「あ、ながれぼしだぁ」 星空の下で、子供の歓声が上がる。「ねぇホリン知ってる? ながれぼしさんにお願いするとなんでも願い事が叶うんですって。おじいちゃんに教えてもらったの」 身動ぎせず、傍らで微睡んでいた愛犬に得意げに語りかける少女。 流れ星を見上げ、少女は五指を交互に組みお祈りのポーズをした。「おほしさま、わたしのお願いきいてください」☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆「ヴォロスにて、竜刻の暴走が予見されました。皆様には暴走の阻止と回収をお願い致します」(ふぅ、またアラサーBBAの加齢臭トークが始まっちまったぜ) 数多のロストナンバーの中でも、【ホンモノ】として知られるレオ・マケロイは、世界司書リベル・セヴァンの口上に内心毒づく。「竜刻は、ヴォロスの一地方アルヴァクにある砂漠都市アルスラに住む魔術師が所持管理をしていました……」(BBAの話は長くていけないねぇ、せめてエミリエちゃんのハニーボイスならともかくねえ)「……魔術師が死亡したため現在、竜刻はこの少女が魔術師の遺品として所持していることが分かっています」 リベルの説明を聞くこともなくうつらうつらと船を漕いでいたレオ、『少女』というキーワードを聞き俄に覚醒した。 一寸前まで仲好し小好しの上目蓋と下目蓋、無理やり引き剥がしぼやけた視界を正面に向ける。 ――その瞬間、全身を貫く電流。 飾り気のない萌黄色のエプロンドレスを見にまとった、北欧系を感じさせる全体の陰影の強い容貌。 前髪を額に垂らし切り下げ、後髪は襟足辺りで真っ直ぐに切り揃えられている、金髪のボブカット。 子猫を思わせるくりくりとした可愛らしい碧眼。 齢にして8歳前後、アンティークドールを思わせる姿の少女。「オォーーーーーーーマイガッ!! マイプリティエンジェール!!」 レオの全霊を込めた雄々しい叫び、この場にいるすべての人間が動きを止める。 そして彼は、少女の姿めがけおもむろにだいぶを敢行する。それが立体投影とも気づかず。 ……当然の帰結であるがだが、如何にレオが全霊を込めようと立体映像は抱きしめられない。 彼の抱擁は虚しく空を裂く……ことはなく、その先にいる人物リベル・セヴァンを捕らえた。「ロストナンバー、レオ・マケロイ。これはいかなる真似でしょうか?」 万年氷もかくや、冷ややかな視線でレオを射ぬくリベル。「……勘違いしないでくれ、俺はBBAに興味はない」 糞真面目な表情で応えるレオ、彼の顔を認識できる最後の瞬間であった。 YESロリコン、NOタッチ。 ざんねん!! レオのぼうけんはここでおわってしまった!!「大変お騒がせ致しました、話を続けさせて頂きます」 かつてレオと呼ばれた床敷物をぐりぐりと踏みならし、大仰に居住まいを正すとリベルは話を続ける。「結論から申しますとこの少女は人間ではありません。息子夫婦と孫娘が事故死した際に、その死を受け入れることができなかった魔術師がアルスラで培った技術の粋を結集し、孫娘の体を使って作成した人形です。 ただし、人形と申しましても肉体的にはほぼ人間と変わりがありません、一点だけ相違する点として、作成時より数年たっておりますが外見年齢が変化しないことが確認されております」(……おお、永遠え……)「ぐぇ」「精神的には、死亡した魔術師の孫娘との連続性は疑問視されます、しかし少なくとも魔術師は人形の少女を孫娘として扱い、人形の少女は魔術師を祖父として認識していたようです。 知性は、年齢相応。知識面では、魔術師の教育によって壱番世界における初等教育レベルは修了している模様です」「また、魔術師は少女が成長しないことを知っていたためか、人里離れた土地に住んでいました。そのため少女は魔術師を除いた人間との交流が極僅かしかありません。彼女の友人といえるのは、魔術師の作成した動物の人形のみです。もっとも、現在では、魔術師によるメンテナンスができなくなったため、少女の友人は一頭を除き活動を停止しています」「なあ、リベルさん。長々とこの子のこと話すけど竜刻を回収するのにそんなに大切なことかな?」ロストナンバーの一人が話を遮る。「いえ……そのようなことはありません。竜刻回収には必要性の薄い情報です」珍しく戸惑うような色を浮かべ答えるリベル。「……しかし、暴走の予見とともに、少女からと思われる手紙が導きの書に表れました」 あらためくださいと渡された手紙に書かれた内容はこのようなものであった。『お手紙を受け取ってくれてありがとう、わたしはメーヴです。 わたしとおともだちになってください。わたしと一緒に遊んでほしいんです。 おじいちゃんが死んじゃって、ずっと寂しいんです。ホリンは一緒にいてくれるけど、サヴァ、レーグはもう動いてくれないし。あ、ホリンは、私とずっと一緒にいてくれるわんちゃんの名前です。体は大きいけど、もこもこしてて優しい子なんです。サヴァは鳥さん、レーグは猫さんです。今は動かなくなってしまいました。ホリンも少し動くのがつらそうであまりあそんでくれないんです 色々お話ししたり、おままごととか、川遊びとかしたいんです。 一緒に本も読みましょう、おじいちゃんの本は難しいことばかり書いてあってつまらないけど、私は楽しい本をたくさんもっています。 わたしのお気に入りのお花畑やおじいちゃんに教えてもらった綺麗な景色が見える丘に連れていってあげます。 あと、お料理もたくさんたくさん作っちゃいます。 絶対あそびにきてくださいね』「正直に申しますと、益体もない情報のため無視するべきなのかと思いもしました。しかし、導きの書に表れる以上、何がしかの意味のあると思います。ですので、私は皆様に依頼します」『少女の願いを叶えた上で、竜刻を譲り受けてください』☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆何個もの瓶詰めの手紙が、何処かの岸に流れ着く。彼岸にあらわれた人影は、瓶の中の手紙を読むと微笑を浮かべた。運命の神は、いつも気まぐれなものだ
運命という者は常々気まぐれである。 人々は彼を罵るのか、賛美で迎えるのか……。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ #出会いは賑やかに ――ヴォロスは、アルヴァク地方のとある山間、久しく使われていないであろう、埃を被った呼び鈴が『リーン』と鳴る。 『ととととと』 歩幅が狭く体重の軽い子供特有の歩行音が扉に近づいて来る。 「はーい、えーと、どちらさまでしょうかぁ?」 扉が半開きになり、舌足らずな声と共に少女の顔が覗いた。 なるほど立体映像の指し示すとおりの容貌、その容姿にマッチする可憐な声まで加われば、一部崇高な趣味を持つ大きなお友達をノックアウトするには十分すぎる。 もっとも少女に不逞を働こうとすれば、後ろで身を浮かせ構える忠犬・壱番世界であればアイリッシュ・ウルフハウンドが近いであろうか?の餌食になるであろう。 ……幸いそのような行為に及ぶものはここにはいないのだが。 「はじめまして、あなたがお手紙をくれた、メーヴね? 私達、あなたとお友達になるために来たの」 少女と目線を合わせ柔和な微笑みを浮かべるのは、ツインテールの金髪が特徴的なハイティーンの少女。 「私はセリカ。あなたの好きなこと、いっぱいして遊びましょう」 セリカの手が優しくメーヴの頭を撫でる。 少女に浮かぶ表情は、きょとんとした困惑から理解の色とめまぐるしく代わり……。 ――ぱっ! と笑みが花開いた。 「わーい、お星さま!! お願いかなったよ!! やった!! お爺ちゃんすごいよ!!」 喜びの声をあげ、家の中をぴょんぴょん飛び回る少女。 机の周りを何週も回ると最後に、愛犬に飛びつき抱きしめる。 「ほら、ホリンみて。わたしに友達が来たよ。お爺ちゃんの言った通り! わーーい!」 「わーーい! どかぁーん」 メーヴとさして変わらぬ年頃の少女が、メーヴに輪唱するように歓声を上げホリンに飛びつく。 「えへへ、ゼロはゼロはね、メーヴさんとお友達になりに来たのです。一緒に遊ぶのですー」 満面の笑みを浮かべ挨拶する少女は、一息に言うとゼロはぷーっと頬を膨らませる。それを見たメーヴも負けじと頬を膨らませる。 呼吸を止め顔を真赤にした少女達は、ぱぁっと同時に息を吐くときゃっきゃと笑い声を上げた。 姦しく賑やかな二人の少女に頭上を押さえられた忠犬は、困ったようにクゥ~ンと鳴いた。 うんうんとサンバイザー越しにその光景を眺めるげっ歯類の男バナーは、密かに決意を固めたのであった。 (うん、とにかく、演技してあの人形から龍刻をいただいておくんだよー。とにかく、今回はがんばるんだよー ) #川で遊ぼう ――ヴォロス山間に、少女達の歓声が上がり山彦のように響き渡る。 「それぇー、ばしゃぁーん」 「きゃぁー、つめたぁーい。よくもやったなぁーおかえしだぁー」 「きゃー、ゼロはもっとお返しするのです」 少女達の手が触れる度、水面は飛沫となり陽光を反射しきらきらときらめき、少女の初々しく健康的な肌を濡らす。 「あまり深いところにいっちゃだめだからねー」 水を吸い重くなったため、乱雑に脱ぎ捨てられた服を拾い集め、注意の声を発するも少女二人が水と戯れる微笑ましい光景に、セリカの相好が崩れることは避けられない。 川縁に座り主人達の姿を見守るホリンの首筋を撫で、少女を見守る口元からはふふと笑みが漏れた。 「楽しそうだねー」 「一応言っておくけど、あなたは見ちゃダメだからね」 セリカは一寸前とは打って変わった硬い表情で、バナーに冷たく言い放つ。 「ぼく、げっ歯類だから興味ないですよー」 「それでもダメ」 取り付く島もない。 #カードゲームの時間 「ぼくとしては、色々なものを持ってきたんだけどねー。 あ、ぼく、バナー。よろしくだよー」 得意げな顔で、ごそごそとかばんを漁り、取り出されてたのは『UNO』と書かれたカードゲーム。 「まずは、これかな」 「このゲームはねー……」 「……あ、こうなっちゃったかー。じゃ、ドローフォーだよー」 「は~い、ドローフォーです」 「ゼロもゼロもドローフォーですー」 「ごめんなさい、私も……」 「あ、あれ?」 16枚のカードを手渡されたバナーは、引きつった笑顔を浮かべる。 #丘の上のおばけ 強い風によって流線のように雲が舞うヴォロスの天蓋は、青と白の織り成すコントラストなパノラマである。 遮るもののない視界は、雪を冠する峻嶺の稜線へと広がる雄大な樹林を映す。遙か彼方に見える煙は、村落の炊煙だろうか。 「丘の景色なのです。綺麗なのですー」 草はらをぴょんぴょんと跳ねまわり、声を上げるゼロ。 「すごいわね」 セリカも風になびき乱れる髪を抑えながら感心の声を上げる。 「冒険者の僕もはじめてみたよー」 バナーも歓声を上げた。 「えへへ、ここはおじいちゃんに教えてもらった秘密の場所なんです」 少女達とげっ歯類の反応に、メーヴは鼻高々に胸を張る。 「ゼロは、メーヴさんにお返しするのですー。えーい、おっきくなるのです」 ゼロは掛け声と共に巨大化する。 「メーヴさん、ゼロの手に乗るのです。もっともっと高いところから景色見るのです」 大きな顔に満面の笑顔を浮かべ、ゼロはメーヴに手を差し出す。 「うぁぁぁあああん、ゼロちゃんがお化けになっちゃったよぉー」 腰を抜かしてへたり込み、火の付いたように泣くメーヴ。 「ゼロ、突然大きくなったら誰だって驚くわ。ちゃんと説明してあげないと」 庇うようにメーヴの前に出るとセリカは口を尖らせ、ゼロに注意した。 「そっかー、メーヴさんゼロはね、おっきくなったり、ちっさくなったりできるのですよー。もっと高いところの景色を見てもらいたいのです、だから大きくなったのです」 「……ほんと?」 「ほんとですよー」 「……食べたりしない?」 「ゼロはそんな事しないですよー」 セリカの服につかまり立ち、その背後から顔だけのぞかせるメーヴに『なんで?』といった体で答えるゼロ。 「……セリカおねえちゃんも一緒ならいく」 #花畑にて 「こっちです、ついてきてください」 メーヴとホリンに案内され、ほとんど踏み固められてない獣道を通り鬱蒼とした樹林を抜ける。 眼前に広がるのは、黄、紫、橙、空色、様々な色で咲き乱れる花々。 風が花弁を揺らすと、甘い香気が鼻孔をくすぐる。 丘の上での景色とは違った、ヴォロスの自然が織り成す美しさにロストナンバー達は感嘆の息を漏らさざるを得ない。 「花畑なのですー」 黄色い歓声を上げ、早速ゼロが転げまわる。 「メーヴさんも一緒に遊ぶのですよー」 「ゼロちゃんずるーい、わたしが先にいくのー」 手を振り呼ぶ声に答えるメーヴ。 歓声が上がり少女達が跳ね転げる度、花が舞い飛び揺れる。 秘され誰も来る者のない花畑で少女二人と花の舞い飛ぶ光景は、妖精が戯れる幻想的な雰囲気を醸し出していた。 もう一人の少女セリカは、花畑の傍らに座して戯れる少女二人をうっとりと眺める。 髪を撫ぜる風と花の香りが心地よい。 少女二人は、花畑を転げまわりながら語り合う。 「……そこでゼロが、温泉につかるともふもふのお人形さんになってしまったのです」 「ええー! すごーい、もっともっとー」 「うふふ、それでは次はゼロに秘蔵のお話なのです」 心地よさに少しうつらうつらとしたのだろう。 転げ回って体中に花をつけたメーヴが近づいてきていたことにセリカが気づいたのは、後ろ手に何かを隠しニコニコとした笑みを浮かべた少女を眼前に見た時であった。 「はい、セリカおねえちゃん。これあげるよ」 後ろ手に隠されたものがふぁさっとセリカの頭に被せられる。色とりどりの花で作られた冠。よくみればメーヴの頭にもそっくりの花冠がのっている。 「えへへ、お揃いだよ、綺麗でしょ?」 心の底からわきあがるような少女の満面の笑顔が眩しかった。 ――風が凪ぐ、一瞬の静寂 言葉がぽつりと零れる。 「ねえ……ずっとここにいるのは寂しいでしょ? 私達の所に来ない? もちろんホリンや他の皆も一緒よ。そうすればお友達がもっと沢山できるし、毎日楽しく遊べるわ。ホリン達が元気になる方法も見つかるかも……」 メーヴはきょとんとした表情を浮かべセリカを見る。柔らかい微笑を浮かべる少女、僅かに緊張。 ――風が吹いた 少女の発した音は、一迅の風の中に紛れる。風が少女の花冠を僅かにずらす。 風が作った静寂を破ったのは、バナーの得意げな声だ。 「あれー、あーこの花は蜜が美味しいんだよー」 バナーはメーヴの服に刺さった花を取り上げると、髭をそらしながら語りはじめる。 「えーほんとー?」 目を丸くしながら、げっ歯類に応えるメーヴ。 「ほんとうだよー、ほらほらこう吸うんだよー」 「ほんとだー、美味しいー」 「ゼロもーゼロも吸うのです」 少女が発した音聞き取れなかった言葉は……、セリカのこころにだけ響いた。 『ありがとう……、ごめんなさい』 #バナーの冒険と謎団子 「……ゼロ隊員、食料は間近だよー油断してはだめだよー」 「バナー隊長、ゼロ隊員は了解でありますなのです」 遮蔽物を姿を隠しやつの一瞬の隙を突く、大丈夫僕は一流の冒険家だやり遂げる。 ……ターゲットは目の前。財宝はあの大皿の上だ。 宝を目の前に、ゼロ隊員から悲痛な声があがる。 「バナー隊員大変なのです、ゼロ隊員は、セリカに捕まったのでありますなのです」 「なっ……んだと」 動揺の声を上げるバナー、目の前の宝はすっと取り上げられる。 「ああ……」 財宝を隠し、目の前にはお玉を構えいきりたつのは宝物の番人魔女メーヴ、そしてその部下である悪魔の犬ホリンだ。 「ああ……じゃないです、バナーさん何回目ですか!」 残念、本日3度目のバナーの冒険はここで終わってしまった。 食卓の上に並ぶの豆類と肉のスープ、ライ麦のパン、ピクルス、蒸かした芋。 ……そして明らかに異彩を放つ原色で彩りされた不確定名団子。 食卓に漂うなんともいえぬ雰囲気の中……ツッコミ待ちか。 だが空気をよまず、ゼロが椅子の上に立ち解説をはじめる。 「ゼロも得意な料理『謎団子』を作ってきたのでメーヴさんに進呈するのですー。説明しよう!なのです。謎団子とは ゼロの食物のイメージでナレッジキューブを変成させた何かなのです。 どのような存在にとっても完全栄養食品で、どんなものにも無差別に必要なエネルギーを供給が可能なのです」 多分誰も理解してない。 「その味は天上の美味かゲロマズか神のみぞ知るなのです!」 拳を握り力説するゼロ。だだ漏れのぼけを誰もとめることができていない。 「でも安心して欲しいのなのです。メーヴさんのために多数の生贄が捧げられましたなのです。ここにあるのは天上の美味だけなのです」 「へーそうなんだねー……パクっと」 残念、本日4度目のバナーの冒険はここで終わってしまった。 #そして夜 ――ヴォロスの陽は山脈に消え、夜の帳が世界を支配する。 暖炉の明かりで煌々と照らされる家の中、セリカが本を読み上げる声が響く。 「……そして大きなカステラを作りました」 セリカの膝の上に座り、ご満悦げのメーヴ。 「次はごのご本を読んで……はぁふぅ」 ねだりながら、大きな欠伸がひとつ。 「そろそろおねむさんかな? 一緒にねよっか?」 「うん! メーヴ、セリカおねえちゃんと一緒に眠るー」 「ゼロもー、ゼロも一緒におねむなのです」 「うんゼロちゃんも一緒に寝よー」 窓から入る月光に照らされ少女の寝顔が暗闇の中に美しく浮かび上がる。 そっとカーテンを閉じると室内は暗闇に中に沈んだ。 寝室から抜けだしたセリカが目指す先は、老魔術師の私室。 (施錠はされてない……、部屋の中が明るい?) 部屋の中は乱雑に本が積み上げられている、室内にいた先客は……バナーだ。 「あれー、セリカさんどうしたのー」 「あなたこそ何をしてるの? こんな夜遅くに」 「ぼくは、お仕事だよー。あ、これが竜刻なんだー。 ぼく的には、使えないんだけど、図書館としては、必要みたいだしー。」 山と積まれた本をどかし、竜刻を確保しかばんにしまうバナー。 「これで任務完了ー、それじゃおやすみなさーい」 バナーが去り一人老魔術師の私室に残されたセリカ、勝手に老魔術師の私室に入ってしまった後ろめたさからだろうか、多少の居心地の悪さを感じながらバナーに散らかされた老魔術師の書を手に取り目を通す。 魔術師の書は難解極まりない、一読どころかたとえ一月あったところでセリカが理解できるものではない。……本来は。 ――運命は悪戯が好き セリカが手にとったのは、老魔術師の日記だった……中に綴られた文字は孫娘……メーヴへの思いその全て。 ――愛情、安堵、喪失、喜び――そして悔恨。 造物主の手を離れた被造物は長く存在することはできない……。 魔法人形メーヴは、老魔術師心の隙間を埋めるために産み出され存在。魔術師が死した時運命は決定していた。 魔術師はメーヴの存在を喜び、愛し……そして後悔した。自己満足のために、孫娘に二度目の死を与える。自らの業に、孫娘の安らぎに焼かれて何も出来ぬまま逝った。 ――無知とは幸せである メーヴは間もなく死ぬ……否、正しくは死体に戻るのだ。運命はすでに決している。 それを止める手段は老魔術師の技術であり、すでに失われている。 突然降ってきた事実に、呆然自失とするセリカ。 ……服の裾が強く引かれる 「セリカおねーちゃん、何しているの? 一緒に寝てくれないの?」 引いたのは寝ぼけ眼をこすり、半泣きの少女。 「ううん、ごめんなさいちょっと目が覚めちゃっただけ……、一緒に寝ましょ」 セリカは屈んで少女に語りかける。微かに割れた声は何故だろう……。 「うん、でも、おねーちゃん、どうしたの? お腹痛いの? なんで泣いてるの……?」 頬を触る手が濡れた。 ――・・・・・・っ! 込み上げてくるものを抑えきれず、セリカは少女を抱きしめ押し殺した嗚咽を上げた。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ #帰るの? ――運命なる者の気まぐれは終わる 「遊びに来てくれてありがとう、すっごくすっごく楽しかったです」 にこやかな笑みを浮かべるメーヴ、傍らに愛犬はない。 「あ、しばしの別れになるかな。 またねー」 軽快に手を振り別れを告げるバナー。 「お別れなのです。ゼロはまた来るのです」 ゼロは両手をぶんぶんと振りながら別れを告げる。 「それじゃあね、メーヴ」 少女の頭を撫ぜ別れの言葉を漏らす、『またね』の言葉が喉につまってでない……セリカは、苦い表情を無理やり押し込めて微笑んだ。 別れを告げたロストナンバー達は、少女に背を向け帰途に着く……。 『――いかないで!!』 (えっ……?) はたと脚を止めるセリカ。 「どうしたんだよー」 同行者は訝り声をかける。 『いっちゃやだ!! 一人にしないで!』 セリカにだけ聞こえる声、少女のこころの声。 「ごめんなさい、二人とも先に行っててくれるかな」 セリカは、意を決し頷くと同行者に別れを告げきた道を駆けた。 『あなたを一人しない、私がいるから』 否……わずかに続く―― ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ #それから ――ヴォロスの星空、ロストレイル号がターミナルに向けて発車する。 「セリカさん結局戻って来なかったんだよー」 「一緒にお話しながら帰りたかったのです、ゼロは残念なのです」 ロストレイル号の車窓からヴォロスの大地を眺めるゼロ、メーヴが住んでいたであろう地が小さく見える。 楽しかった旅行を思い出しながらゼロの脳裏にふっと疑問が思い浮かぶ。 『メーヴさんのお友達が動かなくなったということは、メーヴさんも……?』 セリカがターミナルに戻ったのは、両名に遅れること一週間。 少し憔悴した表情の少女は、枯れた花冠を手に携え帰還した。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 幾つもの瓶が、何処かの岸に流れ着く。 彼岸にあらわれた人影は、瓶のうちの一つを手に取る。 ――中身はない 求めるものがないと知ると、音にならない赫怒、嘲笑、感嘆を発すると人影は瓶を捨てた。 -了-
このライターへメールを送る