オープニング

 ターミナルの一角にあるカフェ、『ブックハウス・カフェ』。そこはたくさんの本に囲まれた、まるで隠れ家の図書室のような不思議な場所。

「ここには色々な本が置いてあるアル。冒険小説、恋愛小説、怖い話、写真集。私もよくわからない不思議な本もあるネ。ここにきたお客さんが本を置いていってくれることもあるから、本は私の知らない内にどんどん増えていくアル。いろんな世界の人がお客さんアルから、世界中から本が集まってくるアルよ。好きな本を好きなだけ読みながら、おいしいお茶を飲めるなんて至福のひとときとしか言いようがないアル。おまけに店長が美少女アル」
 怪しい中華風の自称美少女フェイフェイがこの店の店長であるが、店内の雰囲気は特に中華風ということはない。
 メニューもいたってオードソックス。コーヒーと紅茶、軽食にサンドイッチやハンバーガー。デザートにはパフェやケーキ。どれもフェイフェイ手作りの自慢の一品だ。しかしメニューに載っていないものも頼めば結構な確立で出てくる。つまりメニューはあってないようなものだったりする。
「私の知ってるものなら何でも作れるアルよ。材料はどこからくるのかって? それは企業秘密アルね」

 訪れる人の数だけ本とメニューが増える不思議なお店、ブックハウス・カフェにようこそ。

品目ソロシナリオ 管理番号541
クリエイターもつなべ(wnav7416)
クリエイターコメント おてんば娘が営む、本に囲まれた喫茶店です。
 お好きな本と飲み物、軽食をお楽しみください。
 もしよろしければ、あなたのおすすめの一冊をお店に残していってください。

参加者
花菱 紀虎(cvzv5190)コンダクター 男 20歳 大学生

ノベル

 ターミナルの一角にある、見た目はごくごく普通のカフェ。店の出入り口は花と緑で美しく彩られている。しかし、一歩足を踏み入れるとそこは書庫かと思うほどの本に溢れた、不思議なカフェ。それが『ブックハウス・カフェ』。

 チリリンと軽やかなベルの音を響かせて、今日もこの店に新しい客が訪れた。黒髪にカラフルなピン、鮮やかな和柄ネクタイが目を引くスラリとした青年、花菱 紀虎。ともすれば変わり者にも見えてしまう小物を身に付けているが、角縁眼鏡が彼の雰囲気を知的にまとめている。
「いらっしゃいませアルー、お好きな席にどうぞアル」
 髪を二つのお団子にした中華スタイルの少女がこの店の店長、フェイフェイ。
「お客さんはじめてアルな、ここは一見さんも大歓迎アル! 注文決まったアルか?」
 窓際の席に座った紀虎に、フェイフェイが無駄に高いテンションで薄切りレモンを浮かべた水とおしぼりを並べた。
 注文といわれて紀虎はメニューに目を落とすが、特に変わったものはない。というかメニュー自体少ない。
「じゃあ、カフェオレとサンドイッチをお願いします」
「はい、カフェオレとサンドイッチアルね。OKアルよ。お待ちの間に好きな本を探して読むといいアル」
 厨房のほうに引き上げていく店長を見送って、紀虎は本棚を見渡した。
 童顔なせいか年齢より幼く見られる紀虎だが、実は壱番世界の大学生である。今日は大学の課題もほどほどに、のんびりとしたときを過ごそうとこの店にやってきた。
 本棚には様々なジャンルの本がびっしりと並べられている。童話から専門書まで、探せば何でもありそうだ。
「はいよーお待たせ、カフェオレとサンドイッチアル」
 まもなく運ばれてきたカフェオレは大きなグラスにたっぷりと注がれており、サンドイッチは玉子やハムなど色々な種類のものが皿にずらりと並べられている。その非常識な量に紀虎も唖然とした。
「お客さん食べ盛りっぽいしイケメンだからサービスアルね!」
「ええっと、でもお金は……」
「お金? 気にしないでいいアル。普通のお値段アルね。メニューのコーヒーとサンドイッチとおんなじお値段アル。ここぼったくりバーじゃないアル」
 メニューを指さして言い放つフェイフェイに対して、こんなことで経営が成り立つのだろうかとちょっと心配になってしまう紀虎。
「それにしてもすごい量の本ですね、これだと探すのが大変そうだ」
「お客さんはどんな本を読みたいアルか?」
「そうだなぁ、やっぱり都市伝説かな」
 落語研究会に所属しているためそちらの本も少し気になりはしたが、彼はやはり『都市伝説』を選んだ。
「都市伝説? 壱番世界の不思議な話アルか?」
「ええ。俺が覚醒するときに巻き込まれた事件も都市伝説に関係していたから、興味があるんですよ」
 紀虎はあの事件のことを思い出しながら答えた。あの都市伝説は今も少しずつ形を変えながら語り継がれている。
「ふーむ、世界は不思議な話だらけアル。世界の不思議な話を集めた本はこのあたりにあるはずアル」
 フェイフェイが探している棚を、紀虎も探してみる。『語り継がれる竜刻の謎』『心霊現象完全分析マニュアル』……伝説や伝承、その中にまぎれてどう見ても怪しい本もある。
 紀虎は一冊の本を引っ張り出し、めくってみた。『田舎伝説――一人鬼ごっこ』。なんだかインターネット発祥と言われている都市伝説にそっくりだ。今はネットを媒体にして増殖していく話も多い。そういうものを追ってみるのも楽しそうだ。
 とりあえず紀虎は席に戻り、カフェオレを飲んで一息ついてから『田舎伝説』を読み始めた。

『一人鬼ごっこ――まじないをかけた人形を木陰に置き、その人形を鬼に見立てて逃げる。肩をたたかれた感触があると徐々に鬼に心を食われ、やがて自身も人を食う鬼と化す。鬼と化した人間を元に戻す方法はなく、人形を焼けば鬼も消える』

 なるほど、やはり他の世界でもこんな都市伝説のような伝承があるのか。他の本にも、その世界で起きるとされる不思議な話がたくさん書き込まれている。中にはこの無限の世界群や真理への覚醒なども関わっている噂や言い伝えもあるのだろう。
「田舎伝説とかまんま都市伝説のパクリアルな! お客さんのおすすめの本も教えてほしいアルよ」
 様々な考えをめぐらせている紀虎の耳に、フェイフェイの能天気な声が飛び込んできた。
「俺のおすすめは『耳袋』ですね」
「耳に袋がついてるアルか、それは珍しいアル」
 フェイフェイの言葉に紀虎は思わずくすりと笑った。
「いろんな人に聞いた珍談奇談を集めた本のことを『耳袋』って言うんですよ。俺のいた国では結構有名なんです。一つの話が短いから読みやすいし、怖い話ばかりじゃなくてちょっといい話や笑える話もあったりするんですよ」
 紀虎は都市伝説や怪談が好きで、その方面の知識は広いほうだ。そんな彼が実際に都市伝説として伝わっていた現象に巻き込まれてしまうとは皮肉な話かもしれない。
「ほら、これが『耳袋』のうちの一冊です。もしよければどうぞ」
 紀虎は鞄の中から小さな本を取り出してフェイフェイに渡した。
「ありがとうアル。これ置いておいたら都市伝説好きな人が喜ぶアル。私も怖い話は明るいときに読むヨ。あと、本のお礼で食事は無料アルね。これはこの店の特別サービスヨ」
 足取りも軽く厨房に戻っていくフェイフェイに、紀虎はどうも、と小さく頭を下げた。結局、たっぷりのカフェオレと食べ盛り専用のサンドイッチがタダになってしまった。本当にこの店はこんなことでやっていけるのだろうか。
 それからしばらく静かになった店内で、紀虎はゆっくりと読書を楽しんだ。

『都市伝説』とよばれていた話に実際に自分自身が巻き込まれ、そこに置かれてやはり少し思いは変わった。暗面への興味と好奇心。そしてわずかな恐怖。
 あの都市伝説は、今も少しずつ形を変えながら人々を暗いところへと巻き込んでいるのだろうか。
 紀虎は覚醒後も都市伝説の魅力に惹かれ、それを調べ続けている。人々に語り継がれる不思議な話の裏に何かを見出そうとするかのように。

クリエイターコメント あらゆるコミュニケーションツールを媒体として伝わっていく『都市伝説』。ブックハウス・カフェにまた一つ貴重な本が増えました。
公開日時2010-06-02(水) 22:10

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル