お久しぶりな。ちょうど近くにきて、建物みてたら、我慢できなくなったんや。ほら、前のこともあってかわりとすんなりといれてもらったわ。あ、なんか赤いウリ坊の知り合いかって言われたけど、赤いウリ坊ってなんなん? ……へー。面白いなぁ。お茶、ありがとう。たははは~、空にあるお月様みたいな色やね。月草っていう葉の紅茶なんか。いい香りやわ……あ、おいしい。 これお土産。かわいいやろう? 自分の手製やで。ぼすにんぎょうとりょんにんぎょう! 器用やろう? これはな、二人をイメージして作った人形や。え、なに、その顔、若干ひいてない? 自分ら。 ほら、そこの棚にこれを置けばええやん? な、な! ほらほら、置いたら、すごーくええやろう? うん。今度もっといろいろと作ってもってくるわ。え、いらん? そういわんと。寂しい老人を慰めると思って、受け取ってやってや~。 え、自分たち、そう年齢かわらんって? あー……それ、気が付いたらあかんやんか。 ん? なんで会いに来たかって? たははは~、自分にとっちゃ、一度話して気の合うモンはもう友達なんよ。会って話したいと自然に思えるのはそういうコトやろう? 自分はな、これでもわりと好き嫌い激しいんよ。一度話して楽しいと思わんかったらそのあとは期待できんって割り切るもん。ほら、これでも歳とっとる分、そういうところはドライなんよ。かわりに気が合うなぁ~と思った相手には遠慮せずがんがん近づいていく。縁ってもんはほっといてはこんやろう? 自分からがっしりと掴んでモノにせんとなあ~。それに人生、なにが起こるかわからん。自分の人生は不思議なこといっぱいあったわぁ。すごく楽しませてもらってる。まぁ周りは困ってることもあるやろうけど、もう諦めとるかもなぁ~。たははは~それいうと自分、ものすごーく貪欲なんかもなぁ。生きることや人生や人にたいして。 あ、縁っていうたら気になっとることあるんやけど。そんな変なことは聞かんよ。ただせっかくや、お茶だけ飲んではいさようなら~なんて寂しいし…… な、な、二人は嫁さん居るん? もしくは居たことあるん? 気になるやん? 二人とも、なかなかにいい男やし、けど仕事は物騒やろう? そこらへんをどう考えて、伴侶を大切にしてるんやろうかなぁ~って。あ、これは完全な好奇心や。な、教えてや。 え、自分はどうかって? そりゃあ、自分、結婚して、これでも孫もおるんやで。かわいいで、孫は~……どんな嫁さんかって……うーん。 うちの嫁さん……カイムっていうんやけどな、出会ったころはそりゃあ無口やったんよ。 ★ ★ ★ 十五歳のアラム・カーンはどこまでも続く赤い、乾いた大地を見つめていた。 空を見上げればこれまたどこまでも続きそうな青い空は、故郷の村にある丘で遠目に見た海のように澄みきって、果てがない。 きれいやなぁ~ アラムは気持ちよさそうに伸びをする。 見渡す限り草木が生えていないこの不毛の大地は昼間であれば六十度の灼熱地獄と化すこともある。 呑気に地面と空を見ている余裕なんて常識を持った人間ならまずないのだが、もともと暑いところは得意であったし、現地民が好んで来ている白色の頭から足まで見えないように覆う衣装はわりと快適な上、汗をあまりかかないので水分の節約にもなっていた。 滅多に雨が降らず、地下水を汲み上げている土地では水は貴重で、高価だ。 アラムが一日中路上で演奏したところで、とてもではないがいっぱいの水を買うことも出来ない。 きりつめなあかんなぁ~ 本当はもっと逼迫していたり、真剣にならなくてはいけないのだがアラムは呑気に空を見上げて微笑む。 両親からは「本当にお前は真剣味のないやつだ」と言われた笑い顔。しかし、それをひっこめると逆に「怖いから笑え」と理不尽なことを言われる始末。 しかし、そんな顔に感謝もしている。 「お前は私たちのことを恨んでいるかもしれないね、アラム」 恨んでへんよ。 おとんも、おかんにも、感謝してるわ。 真剣な話になったとき、はぐらかすことが容易だという点については――。 アラム・カーンは「混ざり者」だ。別の言いかたをすれば「半造者」といわれる、人間とそれ以外のハーフだ。 両親、祖父母と、そのさらに……気の遠くなるような過去をたどっていくと、どうも人間である部分は四分の一しかない。らしい。 アラムの生まれた世界は、壱番世界に酷似しているが、大きく違う点が一つある。それは天から人を見守る者、地の底から人に手を伸ばす者、地上にも多くの人ではない異様の者――「創造者」が存在している。 一部を除いてその存在は隠蔽されているが、ときには人間を誘惑し、利用し、または協力しながらも、ひっそりと隠れて暮らしている。 気まぐれである彼らは人間と考え方、感覚がそもそも違う。理解もできなければ、仲よく共存……というのも難しい。 しかし、アラムはその秘匿されるべき者に片足、いや生まれたときか両足ほど突っ込んでいた。 生まれた土地の現地民のほとんどが黒髪、黒目、褐色の肌なのにたいして銀の髪、青い目、白い肌を持って生まれたのが、その証ともいえた。 それに両親は、アラムが物心つくころに自分たちの肉体は人ではないものの血が混じっていることを申し訳なさそうに教えてくれた。 「ふぅん、けど、それ、幸運ちゃんうか? それだけ人様がようできんこと、自分らは出来るんやし。それに、おとんも、おかんも、自分のこと、すぐに見つけられるから、この髪でよかったわ」 実際アラムは誰に教えられることもなく魔法を使うすべを知っていた。母や父もその力を持っていたのに集落の大人たちに頼りにされていた。 それでもアラムは十二歳の誕生日には父に教えられてひととおりの楽器を使えるようになるとリュートを譲り受けて家を出た。 両親にはそろそろ自分のことは自分で面倒みなあかんからね、それに旅をしてみたいと説得した。実際、自分のことを自分で面倒みれるくらいにはなったし、世界をぐるりと見て回ろうとも思っていた。 ただこれ以上両親には心配をかけられない――十二歳になった日、アラムの背には黒蝙蝠のような羽が生えたのだ。 アラムにとって幸いだったのは、この顔が緊張感ないことと、物事を柔軟に受け取る性格を産まれたときから持っていたことだ。 だから見た目にしろ、魔法にしろ、混ざり者であることにしろ、羽根が生えたときはさすがに肝が冷えたが幸いにも自分の意思でしまうこともできた。――を受け止めてきた。 ただ何も感じていないわけではなかった。両親が申し訳なさそうにすることも、また見た目のせいで周囲の子供たちがアラムにどことなく遠慮がち――幸いにもアラムの性格と、集落での両親の働きが認められているのでひどい差別はなかった。しかし、見えない壁はいつもアラムを閉じ込めた。 このままこの狭い集落にいては息の仕方を忘れてしまう。ここを出ていこう。それはいつのころから考えていた。 路銀を演奏で稼いでいるとき、遠くの国の、そのさらに東にいった集落に四分の一の「混ざり者」がいる、と聞いてアラムは早速会ってみようと考えた。 旅するにしてもどこに行くか決めていたわけではなかったし、自分と同じ者がいるならぜひとも会ってみたかった。 そのときになって、自分はもしかしたら寂しいのだろうかと今まで言葉にできなかった感情の名を知った。 小さな、井戸が一つしかない集落だった。 アラムはそこで持ち前の性格から宿の主人と親しくなり、食堂で演奏する仕事を貰い、混ざり者を探した。 小さな集落だから簡単だと思ったのだが、一日中探したが、見つからない。 「ここに混ざり者っておるん?」 自力で探すのは難しいと判断し、宿の主人が暇なときにさりげなく尋ねた。 「混ざり者? ああ、カイムのことか」 やっぱりいるのだ。それだけで嬉しかった。 「見たいといっても、お前さんじゃ無理だろうよ」 「なんでや?」 「カイムは女の子だからさ」 アラムはそこで自分がいかに先入観に囚われていたのか知った。そして会えない理由も。 自分も男だから相手も男だと思っていた。 そして、この土地では女は黒の衣服に全身を包んで肌は決して晒さないし、血縁の男性がいない場所には出てこない掟があった。 しかし、そこで諦めるという言葉が浮かばないのがアラムがアラムである所以だ。 のほほんと蒲公英の綿毛のようにふわふわしているくせに、いざというときは譲らない頑固さがあった。 カイムを井戸で待ち伏せすることにしたのだ。 家事仕事は女のもので、そのときだけは集落の女性たちがまとまって外へと出てくるのだ。 無謀とか愚かさは若いときの特権だ。 だいたい何時くらいに水汲みにいくか宿の主人の奥方から教えてもらい、アラムはその時間になるとこっそりと井戸の向かいにある建物の壁に隠れて待っていた。 やってきたのは黒い衣服に身を包ませた壷を大切そうに抱えた女性たち。その数メートル後ろについて歩く娘がいた。 ――あれや そう思ったときには、衝動に身を任せていた。 飛び出していたのは、本当に若かったせいだ。 「あんた、混ざり者か」 いきなりアラムに話しかけられた彼女は驚きに目を丸め、すぐさまに金色の瞳で睨みつけてきた。 「あのな、その、あんた、背中、妙にもりあがってるけど、それ羽根か?」 答えないが必死にアラムは話しかけた。 「窮屈ちがうん? それに目、きれいな金色やな。髪の毛はどうなん? 自分もな、あんたと同じで」 そのとき、いきなり腹が蹴られてアラムはその場に尻餅をついた。 ぱさり、と、黒い布がアラムの足元に落ちる。 この土地では珍しい、澄んだ白肌、金色の瞳、月の輝きのような銀色の髪。そして黒い羽根が威嚇するようにひろげられていた。 「私は見世物ではない!」 そのあと女たちが呼んだ大人に捕まってこっぴどく怒られたが、アラムはそれどころではなかった。 それからアラムは自分でもどこにそんな執念があるのかと首を捻るくらいにしつこく井戸で待ち伏せして、カイムに会いに行った。いくら声をかけても無視され、大人に追いかけて、諦めなかった。 あの手この手――唄ってみたし、演奏をしたり、魔法を使ったりして気をひこうと試みた。すべて無視されたが。 そんな日々が十日ほど続いたある日の夕方、アラムはカイムが一人でいるのに遭遇した。 一人だけ井戸で水汲みをしている彼女は寂しげだったのにアラムは胸が打たれた。 「カイム! ……もしかして、自分のせいで女の子らと一緒におりづらくなったんか? その、ごめん。自分な、カイムと会えて嬉しかったん。だから、その後先考えんで」 アラムは必死に言葉を続けた。 「けど、隠すのもったいないくらい、カイムはきれいや。その、これで最後にする。ええっとな、これカイムに」 手のなかに白い、白い、月光を浴びたような花を作り出して、差し出した。 もしかしたらまた無視されるかもしれないと怯えながら頭をさげて待った。 すると、するりっと手のなかにある花が、受け取ってもらえた。 「あなたって変な人ね」 アラムは目を見開いてカルムを見つめた。 「あなたのせいじゃないから、気にしないで。ただここでは目立ちすぎるから、もうこないで」 「……それって、目立たないところやったらええんか?」 恐る恐る問うとカイムは破顔した。 それが、はじめて見た笑顔だった。 ★ ★ ★ それから人の目のないところで何か月も逢引してな、対等な位置までいったとき、結婚を申し込んだんよ~。 自分の土地では十歳を超えたら結婚の権利があるからね。たいしてはやくはないんよ。 羽のせいで差別もあったのに、自分より凄く強い、ええ女なんよ、自分の奥さんは! ……ん、いや、まぁ怒るとちょっと怖いねん。あと美人なのに目つき悪いからよく誤解されることも多いしなぁ、もうちょっと愛想……なんや悪寒が、き、気のせいや! あ、もうこんな時間や。そろそろ帰るな。話し相手ありがとう。またよろしく頼むで? じゃあな、たはは~。
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