ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
通された天幕のなかをのしのしと自信に満ちた足取りで入ってきたのはアレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハート。 その名の通り彼は獅子だ。美しい黄金色の毛が全身を包み、王者らしい見事な黒の鬣に強靭を持つ肉体は天幕のなかがいささか窮屈にすら感じられるほどの巨体を誇る。 「うむ」 質素な寝具と落ち着いた気持ちになる香の焚かれた室内をぐるりっと見まわしたあと、ゆっくりと寝具の上に腰を下ろした。ぶるっと首をふって鬣が揺らし、大きな欠伸を噛みしめる。 ここで見る夢には様々なものがあるという。美しいもの、悲しいもの、恐怖に満ちたもの……もしものときは添い寝した者が起すこともできると言われたが、アレクサンダーは豪胆に笑い飛ばした。 「がははは。心配ない、わしは百獣の王だ。夢なんかに負けてなるかっていうんだ」 しかし、一人だと心許無さを感じてしまうのも確かだ。ここで見る夢は未来を暗示すると言われたのがひっかかっていた。 未来、か。 気になるのぅ。 アレクサンダーの瞳はどこか遠くを見つめて細められる。巨体を苦労して寝具の上に丸めると、もう一度欠伸をして目を伏せた。 その世界には知恵を持つ獣がいる。 四つにわかれた大陸に狼、熊、虎、獅子の中心となる獣が存在し、共存することで栄えていた。 広い草原にときおりひょろりと背の高い木が立ち、無造作に伸びた枝に生えた青々とした葉を食む草食動物たち、腹をみたされた肉食動物たちはじゃれあい、まどろむのどたな光景の広がるアムリカ大陸のサバンナ。 そのなかで獅子は特別な存在だ。 そのなかの王であるアレクサンダーはとくにたくましく、美しい強者であった。それはあたりまえだ。アレクサンダーは獣たちの王のなかの王である百獣王のあとを継ぐことを期待された候補者の一人なのだから。 群れを守るためには知恵と勇気、そして力が必要だ。 ゆえに王者は常に誰よりも強く、また優しくなくてはいけない。 アレクサンダーは先代王に「玉座の丘」に連れてこられた。そこからはどこまでも広がる母なる大地の草原に抱かれた獣たちが一望出来た。風にのって鼻孔をくすぐるのは大地と植物の香りを肺いっぱいに吸いこんだとき、よくわからないが強い衝動のようなものが胸を打った。 先代王はアレクサンダーに慈愛深い視線を向け、微笑んだ。 ――強くあれ この大地を統べるため、仲間を守るためにも アレクサンダーはゆえに強くあらんとした。 仲間たちを守り、リーダーとして導いた。 強くあることは義務といってもよかった。自然は穏やかな母の顔をしていたと思えば、烈火のごとく荒くれる化け物にもなる。過酷な自然のなかで生きていくのには自ら輝くような生命力がなくてはいけない。 親が強くあれば、その種から芽吹いた子もまた強くなる。 空が急に黒く淀み、世界が歪んだ。 アレクサンダーは眉を寄せ、眉間に太い皺を三つ作った。 なんじゃ? あたたかい日が失われ、すべてが夜のように暗くなった。 アレクサンダーは全身に殺気に前を見た。 目の前からずんずんと進んでくる複数の影。 「だれじゃ!」 アレクサンダーが声をあげると、先頭に立つ一際大きな影――は立ち止まり、にぃと白い牙を見せて笑って見せた。 「なんだよ、挨拶にわざわざ出向いてやったんだぜ」 「お前は」 狼だ。 十五頭とも肉食獣らしいしなやかな無駄のない体をしている。その先頭の狼はアレクサンダーと同じほどの巨体をダークブラックの毛並に包ませていた。大きな口が不敵な笑みを浮かべ、青い瞳が爛々と輝いている。 狼の住む大陸は別のはず。わざわざここに、それも集団が来ることが解せない。 アレクサンダーの背後にいた雌獅子が不安と警戒の唸り声をあげる。自分たちの故郷に別の獣が勝手に踏み込んでくること自体、不愉快だ。 そう、ここはアレクサンダーの、アレクサンダーたちの故郷だ。 アレクサンダーは唸り声をあげていつでも飛びかかれる態勢を作り、油断なく黒狼を睨んだ。 「俺様は狼王クルト。今度、百獣王になるんで挨拶に来てやったんだぜ?」 「なにぃ!」 「獲物が豊富なこの地から貴様らを追い払うっていってんだよ。そう、今から、ここは俺様たちのものだ! さっさと尻尾を巻いて逃げたらどうだでっかい猫ちゃん!」 その一言はアレクサンダーの怒りを爆発させた。アレクサンダーだけではない、この場にいた彼の一族の誰もが激昂するには十分だった。 代々、百獣王と名乗ってきた一族の誇りと自負は、こんな狼に負けはしないと強く思っていた。 空気を切り裂く咆哮をあげ、アレクサンダーが飛び出すのに仲間たちも続く。 クルトと名乗った狼はぎらぎらとした目に、白い牙を見せてせせら笑いながら地面を蹴って飛びかかってきた。 アレクサンダーの力強い前足のパンチを難なく避けるとクルトは鋭い尻尾を鞭のように振ってアレクサンダーの顔を殴った。一瞬とはいえ視界を遮られたアレクサンダーはクルトの接近を許してしまい、首に容赦なく牙をつきたてられる。痛みにアレクサンダーは声をあげ、暴れてクルトを地面に叩き付けた。 二匹の獣は互いに毛を逆立てて睨みあい、飛びかかる。前足の爪で肉をえぐり、牙を相手の喉笛に突き立てる。アレクサンダーはパワーでは誰にも負けはしないが、クルトはスピードでアレクサンダーに勝っていた。 素早くアレクサンダーの後ろに回り込むと、その背に飛び乗り、全体重でのしかかってきた。 「っ!」 「ふはははは! お前もこれで終わりだ!」 「ほざけぇええ!」 最後の力を振り絞ってアレクサンダーが前足を伸ばすとクルトはそこに牙をたてた。前足に広がる痛みとむせ返るような血、視界に広がるのは倒された大切な群れの仲間たち。 アレクサンダーはたまらず世界を震わせるほどの大きな声で吠え叫ぶ。 吠えながらアレクサンダーは飛び起きた。 暗い室内を見まわして、ようやくここがどこなのか悟ると全身から力を抜き、その場に腰をおろした。 はぁ、はぁはぁと全力で大地を駆け回ったときのように息が乱れ、毛に覆われて見えないがその額からは大粒の汗が顎へと流れていた。緊張から肉球にも汗をかいてひどく気持ちが悪い。 「ぬぅ」 牙のなかから漏れたのは苦痛に満ちた声だった。 「百獣王が他の獣にとられるとは」 息を吐いて、吸うことを繰り返して己を落ち着けるとアレクサンダーは無意識に古傷の残っている前足を舐めていた。 「……元の世界に戻れば」 ターミナルには昔から知っている仲間たちがいて、悪くないところだ。 アレククサンダーは一瞬頭をかすめたそれを首をふって振り払う。 アレクサンダーは一族のためにも、また百獣王としての誇りのためにも帰らねばならない。 「この夢が未来……」 ならば、己の強さで変えてみせる。 黒々とした瞳を細めて、アレクサンダーは力強く吠えた。
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