クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-20862 オファー日2013-02-25(月) 17:37

オファーPC エレニア・アンデルセン(chmr3870)ツーリスト 女 22歳 伝言師(メッセンジャー)

<ノベル>

 伝言師とは、人から預かった伝言を預けた人の声で届ける者を指す。
 所在が不明の人にも届けられるため、この世界では重宝されている存在だ。

 しかし伝言師の仕事は過酷である。
 伝えるべき相手に伝えるまではどこまでも探すための旅を続けるので、一生をかけて一つの伝言を伝える場合もあるのだ。
 預かる内容次第では命を狙われることもあるので、自己防衛のために声での攻撃ができる。
 伝言師の声は美しく、話すだけで魅了させてしまう可能性もあり、その苦労は計り知れない。
 けれども彼らが自分の仕事に普通の人以上にプライドを持っていることは、一つの仕事に一生をかけることがあるところからも窺い知れるだろう。


 *-*-*


 エレニア・アンデルセンがその小さな村を訪れたのは、仕事で隣町を訪れたのがきっかけだった。隣町のパン屋のおばあさんに遠い街に住む孫達からの誕生日のお祝いの言葉を伝え終わってほっと息をついたその時。
「あの……伝言師様ですか……?」
 掛けられた声に振り返ってみれば、そこにいたのはくたくたのオーバーオールを着た壮年男性。帽子を両手でグッと握りしめて、震えんばかりの真剣な表情でエレニアを見つめている。
『そうですが……』
 訝しげに首を傾げて、エレニアは少女の声を作って答える。伝言師の声は美しくて他人を魅了してしまうことがある。中でもエレニアの声は美しくあったので、彼女は自分の声で話すのを避けていた。エレニアと仲良くしてくれる人が、エレニアの声に魅了された結果であってほしくないから。魅了されているから仲良くしてくれているのだったら、悲しすぎるから。
「ああ、良かった……! やっとお会いできた!」
 そんな事情を知らないだろう男は、その声をエレニアの地声と思っているだろうか。涙まで浮かべて祈るように手を組む。いや、切羽詰まったこの様子ではそれがエレニアの地声であってもそうでなくても構わないのだ。
「お願いします、うちの村へ……娘の元へおいでください! 娘の、娘の伝言を届けていただけないでしょうかっ!」
『え、あ……落ち着いてください。次の依頼はまだ入っていないので、時間はありますから』
「時間は……娘には時間がないのです!」
『……?』
 必死に言い募る男の熱意に負けて、エレニアは男の操る馬車に乗り込んだ。次の依頼を受けていないのは本当だったし、ならば男の娘の依頼を受けてもいいと考えていたからだ。
 馬車の御者台に並んで座ったエレニアに、幌のない荷馬車しか無いことを詫びた男はぽつりぽつりと事情を話し始めた。
 彼には20を少し過ぎた、エレニアと同じくらいの年頃の娘がいるということ。
 娘には結婚を約束していた恋人がいたということ。
 しかしその恋人は、一年前に姿を消してしまったということ。
『姿を消してしまった理由はわかっているのですか?』
 エレニアが尋ねると、男は村に続く道を眺めながら泣きそうな表情をした。
「娘は元々身体が弱くてですね……一年半くらい前から重い病にかかって寝込んでしまったのです。娘の恋人は苦しむ娘に何もしてやれない自分を責め続け、ある日街で聞いた万病に効くという『石の涙』を探してくるといって、村を出て行ってしまったのです」
 しかし彼は、今日になっても帰ってきていない。娘の病は進行する一方で、一向に良くならず……けれども娘は恋人が必ず帰ってくると信じて、気力だけで命をつないでいるような状態なのだという。
「どんな回復魔法も効かず……どんな治療師に診せてもダメでした。娘の気力はいつ切れてもおかしくないのです。そんな娘が、伝言師を呼んで欲しいと願ったので、最期の願いだと思って私は……」
 男の瞳が潤む。エレニアが白い木綿のハンカチを差し出すと、男は会釈をしてハンカチで涙を拭きとった。
『事情はわかりました。お嬢さんの伝言をお預かりすればいいのですね』
「受けていただけますか!」
 はっとハンカチから顔を上げた男に、エレニアは優しく頷いてみせる。この時点でなんとなく、一筋縄では行かぬ依頼のような気がしていた。それでもそんな事情を聞かされてはエレニアには断ることはできなかった。


 *-*-*


 その村は小さく、民家よりも農場や牧場の方が多かった。その中の一軒に案内され、エレニアは足を踏み入れる。つんと薬湯独特の匂いが鼻を突いた。だがそれ以上に気になったのは、窓が開け放たれて換気がなされているというのにこの家にまとわりついている死の気配だ。
「伝言師様……! ようこそいらっしゃいました!」
 お茶を、という疲れた顔、泣きはらした瞳の夫人を制してエレニアは娘の部屋への案内を頼んだ。男が案内してくれる。
「エヴェリーナ、伝言師様をお連れしたよ。入るよ」
 コンコンと軽くノックをして、返答を待たずして男は扉を開いた。もはや娘は扉の向こうへ声を届けることすら出来ぬのだろう。エレニアは静かにベッドサイドへと歩み、そっと椅子に腰を掛けた。
 エヴェリーナと呼ばれた娘は枯れ木のようにやせ細り、紙のように白い顔をしていた。元は眩かったであろう金髪は艶を失ってベッドの上に広がっている。瞼を閉じていると、まるで生気が感じられなかった。
『エヴェリーナさん、伝言師のエレニアと申します』
「……来てくれて……ありがとう……」
 声をかけるとエヴェリーナはひどくゆっくりと瞼を押し上げた。恐らくそれすら今の彼女には大儀なのだろう。
『お辛かったら必要最低限で結構です。伝言を届けたいお相手と居場所、伝言内容をお知らせください』
「……相手は……キュオスティ・ハッシ……私の、恋人……」
(ああ――)
 彼女のか細い声を拾ったエレニアは予想があたってしまったことを知る。これは――厳しい旅になるだろう。
「……ごめんな、さい……居場所、わからなくて……」
『事情はお父様から軽くお聞きしています。大切な恋人様への伝言ですね』
「……そう、私……は、もう直接……言えそうにない、から……」
 背後で嗚咽が聞こえた。立ち会っている夫人が思わず零したそれを、旦那である男がそっと抱きしめるようにして。
 エヴェリーナは己の死期を察している。もはや瞳すらはっきり見えぬのだろう。頭をエレニアの方へ傾けることすら大儀すぎるのだろう、彼女は天井を瞳に移したまま、乾いた唇をゆっくりと開く。
「お願い……彼に、伝えて……」


 ――愛してました。愛しています。


 淀みなくそう告げた彼女は、疲れたのだろうか、再び瞳を閉じてしまった。だが先ほどと違うのは、弱々しい寝息が聞こえぬこと。痩せこけた胸が上下していないこと。死の気配が、完全に彼女を包み込んでしまっていること。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 覚悟はできていたはずだったのだろう。それでも実際に目にしては冷静でいられないのだろう。夫人は横たわる娘に縋り付き、泣き叫ぶ。今度は男も止めはしなかった。男の瞳からも涙が溢れている。
「伝言師様、娘の話を聞いてくださり、ありがとうございます」
 それでも気丈にエレニアに対する男。
「行方不明の相手へ伝言を届けるなんて無理な依頼をするわけにはいきません。話を聞いていただけて娘は満足したと思いますので、どうか、この依頼はここでおしまいに。お代はお支払いいたしますので――」
『いいえ』
 男の言葉を遮ったエレニアは一度強く瞳を閉じて、そして開いた時にはその決意が瞳に灯っていた。
『一度預かった伝言は、一生かけてでも届けます。それが私達、伝言師ですから』
 エレニアはそっと、ベッドで眠るエヴェリーナへと頭を下げる。
『エヴェリーナ様からキュオスティ・ハッシ様へのご依頼、確かに承りました』
「……! ありがとうございます!」
 エレニアの凛としたその姿に、感銘を受けた男と夫人も涙ながらに彼女に頭を下げた。


 *-*-*


 行方不明の彼を探しだして伝えるというのは雲をもつかむような話だ。そもそもキュオスティが探しに向かったという『石の涙』自体噂や伝説の類のものである。それでも彼女が引き受けたのは、伝言師としての使命感やプライドからだけではなかった。
 エレニアの声は美しい。人を魅了してしまうほどに。だから、エレニアは自分の声では伝えられない。


 ――愛してました。愛しています。


 自分の声では伝えられない愛の言葉、心のこもった愛の言葉を紡ぐことに憧れがあった。どうしても伝えたい、彼女の最期の伝言、最期の言葉を。


 それからの道のりは厳しいものだった。長旅の支度をしてキュオスティの足取りをたどるも、彼が『石の涙』を探しに出たのは1年以上前の出来事。足跡があまり残っていないのだ。途中で『石の涙』の情報収集に切り替え、『石の涙』があると言われる場所にはどんな場所でも赴いた。
 切り立った絶壁のある山、凶暴な魔物がいるという森、幾つもの山を超えた先にある海辺……何ヶ月も、何年もかけて、傷を負っても歩みを止めずにエレニアは伝言を届けるために進んだ。
 いつでも心の中にあったのは、エヴェリーナの心のこもった愛の言葉。


 ――愛してました。愛しています


 この言葉を伝える日を夢見て、エレニアは歩んでいた。キュオスティの特徴と合致する男がいたという情報を得ればそれを追いかけて。『石の涙』を手に入れたという人物の噂を聞けば会いに行って。
 他の人が見たら、そんな雲をもつかむような人探しのために人生を賭して、と笑うかもしれない。けれども伝言師としては、そしてエレニアとしてはエヴェリーナの伝言は大切なもので。
(絶対に届けて……みせます)
 強い意志をもってキュオスティを探し求めるエレニア。この旅をはじめてからもう何年経っただろうか。時折、キュオスティが村に戻っていないか確認のためにエヴェリーナの両親に会いに行ったが、やはり彼は戻ってきていなかった。エヴェリーナの両親には「もう諦めますから」と何度も言われたが、それでもエレニアは諦めなかった。
 志半ばでどこかで亡くなってしまったのかもしれない。名前や姿を変えて別の街で新たな人生を歩んでいるのかもしれない。そうであってもしかたのないことだ、彼を縛り付けているわけにもいかないと彼らは言ったけれど……どうしても諦めきれないのだ。


 *-*-*


 ある日、エレニアは森へと入った。この森の奥の洞窟に『石の涙』があるという噂を聞いたのだ。
 洞窟までの道のりは順調だった。魔物にも会わずに済んだので、消耗もさほど激しくない。エレニアはたいまつに火をつけてゆっくりと洞窟へと入る。
 なんだか不思議な感じがした。今まで入ったどの洞窟とも違った感覚。なんだろう、訝しく思いながらも足を進めたエレニアは、程なく行き止まりへと達した。そこにはたいまつの光にキラキラと煌く鉱石がたくさんあったが、『石の涙』らしきものはなかった。ため息を付いて引き返すことにする。
 洞窟の出口から光が差している。ああ、眩しい――たいまつの火を消して洞窟の外へと歩み出たエレニア。


「え……?」


 思わず素の声が漏れた。
 そこはエレニアが洞窟を見つけた森ではなかった。薄い水が広がった湿地のような、浅い湖のような場所の真ん中に、エレニアは立っていた。洞窟はその浮島の真ん中にあるのだ。
「ここは……一体」


 程なく、迎えに来たロストナンバーと名乗る者達により、エレニアは自分がロストナンバーに覚醒したことを知る。
 元の世界に戻ることが出来ないと知る。
 預かった伝言を、伝えられないと知る。
(そんな――)
 長く厳しい道程の末に彼女を待っていたのは、世界からの放逐だった。
(預かった伝言が届けられない……エヴェリーナさん、キュオスティさん、ごめんなさい……)
 事態を説明されたエレニアを襲うのは、二人への申し訳なさばかり。申し訳なさに苛まれたエレニアは、自分を責めてばかりいた。


 この時の彼女は知らなかったのだ。
 この覚醒は、やがて彼女にも愛をもたらすことになるという事を。
 まるで、最後まで依頼主の愛の言葉を伝えようとした、エレニアヘのご褒美であるかのように。



    【了】

クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
いかがだったでしょうか。

オファー文になかった細々とした部分はこちらで創作させて頂きましたが、気に入っていただければ幸いです。
パペットがトラベルギアということでしたので、故郷での描写は声を変えた形で対応、とさせて頂きました。

重ねてになりますが、オファーありがとうございました。
公開日時2013-05-29(水) 22:10

 

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