭を垂れる。次いで、落ち窪んだ眼窩で奇兵衛を見上げた。
「ただねえ、どうしても別のが欲しいんだわ」
「ほう」
 懐紙を折る手が止まった。
「例えばどのような?」
「さあて……何と言っていいもんか……」
「む」
 碁仇の声が割り込んだ。ぱちり。奇兵衛は「おや」と目を大きくした。
「首の皮一枚繋がったねえ」
「ふふん。ずっと考えてた」
 碁仇は誇らしげに胸を反らせる。青白い顔の娘はのろのろと腰を上げた。
「じゃあ、これで」
「お話は?」
「今日はやめておく」
 にたりと笑って娘は去った。
「気味が悪いねえ」
 碁仇のまなこが娘の背を追う。ぱちり。奇兵衛が白を打つ。碁仇は碁盤と向き直り、居心地が悪そうに尻をもぞもぞとさせた。
「人でも殺しそうじゃないか」
「よしなさい」
 奇兵衛が静かにたしなめる。碁仇は「冗談だよ」と口唇を曲げ、黒石を手に取った。
「人殺しと言えばよ」
 ぱちり。黒が前進する。
「聞いたかい。顔なしの死体」
「ああ。司書が頭を抱えていた」
 ぱちり。白が出陣する。
「奇怪なもんさね。顔はどうなったんだか」
「さあ……元からのっぺらぼうかも知れんよ。何せ様々な者がいる」
 次の手を待つ奇兵衛は懐紙で紙奴を折っている。滑らかな手つきに碁仇は鼻を鳴らした。
「慣れたもんだ」
「紙が私の商売さ」
「そりゃそうよ。ところで、ずうっと考えてたんだが」
「相変わらず長考がお好きで」
 ぱちり。
「碁のことじゃないよ。ほれ、のっぺらぼうの話。死体のツラぁ、拓みたいに写し取られたんじゃないかってさ」
「突飛なこと。して、根拠は?」
 ぱちり。ぱちり。白と黒の応酬。
「だってよう、お前さん」
 碁仇のまなこがぎょろついた。
「そんな紙持っちゃいなかったかね」

 碁盤ががたりとひっくり返り、白と黒とがごっちゃになった。
 碁仇の首をポンとはね、奇兵衛がにたりと笑ってる。

 白い玉砂利軋ませて、今日も旦那がお出かけだ。

 奇兵衛出かけりゃ顔なし死体。司書の依頼は閑古鳥。だあれもなんにも言いやしない。
 旦那は毎日出かけてく。ハァ繰り返しったら繰り返し。繰り返しったら繰り返し。
 そうらどこかで紙が舞う。

 0世界の時間は停止している。空は動かず日も暮れない。体内時計を狂わせて調子を崩す者もいると聞く。奇兵衛は雑踏をそぞろ歩いた。顔見知りと行き交えば足を止めて世間話。知らぬ相手なら黙って通り過ぎるだけだ。この世の大半は赤の他人で、相手もまた奇兵衛を気に留めぬ。
『急募! 顔なし死体の調査』
 塀の貼り紙をちらと流し見、気ままな散歩をただ楽しんだ。
 数多の者らとすれ違う。数多の者らが通り過ぎていく。奇兵衛は扇子で襟元をあおいだ。透けるような和紙に木の骨が浮いている。
 顔にひたりと扇子を当てた。紙の香りを静かに吸い込む。どんなに上等な麝香より芳しい。
 扇子を外すと老人が立っていた。
「こんちは、奇兵衛さん」
 青白い顔の老人はしわがれ声だった。
「ああ、どうも」
 奇兵衛はそつのない微笑で応じる。老人は瞬き一つせず、ぐいと顔を突き出した。
「この前の話なんだが」
「そうだった。あの時聞けなくて申し訳ない」
「聞いてくれるのかい」
 黄色く濁った眼球が皺の狭間でぎらついている。奇兵衛はにこりと微笑んだ。
「信用第一。お客の要望にはできるだけ沿わねばね」
 扇子がはたはたと動き続けている。ひどく優美に。涼しげに。
「じゃあ言うけどさあ」
 老人はにたりと笑って奇兵衛にすり寄った。
「おくれよ。あんたの顔」
「ほう」
 奇兵衛は静かに首を傾けた。
「それだけ顔を変えて、まだ別のものが欲しいと?」
 初め、老人は中年の男だった。次に見かけた時は若者になっていた。その次は娘に。顔を変えるのは簡単だ。死に顔の拓を自らに貼ればいい。
「どれもしっくりこないんだよぉ」
 老人は枯れた猫撫で声で笑う。
「ならば自分の顔に戻せば良い」
 奇兵衛は冷静だ。
「だから、どれもしっくりこない。どれがどれやら。俺がどれだか」
「それは異なこと」
「なあ。おくれよ」
 老人は懐に手を忍ばせる。
「あんたの顔、初めて見た時から気になってた。ずっと尾けていたんだよ、あんたが出かける度に」
 不自然なまでにまっさらな紙が取り出される。
「あんたも元は同心だろ? 罪人にお上、暗がりばっかり見てきたろ? あんたのここにゃ――」
 枯れ枝のような指が奇兵衛の胸を突く。
「俺と同じもんが詰まってる」
「それはそれは……突飛な」
 さすがの奇兵衛も苦笑するしかない。老人も笑っていた。笑いながら慟哭していた。ひどくいびつな形相であった。
「あんたの顔ならきっと合う。なあ、おくれよう。ねえ、ねえ」
 数多の者が通り過ぎていく。むせび泣く老人を誰一人として気に留めぬ。
「仕方のないお人だねえ」
 縋りつく手を払おうともせず、奇兵衛はぱちんと扇子を閉じた。
「場所を変えようか」

 はてさてこの後どうなった? だあれもなんにも知りやしない。
 だけれど不思議なことがある。顔なし死人が絶えたとよ。
 これにて一件落着ぞ。ハァめでたいなったらめでたいな。今日はとびきりめでたいな。

 玉砂利の上に白い紙奴が落ちている。奴の頭はもげている。奇兵衛は糊を取り出し、奴の首を繋いだ。
「お」
 縁側に横たわっていた碁仇がむくりと起き上がった。寝ぼけ眼がぼんやりと瞬きを繰り返している。
「帰って来たのかい」
「すっかりお待たせしてしまった」
 奇兵衛は碁盤の仕度をした。
「あたた。首がミシミシ言ってあ」
「寝違えたのでは?」
 微笑む奇兵衛の傍らで紙奴がひょこひょこと歩き出す。
 三者は何事もなかったように碁を打ち始めた。
「顔なし死体が出なくなったってのはほんとか?」
 ぱちり。今日は碁仇が白だ。
「そうらしいねえ」
 ぱちり。奇兵衛の黒が進む。奴が見守っている。
「幕切れが唐突じゃねえかい。一体どうしたんだかね」
「さあ。私が明るいのは紙だけだ」
「紙、ねえ」
 碁仇はふんと鼻を鳴らし、紙奴もひたと奇兵衛を見つめた。
「あいつにあの紙さえ見せなきゃな」
 そう言ったのはどちらであったか。奇兵衛は黒石を手に肩をすくめた。
「欲しいと言うから渡したまでで」
 何をするかは尋ねなかった。あの男を一目見て分かったのだ。勤めで闇を覗きすぎた者の眼だと。
「だが、ちと無粋だったよ。せっかく放っておいたのに」
「あいつぁ闇に呑まれたのかね?」
「恐らくは。あるいは歪んだ0世界の仕業か……いずれにせよ面白い」
 ぱちり、黒い石。碁仇も白を打ち返す。奇兵衛は手を止め、短く唸った。
「長考してもいいぞ」
 碁仇が得意げに鼻を膨らませる。
 ぱちり。別の手が割り込み、黒を打った。奇兵衛は感嘆した。
「会心の手だ」
「そうだろう。待たせたね」
 奇兵衛の隣に奇兵衛が腰を下ろす。奇兵衛が二人並んでいる。碁仇は口をへの字に曲げた。
「紛らわしいことしやがって。どっちがどっちだい」
「さあ。何にしろ」
 奇兵衛は奇兵衛を見て笑った。
「面白いねえ、人間は」
 ……ぱちり。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

解釈に迷った部分があったので、色々な意味に取れるよう書きました。明確に手を下す描写をしたのは碁仇さんの件だけです。
また、オファー文を崩すのが勿体なく、一部七五調にいたしました。少しでも雰囲気を反映できていると良いのですが。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2012-07-29(日) 22:40

 

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