金髪緑眼の整った顔立ちの青年、ニキータ。微笑を絶やさない世界司書。たとえそれが、どんなに過酷な冒険になろうとも。「今回、皆さんにはヴォロスに眠る竜刻を回収してきていただきたい。少々の危険がありますけれど、皆さんなら大丈夫だと信じています」 ニキータが本を開く。「人里離れた森があります。昼間でも薄暗く、鬱蒼としています。この森の奥に、大きな洞窟があります。更にこの洞窟の突き当たり、そこに地底湖があります。その湖の底に竜刻が沈んでいます。この湖、不思議なことにぼんやりと青く光っているのです。おそらく竜刻の力が影響しているのでしょう」 更にペラペラとニキータはページをめくりながら話を続ける。「言葉で言ってしまうのは簡単ですが、竜刻にたどり着くまでにはやはりそれなりに苦労するでしょう。まず森ですが、凶暴なモンスターは出ないものの当然小動物や虫はいます。モンスターとの戦闘はありませんが、それなりの格好で行かねばなりませんね。女性も動きやすい服と靴を用意しておいたうがいいでしょう。それから森はかなり広いですから、迷うと出てくるのにかなり苦労するでしょう。仲間と離れて行動するのはおすすめできませんね。洞窟は森の北にあります。コンパスのような道具があったほうがいいでしょうね」 ニキータは旅行者たちに『冒険にふさわしい格好』で行くようにと強く念を押した。確かに、スカートやサンダルで森や洞窟を動き回るのは大変だろう。「洞窟は何百年、いや、もっと昔からあると思われるものです。中はじっとりと湿っていて、足場が非常に悪いですね。こうもりや虫が住み着いているようです。奥の地底湖にたどり着くまでは光が入りませんから、中は真っ暗です。これも何か対策が必要ですね。そしていよいよ竜刻の沈む青く光る地底湖ですが、深さは約3メートル、といったところでしょうか。どうやって引き上げるかが問題ですね。地底湖の水に毒になる成分は入っていませんが、泳ぎが苦手な人だとおぼれてしまうかもしれません」 ああそうだ、と彼は最後に付け加える。「竜刻は『動物の骨のかけら』のような形をしています。地底湖の一番深いところに沈んでいるはずですから、すぐわかりますよ。地底湖の水は非常に澄んでいるので、潜ってみればすぐに見つけられるでしょう」 ニキータは笑顔でチケットを差し出すが、どうやら今回は冒険小説のような旅が待ち受けていそうだ。 人里離れた鬱蒼とした森、ギャアギャアとわめく鳥の声。長く木の枝に巻きついた不気味な爬虫類、人の血を吸う虫。 こうもりが出入りする真っ暗な洞窟、ひたひたと天井からたれる水。 そして、一番奥にぼうっと光る青い地底湖…… 旅行者たちは、無事に竜刻を回収して帰ることができるのか?
洞窟の地底湖に眠る竜刻を回収するため、ヴォロスまでやってきた旅行者たち。 世界司書から話は聞いていたが、異世界の不気味な森を目の前にするとやはり圧倒される。 ヴォロスに向かうロストレイルの中で話をしていたが、ディガーとティルスは以前以来を共にした知り合いらしい。元の世界ではその名のとおり『掘削人』として働いていたディガーには、今回の依頼はうってつけのようだ。 ティルスはおっとりとした性格だが、狼族の獣人であり森での活動は慣れている。 一行の中でも筋骨隆々、背も高くがっしりした体格であり、何よりドラゴンを思わせる風貌が特徴的すぎる青年(彼の世界ではまだ青年といって差し支えない)はレーシュ・H・イェソド。 そして紅一点、八帳 どん子はごく普通の少女に見えるが、実は味噌煮込みうどんの化身である。そのことを道中皆に話してみたが、案の定キョトンとされてちょっぴりブロークンハート。普段は割烹着姿の彼女も、今回はしっかりと丈夫なつなぎを身につけている。 言われた場所にあった森に入る前に、全員でもう一度装備を点検する。服装はもちろん、コンパス、ライトなど必要なものは一通り揃っているようだ。これなら大丈夫だろう。 更にどん子がリュックサックから防虫スプレーを取り出し、シュッシュとふりかける。念には念をということで、全員どん子のスプレーのお世話になった。 「コンパスやライトも持ってきたけど、あたし、使い方がよくわからないんだよね」 テヘヘと笑いながらどん子が言う。 「それなら僕に任せて、遺跡の調査をしていたから使い方ならわかってるよ。それに、地図が描けたらいいなって思って紙と鉛筆も持ってきたんだ」 ここはティルスのアクティブな学者ならではの知識が生かされそうだ。 「じゃあ、出発しようか!」 ディガーの元気な掛け声で4人は鬱蒼とした森へ歩みを進めた。 森は昼間とはいえ木々が光を遮り薄暗いので、暗視の能力を持つディガーが先頭を行く。彼は元いた世界に太陽の光のようなものがなかったため、このような薄暗いところのほうがよくものが見えるらしい。 「そんな薄暗い場所でずっとくらしてたのかい?」 どん子がなんとも不思議そうにディガーにたずねる。ディガーからしてみれば、光のある世界というほうがなじみがないし、どん子のような『味噌煮込みうどんの化身』のほうがよほど不思議な存在なのだが…… 「うん、だから強い光は苦手なんだ。ずっと穴を掘って暮らしていたからね」 手にしたシャベルで蔦や邪魔な木の枝を払いながら、ディガーが答える。 「どーくつの申し子だね」 ディガーのシャベル捌きに感心したようにどん子が言った。ディガーに穴を掘らせればこんなものではない。今もやわらかくて穴掘りに適した場所を見つけてはシャベルで掘りたいという欲にかられている。 「まあそんなところかな? ところで、どん子さんはどうしてずっと僕の服を掴んでるのかな?」 実はどん子、森に入るところからずっと先頭のディガーの服を掴んでいる。もちろん少し服を捕まれていたところで大して動きにくいわけではないが、なぜ自分に掴まっているのかが不思議だった。 「迷ったら困っちゃうからね。ディガーちゃんなら足場の悪いところも慣れてそうだし。でも邪魔になってるならやめるよ」 どん子が少し申し訳なさそうに言うと、ディガーはそんなことはないと言い、ロープを取り出して腰に巻くとその一端をどん子に持たせた。 「これなら安全だし迷子にならないよね」 「ありがとう、頼りになるねぇ」 どん子が笑うとディガーは少し照れたように頭をかいた。 「こーゆーのはワクワクすんなっ!」 一番後ろを固めているのはレーシュ。普段は海パン一丁という豪快な格好をしているが、今回はしっかりと厚手の服を着こんで、ブーツを履いている。尻尾は虫や蛇にかまれないように錬術で縮めてあるが、おかげで服にある尻尾穴がスカスカだったりする。自分の後ろに人がいなくてよかった、などと思うレーシュであった。 「ところでお前はさっきから何をしてるんだ?」 レーシュが自分の前を歩くティルスに声を掛ける。 ティルスは木に爪で印をつけたり、体をこすり付けたりしながら歩いているのだ。 「迷わないように印と、臭いをつけているんだよ」 「なるほどな」 「それから、虫除けの香を焚いているから小さな虫なら近寄ってこれないと思うよ」 「そいつは便利だ」 どちらかといえば力で押し進むタイプのレーシュにとって、ティルスの行動は感心することばかりだ。この二人が組めば知と力のいいコンビになるかもしれない。 ディガーは進む方向はわかるが、実は戻る道まではあまり覚えていない……しかし、ティルスのつけた印とレーシュが持参した鉈で枝をなぎ払った後があれば容易に引き返すことができるだろう。 「みんなちょっとストップ!」 しばらく進んだところで、ディガーが声を上げた。 声に反応するようにどこかでバサバサと鳥がはばたく音が聞こえる。 「どうしたんだい?」 どん子が不安そうに尋ねる。 「ここから先、小さな崖になっててちょっと危ないんだ。でも北へ向かうために回り道をしていたら時間が掛かりそうだし……、ぼくはこれくらいなら降りれるけど、みんなはどう?」 見ると、高低差は5メートルほどあるだろうか。草が生い茂ってよく見えないが、確かに崖のようになっている。 「遠回りをして道がわからなくなるのは困るし、ロープを使えば下りられそうだね」 ティルスがリュックの中から丈夫なロープを取り出す。 「レーシュさんは大丈夫だよね。どん子さんは平気かな?」 「うん、あたし、がんばるよ!」 どん子の元気な返事を聞いて、ティルスは崖を下りようと判断した。 「じゃあレーシュさん、ロープを木にくくりつけてくれる?」 「よし、まかせろ」 レーシュが近くにある太い木にロープを巻きつけ、自分の体にも巻きつけてしっかりと固定する。 「ディガーから降りていってくれ、俺は最後に下りる」 「うん、じゃあ行くよ!」 足場は悪いが幸い緩やかな崖だったので、ディガーはシャベルを片手にロープを伝って軽やかに下りていった。 「じゃあ次は僕が行くね」 続いてティルスが崖を下りていく。さすがにディガーのようにはいかないが、何とか安全な場所まで下りることができた。 「次はあたしだね! レーシュちゃん、ロープは任せたよ!」 「おう」 なぜかちゃん付けがもぞもぞするレーシュだったが、ロープを崖上でしっかり握り締めてどん子が下りるのを確認する。どん子はロープを掴み、さらにコシのある髪をロープに巻きつけてゆっくりと下りていった。 あと少し、というところでどん子が足を草に取られてバランスを崩す……ところを、ティルスが受け止めた。 「ありがと、ちょっとひやっとしたよ」 「どういたしまして」 最後にレーシュが、豪快に崖を下りた。 崖のあとは、特に困る道はなかった。 吸血ヒルはレーシュが炎で追い払ったし、小動物はティルスの牙に驚いて逃げいった。 ディガーとコンパスのおかげで道に迷うこともなく、洞窟の入り口にたどり着くことができた。 洞窟は不気味に大きな口を開け、旅行者たちを飲み込むように待ち構えていた。 各々ランタンやたいまつを手に、洞窟へと進む。先頭はもちろんディガーだ。 「暗いね……ぼくの世界と、よく似てる。ちょっと、懐かしいかな……ちょっとだけね」 ディガーがポツリとつぶやいた。 「ディガーちゃんがいた世界って、こんなに暗いところだったんだねぇ。本当にいろんな世界があるんだねぇ」 洞窟探検など経験のないどん子がきょろきょろと辺りを見渡しながら言う。 森よりも更にじっとりと湿って、居心地はあまりよくない。 「……いくらあの森を抜けるためとはいえ、この装備は肌に悪ぃぜ」 体がすっかり蒸れてしまった、と愚痴をこぼしつつもたいまつをかざして最後尾を行くレーシュ。 「まったく、この気候はお肌の敵だねぇ」 どん子もうんうんと頷いた。 洞窟内はなにやらこうもりの鳴き声が聞こえたり虫が這っていたりとかなり不気味だが、仲間がいれば何ということはない。4人は足元や周囲に気をつけながらも会話を交わしながら進んでいった。 もしも無口な人間ばかりだったなら、ずいぶんと長い道に感じたかもしれない。 天井から落ちる雫が直撃したどん子が飛び上がったり、尻尾穴から虫が入りそうになったレーシュが慌てたりとちょっとしたハプニングはあったが、それもすぐ笑い声に変わった。 そうして洞窟を進んでいくと、ほのかな青い光が見えてきた。竜刻の沈んでいる地底湖だ。 「不思議な色だね……海とも空とも違う青」 ディガーが青い地底湖を見てつぶやいた。他の3人も、今まで見たことのない不思議な光に魅入っている。今までの疲れを忘れてしまうような、魅惑的な青。美しいけれども、どこか不気味な青。 「ここからは俺の本領発揮だな!」 湖の誘惑を断ち切るように、レーシュが思い切り服を脱ぎ捨てた。海パン一枚、これが本来の彼の姿である! 「ここからは竜刻は確認できないけど、大丈夫かな?」 ティルスが身を乗り出すが、竜刻らしきものは見当たらない。彼も竜刻が気になるが、なにせ犬かきしかできないので今はレーシュを見守るしかない。 「潜ってみればわかる! そうだろ?」 「そうだねぇ。でも無理は禁物だよ」 「ああ、とりあえず一度潜ってみるぜ」 レーシュは縮めておいた尻尾を元に戻し、準備運動をすると青い湖に身を沈めた。 湖の水は驚くほど澄んでいた。レーシュはすぐに底に何かが沈んでいるのを見ることができた。手を伸ばすと、動物の骨のようなものに触れることができた。これが、竜刻らしい。 程なくしてレーシュが水面に顔を出した。 「これが竜刻だろう」 ティルスがレーシュから動物の骨のようなものを受け取る。どん子もそれをちょいちょいと触ってみるが、さほど変わったもののようには見えない。 「案外地味だねぇ、湖はこんなに不思議な色をしているのに」 強大な力を秘めている竜刻が、どう見てもただの骨にしか見えないのが逆に不思議だった。 竜刻を丁寧に布で包んで鞄にしまうと、ティルスは火打石で火をおこし、焚き火を焚いた。 「おなかがすくと思って、おむすびを持ってきたよ」 どん子が鞄からおむすびを取り出すと、レーシュがむしゃむしゃとおいしそうに頬張った。 「そんなに急いで食べると喉につかえるよ。ほら、みんなも食べなよ」 皆で焚き火を囲みながら食べるおむすびは格別だ。 「これで帰りの元気が戻ってきたね。味噌を塗って焼きおにぎりにしてもおいしそうだね」 ディガーの何気ない一言にどん子が固まった。 「ミ、ミソ、ニガテナンダヨネ」 「えっ、ぼく、何か変なこと言ったかな?」 「ナ、ナンデモナイヨ……」 どうやら『味噌』にはどん子の秘密が隠されているようだ…… それはさておき、竜刻は無事に回収することができた。その証拠に、湖が少しずつ光を失っているように見える。 帰りはティルスが目印をつけてきたおかげで、迷うこともなく順調に戻ることができた。邪魔な枝や草を払ってあるので労力も少なくて済む。そして何よりおむすびパワーが効いた。 不思議な竜刻を回収する今回の冒険旅行は、それぞれの得意分野を存分に生かすことで成功したのだろう。そうでなければ、今頃どうなっていたかわからない。 脱出したばかりの深い森に向かって、どん子が親指をびしっと上に突き上げた。
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