クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-20873 オファー日2012-12-18(火) 23:59

オファーPC 奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋

<ノベル>

 神山の麓に御霊門が口を開けたのは、さて、何時の頃の事であっただろうか。御霊門が開かれる事で、それまで平々凡々と続いてきた世界の有り様は天地が動天せんばかりに変容を迎えた。
 即ち、人に非ざるもの――総じてこれを”威人”と称し、かれらが住まう域は”威国”と称される場所。
 対し、人間が住まう域は”秋津島”と称される。
 双方は隣り合い、当初はあらゆる策を用い、交わりを模索する形を取っていた。それこそ互いの骨身を削り合う戦を交えた事も、幾度となく繰り返されてきた事だ。人間は冶金や鍛冶の術に長けている。冶金や鍛冶が栄えているという事は、すなわち鉱石等の資源に恵まれた土地を有しているという事だ。鍛冶に長けた者たちが刀剣を用いた刀術や武術に秀でていないはずもない。戦をもうければ人死は数十を超える数を生む。戦は果てなく続いていたが、それもある日、どちらからともなく抑止が告げられる処となったのだ。
 戦など幾度繰り返そうとも無意。どころか、戦が如何なる結着を迎えるのかは火を見るよりも明らかだ。
 一方の亡びは残る一方の亡びをも導く。仮に威国が秋津島を亡ぼせば、いずれ遠からず威国もまた確実にその後を追う事になるだろう。それは秋津島が威国を降せた処で道理は同じ。
 如何なる者の如何なる意思の下に御霊門が口を開けたのか、知る術はない。が、いずれにせよ、世界は均衡を失えばたちどころに崩壊へと進むだろう。
 長い歳月の果て、威国と秋津島に、とある協定が結ばれた。
 冶金と鍛冶、加えて”ゐれきせゑりていと”――電気という技術も持ち得ている秋津島が保有する武力は、実質、威国の武力と拮抗する。
 故に、互いのため、双方に在する幕府は各々で”異形改方”を設置する事としたのだ。
 
 ◇

 威国で人間の赤子を拾う。抱き上げ、奇兵衛ははてと首を傾げた。
 念のためにと周りを見渡すが、どこにも赤子の親らしい者はいない。むろんの事ながら人間の屍が転がっているわけでもないようだ。
 はて、ならばなにゆえにこのような場所に捨て置いたのか。僅かの間、思案する。
 協定を結んだとて、威人の内には未だ人間によからぬ念を抱え持つ者も少なくはない。このまま打ち捨てておけばいずれ遠からず、この赤子はいずれかの威人によって無残な死を遂げるだろう。
 奇兵衛の腕の中、赤子は安らかな寝息をたてている。生まれ落ちた後、おそらくは数え三ヶ月ほどといったところであろう。男児らしく、赤子でありながらもその体躯は女児の柔らかみよりも幾分重量を感じさせた。
 
 さて、威国の内では己の身は己自身で守るのが常だ。
 いずれかの手にかかり殺められようとも、秋津島より忍び込んで来た者に攫われようとも、少なからず威国においては己自身の責任となる。
 この赤子が人間であろうとも、奇兵衛は確かに威国で拾った。赤子の親が如何なる理由や事情の元に赤子を手放したのか等知る由もない。
 糸のように細めた眼を笑みの形へと変じさせ、奇兵衛は赤子を抱きながら歩みを進める。
 ならば、身を守るための策を教えてやるも一興。どうせ退屈なばかりの時間を無為に送っているだけなのだ。
 人間でも使える妖術を教え、刀術を教え、武術を教え、薬草に関する知識も教えてやろう。読み書き算盤も教え、飯炊きの手順から何から、奇兵衛が知り得る事であるならばあらゆるものを教えてやろう。
 威人の手により育てられ、人でありながら威人の使う術を行使する者と成る。そんな環境の中に育った赤子が、長じた後に自らの意思で選択するのは、果たして威国か、秋津島か。
 

 ◇

 ひととせ、ふたとせ。歳月は瞬く間に過ぎて行く。
 巡る季節の中、四季ごとに移ろう景色の中で、赤子もまた瞬く間に成長していった。這ったかと思えば立ち、立ったかと思えば歩む。歩む長さも次第に伸びていき、男児はいつしか自らの足で走り、奇兵衛の名を呼ばわるようになったのだ。
 見目の良い少年へ成長した男児は、奇兵衛が教えるあらゆるものを余す処もなく理解し、飲み込んでいく。
 涼やかな目元、無駄な肉はほとんどと言っていいほどに落とされた、それでいて妙に着痩せのする身体。奇兵衛に倣い、その面には常に緩やかな笑みが乗せられている。
 読み書きも覚え、威国と秋津島にまつわる史実や現状を覚え、妖術をも身につける。こと、妖術に関しては、人の身でありながら、その飲み込みは奇兵衛もいささか驚くほどに才を持っていた。
 ――それはあたかも、上質な道具を拵えていく時の感触にも似ていて。
 いつしか奇兵衛自身も気付かぬ部分で、少年と過ごす日々に愉悦を覚えるようにもなっていた。

 子を育てていく中で知っていく事もある。
 人の持つ情動、笑う声、応じてやる時の言動の返し方。
 育つという事、育てるという事。その中にのみ生じる特別な視野、感情、言葉。
 育てていく中で奇兵衛の内に生じていた一抹の情。――名付けるならば、その情は果たして何というものであっただろうか。
 
 季節は巡る。
 成長していくうち、少年は威国の向こうにある秋津島に関心を寄せるようになっていた。
 ――なあ、奇兵衛。秋津島の話をしておくれよ
 枕に頭を乗せ、少年はまっすぐに奇兵衛を見る。
 ――ゐれきせゑりていとってなあ、どういうもんなんだろうなあ
 枕元に揺れる行灯が少年の整った顔を照らす。
 ――なあ、奇兵衛
 春の嵐の晩だった。夜風は強い旋毛を巻き、庭に伸びる木々は旋毛に巻かれて波打つように揺れていた。
 隙間を縫って入り込んでくる風が行灯を揺らす。仄暗い紅に照らされながら、未だ見ぬ郷里に淡い念を漂わせつつ微睡む少年は、ぽつりぽつりとうわ言のように言葉を編んでいく。
 引き寄せられるようにして指を伸ばし、少年の唇に蓋をした。
 あの薄い扇情は、果たして何と名付けるべきものであったのだろうか。
 蓋を離しながら問う。秋津島に帰りたいか? だがそう問えば、少年は奇兵衛の指に頬を寄せながら小さなかぶりを振る。
 ――己はまだまだ奇兵衛の傍にいたい。
 夢を見るような口ぶりで、誘うような眼差しで。――それもまた、奇兵衛が少年に仕込んだ処世術の一環ではあったのだが。


 溺れた心算はまるでない。けれど反面、僅かに浮かれていたのだろうとは思う。
 赤子を拾ったあの日、奇兵衛が抱いたそれは、まさに上質な道具を仕立てていくというものだった。だがいつしか情が湧いていた。
 けれど知ってしまった後は、知らぬ顔を続けていくわけにもいかぬのも道理。
 
 みとせ、よとせ。歳月は留まる事もなく、容赦を見せず流れていく。
 少年は青年と呼ぶに相応しい齢を迎え、そうしてある日、奇兵衛の前に深く頭を垂れて告げたのだ。
 ――すまぬ、奇兵衛。己は郷里に戻ろうと思う。
 育ててやった恩義も忘れ、奇兵衛を捨て置くようにして郷里へと戻る己の我侭、打ち据えてくれても構わぬ、と。その上で郷里へ戻る事は赦さぬ、と。そう詰ってくれても構わぬ、と。
 請うような目つきで奇兵衛を仰ぐ青年に、奇兵衛は安穏とした笑みを浮かべ、首肯いた。
 壮健であれ。
 今生、もうニ度と見える事もないだろう。その方が互いのためであろう。
 そう応えた奇兵衛に、青年は刹那、――ほんの僅かの間、深い絶望に満ちたような顔をした。

 ◇

 それから歳月を経て。
 異形改方に属する奇兵衛は、勤めのために秋津島へと渡る機を得た。
 威国から見た秋津島、秋津島から見た威国。相手側の罪人及びそれらが犯す罪咎を総じて”異形”と呼称。双方の幕府は”異形改方”を発足し、相手側に役人を遣わしているのだ。
 秋津島に戻った青年の顔を浮かべぬわけでもなかった。けれどもうニ度と逢わぬと、あの日、互いに固く決めた事。
 この地の何処かで生きてくれてさえいれば、それで良い。

 
 しかし、秋津島で聞かされた勤めの内容は、穏やかにあろうと努める奇兵衛の心を波打たせるに相応しいものであった。
 人攫いを妖術で殺める一党が暗躍しているのだという。
 心がざわめく。照りつける盛夏の日差しが、奇兵衛の全身を灼きつけるような熱を放っていた。
 心のどこかがせせら笑う。そうれ、見た事か、他人に情など持つからよ。
 その嘲りを打ち消しながら、奇兵衛は一党を調べ、やがてその根城に踏み入った。
 晩夏の夜の事だった。蒲の穂が伸びる小川のほとりに、一党が根城にしていた長屋はあった。
 改方が蒲の穂を分け進むたび、蛍が光のすじを残しながら飛び立った。数多の光のすじの向こう、白光を落とす下弦の月が揺れていた。

 不意を突かれた一党に動揺の波が広がった。逃げようとして惑う者、果敢にも白刃を掲げ立ち向かって来る者。迎える役人や逃げ惑う者を追い立てる役人。
 秋津島に生まれ育った者にならば通じるであろう妖術も、威国の者を相手取ったならば効力はいか程にも得ない。
 たちどころに狭められ追い詰められていく一党の中心に立つ妖術使いの顔を検めた時、奇兵衛はほんの刹那、僅かに目を見張った。
 視線が重なる。奇兵衛の視線の先にいたのは見目の美しい青年だった。青年もまたまっすぐに奇兵衛を見据え、ほんの刹那、僅かに目を見張っていた。
 心が大きく波を打つ。
 けれど、それはほんの一瞬の後に収束した。

 思えば青年は人攫いを深く憎んでいた。その青年が人より勝る力を得たのだ。なるほど、眼前にある結末は、果たされるべくして用意のなされていたものであったのか。
 考えついた奇兵衛の口に、薄い笑みが滲んでいた。青年もまた笑んでいた。
 互いに諦念を浮かべ、刃を握る。強く踏み込み、間合いを詰めた。

 それから後は、まるで遊戯のようでもあった。
 刀術や武術の稽古をつけてやった。幾度もまろび、膝を剥き、めそめそと涙をこぼしていた子ども。
 懐いた犬のように奇兵衛を慕い、すがりつき、甘えついてきた子ども。
 互いの口に蓋をし合った夜もあった。思えば互いに思いつく限りのあらゆる情を持ち寄り過ごした、濃密な歳月であったと言えるだろう。
 刃がぶつかる。術を打ち合わせる。それはまさに、遠い過日に交わした稽古や遊びのそれと、寸分違わぬものだった。違うとすれば、互いが手にしている得物が本物であるという一点であろう。
 青年の術は奇兵衛には届く事かない。あえなく打ち払い、かざされた白刃をも打ち落とし、奇兵衛はそのまま、引いた刃を青年の腹に向けて突き立てた。

 視線と視線が交わされる。互いに、互いの名を呼び合う事もなく、短かな言葉を交わす事もない。それは周りを囲う互いの同士たちに対するものであったのかもしれない。
 否、言葉など交わすまでもなく、互いの心の内など眼を覗けば知れる事。決して浅くなどあろうはずもない歳月の絆が、互いの諦念を更なる深みへと沈めていく。
 刃を青年の腹から抜き取り、鮮血の糊を払い落とす。奇兵衛が抜刀したそれを鞘に収めるまでの一連の流れが済むのを待っていたように、青年がゆっくりと膝をついた。
 腹の中の腑を綯い交ぜにするやり方だ。青年には生き長らえる算段など残されてなどいない。
 膝をつき、末期に臥す瞬間、青年は上目に奇兵衛を仰ぐ。口許には一層満ち足りたような色を浮かべ、初めて声を形と成した。

 ――だから逢わないと決めていたのになあ

 告げて、青年の笑みは困ったようなそれへと変じる。
 青年が末期に見たのが奇兵衛の如何なる表情であったのか。それは奇兵衛自身にも見当のつかぬもの。

 ◇

 一党の制圧は滞りなく終わり、役人たちは捕らえた残党に縄をかけ、引き立てて行った。
 残されたのは奇兵衛ただ一人。蒲の穂の上に架かる下弦が放つ白光は変わる事なく、素知らぬ顔でそこにある。
 遠く、夏を送るための花火が打ち上がった。間近に見れば耳をつんざくような音響を広げる大輪の花も、遠目に見れば僅かに空気を震わせるばかり。
 ――奇兵衛、耳が痛い
 不意に袖を引かれたような気がして、奇兵衛は弾かれたように目を落とした。けれど、あるのは飛び交う蛍の姿。
 花火が打ち上がる。
 奇兵衛はしばし周りを見渡して、それから子どもの名前を呼んだ。応えはない。さらに、今度はもう少し大きな声で子の名を呼ぶ。花火が上がる。花が咲く。
 名を呼ぶ。叫ぶ。応えはない。
 糸のような三日月だけが、他人事のような顔で揺れていた。
 

クリエイターコメントこのたびはプラノベのオファー、まことにありがとうございました。大変お待たせいたしました、申し訳ありません。

脳内映像をすべて投じてみましたところ、圧倒的に文字数が足りませんでした。その割には全体的に淡々としたものとなったような気がします。
また、お言葉に甘えまして、櫻井の嗜好に寄った設定を組ませていただきました。もしも意に沿わぬものでしたら修正いたしますので、お声がけ等いただけましたらと思います。

それでは、余分なコメントは不要かと思いますので、失礼いたします。
お待たせしました分も、少しでもお気に召しましたらさいわいです。
それではまたのご縁、お待ちしております。
公開日時2013-06-02(日) 12:50

 

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