――インヤンガイ・某街区「……逃げ出した鳥というのは、こいつなんだよなぁ」 香ばしく甘い香りのする揚げ菓子を勧めながら、探偵の男は言う。彼が1組の男女に見せていたのは、古ぼけた鳥獣図鑑と、1枚の写真だった。 そこには、白銀細工のような、美しい鳥が写っており、その横にこう、書かれていた。『極楽鳥』 それが、この鳥の種族名なのだろう。探偵は顎を撫でながら、その経緯を話し始めた。 この辺りで1番の富豪には、不治の病に倒れた幼い娘がいるという。富豪は、その娘にとても甘く、なんでも買い与えてしまうらしい。「それが、この極楽鳥とどう関わりがあるんだい?」「まぁ、聞いてくれ。その娘がどうやら極楽鳥を見たい、と言ったらしくてな。そこで富豪はなかなか手に入らないこいつをあちこちの裏市場で探して、買ってきたそうだ」 若い男性……イルファーンの問いに、探偵が説明する。 元々、その極楽鳥は屋敷から出られない娘を励ます為に飼われる事になった。それで、富豪は飛ばないようにと風切り羽を切る……筈だった。「極楽鳥は見た目もいいが、なんせ声が美しい。多くの愛好家が喉から手が出る程欲しがるが、今じゃなかなかお目にかかれない。 その富豪も、娘に歌を聴かせたかったらしいからなぁ」『じゃあ、風切り羽を切ろうとして、逃げちゃったの?』 そう、パペットを動かしながら問うエレニア・アンデルセン。彼女の問いに、探偵は1つ頷く。「ああ。切ろうとしたら大暴れして窓の外へと飛んでったそうな。富豪は大慌てであたりを探したけど見つからない。そこで、俺へと依頼が来たわけだ」 探偵はお茶を飲みながらにやり、と笑った。 探偵は妻と一緒に探しているものの、極楽鳥はまだ見つからない。仲間に手伝ってもらおうか、と考えた所にこの2人が現れ、男としては願ったり叶ったりといった所だった。 一方、エレニアとイルファーンは、インヤンガイへデートに行く途中に……世界司書からこの事件について話を聞いていたのである。 ――回想:0世界「野暮な願いをするとは思う。しかし、事件が起こるんでどうにか解決して欲しいんだ」 インヤンガイへ向かう、と2人から聞いた世界司書の男は、申し訳なさそうに言った。彼は『導きの書』を開き、簡単に事情を説明する。『それで、その極楽鳥を捕まえればいいんだね?』「なに、少し寄り道をすると思えば」 エレニアとイルファーンが顔を見合わせて笑い会う姿に、司書はくすり、と笑う。しかし、直ぐに表情を険しくした。「ただ、その極楽鳥なんだが……暴霊にとりつかれている」 ――インヤンガイ・某街区 イルファーンとエレニアは探偵と司書の話を思い出しながら、逃げたと言われる方向へと歩いていた。 そこはごく普通の住居が立ち並ぶエリアだったが、もうすぐ抜ける、という地点で異変が起こる。「?」 不意に、羽ばたくような音が聞こえた。なんだろう、とあたりを見渡していると、物陰から何かが飛び出してくる!「なっ……っ!」「?!」 イルファーンが竦むエレニアを庇う。舞い散る白銀の羽、激しく羽ばたく音、澄んだ『子供』の声。確かに、響いた声は美しいが、どう考えても幼子のそれだった。「こないで! 捕まえないで!!」 何度も羽ばたき、2人に襲いかかる極楽鳥。よく見ると、壱番世界でみるような、デフォルメされたような姿をしている。どうやら、これが暴霊に取り憑かれたが故の姿らしい。 極楽鳥の思いも混じっているのか、それとも、2人に遭遇する前に何かあったのか、必死になって暴れている。(この子が、富豪の家から逃げた子!?) エレニアがパペットを咄嗟に突き出す。と、極楽鳥は暴れるのをやめ、興味深そうにそれを見つめた。「……お人形? お姉ちゃん達、私をぶたなかった……?」 少しは話す事ができそうだな、と思ったイルファーンは、ほっと胸をなでおろし、身を屈め極楽鳥と視線を合わせた。 話を聞くと、暴霊は『リラン』という名前の少女らしい。彼女は生まれてすぐに大病を患い、両親は治療費などを稼ぐため共働きで、中々少女の傍に居られなかったという。亡くなった時も、傍に祖父母しかいなかったそうだ。「だからね、リー、1度でいいからパパとママとお出かけしたかったの。……お兄ちゃん、お姉ちゃん、リーのお願い、聞いてくれる?」 リランは小首を傾げて問いかける。どうやら、彼女の未練を解消しない限り、極楽鳥を依頼人の場所まで連れて行けないようだ。(それはつまり……)(パパとママの代わりになるって事ですか?!) イルファーンとエレニアは極楽鳥に純粋な目で見つめられ、どうしようかと顔を見合わせた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>イルファーン(ccvn5011)エレニア・アンデルセン(chmr3870)=========
序: お出かけしようか へぇ、こいつがねぇ……。暴霊が憑いちゃあ、しょうがねぇわな。 ん? それで、一緒に回れる場所を、ねぇ。 だったらオレに任せてくれ。 こう見えてもオレは生まれも育ちもこの街区だ。知らない場所は無いってね? うんうん、それだったらここはどうだい? 年中あったかいし、子供連れでも行きやすい。カップルも多いし、実に楽しい場所だよ。とっても綺麗な鳥が一杯いるし、運が良けりゃあ、蝶の孵化が見られるかもしれねぇ。おっと、こいつはおまけだ。特製ジュースが飲める割引券、持っていきな。 ふむ、この子の家、ね。……この地図を見てくれ。オレもちょいと関わった事のある夫婦だ。確か、この近辺に住んでいる筈だぜ。娘さんを亡くしてからみんな元気が無かったが、最近少しずつ立ち直りつつあるって感じだな。少しでも様子を見せてやりな。 あと子供がすきそうな場所とか、カップルが行きそうな場所はこのあたりかな。また分からないことがあったらオレんとこにおいで。 ************ 軽快に話す探偵に見送られ、イルファーンとエレニア・アンデルセンは暴霊と化した極楽鳥、リランと共に街を歩いた。イルファーンに手をつないでもらい、リランはとても嬉しそうだ。 (極楽鳥……。とても綺麗ですね) 空いているリランの手を取り、ゆっくり歩きながらエレニアは思った。デフォルメされたような姿とはいえ、白銀の羽はきらきらと輝き、天の川をイメージさせる。僅かに首をかしげる姿が滑稽でくすっ、と笑ってしまうものの、エレニアはどこか寂しげに瞳を細める。 (まるで、イルファーンさんみたい) 自分も、風切り羽根を切るように、束縛しなければ彼と一緒にいられないのではないか。ふと、そんな事を考えてしまう。 何かを感じ取ったイルファーンは、エレニアに小さく笑いかけ、首を振る。心配しないで、とでも言うように。自分が何を考えていたのか、読まれたような気がしてエレニアの頬が赤くなるも、同時にこそばくおもうのだった。 「あれ? お姉ちゃんどうしたの?」 不思議におもったのだろう。リランがそっと問いかけるも、彼女はなんでもない、と首を振る。2人のやり取りにくすり、と笑いながらイルファーンが近くにあった案内板を見た。 「あと少し歩けば温室につくよ。リラン、大丈夫かい?」 「うん。私、大丈夫!」 リランの弾むような声に、イルファーンとエレニアも笑顔になる。2人と1羽はまるで親子のような雰囲気で温室まで歩いていくのだった。 ――街区立温室植物園。 2人と1羽を出迎えたのは、色とりどりの花々と楽しげに囀る鳥たちだった。流石に極楽鳥には負けてしまうだろうが、どの鳥も美しい歌声を披露していた。 「わぁ……! すっごい!!」 「どうだい、綺麗だろう? とても賑やかで、実にいいね」 歓声を上げるリランにイルファーンが微笑みかける。エレニアもまた見覚えのある花を見つけてはリランに名前などを教えてあげるのだった。 優しく甘い花の香りがあふれる中、ふわり、と虹のような羽根が舞う。よくみると、極楽鳥より大きい鳥が、リラン達の傍にやってきていた。 『ここの鳥たちは皆、餌付けができるみたいだね』 エレニアがパペットを動かしつつプレートを読んでいると、傍らに餌の無人販売所があった。そこにコインを入れると自動的に餌入りの袋が出てくる仕組みになっている。 「やってみようか」 イルファーンに誘われ、エレニアもリランも早速鳥たちに餌を与えてみる事に。地面にばらまくとあっという間に鳥たちが現れ、餌をついばんでいく。 「どうぞ」 エレニアはパペットをしていない手に餌を少し零すと、どこからともなく小鳥たちが飛んできて餌をついばんだ。そのくすぐったさに思わず笑ってしまう。リランも真似してみると、また別の小鳥が餌をもらいにやって来る。 「これはこれで、いい光景だね」 イルファーンは、そんなエレニアとリランの姿を優しい眼差しで見つめていた。 休憩をとることになり、早速探偵から貰ったチケットを使って新鮮な果物のジュースを飲む事にした。極楽鳥の餌の中には果物も入っていた為、リランが食べても影響がない、と考えたからだ。 この温室で育った果物をふんだんに使ったジュースはとても美味しく、疲れが吹き飛ぶようだった。僅かにとろりとした口当たりもリランには好評だったようだ。 『あ、ここについてるよ~』 エレニアがリランの嘴を拭いてあげると嬉しそうに目を細める。また、軽食を夢中で食べるリランを「慌てなくていいよ」とたしなめるイルファーン。こうして過ごしているうちに、エレニアは自然と笑顔になっていた。 (お母さんの代わりが私に務まるかはわかりません。けれど……) 黒髪に飾った羽根が揺れる。エレニアは優しい笑顔でこう言った。 『今日は楽しい所に一杯行こうよ? 怪しまれた時はボクの腹話術だって言うからさ』 構いませんか? と目でイルファーンに問えば、彼は笑顔で頷いてくれた。そして、そっとリランの頭を撫でる。 「そうだね。色々めいいっぱい楽しもう! それがいい!」 2人の言葉に、リランの目がキラキラと輝く。次はどこに行く? と彼が問えば、リランは楽しげに考え始めた。 その傍らで、エレニアはそっとイルファーンの耳元で囁く。 ――私はイルファーンさんと一緒ならどこにでも行きたいし、 何処に居ても幸せなんです。 イルファーンは優しく笑うと、そっとエレニアの髪を撫でる。そして、小さな声でありがとう、と囁き返すのだった。 破:団欒のひと時 「あのね! リーはねぇ、リーはねぇ……」 リランはようやく思いついたのか、2人に行きたい所を色々教えてくれた。病に臥せっていた為、お出かけをした事が無かった少女は、家族の話を聞いて、色々と行きたいと思っていた所があったようだ。 温室からでた2人と1羽は街へ繰り出した。今日はとことんリランに付き合おう、と考えた2人は地図を見ながら彼女が行きたがっている場所を探した。 「えっとね、一緒にご飯が食べたいな」 リランの言葉に、早速食事のできそうな店を探す。探偵から貰った地図はここでも大いに役立ち、直ぐに家族連れが入りやすそうな食堂を見つける事ができた。少し待つことになったが、出された料理はどれも素朴ながらとても美味しかった。 案内された席が奥の座敷だったのも幸いし、リランが食事を取っても怪しむ者がいなかった。探偵が前もって何か言ったのか、リランがあんまんをついばんでいても店員は笑顔で応じるだけだった。 『一緒に食べると美味しいね』 エレニアが嘴の傍についた餡を取りつつ言うと、リランは冠羽を震わせ照れるような仕草を見せる。優しい香りのするお茶を飲みながら、イルファーンは穏やかな気持ちになっていくのを覚えた。 公園にも行ってみたい、と言ったので食後はそこをのんびりと散歩した。休日だったのだろう、親子連れやカップルがちらほらと見えた。 (インヤンガイにもこういう場所があったんだね) イルファーンが人工芝の広がる公園を見渡していると、リランの足が止まった。どうしたのだろう、とエレニアと一緒に覗き込むと、少し疲れてきたらしい。 「おいで」 彼はそっと手を差し伸べる。不思議そうに見つめるリランに、イルファーンが笑う。 「疲れちゃったかな。おんぶするから、おいで」 「! うん!」 その白い手を取り、リランはにっこりと笑って飛びつく。僅かに舞う白い羽根が、風に舞い上がる間に、イルファーンはリランをおんぶしていた。 「かわいい……」 思わず呟くエレニア。イルファーンも、楽しげなリランとエレニアの様子に終始表情が柔らかくなる。ちらり、と2人が周りを見ると、同じように子供を背負った父親と、寄り添う母親の姿が見えた。 「こうしてもらうのも、夢だったの。本当にありがとう」 リランの囁く声に、2人は笑顔で返すのだった。 公園を歩きながら、イルファーンとエレニアはリランから住んでいた家について聞いていた。そして、出くわした地点からさほど離れていない、小さな家であることを突き止めた。 「まだ、そこに住んでいるなら……会いたいな」 リランがぽつり、と漏らすと2人は顔を見合わせてうなづき合う。そして、そこへ向かう事にした。 (本当の両親が、今でもリランの事を忘れず愛し続けていると知れば……) (両親が元気に過ごしている姿を見れば……) リランは、安心して天国に行けるかもしれない。そんな淡い期待が、胸の中にあった。そして、やはり、どこか寂しげなリランの為に、両親の姿を見せてあげたかった。 程なくして、住宅街に到着した。リランが教えてくれた、小さな家はとても古いものだった。2人と1羽は物陰からその様子を見守る。 年老いた夫婦と、若い夫婦がお茶を飲んでいるのが見えた。祭壇には、愛らしい衣を纏ったリランの小さな写真が飾られ、お菓子とお茶が添えられていた。 「お父さんにお母さん。そして、奥にいるのがお爺ちゃんとお婆ちゃんだよ。今日はお休みだから、お父さんもお母さんも家にいるんだね」 リランが小さな声で説明してくれた。イルファーンとエレニアは、彼らの様子に少し、胸が熱くなった。声はあまり聞こえないが、途切れ途切れにリランの思い出を話しているように聞こえた。 (どうにかして、会わせる事ができれば……) イルファーンが考えていると、エレニアが肩を叩く。どうやら、母親が外に出てくるようだ。写真で見たリランが大人になったならば、こんなふうになっただろうか。そんなふうに思わせるほど、リランに似ている綺麗な女性だった。 「これは、タイミングがいいね」 イルファーンはエレニアが不思議そうな顔をしている横でつぶやく。そして、そっと、リランの背中に触れる。それで、彼がどうしようとしているのか、エレニアも気付く。 「お母さんの所に、行ってごらん」 「えっ?……でも……」 『もしかしたらさ、きみがリランだって、気づいてくれるかもしれないよ?』 パペットを動かしつつ、エレニアが囁く。よくみると、母親は何かに気づいていたのかもしれない。誰かを探すような様子で、辺りを見ていた。そこに父親が現れ、手を伸ばす。恐らく、部屋に戻そうとしているのだろう。とても悲しげな顔をしていた。 「……! 行ってくる!!」 リランは、白銀の羽根を散らしつつ走っていく。突然現れた極楽鳥っぽい物に目を丸くする若夫婦の前で、リランは叫んだ。 「お父さん、お母さん!」 「! その声は……リランなのか?!」 父親が、息を呑む。母親は泣き崩れながら極楽鳥を抱きしめた。そして、そっと頭を撫でる。 「ごめんね、リラン。何もできなくて。何もしてあげられなくて……。沢山淋しい思いをさせたね。苦しかったね……」 「ううん、大丈夫だよ。リーはね、リーはね……」 母親の言葉に、リランが首を振る。父親も涙を堪えつつ見つめる中、リランはそっと、言った。 「お父さんとお母さんが、大好きだよ」 ――だから、とっても幸せだったよ。 急:極楽鳥の歌 「……」 「……」 イルファーンとエレニアは、黙って富豪の家へと向かっていた。あの後、リランは成仏したのか、「ありがとう」という言葉を残して消えた。後に残ったのは、元の姿に戻った極楽鳥だけだった。 リランの両親は2人に気づき、何度もお礼を述べて極楽鳥を手渡してくれた。今、その鳥はエレニアが持ってきた籠の中に入って、大人しくしている。 「これで、よかったのかな」 エレニアの呟きに、イルファーンは静かに「いや……」と答える。彼はそっと恋人の耳に、考えている事を話した。それに、彼女もまた静かにうなづく。 「確かに。……飛べない鳥は、飛べない鳥は少し悲しい気がしますから」 ――富豪の家。 探偵から聞いていた為、迷うことなく行く事のできたそこは、質素ながら大きく、丈夫そうな家だった。家の主は今、仕事で留守にしているらしい。使用人らしき女性が、エレニアを応接間に案内してくれた。 しかし、彼女は娘に直接鳥を渡したい、といい、使用人は「わかりました」と、彼女を娘の部屋へと案内してくれた。どうやら、探偵がここら辺でも根回しをしておいてくれたようだ。 ノックをすると、ややあって「はい」と控えめな少女の声がした。ドアを開けると……そこには、幾つもの医療器具らしい物と、天蓋つきのベッド、女の子らしいおもちゃや本が並んだ棚が置いてあった。 『君が依頼人、だね』 パペットの愛らしい仕草に惹きつけられたのか、少女は笑顔で頷く。年の頃は、写真で見たリランとさほど変わらないだろうか。華奢な体をゆったりとした寝巻きで包んだ少女はエレニアと極楽鳥を嬉しそうに見つめていた。 極楽鳥は、その少女がもう長くない事を悟りつつも、そっと口を開く。その柔らかく、優しい声で歌うと、少女は嬉しそうに瞳を細め、鳥かごに手を伸ばした。そして、時間をかけながら鳥籠を開け、極楽鳥を膝に抱いた。 その鳥の声に合わせ、エレニアも極楽鳥の声で歌う。美しい二重奏が屋敷に広がって、少女の笑みが強くなる。よく見ると、呼吸が落ち着き、顔色が仄かによくなった気がした。 「実は、君にお願いがあるんだ」 歌が終わり、しばらくして極楽鳥が口を開いた。それに不思議そうな目を向ける少女。エレニアは「大丈夫よ」というように肩に触れた。 「本物は、逃がしてあげておくれ。その代わりと言っては何だけど、僕が君の為に歌ってあげよう。毎日は無理だけど、色んな話をしてあげるよ」 極楽鳥は歌うだけだけど、自分なら話すことができる。と、極楽鳥……に変身したイルファーンがいう。けれど、少女は首を横に振った。 「もう、いいの。ありがとう。私、綺麗な歌が聞けただけで幸せよ」 「えっ……?」 この言葉に、イルファーンが目を丸くする。が、少女は窓の外を見、そっと呟いた。 「だって、狭い鳥籠に閉じ込められて、淋しい思いをするのは、私一人で十分だもの」 そして、お父様ごめんなさい、と言いながら鳥の頭を撫でる。どこか達観したような、寂しげな姿にイルファーンもエレニアも何を言えばいいのか分からず、ただ少女に寄り添うだけだった。 帰り道。本物の極楽鳥を逃がした2人はただ、歩き続けた。イルファーンはふと、立ち止まる。 「……本当は、僕が魔法を使えばあの子の病を治す事もできる。けれど、あえてしないのは、それが、超えてはならない一線だからなんだ」 「超えてはならない、一線?」 エレニアに、イルファーンは頷いて言葉を紡ぐ。 ――人の運命に干渉する事など、傲慢だ。 それが、多くの経験から学んだ事だ、と。 「軽蔑するかい? エレニア・アンデルセン」 「いいえ……」 イルファーンの寂しげな問いかけに、エレニアは首を振る。彼女はそっと手を伸ばし、己の青い瞳と、イルファーンの赤い瞳を重ねる。 「それでも、僕は……君を、人を、愛している」 ふわり、と紡がれた言葉。エレニアは静かに頷き、イルファーンに抱きついた。人を愛する彼を、自分を愛する彼を、愛おしく思えて、だけど美しくて、あの鳥のように美しくて、飛んで行きそうで不安になって、抱きついた。 イルファーンはそんなエレニアの姿に更なる愛情を覚え、抱きしめる。ゆっくり引きつけて唇を重ねると、僅かに甘い香りがした。 探偵に結末を報告すると、2人は手を繋いでターミナルへと向かう。様々な思いが胸の中をよぎる中、どこかで極楽鳥が鳴いたような気がした。 その途中、依頼人である富豪と2人はすれ違った。彼は2人にただ黙って一礼し、立ち去った。イルファーンとエレニアは、これでよかったのかもしれない、と静かにその背中を見送った。 (終)
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