ハイユ・ティップラルが歩いていると、全長1m50cm程のミミズクにこう、呼び止められた。「すみません。いきなりで申し訳ありませんが……お酒って平気ですか?」「ええ、まぁ……」「それでは、もしよかったら私の話を聞いてくれませんか? 」 彼はそう言うとハイユに仲間を呼んでくるように言った。 ハイユが仲間を集めてくると、先ほどのミミズクのが『導きの書』を手に現れた。どうやら世界司書だったらしい。「貴方がたにヴォロスへ竜刻を回収に行っていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 」「それがお酒とどう関係あるのかしら? そうは思えないけれど」 彼女の言葉に世界司書はふむ、と小さな声で唸りつつも口を開いた。「ヴォロスの辺境に、小規模ですが美味しい酒を造る酒蔵がありました。けれど、今は廃墟と化しています。というのも奥に発生した竜刻の所為なんですけれどね」 世界司書はそう言いながら竜刻とその力について説明を始めた。 竜刻があるのは酒蔵の最深部。どうやら酒蔵の主が森で得た琥珀が竜刻になったらしい。ガラスの箱に入っているため、直ぐに見つかるだろう。しかし、問題はここからである。「その竜刻は『お酒を美味しくする』という力を持っています。どうやらその所為でとっても美味しくなるらしく1口飲めばやみつきになり、お酒以外を口にしなくなるようです」「そ、それじゃあ……」 仲間の1人が表情を険しくする。「ええ。その酒蔵がつぶれた原因はそれです。住人たちはお酒しか口にしないようになってしまい……。だからそこにあるお酒を口にしたら止まらなくなってしまうかもしれませんね」 だから気をつけてね、とウインクする世界司書。いや、『気をつけてね』どころの問題ではない。ハイユ達は思わず突っ込みを入れたくなったものの世界司書は『導きの書』をめくって付け加える。「あと、酒蔵の近くも荒れていて草が生え放題になっていますからそれにも気をつけて下さい。たまにお酒の香りに酔った生き物たちとか来るかもしれません。けど、手付かずのお酒もあるようですし、竜刻さえ回収すれば力もどうにか……」 そこまでいいながら『導きの書』を捲った世界司書は少し考え、輝かしい笑顔で言った。「この竜刻自体がお酒の匂いを放ってるかもしれないようですし、回収後も対策考えた方が良いみたいですねぇ」 つまりは、回収後も効果を発揮する可能性がある、らしい。ハイユ達がお酒の誘惑との戦いに息を飲んでいるのを見つつ、彼は人数分の往復チケットと二日酔い防止のドリンクをとりだし、笑顔で言った。「それではお気をつけて。あと、丸く収まったようでしたら、食堂で酒盛りとしゃれ込んではどうですかな? 今の季節なら庭の蝋梅が見頃ですよ」 こうしてハイユ達は未知なる美酒を求め……いや、竜刻を回収するべくヴォロスへと向かうのであった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ハイユ・ティップラル(cxda9871)ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド(ccbw6323)劉 谨泽(cubd8624)アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)=========
起:美味い酒が飲めると聞いて in ヴォロス 見渡す限りの緑、緑、緑……。ロストレイルを降りた5人が見た道は、かなり荒れ果てていた。成人男性の膝丈ぐらいはあろう草が生い茂り、嘗ては美しかったであろう石畳も所々はげている。呼吸をすれば仄かに酒の香りがし、進むにつれてそれは濃くなっていく。それでも、5人のロストナンバー達は1つの熱い思いを胸に突き進んでいた。 ――美味しいお酒が飲みたい! (その前に、とりあえず大人しく竜刻を回収しないと) 本当は香りから酔いたいのに、と溜め息混じりに頷いたハイユ・ティップラルはトラベルギアであるナイフを握り締める。刃渡り20cm程のそれでテキパキと草を狩って進む姿はまさにプロのメイドである。別の方向ではドワーフ族特有の立派な髭を揺らしながらギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドがハルバードをブゥウン、と勢いよくぶん回し、草を薙ぎ払うが如く道を作っていた。 「先を行くのである。ハルバードでばっさり行くのじゃ! 」 豪快に狩られていく草は風に乗って舞い、より濃い酒の香りが漂って行く。彼の姿を見、ディーナ・ティモネンはふむ、と小さく唸った。 (そろそろ用意したほうがいいかしら) 彼女は念の為に、とガスマスクを用意していた。酒の香りで誘惑されないように、である。大柄なパンダの劉 谨泽もまたマスクを着用し、身構える。 「酔っ払った生物は、申し訳ありませんが気絶させましょう」 「そうじゃな。殺生はするまでもないじゃろうて」 蛇と竜が合わさったような姿のアコル・エツケート・サルマが鎌首をもたげながら辺りを見渡す。彼は地面の音を聞いたり、熱感知視覚で何か近づいてくるか探りながら進んでいたのだ。ディーナはその様子を見つつ、風に混じる酒の香りに何かを堪えるように拳を握る。 「本当は…本当はこんな無粋なもの、被りたくない、の。でも……」 誰かさん達がどうしようもなく引っ掛かっちゃうだろうから我慢、しないと……と内心で付け加えてアコルと谨泽を見、盛大に溜め息を付いてハイユとギルバルドにガスマスクを手渡す。因みに、彼女の目からは滝のように、目の幅と同じ幅の涙が流れているのは気のせいだろうか。 「まぁ、とりあえず予防策って事で。ありがとう、ディーナちゃん」 ハイユは微笑むと、ガスマスクを装着する。そして軽く拳を握り、開いた。普段は家事に使用している元素魔法で風を呼び出し、酒の香りをとばそうというのである。まぁ、内心では香りから酔いたい、とも思っているのだが。 「今の所は大丈夫じゃがなぁ」 「このまま来なければいいねぇ」 「ふん。邪魔するものは、みんな叩き伏せるのである」 辺りを見渡すアコルの言葉に溜め息混じりに谨泽が頷く。その前で豪快にハルバードの石突きを鳴らすギルバルド(ガスマスク装着済み)。それを見た面々はなんとも言いがたい違和感を憶えた。 ((髭、何処に収納されているんだろう……?)) 4人の視線に気付き、ギルバルドが首を傾げる。彼自身は何故自分がこれ程までになんとも言いがたい視線を浴びているのか判らないのだが、そんな空気を破るかのごとく、アコルが身を伸ばした。どうやら、何かの影を捉えたらしい。 「どうしたのじゃ? 」 「しっ! 静かにせぃ。どうやら、お客さんのようじゃわい」 ギルバルドの問いに、アコルが答える。目を凝らしてみると、2頭の虎がふらふらしながら5人の方へと近づいてくるではないか! 微妙に千鳥足で、舌をべろん、と出している。 「仕方がありませんねぇ」 谨泽は身構え、ディーナも彼と背中を合わせてトラベルギアであるナイフを手にする。アコルとギルバルド、ハイユも戦闘態勢に入る。そして、2匹の虎は5人目掛けて勢いよく飛び掛った! 普通、虎は単独で行動する物である。しかし、これも酒に酔ったからなのだろうか。2匹の虎はぐでんぐでんの状態で、時に倒れつつもロストナンバー達を翻弄する。ハイユはその間も元素魔法で風を呼び起こし、これ以上生き物が来ないように牽制した。 「なかなか当たらないねぇ。酔拳みたいだよ」 谨泽がトラベルギアである三節棍に力を込め、気を交えて虎を打つ。今度は上手く行ったようで、虎は大きくよろける。 「私だって飲みたいのに……天誅~! 」 我慢、我慢、と呪文のように内心で唱えながら、ディーナが鎖のついたナイフをぶん回す。それが見事腹に当たり、虎は背中から大木にぶつかって目を回した。その傍を風が通り抜け、ギルバルドのハルバードが唸る。アコルの威嚇に怯んだ所を殴られた為か、もう1頭も避けられずに倒れる。 「がっはっはっはっ! たわいもないのう! 」 彼の笑い声に、虎はぴくりとも動かない。それが気になったアコルが近づくと、虎は呼吸をしていた。どうやら、気絶しているだけらしい。 (よかった、よかった。竜刻さえ回収すれば大丈夫じゃろうな) 1つ頷くとハイユを見た。彼女は1つ頷くとはっきりとこう言った。 「さぁ、先へ進むわよっ! 」 酔っていたお陰か、虎の攻撃はかすりもしなかった。誰1人けがすることなく終り、5人は再び歩き始めた。 この後、近づく動物はあったものの、アコルの威嚇やギルバルドと谨泽の威圧のお陰で襲い掛かってくる物はなかった。そのお陰か思ったよりも早く進むことが出来た。やはり酔っていても動物は動物。自分より強い物には手を出してもムダ、と言う事を本能で悟っていたようだ。 進めば進むほど、酒の香りがだんだんと強くなっていく。その度に欲求も高まり、5人は目的地が近い、と判断した。 「ここで我慢すれば、お酒たくさん……我慢我慢我慢我慢……」 先ほどからディーナは呪文のようにこう繰り返し、傍らのギルバルドはがははは、と笑う。 「酒以外飲めなくなる? いつもの事である! むしろ、度数の高いものが欲しいのじゃ! 」 一方谨泽とアコルは一見冷静そうに見えるものの、やはり酒が好きなこともあり、わくわくしている様子が伺えた。 「酒を美味くする竜刻とはええのぉ」 「そうですねぇ。とても興味がありますね。それにお酒以外を口にしなくなる味とはどんなものか胸が高鳴ります」 二人の会話を聞きながら微笑むハイユに、アコルがくい、と顔を向け、小声で 「お主ワシにいいサービスするから酒を飲み干さんでくれと言っておったがどんなサービスなんじゃ? 」 お爺ちゃん聞きたいのぉ、と翼をぱたぱたさせて問う。と、彼女はウインク1つ。 「それはひ・み・つ(はぁと) だから、お酒残しといてよ? 」 あの体格だとお酒を飲み干されそう……と全長3mほどの蛇竜を見てくすり、と笑う。ハイユはそうしつつ他のメンバーを見て思考をめぐらせる。 (ディーナちゃんは飲みそうに見えないけど、案外飲むかもねぇ。ギルバルドさんは……いかにも飲みそう。劉さん、パンダも酒飲むんだ……) ふと、何かを思いついたハイユは前を行くギルバルドと谨泽にこう、声をかけてみる。 「ねぇ、2人とも。宴の時にでもおつまみ作って? 」 そうこうしているうちに、5人の目の前には葡萄の蔦が絡まった廃墟が現れた。見た目は少し怖い物の、それ以上に濃厚な酒の匂いが当たりに漂っていた。 承:我慢の先に竜刻はある 酒蔵は、思っていた以上に大きく、周りの環境から酒の保存状態にも期待が持てそうだった。益々やる気が漲る5人の酒飲……失礼、ロストナンバー達。しかし、この時彼らはまさかあんな事になろうとは、だれも想像していなかった。 酒蔵へ入った5人を出迎えたのは、無数にある手付かずの酒樽と外よりも濃いフルーティーな香り。酔い易い者が入ったら速攻ノックアウトだろう。ガスマスクをつけたハイユ、ギルバルド、ディーナは平静を保っていられたものの、マスクだけの谨泽はぐっ、と気を引き締めなければ酒の誘惑に勝てなかっただろう。 「どれ、飲み頃の酒はあるかのお? 」 酒の匂いがこびりついておる、と言いながらも霊に見繕ってもらい、アコルは早速酒を飲み始めた。そのまろやかな甘みと奥からじりじり染み渡る僅かに渋みにうっとりとなり、あっ、と言う間に瓶1つ分を飲んでしまう。 「ん? わしにも飲ませるである」 ギルバルドがガスマスクを外そうとするのを必死にディーナと谨泽が止め、ハイユもまたお得意の元素魔法を使う。見えない空気のトンネルを生み出し、酒の香りの無い道を作ろうというのである。 「ここ(の酒)はあたしに任せて先に行くんだ! 」 「ありがとうございます、ハイユさん! では先へ行きましょうか。ね? 」 ハイユの言葉に何かか滲んでいたものの、谨泽が泣きそうなディーナの肩を叩く。彼女はうん、と1つ頷いた。 「そうよね! 竜刻を回収すれば良いし、お酒は持ち帰れるし、我慢、我慢……」 「先にもまだあるようであるなぁ」 ギルバルドの言うとおり、奥にもたくさんの樽があった。ハイユの魔法で作ったトンネルはどこかで切れるかもしれない、と懸念しつつ3人は先へ進む。 「竜刻回収? そんなのは後じゃ、後じゃ。うーん、これは確かに美味くて実にたまらん」 酒の魅力に取り付かれたアコルは次々に飲み干していく。傍らに寄り添う霊に見繕ってもらう姿はまさに好々爺……いや、好々蛇? である。3人を見送りつつハイユはガスマスクを外す。そして、元素魔法で呼び出した水でぎりぎりまで薄め、酒を1口。舌で味わい、じっくりと吟味。 「うん、確かにいい味ね。……保存状態がすこぶるいいわ」 本当はストレートに飲みたいのだが、そこは我慢する。必死に堪えてガスマスクを再度着用するも、飲みたい気持ちが膨らんで膨らんで、堪えるのに精一杯だった。それでもさくさくと瓶に酒を移す。その後ろを、舌をちろちろさせつつアコルが通っていく。 「しかしただ酒を飲み続けるのも興がないのぉ。 ハイユ、いいサービスとやらを肴にどうかのう? 」 するる、と身をゆるく巻きつけてくるとハイユはアコルの頭を撫でて小さく「回収の後で」と言うのであった。ガスマスクがなければムードがあったのだが……。アコルはそれならば、と頷いて霊と共に美味しいお酒を求めてディーナ達が向かった方へと進むのだった。 奥へと進んだディーナ、ギルバルド、谨泽は竜刻を探しつつも瓶等に酒を注いでいた。予想以上に酒がたくさんあり、全て持ち帰ることが出来るか不安になっていた。 「アコルとか飲んでるんだろなぁ。でも我慢しなきゃ! 我慢、我慢……」 先ほどから、ディーナはずっとこの調子で作業をしている。それは谨泽も同じであったがどうにか平静を保って竜刻を探す。 「話ではこの奥と言っていたねぇ」 「それよりも酒である! 」 ギルバルドはいつのまにかガスマスクを外し、酒を飲んでいた。ここの酒は手前側より辛口の物が多いらしく、香りにも少し変化があった。それに目を細めつつどこからもってきたのかゴブレットに酒を注ぎ、ぐいっ、と呷る。小さく「辛みが足りんが、美味であるなっ! 」と感嘆の息。 「ううっ、飲みたい飲みたい飲みたい……」 「まあまあ落ち着いて」 ディーナと谨泽は手分けして(酒を集めつつも)竜刻を探す。しかし、行けども行けどもガラスの器が見当たらない。仕方なく2人は彼方此方調べながら、やっぱり酒を回収するのであった。 そんな様子を見つつも、ごくごくとお酒を飲み干す好々蛇アコル。彼はディーナがえぐえぐ泣いてたり、谨泽が樽を軽々と持ち上げたりする姿を横目に舌をちろちろさせながら美味しい酒を探していた。 「ふむ? それはどうじゃ? 」 「おお! アコルであるか!! これもまた美味であるぞ」 ギルバルドはそういい、もう1つのゴブレッドを奨める。するとアコルは嬉しそうにごくごくとそれを飲み干した。 「確かに美味いのう。まだまだ入りそうじゃ」 「確かに、まだ足りないのである」 2人は頷きあう。アコルはもっと美味しい酒はないか、と霊に問うと彼は1つ頷いて奥へと案内する。アコルはそれに着いて行き、ギルバルドもその後を追うのであった。 ある程度作業を終えたハイユもまた、奥へと入った。そこでは泣きながら作業するディーナと宥め、励ます谨泽の姿があった。 (あれ? アコルさんとギルバルドさんが居ない) 彼女は先に行ったアコルを追って来たのだが、彼の姿はない。それに先へ進んだはずのギルデバルドの姿も無い。不思議に思ってディーナと谨泽に問うも、気付いていなかったらしい。 「うーん、どこに行ったのかなぁ? 」 「あの2人だけ飲んでるなんて……」 悔しいやら羨ましいやらでストレスが溜まって来たディーナが拳を握り締める。それをまぁまぁ、と落ち着かせようとする谨泽。念の為に魔法を、と手を伸ばそうとしたハイユだったが、谨泽の不思議そうな表情にそれを止める。 「どうしたの? 」 「不思議だねぇ。先ほどよりお酒の香りが僅かに弱まった気がするよ。それに、誘惑も無くなったような」 彼はそう言ってマスクを外す。ディーナとハイユもガスマスクを外すと、確かにあれほど立ち込めていた酒の香りが弱まっている。と、同時にギルデバルドの声がした。その方へと向かった彼らがみたものとは……? 「「アコルさぁぁぁあああん?!」」 転:好々爺な蛇竜の災難 ハイユたちがやってくる少し前。酒蔵の最深部で酒を飲んでいたギルバルドとアコルはガラスの箱を見つけた。ただし、それには蓋がされておらず、中では何かが光っていた。 (もしや、これが話に出ていた竜刻か? ) ギルバルドは思わず目を輝かせる。隙間から見えた竜刻は確かにピンポン玉ほどの大きさの琥珀だった。透き通った鼈甲色にも似たそれは、どこか酒の雫を固めたようにも見えた。造形も美しいが、心地良くなるほどまろやかな酒の香りも彼の心を擽った。 「ぜひ、持ち帰りたいのである。いや、わしのチェンバーに持ち帰り」 「ん? これは何じゃろ? 」 ――ごっきゅん。 ギルデバルドが喜びに髭を震わせている間に、アコルが確認もせずに竜刻を丸飲みしてしまっていた。さっきの声はその際ギルデバルドが上げた声だったわけである。 ハイユ、ディーナ、谨泽は正気に戻ったらしいギルバルドと共に、一部分身体が膨らんだ(多分、そこに竜刻があると思われる)アコルを凝視する。 「ん? なんじゃい。そんな目で見られるとお爺ちゃん、照れるのぅ」 「ちょっと、アコルおじいちゃん。今どんな状態になっているか判っているんですか? 」 冷や汗をかきつつディーナが問う。それで気付いたのか、アコルはかっかっかっ、と軽快そうに笑うも他の面々はうーん、と頭を悩ませる。 「いや、その……これで回収完了になるのかしら? 」 「しかしこのままにしておく訳にはいかないのである」 「アコルさんごと提出は出来ないねぇ」 ハイユ、ギルバルド、谨泽がそろって首をかしげていると……それぞれの胸にむくむくと1つの欲望が湧き上がる! ――蛇酒が飲みたい! 「ん? どうしたのじゃ3人とも? 」 不思議そうに見つめるアコル。しかし、これは拙い、と考えたディーナの手が伸びた。いきなりぎゅむ、と掴まれ、アコルは目を白黒させる。 「な、何するんじゃいきなり! 」 「アコルおじいちゃん、さっき飲んだの、吐いて! 」 そのまま左右に揺さぶられ、今度はギルバルドに掴まれる。むんず、と掴まれたかと思うとそのまま逆さまにしようとした。 「だから何でこうなるのじゃ? 」 「体内の竜刻に聞くである! 」 アコルは気付いていなかった。竜刻となった琥珀を丸飲みしてしまったが為に彼から蛇酒独特の香りが漂っている事を。埒が明かない、と思ったハイユはこの日3度目の元素魔法で風を呼び起こすも匂いの元が傍にいるので追いつかない。 「どうにかして、アコルさんの中から出すしかないねぇ」 谨泽もまた実力行使に動く事にした。うっかり手を離してしまったギルデバルドと交代するように組み付き、どうにか竜刻を吐かせようとする。しかしアコルは激しくのた打ち回り、離そうとする。 「やめるのじゃ! 抱きつかれるならワシ、かわいい子の方がええわい! 」 「うーん、これも竜刻の力なのかしら? 」 ハイユが首をかしげていると何かを閃いたディーナが耳打ちしてきた。その内容にニヤリ、と笑った彼女は風を呼ぶのを止めた。そしてディーナは懐からあるものを取り出して叫ぶ! 「2人とも、ちょっと離れて! 危ないよっ! 」 手に見えた物が何か判り、すぐさま離れるギルバルドと谨泽。ディーナはフリーとなったアコル目掛け、思い切ってソレを投げた! バーンッ! 「な、何じゃあっ?! ううっ! 」 もくもくと煙が上がり、アコルは思わず目を瞑る。何ともいえない臭いが鼻をつき、目から涙がぼろぼろ零れる。ディーナが投げた催涙手榴弾の所為だった。それを好機! と捉えたギルバルド(ガスマスク装着)と谨泽(マスク装着)が2人がかりでアコルを捕まえた。 「それでは、摘出するである」 「少し我慢して欲しいねぇ」 (しばらくおまちください) 「……これでいいかしらねっ、と」 最後はハイユが風を呼んで煙を飛ばし、掃除完了。竜刻はパンダとドワーフによってアコルの体内から摘出され、ハイユが水の元素魔法で洗浄した上で加工し、ディーナが密閉容器に入れ、厳重に密閉した。その上保護材でくるみ衝撃対策をするという徹底振りであった。 「見事な手さばきである……」 おもわず呟くギルデバルド。アコルはというと咽ていたためハイユと谨泽が介抱していた。大分落ち着いてきた頃には酒の香りも落ち着き、どこか穏やかな空気が流れ始めていた。 「終わりましたねぇ、回収」 谨泽の呟きに答えるように、ディーナはガスマスクを放り投げ、叫んだ。 「これでお酒が飲めるぅ~! 」 やったぁ! とばかりに天へ両手の拳を突き上げるディーナ。「全部、全部持って帰るのぉ。持てない分は、全部飲み尽く~す! 」とはしゃぐ彼女の姿に、ギルバルドとハイユもまた、ほっとした表情で頷いた。 因みに。ディーナが密封容器に入れる前に、ハイユが竜刻をつかってありとあらゆる酒を美味しくしようと酒蔵を駆け回ったのはここだけの話である。彼女の手によって水もまた酒に変えられた。 「これが勝利のカギよ」 想像より早く水が酒になり、ご満悦のハイユであった。 結:花よりお酒 しばらくして、酒蔵の食堂。そこの大きな窓からは綺麗に咲き誇る蝋梅がみえた。淡い黄色の花に柔らかな香り。酒の匂いが漂っていた時には気付かなかったが、この酒蔵の裏にはたくさんの蝋梅が咲いていた。食堂に到着した面々はさっそくテーブルを綺麗にし、持ち寄ったおつまみを広げ、酒盛りを始めた。 「がはははは、酒じゃ酒じゃ! 」 「花よりお酒~。いやん、美味しい~! こっちもぉ~」 回収したお酒をたんのうするギルバルドと色々な種類を飲み比べるディーナは満面の笑みだ。特に、必死に我慢していたディーナにとっては格別だったようだ。谨泽もほくほく顔で酒を飲み、安堵の息を吐いた。どこか貫禄のある飲みっぷりで、見ている方も惚れ惚れしてしまう。 「こうして、味わえてよかったですねぇ」 「本当にね。皆、おつかれさま」 ハイユも頷き、皆に杯を上げて礼を述べる。懐ではアコルがこれまた満足げにむほほぉ、と唸りながら酒を飲み、つまみを食べていた。彼が用意したビーフジャーキーなど数々のおつまみとギルバルドと谨泽がハイユにお願いされて作ったおつまみ、ディーナが用意したたくさんのサンドウィッチが今回の肴である。 「しかし、花見酒とは風流、風流。御主らもそうおもわぬか?」 アコルがのぅ? と問いかければ、周りの霊たちもまた笑顔で頷く。ロストナンバー達のお陰で久方ぶりに活気付いたのが嬉しかったのだろう、元々ここで働いていたであろう人間の霊たちも嬉しそうに彼らの酒盛りを見ていた。 「おぉ、辛みの程よい酒もあったのである! 」 「それはさっき、竜刻のあった部屋で見つけたのよ」 ギルバルドの声にハイユが説明する。彼女は優しくアコルの首元を撫でつつもくいっ、と優雅に杯を呷る。咽喉に染み渡る果実の甘みと透き通るような香りに心から蕩けそうな気分になった。 「ふむ、なかなか美味いサラダじゃて」 「このサンドウィッチも美味しいねぇ」 「ピリ辛な炒めものも美味しいなぁ。ふふぅ、どれもこれもお酒に合って美味しい! 」 アコル、谨泽、ディーナも食べて飲んでまったりとした気分を味わっていた。集った仲間が仲間なだけに、すっかり出来上がったムードである。マスクで誘惑と戦っていた谨泽も漸く落ち着いて酒を味わう事が出来、心からリラックスしていた。 「やはり、お酒は楽しく飲まないとねぇ」 「うむ。同感である! 酒は美味いのぉ」 ギルバルドと乾杯し、豪快に笑い合う。それにハイユ、アコル、ディーナも加わり、酒蔵に笑顔の花が咲く。アコルしか判らなかったが、それに釣られて霊たちもまた、やさしい笑顔になるのであった。 「んー? あれぇ、アコルおじいちゃんがいっぱい? ハイユもギルバルドも劉も5人いるー」 ディーナがにまぁ、と笑ってそう言うが、彼女の頬はうっすらと赤くなっていた。それを心配しつつもいざ、という時の用意をするハイユはやはり立派なメイドさんである。アコルもまた水を渡し、ディーナは一気に飲み干し、不思議そうな顔をした。 「……酒かと思ったのかのう」 こうして、5人のロストナンバー達は美味しい酒を飲み、心も身体も満たされたまま廃墟を後にした。その岐路は笑顔と、仄かな酒の香りに溢れていた。そして、荷物の中では竜刻が酒に揺られて眠っていた。 (終)
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