オープニング

 霊力都市インヤンガイ――そこでは、溢れた霊力が思わぬ方向に暴走した挙句に様々な災厄をもたらす。死した人の魂が、暴霊と呼ばれるものになって生きる者達の脅威になる事もあった。
 まだ脅威にならないものは速やかに消滅させ、既に住民に被害が出ているものは退治をする。そう話しながら、世界司書のシド・ビスタークは依頼内容を示す。
「お前等には、暴霊の退治に行って来て貰う。詳しい話は現地の探偵である『シィファン』という人物から聞くと良いだろう」
 ロストレイルに乗る為のチケットを渡し、依頼の内容を話し終えたシドはトラベラー達を送り出した。

 件の探偵は、インヤンガイでも地下に近い廃墟街の入り組んだ道を行った所に居を構えているらしい。
 トラベラー達がそこに赴くと、一人の男が佇んでいた。
「……手伝うという奴等だな。俺は『シィファン』だ。来て早々に悪いが、今回の事について言うぞ」
 些か着古され過ぎたコートと珍しくもない黒髪とは対照的に、不機嫌そうに引き結ばれた口唇と皺を刻み込んだ眉間と共に据えられた厳しげな双眸が目立つその男が、探偵のシィファンであるらしい。
 シィファンはトラベラー達に気付くと、自己紹介も味気無く早々に説明をし出す。
 依頼内容は世界司書に示された通り、暴霊の撃退。調べてみると事件の発端は一ヶ月ほど前、一人の裕福な好事家が死亡したという事から始まる。
 富裕層に位置していたその者は余りある財で、あらゆる場所の珍品名品を蒐集していたらしい。邸宅には専用のコレクション室があり、邸宅がある敷地内には遠方からわざわざ取り寄せた竹林まである凝りようだった。
「死因は不摂生が祟ったというか……所謂贅沢病みたいなものだが、それはまぁ如何でも良い。そいつが死んで暫く経ったある時、暴霊の被害が出始め――同時に、蒐集品のある物が無い事に気付いた。これが無くなった物品の写真だ」
 言って、シィファンは整理された資料の中から一枚の写真を示す。
 そこに映っているのは、一双の屏風。きらびやかな金の装飾で、屏風には藪の中から一匹の獰猛そうな虎が牙を剥き出しにして此方を睨み据えている絵が描かれていた。
「これは生前、その者が最も自慢していた物品らしい。……それで、暴霊の方だが……襲われた時刻が決まって夜である為、少々分かり難いのもあったのだが――被害を受けた者の証言によると、『虎』だったらしい」
 此処まで言えば、大体の事は分かるだろうとシィファンは一旦口を閉ざす。
 暴霊には、幾つか種類がある。幽霊のような形状であったり、ゾンビに近いものであったり、動物に取り憑いたものであったり――そして、物体に取り憑いたもの。
 被害対象は幅広く無差別に襲っており、全て事の発端となる死亡した者の邸宅周辺で被害が起こっているらしかった。
「昼間の被害や目撃は無いので、日中は何処かに潜伏している可能性が高いだろう。現場周辺まで案内はするが……暴霊の方、撃退を頼んだぞ」

品目シナリオ 管理番号651
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント インヤンガイにて御送り致します、月見里 らくです。出オチ感漂うのは自覚しています。
 今回はインヤンガイで暴霊退治をして下さい。敵の暴霊は物体型・虎絵の屏風です。探偵のシィファンは戦闘力皆無、案内同行はしますが扱いは空気で構いません。ギャグになり切れず、割合真面目に戦闘の予感。文量はあまり多くならないかもしれません。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
アインス(cdzt7854)ツーリスト 男 19歳 皇子
烏丸 明良(cvpa9309)コンダクター 男 25歳 坊主
グランディア(cdww6751)ツーリスト 男 30歳 獣王候補者
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼

ノベル

 インヤンガイの街並みは酷く雑多なもので、複雑に建て増しされたビルはまるで立体的な迷路を思わせる。住民達も普段住んでいる街区以外では地理に明るくない事も多々ある中、一行は暴霊が暴走をしているという場所へ向かっていた。
 ロストレイルの「駅」から降り、ちょっとした遠足気分さながらに気分を盛り上げつつ烏丸 明良が面々を見回す。
「さぁて、今回は美男美女と実に素晴らしいパーティで……おい?! すでに虎がいるぞ?! ワシントン! ワシントン条約は?!」
「あ……初めまして、だったね」
 オゥ! と叫ばんばかりに声を上げ、サングラス越しにそこに居るシベリア虎――グランディアを指差して何やら首都だか保護条約だかを言っている烏丸の様子に、ディーナ・ティモネンが答えになっていない言葉を落とす。
「久し振りだよね、グランディア? アインスも……元気だった?」
「あぁ、私も君のような女性と一緒になる事は光栄だ」
「おうよ。……まぁ確かに俺様は虎だけどよ、グランディアっつーんだ。……しかし、世界図書館も、どういう人選をしているんだ?」
 ディーナが何気無く言うとアインスは淀みなく答え、グランディアは少々胡乱気に烏丸を見遣る。どんな意味でどういう人選なのか、という疑問までは流石に口には出さなかった。
 一旦集まる視線。注目を浴びるようにして、烏丸はニヤリを笑ってポーズなんぞを決めてみる。
「屏風の虎退治に坊主がいないなんて、唐辛子が入ってないキムチ、それか麺の入っていないラーメンみたいなものだろう!! ……という事で烏丸 明良華麗に参戦っ!!」
 結局人選の部分の答えは謎のままになっていた。多分、厳正なるくじ引きの結果とかその辺りなのだろう。
 びしっと決まったその様子にセクタンのカスガが「真面目にやれ」とばかりにどーんとしたセクタンらしからぬ威圧感を漂わせ、ややあってから烏丸は小さく咳払いをして場と話を戻す。
「……気を取り直して、虎退治といきましょう」
「だな」
 異論無し。真面目になったかどうかはともかく、元々の目的である暴霊退治に意識を移す。
 今回の依頼は暴走している暴霊の鎮圧。その為に探偵のシィファンの案内を受け、一行は既に富裕層が多く住んでいる区域に来ている。下層とは違って薄汚れた所は無く、しかし行き過ぎたような印象を受ける住まいも見受けられる。下層の忙しないざわめきとは縁遠いのか、現在この周囲は閑静なものだった。
「屏風が虎になって悪さか……」
「大事な虎、誰にも渡せなくて……だよね?」
 取り憑いた物品は、暴霊の元となった者が自慢としていたものだったらしい。それに取り憑いたのなら、と考えたディーナの言葉に、グランディアがふん、と鼻を鳴らした。
「何にしろ、本物の方が断然強い事を見せてやるぜ」
 ただ一点、尻尾にあるトラベルギアを除くと見た目は完全にシベリア虎。嘗て王者を争った時のように、対抗心が沸き立つ。そのグランディアの様子を見ながら、アインスも秀麗な顔立ちに不敵な笑みを浮かべてみせた。
「だが……ふっ、世界司書の推理精度も落ちたものだ。いくら暴霊に取り付かれたと言えど、襲ってくる屏風など存在する筈無かろう」
「おぉっ、ここで新説登場か?」
「恐らくは、被害者の証言の通り『屏風に描かれていた虎に似た本物の虎』が暴れているのだろう。屏風が襲い掛かってくるなどという馬鹿な事があってたまるか」
 自信を含ませて言われると、妙な説得感が出て来るのは恐らく気の所為ではないだろう。
 朗々と流れたアインスの言葉に、ディーナがぽつりと続ける。ただ、その言葉自体は先程の台詞を踏まえているのかどうかは定かではなかったが。
「それで……退治、解決は簡単なんだけど……見つけるのが、困ったな」
「ディーナたんってさり気に大物」
「和尚、他に何か意見があるのなら言っても構わないが?」
「え、ちょっ、無いない! 無いから頭の中読もうとしちゃイヤん!」
 爽やかな笑顔で尋ねて来るアインスに、烏丸は若干冷や汗を掻く。ちょっとばかり、他にも色々秘めていた事が無い訳でもなく。それも御見通し臭いが、言わない方が何となく宜しい気がしたので誤魔化しておく。
 まだ時刻としては昼間で、日没を迎えるには早過ぎる。情報によると暴霊が出現するのは夜であり、日中の目撃談は無いらしい。
「ともかく――姿を見つけなければ始まらん。昼間に見付からなければ夜まで粘るか、何処かで待ち伏せ、もしくは」
「隠れてるなら、とりあえずおびき寄せるのが一番ですな」
 やはりというべきか、その辺りが妥当といった所だろう。探す事は勿論だが、あちらから出て来て貰う手もある。
「俺は、透明化させて貰うぜ」
 周辺は貧民層が集まる廃墟街とは違い、人気も多い方ではないが万が一という事もある。それに自身の見た目が虎なので、咄嗟の時は見分けも付き難いだろう。それならば透明化して行動をした方が問題も少ないだろうと、グランディアはその旨を伝える。
「え、と……襲われた人……共通点、ないかな? 邸宅の周囲、うろついていただけ? 悪口言ってたとか、塀を乗り越えようとしたとか、邸内に入ろうとしたとか、以前使用人だったとか? 全員男だとか? 時間帯が決まってるとか? 何でもいいの……囮に使えそうなら」
 誰か此処で通り掛かった際に訊こうとも思っている事を示しつつ、ディーナの疑問を振られたシィファンが少し間を取った後に答えた。
「そういった共通点は無いな。単に周辺を歩いていた時に突然、という具合だ。……強いて言うなら、被害者達も富裕層の人間だったというくらいだが」
 しかし、この周辺は裕福な者達が住んでいる建物が密集している。下層の者達が立ち入るような機会など、そうそう無いだろう為にその共通点もあまりアテになりそうにない。トラベラー達が来る前から幾らか下調べはしてあったらしく、返答を寄越すシィファンにディーナは更に言葉を続ける。
「囮が使えないと……苦しいかな。広過ぎるの、邸宅の周囲。各個撃破、されかねない。だから出来れば……囮を考えたい」
 高い戦闘能力を持つ者が多いロストナンバーでも、油断は禁物。もしもの事を憂慮する傍ら、烏丸がサムズアップした。
「囮という事なら、マイセクタンカスガ、カマン!! その魅惑のボディで虎をおびき寄せるエサになべらばぁっ?!」
 セクタンカスガのアッパーが炸裂!! そこからマウントポジションを取り、顔面を殴る!! 殴る!! 烏丸への効果はバツグンだ!! ……と、そんな実況が何処からともなく聞こえてきそうな様であった。ちなみに接近から第一撃、次撃に移る一連の動作は合計五秒も掛かっていない刹那の如き行動だった。
「セクタンってこんなに戦闘能力高かったか?」
「頼もしい限りだな」
 そして誰もその様子にストップを掛けなかった。
 効果音も見た目も傍から眺める限りではほのぼの感すら滲んで来るそんな状況が暫く続いた後、何となくさっぱりした表情をしているようなカスガと顔をボコボコにさせた、もとい、なかなか男前になった烏丸が他の面々へ振り返った。
「……という訳で、おびき寄せますよ、『私』が」
 平和的な話し合いの結果だ、と満面の笑顔で言う。何処が、という野暮な突っ込みは何処からも入らなかった事は幸いだったのだろうか。
「まぁ、昔から屏風の虎を呼び出すのは坊主と決まってるからな!! 任しとけ!!」
「うん、気を付けて……ね? あとは邸内、入れないかな? 竹林、あるんだよね? そこに隠れてたり、とか」
「そうだな。情報収集も兼ねるとして、好事家宅周辺の藪や草叢を捜索するとするか。虎であれば、そういった場所を好んで潜伏するに違いないだろうからな」
 隠れるにしても、その為には相応の場所が必要。昼間の内は何処にも目撃談が無いので、目立つような所には居ないのだろう。邸宅の直ぐ傍には、青々と育った竹林が生い茂っていた。
「ふむ……こういった場所にはやぶ蚊も多いだろうし……ディーナ、レディのキミは下がっていてくれ。なに、案ずる事は無い。虎を見つけたら毛皮を剥いで、ハンドバッグに加工してキミにプレゼントしよう」
「……俺様は周囲を色々と探すとするぜ。この辺が事件の周辺だろ、探り入れておかなくちゃなんねぇしな。感覚はフルにしとくが、何かあったら連絡するからな」
 アインスの言葉にぶるりと身を震わせてしまいつつ、自らの事ではないだろうがグランディアはそこから離れようとする。
「これ、手が塞がっていても連絡出来るから……片耳につけてね? グランディア、付けてあげる。皆も、これ無線機だから」
 持って来た無線機を渡し、グランディアの柔らかな毛に包まれた耳にそれを付けながらディーナは言う。憂慮したように、其々がばらけていて襲われたら危ない事になりかねない。他の連絡手段としてトラベラーズノートもあるが、書き込む手間の分、別に無線機を用意しておいた方が良いだろうという判断だった。
 無線機を受け取るとグランディアは身を透明化して周辺の索敵に周り、シィファンの方は邸宅内の方を改めて調べてみるから、とその場を離れる。
 囮はそうも要らぬという事でアインスとディーナは辺りを探る傍ら近くに潜む事にし、後には烏丸とカスガのみが残された。
「さぁーて、あとは俺の一人舞台! カスガ、しっかり耳かっぽじって――言った端から寝ようとしない、そこ!」
 最早慣れたのか、信頼しているのか、それとも別の何かなのか。若干やる気が削げているようなカスガに思わず突っ込みつつ、烏丸は割合暢気な心境で得意の御経を唱え始める。
 ちなみに、傍から見た光景としては怪しげなサングラスと派手な袈裟姿の坊主が鼻歌で奇妙なリズムの読経をしているというもので。その間、偶々通り掛かった子供連れが「ままー、あのひと何してるの?」「しっ、見ちゃいけません!」なんてよくある一シーンが挟まれたのは多分その時何も無くて良かったと済ませた方が良いだろう。
「ふふん、ふふふふん、ふんふん、ナンマイダー♪ どーよ、カスガー」
 聞こえて来たのは、低い唸り声。よく聞き取れない、と烏丸が其方に向く。
 鬱金色と黒の縞が映える豊かな毛並み。細められた目元は黒く、牙が生えている口元からは薄紅の舌と涎が零れ落ちていた。
 一瞬の沈黙。
「うっひょおおぉぉお!? ちょっ、カスガってば知らせろよ!!」
 奇妙な対面は僅かだけ、その後は全速力で走り出した。走り出した直後、先程まで居た床に鋭い爪痕が残される。当然、それだけに留まる事は無く、それは大きく一鳴きすると数瞬遅れて烏丸を追い駆け出した。
 嬉しくない追いかけっこ。時々距離が詰まって牙や爪が届きそうになるのを危ういながらも必死に避けつつ、袈裟の裾を翻させてとにかく逃げる。攻撃ならぬ逃走は最大の防御というのはこの事なのだろうか。
 のっぴきならない状態のまま逃げ回っていると、前方に何時の間に居たのかセクタンのカスガが手を振っている。その横では、待ち伏せていたアインスとディーナが居た。
「たぁすぅけてぇ!! ディーナすわぁぁぁぁん!!」
 割とマジ泣き。自分で何かしら迎撃する心算は無いらしい。
 視覚的には色々言われそうな構図はともかくとして、助けを求めるべく二人の方へ向かった烏丸の首根っこを、アインスがおもむろに引っ掴んだ。
「へ?」
「鳥丸ミサイル!」
「のわぁああ!?」
 何かの必殺技のように。烏丸を追い掛けて来た暴霊の方に向かって、見事な投擲技術を以って投げ付ける。
 冗談抜きで危ない。流石に危機を覚えた烏丸が空中で二回転半にターンして着地した直後、着地を狙って襲い掛かろうとした暴霊の行く先を阻むように出現を知ったグランディアが飛び出した。
 透明化の上に慎重を重ねて音を立てさせないようにしていた為、暴霊の方にとっては不意打ちという形になる。グランディアは暴霊を視認すると、その首許に噛み付いた。
 牙が突き立てられる音が響く。しかし、狙っていたよりも食い込みが浅い。ならば更に力を籠めるだけだとグランディアが顔を押し付けるようにすると、ディーナが声を上げた。
「グランディア、退がって!」
 言葉の意味を理解するよりも、身体が動く。グランディアが透明化を解くと同時に後ろへ大きく飛び退くと、その間を割るようにスピリタスの瓶が投げられ、暴霊の爪がそれを割った。ガラス音と共に、液体が床に飛び散る。
 きついアルコール臭。空気中に漂うそれに、暴霊がまた低く唸る。
 目の前に居る暴霊は、大体は情報通りだと言えた。豪華な金の装飾がなされた枠組みに、背景は竹薮。出くわした此処の後ろが竹林の為、溶け込んでしまうような錯覚をしてしまうかもしれない。そして、目撃の証言に言われていた「虎」――写実的なその外観は視界が利かない中では確かに本物と見間違わんばかりであった。ただ、虎がそのまま一匹丸ごとという訳ではない。上半身にあたる部分だけは虎そのものの姿で具現化しており、その下半身は屏風におさまっていて屏風を引き摺っているようにも見える奇妙な状態だった。
「ほぉ、これが暴霊とかいっていたやつか。九十九みたいなもんか。確かに、虎だな」
 対抗するように威嚇の唸り声を響かせるグランディアに対し、アインスはその暴霊を見て呟きを落とす。
「信じられん、本当に屏風だったのか……。しかしこれでは虎の毛皮を剥いだり悲鳴を聞いたり虎の生き血を搾り取ったりという私の計画が台無しではないか。つまらん」
「イケメンがそんな事言うと洒落になんねぇ……。それよりもアインスさん、さっきワタクシを殺す気じゃなかったデスカ?」
「心外だな。なに、ギャグキャラは死なない。和尚なら大丈夫だと思っているのでな」
「それって信頼しているのかさり気無く貶してんのかどっち!?」
 暴霊の攻撃からディーナの傍に避難しながら抗議する烏丸に、アインスがしれっと答える。結果的には大丈夫ではあったが、そこを突っ込まざるを得ない。
 その前に呟かれた台詞にグランディアはまた薄ら寒さを感じつつ、再び襲い掛かって来る暴霊を迎え撃つ。
 右の横合いから襲って来る爪を回避し、内側からその腕に噛み付く。引き千切ろうとすると暴霊は首許に噛み付こうとしたので再び距離を取り、鼻先を掠めようとした爪はぎりぎりの所でディーナがギアのナイフで受け止めた。
 トラベルギアはそう簡単に壊れる代物ではないが、受け止め続けるには力が足りない。暴霊がそのまま爪と共に力押しを試みようとした所で、その爪をアインスが狙い撃つ。寸分違わず精確に狙ったそれが、爪先を燃やす。その所為で攻撃の手が緩んだ隙にディーナは自らの腕を引き、体勢を立て直す。
「正面からでは厄介だな。……屏風の方を上に倒せば起き上がれんだろう」
 接近しようとする暴霊に向かって威嚇射撃を数発放ちながら告げたアインスの言葉を受け、グランディアは暴霊が他に気を取られている間に正面から横合いから後ろへ回り込む。
「それなら、任せろ!」
 床の土埃が舞うのも刹那、グランディアは暴霊の背後――つまり、上半身の出ていない屏風部分に向かって体当たりする。アインスの射撃に気を取られ、接近を試みるばかりだった暴霊は体当たりに対応出来ずに前倒れになってしまう。
 後ろの部分は虎の絵が具現化している訳ではないので、見えるのは屏風の部分のみ。倒れたその直ぐ後、また立ち上がって来ないようにアインスは暴霊の前足を続けて二足とも撃ち抜いた。
「不思議だぜ。物体が動くって言うのはよぉ……だが、俺様を含む本物には敵うまい」
 野生感溢れる面をにやりと動かし、グランディアは爪で屏風の背を引き裂く。それなりに硬い素材ではあるらしいが、元は紙製のそれは周囲に紙片を飛び散らせた。
 屏風の背に幾多もの爪痕が残り、頃合を見計らってからディーナはそこへ火炎瓶を投げ付ける。ガラスが割れる音と共に、物体型の暴霊が燃え上がった。最初の方は火力が足りなかったが、アインスが燃えていない所を狙い撃って火を足す。
「燃やす心算か」
「……うん。酒をかけて、火をつけて。大抵の絵画は、ダメになる。彼の恨みは増す、けど……未練も、終わる」
 だから、と返した頃には、焦げた臭いを発しながら暴霊が火に包まれていた。地面に伏せたまま上げた唸り声は虎のものの筈だが、それが何故か人の叫び声にも聞こえていた。
「キミの未練も、刻んであげる」
「仕上げといくか!」
 トラベルギアのサバイバルナイフを構え直し、跡形も残さぬ心算でディーナは屏風を何処までも切り刻む。グランディアも自らの爪で目に見える部分を引き裂くと、切り裂かれた紙片が火の粉となって空に舞い上がった。
 やがて火も収まると、後に残されるのは灰のみとなる。終焉を知ったシィファンが後から駆けつけ、灰を一握りだけ回収すると残りは風で何処かに連れ去られていった。
「他にもまだ居る、という事は無いのだな」
 アインスがシィファンに確認すると、短くそうだと素っ気無い労いと共に返事が寄越される。他の脅威は心配しなくても良いらしい。
「あー、終わったー! この後は虎鍋と洒落込みたい!!」
「……おい?」
「……はっ!? 嘘、嘘です、グラさん!! ぼ、暴霊退治終わったから、ほら何か打ち上げ的な!」
 戦闘は任せていた為ようやく終わったと伸びをする烏丸がグランディアの視線に気付くと、背中に冷や汗を掻きながら慌てて弁明する。だから食べないで! と訴えるその様子を見ながら、グランディアは呆れた溜め息を吐き出した。
「そんなマンドラゴラ食うみたいな事するかよ」
「せめて普通の野菜扱い……! というかマンドラゴラって! あんまり思い出したくないもん過ぎっちまったじゃねーか!!」
 怪我などを心配する事も無さそうな様子に、ディーナは小さく笑いながら面々に振り返る。
「この後……精進落とし、して帰ろ?」
「おっと、俺様はロストレイルに戻ろうかと思うぜ。この姿じゃ付き合うのも面倒かもしれねぇしな」
「そっか……他の皆は、平気?」
 忌明けではないが、暴霊を退治した後だったからという事なのだろう。未成年では御酒は駄目だが食事も含まれるのでそれに誘ってみると姿を気にするグランディアの断りには少しだけ残念そうな顔をするも、他は如何だろうかと訊き直す。
「レディの御誘いを、無下に断る訳にはいかないな」
「もっちろん!」
 アインスと烏丸からは快く承諾されるものの、帰り道の関係があるからと消極的な様子でシィファンが小さく言葉を続ける。
「……虎には、なるなよ」
 その言葉の意味とロストレイルに戻るまでの間の事は、依頼の外の話になるだろう。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、リプレイを御送り致します。
 今回はインヤンガイにて虎の屏風退治でした。予定の通りギャグになり切れずに真面目に戦闘調になりましたが、参加された皆様を見て感慨深い気持ちになったのは此処だけの話。なお、最後の「虎になる」は酔っ払うという意味です。
 そして、この度はシナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2010-06-14(月) 20:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル